第五話 心の壁
「……何か用?」
「それはこっちの台詞でしょ!」
長い髭を生やしたドワーフ、ゼムドの隣でごぼうに似た野菜を齧っていた金髪の少女……アリスは食事の手を止めて俺の顔を見ると少しの間だけ固まって、訝しげな表情でぽつりと言葉を零す。そんな彼女にシーリアが怒鳴り声を上げた。
アリスは煩そうに耳を抑え、嫌そうにシーリアの方を見ている。
「煩い犬ね」
どうやら、アリスも知らないことだったらしい。
先程の驚き方が演技なら、俺に彼女の嘘を見抜くのは無理だろう。
唐突な再会に思考が真っ白になって停止したが、素早く切り替えるとゼムド達が座っている席の対面に俺とシーリアも座った。
一瞬、帰ろうかとも思ったが、謀った訳ではなさそうだし、今後はともかく、こんなに人の多い場所で襲いかかってくることもないだろう。
「なんじゃ、知り合いか」
「俺の仲間を半殺しにしてくれたよ。その娘は」
「人聞きが悪い。私は怪我をさせていないわ」
しれっとアリスは惚けて薄らと微笑み、サラダの皿を対面の席に座った俺の方に押し付ける。食べさしを食えということだろうか。
だが、ゼムドは黙ってその皿を再びアリスの方へと戻す。
そのサラダを見て、アリスは心底嫌そうにゼムドを睨んだが、彼はあまり気にしていない様子で、首を傾げている。
「偏食はいかん。成長しなくなるぞ?」
「放っておいて。それでどうしてケイトが此処に?」
アリスが俺とシーリアの聞きたいことを代弁し、ゼムドに問い掛けると彼は真剣な表情で重々しく頷き、深々と頭を下げた。
「久しぶりじゃな……二人とも。本来なら合わせる顔など無いのじゃが」
「また会うとは俺も思わなかったよ」
「正直来てくれるとは思わなんだ」
ゼムドは髭を触りながら微笑み、俺も笑う。
会うまでは色々と考えたが、会ってみれば仲間だった時と大きくは変わらない。
ただ、決定的な壁は間違いなく存在し、それだけが少し寂しい。
彼は店員に俺達の飲み物を注文すると、木製のジョッキに入った麦酒を大きく煽り、それを飲み干して、テーブルに置いてから話し始める。
頼んだのは柑橘系の果実水だ。
アルコールは今の状況では俺が飲まないとわかっているのだろう。
「お主らを呼び出した手紙の件なのじゃが……本題に入る前に、お主らは小人族を知っておるかの?」
「小人族って、大人になっても背の低い……」
「まあ、そうじゃの。実はあれにも色々と種族があるのじゃが、その中の一つに『プーク族』というのがおる。知っておるか?」
少なくとも俺は知らない。
シーリアの方を向くと彼女は自信なさげだが、一応は知っているらしく、記憶のそこから思い出そうと眉を寄せながらなんとか答えた。
「え……と、確か、小さな犬の獣人……じゃなかったっけ?」
「さよう。彼等はヴェイス商国の西端の草原に住む、半分精霊の様な獣人じゃ。彼等には、あまり知られてはいないが、特殊な性質がある」
店のウェイターが追加の肉料理を置き、頭を下げて席から離れていく。
ゼムドは店員が完全に遠のいたことを確認してから、話を続けた。
「ある条件を満たしたとき、羽が生えるのじゃ」
「ある条件?」
「うむ。一つは彼等の人口が増え過ぎたとき、もう一つは、彼らの集落に危機が迫った時。それは天災、戦争、病気と様々だそうじゃが、危険度が高いほど羽の色は鮮やかになる」
一日も早く。ゼムドの手紙による警告の理由は、その獣人の羽を見たからということか。ちらりとアリスの方を向くと眼があったが、彼女は無表情だ。
俺達としては、天災よりも彼女の方が身近に迫る危機なのだが……。
「原因は?」
「わしにはわからん。だが、相当まずい事が迫っているようじゃな」
次の目的地候補である学術都市『ローファン』に向う為には西方の草原を抜けて行くルートが最も安全だ。その外は砂丘地帯を抜けるルート、南の山脈を超えるルート等、険しい道しかない。
だが、『プーク族』がその草原に住んでいるのなら、他のルートを考えるべきだろうか。天災は人の力ではどうにもならない。
いや、この世界であればそうでもないのか。
「アリス、あんたは何か知らないの?」
「話す義理はない」
シーリアが苛立った様子でアリスに詰め寄ったが、彼女は一言で話すことを拒否し、静かに黙り込む。
「ゼムド。カイル兄さんから今は命令を受けているそうだけど、何故アリスが?」
「わしが受けた命令は彼女の護衛じゃ。そして、彼女はジューダスではなく、カイルを通してリブレイスの『姫』からお主の監視の仕事を受けておる。目的は神に誓って殺害ではない」
「信じ難い話だね」
命を本気で狙ってきた相手だ。
そして、『呪い付き』であり、戦争の引き金を引こうとしたジューダスの部下でもある。
おいそれと信用できる訳がない。
だが、アリスはからかうように微笑んで肩を竦めた。
「私はこれ以上無いくらいの好意で貴方に接したつもりだけど」
「本気で言ってるのか?」
「本気よ?」
おそらくは協定の前、俺をリブレイスに勧誘した時のことを言っているのだろうが……俺はアリスの表情や仕草に注意し、意図を探る。
「君は『呪い付き』の主、ジューダスの部下なんだろ?」
「あら、貴方は『私達』に忠誠心なんてあると思っているの?」
思い切ってアリスにそう問い掛けるが、彼女は平然と笑った。
「今までは利害関係が一致していただけ。今は違う」
「監視をする方がアリスの利益になると?」
彼女はその通りと頷き、一度、飲み物に口を付ける。
「ゼムドの話、私には心当たりがある」
「なんじゃ、お主知っておったのか」
「断片的な情報しか私にもない。だけど、推測は出来る」
全員の視線がアリスに集中し、彼女が続きを話すのを待つ。
しかし、彼女は話すつもりがないらしく、黙り込んでいた。
そんなアリスにゼムドは言い難そうに髭を触りながら声を掛ける。
「お主も二人と敵対したのじゃろう。拙僧も殺されても仕方がないことをした。命令で敵対しないとしても、彼等に何かせんといかんのじゃないか?」
ゼムドに促さるとアリスは考え込んでいたが、やがてこくりと頷く。
「そうね。『監視』も貴方と敵対しては難しい。私も誠意を持って、現状は敵ではないことを証明しましょう。私の推測は貴方達の安全のためにも大事なはず」
「恩着せがましいわね」
両肘をテーブルに付いて手を組み、顎を乗せてアリスは小さく嗤った。
勿体ぶった言い方にシーリアは不快そうに顔をしかめたが、アリスはシーリアを無視し、此方を見て「どうする?」と言うかのように小首を傾げる。
アリスの推測が正しいかどうかは、後で考えればいい。
「話して欲しい」
俺が首肯してそう答えると、アリスは愉快そうに口の端を歪める。
「そうね。まず、この国が滅ぶのは確定している」
「なっ……!」
ゼムドが驚きの声を上げ、アリスの方を向く。
あまりにも簡単に彼女が言ったため、俺の方は反対に冷静に聞くことが出来ていた。
「国は滅ぶ。だけど、人はあまり死なない。特殊なこの国の制度のお陰」
この国では多くの税金を納める商人が評議員として、国政を動かしている。
つまりはリブレイスに協力的な商人が評議員の席を占めれば。
「既にジューダスは動いている。表の顔、大商人として『呪い付き』の知識を最大限に活かして。仮に長期的に見ても、恐らく止める事は不可能」
「長期的な方が仮に?」
「狂人が普通の手段を用いると思う? どうすれば、一気にこの国を追い込める?」
ゼムドの元にある、羽の色が鮮やかになることで、天災を予測して逃げる獣人。
そして、このアリスの話。これまでのリブレイスの動き……。
「天災か戦争を人為的に引き起こして物価を混乱させる……?」
「私の推測よ。あいつならもっと頭のおかしいことを考えていても驚かないけれど」
俺の出した結論をアリスは否定しなかった。
三国協定を巡る騒動も一連の流れの内とするならば、成功も失敗も全て計算通りなのだろうか。リブレイスに裏側にいるらしい、ジューダスという男のことを考えると不気味なものしか感じない。
彼等の事を考え、困惑している俺にアリスは淡々と告げる。
「早くこの国から離れなさい。貴方が死ぬと私が困る」
光の無い瞳で真っ直ぐに俺を見詰め、彼女は口を閉じた。
どうやら本気で言っているらしい。
彼女が何を考えているのかわからないが、俺は苦笑いしながら頷く。
「そうさせてもらうよ」
若干の疲労を感じながら、俺達は用意された肉料理に手を付けずに席を立つ。
ゼムドは何も言わなかった。




