ウエディングヘル(その16 結)
「やー、一時はどうなるもんかと思ったけどさ! 終わってみたら呪いは解けたしダグサの国は王族も有力諸侯も全員まとめて叩き伏せて占領できたし、大勝利じゃんか! 良かった良かった! うひゃひゃひゃひゃ! あー酒がうめぇぇぇ!」
上機嫌に笑う魔王が、手に持った酒瓶に直接口をつけ豪快に飲み干す。
グビグビと喉を鳴らしものすごい勢いで中身の無くなっていくガラス製の酒瓶には「忌焼酎 超魔王」と墨でデカデカと書かれたラベルが貼られていた。
その裏面にも同じようにラベルが貼られており「殺魔芋(修羅国産 マナ組み換えでない)」「闇麹(獄惨米)」「焼殺火竜水(加水)」「アルコール度数45000度」といった原料や成分が記載されている。
魔王城、城内食堂にて。
端から端まで豪勢なごちそうで埋め尽くされた食卓がいくつも並ぶ中、魔王は重臣達と共に祝杯を挙げていた。
王を失い、国の有力者たちの大半もまた邪聖堂の下敷きになって命を落とし国の指揮を取りまとめる者を一夜にして失ったダグサ黄光国は、首都を魔王軍により占拠され統治機能のほぼ全てを失った。
地底の各地で抵抗するシャドウエルフ達ももちろん多数いる。
が、参謀の手によりダグサの国へとこじ開けられた転移魔法陣からは連日多くの魔王国連合軍がダグサ国内に侵入を果たしている。
主を失い統率もロクに取れていないシャドウエルフ達にマトモに抗えるはずもなく、反抗する勢力も次々に制圧されていた。
ダグサの国の攻略がひと段落着いた魔王達は、今はこうして古巣の魔王城にて勝利の宴の真っ最中というわけだ。
満足そうに酒臭い息を盛大に吐き出す魔王の二つ向こうの食卓では、お子様用に足を高く作ってある椅子に座るペケ子が目の前に並ぶ料理や食器を片っ端から手でつかんで口に放り込んでいた。
白磁の皿が、上に載せられていた鳥の蒸し焼きと共に齧られ、バリバリとペケ子のほっぺから皿と骨の砕ける豪快な音がする。
「あのなぁ嬢ちゃん、嬢ちゃんは魔王国のプリンセスとしてもうちょいと品格って奴を持たなきゃならねぇ。あんな地底の田舎エルフ共にバカにされんのはよろしくねえからなぁ」
むぐむぐと咀嚼し、食べかすをホッペにつけるペケ子の顔をナプキンで拭ってやりながら、隣に座るメイド長の死神が骨だけの顎をカタカタと鳴らして小言を述べる。
「俺もそんな口やかましい事は言いたかねぇんだがよぉ、せめて食事はメシだけ食うようにしてくんねぇかな。皿とかコップは食うもんじゃねえんだよ。あとほれ、そこの果物もちゃんとバランス良く食べな。さっきから嬢ちゃん、肉と食器しか食ってねえじゃねえか」
果物が山と盛られた皿に死神が手を伸ばし、りんご、桃、バナナと果物をペケ子に手渡す。
渡されたそばからペケ子は皮ごと果物を丸呑みしていった。
そしてみかんを手渡されそのまま口に入れようとして、死神に投げ返す。
「あー、ダメ? でも嬢ちゃん、好き嫌いはよくねえぞ。りんごも桃もバナナもおいしかったろ。みかんだけ嫌っちゃ可哀そうじゃねえかい? ここは一つ、みかんになった気持ちでだな……」
投げつけられたみかんをキャッチした死神が、ペケ子のテーブルの前に再び置いた。
やはりみかんは匂いが気に食わないのか、ペケ子は鼻を抑えて目の前に置かれたみかんをにらみつけている。
と、死神の座る椅子の後ろに、犬の顔をした使用人のコボルトがやってきて耳打ちした。
「ご歓談中すいません、メイド長様。ラウレティア様の容態の件について聞きたいことがあると逆十字病院のドクター・ザラキ様がお見えになっておりまして……」
使用人の言葉に死神がうなずく。
「ああ、わかったわかった。今行くよ。どうせ宴は長いんだ。中抜けしても大丈夫だろ」
ゾンビである花嫁ラウレティアは、結婚式を挙げていたダグサの邪聖堂から大分離れた場所でミディールの息子ティティスと共に進軍中だった魔王軍により発見され、保護……というか捕縛された。
シャドウエルフの王の忘れ形見を保存食とするつもりだったのかどうなのかは定かでは無いが、攫われたティティスは衰弱こそしていたものの傷一つ無かったという。
「じゃあな、嬢ちゃん。おいちゃんは離れるけどな。好き嫌いせず色んなもん食べるんだぞ」
声をかけて席を離れる死神を完全に無視して、ペケ子は鼻を押さえてじっとみかんを見つめていた。
まじまじとみかんを見つめるペケ子の頭のてっぺんから、みかんのヘタがニュっと生えた。
そして……
「おい! 魔王様のテーブル、料理ほとんど無くなってんぞ! そこの果物盛り直して持ってっとけ! 隣に座るダークエルフの王様はともかく、魔王様はアホほど食いまくるんだからな!」
食べ終わった皿を片付けながら、給仕のコボルトが、同じコボルトの後輩をどやしつける。
「は、はい! わかりました! あれ?」
大皿に乗る手付かずの果物をひょいひょい手で掴んで盛り直していたコボルトが、テーブルの上にちんまりと置かれた二つのみかんを見つける。
「ここって確か、さっきまでペケ子様が座ってた席だよな。どこか行かれたのか?」
お子様用に足を高く作られてある座席の前に転がっていたみかんを手に取り、訝しげに眺めていたコボルトだったが、
「おい! 何やってんだ早くしろ!」
「あ、はい! 今持っていきます!」
先輩コボルトの声に、持っていたみかんを慌てて皿に盛り込んで、後輩コボルトは魔王達の座る席へと持っていった。
「いやー素晴らしい! 流石は魔王様! 見事なお手並み、見事なお力! このザンフラバ、感服いたしました! やはり天地魔界、そして今や地底世界も含め、世を治めるのは魔王様しかおりません! 今回の事でそれを強く確信しました! 今までの非礼、心よりお詫びいたします!」
ダークエルフを束ねる王であるザンフラバが調子の良い事を言いながら、酒の切れた魔王の隣に座り新たな酒瓶を勧める。
『魔界へのいざない』とラベルに書かれた酒瓶をザンフラバより手渡された魔王は、先ほどと同じくグラスに注ぐことなくそのまま瓶に口をつけて一気に中身を半分ほど飲み干した。
「あ、そお? 嬉しい事言ってくれんじゃん! はっはっは! いやあ、酒が美味い!」
「これで魔王様の御威光は地上のみならず地底世界まで行き届く事となるでしょう! 今の魔王様の前にあっては、太陽ですら己の輝きの弱さを恥じ入り月の影に隠れる事と思います! この天地魔界にあっては魔王様こそが魔界の太陽と言っても過言ではございませんな! よっ、大将!」
ダークエルフのお世辞に気を良くしたのか、魔王が上機嫌で答えた。
「ザンフラバ! お前いい奴だな! 俺、お前らエルフの事、性格悪い奴らなんじゃないかって誤解してたよ。ゴメンな! これからもよろしく頼むわ!」
「なんと勿体無きお言葉、お心遣い痛み入ります!」
魔王の返答に、左隣に座るザンフラバが頭を下げる。
そして少しトーンを下げて言葉を続けた。
「しかし魔王様。恐れながら一つ訂正させていただきますと、我ら魔王連合国に名を連ねるダークエルフ一族以外のエルフは、確かに魔王様のおっしゃる通り品性下劣極まりない豚畜生共にございます」
そう語るダークエルフの王、ザンフラバの口調には明らかな軽蔑の色が混じっていた。
「今回の件でもご覧になられたように、地の底で暮らす根暗で惰弱で汚らしいミミズ野郎……食事中失礼。あのシャドウエルフ共の性格や品性は虫けら同然、ゴミ以下の代物です。ましてや下等な人間どもと友和の道を選んだハイエルフ共など語るに及びません」
つい先日まで娘を嫁にやり、血族の縁を結ぼうとしていたシャドウエルフですらザンフラバは容赦なくコキ下ろしていた。
「どうか、我らダークエルフに奴らエルフの面汚し共を教育する権限を頂きたい。我ら魔王国に仕える立派な奴隷……いや家畜として、徹底的に調教してやりますので。もしそれが出来ない場合は、このダークエルフの長たるザンフラバの名においてハイエルフ、シャドウエルフ達劣等種共を責任もって断種、全頭殺処分いたします」
ほぼ同族であり祖先を同じくしているシャドウエルフ達に対して、情け容赦のない提案をダークエルフの長は持ち掛けた。
幸いな事に、あの騒動の最中でシャドウエルフの第一王位継承者であるティティス王子は魔王国側で押さえている。
傀儡政権を作るにせよどうするにせよ、強力な手札となる事には変わりなかった。
外道丸出しのザンフラバの提案をどう明後日の方向に解釈したのか、魔王は感心したかのようにうなずいた。
「お前、責任感強いなー。よーし、わかった! そこまで言うなら地底国の管理任せちゃおっかな。参謀、そんな感じでいくから話詰めといてくんね?」
同じテーブルを囲んでいた参謀は、しばし考えた後でうなずいた。
「……そうですね。それも悪くないかもしれません。我々が直接支配するより同じエルフが支配する方が心理的抵抗は少ないかもしれませんし。ただしザンフラバさん、あなた方に地底国の管理を任すにあたり、サザンランド森林国にて秘匿し独占している各種薬草の種苗についての輸入制限を我が国との二国間において解除して頂きたい」
「その件については後で時間を設けてじっくり話し合おう。こちらとしても新たに地底を支配するとして、どこまでの権限を貰えるのか話し合いたいしな。どうせお前の事だ。我が国に直轄管理はさせないつもりだろう?」
参謀の提案に答えるダークエルフの長からは、先ほど魔王にお酌をしていた時のような浮ついた笑みは消えていた。
鋭い眼光で、牛の頭蓋骨さながらの参謀の顔をのぞき込む。
「それに、知ってるぞ? お前、最近異世界との密貿易に手を出してるだろ。アメなんとか合衆国だか、うんたらパンだか言う異界の国からいろんな物を仕入れてるみたいじゃないか。秘匿独占は、互いに良くないよなあ。ええ?」
「ま、その件についても後で時間を設けて話し合いましょうか」
「だろう? それに、折角の祝勝会だ。今は遠くのパイをどう切り分けるかではなく、目の前のパイを味わう事を共に楽しもう」
ザンフラバが酒の入ったグラスを参謀の前に掲げる。
参謀もまた、賛同の意思の表れとして同じく酒の入ったグラスを掲げて中身を飲み干した。
「わかりました。とりあえず暫定政府に関してはあなたに全て任せます。魔王連合国加盟費についても百年間は一切無料。必要ならば無利子での貸し付けも行います。今現在地底に駐在させている我が軍の兵員も、必要でしたら増やしましょう。しばらくの間は主権奪還を狙うシャドウエルフ達の反乱も多いでしょうし」
思った以上の援助を提案する参謀に、ザンフラバの目が僅かに見開いた。
「それはまた随分と太っ腹だな」
「優秀な地下資源産出国であるダグサを統治するためです。協力は惜しみませんよ」
そこで一息ついて、参謀はある疑問を口にした。
「それにしても意外でしたね。ミディール王はあなたやあなた方ダークエルフには相当好意的でしたのに。私は、もしかするとあなたはシャドウエルフと共に魔王連合国から独立を計るのではないかと危惧していたんですがね」
参謀の目から見て、ミディールは魔王では無く完全に同じエルフであるザンフラバの方に親愛を示していた。
ただ損得だけで物事を決めるならシャドウエルフと協調していた方がザンフラバとしても得が多かったはずだ。
「ふざけるな。魔界の掟は弱肉強食だ。どれだけ好意を抱かれようと、天魔大戦で戦線に立つ気概も無かった平和ボケの日和見もぐらエルフ共と鞍を並べる事などできるか。奴らシャドウエルフの存在価値は、我らダークエルフに内側から肉を食われる事、それだけだ。反旗を翻すならば同じ戦場で殺し合った分だけ薄汚いハイエルフ共と手を取る方がまだマシだよ。虫唾が走るがな」
「あなたも大概ですねえ」
魔族としての気概を語るザンフラバに、あきれたように、感心したように参謀がうなずいた。
エルフであるザンフラバは果実を好むこともあってか、参謀たちの前に置かれていたフルーツの盛り付けられた皿は、もうほとんど無くなっていた。
小間使いのコボルトが空になった皿を下げ、代わりに果物の盛り合わせが乗った大皿を置いて一礼する。
それを横目に、ザンフラバが魔族としての矜持を参謀に語った。
「知力であれ魔力であれ財力であれ武力であれ何であれ、我ら魔族は力こそが全て。力こそが法であり秩序であり正義であり理念であり真言であり信仰だ。力の無い、あっても振るう覚悟の無い者に魔界を治める資格は無い。豚は豚として豚らしく生かされ、豚らしく食われて死ぬのが豚の定めで義務なのだよ。ま、私は肉はあまり好みではないがね」
ククク、と笑い果物が山と盛られた皿へと手を伸ばしみかんを手に取る。
ヘタのついたみかんをしばし手の中で転がしていたザンフラバが、みかんの尻に指を当てて皮をむこうと力を込めたその瞬間。
無数の鋭く長い針がみかんから勢いよく飛び出した。
「あえ?」
みかんから飛び出した鋭く長い針はザンフラバの全身を貫き、空中へとその体をピン留めにする。
目から頭から頬から胸から腹から股間から手足から、座る椅子ごと身体中を針串刺しにされ、ザンフラバがビクンビクンと死の痙攣に体を震わせる。
あまりの事に、そして見覚えのある惨劇に、隣に座っていた魔王が悲鳴をあげる。
「え、え、え、えらいこっちゃあああああ! えらいこっちゃえらいこっちゃえらいこっちゃえらいこっちゃ! お、おいザンフラバ、しっかりしろって言ってもちょっとこれはいくらなんでも無理な相談だよな。参謀、これヤバくね! これヤバくね!? メイド長! メイド長はどこいった!? 誰か、誰か大至急メイド長を呼べええええ!」
「……さ、さすがにこれは予想外」
横で眺めていた参謀が、珍しく言葉を詰まらせていた。
ダークエルフの長の命を奪ったみかんは一瞬で針を引っ込めて床に落ち、そのままコロコロと廊下へと続く扉の方へ転がっていった。
別室でラウレティアの状態について逆十字病院の医師と話し合いを終えたメイド長が、宴会の行われている城内食堂へと続く廊下を歩いていた。
食堂までは、まだ距離がある。
宴会の喧騒も、この廊下までは届かないようだった。
「ふいー、終わった終わった。さーて俺も食って飲むかねー。酒、何飲もっかなー。参謀が異世界から仕入れたって酒飲んでみるのも面白そうだよな。ストレングス・ゼロだっけか。力がつきそうな、それでいて力が抜けそうな変な名前の酒だよなー。お?」
メイド長がふと歩みを止める。
視線の先には、廊下の真ん中で尻を押さえてうずくまるペケ子がいた。
頭のてっぺんには、変身の名残だろうか、みかんのヘタが生えている。
「おーい嬢ちゃん。何そんなとこで珍妙な格好してんだ。尻でも痛いのか?」
死神の声に、すっくと立ち上がったペケ子が猛然と駆け寄り、勢いそのままに飛び蹴りを放つ。
「うぐはぁ!? いきなりなにすんだよ嬢ちゃ……ん?」
蹴り転がされ床に倒れ込んだメイド長が、仁王立ちのペケ子を見上げる。
ペケ子は何故か猛烈に不機嫌そうな顔をして立ち尽くしていた。
口の端からはフシュー、と噴火直前の火山のような音を立てて息が漏れている。
死神が見上げると、ペケ子を中心に周囲の風景が、まるで陽炎のようにユラユラと揺らめいてした。
「あ、あ? 何だぁ? もしかして嬢ちゃん、なんか怒ってんのか?」
先代魔王譲りの超強力な魔力放射により、廊下全体の空間が歪ませながら、ペケ子はのっしのっしとガニ股で床に尻餅をついている死神へと近づいてくる。
そして、思いっきり足を振り上げ、死神の足の骨を踏んづけた。
何度も、何度も、何度も、何度も。
足と言わず胴と言わず、それこそ地底で暴れていた魔王の数倍以上の魔力を放射しながら、ペケ子は廊下に倒れている死神をゲシゲシと踏みつけた。
「ぎゃああああ! 痛てぇ! いってえ! ちょ、嬢ちゃんやめ! マジで骨折れちまう! なんで、なんでえええ!? 俺、何か嬢ちゃん怒らせるような事したかあああ!?」
ゴリバキグシャベキボキ、と何か硬い物が折れる音が連続して廊下に響き渡り、死を司る死神の断末魔の絶叫が魔王城に響き渡った。
ウエディング・ヘル(その16 結)……END
どうも、熊です。
すげぇお久しぶりの更新ですが、ウエディング・ヘル最終話をお届けします。
日常魔王自体はまだ続けるわけですが、とりまこれで一区切りですね。
次回は、7日以内にどうにか出したい所!
やってやる! やってやるぞ!
てなわけで以下いつもの。
最後までお読み頂き有難うございます!
よろしければ、こちら↓↓↓の広告下にございます「☆☆☆☆☆」欄にて作品への応援を頂けますと、今後の励みとなります!




