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ナナリアの独白:後編


当時私は我が儘を言ってばかりで同年代の友達が居なかった。会うとしたら同年代の公爵家の子女で謂わば親戚関係の者ばかりだ。

つまらない人生だと幼少ながら嘆いていた時に、とある伯爵令嬢が同年代の子女を集めお茶会を開く、という招待状が私の元に届いた。

当時その様な名目で私に近付こうとしてきた不貞の輩は多く居たし、当時は存命だった父上が事前に跳ね除けてくれた。


父上からすればブスッとした全く甘えない可愛くない娘だったかも知れない…それでも父上は私を甘やかしてくれた。


何度か父上の反対を押し切り参加はしたが擦り寄って来る者ばかりだった。


だが私の元に父上がこの者は信が置けると太鼓判を押して渡してくれたのがリリィお姉ちゃんからの招待状だった。


父上がそこまで言うのなら…と、手渡された資料に目を通して主催者の名前に目が留まり思わず呟いた。


『リリアナ•アルデン•センティス』と。


下へ視線を動かすとこう書かれていた。


手広く商会を展開し、財を成すと家を出てジェネシス公領南西に位置する土地を金貨一千枚で購入し、アルデン伯領民を戦災から守り、また同戦争にて敵軍に潜入し内部から切り崩し勲功を上げ準子爵から子爵へと陞爵した、と簡略化された文が綴られていた。


この時私の胸が跳ねた。兄弟の中でもっとも仲の良いレオンハルト兄上の影響で私は戦記物を愛読していた。リリィお姉ちゃんはこの時私が想像するどんな英雄よりも優れているのではないか、とさえ考えてしまった。この時初めてリリィお姉ちゃんを意識し始めたのだろう。私は上から目線で試してやろう、と考えた。もし本当に戦記物の英雄であるならば、私の邪心を打ち砕く筈だ、と考えながら私は段取りを進めた。


近衛と父上に無理矢理押し付けられた奴隷を連れ、やって来たセンティス領マルセムは何もかもが輝いて見えた。道ゆく人々は誰もが笑顔を浮かべていて、区画整理されて建てられた大通りは何もかもが珍しく目を引くものばかりだった。私とそう年が変わらない少女がこの街を治めていると聞き三度驚いたのを強く覚えている。


いざ領主館に辿り着くも、既に始まっていて遅れた事を少し悔いた。どのタイミングで中に入るべきか悩み、玄関前で右往左往したのをよく覚えている。帝王学を学んでいた幼少期の私でも気まずいという感情は色濃く有った。そうしていると屋敷のメイドが私を案内してリリィお姉ちゃんの前に連れ出したのだ。私は精一杯の虚勢を張って第一声を掛けたが、堪らなく後悔と焦りに感情が塗り潰されていく。

それでもリリィお姉ちゃんは優しかった。


私が嫌味を言っても顔色一つ変えずに対応してくれた。

いざとなれば奴隷をけしかけ、難癖を付ける算段をしていた私は愚かだったと今でも後悔している。どうしてそんな事を考えていたのかと自分でも謎だが、多分リリィお姉ちゃんを試したかったのだろう。だがそれは失敗に終わった。リリィお姉ちゃん(当時はリリお姉ちゃんと呼んでいた)の有無を言わさない帰れの一言が胸に突き刺さり私は惜しげもなく泣き叫んだ。自分の行為を悔いたというのもあるけど、何より友人となりたかったリリィお姉ちゃんに拒絶され許容量の小さい私の心が破裂したのだ。その後はお互い謝り、仲良くなって私はリリィお姉ちゃんみたいな強い女性になろうって誓ったんだっけ…


お姉ちゃんは私の目標であり、尊敬して止まない存在だ。一種の信仰心を抱いていると言っても過言ではない。その頃から私は他者を見下したり、我が儘を言うのを止めた。リリィお姉ちゃんと過ごす時間を犠牲にしてひたすら剣を振り続けた。


「…そんな感じです。結局私は気に食わないからと他者を害し、自分の浅はかは自尊心を満たしたかっただけの矮小な人間で、立場に胡座を掻いてふんぞり返ってただけなんですよ。お姉ちゃんと出会わなければ、もっと卑屈で最低な人間になっていたかもしれません。」


「でも、貴女は変われた。それってとても素敵だし意味のある事ではありませんの?わたくしはそう思いますわ!」


パァッと花の咲いた様な笑顔を浮かべて私の手を取るメイリー王女。コロコロと変わる表情は同年代の町娘とそう変わらないだろう。


「シッ!気配がします!」


「えっ?」


「静かに…いざとなったら私が時間稼ぎをするので、メイリー王女は隠れてて下さい!」


少し離れた所から森を分け進むような微かな音を捉える。言った通りメイリー王女には逃げられる様にして貰い私は腰の剣に手を伸ばした。誘拐されたばかりで野盗に捕まってしまったらあまりに不憫過ぎる。私はお姉ちゃんともう一度再会することが出来たし、思い残す事は…辞めよう、悲観的になり過ぎている。何のために剣の稽古を身を削るまでやったんだ。諦めるな、抗え!


「失礼。上で困り顔をしていたクロッカス中隊の方々から依頼を受け参りました。クーロン王国第三王女メイリー様並びに、アムスティア王国第三王女ナナリア様とお見受けします。私はアムスティアのとある貴族に仕える旅の剣士です。先ずは落ち着かれて話を聞いて下さいませんか?」


「ーー……へあッ?!」


私の決心は一秒と持たずに崩れ去った。背後でアムスティア王家に対する最大限の礼を取られたのである。見上げるほどの巨躯に鍛え上げられた筋肉の鎧の仮面を付けた大男がご丁寧に騎士に連なる礼をしているのである。


「驚かせてしまい申し訳ありません。私の名は紳士仮面、とある事情が有って本名は明かせませんが貴方様の味方である事には変わりありません。その証として私の連れ、高潔淑女エレガントレディにその腕と足を治癒させましょう。」


「高潔淑女ですわ。わたくし様に掛かればその様な骨折、直ぐに治して差し上げますことよ!おーっほっほっほ!」


「と、通りすがりの治癒術師ですわ!!」


紳士仮面…何処かで聞いた様な…だめだ思い出せない。

先程冗談で言っていた通りすがりの治癒術師が現れて興奮するメイリー王女。


今度は正面の木の影から蝶を象った仮面を付けた私と同年代の少女が現れる。あれ?行方不明のマリアンヌに似てないか?口調や呼称がそのままで濡羽色の黒髪、どれ一つ取っても他人の空似では済ませられないな。だがそんな偶然ある訳ない、きっと偶々だ。あの雌豚聖女は既に帝国から祖国へ帰還したと聞いている。あの雌豚、私が必死に剣の稽古をしている間、リリィお姉ちゃんに近付いてめちゃくちゃやってたみたいだからな。私の敵だ。


私の折れた患部に一瞬触れるだけで痛みと骨折特有の違和感が消えた。あの雌豚ならば部位一つで金貨十枚は寄越せとか言い出しそうなのでやはり目の前の少女は赤の他人だろう。名前通り高潔で今も、痛い所はありません事?おーっほっほっほ!と、高笑いしながらも此方を思いやり見返りを要求しない少女と、雌豚マリアンヌは全く別次元の存在だろう。


一応は信頼はするが、警戒は最低限しておくに留める。


「まずは感謝を述べる。高潔淑女なる者、並びに紳士仮面よ。其方らの所属を明かしてくれ。でなければ祖国に帰った折りに主君に礼を出来ぬではないか。」


「明かす事は出来ません。申し訳ない。では次は崖を登り護衛と合流しましょうか。未婚の御令嬢に触れるのは気が引けますが緊急時です。非礼をお赦し下さいませ。」


「ええ、仕方がないわ。怪我の治療に免じてそのくらいは了承しましょう。」


「ちょっと紳士仮面さん!わたくし様だけ扱いが雑ではありませんの?荷みたいに小脇に抱えられるのは我慢なりませんわよ?!


「すまん、私だって人間だからな…一度に三人を運ぼうとすればこうなる。何、数秒の辛抱だ!」


「うぅ…何だってこんなむさ苦しい筋肉ダルマに抱えられなきゃいけないんですの?わたくし様ーーなのに…」


高潔淑女が文句を垂らしたその瞬間、紳士仮面の巨体が一度大きくしゃがみ込むと次には空を跳んだ。


そして馬車の目の前に着地すると唖然とした表情の兵士達に出迎えられる。


「では私達はこれにて。寝込んでいるリリアナのお嬢さんにはこれを飲ませると良いでしょう。あれはただの風邪じゃないもっと厄介なモンだ。やり方はランゼが知っています。では、サラバダー!ハーッハッハッハ!」


「オーホッホ!オーホッホッホ、げふんげふん」


ポンと投げ渡されたのは万病に効くと謳われる果実、アムリタ。そして最高級の回復薬だった。

これだけで金貨数百枚が軽く消し飛ぶ様な高級品だ。

実際にこれを求めてコッペリオンまでクロッカス中隊が遠征していたと聞く。

ハーッハッハッ!と高笑いをしながら高潔淑女を抱えた紳士仮面はそのまま去って行った。


「逆バンジー楽しかったですの!!」などと心配するクロッカスを横目に興奮するメイリー王女を見やりながら、私は呆然と立ち尽くしているフローラ殿に後を任せ馬を駆ってリリィお姉ちゃんの居るブレンダーへと引き返した。

今回で丁度200話となります!

皆様の支えがあって此処まで書き続ける事が出来ました!感謝感謝!


次回はその頃のアムスティアを別視点でお送りします!

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