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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~闇の舞踏
98/101

95 party 女子会









 寮の前で一ノ瀬君と別れた私は食堂へ行く前に自室に荷物を置きに女子寮へと入ったのだが。


「花森さん確保ーー!」

「ぐうえぇっ!?」


 物陰から突如飛び出して来た女子生徒に羽交い絞めにされてしまいカエルが潰れたような声が出てしまった。

 何事かと目を白黒させながら飛びついてきた女子の顔を確認するとそれは見知った顔だった。


「す、須藤さん……?」

「はーい、須藤亜矢でーす」


 私の首に腕を回したまま笑顔で須藤さんが言った。彼女の肩辺りまで伸びた亜麻色の髪が私の頬をくすぐり仄かにフローラル系の洗髪料の匂いが漂う。須藤さんの髪は柔らかく猫っ毛のようだった。


「あの……何か用?」

「あのね、今日皆で夕食にしない?」

「皆って?」

「私と花森さんと、羽田さんと榊原さんと愛ちゃんと土倉さん」


 つまりD組女子で夕ご飯にしようということだろうか。指折りしつつ名前を出していく須藤さんに苦笑しつつ、たまには一ノ瀬君達以外とも食べるべきだろうと私は須藤さんの誘いに頷いた。



 いつも通り私と夕食を共にしようと一ノ瀬君と七瀬君がやって来たが私がD組女子メンバーと一緒にいるのを見て察してくれたらしく二人とも笑顔で私を見送ってくれた。


「相変わらず一ノ瀬君と仲良しだねー」


 生徒で賑わいを見せる食堂の一角で向い合せにD組女子メンバーが座り、それぞれ選んだメニューを前にしてさあ、食べようという時に平間さんが意地悪気にニヤ付いた笑顔で言ってきた。

 軽くからかわれているだけなのでここはあまり狼狽えずにさらりと返した方が得策だとミートソーススパゲッティをフォークに絡めながら返した。


「パートナーだし、それにやっぱり一ノ瀬君自身が人当たりがいいから話しやすいんだよね」

「むむ、模範的な回答か……やるわね」

「愛ちゃんあんまり詮索するのはよくないよ。ごめんね花森さん」

「いいよ、それに本当に何かあるってわけじゃないし」


 平間さんは情報部だし、突っ込んだ話をしてくるのはしょうがない事だ。本気で嫌がればちゃんと引いてくれる引き際の良さもあるから嫌っているわけではない。


「けど花森さんって一ノ瀬君以外でも千葉君や東君、中野君とか他のクラスの七瀬君や木塚君とも仲良いですよね」


 何気なく言われた土倉さんの台詞に私は内心ドキリとした。土倉さんは悪気はなかったと思うけど今その話題は私にとって地雷だ。女子ばかりが集ったこの肉食獣の檻の中で美味しいお肉が放り込まれたのと同じ状態。

 やはりというかなんというか平間さんが真っ先に食いついてきた。


「うちのアホトリオは別として七瀬君と木塚君との仲は興味あるなー! 特に木塚君とは初等科六年の時、ちょっと噂になったよね?」

「……よく御存じで」

「でも私、その時同じクラスだったけど仲良しというよりどちらかというと険悪に見えたけど……」


 須藤さんはあの時の事について思い出したのか怪訝に眉を顰めていた。当時のクラスメイト達はなぜか私と木塚君が仲が良いということになっていたがよく見ればそんなことはない。須藤さんは他のクラスメイト達よりもしっかりと私と木塚君の事を見ていたのだ。


「あ、でも今は本当に仲良しになったみたいだよね!」

「――ごふっ!」


 咀嚼し終えたスパゲッティが喉に詰まった。

 木塚君と仲良し説を否定してくれる唯一の仲間だと思ったのにあっさりと須藤さん本人に返されてしまった。確かに以前よりは話をするようになったし、あの時のわだかまりは解消したけど、仲良しと言えるほど仲良くはないと思うのだが。

 なんとか水でスパゲッティを胃まで落とし込むと咽て涙目になりながら言った。


「そんなに仲良くはないと思うけど……友達かも微妙だし」

「えー、でもすーちゃん朝食は一緒に食べてるよね~? それに本の意見交換もしてるみたいだし~それってやっぱり仲良しってことじゃないの?」


 それまで静かに野菜ジュースを飲んでいた榊原さんがのんびりとした口調で首を傾げた。私も一緒に首を傾げる。こればかりは本人に確認していないのでなんとも言えない。木塚君の態度がフレンドリーかといえばそうではないし、会話がはずんでいるかといったらそれもそうではない。

 『微妙』それが一番やはり適当な回答だった。


「うん、では質問を変えようか! ずばり、好きな人はいるの!?」


 ぐいっと顔を近づけてキラキラ輝く瞳で聞かれ、やっぱりそうくるかと息を吐いた。


「残念ながらいない」

「こういいなって思う男子も?」

「んー……いないかな」


 一瞬だけ雹ノ目君の姿が頭に浮かんだが、いいなっていうよりも綺麗な顔で羨ましいなと思っているので彼女の質問の答えにはならないだろう。平間さんがあからさまに肩をがっくりと落とした。


「わーん、つまんなーい」

「こらこら愛ちゃん、人の恋愛事情に首突っ込んで楽しまないの」

「そーゆーあやちんはどーなのさぁ。良い人はいないわけー?」


 口を尖らせ不機嫌そうにぶーぶー言いながら須藤さんに矛先を変えると彼女は少し考えるそぶりを見せてから首を振った。


「私もいないかな」

「はいはい知ってたよ。じゃあ、お姉さまは?」

「ん? 私か?」


 今までずっと静観していた羽田さんが切っていたステーキから目を離して顔をあげると、あまり興味がなさそうに眼鏡の位置を直した。


「興味のある男子は何人かいるが、好意を抱いている人物はいないな。そもそも婚約者がいる身であるし」

『ええぇぇっ!?』


 羽田さんと平間さん以外の女子が驚きの声を上げた。平間さんはさすがに知っている情報だったらしく、パンを千切って口の中にほおばってから、


「まあ、それも知ってたけど身分違いの恋とかあったりしちゃうのかなーって思っただけ」

「期待に添えず申し訳ないな」


 ふふっと不敵に笑って切りかけのステーキを再び分け始める。羽田さんの家は風属性魔法使い筆頭名家だ。その長女であり、魔法使いとしての才を覚醒させた彼女の存在価値は羽田家にとって計り知れない。幼い頃から、もしかすると生まれたその時から相性の良い相手を探し、婚約者としてあてがっているのだろう。

 名家の子女って大変だな。

 羽田さん自身がそういうことに関してあまり不満を漏らしたりはしないので彼女がそのことについてどう思っているかは分からない。すでにもう受け入れていることなのか、騒ぐことじゃないとでも言いたげに優雅に食事を進めていた。


「もう、みんなつまんないわ。驚きの恋愛事情とかないのー。最後の希望、郁ちゃん」

「私ー?」


 栄養価が高そうなどろっとした緑色のスープを飲んでいた榊原さんがまったりと顔を上げて微笑んだ。


「いるよー」

「おお! ようやく来た! で、だれだれ!? まさか時任君とか言わないよね?」

「えー違うよー」


 ぽやーっとにこにこ笑うその姿からは慌てた様子はなく、誰が好きかばれても構わないような態度だった。私は内心緊張しながらフォークを握りしめる。昨日の榊原さんの顔がどうしても頭から離れなくて、もしかしてとぐるぐると頭の中で一ノ瀬君の顔が回った。

 しかし次いで出た彼女の言葉は誰もが予想していない人物の名だった。


「私が好きなのは木塚紅葉さん。ふかみどり君のお兄さんだよー」


 優しくてかっこいいんだーと頬をほのかに赤く染めてえへへーと笑う榊原さんがなんとも恋する乙女で可愛らしい。まさか木塚君のお兄さんの名前が出るとは思わず少し驚いたが一ノ瀬君ではなくてなんとなくほっとした。しかしだとしたらあの時の意味深な表情はなんだったのか、気になる。


「木塚兄か、たしかあそこって医者一家よね。ということは兄の方も医者か」

「うんそうだよー。魔法使いじゃないから普通のお医者さんだけど腕はいいんだー」

「いくつなの?」


 興味津々で須藤さんが身を乗り出す。


「二十八ー」

「あ、けっこう離れてるんだ」

「うん、ふかみどり君は忙しい両親に代わって紅葉さんが面倒見てたんだって。だからふかみどり君、お兄ちゃんっ子なんだよー」


 そういえば前に木塚君の名前をつけたのはお兄さんだと聞いたことがあった。名付けも面倒も見ていたのならそりゃあ懐くだろうな。

 そんな風に考えていると、あれっと少し引っかかりを覚えた。木塚紅葉、この名前どこかで見た事がある気がする。なんだったっけ……。


「人の事ばっかり聞いてるけど愛ちゃん自身はどーなのよ?」


 どこで見たのか思い出せないでいると須藤さんが仕返しと言わんばかりに今度は平間さんに質問を返していた。対する平間さんは一瞬戸惑った雰囲気を出したが、自分で言いだした事であるし腹を決めたのかずずっとお茶を飲んでからハッキリ言った。


「いるわよ」

「ええ、嘘初耳! だれだれー!?」


 友人のまさかの返答にここ一番の興味を示した須藤さんが食器をぶつけながら身を乗り出した。


「それは内緒。でもあやちんも知らない人よ」

「そうなの? じゃあ、歳は?」

「……んー幾つだろう。すっごい年上なのは確かだけど」

「年上かー、榊原さんも愛ちゃんも大人の恋愛なんだね」


 未知の領域だと呟きながらパンを頬張る須藤さんは、私と同じでまだまだそういうことには縁がなさそうだ。勝手に仲間意識を抱きつつ残りのスパゲッティーを処理していると、おずおずと土倉さんが声をあげた。


「あのー、私には聞かないんですか?」


 その台詞に全員がえ? という顔。土倉さんだけが皆の態度にオロオロしていた。


「それ、わざわざ聞く必要があるのかと……」

「土倉さんにはもう魔王しかいないというか」

「黒須磨以外に誰かいたか?」

「分かりきっちゃってる~」


 ですよねー。

満場一致で生温かな視線を送ると土倉さんが一瞬にして顔を耳まで真っ赤にして縮こまってしまった。黒須磨君はわりと押している方であるし、鈍そうな土倉さんでも彼の気持ちはそれとなく分かっているだろう。つい先日もこの二人の間で面倒なことに巻き込まれた自分からすれば、『もういいから勝手に爆発しとれ』である。

 それから会話は他愛もない日常的なものへと移り、私は今まで寂しく一人で過ごして来たことを後悔するほどそんななんでもない話が楽しくてしょうがなかった。私自身に話の種はあまりなかったけれどみんなの話題は豊富で、知らなかったさまざまなものが飛び込んでくる。一ノ瀬君達と過ごす時間とはまた違った楽しさに、自然に頬が緩んでその頬を須藤さんがちょんと突いた。


「やっぱり笑うといいね、花森さん」

「そうそう女の子は笑顔が一番。いやー楽しそうでなにより」


 須藤さんと平間さんにからかわれ、他の三人に温かな笑顔を向けられた私は恥ずかしさで顔が熱くなったが、途端に笑いだした須藤さんにつられて全員で大爆笑してしまった。

 ちらりと視界に入った一ノ瀬君が驚いたように目を丸めていたのも面白くて、楽しくて。


 私はこれまでの人生で一番楽く賑やかな夕食を過ごしたのだった。









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