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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~闇の舞踏
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94 番外 鈴木君が消えた日 後編3(瀬戸視点)







 柳生先生と別れた私は真っ直ぐに神城先生のいる保健室へと足を向けた。体育祭準備期間中である為、ちらほらと生徒の姿は見えるがまばらだ。すでに灯が消され、感知式に切り替わっている場所もある。私は特に暗い所が怖いということもないのですでに消灯済みの廊下もかまわず最短距離で通り抜け、保健室まで辿り着いた。


「失礼します……先生?」


 部屋の明かりはついていたが肝心の神城先生が見当たらない。奥の入院部屋にいるかもしれないと覗いてみたが彼女の姿はなかった。

 薬品部屋かしら……。

 戻ろうと踵を返して、ふと足先に冷気を感じて立ち止まる。私は魔力を感知する時、右足の小指が一番反応するのだ。悪い気配ではないがどこかで感じたことのある痛みが伴うのが気になって気配の先を探してみた。


 ……この部屋だ。

 部屋の外側からでも確かに感じ取れるほどの強い魔力が漂ってくる。扉を開けるのは躊躇われたのでノブに触れることはせず、扉の脇に表示されているはずの名札を確認した。


『雹ノ目朔良』


 この名には覚えがある。確か初等科五年時に魔力暴走事件を引き起こした少年の名前だったはずだ。あの時、私も近くにいて危うく巻き込まれそうになった事が思い出される。

 目の前でクラスメイトが氷漬けにされた光景は今思い出しても震えが起こる。記憶に残るあの刺すような鋭い冷気、けれどどこか悲しみを含んだ冷たさは独特で四年前のことながら我ながらよく覚えていたものだと思う。

 事件を起こした後、彼がどうなったのか興味がなかったので知らなかったが、どうやら学園に戻ってきているようだ。


 あの背筋が凍るような冷たさや痛みは、現在病室の中にいるであろう彼からは感じない。それどころか指先がふわりと温かくなるほどで、本当のあの彼なのか二、三度名札を見返してしまった。


 心境の変化でもあったのかしら? まあ、別に興味ないけど。


 顔はすごく綺麗だけど性格が面倒臭そうだったので近寄ったことがない。元々学園にいる期間も短かったし、話しかけづらい印象があったのも確かだが。

 そんなことを思い出しつつ保健室に戻れば目的の人は優雅にイスに腰掛けてコーヒーを飲んでいた。こうして何も喋らずにいたら誰もが羨む絶世の美女だというのに。


「ん? なんでお前そっちから出て来たんだ?」

「先生の姿が見えなかったので探してたんです。どこに行ってたんですか?」

「便所」


 口を開くと台無しである。気心知れた同性同士でもオブラートに包みましょうよソコは。せめてトイレとかお手洗いって言って。

 相変わらずの男らしい返答に溜息をついてから、私は神城先生に塔でのことを報告した。




「……なるほど、お前のパートナーね」


 私の言葉を頭の中で整理しているのか神城先生は難しい顔をして呟く。


「淵呪の話が確かだとすると、なぜ今は『お前のパートナーを忘れている』ということを覚えていられるんだろうな?」


 神城先生の言葉にハッとした。そういえばそうだ、もし禁則に触れたのなら呪いが発動してまた奪われてしまいそうなものなのに。


「塔の影響か……、それとも淵呪か。まあ、覚えていられるなら幸いだ。それにお前の話を聞いて思い出したことがある」


 と言って神城先生が取り出したのは一冊のカルテだった。


「一年生のカルテなんだが、どう数えても一人分足りなくてな。さっきまで足りていない事すら気にならなかったが、今ようやくその『おかしさ』を思い出せたよ」

「やっぱり呪術の影響力は大きいみたいですね」

「そうだな。実質身に何か危害が加えられるわけじゃないから結界もすり抜けたのかもしれない、巧妙なことだ」


 不機嫌そうにカルテを机の上に置くと神城先生はそのまま立ち上がった。


「これ以上大事な生徒を忘れたままにするわけにもいかないしね。私もここいらで動くとするよ」


 その声は勇ましく、凛とした音となり保健室に木霊した。












 颯爽と白衣を翻し、神城先生が向かったのは柳生先生と落ち合う約束をした中央庭園だった。柳生先生はすでにベンチに腰かけて外灯の元、一冊のファイルを見詰めている。


「よお、義経どうだ探し物は見つかったか?」


 神城先生の登場は予想の範囲内だったのか柳生先生はさして驚いた様子もみせず、顔を上げて笑った。


「いやーほんと参ったっすね。今になってようやく『ない』ことに違和感を覚えられましたよ」

「そうか、私もだ」


 と、神城先生はさきほど私に見せてくれたカルテを取り出して同じであると告げた。


「なにがきっかけで気が付くことが許可されたのか、分からないのが不気味なんっすけど」

「そんなものは後で考えろ。今一番重要なのは存在を忘却された生徒の奪還だ。いつまた呪詛に邪魔されるか分かったもんじゃないんだからな」


 忘却の呪詛が発動しないことに違和感を感じて眉を顰めた柳生先生に神城先生が男らしく一喝すると、くるりとこちらに踵を返す。


「で、瀬戸、お前のパートナーの存在を掴むことができるような案はなにかないか?」


 突然質問を振られたがパートナー忘却に気が付いた時からそれなりに考えは巡らせていた。『水鉄砲でもなんでも――』という文面から恐らく彼は水属性。そして不自然に落ちてきたノート、伸ばした手の先でわずかに感じた温かさ。きっと彼は私の眼に映らなかっただけでそこにいたのだと思う。今もきっと傍にいてこの話を聞いているに違いない。だから――――


「睡蓮池に行きます」


 彼を信じる。たとえ記憶を失っても私の心は一切疑いを感じたりしなかったから。今度こそ絶対に……。



 睡蓮池はその名の通り巨大な美しい睡蓮を沢山浮かべた大きな池である。城の最南部に位置し、清廉な水を湛える静かな場所で水を司る元素精霊達が集う場とされており一般生徒はあまり気軽にこの場所には訪れない。精霊が集うとされるだけありこの池一帯には豊富な水の魔力が漂い、彼の魔力を探知するのに大いに役立つはずだった。


「確かにいいアイディアだな。無属性のお前は別の魔力を媒体にする必要があるし、睡蓮池の精霊達は皆、穏やかで優しい気性のものばかりだ」

「……まー時々、水属性らしい意味の分からん悪戯しかけたりされるっすけどね」

「それは義経が昔ここで――」

「うわあぁーストップ! 神城先生、それは忘れてくださいって言ったじゃないっすか!」


 昔ここでなにかしでかしたのか柳生先生が必死になって神城先生の口を塞ぐのを横目に、私は池に神経を集中させた。柳生先生のやらかした話など微塵も興味がない。

 私の無の魔力に惹かれて水の元素精霊達が集まって来る。昔から水属性の多くがもつ性質が苦手ではあるが、分からないから逃げるのではなく、知ろうとする勇気が今は必要であるのだと分かっている。


 もう少し、もう少しで掴めそう――。


 伸ばした指先に水の魔力が弾けたと思った瞬間、


「――伏せろ瀬戸!」


 神城先生の叫びにも似た声が響き、私は地面に押し倒され何度か転がった。彼女の艶めく金色の髪が視界を覆い、状況が見えなかったが転がったのと同時に地面を抉るような轟音が響いたのを耳に捉え、何者かに攻撃を加えられたのだと悟った。


「先生、大丈夫ですか!?」

「問題ない、義経!」

「ちょ、ちょいピンチっす……」

「根性でなんとかしろ!」


 神城先生は私を立たせると怪我がない事を確認し、自分の白衣の土を掃った。そして柳生先生が抑えている急襲者に鋭い眼光を向ける。私も恐る恐るその視線の先を確かめると。


「……なに……あれ……」


 それはまるで山だった。真っ黒な固まりが聳え立ち、夜空に輝いているはずの月明かりを遮り、私達の姿まで黒く染め上げている。

 最初、禁則に触れた時現れた芋虫のような呪詛の形と似てはいたがその大きさは比べ物にならない。


「なんで忘れねぇーのかなと思ったら、ここで一網打尽にするつもりだったみたいっすね」

「そのようだな、気合を入れろよ義経。お前の後ろには可愛い生徒がいるんだからな」

「分かってますよ。……で、期待はしてもいいんですかね?」


柳生先生の言葉に神城先生はニヤリと口角を上げて好戦的に笑ってみせた。光属性の魔法使いは総じて回復や補助に長けており逆に攻撃的な事は苦手だ。だから単独で戦うという事はまずない。ましてや武器が殺傷能力のあるものになる事も滅多にない。


 しかし。


「私を誰だと思っている!」


 白衣を颯爽と翻し、隠されていたタイトスカートの内側から一丁の銃がまるでマジックかのように彼女の右手に収まった。


「戦えるんですか!?」


 長い付き合いだったがまさか光属性である神城先生が攻撃系の武器を所持しているとは知らなかった。驚きを隠せないでいる私に先生はその勇ましい姿からは想像できないほど慈悲深い優しい手で頭を撫でた。


「あれは私らに任せときな。お前はちゃんとパートナーを見つけてやりなよ」


 その激励の言葉に私の背筋はピンと張った。そうだ、あれを怖がってる場合じゃない。私がやらなくちゃいけないのは彼を見つけることだ。

 神城先生の瞳を真っ直ぐに見詰め返し、強く頷いて見せると彼女は一瞬聖母のように優しく微笑んで、一拍後には勇ましい戦士の横顔を見せた。


「離れときな!」

「はい!」


 私は二人の元から戦闘に巻き込まれない場所まで離れると再び神経を集中させた。もう少しで掴めそうだったのだ、だから同じように精霊達に訴えかければ導いてもらえると思ったのだが。


 ――ダメだ。上手くいかないっ!


 先ほどまでは純粋な水の気配で満ちていた池があの呪詛が現れたせいで酷く穢れてしまっている。精霊達もあれの存在に怯え、散り散りに逃げてしまったようだった。


 どうしよう、どうしよう。

 水属性の魔宝石は持っていない。残っている三つの魔力石は中途半端にクリムレーアを召喚しようとして中断している為、新たに上書きすることができない。


 精霊の力が借りれない召喚士など、無力同然だ。

 使う事の出来ない魔力石を握りしめ、悔しさに唇を噛んだ。せっかく先生達が時間を作ってくれたのに、これじゃなんの意味もない。


『瀬戸――!』


 神城先生か、柳生先生か、もしくは両方だったのか私の名を叫ぶ声で反射的に振り返った瞬間、視界のすべてが黒に塗りつぶされた。それが呪詛の化け物の触手の一部だったのを知るのは数泊後で、魔法使いとしての自己防衛本能が逃げなければと頭の中で警鐘を激しく鳴らしたが生憎、私の運動能力では避けきれないほどそれは目前に迫っていた。


 ――当たる!


 痛みの覚悟を決めて身を固めたが、黒の触手が私に触れる寸前、勢いよく飛び出してきた何かに触手は弾き飛ばされ地面に叩きつけられた。

 温かな何かが頬にかかり、流れて顎を伝った。触れてみればそれは透明な水の輝き。この温かさを私は知っている。

あの時、手を伸ばした指先に触れたものと同じだ。


 ここにいる。彼はここにいてくれている。

 姿も存在も記憶も奪われてなお、それでも彼は私の傍にいて守ってくれている。


 私は唇を引き結び、震える足を両手で叩いてから猛然と走り出した。

 『どうしよう』だとか『無力だ』なんて考えている余裕があるなら無謀でも全力で突っ込むくらいの気概をみせるべきだった。


 できないなんて格好悪いこと私にできるわけじゃいない!


「成績優秀な優等生なめんなーー!!」


 走り込み、踏み切ったのは池の(ふち)。私の体は池の上を軽く跳び、そして重力に逆らうことなく水の中へと落ちた。

 水しぶきと共に全身に冷たい水を感じる。春とはいえ外で水浴びするにはまだまだ寒い季節だ震える体を必死に抱きしめて水の底へと沈んでいく。


 精霊達の力が足りないのならば、この身で水の気配を直に感じとればいい。水を知るには水に触れることが一番の近道だ。けれどこれには欠点もあって、まず水属性でないものは水中で息をする術を持たない。息が持つまでが限界の時間となるが魔法使いは神経を集中させると息すら忘れる。つまり下手をすれば窒息死だ。


 けれど私にはそうならない自信があった。

 彼は絶対に『いる』から。


 自分自身を膜のようなもので包む感覚をイメージし、魔力を全方位に放出する。きっと近くにいる。魔法に頼りすぎなくても、彼という存在はいつでも力を貸してくれていた。

 そう、いつだって。


 私の魔力が確信を持って彼の所在を告げる。この世界に、この水の中に確かに私のパートナーは存在しているのだと。

 視界の開けない水の中、私は両腕を限界まで伸ばした。その指先に触れたのは、


『見つけた!』


 形となったその腕を絶対に離すまいと力強く掴むと腕はわずかに震えた。けれどそれは一瞬で次の瞬間には私の肩を包むように腕の力を感じ、急速に体が浮上した。



「――げほっ、ごほっ!」


 瞬く間に水面まで押し上げられ、私はようやく忘れていた呼吸を再開させた。水を少し飲んでしまったらしく咽てしまったが、その息苦しさを忘れるほどの憎たらしい仏頂面が目の前に。


「水属性でもないのに池に飛び込むなんて瀬戸さんも意外と馬鹿だったんだね」


 いつも通りの腹立たしい台詞。

 嗚呼、思い出せる。彼が誰で、毎日どういう話をして、しょうもない時間を過ごしていたのかも。

 自然と私の瞳からは涙が溢れた。


「鈴木 太郎」

「…………うん、なに瀬戸 唯子」


 名前を言う事、呼ばれることがどうしてこんなにも嬉しいのか。


「――どんだけ探したと思ってんのよ! 馬鹿馬鹿、あんたの方が三割増しで馬鹿!」

「ああ、はいはい。心配かけて悪かったよ」

「心配なんかしてない!」

「……そうか、それは少し寂しいな。僕は皆に忘れられて切なかったよ」

「ちょ、ちょちょちょっとだけなら心配したわよ!」


 すました顔より、怒ったり戸惑ったりしている私の方に笑顔を向けてくれるよく分からない奴。水のように捉えどころがなく、いつのまにかあたりまえにそこにいる人。


「瀬戸、見つかったのか!?」


 離れたところから神城先生と柳生先生が駆けてくる。あの呪詛の化け物はいなくなっていた。二人が倒したのか、それとも鈴木君を見つけたことで効力がきれたのかは分からない。

 私は二人に手を振った後、鈴木君に振り返った。


「魔力石ちょうだい」

「いきなり何言い出すの」

「いいから出しなさい。一個くらいは持ってるでしょ」

「……持ってるけど」


 魔法使いにとって魔力は大事。いざという時に困らないよう自分の魔力を石に込めて所持するのが当たり前だ。その一つを私は鈴木君から強制的に貰った。

 石をつまんで空にかざせば、ほぼ無色透明な色合いの中にわずかな水色が混じるとても彼らしい魔力石だった。


「属性を持ってるのに鈴木君ってまるで無属性みたいよね」

「色がでないタイプなんだよ」

「なんで不機嫌になるのよ、私は好きよこの色」


 自分でも驚くほど素直にでた言葉に少し恥ずかしくなったが、それを聞いた鈴木君の顔が驚きに染まったのを見てこういうのもたまにはいいかなと楽しくなった。


「そんなの何に使うのさ。瀬戸さんの魔力石の方が純度も魔力も高いと思うけど」

「…………見る為」

「はい?」

「聞こえなかったの? 見る為よ。あんたってほんとに油断するとすぐに見えなくなるんだから、また消えてしまわないように私が確かな目を持っておくことにしたの。だって、この私が鈴木君ごときで手を煩わせるなんてもう二度と御免だもの!」


 腰に手を当ててふんぞり返ってみせれば、彼は呆れたように一つ溜息を吐いて困ったような笑顔を作った。


「君が見ててくれるなら、僕は二度と消えていなくなったりはしないんだろうね」







 あの日に起きた、もう一つの裏の物語。

 不気味な謎と、ひび割れた疑いと、一組のコンビの絆が深まった。そんな出来事だった。








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