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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~闇の舞踏
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92 番外 鈴木君が消えた日 後編1(瀬戸視点)







 保健室を出た後、なんとか予定していた授業に出席することができた。

 さすがは神城先生が調合した薬だ、先ほどまでは立っているだけでも世界が回っているかのような奇妙な浮遊感に襲われていたが今はしっかりと両足で立てる。だがそれでも胸の辺りを締め付ける圧迫感はなくならなかった。


 午後の授業も無事に終わり、すぐに寮へ戻ろうと足を進めるが両足が枷をはめられたかのように重くて歩みは亀ほど遅い。

 それに何かを訴えかける様な鋭い痛みが時折、心臓を刺す。


 これは感覚だ。痛覚ではなくて、私の魔法使いとしての感覚がこの胸に痛みをもたらしている。

 私は何かを忘れている……忘れてはいけない事を忘れてしまっている気がした。けれどそれが一体なんなのか、考えれば考えるだけそれがとても遠くへ行ってしまう。

 何かを忘れているという事をまた忘れてしまいそうになる。


 しっかりしなさい、私。これは絶対に何かおかしいわ。誰かに何かを仕掛けられたとしか思えない。普通の状態でこんな症状に見舞われるなんてあるわけがない。

 誰かにこんなことをされるような覚えはないんだけど……まあ、逆恨みくらいならされているかもしれないわね。お世辞にも自分で自分が誰からも好かれるとは思えないし。


 実際、彼には嫌われて――――


 『彼』?

 彼って一体誰のこと? 私は誰のことを言って……。


「―――っ!?」


 頭を鈍器で殴られたような激しい痛みに思わず頭を抱えて蹲る。

 待って、ダメ! 遠くへ行かないで――――忘れたくない!


 何かに縋るように必死に手を伸ばせば空を切るだけと思われた私の指先が何かに触れた。いや、実際には何にも触れてはいなかった。そこにはただ夕日の赤みが差した光がキラキラと輝き空気が漂っているだけ。

 それでもなぜかこの指先に灯るような温かさ感じて瞳から大粒の涙が溢れた。


 何度も何度も手のひらを握っては開いてを繰り返して、私はその温もりを掴もうとしたけれどやはり手には何も残らない。

 そこにはなにもないのだと分かっても私はどうしてもそこを離れたくなかった。冷たい大理石の廊下にへたり込んだまま俯いていると、ふと目の前に何かが降ってきた。それはバサリと音を立てて廊下に落ちる。

 涙で潤んだままの瞳で見ればそれは一冊のノートだった。


「ノート……どこから?」


 慌てて周囲を見回したが私以外に人影はない。一体どういうことなのか、不思議に思いながらもノートを手に取ればそれがとても見知ったものだということが分かった。

 私のお気に入りの白百合があしらわれた華やかな装丁のノートで、自分の部屋にも何冊か買い置きされているものだ。

 身の内から湧き出る言いようのない衝動が私の手をノートを捲るように導いて、私はそのノートの中身を確かめた。


『C組女子の放課後予定表』


 その題名で始まった文章は、私のクラス一年C組女子の放課後の予定がつらつらと綴られており、最後に


『水鉄砲でもなんでもいいからとにかく私を馬鹿男子共から護衛すること!』


 と締めくくられていた。

 …………こんなものを書いた覚えはない。けれどその整然と綴られた文章と字は自分のものと非常によく似ていた。

 昨日までの日付の所が赤ペンでバツ印がつけられており、今日の日付の文章の最後には『放課後地下ホールで組体操の練習』と書かれている。

 この字は明らかに私の字じゃない。汚くはないが角ばっていて男子らしい字面だった。


 今日の放課後はC組女子は予定がない。個別練習になっている。男子は確か東塔屋上で応援練習だったはずだ。地下ホールで組体操の練習はしない。

 ということはこの文章を書いたのはクラスメイトではないことになる。


 この文章を書いたのは誰なのか。

 私はぎゅっと両手でノートを胸の前で抱え込むように持つと力を込めて立ち上がった。このノートはきっと手がかりだ。なぜ急に目の前に降ってきたのか、それは分からないがこの字の主を知ることができれば、私が忘れてしまっている誰かに辿り着ける。


 ……どうしてこんなにも必死な気持ちになるのか自分でも分からない。大切な人なのだろうか。

 だけど、私が好きなのはいつき君だ。それはしっかりと覚えている。愛しい人じゃない、けどどうしても見つけ出したい人。

 そういう存在とはなんだろう。


『私を馬鹿男子共から護衛すること!』


 少なくとも私はその人に自分を守るよう言っていた。そして日付の所にバツが付いているということは昨日まできっと私を守ってくれていたはずだ。

 私がお願いすればホイホイと寄ってくる男は多いが、そんな下心見え見えの連中に護衛など絶対にさせない。守ってくれるはずの人に身の危険を感じるなんて本末転倒だ。だから恐らく、この人物は私に気がないはずなのである。

 私を好きでもなんでもないのに、ノートに書き込まれた予定表に印とメモまでつけて律儀に護衛してくれる人。


 いつでも傍に――――


 そこまで思考が回って、私はハッとして腕に巻きつけられたアンチブレスレットを目の前にかざした。自身の魔力を抑える効力のあるブレスレットはアルカディアに入る時に全員が身に着けることを義務付けられている。そして高等科からはそのブレスレットに新たな機能が加えられる。

 ブレスレットの中央部分にはめられた無色透明な宝石――『運命石』。

 高等科三年間を共に過ごすパートナーを定め、魂を繋げる重要なアイテム。そこには私のパートナーの名が浮かび上がっているはずだった。だが無色透明なはずの運命石は墨を一滴水の中に垂らしたかのように黒い靄が漂いその名を奪い去っている。


 忘れてしまった大事な人、それは運命石が定めた『今、私にもっとも必要な人』。


 奪われたのは、私のパートナー!


 そう思い至った瞬間、足元から冷たい気配が這い登り背筋が震えた。真っ黒な何者かの意志が再び私の記憶を塞ごうと魔の手を伸ばしてくる気配に私は咄嗟に魔力石を床に叩きつけて砕き、魔力を放出させた。

 記憶が揺らがないうちに、奪われないうちにこの考えを肯定しなければ。


 魔力石より放出された魔力を使って圧の壁を作り、這い寄る気配を阻んだ私はゆっくりと後退するも思ったよりその気配の力は強かった。


 一体なんなのこれ!?


 どんどん押され、背にひんやりとした壁があたり完全に退路が塞がれてしまった。

 この力、闇属性魔法使いのものとはどこか違う気がした。クラスメイトにも一人、闇属性を持つ子がいるが、これほどまでに不安と恐ろしさを感じたことはない。


 これが呪術なんだとしたら闇属性でも相当悪質な力の持ち主ね……。


 そもそも人の道から外れている禁術だ。それを扱う人間なんて悪い人しかいない。しかしまさかオルヴォン伯爵の加護厚きこのアルカディアで呪術にさらされる日が来るなんて信じられなかった。


 結界、どうなってるのよ。

 焦りながらも必死に集中して壁を保たせようともがくが、力の気配は霧散した状態では壁を突破できないと悟ったのか視覚ではとらえきれなかったその姿を一気に凝縮させ一つの真っ黒な固まりのような形になって魔力圧の壁を食い散らかすように無造作に壁に穴をあけていく。その様はまさに巨大な芋虫のようだった。うねりながら侵入してくるそれに嫌悪感と寒気が増していく。


 このままじゃまた……。


 気色の悪いこの力に私の記憶は食われるというのか。そんなのは嫌だと強く頭を振って右手をスカートのポケットに差し入れた。残っている魔力石は……三つ。

 闇属性魔法に特攻効果を持つ浄化の天使クリムレーアを召喚できれば記憶を取り戻せるかもしれない。クリムレーアは上位召喚精霊だから魔力石を三つすべて使う必要があるけれどこの際、もったいないとか言ってられない。

 意を決して三つの魔力石を取り出すと、私は口早に詠唱を開始する。


「開け『ポルタ』深淵に沈む悪しき魂を浄化――」

「ストップ!!」


 クリムレーアを呼び出す言霊を声に出した瞬間、目の前を激しい魔力の奔流が過ぎ去り私の魔力圧の壁ごと黒い力を吹き飛ばした。

 突然のことに呆然としていると誰かが肩を叩き、驚いて跳ねるように顔を上げ横を見ると。


「こいつにはまだ召喚術も魔法も効かない。逃げるぞ」

「柳生先生!?」


 険しい表情を浮かべた柳生先生が混乱する私を引き摺るように腕を掴んで少々強引に引っ張った。


「話は後な。今は俺の後ろについて走ってくれ!」


 そう言いながらすでに走り出した柳生先生に吊られて私も走り出す。ちらりと背後を見れば先生が放ったのであろうあの強い魔力圧ですらものともせず黒い力はのったりと態勢を整えこちらをじっと見つめるように佇んでいた。

 冷やりと背が震える。

 柳生先生には色々聞きたいことがあったが、今は逃げることが先決なのだと判断し、もつれそうになる足を必死に動かして全力で廊下を走り抜けた。

















「はぁ……はぁ……せ、先生、あれ――なんなんですかっ」


 柳生先生の後ろについて無茶苦茶に走り通した私は校内の……もうどこかよく分からない廊下でようやく止まってくれた先生の横で膝に両手をついて息も絶え絶えになりながらも絞り出すように質問した。


「なんなんだろうなー、俺にもよう分からん」

「ええぇっ!?」


 柳生先生はあれだけ走ったというのに息は多少乱れているがしっかりとした口調で言った。

 全属性であり規格外の潜在魔力を持つ先生ならあの黒い化け物の正体を知っているんじゃないかと期待したが事はそう簡単ではないようだ。


「んな心配そうな顔すんなって。だからこれからそいういうのに詳しいのに話聞きに行くんだからさ」


 と、安心させるように肩を軽く叩かれて私は綺麗に整ったその笑顔をじっと見つめた。


「なんだ?」

「いえ、つくづく惜しいなと」


 乱れたスカートを適当に払って整えながらこともなげに言う。

 顔:上の上、家柄:最高、能力:ほぼ最大値、性格:良好。少し考えただけでも超高級物件であること間違いなしだ。だが私は柳生先生に興味がない。

 それはひとえに。


「……後継ぎじゃなかったらなー」

「お前の考えてる事は見え見えだが、本当お前の基準は家中心だな」

「しかたないじゃないですか、私一人っ子ですし待望の召喚士なんですから」


 無属性召喚士の一族で昔から財をなしてきた瀬戸家だって安泰じゃない。父は普通の人間だったし、召喚士である祖母の前は三代召喚士が生まれなかった事もある。

 必然的に私は家督を継ぐ者として期待をかけられるわけだ。もう幼い頃から親類より色々言われてきている。結婚相手の条件もその一つなのだ。


 ……下手な相手と大恋愛の末、家の者によって引き裂かれる。なんて未来は考えただけでもぞっとする。なら最初から家が望む、相応の相手を恋愛対象にすればいいのだ。


「なんていうかお前は見た目に寄らずかなりシビアだな」

「ほっといてください」


 苦笑交じりで説教くさい口調で言われて、私はふんと鼻をならしてそっぽを向いた。そんな不遜な態度をとる私に柳生先生は今度は頭を軽く叩く。


「恋は突然落ちるもんだぞ。……上手く家が望む相手になればいいな?」

「ご心配なく! いつき君ならギリギリ及第点だって言われましたから!」

「七瀬……なぁ……」


 柳生先生は憐憫にも似た目を一瞥くれるとすぐにそれは打ち消され、なんでもなかったかのように微笑んで手のひらを振った。


「さあ、行くぞ。面倒な事は早めに終わらせねぇーとな」

「……そうですね」


 先生のその瞳の意味を私は分かっている。いつき君は私のタイプと合致し、そして家の者にも許しを得られていて、これが上手くいったのなら私は何に傷つくことなく幸せに瀬戸家を継ぐことができるのだ。

 一番幸福で、安定した未来。


 それが確約されるのに、どうして痛みを伴う『恋』をわざわざしなくちゃいけないのか。私は間違ってない。

 ……そう、思わなくちゃ。


 一人先に歩き出した柳生先生の広い背中を見詰めて、一つ溜息を吐くと小走りに後を追った。









久しぶりの更新になってしまいました。

後編で終わる予定がかなりずれ込みましたので後編もうちょい続きます。

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