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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~闇の舞踏
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88 dark side 嘘つきな物語




「なぜだ、なぜ裏切った――――ヴェイルディ!!」


 アヴァンの喉から悲痛な叫びが響き渡った。彼を取り囲む誰もがこの状況に未だ現実味を抱けないでいた。彼のヴェイルディの裏切りを目の当たりにし声を上げたアヴァンですらそれはまだ夢か幻のようにさえ思えた。

 いっそそうであったのならどれだけ良かったのだろうか。だが現実は無情にも悲痛な真実を現わす。

 ヴェイルディは四方を鋭くとがった鋭利な剣の切っ先を向けられているにも関わらず悠然と笑った。


「俺は最初にお前の元に来る時、こう言ったはずだ。お前の行動が俺を納得させるに至るならお前の力となる……だが、もしそうでなければ」


 ヴェイルディの言葉が終わらぬうちに彼のすぐ横にいた兵達が一瞬にして一閃の元に喉を切り裂かれ鮮血を勢いよく噴かせながら己自身の血だまりの中に倒れ伏した。

 ヴェイルディの両手には鮮血で汚れた銀の剣が握られている。彼の抜刀に反応できたのはアヴァンだけだった。だが彼はアヴァンを狙わない。


「お前の大切な仲間、そして俺のもっとも憎むべき仇敵、魔法使いどもをこの手で殲滅するとな!」


 憎悪に染め上げられた昏い瞳にアヴァンは剣を握っていた両手を震わせた。魔法使いに奴隷として家畜以下の扱いを受け続けた人間であるヴェイルディ。ついにアヴァンは彼を納得させられるだけの事を成す事ができなかった。唇を噛みしめて己の不甲斐なさに心臓を穿たれそうになりながらもアヴァンは懸命に剣の切っ先をヴェイルディへと向けた。




          ――――『アヴァン戦記*第三部・二章・裏切り者』より――――





「えーっと……なにしてんのかな? 一人で演劇?」


 月夜の美しい夜。森の中にひっそりとたたずむ古びた舞台に少年は一人立っていた。本を片手に朗読するその声は夜闇に透き通っていくほど美しかった。だがその姿を見た男は少年の行動の意味が分からず怪訝に首を傾げる。


「そんな気分だったから」

「どんな気分だよ」


 ひょいっと身軽に舞台から降りた少年は、朗読していた本を青年に手渡す。気になって本のタイトルを青年は確かめた。


「『アヴァン戦記』? おいおいどういう風の吹き回しだ。お前がこれを朗読するなんて……鬼門だろ?」

「鬼門なのはヴェイルディの方で僕にはまったくもって関係がないんだけどね」


 肩を竦めてみせた少年の顔色はよく見ると青白い。夜闇の月明かりの元とはいえ普段の顔色を知っている青年から見たら驚くほど具合が悪そうだった。


「……お前、ヴェイルディに嫌がらせしようとして自分もとばっちりくらってんじゃねぇーのか?」

「よく分かったね、さすがオールディールだ」

「お前な……」


 青年、オールディールは呆れて顔面を手で覆った。少年とヴェイルディは表裏一体。引きはがせるものではないというのになんだって彼はこう無意味なことをするのか。


「で、なんか用? 君は僕に苦言を呈しに来たわけじゃないでしょ」

「もちろんだ。お前の別の嫌がらせ…………失敗したらしいぞ」

「そう」


 あまり興味もなさそうに言うと少年はごろりと草の生い茂る地に寝転がって星空を眺めた。オールディールは呆れた様子だったがそのまま少年の隣に腰を降ろす。


「……お前が何したいのかお兄さんさっぱり分からないんだが」

「やだなー、僕の思考なんて単純だよ? 嫌がらせと悪戯と嫌がらせが大好きでそれしか考えてない。ほら単純」

「お前が悪質なのは昔から知ってるっての。というよりお前のような奴じゃなきゃ、あそこにはいられないしな。俺も人の事は言えん」

「オールディールは一番マシな性格してるけどねー」

「あの中でまともなだけで一般的には悪い奴だけどな」


 少年の言葉にオールディールは苦笑しながら答えた。彼も少年も自分が悪い存在であることは承知している。今更、それをなんとかしようとも思わない。

 自分の為に生きて、行動している身勝手な連中ばかりだ。


「……少し『僕』としてあの子と話がしたかっただけだし。失敗したならそれはそれでいいさ。どうせ近いうちに会いに行くつもりだったから」

「ああ、そういや体育祭が近かったな。あの日は一般人もアルカディアに入れる」

「そうそう、尻尾出して目を付けられてもこまるから顔見るだけにしとくけどね。あそこにはユリウスの加護もあるし、面倒な連中もいるから」


 月明かりに青白い顔を浮き上がらせてなお少年は悠然と笑ってみせた。自分の中のヴェイルディなど苦でもないと言いたげに。

 少年は可哀想といえば可哀想な男だった。生まれた時よりその意志は、心は、感情はすべてヴェイルディのものだった。それを少しずつ自分と分離させて引き離し、客観的に見られるようになったはごく最近の事だった。オールディールは少年のお守り役としてついていたこともあってあの頃の酷く不安定だった彼を良く知っている。

 歪むなという方が無理な話だった。

 彼は最初からここへ来ることが運命づけられていたのだ。残酷なことに。


 オールディールは嘆息し、少々乱暴に少年の頭を撫でつけた。


「まあ、好きにやれよ」

「うん、そうする。僕とヴェイルディの望みは違うけどアルカディアにそのすべてが揃ってるんだ。それは偶然か、それともヴェイルディの執着心のなせる業なのか分からないけど」


 目を閉じれば浮かんでくる。千年前にヴェイルディ自身が見た光景を。彼が何に焦がれ、望み、そして憎悪に燃えたか。そんなことは今の少年にはまるで関係がないことだったけれど、その記憶は少年が生き続け、ヴェイルディが執着を捨てるまで彼を苛み続ける。


 ――――逢いたい。


 そう激しく焦がれるのは少年ではなくヴェイルディの方……のはずだ。それなりに引きはがしたとはいえこの感情が自分のものなのかヴェイルディのものなのか、判断ができないくらい溶け合うことが多くて困りものだ。


「しかし、ヴェイルディは彼らを一纏めに転生させて何をするつもりなんだろうな?」

「あれ、オールディール、君はアヴァン戦記を読んだことがないの?」


 若干馬鹿にしたような少年の声音にオールディールは不機嫌そうに眉根を寄せた。


「読書は嫌いだ」

「そうだったね。じゃあ、教えてあげる。ヴェイルディが故意に転生させた彼らはすべて――――オルフェウスに近しい大戦参加者だ」


 オールディールは少年の言葉に目を見開いた。それと同時に何か笑いを堪えるかのように口元を手で押さえる。


「なんだそりゃ、傑作だな! ヴェイルディの奴はなにか、大戦の続きでもしようってのか!?」

「……そーなんじゃないの」


 少年はさして興味もなさそうに答えたが対するオールディールは体を打ち震わせて油断すると抑えられなくなりそうな感情を殺すようにくぐもった笑い声を漏らした。


「そうなったら俺も参加していいのかねぇ。血で血を洗う争い! 現在のくそつまらねぇこの平和をぶち壊してくれる願いなら、俺は大歓迎だ!」


 オールディールは抑え付けているようだがその身からは抑えきれなかった禍々しい魔力が漏れ広がり周囲の植物を浸食し枯らしていく。彼の周囲だけが異様な光景に包まれた。毒々しいその色はまるで瘴気の渦巻く魔界を連想させる。


「…………オールディールは一番まともだけど、タガが外れると一番危ないよね」


 彼は血を見る事をなにより好む性質だ。だからこちら側に相応しい。

 興奮して自我が壊れ始めたオールディールの手から離れた本が地面に落ちる。少年はぞんざいに本を拾い上げ、適当にパラパラ捲った。

 『アヴァン戦記』は子供向けに書き直されたものが多く出回っているが、これは著者メルティウスが書いた製本を正確に翻訳したものだ。挿絵もほとんどないが、そんな数少ない一枚の挿絵が乗ったシーンで少年は捲る手を自然と止めた。


 多くの死体が転がる中で二人の男が剣を突き合わせている姿が描かれている。

 少年が朗読していたのも丁度このワンシーンだった。


 人間であったヴェイルディは魔法使い達に奴隷として家畜以下の扱いを受け、彼らを激しく憎んだ。そして後にそんな奴隷仲間を集って魔法使い達に反旗を翻し奴隷解放戦線を勃発させたのだ。魔法大戦の始まりはこの奴隷解放戦線だったという。

 物語の中でヴェイルディは同じ人間であるアヴァンを仲間に引き入れようとしていた。いや、正確には二人は元仲間だった。アヴァンも村を焼き出された後、奴隷としてアルカディア王国にやって来た。彼もまた酷い扱いを受け、人間を激しく憎んでいたのだ。二人はいつか人間が穏やかに暮らせる場所を願って誓いを立てた。


 『俺達で人間を救おう』と。


 けれどその約束は現実にも物語の中でも叶うことはなかった。


 アヴァンは誰だったのか。それは今を生きる者達の誰にも分からない。意図的に隠されたそれは、アヴァンという存在を架空のものとした。

 けれど少年は知っている。アヴァンが決して、幻の存在ではなかったのだと。


「けど、物語は嘘つきだ」


 美しく完結した物語は醜く歪んだ現実を嘘という煌びやかな装飾によって隠された。史実はすでにどこにもない。少年の中で静かに、けれど重く渦巻くヴェイルディの執着と妄執の見せる記憶にのみ存在する。


 少年の細く白い指先が挿絵に描かれた少年の姿のアヴァンをなぞる。


 この気持ちが自分のものであってもなくても、少年は彼に焦がれることを止められない。逢わなければこの激しい痛みから永遠に解放されないのだから。


 『嗚呼――――早く逢いたい、アヴァン』







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