87 sports day 体育祭準備8 side 千葉
今日の放課後は男子のみの先輩達との合同練習だ。地下ホールに集まった総勢六十人ほどの男子生徒で溢れるホール内は熱気がこもって気持ち悪い。
女子が欲しい、女子が足りない。常に足りないんだけども。
今日の練習は男子全員参加の組体操である。俺は瞬、勝、黒霧、鉄季、雪一と一緒に組む予定だったんだが。
「てっちゃん、黒ちゃん様は?」
「サキちゃんのケツ追っかけてったぞー」
「…………もうあいつ爆発すればいいのに」
「いっそ爆破しようか」
予想はしてたが思わず地団太踏んだ。俺も彼女欲しい、切実に。鉄季の返答に親の仇へ向けたような地の底から響く低音を俺が発すると、感情が一切籠らない顔で瞬も続いた。その懐から出したのは火薬か何かだろうか。瞬も意外と攻撃的なとこあるからな。
でもそれが実行に移されることはない。雪一が強すぎる。
勝は苦笑するだけで特になにか言ったりはしなかった。くそう、花森さんがいるからって余裕ぶりやがって。そういやこいつ結構モテるんだよな、なんという格差社会か。黒霧さんも意味がよく分かってないからか首を傾げて不思議そうにこっちを見ている。
黒霧さんももちろんモテる。
俺は焦げ茶の髪に栗色の瞳の悪くはないと思うが平々凡々な並みの容姿だ。けど頭が悪いからか、女子と話しても馬鹿男子としてしか相手をしてもらえない。俺は喋り好きだし、皆の中心になって盛り上げるのも好きだから女子と会話する機会は多いんだけどな。
自慢できるとしたら運動神経くらいか。それでも勝なんかと組手なんかしたら速攻負けるし、足の速さは花森さんに敵わない。
オンリーワンがない。
鉄季なんか無表情で顔も俺より少しいいくらいなのに、何を考えているか分からない所がミステリアスとかなんとか言われて一部の女子には人気があるらしい。歯ぎしりしてもいいだろうか。
「千葉、どうかした?」
虚空を睨みつけて歯ぎしりしていたのを瞬に見咎められて怪訝そうに聞いてきた。俺は瞬をじっと見る。瞬とは初等科二年からの長い付き合いだがこいつがモテるという話は一切聞かない。容姿は色素の薄い灰色の髪に水色の瞳の鉄季と同等くらいなちょっと整いめ。これでもうちょっと頭が良ければ可愛い系男子で少しは女子から声がかかったかもしれないが。
運命とは残酷。俺と親友となり一緒にバカやっている限り頭は良くなりません!
「お前はずっと俺と一緒だよな、瞬」
「うわあぁぁ、気持ち悪い。どうしたんだよ千葉」
唯一のお仲間である瞬を潤んだ瞳で見つめれば、やつは心底嫌そうな顔をして俺から距離をとった。なにもそこまで嫌がらなくてもいいのに、と胸中で毒づいて瞬の頭を軽く小突いてから一人欠けたチームに号令をかけ、組体操の練習を始めた。
そういえば瞬って、昔からの付き合いのくせに俺の事、名前で呼ばないんだよな。何度も名前で呼べっつってんのに。
昔から千葉だ。同級生にも千葉はいるから同じクラスになると間違えるんだけどな。そいつのことは千葉君だが。
俺のチームは瞬以外は全員運動神経がいいから組体操の練習は特に問題なく終わった。瞬ができないところは他で誰かがフォローすればいい。
「これからどうする? 俺はトレーニングルーム行くけど」
「こんな運動した後なのにまだやるんだ……俺はパス、帰って寝ちゃう」
「東、寝る前にちゃんとマッサージしろよ、筋肉痛で死ぬぞ」
俺がこれからトレーニングルーム行くと言ったら瞬が青い顔をして首を振ってきた。だからお前は筋肉つかねーんだよ。勝は付き合ってくれると思ったが練習が終わった辺りからなんだかそわそわしている。
「ちょっと花森探してくるわ」
片づけもそこそこにそう言うとあっという間にホールから出て行ってしまった。花森さんがまだ残ってるか分からないのに帰っているという可能性を考えていなさそうな言葉に俺はちょっと嫉妬した。
あいつには分かるんだ、きっと。花森さんが学校にいるかいないかが。俺にはさっぱり分からない。
鉄季も『そろそろ邪魔してくる』と言って行ってしまったし、黒霧さんなんか気がついたらいなかった。
結局俺一人で寂しくトレーニングですね、はいはい。
俺には『才能』なんてものはない。運動神経も普通よりちょっと上かな、って程度だ。それを毎日の鍛錬でようやく運動神経が良いというレベルまでもってきた。一日でも鍛錬を休むとどんどんそのレベルは落ちていく。だからこうしてトレーニングルームで体を鍛えるのは日課なのだ。
休めば休むだけ自分が弱くなっていくのが分かるから、止めることができない。これ以上、取り柄がなくなるのは嫌だ。
小さな頃は自分が魔法使いだってことに奢ってもいたけど、アルカディアに来てからは魔法使いとしても並み程度だと思い知った。そこで一芸秀でようとするなら俺は武装魔法を習得するしかなく、運動をあまりしない他の魔法使い達よりもそこだけは秀でているんだと自負したが、それでも俺を上回る奴なんてのはすぐに現れた。
雪一なんて魔法も武術も優れていて、ああこいうやつが『天才』なんだなと思った。おまけに顔も頭もいい。そして土倉さんという可愛い幼馴染までいて…………神様は本当に不公平だ。
どんなに努力しても雪一には勝てないし、勝にだって毎日鍛えているのに軽く片手で投げられ青空を見たあの屈辱は忘れられない。
才能はあるべきところにしかない。
分かってる。超える事はもうすでに諦めた。けどあいつらからこれ以上離されるのは嫌でこうして時々訪れる虚無感を振り払い必死に鍛錬を続けていた。
体育祭が近くて練習で疲れている奴らが多いのか通常ならそれなりにトレーニングをしているのがいるのだが今日は俺だけだった。
だからだろういつもならもう遅いから帰るぞと言ってくれる人もいなく、消灯時間を過ぎていることに気が付かなくてトレーニングを終えた頃には時刻が九時を回っていた。
そろそろ帰ろうかとマシンの掃除をしていると、扉が開けれた音に驚いて振り返った。そして二重に驚いた。どう見てもこんな所に来るような奴じゃない人間が立っている。
神経質そうな深緑の瞳を不機嫌そうに眇めて、眉根まで寄せてながらトレーニングルームを見回して唖然と突っ立っている俺の姿を瞳に映す。
「もう閉めるのか?」
「あ? ああ、そのつもりだったけど。つーか珍しいじゃん、木塚がここに来るなんて」
木塚深緑、何度か同じクラスになったことがあるが話をしたことはほとんどない。話しかけてもだいたいが無視されるから会話が続かないのだ。彼はいつも本を読んでいて誰かと遊ぶことはしないし、体育の授業なんかを見ていても運動が得意そうとはお世辞にもいえない。ここで見た事も一度もないし、彼がトレーニングする姿なんて想像すらできなかった。
「……少し体力をつけようと思ってな」
言うのも嫌そうに吐き捨てながら俺から視線を外した。なにか思うことがあったのか、鍛える気になったらしい。木塚は辺りの機材をキョロキョロ見回していたがちょっと触ってみては止めを繰り返し結局マシンを動かそうとしない。
一層眉が寄って眉間の皺が深く刻まれる。もしかしてと思って掃除を再開していた手を止めて声をかけた。
「使い方分からない……とか?」
身が竦むような恐ろしい顔で睨まれたが、図星だったらしく頭を振ってから息を吐いた。
「……初心者でも使いやすいのはどれだ?」
「木塚がどこをどういう風に鍛えたいかによるけど」
「とりあえず体力、と腕力」
「じゃあ、ウォーキングマシーンだな。それと鉄アレイ」
俺は木塚に運動シューズを貸してやった。というより運動しに来たんならジャージに着替えろよ制服のままくるか普通。そういうえばローブ着てないな、それだけは外して来たのか?
ウォーキングマシーンの使い方を教えて実際動かしてみた。最初はそれなりに歩いていたが、開始十分もしないうちに。
「……わき腹が……痛い」
「ちょ、それ早いって」
どれだけ運動してなかったんだと突っ込みたくなる速さでのギブアップ。あまりのレベルの低さに頭を抱えたくなったが引き籠りの本の虫では仕方がないか。
「マシーンに乗る前に体作りからだったみたいだな。マット敷いてやるから俺と一緒にストレッチするか……」
馬鹿にするつもりはないが気に障ったかもしれないと恐る恐る木塚を窺えばむすっとしてはいたが文句は言わずに従ってくれた。木塚はすぐ怒るから怖い。なにされるか分からないと専ら言われるが俺としてみれば木塚は気難しくて地雷が分からり辛いから相手をし難いがそこまで手当たり次第に酷いことをするような奴ではないと思う。
睨まれると怖いけど、それは共に発せられる魔力圧に潰されるからだ。木塚の魔力は特殊で重い。慣れていないと気分すら悪くなってしまうくらいだ。
だから俺は木塚は苦手だが嫌いではない。
もう遅い時間だし、あまり長くならない程度にメニューを組んで木塚と向い合せになるように座ってストレッチを開始する。しかしまたここでも問題が。
「……木塚、もっと前にいかねぇ?」
「…………無理だ」
体ガッチガチだな、おい!
両足を伸ばして広げ、前屈をする基本ストレッチなんだがまったくもって前へ倒せない。固すぎるにもほどがある。
…………押してやるか。
しょうがないので木塚の後ろに回って押してやるが、少しだけだったのに痛かったのか肘鉄で腹を突かれた。せっかく手伝ってんのになにしてくれてんの。
その後、腹筋と背筋とスクワットをやらせてみたが腹筋は十回で撃沈、背筋は魚がびちびちしてるみたいで、スクワットに至っては一回もできなかった。
それだけでマットに転がって無言になってしまった木塚を見て一言。
「…………朝、一緒に散歩でもするか」
返事はなかったが、たぶん来るだろう。そんな気がした。




