82 party 叶わぬ恋
広々としたホールにはまばらにイスとテーブルが置かれており、メイドゴーレム達が黙々と料理を運んだりと準備をしていた。D組生達は各々適当に団欒したり会食したりしている。ホームルーム前に千葉君が言っていた通りカラオケができるスペースも用意されており、すでに何人かがマイクを争っていた。
しかしD組生の半数近くは意気消沈した担任を気遣って彼の周りを囲み『柳生先生を慰める会』を開催している。
私はその席より少し離れたテーブルに座ってフライドポテトをモグモグしていた。私も柳生先生のことは気になったが、どうしても彼の涙の理由が分からない。その事を周囲に言えばなんでか生温かな眼差しで微笑まれイラッとしてしまい頬を膨らませつつ、やけ食いするしかなかった。
私の右側には一ノ瀬君、左側には黒霧が座っており二人とも各々手近にあるものを食べている。時々、黒霧は食べ慣れない物が多いらしくこれがどういう食べ物なのか聞いてくるのでそれに答えた後は静かなものだ。
パーティの目的が私と透明君の快気祝いから先生へと移ったことでそれぞれから快気祝いの言葉を貰ってはいたがそれ以上は構われることなく各々楽しんでいる。
気を張らなくていいのは楽だけどもう少し誰かと話した方がいいかもしれない。せっかくのクラス行事なんだし。いつものメンバーに挟まれているだけではいけない気がして私は視線を周囲に広げた。
千葉君達は先生にかかりっきりで話はできなさそう。他の男子陣とはまだ自分から話しかける勇気はないので女子を探してみる。
須藤さんは男子と混じってカラオケのマイクを奪い合っておりなかなか白熱している模様。須藤さんって男子相手でも物怖じしないから羨ましい。
羽田さんはすごく座り心地のよさそうなイスに腰掛けており、飲み物や食べ物は周囲の男子に持ってこさせているようだ。さながら女王様です。
榊原さんは飲み物コーナーで野菜や果物をミキサーにかけ自作のジュースを作っている最中のようだ。とっても健康的なドリンクが出来上がりそう。
土倉さんはいつもの幼馴染メンバー、黒須磨君と能登君と一緒に談笑している。能登君は相変わらず無表情だけど。
女子陣もそれぞれに楽しんでいるようで話しかけるきっかけが掴めない。後もう一人、平間さんがいるはずだけど……。
彼女の姿を探してキョロキョロしていると、一ノ瀬君が私の忙しない様子に気が付いて首を傾げた。
「どうした、さっきっから」
「あ、えっとね。いい機会だし一ノ瀬君達以外にも誰かと親睦を深めようかと」
「へぇー、お前がそんなこと言うとはな。いいじゃないか、めいっぱい話せばいい。で、誰と話そうとしてるんだ?」
「男子はまだハードル高いから女子がいいんだけど、皆なんか邪魔しちゃいけない雰囲気かなって思ったんだけど一人、平間さんだけ姿が見えないから」
「そういやいないな。行事ごとなら嬉々として写真とってそうだが」
彼女は情報部だが写真をとるのも好きらしく情報と共に付属の写真をつけることが多い。腕前も良く、写真部にも勧誘されているという話を聞いたことがある。一ノ瀬君も探してくれたがやはり彼女の姿はどこにもない。
「もしかしたら別のクラスの奴らを撮りに行ってるのかもな。……今朝なんかいいネタでも見つけたのかよだれ垂らしながら鼻息荒くしてたし」
「え、よだれ?」
「あいつ興奮すると顔がちょっと酷いことになるからな……」
それは知らなかった。結構可愛い顔をしているのに残念女子なんだろうか。そんなことを思っているとホールに噂の人物、平間愛が姿を現わした。薄桃色の髪のツインテールで白い大きなリボンが髪と一緒に揺れる。パッチリとした大きな黄金の瞳がどんな些細なネタでも逃がさないと言わんばかりに爛々と煌めいていた。
彼女の方を見ていた私は平間さんと目が合い、不意のことで咄嗟に目をそらしてしまった。失礼な事をしてしまったと自己嫌悪に縮こまっていると、真っ直ぐこちらまで大股で歩いてきた平間さんが私の前まで来るとニッコリ笑った。
「私に何か用かな、花森ちゃん」
「あ、えーっとゴメン」
質問の答えになっていない。私的にはさっきの目をそらしてしまったことに対する謝罪だったがあれだけでは意味不明だ。平間さんはちょこんと目を丸めて首を傾げたが、気分を害した様子もなく一ノ瀬君に視線を移した。
「花森ちゃんは恥ずかしがり屋さんよね。一ノ瀬君は彼女の私への用事知ってる?」
「お前と親睦を深めたいそうだぞ」
「えぇー本当!? 亜矢ちんとかおねー様達とかじゃなく、この平間愛に!?」
「…………俺としてはお前はベクトルが違うから親睦を深めるのは女子陣で最後にした方がいいと思うがな」
「しっつれいねー、ノーマルなお話もできるわよ」
二人が一体なんの話をしているのかさっぱり分からない。ベクトルってなんのベクトルだ。ノーマルじゃない話ってなんだ。
そしてさっきから静かだと思ったいたら黒霧がいない。どこ行ったの。二人が話している間に目だけで探してみればいつの間にか黒霧は須藤さん達と一緒にカラオケスペースにいた。カラオケボックスに興味を示したらしく慣れない手つきでマイクを持つ黒霧に皆が面白がってはしゃいでいる。
黒霧も皆と親睦を深めようとしているのか。私も頑張らないと。
「ノーマルって、例えばどんなネタあるんだよ」
「そうねー、それなりにあるけどせっかくだし、柳生先生の話とか」
ちょいちょいと平間さんが人差し指で慰められている柳生先生を指さした。先ほど来たばかりだと思ったが彼女はすでに先生の一連の騒動を把握しているようだった。
「よっしー先生って普段が普段なだけにあんまりすごい人には見えないけど、実際は相当すごい人なのは知ってるわよね?」
「代々魔法使いの家系で先天性魔法使いで全属性なんだよね。ものすごい奇跡的な血筋って聞いてるけど」
柳生先生はあまり自分のことも実家のことも話さないから詳しくは知らないがすごい血筋の人ということだけは知っている。色々生徒達からも話を漏れ聞くし。
「そうそう。今現在全属性を持つ魔法使いは柳生家か稀なる者数人だけ。この世で最高にして最大の魔力を持つ人物と言っても過言じゃないわ」
知識では知っていても実際にはどうなのか、柳生先生が戦っているところを見た事がないので実感はない。感覚で探ってみても先生は魔力を極限まで抑えているのか普通の魔法使いと変わらない魔力量しか感知できないのだ。
「魔法使いが年々減りつつあるこのご時世で、柳生家だけが脈々と全属性魔法使いを排出し続けられているのはなぜか知ってる?」
「魔力の血が濃い……から?」
「そうね、それもあるかもしれないけど現在は血が濃くても継承されないことも多くなってきてるくらい先天性の魔法使いは生まれにくくなってる」
「そうなのか。じゃあ、なんで先生の家は力を引き継がせられてるんだ?」
「力を引き継ぐ子が生まれるまで粘るからよ」
「え?」
平間さんの言っている意味がすぐに理解できず私と一ノ瀬君はぽかんとしてしまった。平間さんはちらりと未だ項垂れている柳生先生を見やる。その黄金の瞳には憐憫にも似た色が浮かんでいた。
「よっしー先生、腹違いの兄姉が沢山いるの。先天性全属性魔法使いである先生が生まれるまで父親が沢山子供を作ったから」
ようやく意味を理解した。理解して、私も一ノ瀬君も口を噤むしかなかった。魔法使いの家系は魔法使いを排出し続けることに固執する。それでも最近はかなり生まれる確率が低くなり、まったく魔法使いが生まれなくなって取り潰された家も多いそうだ。
激しい生き残り競争に口に出すのもはばかられるようなやり方で力を継承させようとする家もあるそうだが、柳生先生の家もそれに近いのかもしれない。
全属性ならば遺そうと躍起になるのも分かる。
「先天性の魔法使いの子を産むには両親の魔力の相性が大事らしくて、先生もお嫁さん候補は沢山いるらしいよ」
「……つっても結婚の話は聞かねぇーけどな」
「かなーり逃げ回ってるみたいだからね。学校の仕事がって言って正月も帰ってないらしいわよ?」
「なるほどな……」
妙に納得したような顔で一ノ瀬君も柳生先生の方を見た。私は私で今更ながらなんとなくさっきの騒ぎの意味が徐々に分かって来た。
一ノ瀬君や皆が私をどうしてあんな眼差しで見たのか。バカにされているような気がしたけれど私自身が全然子供だったのだ。仕方がない。
――――恋か。
自分で思うだけでも違和感を覚える単語だ。今まで友達もできずにズルズルと重たい物を背負って暗がりに閉じ籠っていた私には縁遠い話。
先生が見せてくれた金髪の美しい花嫁さんの写真。彼女への思い出を語る先生の顔は本当に優し気だった。
最初から相手が決められているのなら、他の誰かを思うことは意味のないことだ。思い続けても苦しんで、傷つくだけ。
なのに先生はきっと今でも思い続けているんだろう。ああして取り乱して、生徒の前でも涙を堪えきれないほどに。
私は激しい口の渇きを覚えて、ウーロン茶を飲み下した。それでも口の渇きはなかなか治らなかった。




