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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~闇の舞踏
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78 sports day 体育祭準備4






「…………雹ノ目とは話せたのか?」


 木塚君の隣の机で彼に渡されたレシピ通り調合していると突然話しかけられた。彼から話しかけてくるなんて珍しいなと思ったが、話題が雹ノ目君のことだったので彼も気にしていたのだろう。なにせ雹ノ目君の居場所のヒントをくれたのは彼自身なのだから。


「少しだけだけど。でも伝えたかったことは伝わったんじゃないかなって思う」

「そうか、。あの様子だと夏の終わりまでには目を覚ましそうだな」

「本当?」

「ああ、俺も雹ノ目の様子を見にいったが神城先生が治療しているからか回復が早いようだ」

「そっか……。うーん、そうなると夏のイベントには間に合わないかな……。夏祭りとか」


 そうぽつりとつぶやくとなぜか木塚君に不思議そうな顔をされた。


「なに?」

「いや……君はそういう騒がしい行事は嫌いなんだと思っていた。六年の時によくわけのわからん企画を立てては騒いでいたクラスメイトに冷ややかな視線を送っていただろ」

「そ……そうだったね。でも別に嫌ってわけじゃなくて、ただ一人で行くのもあれかなって。――――ううん、きっとちょっと羨ましかっただけなんだと思う」

「……羨ましいか。俺は今でもそういう催しは嫌いだがな」

「木塚君らしいとは思うけど。木塚君はさ、一人で寂しいとか思ったりしないの?」


 初めて木塚君と出会った時、彼とは同族だとか思ったりもしたけど私はただの寂しがりの閉じこもりだっただけ。本当は一緒に騒いだりもしたかった。今は一ノ瀬君や沢山の友達ができて素直に一人は寂しいと口にすることができる。

 だけど木塚君はどうなんだろう。

 榊原さんや時任君という比較的仲の良い友人がいても彼はいつも一人で行動している。相変わらず人の輪には加わらない。


「寂しい……か。どうだろうな、俺は元々こういう性格だし、幼い頃から一人で過ごすことも多かったからあまりそう感じなくなったのかもしれないな」


 そう言った彼の声音も表情もいつもと変わらなかったが、発せられた言葉は私の耳に寂しく木霊した。

 そういえば前に彼の名前をつけたのはお兄さんだと言っていた。なぜ両親が彼の名前を付けなかったんだろう。

 なんだか木塚君の家族のことが気になってしまったが聞ける雰囲気ではなく口を閉ざしたまま居た堪れない空気だけが流れた。


 どうしよう、なにか別の話題を振った方がいいのかな。それとも木塚君が相手だし黙っているのがベスト?

 悶々と考えながらも手元が狂わないように注意しながら調合を続けていると、


「今日は本を読まないのか?」


 またしても驚いたことに木塚君が話題を振ってきた。

 どうした木塚君。


「え!? あ、うん! ひかれるものがなくて。それに予定があったとしても調合の手伝いだって知ってたら引き受けたと思うよ。自分でやれることはなんでもやろうって思ってたから」

「……そうか、なるほどな」


 なにがなるほど? どこか納得したようなそぶりの木塚君に私は首を傾げた。


「初めてあった時から……いや、もっと前からなのかもしれないが、君が患っていた病が治ったのだと思ってな」

「そんなに長い病気にかかってた覚えないんだけど」

「かかっていた。あの時、俺の隣の席にいたのは死人か人形だった。治してやりたかったが俺には治療法が分からなかった。君ほど腹立たしい存在はなかったな」


 そこまで聞いて彼の言う病というのが比喩であることに気が付いた。彼としては病と等しかったのかもしれないが。

 何もかもを諦め自分の殻に閉じこもっていたあの頃。木塚君は私を見るたびに不機嫌な顔をしていた。彼は私の態度を嫌っていたのだと思っていたがもしかしたらずっと、そんな私をなんとかしようとして出来なくて自身に怒りを覚えていたのかもしれない。

 まあ、少しは私の態度にも腹を立ててたんだろうとは思うけど。


『光属性の者は過保護な性分が多いと私は分析している』


 羽田さんの言葉を思い出す。榊原さんもそうだったけど彼らは傷や病を持つ者にとても過保護だ。木塚君も昔からそういう性分なのかもしれない。


 そういえばお昼を食べている間、木塚君よく本を読んでたけど内容がいつも医療にかかわるものだった気がする。人体解剖図巻などを広げられた時には気持ち悪さで吐きそうになった思い出が蘇った。

 まさかそれも私の病を治そうとしていたからなのか。


「治したのは……一ノ瀬か?」

「そうだね、きっかけは。D組の皆も恩人よ」

「そうか……医療は奥深いな……。そういえば花森、読みたい本がないと言っていたが」


 ううお、まだお話続きますか。本当に今日はどうしたんだろう彼は。


「イリーナ・ヴェイシュリーを知っているか?」

「うん、もちろん知ってるよ。あのオルフェウスのお母さんだし」


 オルフェウスの母親だけあって絶世の美貌を持ち、教養高く知性に溢れる女性だったらしい。多くの男性から縁談を持ちかけられたがすべて袖にして自ら恋した人と駆け落ち同然で一緒になった情熱溢れる人柄でも有名な人だ。


「彼女の手記をもとに作られた小説があるんだが。『アヴェリー』読んだことはあるか?」

「ないよ。イリーナのお話はほとんど読んだと思ったんだけど……。でもなんでイリーナなのにアヴェリー?」

「彼女が下町で使っていた偽名だそうだ」

「へー、詳しいんだね?」

「ジャンルを問わずに読んでいたら自然とな」


 でもその多岐に渡る内容をきちんと覚えているのがすごい。私もそれなりに本の内容は覚えているけど、木塚君のが読んでいる本の量は私の軽く倍はある。そろそろ頭が爆発しそうだ。


「君は、イリーナのような情熱的な恋愛ものが好きだろう?」

「え、えええ、どうかなっ!?」


 気が動転したせいで瓶を落としかけた。危ないっ。

 まさか木塚君に実は乙女チックなロマンス溢れる恋愛ものが好きだということを見抜かれるとは思わなかった。私も結構ジャンル問わずに借りて読んでるんだけどな!


「気に入ると思うぞ」

「そ、そう。ありがとう今度読んでみるよ」


 なんだか木塚君と二人で話していることに落ち着かなくなって榊原さんとでも話そうと思い視線を巡らせたのだが。


「あれ……そういえば二人は?」

「…………いないな」


 いつの間にか二人の姿がない。近くで一緒に調合をしていたと思ったのにいつ出て行ったのか。


「気にしなくていい、いつものことだ」


 二人の持ち回りだった分は完成しているようだったので木塚君は二人がどこに行ったのか確認しようとしなかった。いたりいなかったりは普通のことのようだ。

 自由だな光属性。


「……もうこんな時間か。悪かったな遅くまで手伝わせて」


 木塚君が腕時計で時間を確認するとそれなりに遅い時間になってしまっているようだった。窓の外を見れば暗闇の中、月明かりが見える。


「ううん。でも明日から放課後も忙しくなるだろうし頻繁には手伝えないと思うけど」

「いや、もう大丈夫だ。花森のおかげでだいぶ薬を作り溜めできたからな」

「そっか、なら良かった」


 手早く後片付けを済ませて扉を開けた瞬間、私は固まってしまった。予想外の出来事に声が出ない。それを不審に思ったのか木塚君が眉根を寄せた顔で私を見てから扉の外へ視線を移した。


「……ああ、なんだもう消されたのか」


 彼は驚くことなく落ち着いた声で言うと、実験室の入口付近に備え付けてあったウィルオウィスプのランタンを持って明かりを灯した。

 仄かな月明かりしか照らさない暗闇の廊下に青白い光が私達二人の周囲のわずかにもたらされる。


「行くぞ」


 固まったままの私を余所に木塚君は唯一明るい場所であった実験室の電気を消してしまった。私の視界にはもう月明かりとランタンの光しかない。


「――ひっ!」


 廊下のどこかで何か物音がした気がして固まっていた体が上に伸びて縮む。こんなに暗い廊下を歩くのは初等科六年の肝試し以来だ。情けないが私は今もこの手のことには弱い。


「な、なんで明かり消されてるのかな!? 今は体育祭準備中で遅くまで残ってる生徒も多いのにさ!」


 努めて明るい声を出した。でないと恐怖で気絶しそう。今日はなんだかよく喋ってくれる木塚君だが彼の声のトーンは低めだし、お世辞にも明るくはない。


「体育祭準備で残っている生徒はだいたい地下一階か、教室周辺にいるだろうからな。それ以外の場所は普通に消灯だ」

「……木塚君はなんか慣れてるね」

「そうだな。気が付くといつも消灯されている」


 どんだけ頻繁に居残りしてるんだろう。


「怒られないの?」

「最初は怒られたがしだいになにも言われなくなったな」

「そ、そう……」


 まあ、木塚君の場合は遊んでいるわけじゃないから先生が最終的に折れたんだろう。彼は昔から研究熱心であるから確かめたい調合があるとトコトンまでやってしまう傾向がある。時間など湯水のように流れるのだろう。

 今更木塚君が暗闇を恐れるとは思わないが、視界が悪い中、迷いなく前へ足を進められるのには驚いた。何度も暗い廊下を歩いていると夜目が効くようになるんだろうか。

 私は置いて行かれないように慌てて彼の隣に走り寄った。心境的にはしがみ付きたいほど怖かったが木塚君相手にそれができるわけもない。

 これが一ノ瀬君だったら遠慮なく手を繋いでもらえただろうに。一ノ瀬君はこういうことには目ざとく気が付くから私が何か言う前に繋いでくれそうだ。


 せ、制服の裾をつまむくらいなら許してもらえるだろうか。真剣に悩む。


「…………花森」

「――なにっ!?」


 完全に油断していた。袖をじっと見つめていたことに気が付かれたのかと冷や冷やしているとなぜかその手が私の前に差し出された。

 意味が分からずぽけっとしていると木塚君もまた首を傾げた。


「違ったのか?」

「なにが?」

「手を繋ぎたかったんじゃないのかと思ったんだが」

「――ぶふっ! な、なななんで!?」


 吸った空気が変なとこ入った。今の台詞本当に木塚君が言ったのか。偽物じゃあるまいな。いや、今日は会った時からなんか変だった。最初っから偽物だったのか!?

 混乱しすぎて頭がおかしな思考に走り出した。


「この間、君が真っ青な顔をして歩いていたのに一ノ瀬が手を繋いだら元気になったようだったからな。今も青い顔をしているし、適当な対処法だと思ったんだが」


 見られてた! あれバッチリ木塚君に見られてた!

 顔から火が噴き出そうな思いだった。あの後、D組の皆にも散々冷やかされたのだ。無意識って怖い。


 羞恥心と恐怖心の間で揺れ動いていると、木塚君が私の手を掴んで歩き出した。まだイエスともノーとも言ってないんだけど。

 引っ張る力は一ノ瀬君のように優しくはない。手を繋ぎなれていないのがすぐ分かるほど歩く速さも引く力も適度なものじゃなかった。

 半ば引き摺られるように手を引かれて歩く――いや、早歩きすることになったが一ノ瀬君と繋いだ時にはあまり感じなかった羞恥心が心臓から噴き出して、暗いとか怖いとか考えてる余裕がなくなってしまった。


 フラッシュバックのようにあの肝試しを思い出す。彼は腰を抜かして尻もちをついていた私に手を差し伸べるなんてことしてくれるはずもなく、あまつさえ置いて行こうとすらしたのだ。

 あれから三年。私が少しずつ変わってこれたように、木塚君もまたどこかで何かが変わっているのかもしれない。きっかけがなんだったのか、私には分からないけれど。


 真っ赤になった顔を見られないように私は俯いたまま彼に引っ張られていった。









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