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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~闇の舞踏
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75 sports day 体育祭準備1






 目を覚ましてから一日、ようやく体を起こすことができるようになった私は神城先生に何度つまみ出されても懲りずに来る一ノ瀬君と、全快するまでは見守る責任があるとぴったり離れない黒霧に挟まれ、若干暑苦しい思いをしながらも雹ノ目君が眠る病室の扉を叩いた。

 病室の主は眠っているからノックは必要ないだろうけど一応マナーとしてやってから扉を開く。先生が適度に喚起をしているのか窓が少し開いており、穏やかな風が吹き込んできた。

 部屋に入ればそこには雹ノ目君の氷の魔力が満ちており、銀色の光が眩いほどに散っている幻想的な空間が広がっている。氷の魔力であるにもかかわらずなぜか肌寒さを感じなかった。これが本来の彼の魔力なのだろう。

 雹ノ目君は真っ白なベッドの上で昏々と眠っていた。

 白と銀に包まれた彼は、彼自身の麗容な容姿と相まって、まるでおとぎ話に出てくる眠れる姫君のようだ。なんて言ったら非常に失礼なんだろうけど。


「……なんつーか、会った時から思ってたが、こいつホントに美人だな」

「男にしておくのが非常にもったいなく思える」

「…………それ、起きた本人の前で言っちゃダメだからね」


 一ノ瀬君も黒霧も思った事を口に素直に出してしまうから困る。素直なのは美徳だがそれで人を傷つけてしまう事もあるのだ。

 まあ、雹ノ目君がそこらの女子より遥かに美人であることは私も否定できるはずもないのだが。これでも初等科の時よりも数段男らしくなった。いくら美人であるとはいえもう彼を女の子と間違える人はいないだろう。


「なあ、こいつキスしたら起きそうじゃね?」

「…………なんで私を見ながら言うのかな」

「童話とは立場が逆だがいけるかもしれないぞ?」

「期待の眼差しで見ないで! 起きるわけないでしょっ」


 確かに私もおとぎ話の眠れる姫君みたいって思ったけど!


「冗談だって。それで起きるんだったら医者いらねぇーよ」

「…………え?」

「え、ってなに。えって! 黒霧貴方まさか本気にしてたんじゃないでしょうね!?」

「あ、いや、そのっ――ちゃ、ちゃんと分かってたぞ!? そのようなことで起きたら苦労はしないからな!」


 真っ赤になって慌てふためく様子を見るに黒霧は本気でおとぎ話を信じていたらしい。

 嗚呼、なんてこと。本当に鈴白と違って可愛いんだから。


『花森さーん、お見舞いに―――ぎやああぁっっ!! 花森さんが! 花森さんがいないっ!! せっかくジャンケン勝ち抜いてきたのに!』

『シーー! 千葉トーン抑えてっ。神城先生にシバかれるぞっ』


 隣の私の部屋から騒がしい声が聞こえてきた。声と会話からするに千葉君と東君のようだ。私が起きたことはすでに周知だろうし、お見舞いにきてくれたのだろう。

 私はそっと雹ノ目君の耳元に唇を寄せた。


「早く起きて、沢山話をしようね。待ってるから」


 それだけ言うと私達は彼の病室を後にした。

 廊下に出ると扉が開かれた私の病室の前で膝をついて咽び泣く千葉君となだめている東君という近寄りがたい光景が広がっていた。


「花森さん目を覚ましたし、きっと歩き回れるようになったんだって。いいことじゃんか」

「うう、ぐすん。女子の寝姿なんてこれから一生拝めるかどうか分かんないじゃないか! あわよくば花森さんの寝顔を――」


 ぽん。

 声をかけようとしたのだが千葉君の台詞に私が色んな意味で凍り付くと、私が正気に戻る前に素早く一ノ瀬君が千葉君の肩に手を置いた。彼の背から立ち上る熱く赤黒いオーラが怖い。


「あわよくば……なんだって?」

「寝顔が見たいな……なぁーんて――ぎぃやあぁぁぁっ!」


 振り返った千葉君が一ノ瀬君の顔を見るなり真っ青になって悲鳴を上げた。こちら側からでは一ノ瀬君の表情は拝めないのだが千葉君と東君の表情から察するに相当怖いことになっているらしい。

 一ノ瀬君ってこういう時すごく過保護だからな……。


「――イダ、肩っ、かたぁっ! イダダダダ!」

「肩がどうした?」


 ミシミシミシミシ。

 とても軋んだ音が響いている。千葉君はクラスメイトで友人だし折りはさすがにしないだろうけど指圧だけで相当なダメージを与えているようだった。

 容赦ないな。


「い、一ノ瀬君そこまで。それ以上は冗談じゃすまなくなるから! ……えーっと千葉君と東君お見舞いありがとう」

「う、ううん! 元気そうで安心した!」

「動けるようになったんだな! 良かったっ! はいこれD組から」


 震えた青い顔のまま千葉君が私に持っていた花束をくれた。色とりどりの花が集まった可愛い花束だった。

 またD組の皆には温かいものを貰ってしまった。あんなに沢山貰ってもう持ちきれないくらいだっていうのに。彼らは何度私を感動させたら気がすむのだろう。


「ありがとう、私みんなには今回迷惑かけたし何かできればって思ってるんだけど」


 恥ずかしさで花束で顔を隠しながらモゾモゾ言うと、千葉君と東君がポカンとした顔をした。あれ、なんかおかしいこと言ったかな?


「迷惑……って? 俺らいつ花森さんから迷惑なことされたっけ?」

「覚えないや。俺達の記憶力が悪いだけ!?」


 本気で覚えがなさそうな二人に今度は私が唖然とする番だった。


「え、だって学級会まで開いてもらった上に徹夜までして魔法具を錬成してくれたりしてくれたのに、迷惑って思わなかったの?」

「ええぇっ!? それこそなんで迷惑になんの!? 協力すんの当たり前じゃん?」

「そうそう、なんか花森さんってそういうの気にしすぎなトコあるよな」


 ……そうだった。彼らはそうなのだ。クラスメイトの為なら、友達の為なら苦を苦とも思わない。そんな人たちが集う稀なるクラス。


「そうだね。でもお礼はしたいから何か考えておくね」

「花森さんは真面目だなぁー」

「なぁー」


 和やかな空気が流れる中、私は一つ気になることがあった。ちらりと後ろを覗く。


「……で、黒霧はさっきから何してるの?」

「な、なんでもない……」


 と言う割には私の背にぴったりとくっついて身を縮め込ませている。千葉君達を窺うように見つめている為、顔が首筋あたりに来ており吐息がかかるのだ。くすぐったくてしょうがない。


「そういや誰だそいつ」

「ずいぶんと美形な兄ちゃんだな。ここで和服も珍しい」


 黒霧はしっかりとした人型をしていたので獣耳も尻尾もでていなかったから彼が妖であることは二人には分からなかったようだ。それに二人とも魔力の質が異なっていることを敏感に察知できるほど魔力感知能力は高くない。

 千葉君達に注目されて黒霧は一瞬震えるとささっと顔を隠してしまった。そこ、私の髪なんだけど。長いからいい隠れ蓑にされてしまった。

 そうだろうな、とは思っていたがやっぱり彼は相当人見知りするタイプらしい。


「依頼で色々あってさ。こいつのおかげで花森は今元気でいられるんだ。名前は黒霧な」

「花森さんの命の恩人か! 黒霧さん、花森さんを守ってくれてありがとな!」

「え……あ、ああ……」


 黒霧は二人に面食らったようだが悪意の一切ない笑顔で感謝されて耳まで真っ赤になっていた。まっすぐな好意を受けたことがなかったのだろう。そうやって戸惑う姿がなんだか微笑ましかった。


「花森さんも回復したし、透明君も元気になったことだ皆でこんど快気祝いでもするか」

「お、いいな千葉、それ乗った」

「俺も俺も!!」


 クラスの盛り上げ隊長らしい千葉君の発案に一ノ瀬君と東君が喜び勇んで賛成した。三人とも騒ぐのが好きだからこういうイベントは見逃せないのだろう。私はどっちかとうと苦手なのだがD組のメンバーなら嫌というほどではない。


「……あの二人は悪いニンゲンではなさそうだな」

「あの二人が悪いヒトだったらこの世は平和なのにねー」

「確かにそうだな」


 隠れる必要がなくなったのか黒霧は私の背から出て背筋をぴんと伸ばした。彼は一ノ瀬君以上に背が高いから必然的にこの中で一番の背丈になる。


「うお、背も高いのか黒霧さん。くそー、イケメンで背も高いとか神様は俺らに厳しい試練を与えたもんだ……」

「それを言うなよ千葉……悲しくなるだろ」

「……千葉……先ほどから気になっていたが君、もしかして千葉一茂に縁のあるものか?」

「一茂? 叔父さんのことかな。一茂叔父さんがどうかした?」

「依頼の時にお世話になったんだ。雹ノ目君のことあっちも探してたみたい」

「そっか、叔父さんが担当したんだなその事件。……叔父さんといやぁ、昨日なんでか俺に初等科レベルのドリルが届いたんだけど、あれなんだったんだろ」


 ……それは多分、一般教養一桁という酷い点数をとったことを私がばらしてしまったからだ。叔父として心配になんたんだろうな。それにしても高等科まで上がった甥っ子に初等科レベルのドリルを送るなんて……千葉刑事、正解です。


「黒霧は私が回復したら千葉刑事の所に行くんだよね」

「あ、ああ……そうだな」


 後ろめたさに話題を反らそうと黒霧に話を振ったがなぜか歯切れ悪く答えられてしまった。そういえば黒霧は千葉刑事が苦手そうだったな。他の人に比べれば千葉刑事はとっつきやすい良い人なんだけど。

 人見知りが激しい黒霧にはハードルが高いのかもしれない。


「……ねえ、黒霧。もし許可が下りたらここでしばらく生活してみる?」

「え?」

「は?」

「えぇっ!?」


 上から黒霧、千葉君、東君の順で声が上がった。一ノ瀬君だけが「ああ、そりゃいいかもな」と賛同している。


「考えれみれば重度の引き籠りがいきなり大人社会に放り出されるのも酷だと思うのよね。まずは学生社会から体験していった方がいいんじゃないかなって」

「それはありがたい申し出――い、いや! 別に大人が怖いわけでは決してないぞ! 知るのならばまず子供から順序良くいった方がいいと思っただけだ!」

「はいはい」


 なんでこんなとこで見栄を張るのか。

 額を抑えつつも、私はこれからのことに頭を巡らせた。千葉刑事の所へ行くのを渋っているのならここでしばらく生活させるのもありだ。そうなるとまず千葉刑事に連絡をとって柳生先生に相談をしないと。それから学園長の許可とかもいるし。もしかしたら千葉刑事の代わりの監視官も必要になるのかもしれない。

 やらなければならないことが山と増えたが私自身が人当たりの良い方ではなかったから、いきなり知りもしない大人の中に放り込まれるような事態想像するだけで怖くなる。だからかなんとかしてあげたくなってしまった。


「つーことは特別編入生ってことだな!」

「D組にようこそ、黒霧さん!」

「……いやいや、まだ許可下りるって決まってないし、D組の特別編入生になるのかも分からないからね二人とも」


 なんでかD組に編入することが確定してしまっている二人に私は更に頭痛を覚えるのだが、まさか本当に黒霧が生徒としてD組に特別編入することになるとは思いもよらなかった。






「…………本当、言ってみるものだね」

「黒霧がクラスメイトか、なんか妙な感じだな」


 柳生先生に相談したところなぜかあっさり学園長の許可が下り、千葉刑事も「まー、そうなるような気はしてた」と電話で言っていた。監視官も柳生先生を監視している人がいるらしくその人にまとめて一任されるようだ。その監視官の姿を見た事はないが学園のどこかに潜んでいて絶えず監視をしているらしい。

 ちょっと怖いな。

 運動系の授業で使う更衣室を借りて黒霧用に調達された制服に彼は着替えている最中だった。洋服は着るのが初めてだったらしく初っ端から一ノ瀬君が呼ばれまくったがなんとかめどがついたらしくしばらく二人で廊下で待っていた。


『一ノ瀬勝、これでいいのか見てくれないか』

「ああ、ちょっと待ってろ」


 着替え終わったのか中から黒霧の声がして、一ノ瀬君は確認の為に中に入っていた。鈴白は出会った時、スーツ姿をしていたから黒霧の制服姿もなんとなく想像できるがどんな風になっているのか少しワクワクする。


『おま……ボタン一つずつ掛け違えてんぞ』

『……一つ足りないと思ったら』

『あとネクタイ、ひでぇ結び方だな。ゆっるゆるじゃねぇーか』

『し、仕方ないだろう! こんな紐結んだことないんだ』

『えーっと……こう、かな』

『――ぐえっ! い、一ノ瀬勝、僕を殺す気か!』

『あ、悪りぃ……他人の結んだことねぇーからなぁ。案外難しいな』


 更衣室の中でなにやら揉めているようだ。どうしたんだろう。気になって扉をノックしてから声をかけた。


「どうしたの?」

『ああ、花森、お前ネクタイ結べる?』

「ネクタイ? 上手くはないと思うけどそれなりにはできるよ?」


 超絶不器用なお母さんの代わりにお父さんのネクタイを結んだ覚えがある。かなり昔の話だがなんとか結べるだろう。


『じゃあ、お前にちょっと頼むわ』


 と一ノ瀬君が扉を開けて中から出て来る。

続いて出て来た黒霧に私は目を見開いた。黒いローブをまとっているがそれでも分かるすらりと長い手足に洋風の制服はとても似合っている。スタイルの良さがくっきりと見れる洋服の方が体の線を隠す和服より際立って見えるのだ。

 和服もカッコいいけど、洋服もいいな。さすがイケメンはなに着ても似合う。


 不覚にもちょっとぽうっとしてしまっていると、一ノ瀬君にベシベシ頭を叩かれた。


「ネクタイ、結んでやってくれ」

「はっ、そうだったね!」


 見とれてしまった自分にちょっと恥じつつぐちゃぐちゃな黒霧のネクタイを結んであげた。お父さんよりも背が高いからネクタイの位置もちょっと高いが問題ない。

 なんとか記憶通りに手を動かしてネクタイを結ぶことができた。


「さすが女子、これで料理も上手けりゃ――」

「料理が……なにか?」

「なんでもないです」


 そんな私達の会話にも介せず黒霧は纏った自分の服を凝視していた。触ったり引っ張ったりと忙しそうだ。好奇心旺盛な子供のように緋色の瞳を爛々と輝かせている様を見ていると本当に小さな子供と一緒にいるような気分になってしまう。


「ほら、黒霧教室に行くよ」

「あ、ああ!」


 洋風なお城である高等科校舎も彼にとっては新鮮なのだろう。あっちへこっちへと視線と興味が映って気が付くとふらふらどこかへ行こうとするので最終的に右手を一ノ瀬君が、左手を私ががっちり握って捕まえておくことになった。

 黒霧、一番背が高くて年齢も上なのに親に挟まれてはしゃぐ子供みたいになっている。


「あの絵はなんだ喋るぞ!? それにあれはなんだ、銅像か動いているぞ!? この模様不可思議な形をしてるな、どうやってできているんだ」

「くーろーきーりーーー!!」


 あれなに、これなにと本当に質問盛りのお子様か。答えてあげたいのは山々だがもうすぐホームルームの時間だ。早く行かないと柳生先生に怒られてしまう。


「後で教えてあげるから、まずは教室に行こう、ね!」

「引き摺んぞ黒霧」


 正直、一ノ瀬君が腕力強くなかったら私達は教室まで時間内に辿り着けなかっただろう。それくらい黒霧のはしゃぎようは尋常じゃなかった。あれほど外に怯えていたというのに、この変化には喜ぶべきなんだろうな。


 半ば引き摺るようにしてD組に辿り着いた私達は皆が注目する中、教壇に立った。丁度柳生先生も入って来たので、黒霧の紹介を始めることにする。


「幻狐町で色々あって大怪我した私を助けてくれた狐の妖の黒霧です。今日から特別編入生としてD組の一員になるのでよろしくお願いします」


 私がそう紹介すると皆、黒霧が妖であることに多少驚いたようだったがそれぞれに歓迎の声を上げた。ちらりと隣を見れば先ほどまでと打って変わって緊張しているのか微動だにしない黒霧の背を叩いた。


「よ、よろしく……」


 それが精一杯だったらしく彼は俯いてしまったが、まあ黒霧にしては頑張った。

 黒霧が私と離れることを不安そうにしていたので前の席だった橘君に席を譲ってもらい、黒霧が私の前の席に座ることになった。

 新入りにクラス中が喜びにどよめく中、柳生先生が注目を引く為に手を叩く。


「新しい仲間も増えたところで、お前らには来週に行われる体育祭について話をするぞー」

「体育祭!」

「来たーー! 血が騒ぐ!」


 元々騒ぎ好きが多いD組だ。体育祭行事も大好きなんだろう。私は編入してきてから体育祭はすべて病欠するほど嫌な行事だったが、それは本気で走ることができなかったからだ。元来、私は体を動かすのが嫌いじゃない。

 D組と迎える体育祭。どんなものになるのか、不思議と私はお祭りを待つかのようにワクワクとした心持で柳生先生の話を聞いていた。










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