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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~幻狐の章
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68 VS 雹ノ目朔良3






 嵐の中で逆巻く風のように竜巻を起こしながら私と黒霧の力が高まっていく。私の漆黒の髪が激しくはためき、風の勢いのすごさが窺えるが内心は静かなものだった。

 精神は研ぎ澄まされ、指先に感じられる力の一つ一つが鮮明に現れ普段は見ることのない光景を私の瞳は映し出していた。

 明々と輝く若芽の緑が蛍のように私の周囲をふわふわ漂っている。精霊を感じることはあっても実際にここまではっきりと見た事はない。魔法が使えるからと言って力を貸してくれる存在を見ることができることは等しくはないのだ。特質的に目視する力を持っている魔法使いもいるが稀である。精霊の方から姿を持って現れてくれない限り、私達は彼らの姿を見ることは不可能なのだ。


 これも黒霧の力?

『僕が普段から目にしている光景だ。限界にまで一体化したから見えるようになったんだろう』


 視界を回せば一ノ瀬君の周囲には猛々しいほどの力強さで燃え盛る火の玉が浮遊しており、なんとも一ノ瀬君らしい協力者達の姿である。

 そして私は確かめるように雹ノ目君の方へ足先を向けた。

 予想していたのは凍てつくほどの寒さを湛えた氷だったがその予想はわずかに外れた。雹ノ目君に力を貸す精霊達は一様に異常な行動をとっていたのだ。

 まるで彼を捕えようとしてるかのように氷柱がいくつも枝分かれし牢獄を形成していた。だがその一部は闇に触れられることによって溶け出し、呑まれるように闇の中に消えていく。

 きっと氷の精霊達は雹ノ目君を助けようとしているのだ。か弱き小さな存在もなんとかしようともがいている。

 そうだ。魔法使いとは精霊に愛されし者。魔法使いが魔法を使えるのは精霊達に気に入られ、愛され、力を貸してもいいと思った相手だから。


「……見えないっていうのは、悲しいことだね」

『…………そう、人は目に見えるものがすべて。見えない者の存在には気づくことなく一生を終えていく。雹ノ目朔良は一人ではなかったことに気づかなかった。生まれたその瞬間より精霊達に祝福され、愛され、共にいたのだということをその目で見ることができないばかりに』


 彼らは命を削っている。小さき精霊達にも命があり、魂があり、感情があるのだ。その一欠けら一欠けらが今まさに闇へと葬り去られている。


『準備はいい?』

「ええ、いつでもいいわ」


 体がギシギシ軋んでいる音を私は聞かないふりをした。両足に力を込めて、握り拳を作り私は巨大な獣の魔物と対峙する。

 なぜかは分からないがこの魔物が発する瘴気によって雹ノ目君の闇の力は増大し、氷の精霊達が消滅させられていっている。雹ノ目君の前に行く為にも、この魔物を倒す以外に道はなかった。


 風の激流と化す黒霧の強大な力を肌身に感じながらも自分の体がゆっくりと体勢を整えていく。痛みはないが腹の辺りから生ぬるいなにかが流れているのに気が付いた。

 無理をしているせいで傷口が開いてしまったようだ。


 黒霧もそれに気が付いたのだろう動きが止まったが私の躊躇しない気持ちを汲んで再び腕を動かした。黒霧と一体化しているからか彼の気持ちが少しずつ私の中に流れてくる。

 雹ノ目君と会えて、拒絶されなくて嬉しかったこととか、鈴白が帰って来てくれて本当はとても喜んでいたとか、この町の……里の人達をどれほど大事に思っているかとか。とめどなく溢れる思いに自然と私は涙した。

 彼はとても優しい。孤独で、寂しがりで、弱虫だけどすごくすごく本当は強い人だ。

 嫌われても大事なものを大事だと思い続けられる強さ。それはときに呆れ果てた執着心ともなるけれど、彼は諦めなかったからこそその先へ行ける。


 私も諦めない。その先へ続く道を繋げる。

 さあ、黒霧……一緒に行こう。


 暴れまわっていた風が一瞬にして私の頭上で一つにまとまり鋭い刃となった。それほど大きくはなかったがその内に凝縮された力は幾重もの風の刃より勝るだろう。その刃を私は右手で掴み、やり投げをする姿勢をとった。

 今までとは比較にならないほどの力を感じたのだろう、魔物も唸り声をあげながら態勢を低くし、飛び掛かるタイミングを計っているようだった。


『反撃の隙は与えない。この一刃で君を葬ろう』


 私の口から私の声で黒霧の言葉が紡がれた。

 その瞬間、魔物が動くよりも早く私の手から風の刃が放たれ、瞬きの間もなくその刃は魔物の胴を貫いた。

 魔物の断末魔が耳を劈く。黒い霧状の姿になった魔物に倒せたと安堵したが次の瞬間背筋に悪寒が走った。


 なに、この感覚?

 まだ終わっていないと何かが私の中でざわついた。


「黒霧」

『構えをとくな……何かおかしい』


 黒霧も何かを感じ取っているようだ。形を失い浮遊する瘴気を睨むように注視しているいるのが分かる。汗ばむ手を握り、私はいつでも次の行動がとれるように身構えた。

 魔物を形作っていた瘴気は辺りを旋回すると再び集まりだし、あっという間に黒い球体へとその姿を変えた。


「なに……?」


 球体は何回か地面にぶつかりボールのように弾んでからボコボコと歪な形を繰り返し、そしてそれはなんと元の獣の魔物の形へと変わったのだ。


「なんだあれ……本当に魔物か?」


 一ノ瀬君が信じられないと目を瞠って呟いた。私も同じ心境だ。魔物は瘴気で体を構成させているが彼らにも形があり、血肉がある。何かの動物に近い形をしているものが多いが、歪な化け物であっても固定された姿があり、あの魔物のように変幻自在では決してない。切り裂かれれば真っ赤な鮮血だって吹出すのだ。

 やはりあの魔物はおかしい。


『花森李、もう一つ厄介なことがあるらしい』

「え?」

『あの魔物……もしや術が効かないんじゃないか?』


 術が効かない!?

 慌てて元の姿へと戻った獣の魔物を見る。傷一つない体、その姿にも戦慄を覚えるがもう一つ私も気が付いたことがあった。


「……魔力を……吸収してる?」


 氷の精霊達がその姿を半分以上失っていた。溶け続ける彼らに追い打ちをかけるように魔物の瘴気は彼らを蝕み呑み込んでいく。

 最初は瘴気に当てられて消滅していっているのだと思っていた。だが違っていたようだ。あの魔物は彼らを力として取り込んでいる。


「まさか……魔力を取り込む魔物なんて聞いた事ないわ。そもそも魔法とは魔物を倒す為に存在するものなのよ? 天敵の力をどうやって魔物が……」

「わけがわからねぇーが、今はこう考えようぜ花森。あれは、魔物じゃない」

「……じゃあ、あれはなに?」

「俺達の邪魔をする……化け物だ」


 化け物。確かにそれが一番的確な表現かもしれない。

 手が震えていた。体の制御は黒霧がしているはずだがそれでも抑えられないほどに私は目の前の得体のしれない敵に怯えているようだった。

 魔物の倒し方だったら授業で習った。対処法だって沢山勉強してる。けど目の前にいるのはそのどの例にも当てはまらない未知の存在。知らないものの姿を前に私は目の前が真っ暗になった。

 元々私はマニュアル人間。突発的な出来事には対処できない人種だ。パニックになったら何かを考えることができなくなってしまう。

 と、頭を豪快に叩かれた。

 見上げれば叩いた人間は思った通りの心配事など何一つないと言わんばかりの笑顔を浮かべていた。


「注意事項にあった厄介な能力ってあれのことかもな。でもよ、魔法がまったく効かないわけじゃなさそうじゃん? 再生までにはそれなりに時間かかってるし。ということは」

「……ということは?」

「動かなくなるまでぶん殴ればいいんじゃね?」


 単純明快すぎる答えに呆れたが、もはやそれしかなさそうだ。

 もう一度、風を生み出そうと黒霧に意識を伝えようとしたが、


「―――!」


 急に視界が歪み足元がふらついた。一ノ瀬君が咄嗟に支えてくれなかったら地面に膝をついていただろう。


「どうした? 大丈夫か、花森」

「う……うん――」

『うんじゃない。あれだけの高濃度の力を凝縮した刃を打ったんだ、痛みがないから分からないかもしれないが、もう一度力を使えるほど君の体力は残っていない』

「そんなっ」

「あの一撃が君のできる最初で最後だったんだ。後は――」

「俺達に任せとけって」


 俺に任せろ! と大見得をきるのかと思ったが少し違った。


 俺……『達』?

 千葉刑事と鈴白のことだろうかと思ったが彼らは離れた場所で足止めを食っておりこちらにはまだこれなさそうだ。だとしたら一体誰?


「花森、落ち着いて耳を澄ませてみろよ」


 言われてすぐさま目を閉じて耳をそばだてた。今の私は黒霧と一体化している為か聴力も普通の人間以上だ。なにせ頭上で黒の狐耳がぴんと立っているんだから。

 少し集中するとなぜ今まで気づかなかったのかと自分で自分に呆れるくらいにはっきりと声が聞こえた。


『――一体なんの為の魔法具だよ。皆の徹夜を無駄にしないでよね!』


 憤慨している様子の九十九君の声だった。声の通り具合からみても体調は悪くなさそうだ。無事に起きられたのだろうか。


『僕の特殊能力は先見。全部が正確に見えるわけじゃないけど予測はできる。今起こっていることの対処法はそれなりに用意してあるんだから――――もっと皆を頼りなよ、以上』


 ぷつんと何かが途絶えが音がした。

 えーっと……ところでこの声はどこから聞こえてきたのでしょうか?


「お前のポシェットじゃね?」


 私がキョロキョロしていたので何を探しているのか見当をつけたのか一ノ瀬君が私のポシェットを指さした。

 この中には九十九君から貰った魔法具が詰まっている。もちろんあのお守りも。チャックを開けてみれば魔法具達が淡く光っていた。

 まるで、『力になる』そう言ってくれているようで目頭が熱くなった。

 いつの間にか体の震えも止まっていた。


「な、『俺達』に任せとけって」

「――――うん!」


 魔法具から放たれる温かい魔力にD組皆の力を感じて私は全身から不思議な力が溢れてくるような気がした。







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