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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~幻狐の章
64/101

61  brother 仲直り






「なにを……言って……」


 鈴白の言葉を呑み込めない黒霧は困惑した様子で呟いた。


「最初から言っているでしょう、お前は外に行くべきだったと。お前の視野は狭すぎる、そして精神も弱すぎる。少しは外の荒波にもまれるべきだ」

「僕は……ここから出られない」

「そうしているのはお前自身ですよ。呪われることで自我を保とうとするなんて自虐思考が高いにもほどがある」


 呪いがあそこまで進行して堕ちていないのが不思議と鈴白は言っていたが、黒霧を殴った時に伝わった気持ちで彼が今までどうやって立っていたのか理解したのだろう。

 理解して、とても呆れ、悲しくなったのかもしれない。

 口元を真っ直ぐに引き結んで黒霧を見詰める鈴白がとても辛そうに見えた。


「僕は……人を喰い殺した」

「そうですね、とても酷い人間だった。奴は私達の同胞を殺して回ったのですから。お前がやらなかったら私がやっていましたよ。だから私はお前と同罪なんです」

「…………白兄」

「お前は千年頑張った。後千年は私に任せなさい。その間にお前は私と同じように外を旅しなさい。そしてまだ里の者が私達を赦してくれないのなら、またここで償えばいい。お前の気が済むまで、私達の生が尽きるまで」


 鈴白の台詞が言い終わる頃には黒霧の頬は涙に濡れていた。

 時折素の鈴白の口調が混ざっていたところをみると彼の言葉は本心からきているものなのだろう。


「……命が尽きるまで……って、後何回交代できると……思ってるのさ」

「二回は楽勝でしょうねぇー、まあそれまでにここに人が残っているかの方が疑問ですが」


 それはいつまでも里の人には赦されないままかもしれないが時間が解決してくれる、という鈴白なりの優しさなのかもしれない。


 泣き虫な黒霧の涙はしばらく収まらなかったが、私達は黒霧の精神を現わしているかのように霧が晴れ始めた空をのんびり眺めて待った。




「……花森李、僕も一つ決めたことがある」


 涙を収め、落ち着いた黒霧は申し訳なさそうに私に躊躇しながら近づくと、静々と申し出た。


「雹ノ目朔良を……幻から出す」


 震えた声で振り絞るように黒霧は言った。

 彼もまた少しずつ強くなろうと全身の勇気を出しきっているのだろう、同じような傷を抱えた人を外に出すということは、己が味わった痛みと同等のものを与えるということに他ならない。


「……いいの?」

「痛いのは嫌いだ。けど白兄は痛んでくれた、僕も痛かったけど……それ以上に今、僕の心は晴れやかで…………たぶん、これが幸せってやつなんだと思う。雹ノ目朔良がどう思うのかまでは僕には分からないけど、僕に白兄がいたように彼には……君がいるだろ」


 じっと緋色の瞳に見詰められる。射抜くようなその視線は、私を試しているかのようだった。

 私は一度、肺に空気を送り込み、そしてゆっくり吐いた。


「私はここまで雹ノ目君を探しに来た。沢山の人の力を借りて、私の思いを伝える為に……だから彼の傷をこのままにしていかない。絶対に」


 私の力を込めた瞳に、黒霧はどこか安堵したかのような表情を浮かべた。鈴白と違って慣れていない、はにかむような心の底からの笑顔に私もどこかふんわりとした気持ちになった。


「おいおい、お前ら気ぃ抜くなよ。こっからが本番だろうが」


 千葉刑事に鋭く指摘され、私は黒霧と一緒にぴんと背筋を張ってしまった。そろそろと黒霧が千葉刑事の視線を外すように私の背に逃げてくる。


「……黒霧」

「…………僕、あいつ苦手だ」

「千葉刑事は鈴白の監視役だよ? 外に出る時一緒じゃないの」

「……今から憂鬱」


 私よりかなり背丈のある黒霧なので身を縮め込ませても隠れられていないが、よほど千葉刑事が怖いのだろう、背に添えられた両手が小刻みに震えている。

 普通にしていればそう怖い人ではないと思うが。恐れられてばかりだった黒霧にとって怒ってくれる人は貴重かつ対処しにくい相手なのだろう。

 なにせ反論できないほど言っていることが正論だから。


「一茂さん、黒霧相手に遠慮はいりませんから。外にいる時はぜひお願いします」

「ああ、任せとけ。人間社会の在り方を骨の髄まで叩き込んでやっから」


 二人のやけに楽しそうな会話に私の後ろで黒霧がひぃっと震え上がった。

 ……楽しんでる。あの二人、絶対に楽しんでる。


「とか言って千葉刑事も遊んでるじゃないっすか。黒霧、震えてないで雹ノ目を出してやってくれ」


 実はこの男性陣の中で一番大人なんじゃないだろうかと錯覚してしまいそうな落ち着きぶりで一ノ瀬君が溜息を吐きながら言った。

 そんな呆れ顔の一ノ瀬君に黒霧はなぜか厳しい視線を送る。


「黒霧? なんだ、気に障ったか」

「……別にそんなのどうでもいい。けど、一ノ瀬勝、君はここにいない方がいい。いや、君だけ先に里へ……ダメだ、もっと遠くへ行け」

「なんだそりゃ」


 黒霧の言葉に訝しげに眉根を寄せた一ノ瀬君に私も同じような顔で彼を見上げた。すぐ後ろに立っている黒霧は居た堪れなさそうな顔で私の肩に置いていた両手に力を込める。


「雹ノ目朔良を解放して一番危ないのは君なんだ、一ノ瀬勝」

「俺? 花森じゃなく?」

「花森李を遠ざけようとしたのは、彼女が諦めれば君が来る必要性がなくなるからだ。逆に彼女が行くと言えば必ず君が来てしまう」

「……まあ、パートナーだし。放ってもおけねぇーしなぁ」


 一ノ瀬君が自分でも認めた通り、彼は世話焼きでお節介だ。パートナーという繋がりがある私相手ではそれは更に強く出る。ウォークラリーの時だって私と内面相性最悪だったというのに彼は私を見捨てたりしなかった。


「君と彼とでは相性がとても悪い。戦っても君が確実に負けてしまう」

「そういや雹ノ目って水属性の上位属性である氷属性だったけか。確かに実力的には差は歴然だな」

「……だからどうしたって顔だね」

「今更だし。ここまで来て、はい俺だけ帰りますって言うと思うのかよ」

「言って欲しい。じゃないと確実に君はここで死ぬことになる。君はこんな(えん)所縁(ゆかり)もない場所で死にたいのか?」

「もちろん死にたくはねぇーけど、危ねぇって分かってて花森置いて行くのも御免だ。つーかこのまま帰ったらよっしー先生とD組の連中にボコボコにされる」


 されるだろうな、目に浮かぶようだ。

 徹夜してまで私達の為に学校に残って準備してくれた皆を思うと胸がまた熱くなる。お守りにだって沢山助けられたし。

 そうお茶らけた一ノ瀬君の言葉に黒霧は渋面を作った。


「……ボコボコにされるくらいだったら、そっちの方がいい。死ぬことはないんだから」

「色々と言いたいことは分かるが……黒霧、言っとくが俺は花森より強情だぞ」

「…………嫌な奴」


 胸を張って言ってのける一ノ瀬君に黒霧が頭を抱えた。

 黒霧は苦手な人種が多すぎる気がする。確かにメンタルがったがただ。千葉刑事の扱きも必要不可欠な気がした。

 一ノ瀬君の強情っぷりは私も呆れるところではあるが。

 それがなければ私は今、ここに立とうとも思わなかった。


「黒霧、もういい加減諦めなさい。お前の見た未来はなんとなく私も分かりますが、これはもうやるしかない問題です。でなきゃ私も困りますし」

「現実問題、話を聞いてっと雹ノ目朔良の件をなんとかできそうなのは俺らじゃなくお嬢ちゃんだけみたいだしな」


 千葉刑事にぽんぽんと優しく肩を叩かれて、私はぎゅっと両拳に力を込めた。


「雹ノ目君に誰かを殺させたりなんかしない。その前になんとかする」


 なんとかする方法なんて本当はない。今になってもまだ私には気合しかないのだ。雹ノ目君の力が暴走したらあの氷を溶かす術を私は持たない。


 だけど今は、鈴白の言う通りやるしかない時だ。


「うんうん、こっちは火属性二人に風属性三人だ。氷を溶かすにはベストな組み合わせなんじゃねぇーかな」

「……風属性三人って、もしかして僕も数えられてるのか?」

「なんだよ、手伝ってくんねぇーの? お前、雹ノ目のダチなんだろ」

「友達ってわけじゃ……手伝う……けど」


 黒霧も雹ノ目君の事は放っておけないのだろう、私達と仲間としてひとくくりされて突っ込んだわりには顔が嬉しそうだ。


「彼を幻から解放する……少し下がって」


 意を決した黒霧に真剣な声音で言われ、私達は少し彼から離れた。

 それを確認すると黒霧は右手をかざし、空気をかき混ぜるように手を動かした。するとみるみるうちに彼の指先の方から空間がねじ曲がって行くように黒い螺旋状のものが現れる。

 黒霧には幻を見せるだけでなく別の空間を作り出すこともできる力がある。雹ノ目君を放り込んだ幻の夢の世界への扉がゆっくりと開き始めていた。








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