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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~幻狐の章
61/101

58 blank 千年






「黒霧?」


 聞き慣れない名に首を傾げると鈴白が幻狐を指さした。


「そこの黒い狐の名ですよ」

「幻狐じゃないの?」

「人が勝手に呼んでいるだけで真名は黒霧と言うのです。もうこの名を知っているのは私しかいませんが」

「…………お前なんかに真名を気安く呼ばれたくない」


 ふんっと鼻をならして幻狐、いや黒霧はそっぽを向いた。先ほどとは打って変わった頑なで冷たい態度に鈴白は苦笑して肩を竦めた。


「やれやれ、かなり嫌われたようで」

「僕はお前が嫌いだが、お前はもっと僕が嫌いだろう。さも被害者のような面をするのはよしてくれ」

「酷い被害妄想ですよ、黒霧。確かに君のことは好きではないですけどね」


 嫌いじゃないけど好きでもないって、それって普通ってこと? それともお前なんかになにがしかの感情を抱くほど興味がないという意味か。

 後者だったらなお酷いな。


「千年近くこの里を避けていたくせに今更何しに戻って来たの。……そんな気持ち悪い言葉遣いにまでなって」

「気持ち悪いとは失礼な。これも人間社会に順応する為の処世術という奴ですよ。人間って本当に面倒臭い」

「――はっ! 社会に順応だって? それこそ気持ち悪い。ねぇ、ユリウスのまねっこしてまで外に出て楽しかった? お前が欲しかったものは手に入ったのかな」


 黒霧の言葉に鈴白から一瞬にして笑顔が消えた。なんの感情も浮かべないその顔は不気味なほど美しかった。

 ぎゅっと黒霧が私の腕を掴んでくる。横目で盗み見れば彼は強張った表情を浮かべていた。


 ……そんな怖いなら突っつくようなこと言わなきゃいいのに。


 わざとだったのかうっかりだったのか分からないが、黒霧は思いっきり鈴白の地雷を踏んでしまったようだ。


「君は本当にこの私が同情するくらい馬鹿な奴ですね。私が欲しい物がどうやったって手に入らないことくらい分かっていて行ったのですよ。この辛気臭い場所に留まるよりずっといいので」

「――――里を悪く言うな!」


 感情が逆立ったからか私の腕を掴む力が増して、痛みに眉根を寄せた。痛いと訴えたかったがそんな状況でもなく、ここは我慢する。


「……私は未だにお前がこの場所にこだわる理由が理解できません。あれほど嫌われているのになぜまだ――」

「ここは僕の故郷だ。産まれ過ごした大切な地だ。人間の都合でここを捨てることなどありえない」

「それほど産まれた地にこだわるなら人間を追い出してしまえば良かったんですよ。おめおめと封印されてまで人と共にいようとする君の方が私は気持ち悪い」

「…………お前だって人と共にいることを最後は選んだくせに」


 二人は押し黙ってしまった。

 無音の世界に私は居た堪れなさを感じながらも口が出せずに二人の動向を見守ることしかできなかった。

 二人は多分、長い長い間、解消されることなくいたこじれまくった兄弟喧嘩の最中なんだろう。顔が同じだから双子なのかな。私は一人っ子だから兄弟喧嘩がどういうものか良く知らないけど身内であればあるほど喧嘩は容赦がないと聞いたことがある。


 仲直りってどうやるんだろう。

 そういえば私って喧嘩もしたことなかった。兄弟がいないのもあるが友達もいなくてそういうことに発展するような関係がそもそもなかったのだ。

 雹ノ目君とのことは喧嘩というわけではないけど仲直りが必要な事は分かってる。でもどうやって仲直りするかは実はあまり考えていなかった。

 雹ノ目君がどうでるか分からないし、仲直りのやり方はその場や人に応じて千差万別だ。だけど私は一つだけ、絶対にやらなければいけないことを決めている。


「……鈴白、黒霧」


 長く重過ぎる沈黙にとうとう耐えられなくなって私は口を出した。一方的に言いあっても、沈黙したままでも埒が明かない。


「ゆっくり腰を落ち着けてお茶でも飲みながら話し合おうか!」

『え?』


 おお、さすが同じ顔。見事にハモッた。

 鏡に向かい合ったように姿形の同じ美麗な顔が少し口を開いて間抜けな面を晒しているのがなんだか面白かった。


「こんな暗くて不安定で冷たい所で話してるから下の方向に話が進むのよ。ちゃんとお日様の下で温かい日差しの中、お茶の飲んで落ち着けば上の方向にいけると思う」

「なにを言って……――っダメだ。お前は外には出さない! よく分からないことを言って流されるところだった」

「黒霧」


 私の言葉を理解しようと考えていた黒霧の隙をついて、鈴白は一歩で間合いを詰め黒霧の襟を掴んで引き上げた。猫の子を捕まえたような体勢にされた黒霧は目を見開いたが有無を言わさない鈴白の鋭い一瞥に固まった。


「全員を外に出しなさい。君の『幸せ』ごっこに付き合ってあげられるほど皆暇じゃないですよ」

「…………」


 黒霧は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、襟を掴んだ鈴白の指に更に力が込められたことを知ると、


「分かったよ……」


 と右手を前にかざした。

 すると漆黒の空間は徐々に白い靄に包まれていく。私達を覆っていた光の幕は、役目を終えたと言わんばかりに同時に消えていった。

 その白い靄は幻狐町に来た時からずっとその身を包んできたあの霧だと分かる。

 幻狐の世界から、元の世界へ今、ゆっくりと戻ろうとしていた。

 戻れることに安堵していた私は、なんとなく黒霧が気になって視線を上げたが彼の長い髪が顔にかかって表情を見ることはできなかった。

 ただ、ぽそりと呟いた


「…………『幸せ』ごっこを望んだのは僕だけじゃない」


 という言葉が耳の奥にこびり付いて残った。







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「うーん、場所はいいんだけどやっぱりお茶なんて持って来てないよね、お兄ちゃん……間違った一ノ瀬君」

「…………若干変な感じが抜けないが、まあ無事で良かった花森。で、なんでお茶することになってんだ? そんでこの鈴白と同じ顔した黒い狐は誰?」


 無事に幻狐の祠がある森の中の開けた場所に出た私は祠の周囲に転がっていた一ノ瀬君と千葉刑事の無事を確かめてちょっと乱暴だったが往復ビンタで起こした。

 二人は寝ぼけて幻狐が見せた幻の家族設定を引き摺って私を娘&妹扱いしていたが、私もちょっと引き摺っていた。

 なんというか前々から兄が欲しかったし、家族を懐かしく思っていたから冷めてしまうのがもったいなかったんだよね。

 鈴白と黒霧はあれから黙ったまま背を向けあっている状態で、一ノ瀬君と千葉刑事は知っているけど知らない妖に首を傾げて、話が出来る私が掻い摘んで黒霧の正体を話した。彼が鈴白と旧知であること、そして仲がすごく悪そうなことも。


「双子なのかあいつら」

「さあ、二人には確認とってないけど兄弟なんじゃないかな、多分」

「で、嬢ちゃん。なんで茶が必要なんだ?」

「仲直りには話し合いが必要不可欠じゃないのかと……」

「……花森、お前って本当理詰めだな」

「え!? これじゃダメ?」

「ダメじゃねぇーけど……ん、まぁあの二人には必要かもな。なにせ千年近くの積もる話があるんじゃねぇーの」

「男子三日会わざればうんぬんってやつだな。千年は長いぞ」


 背中合わせの良く似た二人を眺めながら千葉刑事は言った。

 千年という時間はとてつもないほど長い。人である私には到底及びもつかない年数だ。二人にとっての千年はどういうものだったのか、長くなっても話す必要がきっとある。


「鈴白……と黒霧っつったか。二人ともいつまでんなとこで突っ立てるつもりだ。茶は残念ながらねぇーが、座ってまずは向き合え!」


 千葉刑事はいつまでたっても一言も喋らない二人の頭をむんずと掴むと無理やり向き合わせて座らせた。自身もその円に加わるように座る。


「なんかやっぱりお父さんっぽい」

「だなー。俺らも座ろうぜ」


 生きてきた年数なら千葉刑事の遥か上を行く二人だが、どちらも千葉刑事には強く出られないようで魔法も使っていないただの腕力だけの力技でもすんなりという事を聞いていた。

 まさしく逆らい難いお父さんの貫録。


 向き合って座ってもしばらくはだんまりしていた二人だったが、千葉刑事の威圧に負けたのか、鈴白の方から里を出た後の話をし始めた。

 海外には行けなかったが、日本津々浦々、端から端まで気の向くまま旅をしたらしい。途中何度も監視者を変えながら、時々気に入った人間を見つけては失って、失ってはまた見つけて、繋がった命と再会して喜んでみたり、やっぱり別人だと冷めてみたり。

 彼の話は千年分にしては短かったがこれが鈴白なりの千年の時間だったのだろう。

 対する黒霧はその話を耐えるようにして聞いていた。親の仇のように地面を睨みつけて顔すらも上げない。

 話し終えても黒霧はしばらく何も言わなかった。

 その様子に鈴白は呆れたように深く溜息をつくと、前かがみになり黒霧へ距離を詰めた。驚いて思わず顔を上げた黒霧の頭を握り拳でゴンと叩いた。


「――痛っ!」

「痛いで済んで良かったですね。昔の私だったら君の背を思い切り蹴とばして毬のように転がした後、腹にも一撃追い打ちをかけている所ですよ」


 なにそれエグイ。

 鈴白の首絞めを受けた記憶が新しい一ノ瀬君は私以上に密かに震えていた。そんな周囲を知ってか知らずか鈴白は涼しい顔で言った。


「私もずいぶんと丸くなったものです」


 一ノ瀬君が「嘘を吐け」と小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。一ノ瀬君は今の鈴白しか知らないからそう思うのだろうけど、黒霧の幻とはいえ昔の鈴白はもっと怖かったように思える。人を人とも思っていないような、命を奪うという行為になんの抵抗もなさそうだった。

 確かに今は少しだけ丸くなったようにも見える。


「で、君はどうなんです? この千年、どうしていましたか」


 厳しい声音だった。もうすでに答えは分かりきっているというような鈴白の台詞に叩かれて蹲ったままの黒霧はぴくりとも動かない。

 数泊待ったが反応がないので鈴白が自分で答えを言ってしまった。


「祠の中で封印された振りをして引き籠っていましたか。見事に何もしなかったんですね、君は千年も」


 超アクティブに動き回っていた鈴白と超引き籠りで鬱々していた見事なまでに対照的な二人だ。


「ん? 封印されてた振り?」


 私はスルーしてしまったが一ノ瀬君は逃さなかった。封印は近年弱まり、そして最近効力を失ってしまった……という話だったはずだ。しかし鈴白の口調からすると前々から封印の効果がなくなっていたように聞こえる。

 一ノ瀬君の疑問に鈴白は頷いた。


「封印なんて薫の時代からすでにあってないようなものだったのです。『封印されている』というのは里の人々を安心させるだけの建前で薫がとっととほとんどの術を解除してしまっています。『こんな臆病者に人を害せるだけの力があるものか』とね」


 開いた口が塞がらなかった。


「それっていいの?」


確かに黒霧を見ていると大したことは出来なさそうだが、実際私は彼のせいで死にも近い目に合わされている。



「良かったんですよ。何もしなくても彼は千年、何もしていないんですから。薫が視た通り、何にもね」


 そういえば薫さんは未来を視る力があるんだった。薫さんは一体どこまで先を視ていたんだろう。

 いまだ蹲ったままの黒霧を見た。言葉も発せずにただじっと蹲る彼の背がとても痛々しくて見ていられずすぐに視線を外してしまった。

 けれど一ノ瀬君はずっと、視線を外すことなく黒霧の背を見詰めていた。











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