47 vanish 神隠し6
「ユリウス……ユリウスねぇ……外国には多そうだが、日本の外に行ったことがねぇあいつが知ってる外国人っつったら、数は限られてくんだろうが」
「鈴白、海外に行ったことがないんですか?」
「ん? ああ、そうだ。あいつは監視対象だからな」
「監視対象? そういえばあいつ、人間じゃねぇーって言ってたっすね」
九十九君も疑ってはいたがやはりそのようだ。
人の夢の中に侵入したり、九十九君をからかったり……それにあの言動だ。普通の人間という方がおかしいか。
「俺も前の奴の監視者に伝え聞いただけだが、あいつは千年以上生き続けてる妖なんだと。偶然にもあいつの故郷がここらしいんで、詳しいだろうと仕事を引き受けたんだが」
ちらりと少し離れたところで寝ころんだままの鈴白に視線を投げ、深く溜息を吐いた。
「フリーダム過ぎて、なに言ってっか分からねぇーし、肝心なとこ教えねぇーしでまったく役に立ちやがらねぇ……」
苛立った様子の千葉刑事がコートのポケットに手を突っ込んで何かを取り出そうとしたが私を見て空の手を出した。
なにを出そうとしたんだろう?
「あいつがあれほど感情を高ぶらせるのは大昔に知り合った仲が良かった人物に再会した……と感じた時だ。大抵、本人じゃなくその子孫だがな」
「千年生きる人間なんかいないっすからね、ふつー」
「…………千年前にユリウス……っていうと、一人くらいしか思い浮かばないけど」
「なんだ花森、心当たりあるのか?」
「心当たりっていうか、千年前から今にいたるまで世界的に有名な人がいるでしょ」
首を傾げる一ノ瀬君に私は頭を抱えたくなった。
「おいおい坊主、物を知らないにもほどがあるぞ。一般人でも知ってる有名人じゃねぇーか」
「えぇ? いたかそんな奴」
「…………オルヴォン伯爵」
「え?」
「だからオルヴォン伯爵よ。彼のフルネームはユリウス・オルヴォンなの」
そこまで言ってようやく彼は得心がいったようだ。
確かにみんな、オルヴォン伯爵としか言わないが普通は知ってるでしょうに。
「そのユリウスがオルヴォン伯爵だとしたら、ますます俺と接点ないんだが」
「一ノ瀬君と接点ないどころか、現代人誰とも接点ないわよオルヴォン伯爵は」
「……どういうことだ?」
「オルヴォン伯爵は一人っ子で生涯独身、子供もいなかったからオルヴォン家は彼で断絶してしまったの。子孫なんていないのよ」
容姿端麗、気品高く教養、人望もあって弟子をとるほどの大魔法使いでありながら誰も娶ることなく最期は孤独に逝ったというユリウス・オルヴォン。一説には彼にはただ一人愛する人がいたらしいが魔法大戦の戦火によって亡くしてしまったらしい。一人を一途に愛しすぎた彼は他のどの女性にも見向きもしなかった。
それに魔力が高すぎた彼は老化も他の人々よりはるかに遅く、実に二百年近く生きたらしい。
彼の書き遺した最期の言葉は『ただの人でありたかった。力などいらない。誰かと対等に隣に立つ。それだけで良かったのだ』であった。
ユリウス・オルヴォンという人がいかに孤独だったか分かる文章だ。あれほどまでに人に囲まれながら事実、彼は一人だったという悲しい真実。
彼が肖像画に弟子達の魂の一部を宿したり、ゴーレムを多く作ったのは孤独を紛らわせる為だったのかもしれない。
「……結局、ユリウスってのが誰かさっぱり分からないってわけか」
「まあ、それはこっちに置いとけ、気にはなるが今大事なのはその話じゃねぇーしな」
「そうですね……」
そもそも私達は反発する何者かの魔力を辿ってここまで来たのだ。この場所が幻狐の封印されていた場所だったとして、当の幻狐はどこにいったのか。そしてこの魔力はなんだったのか分かっていない。
「俺は鈴白が、こっちに行けばいいっつーからついてっただけで何の目的で奴がここに来たのは分からねぇーんだ」
「私は……町長さんの家で私の魔力を反発し合う力を感じて、何か手がかりが掴めるかとここまで辿って来たんです」
「……ほぉ? で、その力はここで途絶えてんのか?」
「はい、ここまでしか感じとれません」
千葉刑事は立ち上がると右手を前に付きだし目を閉じて神経を集中させた。彼の鋭く強い魔力が肌を刺す。
これは、火属性の魔力だ。
しばらくすると千葉刑事は目を開けて腕を降ろした。
「……なるほど確かに俺達の魔力を嫌うように抵抗してくる力の気配があるな。しかし、こんな微量な力、よく感じとれたな」
「魔力感知は得意ですから」
ベテランであろう魔法使いに褒められてちょっと得意げになってしまった。生意気な学生と思われただろうかと内心心配になったが、千葉刑事は笑いながらバシバシと背中を叩いた。
「自信があるのはいいことだ。過信しすぎなけりゃな」
「はい! 気を付けます」
意外と砕けた人物のようで、彼に抱いていた緊張が少し解けた。和む雰囲気の中、一ノ瀬君がじっと千葉刑事の方を見詰めていたので、
「どうしたの?」
と、問いかけるとなんだか難しい顔をして彼は首を傾げてしまった。
「う~~ん、なんだろうどっかで見た事が……凄まじい既視感があるんだ」
「既視感?」
「花森は感じねぇ? この感じ絶対どこかで――」
ここまで出かかってるのにとのた打ち回る彼に、千葉刑事は目を丸くした。
「なんだ、お前ら気が付いてなかったのか。魔力の質も雰囲気もそっくりだとか言われてるし気が付いてるもんだと思っちまったぜ」
なんのことだろうと千葉刑事を見ると彼は佇まいを直して、一つ咳払いをした。
「アルカディアで、うちの甥っ子にして千葉家バカ代表、千葉喜一が世話になってる。お前らD組だろ? 薫から話は聞いてるぜ」
一瞬、喜一君で誰だろうと思ったが、一ノ瀬君の『ああ!!』という叫びと共に私も思い出した。
「一般教養一桁君!?」
「…………喜一、おめぇなんつー恥ずかしい点数とってんだ……」
「花森……親戚のおじさんに大ダメージをくらわせたぞ」
「す、すいませんっ」
だって、そのイメージしかなかったんだよ。後はクラス委員長でもないのにリーダーと呼ばれていたりとか。いまだに何のリーダーだか分からない。
「千葉刑事、『薫』から聞いてるってことは、九十九とも知り合いなんすか?」
「昔、喜一の様子を見にアルカディアに行ったことがあってな。そこで顔を合わせたんだが、『絶対後で必要になるから』とか抜かして人の携番拝借して時々、電話寄越すんだよ。あれなんだろうな、末恐ろしいガキとは思ったが日に日に恐ろしさのグレードが上がってってるぞあいつ」
顔が青くなっていく千葉刑事を見て、なんとなく予想はついた。未来を視る力は昔から持っていたようだ。
「『薫』はね、大昔からそういう人ですよ一茂さん」
「うおぉっ!?」
いつの間にいたのか、千葉刑事のすぐ後ろに鈴白が立っていた。まったく気配がなかったので私も、気配察知が得意な一ノ瀬君ですら驚いて身を固くした。
「神の理に介入して未来を覗いては捻じ曲げたり、導いたり。なんでも分かるから何にも聞かない。性格は捻くれてるから素直じゃないし、変に負けず嫌いで仕返しは百倍が普通です。えげつないことも平気でしてました。――あのゲス野郎、やっぱり殺しとけばよかったな」
「…………鈴白、それたぶん薫の先祖のことだろ。今の薫じゃねぇーだろ……そしてなんか最後の方、素がでてんぞ」
「おっと失礼、本音が……しかし『薫』は同じですよ。先祖返りとはよく言ったものです」
鈴白の言っていることが全部本当だとしたら、どうやら九十九君の先祖は九十九君と同等かそれ以上の真っ黒な性格だったらしい。
絶対に会いたくない。
千葉刑事の後ろにいた鈴白が一歩、一ノ瀬君の方へ足を出したので私は咄嗟に一ノ瀬君の前に出た。また何かされたらたまったものではない。
「花森、お前が俺の前に出てどうする」
「なにかされるとしたら一ノ瀬君の方でしょうが」
いつもさりげなく守られているから、こういう時ぐらいは私が守り役でもいいだろう。パートナーなんだし。
警戒心バリバリの私達に対して、鈴白は困ったように微笑んだ。
「すみませんでした。もう落ち着きましたから何もしませんよ」
「本当?」
「本当です。……それに彼、ユリウスと違っててんでよわっちいんですよ。殺る気が失せてしまいました」
「よわっ――!」
よわっちいと言われてよほどショックだったのか一ノ瀬君は黒い影を背負って沈み込んでしまった。
確かに千葉刑事や鈴白に比べたら弱いかもしれないけど。
鈴白にこれ以上、一ノ瀬君の身に危害を加えるつもりはないようだったので素直にどくと鈴白は一ノ瀬君の前に歩み出て、目線を彼と合わせた。
「君のフルネームを伺っても?」
「……一ノ瀬勝だけど」
「一ノ瀬勝君……ふふ、そうですか。…………良かったですね」
「は?」
「だって、今の君はまるで――――人間のようじゃないですか」
まるで彼が人間ではないかのような言い方だ。
鈴白の言葉は意味不明だったが、一番訳が分からないのは一ノ瀬君だろう。一ノ瀬君は鈴白を睨みつけると何も言わずに鈴白に背を向けた。
答えたくれないだろうけど少し問いただしてみようかと、鈴白を見上げると彼はどこか寂しそうに一ノ瀬君の背を見ていた。
その姿に私は動けなくなってしまう。
似ていたんだ。友達を欲しがって、でも勇気が持てずに私と二人だけで静かに満足していた彼に。
鈴白も素直じゃない友達欲しがりだ。




