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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~幻狐の章
43/101

40  fog 深い霧の中で4






 私ってこんな単純だっけ……。

 一ノ瀬君が発した『相棒』という言葉だけで繋がってしまった。湧き上がる高揚感に浸りながらも、同じように気持ちが高ぶっているのが分かる一ノ瀬君の気持ちも嬉しかった。

 協力して戦うということのなんと頼もしいことか。

 彼はいつでも、私の中から恐怖を消し去ってくれる。



 漆黒の魔物は体躯がとても大きい。よくよく見ればなにか四足の獣のようにも見えるが、立ち込めた霧と夕闇が迫る時間帯のせいで全容が分かりづらい。

 リンクのおかげで互いの姿は見えないがなんとなくどこにいて、何をしているのか分かるけれど魔物の動きが読みにくいのはなんとかしないと……。

 挟撃とヒットアンドアウェイで攪乱させる作戦は功を奏し、魔物の動きは最小限に抑えられている。

 後は少しの間だけでもいい、なんとか広場に広がっている分だけの霧だけでも晴らせないだろうか。そうすれば魔物のウィークポイントも探りやすいのだけど。

 風で一瞬だけなら晴らすことは可能だが、すぐに元に戻ってしまうだろうし、それだけの風をおこすとなるとそれなりに魔力の消費が激しい。


 『とりあえず今は時間稼ぎ』


 という一ノ瀬君の意見に同意した。とにかく今は人数が欲しい。

 二人で出来るだけ魔力の消費を抑えつつ魔物を牽制していると、


「忍び寄れ、深淵の水流――――アクア!」


 高らかな声と共に魔物の足元から鞭のようにしなった水の帯が絡みつくようにして魔物を縛りつけた。

 振り返れば霧の中にぼんやりと九十九君と岩城君の姿が見える。追いついてくれたようだ。


「岩城君!」

「――――!」


 九十九君の合図で岩城君が魔物の前に躍り出た。

 やや姿勢を低く構えたまま、彼の体の周りから魔力が溢れ出る。

 岩城君は無口で、詠唱すらも行わない。いや、もしかしたらわずかに口から出る『ふんっ』とか『はっ』などの気合の声が詠唱の代わりになっているのかもしれないが、ほぼ無詠唱と言っていい魔法の使い方をする。

 一ノ瀬君と同じで魔力量が微量である岩城君は、自らの体を強化する武装魔法を得意としており、地属性であることもあいまって彼の防御は驚くほど固い。

 地属性の武装魔法で体を硬質化させた岩城君の体は鋼鉄と同じだ。その体を弾みをつけて叩きこめば十分威力のある攻撃となる。


「戦う者に追い風の祝福を! ――――ヴェントゥス!」


 岩城君が九十九君の水で捕えた魔物に向かって突進してくのを見て、私は風の魔法で彼の援護をすべく詠唱した。

 背を押された岩城君のスピードは倍に加速し、縛りつけられ身動きの取れない魔物の胴体にすべての威力がこもった一撃を喰らわせる。

一ノ瀬君の一撃にも耐えた魔物が口から黒い液を吐き、唸り声を上げながら地に倒れ伏した。霧の中に土埃が舞う。


「や、やったの?」

「――いや、まだ立つ! 花森さん、風で魔物の動きを封じていて、止めは僕がさす」


 魔物が立ち上がる未来が見えたのか、九十九君は確実に倒せる道を指示した。別の魔法の詠唱で、水の戒めが消えた代わりに私は風で魔物を抑え付ける。

 轟々と頭に響く地鳴りが耳朶を打った。強烈な魔力の流れが九十九君を中心に渦を巻いているのが分かる。

 しかしこれは九十九君の属性である水、アクアの力ではない。

 感じた事のない力の流れが逆巻いているようだった。


「我が身に宿る霊力と古の契約により、我が符に力を分け与えたまえ。――――玄武!」


 九十九君が発した魔力を食らいつくして、巨大な何かの姿が一瞬だけ見えた。亀のような姿だったように思える。

 それは九十九君が左の人差し指と中指の間に挟んだ符に吸い込まれるようにして消え、符は水の固まりのようなものに変化した。

 水の元素精霊の力は借りていない。九十九君は別の力を使っている。

 陰陽術の一種なのだろうか。なんとなく式神や召喚魔法と同じ系統の術のような気がした。


「三人とも離れて!」


 周囲に漂っていた元素精霊達が怖がって逃げ出すほどの力に、私達はなるべく九十九君と魔物から距離をとった。

 魔物は九十九君が予見した通りにふらつきながらも立ち上がってくる。


「ゆっくりお休み。――『水玄刀波(すいげんとうは)』」


 鋭い水の刃となった符が魔物を襲い、あれほどタフであった魔物を真っ二つに切り裂いて二度と立ち上がることができないようにしてしまった。

 なんて威力だろう。私も風の刃で何度か魔物を傷つけたのだがこれほどまでに綺麗に切り裂くことはできなかった。

 魔物は断末魔をあげることすらできず、静かに黒い霧となって周囲の霧に混じり霧散していく。


 今度こそ、やった。

 ほっと息を吐こうとした瞬間、バサリと誰かが倒れる音が聞こえて慌てて振り返れば九十九君がぐったりと地面に倒れてしまっていた。


「九十九君!」

「九十九!」

「――!」


 急いで駆け寄り、一ノ瀬君が九十九君の上半身を起こすと九十九君は億劫そうに瞳を開いた。


「……はぁー、やっぱ一体呼ぶので精一杯だったなぁ……」

「九十九君、すごい消耗してるけどあれってなに? 水の元素精霊じゃないよね」

「うん、さっき僕が呼び出したのは『玄武』っていう十二天神だよ。陰陽術における召喚魔法みたいなものかな。位が高いから式神と違ってめちゃくちゃ霊力持ってかれるんだよね」

「すげぇーな、お前召喚魔法も使えたのか。あれって確か無属性の奴じゃないと使えないんじゃねぇーの?」

「召喚魔法じゃなくて陰陽術だから形態はちょっと違うよ。まあ、無属性の方が扱いやすいんだろうけど。僕の場合は先祖代々からの血の契約があるから」


 九十九君の家は相当古い家系らしい。オルヴォン伯爵が海外から魔法を日本に持ち込む前から日本式の魔法として陰陽術は根付いていた。九十九家の他にもいくつか有名な家があるようだが、その中でも古い部類に入るのだと聞いた。


「十二ってことは玄武の他にもいっぱいいるのか?」

「いるよ。僕じゃまだ玄武と天后しか呼べないけど」


 興味津々といった風の一ノ瀬君の質問攻めに九十九君は疲れたように息を吐いた。


「陰陽術のことなら兄さん達にでも聞きなよ……僕は疲れた」


 魔力がすっからかんになってしまったのだろう、疲労で九十九君は目を閉じると静かな寝息を立てて眠ってしまった。


「……今回は九十九がいなかったら危なかったかもな」

「そうだね。あの魔物かなり頑丈だったみたいだし」


 でもまだ一体、本来の依頼対象である魔物はまだ森の中にいる。その魔物もまた厄介な能力を持っているという話だった。

 この状態で、きちんと依頼を片づけられるか少々不安になる。

 私の力、まだぜんぜん弱いんだな。

 所詮ランクCと言われればそれまでだが、これでも成績は優秀な方である。今までは目立ちたくなくて抜きんでた成績は出さなかったが努力をしてこなかったわけじゃない。

 でも力を出してもあの魔物には阻まれた。


 一ノ瀬君も同じようなことを思っているのだろう、自分に対する不甲斐なさを叱咤する感情が流れてきた。戦いが終わってリンクは切れかかっているが、よほど強く思っているのだろう。


 岩城君が慣れた様子で九十九君を背負うと、こちらをじっと見つめてきた。私達には九十九君のように心を読む術はないが、なんとなく『このまま連れ帰る』と言っているようだったので、彼をお願いすることにした。



 九十九君を背負って屋敷へ戻る岩城君を見送った私達は魔物が倒れていた場所へ足を向ける。あれだけ巨大な魔物の瘴気だ。霧散したとはいえ、しっかり浄化はしておいた方がいい。

 腰に巻いてある小さなポシェットから手のひらサイズの小瓶を取り出すと、その場に振りまいた。光属性の力『ルーメン』の祝福が込められた魔法水だ。キラキラと輝く光の粒が残っていた黒い瘴気を浄化していく。


「うん、こんなものかな」

「じゃあ、俺達も引き上げるか」


 他に何かおかしなことはないか確かめ、安全を確認すると私達は屋敷へ戻ろうと足を向けたがその前に霧の中から人影が現れた。一瞬警戒したが現れた人が見た顔だったので構えを解いた。


「良かった、魔物の方は片づけられたようだな」

「はい、九十九君のおかげで」


 現れたのは九十九君のお兄さん、確か卯月さんと言ったか。彼は腕に怪我を負っていたようだが見た限り軽傷のようだ。九十九君から結界を任されていたようだし、先ほどの魔物とも対峙していたのだろう。


「ん? 薫はどうしたんだ?」

「それが、魔物を倒すさいに十二天神の力を使って魔力切れを起こしてしまって」

「魔力……ああ、霊力か。……それにしても十二天神の力を使わなければならないほど強い魔物だったようだな」

「はい。正直、九十九君がいなかったら勝てたかどうかわかりません」

「そうか……」


 卯月さんは何か考えるそぶりを見せたが、すぐに顔を上げてニッコリと微笑んだ。

 おお、笑顔が九十九君そっくりだ。黒くない、白い方の笑顔だが。


「君達もご苦労様。疲れただろう、日向さんに霊力回復に良い食事を頼んであるから、屋敷に戻ったら頂くといい」

「ありがとうございます」


 それじゃあと一緒に帰るのかと思いきや卯月さんが別の方向へ歩き出したので、私は首を傾げた。


「あれ、屋敷に戻らないんですか?」

「ああ、父と連絡がまだとれなくてね。町長の家に行っているはずなんだが電話も繋がらないんだ。少し確かめに行ってくるよ」


 そう言って卯月さんは霧の中に消えていった。

 魔物も片づけて町中での危険はもうないと、私達は高をくくってしまっていたのだ。どうしてあの時、一緒に行かなかったのだろう。



 卯月さん、そして九十九君のお父さんもその日、屋敷に帰ってくることはなかった。











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