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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~幻狐の章
40/101

37  fog 深い霧の中で1





 私はこの上ない窮地に立たされていた。


「花森、お願いだ引いてくれ!」


 一ノ瀬君の悲痛な声が聞こえる。けれど私は引かない。

 ここまで来たのに、引けと言うの? そんなことをしたら私の今までの努力はどうなる。


 右手が震えた。今、この右手に私のすべてがかかっている。五本の指先が炎を灯すようにチリチリ熱く感じた。


「……花森さん……君って人は……」


 九十九君の呆れたような声が耳に届いたが、その声は酷く弱弱しい。それもそうだろう、あれだけ激しい戦いの後だ、魔力はもう空に近い。

 岩城君は床に伏せピクリとも動かなかった。もう大きな岩にしか見えない。


 私は真正面から一ノ瀬君と向かい合っていた。黄金の瞳と視線がぶつかる。彼も引く気はないだろう。

 張りつめた緊張感の中、私は意を決して疾風のごとく右手を動かした。


「――はっ!!」


 私が引いたのは…………


「――ハートの三、上がりっ!」

「ま、負けたっ!!」


 歓喜に両手を上げながら立ち上った私と対照的に敗れた一ノ瀬君は床に膝をついた。彼の左手にはジョーカーが残っている。


「…………これで花森さん十連勝か。まさかここまで強いとはね……ババ抜き」



 バスから列車に乗り換え、一路幻狐町に向かう私達は余暇をババ抜きをして楽しんでいた。


 心が読める九十九君にはかなり苦戦を強いられたけど、彼が心を読めるのは魔力の質による所が大きい、こちらもその気になって防壁を張れば多少は読みを防げるのだ。おかげでかなり消耗したけど数時間で元に戻るだろう。

 九十九君はちびちび先ほどからマジカミンを飲んでいる。私以上に熱くなりすぎたみたいだ。得意の心理戦ともいえるババ抜きに負けたことがよほど悔しいらしい。


 予想外だったのは一ノ瀬君だ。さすがの勝負運というか、九十九君に読まれているはずなのにそれ以上に運で競り勝ち、私と最終勝負したのだ。それでも私が十連勝したけど。

 岩城君は……正直弱すぎる。素直すぎるというか、厳つい顔にあまり感情を出さないからポーカーフェイスが上手いのかと思ったがそれ以上に動作が歪になるのだ。あれだけ動揺すれば誰でも分かる。どれがジョーカーなのか。



 思い思いに叫んだり喚いたりしていたが、車内はガランとしており同じ車両には私達以外に誰もいない。

 九十九君が言うには幻狐町はド田舎だから外から来る人も町から外に出る人も少ないという。そういえば先ほどからずっと森の中を突き進んでいて木ばかりが目に入ってきていた。


「花森もう一勝負!」

「……えー」


 正直一ノ瀬君は強いので戦いたくない。私も意外に負けず嫌いだったみたいで、どうしても本気勝負になり疲れてしまうのだ。十連戦しているからさすがに依頼影響が出そうだった。

 しかし私以上の負けず嫌いである一ノ瀬君が負けっぱなしで終わらせるはずがなく。


「俺が勝つまで勝負っ!」

「子供かっ!!」


 暑苦しく食い下がられた。

 近い! 近い、顔っ!!

 両手を握られてしまったのでちょっと不作法だが右足で一ノ瀬君の腹を押してやった。



「はいはーい、そこのバカップルイチャツカナーイ。岩城君もそろそろ立ち直りなよ、幻狐駅に着くよ」


 なんだか投げやりな九十九君の台詞に、バカップルじゃないと突っ込みを入れる前に車内アナウンスが入った為、一ノ瀬君をえいやっと引っぺがすと、忘れ物がないかどうか入念にチェックを入れるのだった。









『――お天気をお知らせします。今日の茨城県北部は空に恵まれ、爽やかな風に包まれる快晴となるでしょう』


 幻狐駅に備え付けられているラジオから流れるお天気お姉さんの明るい声が虚しく木霊する。


「……お天気お姉さんが嘘ついてる」

「お天気お姉さんが悪いわけじゃないよ。気象予報士が悪いんじゃない?」


 電車から降りた私達は辺り一面に立ち込めている深い霧に唖然となった。一寸先は白。真っ白、何も見えない。

 ぼやーっと奥から現れた駅員に心臓が止まりかけたくらいだ。

 寂れた木造の駅には年老いた一人の駅員しかいないようで、シンと静まり返っていた。


「すっげぇー霧だなぁ。お前の故郷いつもこんななのか?」

「まさか、僕も驚いてるよ」


 荷物が入ったバッグを持って、この霧の中でも迷いのない足取りの九十九君にぴったりついて行った。少しでも離れたら見失いそうで怖い。


(にしき)おじいさん、久しぶり」

「おお、珍しく若い子達が来たと思ったら九十九家の坊ちゃんじゃないですかい。正月以来ですなぁ、お元気そうでなによりです」

「おじいさんも元気そうで安心したよ。……それにしてもすごい霧だね」

「ええ、私もここで生まれ育ちましたがここまでの霧は初めてお目にかかりましたなぁ。しかももう一週間も消えんときた」

「一週間も?」


 知り合いのようである九十九君と駅員のおじいさんの会話を後ろで聞いていた私だったが、思わず聞いてしまった。皺まみれのおじいさんと目が合う。私は慌てて腰を折った。


「初めまして、九十九君のクラスメイトの花森です。依頼で一緒にこの町に来ました」

「一ノ瀬です、俺も九十九のクラスメイトで依頼同行者です」

「…………」


 続けて一ノ瀬君が礼をして、岩城君が黙ったまま会釈した。

 おじいさんはますます皺を深くして朗らかに笑う。


「こりゃあどうも、ご丁寧に。私は長年ここの駅員を務めています錦と申します」

「錦おじいさんは九十九家と縁が深いんだ。僕の祖母のお兄さんだからね。……で、一週間も霧が消えないって?」

「はい、急に辺りが白くなり始めたと思ったらあっという間に町全体が濃い霧に包まれまして。ほどなくしたら消えるものと思っていたのですが」

「一週間たっても消える気配がない……と」


 おじいさんがゆっくりと頷いた。

 霧ってそんなに長く出続けるものだろうか。


 ふと、私の頬を穏やかな風が撫でていった。風がある。無風というわけではなさそうだ。ラジオでもお天気お姉さんが爽やかな風が吹くと言っていた。北部は快晴に恵まれるとも言っていたし、確かに私達がここへ着く少し前までは空には澄んだ青が広がっていたのだ。

 どう考えても今のこの幻狐町の状況は、


「おかしい……よな、どう考えても」


 うん、と九十九君が頷く。私も頷いた。


「坊っちゃん方、依頼でこちらに戻られたと聞きましたが、もしやこの霧絡みでしょうか?」

「いいや、家の方からは霧については何も聞かされてないよ。僕らは魔物を退治しに来たんだ」

「魔物、森に現れたというあれですな。確かやっかいな能力を持っていて九十九家の人間でも手が出せなかったとか」

「そう、だからこその僕らなんだけど……。霧の話、どうして父さんは教えてくれなかったんだろう」

「ご当主もまさかここまで長く霧が居座るとは思わなかったのでしょう」

「そう……かな……」


 難しい顔をして黙り込んでしまった九十九君の背を一ノ瀬君が叩いた。


「ここで悩んでても仕方ないだろ。とりあえず依頼主のお前の父ちゃんに会いにいこうぜ」

「……うん、そうだね。じゃあ、おじいさん霧も深いし気をつけて」

「ええ、坊っちゃん方もお気をつけて」


 おじいさんに見送られ駅の外に出た私達は、今にも錆びて折れそうなバス停の前で三時間一本しか走っていないバスを気長に待った。

 景色は真っ白だし、道はかろうじてコンクリートで舗装されてはいるもののひび割れた所から逞しい雑草がもっさり生えている。

 バスに合わせて列車に乗って来たので三時間も待たなかったがこの飽きる状況で三十分待つのも結構しんどかった。

 なのでその待ち時間、駅の裏手にある神社を九十九君に案内してもらったのだが、霧の中で佇む狐の像は驚くほど寒々しく怖かった。

 くわりと開かれた口元は尖った歯がぎっしりと並んでおり、目は細長く切れ長でこちらを睨んでいるようだ。稲荷神社なら昔見た事があるが、こんなに恐ろしい形相はしていなかったと思う。

 よくよく見れば赤い鳥居の奥に沢山の狐の像があったがどれも同じようにこちらに牙を剥いている。


「幻狐町にある狐の像は稲荷神社で祀っているような白狐(びゃっこ)じゃないからね」

「白狐?」

「うーん、簡単に言うと善い狐。ここにあるのは全部『幻狐』なんだ」


 『幻狐』、町の名前になっているくらいだし所縁のあるものなのだろう。詳しく聞きたいとも思ったが、バスの時間も迫っていたので後でゆっくり聞いてみることにした。

 バス停へ戻る為、『幻狐』の像に背を向けて歩き出したが、なぜかずっと彼らに見られているような悪寒がおさまらなかった。







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