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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~運命のチームメイト
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34 rematch 木塚 深緑




 魔法薬学研究室が隣接している第十二魔法実験室は他の実験室と違って高度な技術を要する調合機材と珍しい材料が一通り揃っている。医術系の道へ進む光属性の生徒達が主に使用するレベルの高い実験室なのだ。

 私は光属性ではないし、医術系の道を志しているわけではないので魔法医術の知識は一般レベルだ。けれど薬学の知識ならば多くの書物で得ているし、なにより一人で黙々と作業できる科目であった為、初等科から中等科の頃の自由時間は専ら木塚君と同じように実験室に籠って調合をしていたものだ。

 それでも知識と技術力では木塚君には少し及ばないだろう。勝利の鍵は調合する品と材料。それを間違えず、正確に作ることができれば勝機はある。


 私は様々な種類の薬の中から調合する一つの品を選んだ。

 必要な材料は……うん、全部揃ってる。


「どうやら調合するものは決まったようだな。それでは始めよう、制限時間は二十分。一ノ瀬、一応言っておくが花森への助言や手出しはするなよ」

「もちろん。ってか俺が花森に助言できるわけねぇーし」

「それもそうだな」

「…………そんなハッキリ言われると俺も傷つくんだが」

「悪いが精神科は俺の専門じゃない。深刻なら榊原に診てもらえ、クラスメイトだろ。それと暇なら時計で時間を計ってくれ。集中すると時間の流れが分からなくなるからな。時計は持っているか?」


 ここの魔法実験室には時計がない。本来ならばほとんどの部屋には備え付けられているものなのだが、なぜかなかった。

 問われた一ノ瀬君は苦笑を浮かべながら後頭部をかく。


「いや、持ってない。腕時計は元々腕に何かするの嫌いなんだ。アンチブレスレットはしょうがないけど。携帯はこっち来た時に訓練で壊してそのまんまだったな」


 いまどき携帯を壊して半年そのまんまにする人がいるのか。困らなかったのかな。


「仕方がないな。俺の腕時計を貸すからそれで計ってくれ」

「おう」


 木塚君は左腕に巻かれていた腕時計を外すと一ノ瀬君へ放り投げた。それを上手にキャッチした一ノ瀬君は受け取った腕時計を見て、なぜか目を丸くする。


「……なんかすげぇー高そうな腕時計なんだが、お前もしかして坊ちゃん?」

「否定はしない。だがそういう言われ方は嫌いだ。時計などどうでもいいだろう、始めるぞ時間がない」


 なんとなく立ち振る舞いからそれっぽい感じはしていたが、やはりどこか良い家の者のようだ。当人はそう言われるのが嫌いなようだが。

 ちらりと盗み見た一ノ瀬君の慎重に扱う腕時計を見れば、確かに優美な細工が施されたいかにもな品物だった。

 あれ、木塚君放り投げたよね。一ノ瀬君が落としてたら傷物になっちゃってたけど、『時計なんてどうでもいい』と言っているしその辺無頓着なんだろうか。


「じゃあ、計るぞー。――よーい、始め!」


 一ノ瀬君の合図で、私と木塚君は同時に動き出した。

 私は材料となるマンドラゴラの根と葉、魔法水、風魔石の粉、バンシーの涙、それと水と地の魔力石を用意した。

 バンシーの涙は他の魔法実験室には置いていない貴重な材料だ。無駄にしないように慎重に必要な分だけを貰う。


 最初にマンドラゴラの根と葉を乳鉢で磨り潰し、その中に一つまみ風魔石の粉を混ぜ合わせる。

 次に鍋に魔法水を入れ、沸騰させてから火を止める。小さな丸い固形物であるバンシーの涙を一粒いれて溶けるまでゆっくりとかき混ぜる。溶けたバンシーの涙の青が螺旋を描いたら混ぜるのを止め、再び弱火で煮込む。

 泡立ち始めたら磨り潰した材料を鍋に投入。


「青き命の礎と母なる大地の息吹よ、我が魔力の元に集え――――コンコルディア!」


 詠唱と共に手のひらに乗せた水と地の魔力石が砕け散り、青と黄の魔力の光となって混ざり合い鍋を包む。水と地の魔力だ。私は風属性だが、最初から属性の魔力が込められた魔力石を使えば他の属性魔法もある程度操ることが可能なのだ。


 この時点で一ノ瀬君の「後十分!」の合図が入る。早く仕上げに入らなければ。


 煮立った鍋を休むことなくかき混ぜる。ダマが出来たら失敗だ。慎重にムラなくかき混ぜていく。薬液の色が輝く黄金になったら火を止め、最後の仕上げ。

 残りの風魔石の粉を投入し、詠唱。


「風よ、血と共に巡りて清浄をもたらす力となれ! ――――アルカヌム!」


 自属性である風の魔力が薬液を力ある薬に変える。魔力をふんだんに浴びた薬液は黄金色に輝き若干眩しい。

 私は出来上がった薬を瓶の中に入れてコルクで口を閉じた。密封しないと魔力が飛んで効能が落ちる。

 丁度瓶に蓋をした所で、一ノ瀬君の終了の合図が響いた。


「花森、木塚、できたか?」

「うん」

「こちらも問題ない」


 双方、薬液を詰めた瓶を見せ合う。木塚君のは透き通った透明な薬液だった。


「俺の薬は『鎮痛剤』だ。頭痛、腹痛、怪我などによる患部の炎症による痛みにも効く」

「私の薬は『風邪薬』よ。頭痛、喉の痛み、下痢などに効果があるわ」

「うーん……なんかどちらも凄そうだが、どっちが高品質に作れたんだ?」


 じっと二つの薬瓶を眺めた一ノ瀬君だったが、見比べ方が分からなくて首を傾げた。


「魔力の質でだいたい分かるが……」


 木塚君が言いよどむ。

 薬を飲み比べるわけにもいかないので、魔力の質を見るしかないが私の目から見てもこれはどうやら。


「ドーーーーン! たっだいま~~郁恵(いくえ)おねーさんのご帰還だよー。ふかみどり君いる~?」

「ふかみどりー、いたら返事しろーい」


 賑やかな足音と声に驚いて扉を見れば、勢いよく扉を開け放って二人の人物が入って来た。

 木塚君がドンと机を叩く。


「誰がふかみどりだ! 深緑(しんりょく)だと何度も言っているだろう!」

「いいじゃん、ふかみどりで」

「間違ってないよ~?」


 確かに、深緑は『ふかみどり』とも読めるけど。


「それに『しんりょく』とか名前っぽくないじゃん」

「『ふかみどり』も名前っぽくないだろうが!」

「『ふかみどり』の方がセンスがいいと俺は思います」

「名付けてくれた兄さんに謝ってもらおうか!!」


 一気に場が騒がしくなってしまった。これほどまでに声を荒げてヒートアップする木塚君も珍しい。それにしても名付け親が兄とは、ご両親が付けたわけじゃないのか。


「よう、榊原じゃないか。もう戻って来たのか?」

「あ~かつ君!」

「…………(しょう)だけど」

「かつの方が一枚上手だと俺は思います」

「親父に謝れ!」

「ちょっと一ノ瀬君まで熱くならないの!」


 一ノ瀬君の頭を小突くと榊原さんがのんびりとした動きで垂れ目を細くして微笑んだ。


「花森さん、ただいま~。二人がこんな所にいるなんて珍しいね~どうしたの?」

「えっと、ちょっと木塚君に話があって」

「話? ただの話にしちゃ、実験室を使用した跡があるけど?」


 榊原さんの隣で男子が実験室を見回しながら言った。彼は見た事がない。誰だろう。私が戸惑った顔を浮かべたからか、彼はこっちを見てニコッと愛想よく笑った。


「あ、あんたとは初対面か。そういや一緒のクラスになったことないもんな。初めましてB組の時任(ときとう) (すぐる)、内科を専門に受講してるからそれ系統の相談なら受け付けるよ」

「D組の花森 李。よろしく」

「で、で~? 三人して何してたの?」

「花森の質問に木塚が答えてくれねぇーから調合で勝負ってことになってさ。今さっき完成したんだが」

「……どちらがより良い薬液を作れたか判断が難しくて」

「ん~どれどれ」


 榊原さんが私と木塚君が持っている瓶を見比べた。時任君も一緒に眺める。


「ちょっと貸してもらうよ」


 時任君が私達から薬瓶を受け取ると蓋を開けて匂いを嗅いでみたり、振って液体を見たりしていたが、やはり二人も接戦し合う二つの薬のどちらに軍配が上がるのか判断できないようだ。


「すごいね~特に花森さんは医者や薬剤師志望ってわけでもないでしょ~?」

「うん、興味はあるんだけどね」

「いやいや、興味程度でここまでできるのすごいよ。毎日貝みたいに実験室に閉じこもって勉強や実験してる、ふかみどり君と同レベルなんて、ね?」


 と、時任君が木塚君に視線を向ける。木塚君はふんっと顔を反らした。


「分かった。そうだな、俺の負けだ」

「え?」

「仮に君が俺と同じように医術の道を志し勉学にいそしんでいたなら、今俺は確実に敗北しただろう。……俺も勉強が足りんな」

「そ、それじゃあ!」

「答えられることは、あまり多くない。ヒントのようなものしか出せないがそれでいいなら」


 それでも構わない。少しでも雹ノ目君に近づけるのなら。


「え~なになに~?」

「俺達功労者だよね、じゃあ一緒に聞いてもいいよね」


 とちゃっかりイスを持って来て座る二人はずうずうしいが、偶然にも雹ノ目君のことを知っていそうな候補が全員揃ったことになる。

 二時限目終了まで後、十五分。その間に、できるだけ多くの情報を得なければいけない。私は木塚君の口から言葉を聞き逃すまいと耳に神経を集中させた。








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