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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~運命のチームメイト
28/101

26 VS 花森 李


 風は戻らない。

 けれど、私は走っていた。まっすぐなコース、土を踏み蹴る感覚、七瀬君のように綺麗なフォームは作れないけれど、私は私の走り方を徐々に思い出してきていた。

 不思議な感覚だった。

 あれほど恐ろしかった『走る』という行為が、誰かと一緒にいるというだけで払拭される。トラウマを治せないトラウマにしていたのは私自身だ。

 背を押すように灯る背中の火の温かさに、胸が震えた。



 七瀬君の背が見えた。

 羨ましいほどに綺麗な走りの背中。追いつきたい、追い越したい。

 いや、抜かす!


 身に宿る闘志が全身に爆ぜた。私に火の魔法元素を従える力はない。けれど一ノ瀬君が貸してくれたからか、それとも私の闘志を彼らが気に入ってくれたのか、分からないが炎が渦を巻き、周囲に漂っていた風を巻き込む。

 足りない魔力が補われていく。


「疾風のごとく走り抜ける力を――――ヴェントゥス!」


 炎が導いた風を私は足に纏わせた。俊足を付加する風の武装魔法。

 右足に一点集中し力を込めて蹴り出した。

 突風のごとき速さで駆け抜ける。足にしか魔法をかけていない為、体には激しい痛みが走る。その上、足のスピードに負けて上体が倒れてしまいそうになった。

 腹に力を込めて踏ん張る。

 全力で走ることを止めて久しい体は、以前のようにうまく動かない。歯がゆかったが、これが今の私だ。逃げ続けてきたツケだ。


 見よう見まねで七瀬君と同じようなフォームをとってみた。正しいか分からないが、少し走りやすくなったかもしれない。

 痛みに耐えながらも無我夢中で走れば、いつの間にか七瀬君の隣まで距離を縮めていた。

 驚いた顔の七瀬君が見える。

 彼はまさか私が追いついてくるとは思わなかったのだろう、集中がそがれた所を私は見逃さなかった。


「取られたら、取り返す!」


 七瀬君に従っていた風を私の方へ引き寄せた。『風に愛されていない』、自属性ではない七瀬君に取られた時点で、風が従う優劣は決まったはずだ。

 けれど、七瀬君本人が油断し、かつ風を惹きつけられる何かがあれば話は違う。


 私は今、全力で走っている。

 私の走りに興味を持ってくれれば、引き寄せ返すこともできるはず。これは賭けだ。私と七瀬君、どちらに惹かれるのか。


 詠唱で命令はしなかった。命令したら、自由を好む風のことだすぐに七瀬君の所へ行ってしまうだろう。

 私はただ、前を真っ直ぐに見据えて走った。

 風の音が聞こえてくる。風を感じられる。風が私と一緒に走ってくれている。


『――――私の愛した貴女。ようやくまた、出会えたね』


 それは風の音か、私の耳に声のような音が響いた。

 懐かしい、前にもどこかで聞いた事のあるような……そんな音。


 それがなんなのか、考える前に私の体はふわりと軽くなった。風の抵抗による痛みがなくなり、羽のように軽くなった体で私は手足を力強く振る。

 勝つ。絶対に勝つ。


 視界にゴールテープを持った東君と千葉君が映る。よく見れば、ゴール際にはD組の皆の姿があった。

 ここまではまだ距離があって、声はかすかなはずなのに私の耳には大声量で彼らの声援が届いていた。

 たぶん、風が聞かせてくれている。

 脳裏に昔の記憶が蘇った。勝利を得ようとして、すべてを失った。クラスメイトの声援が罵声に変わった瞬間。

 思い出せば、胸に重いものが落ちる。けど、大丈夫だ。声援は罵声に変わらない、そう信じることが今はできる。火と風が、そして一ノ瀬君が背中を押してくれているから。


 私はクラスメイトが待つゴールに向かって、更に足を速めた。こんなに軽やかで清々しくて楽しいことはなかった。

 走るって、こんなに楽しかったんだ。


 私は両手を大きく開いて、ゴールテープを切った。勢いが余って転んで膝がすりむけたけど、高揚した今の状態では痛みもあまり感じない。

 聞こえるのはクラスメイト達の歓喜の声。割れんばかりの拍手。

 私は夢の中にいるような気分でぼうっと座り込んでいた。


 勝ったの? 私……私達、勝てたの?


「花森、なにぼーっとしてやがる! 優勝だぞ、もっと喜んだらどうだ?」


 その声に私はハッとして顔を上げた。高い所から落ちたというのに、自分の足でしっかりと歩いてくる一ノ瀬君が見える。すぐ後ろには木塚君がいた。

 木塚君は先にゴール近くに行ったと思っていたが。

 不思議そうに見ていたのが分かったのか、木塚君は鼻をならした。


「真剣勝負に出た奴の邪魔をするほど俺は野暮ではない」


 罠を仕掛けようとしたらしいが、私の姿を見て止めたらしい。予定を変更し、彼は負傷した一ノ瀬君の治療をしてくれたようだった。

 それにしても……。


「勝、お前六メートル近い高さからモロに背中ぶつけてよくケロッとしてるな……実は人間じゃないだろ」

「失礼だな、お前らとは鍛え方が違うんだよ」

「……いや、一ノ瀬。あの高さで受け身をとらずに軽い打ち身で済むとかありえんぞ。普通は俺の治療を受けてもしばらくは動けないはずなんだがな」


 木塚君ですら、一ノ瀬君を人外扱い。一ノ瀬君はもう、さすがとしか言いようがなかった。

 ……無事で、良かった。


 一ノ瀬君は、わいわい言い合うクラスメイト達をあしらうと、私の前で屈んだ。そして私の顔をじっと見ると、優しく笑った。


「----楽しいだろ? 勝つってのはそういうことだ」


 彼の言葉が響く。


「お前、どっかで気持ちのいい勝利をしたことがあっただろう。……勝利の喜びを知っている奴が、勝利を忘れられるはずがない」


 私の走り続ける理由。走るのが大好きになった理由。それは楽しくて、嬉しい勝利をしたからだ。だから渇望したんだ、私は。

 勝ちたいと、彼と共に勝利を掴みたいと、強く……願った。

 差し出された彼の手に引っ張り上げられ、私は立ち上がった。

 見上げれば、彼が歯が見える最高の笑顔を見せてくれた。思わず私も笑った。


 一ノ瀬君の深紅の髪が揺れ、彼の周囲に炎の帯が舞う。これは彼が従わせているわけではなく、彼の感情に合わせて火が踊っているのだろう。


「これからはさ、思いっきりぶち壊していけよ、花森。行く手を阻む障害は全部壊せる。今のお前ならもう、できるんだ。……それでも無理だと思うのなら」


彼の炎が私を包む、守るような励まされるような温かい炎だ。


「俺も一緒に壊してやる」


 私は静かに目を閉じた。私の中で、一ノ瀬君の火はまだ燃え続けている。

 一人では、まだ弱くて情けない自分。だから、


「期待してる」


 そう答えた。

 一ノ瀬君が、嬉しそうにバンバン肩を叩くとなぜかクラスメイト達が次々と私の頭を軽く叩いてくる。

 なに、なんの儀式!?


「いやーまさかあの能面の花森さんとこうして絡める日が来るとは!」

「前から密かに花森さんは可愛いと思ってたんだよ! やっぱ笑うといいなぁっ」


 はしゃぐ男子達に私は顔が真っ赤になった。うっかり全開笑顔だ!

 恥ずかし過ぎる。


「おいこら、お前らの祝いのはたきで花森の髪ぐっちゃぐちゃじゃねぇーか」


 しっしと一ノ瀬君が私から男子達を剥がしてくれると、「そういや忘れてた」と呟いた。


「花森、両手を高く上げろー」


 意味が解らず一ノ瀬君の言う通りにすると、パンッと小気味いい音がなった。

 これは……これは――――。


「勝利のハイタッチ! 一度やってみたかったんだ!」


 一人での勝利ではできない。二人だからできる分かち合う勝利の喜び。

 私の目には、じわりと涙がにじんで溢れた。


 嗚呼、ようやく私は腑に落ちた。

 ずっと疑問に思っていた事。どうして運命石は私と一ノ瀬君をつなぎ合わせたのか。

 『一ノ瀬君が私を必要としたから』ではなくて、『私が一ノ瀬君を必要としたから』だったんだ……。


 ボロボロ、ボロボロ零れ落ちる涙に、皆は驚いたようだったが次には笑顔になって一斉にこう言った。







『優勝、おめでとう!!』









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