18 Hope 一ノ瀬 勝4
*Profil(注*高等科新任教師4月記録)
名前:坂上 ソハヤ 歳:21
誕生日:2月16日(水瓶座) AB型
身長:168cm 体型:小柄で細い
属性:水 能力:水を操る 武装魔法
体力:★★★★★☆☆☆☆☆
速さ:★★★★★★☆☆☆☆
賢さ:★★★★★★★★★★
魔力:★★★★☆☆☆☆☆☆
総合評価:C
その他*水の魔法と武装魔法を巧みに操ることができる。魔力のコントロールを学びたい生徒は彼に師事するといい。
校内ウォークラリーの詳細はこうだ。
1.場所は高等科校舎、庭園や中庭も含む。ただし立ち入り禁止区域を除く。
2.ペアで参加すること。
3.地図に記されたポイントを通過し、ゴールを目指す。
4.制限時間は午後五時まで。
5.他ペアの妨害可。それに伴い魔法の使用を全面的に許可する。
ウォークラリーの目的は広大な高等科校舎の内部を把握することにあるらしい。それにしても妨害可能だったり、魔法の使用が許可されたりと高等科ではやはり実践的な授業が多くなりそうだ。しかもそれなりに怪我をしそうなもの。
初等科や中等科では怪我をしないような配慮をとられていたが、高等科では死なない程度の怪我は、日常茶飯事であると案内にしっかり記されていた。
魔物の討伐や、時には魔法使い同士の対人戦も起こりうる。これからは、もっとしっかりしていかなくては……。
「……と、決意を新たにしてるのに、一ノ瀬君は一体何をしてるの?」
「…………魔法の使用許可が出てるし、絶対魔法で妨害されるだろうから練習を」
正式発表を聞いた後、一ノ瀬君に引きずられるようにして特訓室に行ったのだが、私がぼーっと色々今後のことを考えているうちに、練習をしていたらしい。けれど……。
「へー、のわりには魔力がまったく出てないけど」
「…………ちょっと魔力使ったら……枯渇した」
私は、はぁーっと深く溜息をついた。魔力量が少なすぎる。ただでさえ彼は魔法コントロールがド下手で無駄に魔力を垂れ流すのに、元々使用できる量が足りな過ぎてすぐにガス欠に陥るのだ。
「一ノ瀬君は、魔法使い向いてないと思う」
「……それは一番、俺がそう思ってる」
魔法を使って戦う魔法使い。彼のように魔力量が少なすぎると、従来のような戦い方はできないだろう。一ノ瀬君は本当に、教科書通りにいかない人だ。
体型だって、他の子達と違ってガッシリで体育会系……と、そこまで考えてふと思い当たった。
「…………一ノ瀬君、もしかして……格闘技とか、やってる?」
「ああ、空手やってる。実家が道場だから。これでも全国大会で優勝経験もあるんだぞ」
右拳を前に突き出してみせた一ノ瀬君は、確かに力強い一撃を放ちそうだ。柳生先生も顔が抉れるとか言っていたし、威力は相当なのだろう。
「魔法使うより素手の方が強そ……――あ!」
「な、なんだ?」
「一ノ瀬君、武装魔法は習った?」
「ブソウマホウ……んー、聞いたような、聞かなかったような」
「教わってても覚えてないわね……その魔法、たぶん唯一一ノ瀬君が上手く扱えるようになる魔法だと思うんだけど……」
「ほんとか!?」
ガッと肩を掴まれ揺すられた私は、頭をグラグラさせながら頷いた。
武装魔法、それは自身の肉体の一部、または武器に魔力を宿らせ自らの運動能力をもって攻撃する攻撃魔法の一種だ。普通の魔法は魔力によってすべてを左右されるが、武装魔法はどちらかというと術者本人の運動能力が重要になる。
武装魔法は、普通の魔法より弱いとされがちだが、扱う人によっては想像を逸する力を発揮したりする。少なくても一ノ瀬君が魔法を使うより、武装魔法を使った方がより効率がいいだろう。武装魔法は一部にしか魔力を使わない為、魔力量が少ない彼にはうってつけだ。
「武装魔法、俺に教えてくれないか?」
「い、いや……私、武装魔法得意じゃなくて……、坂上先生に師事してみたらどうかな」
坂上先生は柳生先生と一緒に今年赴任してきたばかりの新任教師だ。彼は一年担当だし、珍しくも武装魔法が得意であるとプロフィールに載っていた。
一度だけ対面したことがあったが、とても物静かで小柄の細身な体型だったから、まさか武装魔法が得意とは思わなかった。
一ノ瀬君は、よし! と一言気合を入れると、特訓室に設置されている通信機で職員室に連絡した。坂上先生が今の時間、空いているかどうか聞いているようだ。
「花森、坂上先生来てくれるってよ!」
「……そう、じゃあ私は今日はこれで」
「なんだ、お前は習ってかないのか?」
「言ったでしょ、私、武装魔法は得意じゃないの」
「得意じゃないなら、得意になれば?」
「武装魔法は、本人の運動能力にものすごく左右されるの。私はそんなに運動能力高くないからするだけ無駄――――」
「……そんなことないと思うよ」
『うわっ!?』
いつの間に入ってきていたのか、私の背後には坂上先生が立っていた。思わず私と一ノ瀬君が声を上げてしまう。
「…………そんなに驚かなくても」
「す、すみません! 入って来たことに気づかなくて……というより早くないですか?」
「……転送魔法使ったから、早い方がいいかなって」
色素の薄い灰色の髪に、これまた色素の薄い灰の瞳の小柄な坂上先生は一吹きしたら消えてなくなってしまいそうなほどの儚さがあり、そしてなにより存在感が希薄だ。
「……水属性って、あまり自己主張しないからか存在感薄いんだよね」
心を読まれた!?
感情の見えにくい灰の瞳に見つめられて、私の背筋が冷えた。
確かに水属性の子は大人しく、自分の意見をあまり言えない人が多い。けれど頭の良い子も多いのでクラスでは目立たないが縁の下の力持ち的なポジションにつくのが常だ。
それと共に彼らはミステリアスな所もある。
なにもないところから出てきたり、近い未来を言い当てたり、先ほどの坂上先生のように心を的確に読んできたりする。
なので将来占い師になる人も多いのだ。そういう天性の属性なのだろう。
「……花森さんも練習していくといいよ。一ノ瀬君は典型的な武装魔法タイプだけど、花森さんは僕と同じで器用貧乏タイプだから」
「器用貧乏……ですか?」
「……普通の魔法も使えるし、武装魔法もある程度使いこなせる。負けにくいけど一人では勝ちにいけない、そんなタイプ」
確かに……私はそのタイプかもしれない。
魔力も普通だし、運動能力もそれなり……ある一部分は別だが、今の私には……いや、もう一生本気は出せはしない。
「…………本人にやる気があれば、また別なんだけどね」
ぼそっと呟いた坂上先生の言葉が聞こえてしまった。
……嫌な所を読まれた。
「で、坂上先生。俺、どうすればいい……ですか?」
敬語がなれていないのか、一ノ瀬君は言葉を切りながら聞いてきた。そういえば一ノ瀬君は柳生先生に敬語を使っていなかったな。
坂上先生はあまり気にしていないのか、特に突っ込みもせず室の中央へ静かに歩み出た。
「……まず、一ノ瀬君の素での実力を知りたいかな。プロフィールを見たけど、中学生の時、空手の全国大会で優勝してるね?」
「はい、同年代の連中が相手なら負けない自信ある……あります」
「……僕と組手してもらおうか」
「坂上先生と!? え、あの俺、親父にも注意されたんです……けど、手加減があんまり……」
うろたえる一ノ瀬君に、私もちょっと焦った。どう見ても坂上先生の体では一ノ瀬君に勝てない。武装魔法を使うならまだしも素手は危ないように思えた。
「…………手加減、とか甘いこと言ってると――――君の方が怪我するよ?」
一瞬だった。空いていた間合いが一気に詰められ、気が付いた時には先生の左拳が一ノ瀬君の右腕に当たった。
すさまじいスピードだったが、一ノ瀬君は咄嗟にガードの姿勢をとったようで先生の一撃をなんとか受け止めていた。
「――っ痛ぇ!」
「……うん、さすがだね。やっぱりこれくらいの威力じゃ骨は砕けないか」
ぶ、物騒なこと言ってる!
一ノ瀬君は、手加減などもはや無用であることに気が付いたようで、それ以降の組手は流れるように進んでいった。攻守の変わるスピードが速すぎて私の目では追い切れない。
あれこれ、魔法使ってないんだよね?
彼らが人間であるかどうか、若干怪しくなってきた。
三十分ほど続いた組手だったが、いつ終わるのかな……と座って待っていたら、急に一ノ瀬君が床に倒れ伏した。
勝負はあったようだ。……おかしいな、これ試合じゃなくて組手だったと思ったんだけど。
「……ちょっとやりすぎたかな」
ちょっとどころじゃない。見るからに一ノ瀬君がズタボロです。
一ノ瀬君は呻きながら、まだやれるとか言っている。タオルを投げてあげたくなった。ボクシングじゃなくて空手だけど。
「……花森さん、彼の武器ってなにかな?」
「鋼鉄のグローブです」
先日、一ノ瀬君の武器を錬成するのを手伝った記憶がある。爆発させながらもなんとかできた武器が鋼鉄のグローブだった。これで殴られたら相当痛いだろう。
「……彼はまさしく前衛に相応しい魔法使いだね。攻撃力もさることながらタフでガードも上手いから後衛を守れる魔法使いでもある。……うーん、色々教えたいけどまずは魔力制御からかな」
坂上先生は、魔法で作り出した水を一ノ瀬君の顔にぶっかけると、
「……じゃーまず魔法の中で魔力の流れを体で覚える訓練からー」
体力もすでにない一ノ瀬君を魔法で作った水の固まりの中に放り投げ、息ができなくてもがく彼に、魔力の流れ感じる? とマイペースに聞く坂上先生に戦慄した。
この先生、なよい見かけによらずかなりスパルタだ!
逃げ出したい衝動にかられたが、坂上先生の背中が逃げたらどうなるか分かってるよね? と言っていたので、私はその場から動くこともできず、スパルタな訓練を経験する羽目になった。
そしてウォークラリー当日を迎えた。
高等科一年生達が中央広場に集い、開会宣言を待っている中、私と一ノ瀬君はクラスメイトの怪訝な視線に晒されていた。二人とも目が……死んでいる。
「勝と花森さん……一体どうした?」
「聞くな東、俺は超えるべき壁をまさに昨日超えたんだ。今は充実感と達成感でいっぱいだぜ?」
「……そんな顔に見えないって。今にも土に還りそうな顔してるから!」
「花森さんもそのクマどーしたんだよ」
「…………放っておいて、一般教養一桁君」
「その呼び方やめろぉぉっ!! 俺の名前、千葉だからぁっ」
嗚呼、やめて叫ばないで頭にガンガンくる。
坂上先生にしごかれて一週間、魔力コントロールはもはや私の右に出る者はいないと自信が持てるほどになった。一ノ瀬君もあのベタなコントロール技術も一般生徒と変わらないところまでこぎつけることができたのだ。
精根尽き果てた私は昨夜、死んだように眠ったがまだクマはとれないようだ。一ノ瀬君もフラフラしてるし。
……まあ、ウォークラリーなんて私としては単位がとれればそれでいいんだけど。
「もしかして二人とも遅くまで練習してたのか?」
「一応昨日は早く切り上げたが、練習はすごいしたぜ、俺達優勝狙ってるからな!」
俺『達』、じゃない。俺が、でしょうが。
文句を言いたかったが、そんな気力はなかった。
そんなことをしている間に開会式が始まり、校長先生の宣言により、いよいよウォークラリーが始まる。
チェックポイントが描かれた地図を渡され、全員がスタート地点へ。校内には様々な仕掛けがされているようで、一瞬でも気を抜くと仕掛けに倒されてしまう危険もあるそうだ。
えーっと……ウォークラリーってこんなデスマッチだったっけ?




