16 Hope 一ノ瀬 勝2
じぃーーーーー。
『見つめる』という攻撃は、私にとっては効果抜群だ。
次の日、一ノ瀬君が編入して来た。人当たりの良い挨拶と物怖じしない明るい性格は、人に受け入れやすい。彼はあっという間に、人に囲まれワイワイ楽しそうにお喋りしていた。
囲まれてはいるが、七瀬君と違って取り巻いているのは男子だ。同性に好かれるタイプらしい。一ノ瀬君は、私の隣に座っていた男子に、席の交換を頼んだ。
「せっかく同じクラスだし、パートナーの隣がいいんだ」
という一言で、快く承諾されていた。
そしてこの攻撃である。
助けて、私の体に穴が開く!
彼は授業中でも遠慮なく見てくる。柳生先生に丸めた教科書で頭を叩かれてもものともしない。岩をも砕く石頭だから、効果がないのか。
さすがにこれほど堂々と見られると、クラスの人間が気づく。しかもこのクラスはノリの良い連中が揃っているのだ。木塚君の二の前になりそうだと思っていたら。
「どうした勝、花森さんにご執心かー?」
「いくら運命石が導いたからって、ガン見はよくないぞ!」
「そうそう、距離は徐々に近づけてくのがベスト」
ほら来た。
お節介にも突っつきにくる。彼らの場合悪意がない分、性質が悪い。
木塚君も私もいちいち違うと言って回るのも面倒で何もしなかったので、彼らの間で盛り上がって勝手に鎮火したようだが、長い間、木塚君と良い仲説は噂として流れていたらしい。
何もしなかった私達とは違い、一ノ瀬君は普通にそういうんじゃないと訂正した。
「ただ、笑わねぇーなぁと思っただけ」
一ノ瀬君の言葉に心臓が揺さぶられる。あの時からずっと自然に笑うことができなくなった。笑い方を忘れた。お手本が……いなくなったから。
「昨日も今日もずーっと仏頂面しか、俺見てねぇーもん」
「そういや俺らも花森さんの笑った顔って見たことないな」
「何回か同じクラスになったけど、俺も仏頂面か無表情か、または若干怒ってると思われる顔しか見たことない」
沢山の目がこっちを見てくる。私の体、穴だらけになりそうだ。
内心、冷や汗ダラダラしつつも無視を決め込んでいた私に男子達が新しい遊びを見つけたかのようにはしゃぎ始めた。
「よし、花森さんを笑わそう」
「それいいな! なんか芸やれ面白いの」
「俺はモノマネで勝負!」
話が妙な方向に。私は必死に聞こえないふりをしていたが、男子達がぞろぞろ私の周りに集まるのでさすがに気づいてないふりは無理だった。
一応視線はくれてやる。
「花森さん、俺達これから芸をします!」
「面白かったら、ちゃんと笑えよ!」
そうして勝手に始まった彼らのオン・ステージだったが…………。
十五分後。
「俺、心折れそう」
「もうダメだ。俺は才能ないんだ……」
「クスリともしないとはっ!」
「まったく表情変えないとか、鉄仮面か」
失礼な。あんた達の芸がまったく面白くなかっただけだ。
嫌でも目に入っていた他のクラスメイト達からも「さむーい」とブーイングが飛んでいる。
「……まあ、なんだ。お前ら修行不足だな!」
一ノ瀬君からもこんな台詞。暗にお前ら面白くねぇと言っていた。
「おーし、お前ら授業始めるぞー、ってなに床にへばりついてんだ? 花森を怒らせでもしたか」
「そんな感じでーす」
教室に入って来た柳生先生が一部の異様な光景に首を傾げると、クラスメイト達は大雑把な返事をした。
怒ってるわけじゃないが、呆れてはいます。
「うぅ……花森さんゴメンナサイ」
「もうしません」
「許して下さい」
「命ばかりはご勘弁を」
なぜ……私が悪役みたいになってる!
「花森、その辺で許してやれー。そいつらも悪気はなかったんだろ。経緯知らないけど」
柳生先生が適当に言って、解散解散! と男子を席に着かせると、何事もなかったかのように授業を始めた。
もう、頭痛い……。
やっぱり一ノ瀬君はこっちを見てくる。私が笑うまで観察を続ける気なんだろうか。私はもう、笑えないのに。
休み時間も一ノ瀬君は私についてくる。
なんだか七瀬君を思い出した。けれど彼の行動を止める人などいないので、ずーっと彼は私の隣にいるのだ。
図書室でも私が選んでいるすぐ隣で私を観察してくる。
「花森、お前誰とも話さずに本ばっか読んでっけど、本が好きなのか?」
「…………ええ」
「何の本が好きだ?」
「……特にこれといって好きなのはないよ」
「本のどこが面白い?」
「…………質問が多い」
観察してくるだけかと思ったら、今度は質問攻めにされた。私は一ノ瀬君の方を見ずに、どんどん本を選んでいく。
「俺、本ってあんま読まないけど……なんかおススメある?」
気が本へ向かった様子に彼の視線が外れたことで、私はちょっと親切心を出してしまった。本好きの私としても本を薦めるのは嫌ではない。
「……好きなジャンルはある?」
「歴史ものとか創作小説とか、冒険活劇も好きだな」
男の子らしい好みのジャンルだ。木塚君ほどではないにしろ、多くの本を読み漁ってきた私の脳内データベースがフル活動した。
取捨選択を繰り返し、選びに選び抜いた一作。
「これなんてどう?」
『アヴァン戦記』。中世ヨーロッパで起きた魔法大戦を元に組み上げたファンタジー小説だ。戦争によって村から焼け出され、両親を失った主人公が人間の身でありながら魔法使い相手に立ち向かう異色作。この作品では魔法使いは悪役として描かれるが、実際の歴史で魔法大戦を引き起こした魔法使い達は皆一様に私利私欲の為に人間を巻き込みながら戦火を広げていったので、印象は同じ魔法使いからでも悪い。
主人公のアヴァンは、最終的に人と魔法使いを和解させて平和を築くのだ。
「じゃ、それにするかな。それにしても花森、そんなに借りて全部読めんのか?」
「読むわよ。三日で」
「三日!? 五冊くらい持ってるだろ」
一日二冊読めばいいだけだ。何をそんなに驚いてるんだろう。木塚君など一日で五冊は読むぞ。奴の方が化け物だ。
「マネできねぇーな……」
マネしてたらあっという間に一人になる。誰とも過ごさないから大量の本が読めるのだ。一ノ瀬君には無理だろう。
さらに読む本を追加していると、
「花森は本読む以外になんか趣味とかあるのか?」
「ない」
「……即答かよ」
本当にない。朝起きて、授業受けて、直で帰って、勉強して寝る。その合間に本を読むのだ。他に何かするスペースはない。
「じゃ、特技は」
「本をたくさん読むこと」
「他には?」
「ない」
「……やっぱり即答」
短い会話でバッサバッサ切られていく一ノ瀬君は、唸りながら頭を抱えていた。会話が続かないからほとんどの人はそれ以上の会話は諦めて去っていく。だが、一ノ瀬君はやはりというか、くらいついてきた。
「好きな科目は?」
「魔法薬学」
「家族構成は?」
「父、母、私」
「好きな動物は?」
「猫」
またもや質問攻め。簡単に答えらえるようなものだったので答えた。でも、いい加減疲れてきたんだけど。
「……一ノ瀬君、そんなの聞いてどうするの?」
あまりにも続くものだから、逆に質問してしまった。
「なんでって、俺、お前の事まったく知らねぇーから」
「別に知らなくても困らないじゃないこんなの……」
趣味とか家族構成とか、授業で必要な情報とはとても思えない。なのになぜか一ノ瀬君は驚きに目を見張った。
「普通色々聞きたくなるだろ、友達のことなら」
「…………は?」
あれ、私いつ一ノ瀬君と友達になったの?
友達になって、とか、なろう、とか言われた? 言われたならば私は断っているはずだ。友達なんていらないと。
「は? ってなんだ、は? って。パートナーなんだろ、だったら友達じゃねぇーか」
「ち、違うわよ! パートナーは授業とか行事を一緒にやって単位を取る為のもので、そういうんじゃない」
「三年も一緒なら、もはや相棒じゃねぇーか。友達も同然だろ。……なにそんな怒ってんだよ」
わけがわからない、という顔をされる。私だってわけがわからない!
「友達って申し込むもんじゃないの!?」
「申し込む? わざわざんなことするヤツあんまりいないと思うけどな。仲良くなったらいつの間にか、そもそも最初っから友達ってこともあるさ。自分が相手を友達と思ったらその時点で友達だ」
そんなの知らない。
ここに来る前は、普通の人間だった時は、一人の事が多かったけど時々クラスの子と遊んでた。一緒に遊ぼうと誘ってくれてたから。あの子達とは友達だったんだろうか。
でも結局は、あの子達は私を恨んだ。
本当に友達だったかどうか分からない。
「変なヤツだとは思ってたが、相当変なヤツだなお前。んじゃ、お友達申し込みしとくか」
「お断りします!」
「…………なんなんだ、お前は」
一ノ瀬君は不機嫌そうに顔を歪めた。昨日と今日と、楽しんだり笑ったりした顔ばかり見ていたから急に真逆の表情をされて怯んだ。
「そんなんだから一人なんだぞ」
しかしその言葉に、ガッと私の頭に猛烈に血が上る。
「一人になりたいから、そんなんなのっ、もう構わないで放って置いて!」
持っていた本を投げつけると、私は一目散に彼に背を向けて走り去った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
本を投げられて茫然と佇んでいた一ノ瀬は、困ったように頭をかいた。
「放って置けって、無理だろそりゃ……」
一ノ瀬は、花森が借りようとしていた本を集める。彼女の借りる本は一ノ瀬にとって難しいものばかりだ。
「……友達を求めてない奴が、一人だと指摘されてあんなに怒るわけねぇーっての」
そこのところを彼女は分かっているんだろうか。
一ノ瀬は、花森に勧められた『アヴァン戦記』と一緒に、彼女の名義で本を借りたのだった。




