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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~運命のチームメイト
17/101

15 Hope 一ノ瀬 勝1





*Profil(注*高等科新1年生4月記録)

名前:一ノ(いちのせ) (しょう) 歳:15 

誕生日:8月1日(獅子座) O型

身長:172cm 体型:しっかりとしている

属性:火  能力:火を操る  武装魔法

体力:★★★★★★★★★★

速さ:★★★★★★★☆☆☆

賢さ:★★★★★☆☆☆☆☆

魔力:★★☆☆☆☆☆☆☆☆


総合評価:D


注意事項*14歳で覚醒した為か魔力が非常に低い。習得できない魔法が多数出ると予測。




 高等科に上がると同時に、今までお世話になった第一寮ともお別れだ。荷物を整理して、第二寮へ送る準備をする。


 届けられた高等科生の制服は初等、中等科と違って黒を基調としたブレザーだ。そしてその上に魔防の力が備わった黒いローブを羽織る。髪も黒い私は制服を着たら真っ黒くなってしまうだろう。

 高等科からは非常に高度な魔法を使う授業が増えてくる。その為に着用する制服も特別仕様なのだ。

 荷物をまとめ、荷運びをしてもらった私は寮母さんに挨拶をすませ、第一寮を出た。



 荷物を載せたトラックにそのまま乗せてもらって私は高等科専用の第二寮へやって来た。高等科生しか使用していないのに規模は第一寮と変わらず大きい。ヨーロッパ貴族のお屋敷のような豪奢な造りで光沢が眩しかった。

 私の部屋は一階の奥。赤い柔らかな絨毯を踏みながら新しい部屋へ入った。開けた瞬間、思わず息を呑む。第一寮より二倍は広い。備え付けられた調度品は壊したら弁償できなさそうな代物だ。電気もシャンデリアって……白熱灯とかで十分だと思うけど。

 ベッドも両手足思いっきり伸ばしてもはみ出ないほど大きい。

 ゴロゴロしていたらいつの間にか眠ってしまった。



 目が覚めたのは日がとっぷり暮れた頃。私は慌てて食堂へ夕食をとりにいった。すでに多くの生徒が食事をしており、私はなんとか誰かと隣り合わない端っこの席を見つけて座った。

 食べたら溶けてしまうようなローストビーフにビックリした。

 高等科は食べ物まで違うようだ。




 次の日の朝、卸したての制服に袖を通し、変な所はないか鏡で確認。

 ……思った通り、真っ黒な固まりになった。



 高等科の校舎は大昔の大魔法使いオルヴォン伯爵の城だと聞いていたが、実際に見るとその大きさに圧倒され動けなくなる。城の周囲は断崖絶壁でこちら側から城へ行くには魔法を使うしかない。

 転送魔法陣があるはずなので、探してみる。


 …………あれ、ないな。

 見落としたのかもしれない。もう一度、案内に書かれてある場所を念入りに探す。

 ない。どうしよう、見つけられないと校舎にいけないのに。

 困り果ててウロウロしていると、


『……クスクス』


 誰かが笑っている声が聞こえた。誰か来たのだろうかと見回してみたが誰もいない。私はかなり早く出て来たので誰かと鉢合わせる可能性は低い。

 では一体、この声はなに?


『ふふ、ごめんなさいね。新しい子にはついからかっちゃいたくなるの』


 今度はしっかりと、女性の声が響く。けれど相変わらず周囲に人影はない。怯えながら周りを見回す私に、


『ここよ、ここ。貴女の目の前にいるじゃない』


 目の前? 訝しんで自分の正面を見れば、優しげな相貌の女性が右手を天へ差し出している像がある。

 それ以外は何もない。


『あら、貴女ゴーレムを見るのは初めて?』

「えっ!!?」


 なんと、女性の像が微笑んで首を傾げたのである。驚いて口をパクパクさせている私に、像の女性は声をたてて笑った。


『面白い反応! でもこれ以上驚かせるわけにもいかないわね。初めまして可愛い魔法使いさん。私はゴーレムのレミリアよ。マスターの城……今は貴女達新米魔法使いの学び舎、オルヴォン城への道を守っているの』


 一つ一つ、頭の中で言葉をかみ砕いていく。

 ゴーレムという単語は知っていた。その多くは土で作られ、呪文がかけられた紙片に心理を意味する『emeth』を書いて貼ると意のままに操れる人形が出来上がる。それがゴーレムだ。だが、たしかゴーレムは……。


「……貴女のように感情豊かなゴーレムがいると知らなかっただけよ」

『ふふ、そうね。多くのゴーレムは魂がないから感情もないわ。私も最初はそうだったんだけど、とーっても長い年月を過ごしてきたから、魂が宿ったの。命令に縛られているからここからどこかに行くことは出来ないけど、心は自由よ!』


 像の女性、レミリアはヒョイと軽やかな動きで自分が立っていた土台の上に座った。足をブラブラさせている。

 ……本当に人間みたいだ。


「えっと……じゃあ、レミリアさん。私を校舎まで転送してくれませんか?」

『お安い御用よ。さあ、こっちに来て、この白い石台に乗ってちょうだい』


 レミリアが指示したのは、彼女のすぐ目の前にある低めの土台。私は言う通りに台の上に乗った。するとレミリアはすっと細くて白い腕を伸ばし、私の頭を優しく撫でた。


『貴女に多くの幸福が訪れますように……。苦しみから解放されますように』


 私はハッとして彼女を見た。レミリアは聖母のような優しい笑みを浮かべていた。


『祝いの言葉よ、気にしないで』


 全身が光に包まれ彼女の姿が見えなくなった時、私の口から言葉が零れた。


 ――――ありがとう。





 光が治まると、目の前に大きな城がそびえ立っていた。どうやら無事に校舎まで来れたようだ。着いた場所は広場のようで、多くの緑の中にベンチや美しい像が並ぶ噴水があった。

 足元には白の土台があり、その隣には精巧な造りの像が立ってた。こちらはレミリアとは違って厳めしい顔つきの男性だ。彼もゴーレムなんだろうかと見上げていると、鋭い目で睨まれた。


『なんだ、来たばかりだというのにもう帰るのか?』

「い、いえ! レミリアがゴーレムだったので、貴方もそうなのかな、と」


 こ、怖い! 顔もそうだが声も低くて人を圧迫させる威力がある。


『行きがあれば帰りもあろう。俺はベンゼル、この転送門の番人であり魂の宿りしゴーレムだ。……さあ、分かったのならさっさと城へ入らんか!』

「はい!」


 気迫に押されて、普段出さないような大きな返事をして走って広場を駆け抜けた。

 さすが、元大魔法使いの城、摩訶不思議なもので溢れている……。



 城に下駄箱はなかった。景観を損なうからだろうか。このまま入っていいのか迷っていると、メイド服を着た女性がタオルを差し出して来た。

 拭けという事だろうか?

 受け取って丁寧に靴底を拭くと、彼女は両手を差し出してくる。タオルを返してみた。正しかったのか、タオルを受け取るとそのままホールの奥へと消えていく。

 彼女は恐らくゴーレムだ。ただし、レミリアやベンゼルのように魂が宿っていない従来のゴーレム。

 よく見ればあちらこちらに、ゴーレムの姿が見える。彼らがこの高等科校舎の用務員であるようだ。城の用務員……ちょっと違和感。

 初等科や中等科では教師や生徒が自分で掃除などをしていたが、高等科生は魔物討伐依頼や、錬金術の研究などで忙しくなるそうなので、彼らがいないと不便なのだろう。

 ホールから二階へ上がる為の大きな階段の横にある掲示板にクラスが張り出されていたので確認した。

 私のクラスはD組だった。

 癖で木塚君と七瀬君、瀬戸さんの名前を探してしまう。

 D組には……いない。ほっとする。

 C組……瀬戸さん、B組……七瀬君、A組……木塚君。どうやら全員バラバラのようだ。瀬戸さん、また七瀬君とクラスが分かれて落ち込むだろうな。

 彼らのクラスを確認し終え、今度は教室の場所を探した。場所は、中央塔四階東側。

 …………どこだ。

 ルート案内がどこにもない。とりあえず上に上がってみようと踵を返すと――


「うわっ!?」


 無言で佇むメイドゴーレムが。

 彼女はすっと白い腕を上げて手のひらを上に返す。その手のひらの先はすぐそこにある中央階段。

 案内をしてくれるのだろうか。彼女が階段の方へ歩き出したので私は慌ててついていった。

 しかし、気配なく後ろに立つのは勘弁して欲しい……すごく怖い。



 彼女の案内もあって、私は無事『一年D組』というプレートがかかった教室に辿り着けたが、もう帰る自信がない。

 ここまでどうやって来たんだっけ……。

 席順表はなかったので、私は一番後ろの窓際の席に勝手に座った。窓からは広大な野山が一望できる。これらすべてがオルヴォン伯爵のものだったというのだから、驚きだ。伯爵の身分だけでは手に入れられない規模だから、魔法使いとしての功績の方が大きかったに違いない。

 そうして、ぼーっと外を眺めている間にどんどんクラスメイトは増えていき。一時間後には初めてのホームルームの時間を迎えた。



「えー、ゴホン。今日からお前ら一年D組を受け持つことになった。担任の柳生 義経だ。大学卒業したばっかの新米教師だが、まあ、よろしくな。ちなみに親しみを込めてよっしー先生と呼んでくれてかまわないぞ!」


 長い黒髪を一本に縛った新担任の柳生 義経先生は、容姿の整った美麗な顔をしていたが、その笑顔はとても親しみやすいものだった。

 七瀬君に続いて女子に人気が出そうな先生だ。


「最初は定番の自己紹介といきたいところだが、だいたい同じ顔だし、今回はいいよな? 知らない奴がいたら後で個人で聞いとけ。それよりなにより、今紹介しないといけない奴がいる。――なんと、高等科での編入生だ」


 クラス中で驚きの声が上がった。高等科での編入生は希少中の希少、もはや珍獣だ。皆が興味津々になるのも頷ける。

 柳生先生は、皆の反応が嬉しいのか楽しそうに笑った。


「ふっふっふー、そうだろうそうだろう、驚くよな。俺もこの目で二回見ることになるとは思わなかったさ。……では、登場してもらおうか。入って来い、一ノ(いちのせ) (しょう)!」


 クラス中、大注目の中、名前を呼ばれた編入生は……入ってこなかった。

 あれ? と思っていると、柳生先生はなぜか今度は泣き崩れた。


「聞いてお前達! 一ノ瀬君ったら酷いんだよ、もう一から十まで教えたのに全然魔法覚えてくれなくて、今日が編入日だったのに予備宿舎の試験が突破できず、こんなことに……」


 高等科から編入となると覚えなければならない知識と技術は大変な数だろう。柳生先生が、頑張って教えたようだが一ノ瀬君とやらは、なかなか覚えてくれなかったようだ。

 ……どうするんだろう。


「とりあえず、今日は無理だが、夕方に行われる試験で通れば明日紹介できる。……先生、頑張るから」

「がんばれ、先生!」

「くじけるな先生!」

「やればできるぞ、よっしー先生!」


 生徒達に励まされ、立ち上がった柳生先生は晴れ晴れとしていた。

 …………このクラス、なんだかノリがいいと思ったら初等科六年の時の元C組生が多かった。



「さて、気を取り直して次はこれからの学校生活において大変重要なアイテムを渡す」


 そう言って、柳生先生が箱から取り出したのは、新しいアンチブレスレットだった。渡されてから気が付いたが、このアンチブレスレット、中央部分に丸い無色透明の宝石がついている。


「全員受け取ったなー? それは高等科生専用のアンチブレスレットだ。アンチブレスレットは生徒の魔力を抑えて不用意に魔法が発動しないように抑制する装置、および生徒の位置を把握する為のものだということは知ってるだろう。だが、新しいブレスレットには、また違った機能が一つ追加されている。中央の無色透明な宝石があるだろ? それは運命石っつってな、装備した相手の『今、もっとも必要な人』の名を映し出す」


 今、もっとも必要な人?

 そんなのを映し出して一体どうするというのか。


「その相手と今後この三年間、パートナーとして一緒に活動してもらうことになる。実は高等科ではクラスで勉強する時間があまりない。どちらかというと魔物討伐や選択、特別授業の方が多いんだ。それらの授業を共にするのはもちろん、後に控える魔法バトルトーナメントや文化祭まで一緒! 高等科は単位取得制だから、うまくパートナーと協力して単位を貰っていくことが大変重要なことになる」


 高等科の三年間をずっと一緒に?

 私の体は……震えていた。今までずっと一人だった、誰かと関わりたくなくて逃げてきたのに、どうしてこうなるんだろう。

 アンチブレスレットの宝石を見る。この無色透明の宝石に誰かの名前が映し出される。私はきっと、その人に嫌な思いをさせてしまうだろう。

 …………頭がクラクラする。


「さーて、皆お待ちかね。自分の運命のパートナーを見つけちゃおうじゃないか! 全員そうちゃーく!」


 柳生先生の掛け声で、皆が面白半分にアンチブレスレットを付けていく。宝石が輝いて、無色透明だった宝石に文字が浮かび上がっている……ようだった。

 友達だったのか喜ぶ子もいれば、微妙な顔をしている子もいる。


 私は――――まだつけられていない。


 周りを見回してみても私を見ている人はいないから、クラスの中に私の名前が浮かんだ人はいなかったのだろう。

 今頃、別のクラスで私の名前が浮かんで、ガッカリしている人がいるんじゃないかと思うと気が重い。


「ん? なんだ、うまくつけられないか? しょうがないな、俺が特別につけてやろう!」


 いつの間にか近くに来ていた柳生先生に、ブレスレットを付けていないことがバレ、無理やり装着されてしまった。

 ――――宝石が輝く!

 ぐっと、目を閉じてしまった。見たくない。

 柳生先生に何か言われるかと思ったが、なんだか静かだったのでブレスレットを見ないように顔を上げてから目を開けた。

 柳生先生が、なぜか困った顔をしている。


「あー、なんというか、すまんな。たぶんきっと、いや絶対に今日の試験で合格させて、明日引っ張って来るからな!」


 安心しとけ! と言って柳生先生が離れていった。

 …………今日の試験、合格させて、明日引っ張ってくる。

 この単語で、なんとなく分かってしまった。宝石に浮かんだ、私の『今、もっとも必要な人』。高等科の三年間を共に過ごす、運命のパートナー。


 ――――一ノ瀬 勝。宝石にはそう描かれているに違いなかった。








 彼も編入そうそう、私なんかと一緒になることになってハズレクジを引いちゃったね。と心の中で自嘲気味に笑いながら、私は教室を出た。

 今日はホームルームのみなので、時間が開く。さて、気分転換に第三図書室に行こうかと考え、道を教えてもらうためにメイドゴーレムを探していると、


「おーい、ちょっと待て、花森!」


 振り向くと柳生先生が走ってくる。何か用だろうか。


「今日これから暇だろ? 今から俺と一緒に一ノ瀬に会いに行こう」

「…………すごく忙しいです」


 まだ、心の準備が出来てない。そそくさと逃げようとしたが、がっちりと腕を掴まれてしまった。


「んなわけないだろ~~、先生に嘘ついちゃいけません。あいつもきっと女子の応援があった方が試験も頑張れるだろ!」

「いえ、それこそ私なんの力にもなれませんから。って、ちょ、ちょっと放してーー」


 問答無用。

 嫌がる私を引き摺って、柳生先生は予備宿舎に向かって歩き出してしまった。



 いくつの転送陣をくぐって来たか分からない。いつの間にか、私は懐かしい予備宿舎の前に立っていた。

 もうここまで来たら腹を括るしかない。

 腹に力を込めて、私は足を前を踏み出した。


 ここに居たのは五年ほど前だが、中は結構覚えていた。この教室で勉強して、こっちの方にある中庭が綺麗でお気に入りだったから、そこでお弁当を食べて、そうそうこの辺りに私が魔法で失敗した傷が!

 懐かしい気持ちに浸りながらも、私の緊張はどんどん上がっていく。

 なんて挨拶しよう。どんな顔をしたらいい。

 …………笑顔って、どうやるんだっけ?


 もう全部が忘却の彼方だ。人付き合いの方法など私の中にない。


「お、いたいた一ノ瀬ーー! なんだ、お前外にいたのか」


 教室の窓から身を乗り出して柳生先生が彼の名を呼んだ。思わず後ろに下がった私の腕を柳生先生が引っ張って、すぐ隣につけた。

 正面を見れば、私がかつてお気に入りにしていた木々の木漏れ日が綺麗な中庭が広がる。その中央にある木の下に彼、一ノ瀬 勝はいた。


 目に飛び込んだのは燃えるような真っ赤な髪。

 一ノ瀬君は、柳生先生に気が付くと立ち上がった。


「よっしー先生、今日は来るの早ぇーな。授業は?」

「今日はホームルームだけだ! お前が心配だったんで早く来てやったんじゃないか。で、どうだ合格できそうか?」


 こっちに歩いてきながら会話していたが、柳生先生が問いかけると一ノ瀬君はピタリと止まった。なぜか目が泳ぐ。


「いーちーのーせーく~ん、どうなのかなぁ?」

「筆記はギリで多分大丈夫! ……実技は……実技書また燃えたけどなんとかなる!」

「お前な! また実技書消し炭にしたんか! なんとかなる、じゃねーよ!」


 実技書は、最初に魔法を使う時に補助として使用するものだ。術を安定させ、コントロールしやすくする。それを消し炭にするとは、相当な魔法ベタのようだ。


「ところでよっしー先生、そいつ誰だ?」


 気が付けば近くまで来ていた一ノ瀬君と目があった。彼の目は、切れ長の黄金の瞳だったが、不思議と怖い印象は抱かなかった。精悍な顔つきの、しっかりとした体格をした男の子だ。


「お前のクラスメイトにして、高等科三年間を共にすごすパートナーだ。はい、自己紹介!」


 急に振られて戸惑いながらも、声が上ずらないように必死に言った。


「は、花森 李。風属性の魔法使い……」

「…………あれ、それだけ?」


 それだけです。

 柳生先生になんかないの? という目をされたが無視。


「俺は去年魔法使いになったばかりの一ノ瀬 勝だ。属性は火、得意科目は体育、特技は頭突きで岩を破壊すること」

「頭突きで!?」


 ハッ、しまったつい突っ込んじゃった!

 隣に柳生先生が腹を抱えて笑っている。……そんなに笑わなくても……。


「生まれつき石頭なんだよ。それにしてもそういうことならやっぱ、今日合格しねぇーとな」

「そうだぞ一ノ瀬、お前が落ち続けるとこの花森さんが困るんだからな!」


 ぐいっと私を一ノ瀬君の前に押し出す。ヤメテ、チカイ……。


「よし、気合入った! えーっと、花森サン? だっけ、絶対今日合格してみせるからな」


 そう勇んで彼はどこかへ走って行ってしまった。


「よし、俺もあいつの実技見てやらないとな」

「では私はこれで……」


 ガシッ。

 ……肩を掴まれた。


「も・ち・ろ・ん。試験も見てくだろ?」

「…………はい」




 筆記試験は、なんとか合格した。

 問題は、実技試験だ。試験は広い運動場で行われる。

三人の試験管と見守る柳生先生、そして私はトラックの外側に待機。運動場の中央に一ノ瀬君が立った。

 試験内容は、火を操って遠くの的に当てること。ただ、それだけだ。最初は結構難しいがコツさえ掴めば誰でもできる。


 一ノ瀬君の周りに魔力が広がり始め、そしてだんだんとそれが火の粉に変わり、彼の周囲を巡るように炎の帯が広がっていく。


「……よし、ここまでは順調」


 柳生先生は、心配で黙っていられないのかブツブツ呟いている。私の目にも今のところ異常は見られない。

 このままいけば、ちゃんと的に当てられるはず……。

 そう思ったが、やはり事は上手く運ばないようで、急に魔力の流れに乱れが出始めた。方向性を見失った炎があちらこちらに飛び散っていく。

 一ノ瀬君は必死にコントロールを得ようとしているようだが、流れに引っ張られて態勢を崩している。


「うわ、やっぱダメか!?」


 焦りの色が広がる。

 試験管がこれ以上は危険だと、中断を呼びかけるが一ノ瀬君はなぜか聞かない。


「おい一ノ瀬、聞こえないのか!? これ以上は危ないから火を止めろ!」

「――――絶対、嫌だ!!」


 まさかの拒否発言に、全員が唖然。

 彼は未だに必死になって炎を抑え付けていた。意地でも的に当てるつもりらしい。


「今日、絶対合格する! 約束したじゃねぇーか」


 そんなの危険と比べたらどうでもいいことじゃないか。意地で大怪我とか笑い話にもならない。思わず私は叫んでいた。


「また次でいいよっ、早く火を消して!」

「ダメだ、ここで止めたら俺、次も絶対できねぇー気がする!」

「気のせいっ!」

「気のせいじゃねぇー!!」

「頑固者っ!」

「頑固者で結構だ!」


 なぜか口喧嘩になってしまった。

 感情的になってしまい、はーはーと息をつきながら彼を睨むと、なぜか彼は笑った。


「俺の辞書に、諦めるって文字はない!」


 馬鹿だ。アホだこの人。

 一気に気が抜けてしまうと、彼の炎がなぜか上の方に上っていることに気が付いた。

 ……あれ、これってもしかして。

 ルール違反かもしれない。だがこのままだと彼は意地でも止めなさそうだ。やろう。


「一ノ瀬君! 右手を前に、左手を上に!」

「へ?」

「いいから、早く!」


 戸惑いつつも私の言う通りにした一ノ瀬君の周囲の炎の流れが変わった。安定し、ぐるぐる旋回している。

 ほとんど感だったけど、うまくいってよかった。


「なんだ、なんであれだけで安定する……」

「一ノ瀬君、たぶん両利きです……魔力の放出の仕方が左右で均一なので、逆に従来の教え方だとバランスを失うんじゃないでしょうか……」


 右利きなら自然と右手から放出する魔力が強くなる。左利きは逆。どちらか片方が強い魔力を発するので、普通は魔力を安定させるのに両手を前で組む。彼は安定させようとそういう態勢をとっていたのだ。

 もともと左右の魔力バランスが均一なのに、両手を組んだらどちらも威力が負けないので反発しあって更に悪状況を生む。


「でかした、花森! 一ノ瀬、的に当てろ!」


 魔力が安定し、集中した一ノ瀬君はすごかった。一撃で的を吹き飛ばすと、跡形もなく消し炭にしてしまったのだ。

 コントロールは下手だが、威力がすごい。


 やりきった一ノ瀬君は、魔力が切れてしまったのかその場に仰向けに倒れてしまった。


「花森、一ノ瀬頼む。俺は審査員と審議するから」


 当然だろう。私のアドバイスは本来ならやっちゃいけないことだ。

 私は一ノ瀬君の様子を窺いに傍まで寄った。ぐったりしているが呼吸は安定しているので少し休めば立ち上がれるだろう。


「……余計なことしたかな」

「いーや、すげぇ助かった。おかげで的に当てられた」

「でも、落ちたかも」

「それでも助かった。お前のおかげでコツ掴んだし、今回ダメでも次は絶対受かる!」


 一ノ瀬君はにぃっと自信満々な笑顔を向けてくる。

 どうしてそんなに自信に満ち溢れていられるんだろうか。彼の天真爛漫さが羨ましい。


「一ノ瀬、合否決まったぞ!」


 審査員の先生方を連れて、柳生先生がやって来た。一ノ瀬君は辛いだろうに半身を起こして結果を待った。

 しばし緊張の沈黙。


「一ノ瀬、お前の魔法コントロール能力は残念だが基準値に達していない」


 その言葉に一ノ瀬君は、苦しげに顔を歪めた。

 やっぱりダメか……。


「けど、一言のアドバイスだけで持ち直し、的に当てられはした。だからまぁ、花森が一緒なら問題ないだろってことで、一ノ瀬、明日から高等科で授業だ!」

「それはつまり……」

「合格だ。すごくおまけ入ってるが、合格!」


 柳生先生の力強い、合格の言葉でようやく一ノ瀬君は試験を突破したことを理解したようだ。呆然としていた顔から一遍、満面の笑みで、


「よっしゃー!」


 と、叫ぶとゴロンと仰向けに転がった。バタバタしてる。

 子供みたいだな……と苦笑しながら、私はようやく帰れるとその場を立ち去ろうとしたが、背後から一ノ瀬君に呼ばれて立ち止まった。


「ありがとな」

「……いいよ、そんなの」

「でもあれはお前のおかげだ。俺、お前とパートナーになれて良かった!」

「………………え?」


 聞き慣れない、ありえない単語が聞こえた気がした。

 ゆっくりと振り返る。一ノ瀬君が、転がったまま私を見ている。……笑顔で。


「きっと、俺がお前を必要としたから、パートナーになったんだな」


 その言葉は夢のようで。幻みたいで。


 私が必要なんてことない。いつかはきっと一ノ瀬君は自分で出来たはずだ。早いか遅いかの話だ。

 だから、だからそんなこと言わないで。

 私はまた、間違える。



 『僕と友達になってください』



 遠い日の記憶。優しい笑顔で、私に手を差し伸べてくれた男の子。

 彼のように、間違えて失ってしまうのなら……私は――――。


 彼の顔をそれ以上、見ていられなくて。

 私は情けなくも、その場から走って逃げた。


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