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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
Escape 初等科~中等科編
14/101

13 Escape 七瀬 いつき3

 次の日、瀬戸さんは寝坊した。揺さぶっても声をかけても転がしても起きない。こんなに朝に弱い人だとは思わなかった。

 しかたがないので七瀬君にモーニングコールを頼むと、電話越しの声一撃で覚醒した。さすがだ。



「なれない布団であんまり寝つきがよくなかったの……だからちょっと寝坊しちゃった」

「そっか、枕変わると寝られない人っているよね。ゆんちゃんは繊細なんだねぇ」

「……ええ、花森さんったらあっという間に寝ちゃってるし」



 それはすみません。大変疲れていたもので。



「それにしても、いつき君は朝平気なのね?」

「寝起き悪そうに見える? こう見えても朝強いよー。なにせちょっと前まで朝の新聞配達とか牛乳配りしてたからね」

「それって、アルバイトしてたってこと? ちょっと前って言ったらいつき君、小学生じゃない!」



 瀬戸さんが、驚愕に目を見開いた。私も少し驚いた。外見からして朝からアルバイトに励むように見えない。



「アルバイトというよりお手伝いかなぁ、小学生だし。うち母子家庭でねぇ、貧乏すぎてちょびっとのお金でも結構助かってたからさ」

「そ……そうなの。苦労してるのね……」



 初等科一年から至れり尽くせりのアルカディア寮にいる瀬戸さんには、想像を超える話だったのだろう。言葉に身が入っていない。

 私も瀬戸さんも口を閉ざしてしまい、重い空気になってしまったのを散らすように七瀬君は両手をヒラヒラさせておどけてみせた。



「貧乏だけど幸せだよ! お母さんは美人で優しいし、妹達は可愛いしね。さ、二人とも笑って笑って、可愛い顔が台無しだよ!」



 可愛い顔と言われて瀬戸さんは赤くなり、私は仏頂面になる。見事な対比。

 七瀬君は瀬戸さんの手を引いて、ようやく私達は目的地へ歩き出したのだった。ちなみに七瀬君は私にも手を差し出して来たが、私は両手を前に出して結構ですと無言アピール。一人で歩けるし、それになりより瀬戸さんの目が怖かったので。



 田舎の舗装されていない土埃舞う道をオンボロバスで揺られること一時間。獣道を徒歩で進むこと更に三十分。そろそろ瀬戸さんが何か言いそうだと思った頃、目的の廃屋に到着した。

 周囲は木々に囲まれている為、薄暗く今まで通って来た道にはあった野鳥の鳴き声が止み、異様な空気が漂っている。

 肌がゾワゾワと泡立った。魔法使いが感じる独特の瘴気の感覚。魔物の気配だ。

 草木に浸食されつつある廃屋は今にも崩れそうなので、慎重に中を窺う。タタタタタ……とネズミが走り回るような軽い足音が奥から聞こえてきた。

 依頼主からの話では魔物は小型とのことだったので、そいつかもしれない。瘴気が溜まっている場所は感が鋭い動物達は近づかないのだ。


 盾を右腕に装着した七瀬君を先頭に、瀬戸さん、最後に私。瀬戸さんの武器は赤いルビーのような宝石のついた指輪で、魔物に近づかれた場合、咄嗟に攻撃出来ない為、彼女を真ん中にした。彼女は典型的な詠唱系魔法使いなのだ。

 私はまだ鞭の扱いに慣れていないが武器での素早い攻撃は三人の中では私しかできないので、頑張るしかない。


 一応、大まかな作戦は私が鞭で魔物を牽制しつつ翻弄し、七瀬君が詠唱する瀬戸さんを守って、トドメは彼女にさしてもらうことになっている。魔法攻撃力が一番高いのは瀬戸さんなので私や七瀬君が魔法を使うよりは、より確実に仕留められるだろう。


 抜けそうな床をゆっくりと進み、奥の和室に入ろうとした所で七瀬君が止まった。ここから瘴気がより色濃くなっている。穴だらけの障子から和室を覗くと、暗がりにサッカーボールほどの大きさの丸いものが動いていた。

 目標を確認した私達は、一度深呼吸。さすがに緊張してきたのか、瀬戸さんの顔が青くなっていたが、七瀬君が気を使って肩を叩いた。

 鞭を握る手が汗ばんでじとじとする。すっぽ抜けないように気を付けないと。

 私は七瀬君と瀬戸さんを交互に見た。……ゆっくり頷き、準備ができたことを知らせる。中腰の姿勢から一歩前へ踏み出し一気に駆ける!


 手首をしならせ、鞭を振るうとヒュンという風を切る音と共に畳を叩く音が次いで聞こえた。

 外した。

 だが、仕留めるのが私の目的ではない。後ろで詠唱をする瀬戸さんの所へ魔物を近づけさえしなければいい。

 私の周囲に地属性の色を示す黄色の魔法陣が出現する。七瀬君の防御魔法だ。これなら多少魔物に攻撃されても無傷で済む。

 小さい体を活かしてちょこまか動く魔物を見失わないように鞭を振るうのはなかなか労を要した。だが、私の頑張りが効いたのか、魔物はジリジリと後ろへ下がっていく。

 私はちらりと後ろを見る。瀬戸さんの周囲には幾重もの魔法陣が現れ魔法が組み上がって行っている。彼女が使うのは召喚魔法だ。使える魔法使いは極々僅かで、大変貴重な魔法である。それゆえに扱いがとても難しく、中等科生が召喚魔法を使うには暴発防止の魔法陣を別に詠唱しなくてはいけない。見た所、暴発防止の魔法陣を詠唱し終えたようだ。

 後は、彼女と契約している精霊を召喚するだけ。


 瀬戸さんの体が淡い桃色の光に包まれていく。



「開け『ポルタ』我が声と魔力に応え、姿を現わせ。――華麗に戦いなさい、弓引く乙女ライア!」



 高らかな詠唱の声と共に大きな魔力の流れを感じた。瀬戸さんが握っていた魔力石が砕け、その光の粒が桃色の光と合わさり徐々に人の形を成していく。

 召喚魔法は、召喚対象に術者の魔力を与えることで姿を現わす。砕けた魔力石は事前に瀬戸さんが魔力を固めておいたものだ。一度の召喚で多くの魔力を消費する為、魔力切れを防ぐために、前々から魔力石を作っておくのが召喚魔法の大前提となる。


 弓引く乙女ライアは百発百中の弓の腕を持つ女戦士だ。精霊図鑑で見たことがある。地の大精霊ノームの眷属で召喚ランクはC、なかなかの精霊だ。

 いくらあの魔物がすばしっこくても、必中の腕前を持つライアならば仕留められる。引き絞られた弓が、標的を捉え疾風のごとく弓が飛ぶ。

 弓は魔物の体を貫き、甲高い断末魔と共に魔物は黒い霧となって散った。


 ……終わった。

 瀬戸さんはライアを送還すると、ヘタリとその場に座り込んでしまう。怖かったのだろう、手が小刻みに震えていた。

 私の鞭もつるりと滑って畳に落ちてしまった。手汗がすごい。



「花ちゃん、ゆんちゃん、俺ちょっと周り見てくるね」



 他に魔物がいないか見る為、七瀬君が瀬戸さんの傍を離れた瞬間だった。私は視界にそれを捉えた瞬間、もう走り出していた。鞭は手元から落としたまま、行ったら危険だと分かっていたけど、考えるより前に出た足は止められない。

 七瀬君の防御魔法はもう――切れている。



「瀬戸さんっ!!」



 瀬戸さんを思いっきり突き飛ばした次の瞬間、私の後頭部に激し痛みが走り、そのまま私はうつ伏せに倒れ伏した。


 ――魔物がまだ、他にいたのだ。天井に張り付いて様子を窺っていた。私達の中で一番魔力が高いのは瀬戸さんだった。だからそれに惹かれて瀬戸さんを狙ったんだろう。


 目の前が真っ暗になる。七瀬君の必死に呼ぶ声が遠く、遠く離れていく。


 ……ここで……終わるのかな……。


 私の意識はそこでプツンと切れた。











 目を開けると視界には真っ白な天井。そして薬品の臭いが鼻についた。



「ここ……は……?」

「! は、花ちゃん!?」

「――花森さん!?」



 働かない頭でぼーっとしていると、泣きそうな顔の七瀬君と青い顔をした瀬戸さんが覗き込んできた。



「花ちゃん、花ちゃん良かった起きた! 目が冷めなかったらどうしようかと……」



 ボロボロ涙を流す七瀬君の涙の滴が顔に当たって冷たい。瀬戸さんは、私の傍を離れると、カーテンを開ける音を立てた。



「先生! 花森さんが目を覚ましました!」



 バタバタと周りが騒がしくなる。

 白衣を着た壮年のおじさんが、目を調べたり首に手を当てたりして私の体調を確認した。



「花森さん、どこか痛むかい? 気持ちが悪い所は?」

「……後頭部がちょっと……他は大丈夫です」

「そうか、良かった。魔物にやられてここまで回復させるとは、さすがに現代医療も魔法には敵わないな」



 魔物にやられた……。そうか、私、瀬戸さんを庇ったんだった。半身を起こすと後頭部の痛みが増す。



「起き上がっちゃダメだよ、花ちゃん!」

「花森さん動かないで!」



 二人が悲鳴に近い声を上げた。七瀬君にそのまま寝かせられてしまう。



「……あの後、どうなったの? 魔物は?」

「俺の盾でいったんしのいで、花ちゃんを担いで外に出たんだ。先生に連絡して、救急車と援護を頼んで、たまたま近くで依頼をこなしてたチームに討伐を手伝ってもらったんだ」

「あなたの頭、木塚君が治療してくれたのよ」



 思いがけない名前に私は瞠目した。

 木塚君? 木塚君が私を助けてくれたの?

 魔物に与えられた傷は瘴気を含むため、普通の治療では回復しない。どうしても治癒魔法が使える魔法使いに頼らざるを得なくなるのだ。



「しばらくはここで入院してもらうよ。必要なものは学校から届けられるから心配しなくていいからね」



 頭に包帯を巻きなおされ、鎮痛剤を飲んだ私は、薬の副作用かそれとも疲れからか、溶けるように眠ってしまった。


 どこか遠くで、七瀬君が『守れなくて……ごめん』と言った気がした。






 半月ほどの入院で私は退院することが出来た。

 木塚君には……直接会いに行く勇気がなかったので手紙でお礼を言った。退院後のクラスの雰囲気は変わらない。私がいてもいなくても変わらない。

 ただ少しだけ七瀬君がよそよそしくなり、少しだけ瀬戸さんの私を見る目が優しくなった。





 時間は流れ、私は二年に進級した。瀬戸さんとはクラスが離れたが七瀬君とは今年も一緒だった。けれどあれ以来、彼が私に近づくことはあまりない。今日もクラスの女子に囲まれて楽しそうにしている。

 私は相変わらず一人だ。




 代わり映えのしない日々が過ぎ去り、気が付けば私は中等科を卒業していた。

 いくつものわだかまりと、後悔と、諦めの中、私は運命の瞬間に出会う高等科生になる――――


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