12 Escape 七瀬 いつき2
「なぜ、なぜなんだ!」
開口一番、そう叫んで七瀬君は頭を抱えて蹲ってしまった。
ただ、先生に、
『七瀬君、どこ行くの。今日のプールの授業は女子で、男子は明日だよ』
と、言われただけだ。
七月も半ば。暑い日が続き、アルカディアでもプール開きが行われた。今日は今年初めてのプールの授業がある。女子の。
「どうして一緒じゃないの!? 夏は女子の水着姿を堂々と拝められる唯一の季節だっていうのに。太ももの付け根から足先までじっくり見られるのに!」
「はいはい、七瀬君、変態な発言はそこまでねぇー、女子が困ってるからね。男子は体育館でバスケだよぉ」
何事にも動じない、中等科一年A組担任は、ずるずると七瀬君を引き摺って行く。女子は一様に自分の足を見ていた。
彼女達の目は燃えていた。
…………腐ってもイケメン、ということなのか。
『嫌だぁーー汗臭い男子と一緒にバスケとか嫌だぁーー!!』
遠くから七瀬君の悲鳴が聞こえる。
女子に囲まれていないと生きていけない系男子である七瀬君は、男女別の体育の授業が嫌いなようだ。
私が水着に着替えると、ものすごい脚を見られたけど気にするまい。
広々としたプールサイドで水泳の授業が始まった。
実は私、運動神経は良い方だ。教室で本ばかり読んでいるから勘違いされがちだが、幼い頃から走って鍛えていた脚を含め、そうそう感は鈍らないらしい。
だからといってぶっちぎった泳ぎはしないが。目立ちたくないし。
ぷかぷか浮いて楽しむプールの授業を終えて、女子達はすっきりとした顔で教室に戻ったが、汗まみれで教室に打ち上げられたトドのように転がっている男子達に女子は顔を引き攣らせたのだった。
ちなみに七瀬君は、しっかりとシャワーを浴びていたらしい。
* * * * *
夏の暑さが過ぎ去って、涼しい秋が到来した頃、私はここ一番の緊張の瞬間を迎えていた。
鋼の固まりに風魔石の粉をふりかけ、鍋で煮詰めた魔法水の中にゆっくりと沈める。呪文を込めた紙片の先をアルコールランプで焦がして、千切って鍋に投入。
かき混ぜすぎても、かき混ぜしなさ過ぎてもダメ。
魔法水の色が鈍色と緑色に螺旋状の形に鍋を一周したら火を止める。
少し冷えて固まってきたら、最後の仕上げ。
「我が魔力と、魂に刻まれし形を戦うべき姿に。――――アルマ!」
この詠唱は人によって若干違う。魔法は術者のイメージ力によって差が出る為、自分で想像しやすい言葉を選んで作るのだ。
私はほとんど教科書通りの定型文を使う。安定しやすいから。根っからのマニュアル人間らしい。
詠唱に乗せた私の魔力が鍋を包み込むと、私の属性である風を示す緑色の光が発光し、しばらくすると消えた。
恐る恐る鍋の中を覗き込む。
…………私は無言で鍋の中に出来上がったモノを掴みだした。
「花ちゃーん、できたぁ? って鞭!?」
向こうの方で女子達とキャッキャ楽しんでいた七瀬君が目ざとく私の所へやって来て、手にしていたモノ……黒光りする鞭に目を丸くした。
ただ今、錬金術の授業中。十月の末に行われる初の魔物討伐実習に使用する為の武器を錬成していたのだ。自分の身を守る武器は、己の魔力と魂で創る。
魔力は人それぞれ、指紋と同じように皆違う形をしている。魂も同じ。だから錬成してできる武器も全員違う。剣を錬成する人は多いが、形状も能力もバラバラだ。
しかしなんだって、黒革の鞭ができちゃったのか。
私の魔力と魂の形は攻め系だとでもいうのか。
「なんか、高笑いしながら鞭振り回す花ちゃんが……」
「――想像しないで!」
間違ってもそんな趣味はない。
だがなぜか七瀬君は嬉しそうだった。熱くもないのに頬が赤くなっている。
……嫌な予感。
「――――花ちゃんの美脚になら踏まれてもいい! いや、むしろ本望!」
「ぎゃああぁーーー七瀬、ちょっと待てもう少し踏ん張れ、ティッシュ緊急出動っ!」
私の隣で錬成作業していた男子生徒が七瀬君の変態発言を聞きつけてティッシュを緊急要請。結果、彼のおかげで七瀬君の白い制服に赤いシミはつかなかったが、錬成途中で気がそがれたせいか、彼の出来上がった武器は…………ティッシュだった。
もちろん、彼は後でやり直して立派な剣を錬成した。
授業の最後に錬成した武器を発表したのだが、私の鞭を見た瞬間、全員が微妙な顔。鞭を創ったのは私だけで後は基本的な剣や杖、槍などで変な飾り物がついていたり、形状が個性的なものもあった。その中で目を引いたのが、
「いつき君のって、盾……だよね?」
「うん、なぜか盾ができあがっちゃったんだよねぇ。失敗しちゃったかな?」
盾を取り出して皆に見せた七瀬君に女子が首を傾げた。
失敗では多分ない。非常に珍しいが、相手を傷つけるものだけがその人の持つべき武器とは限らない。守ることこそが戦い、そう考える人にできあがる武器の一つとされている。
「失敗じゃないよ、きっと! いつき君は優しいから、盾ができたのね」
「ありがとう、さよりん。それに皆が親身になって俺に錬成を教えてくれたからなんとかできたんだ」
「まあ! そんなことないわよ」
「そうよ、いつき君の実力だわ!」
七瀬君ハーレムが喧しい。私は無意識に鞭をしならせてしまった。本当に七瀬君は女子のおかげで授業を難なくこなしていると言っても過言ではないほど魔法の知識をあまりもっていない。予備学舎で叩きこまれるはずの知識が入っていないのだ。編入前にちゃんと覚えたかどうかテストもするし、知らないはずはないんだけど……。
考えている途中で鐘が鳴ってしまったので、私は気持ちを切り替え席を立った。
* * * * *
十月の末、私達の多くは編入してから久しぶりに学校の広大な敷地の外へ出た。魔物討伐実習を行う為だ。
『魔法使いは、人的被害を及ぼす魔物を討伐する義務がある』と法律に定められている。魔物を倒せるのは魔法使いだけであるし、当然だろう。将来どんな職種を選ぼうとも基礎的な魔物討伐技術は身につけておかなければならない。
学校から出発する前、討伐チームをクジ引きで決めた。どんな人とチームを組むことになっても輪を乱さず迅速に行動できるかを見る為だ。
私のチームは…………七瀬君と瀬戸さん。
クジを持つ手が震えた。引きが悪すぎるよ私!
七瀬君と一緒になれて嬉しいのか瀬戸さんは上機嫌だ。だが私と目があった瞬間、ふんっと顔を反らす。分かりやすい反応だ。
魔物討伐実習は、実際に依頼を受ける所から始まる。討伐依頼書を見て、自分にあったランクのものを選び、現地に赴き依頼者と詳しい話をしてから実際に魔物の討伐を行う。そして最後に報酬を貰うのだ。
私、七瀬君、瀬戸さんは中等科中央校舎にある依頼斡旋室でパソコン画面と睨めっこしていた。ここでは中等科生が選べるランクA~Fまでの依頼が集まっている。色々検討した結果(だいたい瀬戸さんが決めてしまったが)、千葉県のとある場所にある廃屋に小型の魔物が住みついているので討伐してほしいという内容のものだった。
魔物は人がいない所や、負の思念が溜まるような場所に出現しやすい。だいたいの魔物は魔力を欲してこちらの世界へ出てくるので、魔法使いに覚醒していない普通の人ならば近づかなければ襲ってくることはないが、留まられると負溜まりが発生し、魔物が魔物を呼んで増えるケースが多い。
小型でも群れると危険だ。
依頼受諾申請書を受け付けに提出した私達は、それぞれに出発の準備をすることになったのだが、
「千葉楽しみね、いつき君」
「ゆんちゃんは、外へ出るの久しぶりなんだよね?」
「ええ、初等科一年からいるもの、久しぶりの旅行がいつき君と一緒なんて、嬉しいわ!」
……旅行気分でいられると困る。私達は訓練じゃない、人形相手じゃない本物の魔物を相手にしに行くのだ。気を引き締めていかなければ痛い目を見るどころか死ぬ危険性だってある。
睨まれるのを覚悟で注意しようと口を開いたが。
「ゆんちゃん、観光もいいけど戦う時は真面目にね。女の子が怪我するのは耐えられない。……まあ、ゆんちゃんも花ちゃんも俺の盾で絶対に守るけどね!」
「いつき君――!」
守ると言われてときめかない女子はいない。いや、私はときめかないけど、乙女全開の瀬戸さんは顔を朱に染めてぽーっと七瀬君を見詰めた。
七瀬君も旅行気分なのかと思ったら意外と魔物との戦いは真剣に考えているようだ。ちょっと安心。
瀬戸さんのことは七瀬君に任せて、私は新しい歯ブラシを買う為に購買に向かった。
翌日、アルカディアと外を繋ぐ門で遠くまで感知できる特性のアンチブレスレットをつけた私達はバスに乗り込み、一路、千葉を目指した。
旅行に来た恋人同士みたいに瀬戸さんは七瀬君を引っ張ってあっちへこっちへフラフラするので彼女を引き摺って依頼主の所へ着く頃には陽が傾き私はヘトヘトだった。基本、彼女は七瀬君の言う事しか聞かないし、私は元々嫌われているから余計に時間と体力を食った。
依頼主から詳しい場所と魔物の特徴などを聞いて、その日はとりあえず近くの宿に泊まったのだが、なにせ街から離れた場所なので内装が古い。宿の人は魔法使い様が来て下さったから、と丁寧な対応をしてくれたのだが瀬戸さんは、こんなボロ宿ヤダと駄々をこねまくって、これまたなだめるのに神経すり減らした。
魔物を討伐する前に私の残り体力がゼロになりそうだ。勘弁してくれ。
部屋割りは、男女で一室使うわけにもいかず、私と瀬戸さん、そして七瀬君と二部屋に別れた。瀬戸さんと二人っきり…………沈黙が重過ぎる。
さっさと寝るのが一番だと思い、私は手早く大浴場でお風呂を済ませると、そのまま布団に入った。瀬戸さんは私がお風呂から戻ると入れ違いに大浴場に行ったようだ。
一日の疲れからか、すぐにうつらうつらと船を漕いでいると瀬戸さんが戻ってきた気配がした。電気が消され、彼女もそのまま布団に潜り込んだようだ。
カチコチと時計の秒針の音だけが響く。もう少しで寝られそう……と思った時、急に瀬戸さんが話しかけてきた。
「……花森さん、起きてる?」
「……起きてる……けど、寝る瞬間だった」
「私よりも先に寝るなんて生意気よ。ちょっと話に付き合いなさい」
……女王様が自分より先に寝るなと過酷なことを言ってらっしゃる。こんなに眠いのは誰のせいだと思ってるんだ。誰の。
「……あんまり起きてると明日に差し支えるよ」
「分かってるわよ! ちょっとって言ってるでしょ!」
瀬戸さんがこっちを見るような気配を衣擦れの音が聞こえたが、私は眠たいので薄目のまま天井をぼーっと見ていた。
「花森さんは…………いつき君の事、どう思ってるの?」
え? 予想外の台詞に私の目は少し冷めた。
なんだ、瀬戸さんは私と恋バナでも始めようというのか。それ、確実に相手を間違っている。
私は面倒だったが、黙っていると変に勘違いされそうだったので正直に答えた。
「……なんとも」
「なんとも? ドキドキしたりとか、カッコいいなとか、一緒にいたいとか思わない?」
「まったく。……イケメンだとは思うけど、だからってそういう感情になったりしないし」
瀬戸さんは、ふーんと一言漏らすとその後は黙ってしまった。彼女は一体なにがしたかったんだろうか。牽制? だとしたらいらない心配だ。私が七瀬君をそういう風に見ることは現段階では皆無である。
……恋とか、そんな面倒そうなのは御免だ。女子の争いに自ら飛び込むなんて恐ろし過ぎる。
静かになった途端、私はあっという間に睡魔に呑まれて眠りに落ちていった。




