98 sports day 体育祭2
柳生先生の気合十分なホームルームが終わり、いよいよ開会式が始まった。応援席の後ろにある保護者用スペースにも沢山の人が集まり、賑わっている。私の両親は家がここから遠い事もあって来ていないが、D組の家族の人達はそれなりに参加しているようだった。
で、さっきから一ノ瀬君の様子がおかしい。
まだ開会式の途中だと言うのにちらちらと保護者用スペースを気にしている。
「一ノ瀬君、ご家族が来る予定なの?」
こっそりと聞いてみれば、一ノ瀬君は渋い顔をした。
「……ああ」
家族が応援に来てくれるというのになんでそんな顔なのか。理由は開会式が終わった後に判明した。
最初の競技の準備に入る為、参加する生徒が移動する時間は不参加の生徒達には自由時間となる。私と一ノ瀬君、黒霧、千葉君、東君の五人でD組応援席へ戻ってくると。
「しょーーちゃあぁぁん!!」
誰かが誰かを呼ぶ、高い声が響いてきて思わず声の出どころである保護者用スペースを見ると、こちらへ向かって栗色の長い髪の女性が笑顔で手を振っていた。
「え? 誰? あの美女」
「こっちに向かって手ぇ振ってるけど」
「しょーちゃんってことは……」
ちらりと私達が一ノ瀬君を見ると、彼はものすごく渋い顔をしていた。明らかに知り合いである。
「くんくん……一ノ瀬勝と匂いが似ている。姉か?」
黒霧が鼻をひくつかせて言うと、一ノ瀬君は首を振った。
「いや……姉じゃない」
なんか目が泳ぎ始めた。言いづらいことなのかな……と少し勘繰りそうになっていると同じことを思ったのか千葉君が突っ込んだ。
「まさか年上彼女とか?」
げふん!! と一ノ瀬君が盛大に咽た。
「あほ! んな馬鹿なことがあるか!!」
「えー、じゃあなんなんだよー」
一ノ瀬君が嫌そうに前髪をかきあげると、未だにこちらに向かってニコニコと手を振る美女に視線を向けながら。
「…………――だよ」
「え?」
「おふくろだよ!!」
『えええぇぇぇっ!!??』
私達は目を丸くした。
だって、あの美人さんどう見ても二十代にしか見えない。ふわっふわの栗色の髪、華奢な体、可愛らしい洋服。下手したら美少女で通りそうな容貌なのである。
そんな人がまさかの一ノ瀬君のお母さんとは……。
「お、俺のおふくろとの格差……」
なぜか千葉君がショックを受けている。
一ノ瀬君のお母さんが、ちょいちょいと手招きをはじめたので一ノ瀬君は嫌そうな顔をしながらもそちらへ足を向けた。私達は興味があったので付いて行く。
一ノ瀬君のお母さんの傍に辿り着くと、彼女は可愛らしい笑顔で出迎えてくれた。
「あらあら、しょーちゃんのお友達?」
「はい俺、千葉喜一って言います! よろしく綺麗なお母さん!」
「うわあ、近くで見るとさらに美人っ。俺、東瞬です」
「……く、黒霧」
男子達の紹介が終わると、一ノ瀬君のお母さんは私の方を見た。慌てて私も自己紹介する。
「はじめまして、一ノ瀬……えっと勝君のパートナーを務めさせてもらってます。花森李です」
「……え?」
私の自己紹介にどうしてか彼女は驚いた顔をした。
えっと、私なにか間違えたかな?
心配になりつつも彼女の様子を窺っていると。
「おう、勝! 元気にしてっかー」
「げぇっ!!」
一ノ瀬君のお母さんの後ろから背の高い男性が現れた。真っ赤な髪にオレンジの瞳の精悍な顔つきの男性。この人も二十代くらいにしか見えないが、パッと見すぐに誰なのかは分かった。
「やっぱりあんたも来てたのかクソ親父!」
あ、やっぱり当たった。
顔立ちが一ノ瀬君にそっくりだから一ノ瀬君は父親似なんだろう。
「ははは! 当たり前だろう、息子の晴れ姿を見に親が来るのはまったく不思議じゃなかろうが」
うむ、笑った顔が本当に同じだ。一ノ瀬君が歳を重ねたらきっとこんな感じになるんだろうな。そう物思いにふけっていると、一ノ瀬君のお母さんが興奮した様子で隣の一ノ瀬君のお父さんに言った。
「ねぇねぇ、お父さん聞いて! しょーちゃんったらいつの間にかこんな可愛いパートナーができたみたいよ!」
「なに!?」
二人の熱い視線にさらされて思わず体がびくりと跳ねる。
え? なに?
「そうかそうか、今までずっとそんな話なかったからなぁ。親として嬉しいぞ勝!」
「…………なんか勘違いしてんだろ二人とも」
「あら、だって李ちゃんとパートナーなんでしょう?」
「パートナーつったらあれだろ? 恋人だろ?」
「ええっ!?」
どうやら二人は盛大な勘違いをしているようだ。そうか、私がパートナーですなんて自己紹介しちゃったから……。学園外ではアルカディアのシステムなんてそんなに浸透してないかもしれないし、勘違いもされてしまうかもしれない。迂闊だった。
「違うっての。アルカディアでのパートナーってのはな……」
一ノ瀬君がしっかりと説明して誤解を解くと、一ノ瀬君の両親はがっくりと肩を落とした。
「なぁんだー」
「早めに孫が見られると思ったのになー」
「……おいコラ」
なんだかんだ言って、一ノ瀬君はどうやら両親のことをそんなに悪く思っているわけではない様子に私達はこっそり笑った。
家族仲がいいのは良い事だ。
そういえば一ノ瀬君には弟がいるらしいけど、兄弟の方は来てないのかな? と思っていると。
「勝兄さん久しぶり」
「……久しぶり」
「しょーにぃ、遊ぼうぜ!!」
「わぁん、お兄ぃ待ってよぉーー」
さらに一ノ瀬君の両親の後ろから四人の男の子がやって来た。赤い髪の子と栗色の髪の子の半々で、顔立ちが両親とそれぞれ似ているので、一ノ瀬君の弟達だと瞬時に悟った。やっぱり来ていたらしい。
「め、眼鏡の……頭の良さ気な勝がいる……」
千葉君が驚愕した様子で一番前にいた背の高い赤い髪の少年に向かって言った。彼は穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見ている。
「次男の秀。年子だからか双子みたいに似てるんだよな。ちなみに頭はいい、すごくいい」
一ノ瀬君が紹介してくれた。
確かに、頭が良い一ノ瀬君という印象だ。弟達を連れている様子から面倒見も良さそうですごく優しい雰囲気がある。
「でも空手の実力は折り紙つきだぞ? 人畜無害な顔して不良どもを蹴散らして土下座させるほどの力の持ち主だから」
……それはすごい。
「後は、三男の涼。四男の竜、五男の純だ」
「男ばっかりの五人兄弟なんだね?」
「ああ、暑苦しくて嫌になる」
でも全員容姿が両親に似ているからか、美形である。学校ではさぞやモテるんだろうな。そう思いながら彼らの顔を見ていると、なにを思ったか一ノ瀬君がそっと耳打ちしてきた。
「あの中で、誰か好みのタイプとかいたか?」
「は? なにいってるの?」
「いや……ちょっと気になっただけ。で、いんの?」
よく分からないがなんかぐいぐい来るので率直な意見を言ってみた。
「秀君かな? 知的で優しそう……本の話題とかふっても答えてくれそうだし」
「うんうん、そうだな。あいつもなかなかの本の虫だし花森と話があいそうだ……そうか、秀な」
どこか嬉しそうに考え込む一ノ瀬君に疑問符を浮かべながら、首を傾げる。
「そうだ、勝。俺達、午後イチからはじまる保護者対抗騎馬戦に出るからな!」
「はあ!?」
突然の一ノ瀬君のお父さんの宣言に、表情を一変さえ驚いた顔をすると一ノ瀬君のお父さんは笑顔でサムズアップした。
「俺、秀、涼、竜で」
「その面子だと、クソ親父と秀と涼が馬で竜が騎手か。まぁ、良い線行きそう――」
「なにをいうか勝。父さんが上だ」
「はあ?」
なにいってんだこの親父と顔に書いてある一ノ瀬君に秀君は困ったように微笑んだ。
「なに言っても聞かないんだ。どうしても父さん騎手がやりたいって」
「いや、だってクソ親父筋肉分すげぇ重いだろ!?」
「……うん、すごい重いと思う」
「どう考えても竜が上だろ!!」
「いやだーー!! 父さんが上だーー!!」
「だだこねんじゃねぇ! クソ親父ぃ!!」
親子で取っ組み合いが始まってしまったのを呆れた様子で私達は眺めていたのだった。
一ノ瀬君の家族って面白いね……(遠い目)。




