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「封じられた道と目覚める影」

 夜明けのはずなのに、奈落の縁には光が届かない。

 ただ灰色の霧が、湿った岩肌に静かに降り積もるだけだった。


 エイデンは洞窟の入口に立ち、無言のまま地平線を見つめた。

 鳥の声はない。人の気配もない。

 風すら息を潜めている。


「……異常だな」


 洞窟の奥では、九人の赤子たちが寄り添い、自然と輪を描くように眠っていた。

 輪の中心には、最も弱いルミ。

 セレアがクマの浮いた目で彼らを見守り、マイアを抱いて泣かないよう揺らしている。


「何かあったのですか?」

 セレアが小さく問いかけた。


 エイデンは眉をひそめた。


「ありすぎるほどだ」


 彼は夜明け前に、三つの脱出ルートを確認していた。


・古い水路の通路

・隊商路へ続く坂道

・灰色市場の境界に抜ける岩場の裂け目


 だが、すべてに“足跡”があった。


 それも獣ではない。

 重く、深い、無数の“軍靴”の跡。


 しかも──

 どれも洞窟の方へ向かっている。


「……何かを探している。いや、誰かを、だ」


 セレアは唾を飲んだ。


「赤ちゃんたちを……?」


「間違いない」


 そのとき、洞窟の奥から小さな声がした。


 泣き声ではない。

 叫びでもない。


――う、う……(低いハミング)


 ウラが喉の奥で警告のような音を鳴らした。


 コマが石を叩き、リンカが低く唸る。

 ダエルは淡い光を放つ。


 エイデンはすぐに駆け戻る。


「どうした!」


 セレアは驚いたように赤子たちを見る。


「……彼らの方が早いのです。

 敵を“見る”前に、もう“感じて”いる」


 ルミが震える。

 カイレンとノアがすぐに手を当て、呼吸を落ち着かせた。


 エイデンの背筋が冷たくなった。


「共有された本能……か」


 コマが洞窟の入口を指さす。


 エイデンは剣を抜いた。


「誰か来る!」


 三つの影が霧の中から現れた。


 回収屋でも盗賊でもない。

 もっと最悪な存在。


“奈落の監視者ヴィジランツ


 顔のない革布の仮面、骨の面頬。

 奈落で“不審な存在”を見つけたとき、それを“処理する”者たち。


 掟という名の殺しだ。


 隊長が低い声で告げる。


「赤子を引き渡せ。

 魔力異常を確認した。

 あれらは“奈落の所有物”だ。」


 エイデンは一歩前に出た。


「彼らは誰の物でもない。」


 監視者は首を傾けた。


「ならば──まずお前が死ね」


 ランスが闇を切り裂き、突き出される。


 洞窟の奥で九人の赤子が同時に目を開いた。


 泣き声ではない。

 覚醒だった。


 リンカが地を叩き、空気が震えた。

 ウラが低く歌い始め、洞窟が共鳴する。

 マイアが光のない外を指差す。

 コマは右を示し、ダエルは強く光る。


 カイレンはルミに手を添え、ノアはサヤを抱き寄せた。


 九人が──

 一つの“輪”を形成した。


 セレアが息をのむ。


「こんな形……初めて見ます」


 エイデンは足を引いて、彼らを守るように立つ。


「つまり全員が“同じ危険”を感じているってことだ」


 ルミが震え、監視者のランスが振り下ろされた瞬間──


ダエルが光を爆ぜさせた。


 柔らかいが強烈な白光。

 まるで洞窟そのものが敵を拒むかのように、槍が弾き返される。


「な……異常現象だ……!

 区域を封鎖しろ!」


 監視者たちは地に黒い石を三つ置いた。


 エイデンの顔色が変わる。


「封鎖印……!?

 周囲の“出口”をすべて閉じる気か!」


 セレアが叫ぶ。


「なぜそんな……!」


「誰も逃がす気がないからだ。

 俺たちも──

 赤子たちも。」


 黒石が起動し、空間が歪む。


 洞窟の出口が完全に封じられた。


 セレアは崩れ落ちる。


「いや……

 もう……出られない……!」


 エイデンは剣を握り直した。


「いや──“一つだけ”道がある」


 セレアは涙目で問う。


「どこに!?

 どこへ出られるの!?」


 エイデンは九人の赤子たちを見る。


 輪の中心で、ルミが震えながらも息をしている。

 ダエルが光る。

 ウラが歌う。

 コマが指し示す。


エイデン

「最初の道を開いたのは彼らだ。

 次も──彼らなら開ける。」

「九人の赤子ではなかった。

九つの“門”だった。

そしてこの世界は──

そのすべてを、何としてでも閉ざそうとしていた。」



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