「三つの影」
階段が、
ぎ…ぎ…と不吉に軋んだ。
乳母はゆっくりと振り返る。
胸が壊れそうなほど脈打っている。
部屋の入口には、
三つの黒い影 が立っていた。
出口を完全に塞ぐように。
客でもない。
衛兵でもない。
もっと悪い存在。
無表情の男たち。
灰色の外套に、顔を隠すフード。
腕には黒線で貫かれた円の刺青。
――“回収人”の印。
魔力を持つ子どもを狩る者たち。
◆ 「光った赤ん坊がいると聞いた」
先頭の男の声は冷たかった。
この区画には似つかわしくない静けさを纏っている。
「生まれたばかりで光を放った赤ん坊がいる」
「偶然ではない」
「そいつを回収しに来た」
乳母は本能的に後退し、
眠る赤ん坊たちを腕で覆うように抱えた。
「ここには特別な子なんていません…」
「ただの貧しい子たちです…」
「誰にも守られない子ばかり…」
中央の男が首を傾ける。
「だからこそ、都合がいい」
三人目が指を鳴らす。
「その赤ん坊…この建物より価値が高い」
ダエルが目を開けた。
まるで状況を理解しているかのように。
◆ 恐怖が魔力を呼び起こす
リコレクターたちが一歩近づく。
赤ん坊たちは、
―まるで1つの意志みたいに―
同時に反応した。
ルミの手元に、かすかな黒い震動。
サヤの泣き声が、カイレンやマイアを静める。
カイレンの指先から、冷たい風。
ウラの声が木材に響く澄んだ音を出す。
リンカの周囲に、微かな熱気。
コマは泣かずに男たちを凝視。
ノアのため息に、部屋の空気が温かくなる。
マイアの涙が、銀色に光る。
乳母は震えた。
「あなたたち…いったい何なの…?」
そして――
ダエルが輝いた。
◆ 闇を拒む光
リコレクターたちが目を覆った。
「そいつだ!光った子だ!」
中央の男が手を振る。
「赤ん坊を取れ。他は殺して構わん」
乳母が叫ぶ。
「やめて!お願い――!」
その瞬間。
ダエルが“選んだ”。
泣き声ではなく。
恐怖でもなく。
――意志で。
胸から光が脈打つように溢れ出す。
thump
thump
thump
温かい光。
柔らかい光。
だけど抗えない光。
他の赤ん坊たちを守るように広がる。
1人目の男が止まった。
「なんだ…この魔力…?」
2人目が前に出るが、
見えない力に弾き飛ばされた。
光が消える。
ダエルは泣き始めた。
普通の赤ん坊のように。
弱く、疲れた声で。
乳母は悟る。
魔力が彼を消耗させていた。
◆ 「私ひとりじゃ守れない…」
リコレクターたちは立ち上がる。
「その魔力は高値になる」
「赤ん坊の状態で捕まえればもっとだ」
「渡せ。他の子は見逃す」
乳母は全身で赤ん坊たちを抱き締めた。
「だめ!誰にも渡さない!
この子たちは…私の子よ!
血が繋がってなくても…絶対に渡さない!」
中央の男がため息をつく。
「面倒だ。まず女を殺せ」
二人が前に進む。
乳母は目を閉じた。
――その時。
◆ 白い音
乾いた衝撃音。
もう一度。
さらにもう一度。
リコレクターたちが弾き飛ばされる。
一人は血を吐いた。
出口に、
細身の影 が立っていた。
白い服。
半面の陶器仮面。
静かな声が響く。
「……汚らわしい。
私の区画でゴミが暴れているとはね」
中央の男が青ざめる。
「お…前は……!
“白の買い手”!」
◆ 白の買い手
若い男だった。
この場所には似合わないほど優雅で、静かで、冷たい。
長い銀色の杖を持ち、
陰の中でも美しく光る。
「回収人か。品がない」
「私の将来の“商品”を盗む気か?」
中央の男が叫ぶ。
「お前のものではない!
あの光る赤ん坊は――!」
白の買い手は軽やかに歩み寄る。
足音1つまで完璧に整った動作で。
「この地区に生まれたものは、
すべて――私の所有物だ」
杖の先端が淡く光る。
「彼らも含めてね」
乳母が赤ん坊たちを抱きしめ、震える。
「やめて…お願い…触らないで……!」
白の買い手は笑った。
笑顔なのに、
まるで氷の刃。
「今は要らないよ。赤ん坊は素材として未完成だ。
だが数年後には――」
ダエルをじっと見る。
「その子は宝物になる」
ダエルは泣き止み、
男を真っ直ぐに見返す。
赤ん坊の目ではなかった。
挑むような、拒むような視線。
白の買い手は少し首を傾ける。
「ふふ…面白い。
とても面白い」
杖をリコレクターに向ける。
「――消えろ」
白い衝撃波。
男たちは階段ごと吹き飛ばされ、血を撒き散らす。
白の買い手は乳母に向き直る。
「よく世話しておけ。
もし一人でも死んだら……代わりにお前が死ぬ」
そして、静かに去っていった。
死のような沈黙だけを残して。
その夜、乳母は悟った。
自分が抱く九人の赤ん坊は、ただ特別なだけではない――
“価値” を持ってしまったのだ。
あまりにも大きな価値を。
そしてこの世界では、
価値とはすなわち――
危険そのもの。




