「──最後の師匠の剣」
狩人は、その一撃を見すらしなかった。
エイデンの剣が空気を裂き、血の弧を描きながら狩人の肩を深く斬り裂く。
衝撃で狩人は数歩も後ろへ吹き飛ばされた。
「……お前…?」
狩人が血を吐きながら唸る。
「どうしてまだ生きてる…ッ!」
エイデンは、灼けるような息を吐きながら、
苦笑いを浮かべた。
「まだ終わってない……
俺には守るべき子どもたちがいる。」
ダエルの胸が裂けるように痛んだ。
セリアは声も出せず泣いていた。
少女たちは震えながらも、立ち尽くしていた。
狩人は流れる血を舐め取った。
「老人……
腕を失って、立つのもやっとのくせに……
俺に勝てるとでも?」
エイデンは構えを取った。
「勝てないさ。
だが――止めることならできる。」
ほんの一秒。
たった一瞬でいい。
その“一瞬”を作るために。
狩人が先に動いた。
エイデンは残る片腕で剣を掲げた。
ガァン!!
衝撃が全身を走る。
膝が折れそうになる。
「エイデン!!」
ダエルが叫ぶ。
だがエイデンは子どもたちを見なかった。
見る余裕などなかった。
一秒でも止めるために。
狩人が次の攻撃を繰り出す。
速い。
重い。
獣のようだ。
エイデンはかろうじて受け止めた。
ガン!
ガン!
ガン!
筋肉が焼ける。
視界が揺れる。
崩れた身体は、もう限界を超えているのに。
狩人は笑う。
「滑稽だな。
そんな身体で……何が守れる?」
エイデンは血を吐きながら言った。
「俺は……無駄死にはしない。
あいつらのために……死ぬんだ。」
そして踏み込み。
狩人の脚を斬り裂いた。
ズシャッ!!
狩人が片膝をつく。
「ぐあああッ!! 貴様ああッ!」
だがエイデンはもう動いていた。
ガン!ガン!ガン!!
技でも力でもない。
ただの“意志”だった。
一撃ごとに、言葉が刻まれる。
「触るな……」
「子どもたちに……」
「誰にも……!」
狩人は腕で受け止め、呆れたように笑った。
「しつこい奴だ!
死ねよ、ジジイ!!」
狩人の指がエイデンの腹を貫いた。
ドスッ!!
「ぐっ……!」
だが、同時にエイデンの剣が狩人の胸に突き刺さった。
二人は動きを止めた。
血まみれで、息をしながら、睨み合う。
狩人は口元から血を垂らしながら笑った。
「……老人。
半分削ってやったが……
俺はまだ立てる……!」
狩人はエイデンの残った腕を掴み――
へし折った。
ボキィッ!!
エイデンの身体が崩れ落ちる。
「やめてえええ!!!」
ダエルの絶叫が響く。
狩人はエイデンを蹴り飛ばし、壁に叩きつけた。
「終わりだ。」
武器を構え、止めを刺そうとしたその瞬間――
光の矢が狩人の背中を貫いた。
ズン――
ボォンッ!!
狩人が膝をつく。
ダエルの両手が震えながら掲げられていた。
「エイデンから……離れろ!!
今すぐ離れろ!!」
狩人は立ち上がろうとしたが――
二度と立てなかった。
完全に沈黙した。
ダエルは駆け寄る。
少女たちも泣きながら集まる。
「エイデン……エイデン、お願い……!」
ノアがすすり泣く。
エイデンの呼吸は浅く。
目がかすかに揺れる。
「……みんな……セリア……
よく……やったな……」
ダエルが手を握る。
「行かないで……
お願い……行かないで……!」
エイデンは微笑んだ。
父親のような、温かい笑顔で。
「ダエル……
よく聞け……」
血に染まった鍵を取り出し、ダエルの手に握らせる。
「この鍵は……古い場所を開く……
家だ……駅だ……
本当の……避難所だ……」
少女たちは固まった。
「どうして……?」
リンカが涙の声を漏らす。
エイデンは目を閉じ、かすれた声で言った。
「俺は……わかっていた……
いつかここは攻められる……
俺の姓には……呪いがある……」
「そんなの……そんなの嘘だ!!」
ダエルが叫ぶ。
エイデンは息を絞り出すように続けた。
「ベッドの下に……地図がある……
お前たちへの手紙も……
そして……裏切り者の名も……
その名が……未来を……」
セリアが震えながら寄り添う。
「エイデン様……お願い……
わたしを……わたしたちを置いていかないで……」
エイデンは、彼女を優しく見た。
「セリア……
短い間だったが……
家族を……ありがとう……」
彼女は声を上げて泣いた。
そして、エイデンは子どもたちを見た。
最後の微笑み。
「強く……生きろ……
いっぱい……笑うんだ……」
――光がその瞳から消えた。
手が、落ちた。
少女たちが悲鳴を上げ、
ダエルはエイデンを抱きしめて号泣し、
セリアは崩れ落ちた。
血と埃の中――
彼らが初めて手に入れた“父”が、
静かに息を引き取った。
ダエルは、手の中の鍵を強く握りしめた。
あまりに強く握ったせいで、掌の皮が裂け、血がにじむ。
「……誓うよ、エイデン……」
顔を上げたとき、涙はまだ頬を伝っていた。
だが、その瞳には――炎が宿っていた。
「俺たちは、生きる。
強くなる。
そして必ず……
あなたが守ろうとした“本当の避難所”を見つけ出す。」
少女たちが彼の周りにそっと集まる。
十人の子どもたちは、震えながらも――
しっかりと肩を寄せ合った。
セリアは声も出せず泣きながら、
命を賭して守ってくれた男の身体を抱きしめていた。
温もりが消えていく。
それでも、彼らの胸に残った“光”は消えない。
そして――
これが、彼ら十人の
本当の旅の始まりだった。
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