「嵐の前の準備」
避難所は本来、
静かで、
温かく、
十人が笑って喧嘩して学べる“家”だった。
だが、その朝――
空気が変わっていた。
壁は薄く感じ、
森は静かすぎ、
みんなが理解していた。
“人間の敵”が近づいている。
狩人。
しかも、ただの狩人ではない。
セレアを知っている男。
彼女を追い続けてきた男。
再び跡を辿れる男。
エイデンは避難所の中央に立ち、
これまでで一番厳しい表情をしていた。
エイデン
「いいか、全員聞け。
相手は魔物じゃない。
人間だ。
狡猾で、残酷で……絶対に諦めない。」
少女たちは半円になって座り、
ダエルは眉をひそめて隣にいた。
ノア
「ど、どうすればいいの……?」
エイデンは簡易の地図を広げた。
エイデン
「準備する。
今日から、この避難所は“家”じゃない。
“砦”になる。」
彼は全員を外へ連れ出し、周囲の地形を指した。
エイデン
「ここは密林だ。俺たちに有利だ。
まずは罠を作る。」
ダエルが手を上げる。
ダエル
「どんな罠を?」
エイデンはひとりひとりの目を見る。
エイデン
「簡単でいい。だが確実なものだ。」
✔ 落とし穴(葉で隠す)
エイデン
「ノア。お前は魔法で地面を柔らかくしろ。」
ノア
「う、うん……自然に見える穴を作るね。」
✔ 張り枝トラップ
エイデン
「サヤ、マイア。枝と縄で足払いだ。」
マイア
「光でべたつかせて動きを止めることもできるよ。」
エイデン
「いい。」
✔ 即席アラーム
エイデン
「ルミ、コマ、ウラ。石と鈴で警戒線だ。」
ウラ
「ミニ・コンサート・トラップだね!」
エイデン
「コンサート少なめ、音多めでな。」
少女たちが動き始め、
次々と罠が完成していく。
避難所に最も近い内側の区域で、エイデンはさらに真剣になった。
エイデン
「ここが実際の戦場になる。
通路を狭める。」
ダエルが言った。
ダエル
「丸太を使って、ノアが土を動かすとか……」
エイデン
「その通り。」
ノアは地面を固め、小さな土壁で“通路”を作った。
ノア
「これで……一人ずつしか入れない。」
エイデン
「ダエル、お前は石を配置しろ。光魔法の起点になる。」
ダエル
「了解!」
エイデン
「コマ、ウラ、リンカ。上から奇襲だ。」
リンカ
「忍者みたい!」
コマ
「忍者じゃないけど……まあいい。」
エイデン
「カイレン、セレア。治療班はここだ。即応だ。」
カイレン
「……やってみる。」
全員が動き、
避難所は数時間で小さな戦場のように変わっていった。
エイデンの指示は鋭く、正確で、軍人そのものだった。
ダエルはその姿に、
“片腕を失う前のエイデン”を見た気がした。
強く、冷静で――圧倒的。
やがてエイデンは古い箱を開けた。
中には、
短槍 ×2
投げナイフ ×3
刃こぼれした剣 ×1
小弓 ×1
即席矢束 ×数本
エイデン
「これは本物の武器だ。
玩具じゃない。
手に取るなら……“殺す覚悟”で持て。」
少女たちは息を呑んだ。
サヤ
「わ、私たちも……?」
エイデン
「もちろんだ。
あの男はセレアだけじゃない。
……お前たち全員にとって脅威だ。」
ダエルが拳を固めた。
ダエル
「俺も戦う。」
エイデン
「当然だ。」
◆ 簡易訓練開始
ノアは魔力の流し方を安定
リンカは風を一点に集中
コマは小さな影を動かし攪乱
マイアは閃光を弱体化させず調整
サヤは石投げの精度向上
ウラは声の魔法で距離別の衝撃を調整
ルミは遠距離投擲を練習
カイレンは治癒の詠唱速度を短縮
エイデンは全員の姿勢・呼吸・力加減を直していく。
エイデン
「焦るな。
人間は魔物より厄介だ。
考えて動いてくる。」
少女たちの額に汗が滲み、
ダエルも息が荒くなる。
だが、
胸の奥に宿ったのは――
恐怖ではなく、決意。
◆ セレアとダエル
休憩の合間、セレアがダエルを呼んだ。
ダエル
「セレア……大丈夫?」
彼女は息を吸い、ゆっくり吐いた。
セレア
「大丈夫じゃない。
でも、大丈夫に見せなきゃいけない。みんなのために。」
ダエルは俯く。
ダエル
「エイデンが言ってた……
そいつは君のお母さんを殺した、って。」
セレアの目が揺れた。
セレア
「……そう。
それに……私を“物”として狙ってた。
逃げて……ここまで来た。」
ダエルの胸に怒りが込み上げる。
ダエル
「最低だ。絶対に許さない。」
セレアの唇が震える。
セレア
「……守らなきゃ。
この家を……みんなを……あなたたちを。」
ダエルは深呼吸し、拳を握った。
ダエル
「僕らも……君を守るよ。
もう、ひとりじゃない。」
セレアは驚き、そして――
抱きしめた。
セレア
「……ありがとう。」
ダエルは震えたが、抱き返した。
その時、
二人とも心から思った。
“私たちは家族だ。”
◆ 夜の前の宣言
夕暮れ。
エイデンが避難所の前に全員を集めた。
エイデン
「罠は完成した。
防衛線も張った。
あの狩人は……明日か、早ければ今日の夜に来る。」
少女たちは姿勢を正す。
ダエルも並ぶ。
セレアは唾を飲み込む。
セレア
「わ、私たち……準備できてるの?」
エイデンは空を見上げた。
夕焼けが赤い。
エイデン
「いや。準備万端じゃない。
でも――“来た時には”戦えるようになる。」
ダエルの背筋に震えが走る。
恐怖ではない。
――待ち望むような、覚悟の震え。
今度は逃げない。
今度は――
この家を守るために戦う。
森のどこか――
狩人はしおれた花を一輪、拾い上げた。
狩人
「……この匂い。
ますます濃くなってきたな。」
その花を、指の中でゆっくりと潰す。
そして――笑った。
狩人
「もうすぐだ、セレア。
すぐそばまで来ている。」
月光が男の姿を照らす。
地面に伸びた影は、
人ではなく、獣のように歪んでいた。




