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『鉄と木、そして――動き始めた心』

夜明けはひんやりとしていた。


森が息づき、

避難所は静かだった。


エイデンは九人の子どもたちを見つめていた。

それぞれの手には木の棒。

リンカが削ったもの、ダエルが拾って整えたもの、形も長さも違う。


彼らが“武器に近いもの”を手にするのは、今日が初めてだ。


エイデンは深く息を吸った。


この子どもたちは、もう無力ではない。

だが――まだ覚悟を知らない。


エイデン

「今日学ぶのは一つだ。

 武器は、殺すために握るものじゃない。

 守るために握るものだ。」


視線が一人ひとりをなぞる。


エイデン

「自分を。

 大切な人を。

 この避難所を。

 そして……これから歩く未来を。」


子どもたちは真剣な表情でうなずいた。


◆ 基本動作の最初の一歩


最初に進み出たのはリンカだった。


リンカ

「準備できてる。」


エイデンはうなずき、彼女の肩を軽く押して姿勢を整える。


エイデン

「力は……肩じゃない。」

彼は肩を指す。

「ここだ。」

今度はリンカの腹、重心を指した。


リンカは少し赤くなり、コクリとうなずく。


次はダエル。


エイデン

「お前は……握りはいい。だが構えが最悪だ。」


ダエル

「はは……俺、元は浮浪児だし。兵士じゃない。」


エイデン

「なら、今日から学べ。」


ルミは震えていた。


ルミ

「エ、エイデン……これ、こわくない……?」


エイデンは優しく彼女の手に触れた。


エイデン

「強くなくていい。

 大事なのは――続けることだ。」


サヤは勢いよく振り回して自分の肩に命中。


サヤ

「いたっ!」


コマはすぐ板に書きつけた。


《最初の失敗:自爆型ミス》


エイデンは深いため息をつく。

切り株に座っていたセリーアがくすっと笑った。


セリーア

「みんな、十分頑張ってるわ。」


エイデン

「……判断は早いな。だが悪くない。」


子どもたちは二人一組で動き始めた。


ダエル & ノア

リンカ & マイア

ルミ & サヤ

カイレン & コマ


ルミィは一人で、ゆっくりとした動作を練習し、エイデンが傍で見守る。


ウラが軽やかなリズムで歌う。


ウラ

「左〜、右〜、下がって〜……はいっ!」


ノアはぎこちないが真面目で、

サヤはまた蝶を追いかけ、

ルミは棒が近づくたびに悲鳴を上げ、

カイレンはコマの姿勢を優しく直し、

マイアはリンカに光で合図し続ける。


混乱。

騒がしさ。

そして――愛おしさ。


エイデンは胸の奥で確信した。

セリーアも同じ気持ちだった。


◆ 子どもたちが水場に走っていったあと


子どもたちが湧き水へ駆けていくと、

エイデンとセリーアは久しぶりに二人きりになった。


森の静けさがふわりと降りる。


木陰にもたれるセリーア。

裾に触れる指先。

風に揺れる髪。


セリーア

「あなた、本当に忍耐強いわね。」


エイデンはなくした腕の包帯に触れた。


エイデン

「彼らは兵士じゃない。

 性格を潰す気もない。

 ただ……生き延びてほしいだけだ。」


セリーアはそっと微笑む。


セリーア

「子どもたち……もうあなたを“守る人”以上に見てるわよ。」


エイデンはわずかに目をそらした。

照れと困惑が混じった横顔。


エイデン

「俺は、父親じゃない。」


セリーア

「うん。でも……支えよ。

 信じられる存在。それだけで充分。」


風が静かに二人の間を通り抜けた。


木漏れ日。

土と若木の香り。

遠くから響く子どもたちの笑い声。


エイデンは小さく息を呑む。


エイデン

「セリーア……

 お前がどれだけ奪われてきたかを思うと……

 それでも笑っていて……俺は……」


セリーアは一歩、ゆっくりと近づいた。


まるで壊れやすいものに触れるような動き。


セリーア

「エイデン。

 私は……もう一人じゃない。」


彼が顔を上げた瞬間。


セリーアはそっと手を伸ばし、

その頬に触れた。


優しく。

温かく。

震えるほど繊細に。


エイデンの心臓が、一度だけ強く震えた。


セリーア

「あなたがいると……息ができるの。」


エイデンは目を閉じ、

その手にほんの少しだけ頬を寄せた。


控えめで、けれど深い仕草。


エイデン

「セリーア……俺は――」


――その瞬間。


子どもの叫びが森に響いた。


ルミ

「エイデーン! ルミが、ルミが川に落ちたぁぁ!!」


エイデンが跳ねる。

セリーアは慌てて手を離し、真っ赤になる。


遠くでサヤも叫んでいた。


サヤ

「ルミ! 髪が沈んでるってばぁぁ!!」


エイデンは天を仰ぎ、深いため息。


セリーアは口元を押さえて笑う。


セリーア

「行ってあげて。

 あの子、本当に浅瀬でも溺れそうだもの。」


エイデンは走り出す直前、

もう一度だけセリーアを見た。


視線が交わる。


言葉はいらなかった。


――二人の間に、確かな変化が芽生えた。


それはゆっくりと、深く、静かに育つ。


石の隙間から伸びる若芽のように。

どんな影でも光を探し続ける、

そんな強くて優しい想いだった。

夕暮れになるころ、子どもたちは避難所に集まった。


エイデン

「明日からは――専門ごとに分けて訓練する。

 魔法組と武器組だ。」


子どもたちは一斉に歓声を上げた。


その少し後ろで、セリーアが静かに微笑みながらエイデンを見つめていた。


そしてエイデンも――

今回は、視線をそらさなかった。


逃げなかった。


小さく、控えめで、しかし確かな笑みを返したのだ。


本物の、心の奥からの笑顔だった。

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