『記憶を守る森――そして静かなる真実』
朝の太陽は、優しく穏やかに差し込んでいた。
スラウゴルとの戦いから一夜明け、エイデンは子どもたちを外へ連れ出すことを決めた。
だが、今日は戦うためではない。
薬草の根、光る花、湧き水、魔力練習用の柔らかい鉱石――
基本的な素材を集めるためだった。
危険のない範囲で。
エイデン
「遠くへは行かない。
光の届く場所だけだ。
だが、指示はしっかり聞け。」
九人の子どもたちは、胸を弾ませながら頷いた。
セリーアは少し不安そうにマントを整えつつ、微笑んだ。
セリーア
「私も見張りとして行くわ。」
エイデンは彼女を、いつもより一拍長く見つめた。
疑いの目ではない。
――ただ、無事でいてほしいという願いが滲んでいた。
セリーアは彼を安心させるように、笑みを深めた。
セリーア
「大丈夫よ、エイデン。
それに……みんながいてくれるもの。」
◆ 森へ――初めての本当の散策
落ち葉がカサリと鳴り、小さな足音が続く。
湿った土の匂い、木々の息づかい、花の香り。
森は優しかった。
ウラは小声で歌いながら歩く。
その声だけで、空気が少し明るくなる。
マイアは光るキノコを見て目を輝かせた。
マイア
「星が閉じ込められてるみたい……」
コマは木の板にメモを取り続ける。
リンカは先頭で走り、エイデンに「離れすぎ」と言われて戻ってくる。
ノアは植物を一つひとつ観察し、
カイレンは丁寧に薬草を採取する。
サヤは小さな動物を見るたびに指差して喜び、
ルミを守るようにルミを抱えたルミが揺れる。
ルミはダエルの手を握り、森に包まれるように歩いていた。
そしてセリーアは――
静かに、木々を見つめながら歩いていた。
その表情には、言葉にできない懐かしさと痛みが混ざっていた。
◆ 思いがけない告白
エイデンは気づいた。
エイデン
「セリーア、何か……?」
彼女は少し間を置き、古い木の幹に触れた。
苔が指先に柔らかく絡む。
セリーア
「ここ……覚えているの。」
子どもたちが驚く。
ノア
「来たことがあるの?」
セリーアは目を伏せた。
セリーア
「一度だけ。
四つか五つの頃……母に連れてこられたの。」
ルミ
「どうして……?」
セリーアは森の奥を見るように息を吸った。
セリーア
「逃げるためよ。」
風が止まった。
エイデンの目が細くなる。
セリーア
「母は娼婦だったわ。
私もあなたたちと同じ場所で育った。
同じ声を聞き、
同じ恐怖を感じて……
同じ血と酒の臭いを……。」
ダエルが唾を飲む。
ノアは拳を握る。
コマは肩を震わせた。
セリーア
「ある日、母はもう耐えられなくなったの。
私の手を強く握って……
ここを走った。
木の間を、根の上を……」
声が細くなる。
セリーア
「でも追いつかれた。
あの男たちに。
母は殴られて……
私の目の前で、動かなくなった。」
ウラが口を押さえる。
カイレンは涙をこらえ、
サヤは静かに泣き始めた。
ルミはそっとセリーアの手を握る。
リンカが歩み出る。
リンカ
「あなたは……生き残った。」
セリーアは弱く笑った。
セリーア
「生き残ったのかどうか、わからないけれど。
ただ……呼吸をやめる方法を知らなかっただけよ。」
ダエル
「でも……お母さんはあなたを守ろうとした。」
セリーア
「ええ。
だから……あなたたちに出会った時……
あんなに小さくて、震えてて……
放っておけるはずがなかったの。」
涙が静かに落ちた。
ルミはそっとセリーアの服を引っ張り、
膝に頭を寄せた。
ルミ
「わたし、ここにいるよ。
みんな、ここにいる。」
皆が近づく。
言葉はいらなかった。
そこにあるのは、温もりだけ。
家族の温もり。
エイデンは一歩下がり、彼らにその時間を委ねた。
だが心の奥で、静かに拳を握っていた。
――あの場所は。
――この森を血で汚したあの巣窟は。
必ず、俺が叩き潰す。
空気が変わっていた。
さっきまでとは違う。
もっと真剣で、
もっと強く結ばれていて、
もっと……温かい。
子どもたちは皆、セリーアの近くで作業していた。
ノアは光花を集めては、彼女に渡し、少しでも笑わせようとして。
カイレンは薬草を見せて、気を紛らわせようとして。
サヤは小さな虫を見つけては、驚かせて笑わせようとして。
マイアは空中に花の絵を描き、色を添えるように励まして。
ウラは静かに鼻歌を歌い、重い沈黙を払うように。
コマは板に言葉を書き続け、
「あなたの物語は大切だよ」と伝えるように。
ルミはカゴを持ってそばに立ち、
いつでも休めるように寄り添い、
リンカは横で、
いつでも守れるように背筋を伸ばし、
ダエルは一歩前に立って、
静かに彼女の盾となり、
そしてルミィは、
変わらぬ温もりで彼女の手を握っていた。
セリーアは一人ひとりを見つめて――
胸の奥から込み上げるように微笑んだ。
セリーア
「……ありがとう。
みんな、本当に……ありがとう。」
その日、集めた素材はいつもの倍だった。
魔法のせいではない。
――「絆」の力だった。
◆ 帰還――そして、エイデンの言葉
避難所に戻ると、エイデンは子どもたち全員を見渡した。
エイデン
「今日は……訓練より大切なことを学んだ。
この世界は痛みだけじゃない。
癒やしてくれる場所でもある。」
セリーアはそっとルミィの頭を撫でた。
セリーア
「どんな過去があったとしても……
あなたたちはもう、私の子どもよ。
私の――家族。」
その瞬間、子どもたちはたまらず彼女を抱きしめた。
大きな輪のように囲み、
笑って、泣いて、温かさを分け合った。
森は静かに彼らを見守っていた。
まるで――この新しい未来を祝福するかのように。




