「もう、彼らはひとりじゃない」
森の向こうで沈む夕日が、空をやわらかな赤に染めていた。
九人の子どもたちは、まだ木の下で寄り添い、静かに呼吸を合わせていた。
涙はもう、悲しみのものではない。
――安堵の涙だった。
少し離れた岩陰から、エイデンとセレアがそっと見守っていた。
声をかけるのもためらうほどの光景だった。
セレアは震える手で口を覆う。
「エイデン……見て。
わかるでしょう?
あの子たち……普通の子じゃないわ」
エイデンは黙っていた。
セレアの瞳には涙が溢れていた。
「覚えてる? あの子たちを拾った時のこと……
ダエルはひどく痩せてて……
ノアは頭も上げられなくて……
コマは声も出さずに泣いていた……」
セレアは拳を握りしめた。
「でも今は……支え合っている。
慰め合っている。
分かり合っている……
どんな過去をもっていても……
あの子たちは……私の家族なの」
エイデンは驚いたように視線を落とした。
「……セレア」
彼女は涙を拭き、優しく微笑んだ。
「救ってくれて、ありがとう。
ここに連れてきてくれて、ありがとう。
そして……
もう一度、生きるチャンスをくれて……ありがとう」
声が震えた。
「どんな魂を持っていても……
傷ついていても……疲れていても……
あの子たちは、“生きたい”と思ってる。
私も……一緒に生きたいの」
エイデンの喉がかすかに詰まった。
滅びかけていた心に、久しぶりの希望が灯る。
エイデンは子どもたちを見つめたまま、前へ一歩出た。
「……セレア」
「何?」
「この子たちは……俺の想像を超えるほど深く傷ついている。
だけど……それでも光を求めている。
手を取り合い、支え合って生きようとしている」
彼は深く息を吐いた。
「守らないとな……
たとえ、この腕を失っても。
たとえ、命を落とすことになっても」
セレアは大きく目を見開いた。
「エイデン……どうして……?」
エイデンは少し沈黙し、低く、正直な声で答えた。
「……あの子たちが思い出させてくれたんだ。
俺が……誰だったか。
何をしたかったのか……この世界で」
セレアは息をのみ、胸を押さえた。
エイデンは静かに続けた。
「彼らはもう、苦しむために生まれたんじゃない。
俺がいる限り……二度とそうはさせない」
その夜、隠れ家の中。
焚き火がゆらゆらと石壁を照らしていた。
九人は柔らかな毛布にくるまり、火のまわりに輪になって座っていた。
ダエルは体を横にして皆を見る。
「今日は……きつかったな」
ルミがうなずく。
「でも……すごく大事な日だった」
コマは毛布を抱きしめたまま聞いた。
「ねえ……私たち、本当に家族なのかな……?」
ノアは少し考え、優しく笑った。
「うん……そうだと思う。
血じゃなくて……“選んだ”家族」
マイアは指で空に線を描くように微笑む。
「前は誰もいなかったけど……
今は……みんながいる」
ウラがそっと手を挙げた。
「あの……子守歌、歌ってもいい……?」
カイレンがそっと腕を取る。
「うれしいよ」
サヤはみんなを見ながらうっとり言った。
「……夢みたいだね」
いつも言葉が少ないリンカは、静かに、でもはっきりと答えた。
「……ここは“家”」
温かな沈黙が落ちた。
ダエルは焚き火を見つめながら、
「ここで……ひとつ、約束しない?」
皆が顔を上げる。
「何があっても……
どんなに強くなっても……
絶対にここへ戻ってこよう。
この場所へ……
この家族へ」
ウラがそっとダエルの手を握る。
カイレンも、ルミも、ノアも、
次々に手を重ねていく。
最後には九人全員の手が、ひとつになった。
ノアはやさしく微笑んだ。
コマはぽろぽろと涙をこぼした。
サヤはくすっと笑った。
ルミはぎゅうっと強く抱きしめた。
マイアは、まるで美しい絵画を見るような目でダエルを見つめた。
そして、少し離れた場所にいたルミが、静かにささやいた。
「……うん。必ず戻ってくる。
だってこの隠れ家は……
私たちの“生まれ直し”なんだから」
ぱちり、と焚き火がやわらかく弾ける音の下で、
九人の子どもたちは――
初めての“家族の誓い”を結んだ。
その様子を、入り口の影からエイデンとセレアが見守っていた。
邪魔しないよう、そっと息をひそめながら。
ふたりは胸の奥で静かに確信する。
――この九人は、もう過去の世界には属していない。
傷つけられたあの場所でもない。
彼らが属すべき世界は、もうここだ。
そして未来は……
今夜を境に、確かに変わり始める。




