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「――痛みの記憶。でも、もうひとりじゃない」

訓練が終わった。


脚は震え、

手は痺れ、

呼吸は乱れたまま。


エイデンはセレアと話すため、その場を離れていた。


九人の子どもたちは木の下に座り込み、黙っていた。


疲れ果て、

体も心も痛み、

それ以上に――


今日の失敗が、ぞっとするほど鮮明な“前世の記憶”を呼び起こしていた。


最初に口を開いたのは、ダエルだった。


「……ぼく、ダメだった。

走り出してすぐ転んで……立っていることさえできなかった」


マイアが悲しそうに彼を見る。


「ダエル、自分を責めないで……」


しかしダエルは俯き、胸の奥がゆっくりと開いていく感覚に襲われた。


思い出したのだ。


あの冷たさ。

ゴミの臭い。

固いアスファルト。


空腹で眠り、

目的もなく歩き、

浴びせられた心ない言葉。


――「どっか行け!」

――「臭ぇんだよ!」

――「働けよ、クズが!」


退屈した不良たちに殴られた日も。

誰にも助けてもらえなかった日々も。


ダエルは拳を握りしめる。


「ぼく……ずっと邪魔者だった。

誰にも、見てもらえなかった」


ウラがそっと腕に触れた。


「でも今は……みんな、ダエルをちゃんと見てるよ」


他の子も集まってきた。


ダエルは震える息を吐く。


「だから……もうみんなを裏切りたくない」


ノアがうつむいたまま、手を握りしめていた。


「……私、前の世界では教師だったの」


カイレンが驚いて顔を上げる。


ノアは続けた。


「子どもたちは可愛かった……でも、プレッシャーが酷くて。

三十五人のクラス。

怒鳴る保護者。

聞く耳を持たない上司。

深夜までの書類仕事。

トイレで泣く毎日……」


声が震えた。


「ある日……教室で倒れたの。

体が限界だった。

でも……誰も助けてくれなかった」


静かに涙がこぼれた。


ダエルがそっと頭に手を置く。


「ここでは……もうひとりで倒れないよ」


ノアは反射的に彼を抱きしめた。


コマは膝を抱え、俯いた。


「私は……小説家になりたかった。

ずっと書いてた……でも誰にも読まれなかった」


その言葉は、まるで自分自身を刺す刃のようだった。


「家族には“無駄だ”“やめろ”って言われて……

夢なんか見るなって……

何百時間も書いたのに、失敗するたびに……消えたくなった」


マイアが抱きしめる。


「コマの言葉はすごいよ。

私たちをつないでくれる。

独りじゃない」


コマは、転生して初めて声をあげて泣いた。


マイアも震える声で言った。


「私は……絵を描くのが好きだった。

でもね……」


脳裏に浮かぶ。


無残に踏みつけられた絵。

部屋に響く嘲笑。


――「こんなの価値ない」

――「才能なんてない」

――「夢見てる場合?」


大切な絵が破かれた瞬間。

心が折れたあの日。


マイアは目を覆った。


「私は……ゴミだって思わされた……」


リンカがそっと肩に手を置いた。


「私は……マイアの描く世界、一番好きだよ」


マイアは涙を流しながら友の胸に顔を埋めた。


ウラは胸に手をあて、かすかに震えた。


「私は……歌ってた。

誰かに、必要としてほしくて……

ずっと笑ってた……」


深い呼吸。


「でも裏では泣いてた。

声も、体も、全部批判された。

完璧じゃないって……責められた」


唇が震える。


「ある夜……ステージで倒れた。

誰も手を伸ばしてくれなかった」


ダエルはためらいなく抱き寄せた。


「今は──ちゃんと抱きとめるよ」


ウラは泣きながらしがみついた。


カイレンは震える手を見つめた。


「私は……命を救おうとしてた。

でも、プレッシャーも責任も重すぎて……

患者が死んで……家族が泣いて……

私を責めて……」


呼吸が乱れる。


「失敗した手術のせいで……全部失ったの。

だから……もう失いたくない……ここでも……」


ダエルはそっと彼女のもう片方の肩を抱いた。


「カイレン……君はもう一度、僕たちを救ってくれた。

誰よりも信じてる」


カイレンは静かに泣き崩れた。


サヤは涙を拭いた。


「私……店をやってたの。

でも倒産して……借金が膨らんで……

全部、夫のギャンブルが原因で……

気づいたら、一人ぼっちだった」


ルミがぎゅっと抱きしめる。


「サヤ……一緒にいるよ」


ルミは震える声で続けた。


「私は……お酒に逃げてた。

会社も地獄で……

上司に怒鳴られて……

同僚に無視されて……

肝臓を壊した時……思ったの」


――“なんでまだ生きてるんだろう”と。


ダエルがそっとハンカチを差し出す。


「ルミ……物語はまだ終わってないよ」


ルミは泣きながら彼を強く抱きしめた。


そして、最後にリンカ。


みんなが頼りにする、強い少女。


だが彼女は、ずっと俯いたまま。


「私は……走ってた。

それしか……できなかったから。

家族に愛されなかった。

放置されて……独りで……

走らないと、心が壊れそうで……

痛いことも、苦しいことも……全部忘れるために」


震える瞳。


「本当は……逃げてただけ」


ウラが静かに手を握る。


「もう逃げなくていいよ。

だって……私たちがいるから」


リンカは、初めてのように微笑んで泣いた。

ダエルは大きく息を吸い込んだ。


「みんな……ひどいことを経験した。

苦しんだ。

ずっと……ひとりだった」


ノアがそっと彼の手を握る。


「でも、今はもう……一緒だよ」


コマが震える声で言った。


「そしてもう……二度と……

ひとりで死なない」


マイアが続く。


「もう……あきらめたりしない」


ウラが涙を拭い、微笑む。


「もう……泣いても、聞いてくれる人がいる」


カイレンは胸に手を当てて言った。


「失敗しても……支えてくれる人がいる」


ルミが優しく抱きしめながら。


「歩く時も……手をつないでくれる」


サヤも笑った。


「怖くても……抱きしめてくれる誰かがいる」


そしてリンカが皆を見回す。


「私たちは……家族だよ」


最後に、ルミ――その声は柔らかくて、どこか神秘的だった。


「そう。

生まれ変わった家族……

苦しむためじゃなく……

本当に“生きる”ために」


九人は自然に抱き合った。


涙も、笑いも、温もりも――

初めてひとつになった。


彼らの胸の奥で、

誰も口には出さなかったが、確かな誓いが生まれた。


――もう二度と、壊されない。

――もう二度と、ひとりじゃない。

――もう二度と、あきらめない。

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