「失われた残響の洞窟」
森の様子は、守護者が目覚めたあの日からどこか変わっていた。
青いキノコはより強く輝き、
大樹の根はまるで脈打つように呼吸し、
風は遠い囁きを運んでくる――
まるで、森そのものが彼らに語りかけているように。
小さな広場を歩いていた時、
最初に気づいたのはダエルだった。
「……聞こえる?」
ルミが足を止める。
「風の音……じゃないよね?」
マイアが静かに首を振る。
「ちがう。これは……歌声。」
ウラが耳を傾ける。彼女の聴覚は誰より鋭い。
「うん……とても小さくて……すごく悲しい声。」
ノアは周囲を見回し、真剣な声で言った。
「離れちゃだめ。みんな一緒に行こう。」
九人は光る根と青い茂みを抜けながら前へ進む。
自然とルミが先頭に立った。
誰も押しのけていない。
ただ――森が彼女を選ぶのは当然のことのようだった。
青い小川のそばで、ルミはねじれた木の幹に触れた。
「……ここ。」
リンカが眉を上げる。
「え? 何もないじゃん。」
しかしルミが幹を押した瞬間――
大地が震えた。
地面が砂のように流れ、形を変える。
サヤが悲鳴を上げ、ノアの後ろに隠れる。
コマは二歩後ずさる。
マイアは目を輝かせた。
「動き方が……扉みたい。」
ダエルが慎重に割れ目へ近づき、石を触った。
「守護者が目覚めたことで……これも動いたんだ。」
割れ目が大きく開き、
黒く湿った深い入口が姿を見せた。
洞窟だ。
ルミが一歩踏み出すと、石壁の文字が青く光る。
「……古いけど、危なくはないよ。」
「わたしたちみたい」とウラは思ったが、言わなかった。
洞窟の中は細くて暖かく、
滑らかな石壁には淡い青のルーンが刻まれている。
足音が反響すると、
まるで隠れた楽器が優しく鳴っているようだった。
途中でマイアが古い刻印の前で立ち止まる。
「……少し読める。文字というより……絵に近いけど。」
「なんて書いてある?」とダエル。
マイアは指でなぞりながら答える。
「“残響”……
その下は……“知識”。」
ノアが頷く。
「じゃあ、ここは古代の図書館……」
「図書館?」とサヤ。
コマが教えるように言う。
「本を置く場所……」
サヤの目が大きく開いた。
「本!? コマが書いてたやつ!」
コマは耳まで真っ赤になる。
「ま、前の私は……書いてただけで……上手くないよ……」
「上手だったよ。」とリンカは迷わず言った。
コマは恥ずかしそうに微笑む。
やがて洞窟は円形の大広間へと続いた。
中央には石の台。
壁には本棚。
その上には――
本。
古びて、青い埃に覆われた本が何十冊も並ぶ。
閉じられたものもあれば、光に支えられて浮かぶものもあった。
九人は息を呑む。
ダエルが最初に手を伸ばした。
黒い表紙、月の紋章。
開くと、白い文字が蛍のように舞い上がる。
「……魔法だ。」
カイレンは緑色の温かな本を手に取った。
ウラは光の旋律が刻まれた楽譜本を。
マイアは複雑な絵画が並ぶ画集を。
ノアは図面だらけの設計書を。
コマは自分より大きな辞書のような本を。
リンカは金属製の重い本を。
サヤは植物図鑑を。
ルミは――
取らなかった。
“取られる”ほうだった。
高い棚から一冊の白い本が浮かび、
まるで彼女の名を呼ぶかのようにルミの手へ降りてくる。
そのページは白紙。
だが、ルミが瞬きをするたびに文字が浮かんだ。
「……話しかけてる。」
青い光が部屋を走る。
本棚の本が震え、
壁の奥に文字が浮かび上がった。
『九つの残響を理解する時、
地平樹への道は開かれる。』
誰も声を出せなかった。
最初に口を開いたのはダエルだった。
「残響……
守護者が言ってた言葉。」
ノア
「じゃあ、この本たちは……私たち自身のもの。」
ルミは白い本を抱きしめる。
「きっと……待っていたんだと思う。」
カイレンが心配そうに問う。
「これ……エイデンに話すべきだと思う?」
ルミは黙る。
ルミはいつも“必要な時だけ”言う。
ルミの代わりにノアが答えた。
「まだだめ。
これは私たちのこと……まず自分たちで理解しないと。」
ダエルが頷く。
「これは……九人だけの秘密。」
するとルミの本が――
ぱらっ、と勝手にめくれた。
まるで同意するかのように。
洞窟を出ると、
青い光の森はまるで“ずっと見守っていた”ように輝いていた。
ルミが小さく囁く。
「この森は……守ってくれる。
だけど同時に……準備もしてる。」
ダエルは遠くの避難所を見る。
「エイデンは……怒るだろうな。」
ウラは苦笑する。
「でも……学ばなきゃ。」
マイアが本を抱え、嬉しそうに言った。
「うん。だって――
私たちは九人で……
守護者に選ばれたんだから。」
九人は本を胸に掲げる。
それぞれ違う本。
それぞれ違う力。
だけど、皆同じ運命の一部。
古の残響――九人の運命が、ここから動き始める。
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