「三年後──“避難所”が“家”になった日」
暖かな風が避難所の入り口を通り抜け、
蒼い森の葉が静かな海のように揺れた。
もう赤子ではない。
三歳になった子どもたち——
しかしその魂は、もっとずっと古かった。
セリーアは岩に腰を下ろし、走り回る子供たちを見守る。
「リンカ、サヤを強く押さないの!」
ノアが笑いながら注意する。
「サヤのほうが先にやったんだもん!」
腕を組んで抗議するリンカ。
「うそぉぉぉ!」
サヤは涙目。
「やややや〜」
ウラが歌うように仲裁する。
相変わらず、可愛い大騒ぎだった。
ダエルは胡坐をかき、木の棒を石で削って集中している。
マイアはそれを横目で見て、手の動きを真似しようとしていた。
コマは木板にぎこちない文字を描き、
ルミ はノアから教わった呼吸法で心を落ち着けている。
そしてルミは——
少し離れた場所で、蒼の地平線をじっと見つめていた。
銀の瞳は、他の子には見えない何かを見ていた。
セリーアは小さくため息をつく。
「もう赤ちゃんじゃないけど……
やっぱり私の子たちだわ。」
エイデンが避難所から出てくる。
力は戻り、もう片腕だけでもしっかりした足取りだった。
軽装の旅服、補強されたブーツ、短いマント。
その姿は威厳を帯びていたが、子どもたちを見る目だけは優しい。
「おはよう。」
疲れた笑みを向ける。
子どもたちは一斉に群がった。
「エイデン!」
「絵を見て!」
「魔法手伝って!」
「変な石見つけた!」
「サヤが噛んだ!」
「嘘つき!」
「エイデン、エイデン、エイデン!」
小さな腕に絡まれながら、彼は笑った。
「一人ずつ……頼む、順番にだ。」
セリーアは腕を組む。
「ね? 小さな嵐が九つよ。」
「それでも——」
エイデンはルミを見た。
彼女は静かに、しかし深く彼を見返していた。
「この子たちは、このままでいい。」
彼らは森の光が差し込む“特等席”へ集まった。
ダエルが言う。
「……じゃあ、みんな思い出してるんだよね。
日本のこと。」
ノアが小さく頷く。
「はい。もう疑いはありません。
私たちの前の人生は——日本でした。」
マイア:
「アトリエの匂いがまだ思い出せる……」
リンカ:
「私の花屋……なくなっちゃう前の……」
ウラ:
「ステージのこと……歓声も、罵声も……全部。」
ルミは膝を抱え込む。
「私は……会社。痛み。お酒……」
サヤが手を取る。
「ルミはひとりじゃないよ。」
コマは と地面に書いた。
過去は遠い。
でも、心の中には残っていた。
ルミは木々の隙間の蒼い空を見上げる。
「……ねぇ。
三歳になっても、まだ“何かが足りない”気がする。」
ダエルは目を閉じる。
「……うん。まだ“全部じゃない”感じ。」
ウラが囁く。
「エイデンは……気づいてるのかな?」
ノアは首を振る。
「まだ。
そして話すべきじゃない……今は。」
みんなが頷いた。
それは——
彼らだけが共有する、日本からの最後の秘密だった。
エイデンが呼んだ。
「全員、集まれ! 訓練の時間だ。」
子どもたちは走って集まる。
エイデンは一人一人を見る。
ダエル:集中と規律
ノア:戦術
リンカ:力
ウラ:音魔法
コマ:記憶
カイレン:治癒魔法
サヤ:耐久
マイア:視覚認知
ルミ:情緒制御
ルミ:深層魔力感応
彼は分かっていた。
彼らが“特別”であること。
だが、まだその本質までは——。
「今日から基本防御だ。
この森の外は……安全じゃない。」
セリーアの顔が曇る。
「もう……?
本当に外へ連れて行くの?」
エイデンはしばし黙ってから言う。
「この避難所は……もう彼らを隠しきれない。」
ルミ が眉を寄せた。
彼女も分かっていた。
——近づいている。
遠く、暗く、冷たい“何か”が。
訓練の途中、カイレンが立ち止まった。
「……エイデン。
何か、来ます。」
他の子も一斉に身震いした。
ダエル:
「森の奥に……何か。」
ウラ:
「音……違う。」
マイア:
「影が……動いてる。」
ルミ はエイデンの手を握った。
「こっちへ向かってる。」
セリーアが青ざめる。
「な、何が……?」
エイデンは剣に手をかけた。
「本来……この領域に踏み込めるはずのないモノだ。」
子どもたちは互いに見合った。
恐怖もあった。
でも——決意もあった。
ダエルは光を灯し、
ウラは声を整え、
リンカは拳を固め、
ノアはルミの前に立ち、
コマは棒を拾い、
カイレンは治癒の光を集め、
サヤは深呼吸し、
マイアは森を細かく観察し、
ルミはエイデンの手を強く握る。
エイデンは低く呟いた。
「……平和な時間は、終わった。」
子どもたちは理解した。
三年は過ぎた。
これから訪れるのは——
彼ら九人の本当の物語。
その始まりだった。




