「小さな壊れた家族のはじまり」
避難所は、青い夜明けの光で満たされていた。
天井のホタルがふわりと泳ぎ、
石壁にやわらかな影を落とす。
今日は初めての朝だった。
逃げなくていい朝。
怯えずに呼吸していい朝。
そして——
セリーアが“家”のようなものを感じた朝。
セリーアは聞き慣れた声で目を覚ました。
——うぇぇ……うぇぇ……
泣いていたのはルミだった。
空腹でも、寒さでもない。
それは震える泣き声。
乗り越えられなかった悪夢を、まだ背負っている泣き方。
セリーアはそっと抱き上げ、揺らす。
「しー……大丈夫。ここは安全よ。」
ノアがはいはいで近づき、
まるで助けようとするようにルミの腕に手を添える。
ルミは深く息を吐いた。
(……ありがとう。
ごめんね……。)
言葉にできなくても。
ダエルは、意識の戻ったエイデンのもとへはいはいで向かう。
エイデンは弱く微笑んだ。
「……おはよう、ダエル。」
ダエルは手を上げる。
まるで大人のような、深い意味を込めた挨拶。
エイデンの胸がきゅっと痛んだ。
ダエルはそっと彼の脇に頭を寄せた。
胸元から淡い光がにじむ。
エイデンの呼吸が少し楽になる。
(少しでも……助けたい……)
彼の“大人の心”はそう願っていた。
ウラは石の上に座り、
いつものように小さな鼻歌を歌っていた。
ノア、サヤ、マイアが周りに集まり、うっとりと聞き入る。
リンカは床を叩いてリズムを刻み、
コマは揺れるランプを指差す。
セリーアは笑う。
「ウラ、立派な観客ができたわね。」
ウラは微笑んだ。
まるで初めて“本物の拍手”をもらったアイドルのように。
カイレンはその輪には加わらなかった。
彼女はエイデンを見ていた。
はいはいで近づき、
彼の健康な腕、額、包帯の残った腕にふれる。
「ん……あ……」
セリーアがささやく。
「また熱……?」
カイレンは毛布をとん、と叩く。
“ここ。熱い。”
エイデンは弱く笑う。
「……すごいな、小さな医者さん……」
カイレンは恥ずかしそうに目を伏せた。
かつて称賛に押しつぶされた記憶がよぎったのかもしれない。
ルミ(Lumi)はエイデンの横にぴたりと寄り添う。
彼女がいるだけで、彼の呼吸が安定する。
銀白の髪がふわりと輝き、
淡い青の瞳はずっとエイデンを見ていた。
エイデンはつぶやく。
「……まだ、そばにいるのか……?」
ルミは小さな手を、そっとエイデンの胸に置いた。
その仕草は言葉を超えていた。
“ひとりにはさせない。”
セリーアはそれを見て悟る。
——ルミは、何かを“知っている”。
◆ 朝の大騒ぎ:入浴タイム
セリーアが呼ぶ。
「はい、みんな〜、お風呂よ〜!」
そして大混乱が始まった。
リンカ → ばしゃばしゃ暴れる
サヤ → 「つめたい〜!」(実際は温かい)
マイア → 泡を芸術作品のように眺める
ウラ → 声が響くのが楽しくて歌が大きくなる
コマ → 壁の模様を分析して指差す
ルミ(Rumi) → 震えるがノアが抱けば落ち着く
カイレン → 水温チェックを始める
ダエル → 温かさにじっと浸る
ルミ(Lumi) → セリーアの腕の中で静かにエイデンを見守る
セリーアは声をあげて笑った。
「まるで……本当の家族みたい。」
◆ 朝食:小さな心が見せる“癖”
セリーアは森の薬草を使い、
柔らかいおかゆを作った。
九人はそれぞれの“らしさ”で食べる。
ノア → きちんと
サヤ → そわそわ
マイア → 興味津々
リンカ → 元気いっぱい
ウラ → 鼻歌しながら
コマ → 観察しながら
ルミ(Rumi) → ちょっと泣きながら
ダエル → 静かに味わう
ルミ(Lumi) → 深い落ち着き
エイデンは寝床からその様子を見つめていた。
疲れた瞳に——
久しぶりに宿ったもの。
希望。
九人が笑い、泣き、食べ、動く姿を見ながら……
エイデンは目を閉じ、小さくつぶやいた。
「……こんな光景を、もう一度見られるなんて……」
セリーアは聞こえてしまった。
「何を?」
エイデンは答えない。
代わりに——ルミを見た。
ルミも同じようにエイデンを見る。
そこで、セリーアは確信した。
エイデンとルミは“ある秘密”を共有している。
他の八人にも、自分にも、まだ分からない秘密を——。
「石の避難所で——
疲れた乳母と、傷ついた貴族と、
魂の砕けた九人の赤子たちが暮らし始めた。
本来なら世界に壊されるはずのなかった、
“小さな家族”として。」




