「九つの瞳、九つの過去——色が目覚めた日」
避難所は静まり返っていた。
エイデンはまだ青ざめたまま、
清潔な毛布の下でゆっくりと息をしている。
セリーアは部屋を歩き回り、
すべてが安全か確かめていた。
そのとき——
九人の赤子たちが、まるで小さな合唱のように、
次々と眠りから目覚めはじめた。
セリーアは息をつき、微笑む。
「おはよう、小さな子たち。」
だが、その日。
初めて、セリーアは“本当の彼ら”を見た。
◆ 1. ダエル —— 深い瞳の放浪者
一番に目を開けたのはダエルだった。
短く、少しぼさついた黒髪。
決して整えられることのない反抗的な質感。
しかし最も印象的なのは——
幼子とは思えないほど深く、黒い瞳だった。
セリーアが作った小さな茶色のシャツを着ている。
袖が少し余っていて、とても可愛らしい。
ダエルは服の端をそっと触りながら思う。
「……壊れていない服なんて……慣れてない……。」
“心地よさ”が胸を刺した。
それは彼が持ったことのない感覚だった。
◆ 2. ノア —— 自然な秩序を生む教師
ノアは起きるとすぐ、
まるでみんなを整列させるように座り込んだ。
まっすぐ落ちる栗色の前髪。
普通の赤子ではあり得ない整った形。
白い小さなチュニックに、
ベージュのリボンがついている。
シンプルで清潔、まさにノアらしい。
彼女は真剣な眼差しで周囲を見る。
「秩序を……保たなきゃ。
この身体でも……。」
サヤが倒れそうになると、
小さな手ですぐ支えた。
教師としての本能は消えない。
◆ 3. リンカ —— 消えないために叩く花屋
リンカは壁へと這っていくと——
ぱん、ぱん、と小さな手で叩き始めた。
淡いピンクの髪がふわりと揺れ、
花びらのように柔らかい。
薄い緑色の小さなワンピースは、
まるで彼女自身が一輪の花のようだった。
だが、瞳には強い炎がある。
「私は生きてる。
消えてなんていない。
もう絶対……負けない。」
一つ一つの打音が、彼女の宣言。
◆ 4. ウラ —— 観客のいない歌姫
ウラは小さな鼻歌とともに目を覚ました。
いつもそうだった。
柔らかな金髪。
暗がりでも光を含むような美しさ。
長い睫毛に包まれた大きな瞳。
まるで舞台の上に立つ準備をしているかのよう。
ピンクのワンピースには、
肩に小さなリボンがついていた。
ウラが鼻歌を続けると、
魔法のランプがふるりと揺れる。
「……静寂には戻りたくない。
もう、二度と。」
◆ 5. コマ —— 世界を指差す作家
コマはゆっくりと目を開けた。
真っ直ぐ伸びた黒髪。
整っていて、どこか知的な雰囲気さえ漂う。
薄い紫色のチュニックを着ていた。
壁に描かれた紋様を見つけると——
指をさす。
また、さす。
そしてもう一度。
セリーアは苦笑する。
「はいはい、見えてるわよ、小さなコマ。」
だが心の中では必死だった。
「書けない……話せない……。
なら……示すしかない。
消えたくない……私を忘れないで……。」
◆ 6. カイレン —— 小さな身体の医師
カイレンは目覚めるやいなや、
エイデンへと向かって這っていった。
白く波打つ柔らかな髪。
癒し手のような淡い緑の瞳。
彼女は薄い水色のシャツを着ている。
包帯の腕に小さな手をそっと置くと——
ほんのりと光が生まれた。
セリーアは息をのむ。
「もう命を救えなくても……
少しでも助けたい。」
本能が動いていた。
◆ 7. サヤ —— 温もりを求めるパン職人
サヤはよちよちとノアの脚へしがみつき、
小さく泣き始める。
オレンジ色の髪を
ふたつの小さな三つ編みにしてあり、
黄色の服はまるで弱々しい陽だまりのよう。
泣き声はわがままではない。
「……あのパン屋みたいな……
あったかい場所がほしい……。」
サヤの涙は、失われた温かさの記憶だった。
◆ 8. マイア —— 世界を色で見つめる芸術家
マイアは起き上がると同時に、
壊れた窓から差し込む青い光に目を奪われた。
肩にふわりとかかる薄紫の髪。
瞳は、いつだって誰かの絵画を想像しているように輝いている。
白いワンピースに青い刺繍。
彼女自身がキャンバスそのもののよう。
手を伸ばし、光を掴むように動かす。
「この世界の色……
もっと知りたい……。」
◆ 9. ルミ —— 罪と震えを抱えた秘書
ルミは震えながら目を覚ます。
短い灰色の髪。
幼い顔なのに、どこか疲れている。
深緑のシャツと柔らかいズボン。
落ち着く色を好むのは、
かつての彼女の癖だろう。
視線はすぐにノアとカイレンを探し、
近づく。
服をぎゅっと握りしめ、
不安に息を吐く。
「……また壊れたくない……
またあの病気にも……お酒にも……戻りたくない……。」
その弱さは、身体ではなく心のものだった。
◆ 10. ルミ —— 弱くて、でも強く光る少女
ルミは音もなく目を開けた。
淡い青の瞳が、
まるでエイデンの心の奥を映す鏡のよう。
雲のように柔らかな銀白の髪。
光を吸うような白い小さなドレス。
セリーアが特別な箱で見つけた服だった。
彼女はそっとエイデンの胸に触れる。
その目は言っていた。
「私は知ってる。
あなたが誰なのか。
そして……隠している痛みも。」
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