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強化日本異世界戦記  作者: 関東国軍
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第92話 深刻な事態

なぜ毎回投稿頻度が落ちる…………

第92話 深刻な事態



石畳の街道を囲むようにして四方八方から敵からの砲撃が雷鳴のように地上へと降り注いでいった。


その砲撃の雨を掻い潜るようにジュニバール帝王国軍人達が小銃を肩へ背負い、辺りに黒煙が立ち込め、視界を狭める街道を動き回る。


また、ある兵士は輸送車と連結させた大砲を、いま尚も砲撃が鳴り止まぬ街道の方向へと調整させている。


車輌数台が横並びでも余りある幅広い街道を数門の対戦車砲の砲塔が各々の射線が重ならないように展開していくなか、1人の兵士が視線の先から見える存在に警鐘を鳴らす。


「正面より敵戦車!真っ直ぐ向かってきます!」


視線の先に見える敵へ指を指して付近に立つ指揮官へと知らせる。


大隊を指揮していた中佐はすぐに背後にいた魔信兵へと指示を飛ばす。


「後方の連隊長へ報告しろ!日本軍の戦車部隊を視認! 応援を求む!また、前方にいる中隊は壊滅したと判断する!」


「し、しかし魔信は機能しません!」


魔信兵が背負った魔信機は音の割れた返答しか返ってこない事を伝える。それに中佐は苛立ちを含めた声で言う。


「だったら走ってでも報告しろ!」


大急ぎで後方へと走っていく魔信兵。それを一瞥した中佐はこの場にいる小隊へ命令を出した。


「大砲用意!調子に乗った日本人共に眼にものを見せてやれ!」


すぐに大隊に所属する砲兵達が砲撃準備をする。事前に大方は調整済みであるため、既に照準を定めるところもいた。


砲兵が大砲の装填部扉を開けて近くの木箱から砲弾を詰め、その脇にある手回しハンドルを大急ぎで回して遥か先に見える日本の戦車へと照準を調整していく。


「装填完了しました!」


展開された数門の大砲の準備を終えると砲兵長が中佐へと報告した。


「砲兵長!充分な距離で砲撃をしろ。 これ以上、奴等をのさばらせるなよ!」


「はっ!」


中佐の言葉に、経験豊富な砲兵長は敬礼で応える。


険しい表情で前方から微かに見える日本軍の戦車を凝視する彼等は双方の距離が狭まるのを待つ。


やがて最初は1両しか見えなかった戦車の後方から続々と何両もの戦車が現れるのを目にして、前方で待ち構える何名かの若き兵士達は息を飲んだ。


「6、8、11…………」


そんな若き兵士達とは裏腹に砲兵長は冷静に日本軍の戦車の数を数える。そこへ横にいた副砲兵長が言う。


「数が多いです。いま我が大隊にある大砲では苦戦が伴うかと。」


一筋の汗を垂らす副砲兵長に、数を数えていた砲兵長が一喝した。


「黙って命令を待て。初撃で先頭の戦車を破壊すれば良いだけだ。やることは魔獣駆除と同じだ。」


それに副砲兵長は黙った。


そうしていると、前方の日本側から1つの変化が起こる。


「敵戦車、停車しました!」


砲兵長等よりも後方にいた双眼鏡で監視していた兵士の1人が言う。これに近くにいた大隊指揮官である中佐が反応した。


「陣形を整えるつもりか?我々を目の前にして何と呑気な連中だ!」


挑発行為と捉えた中佐は怒りで肩を震わす。そこへ続けて変化が起こった。


バタバタバタバタ…………!


空から轟音が鳴り響く。その音は彼等の耳にも入り、困惑が広がった。


「何だこの音は?」


明らかに先ほどから聞き慣れた小銃や大砲の発砲音や着弾音では無い、まるで何か重厚な物で空気を叩いたような異様な音に、中佐が部下達へ聞く。


その質問に答えれる者もいる筈もなく、一時の沈黙の間が流れるが、答え合わせは彼等が望まぬ形でやってきた。


「前方の空から何かが来ます!」


再び双眼鏡で前方の日本軍戦車を監視していた兵士がそう中佐に報告する。


「何かとは何だ!ハッキリ報告しろ!」


曖昧な報告をする兵士をそう叱責する中佐、しかし言われた彼は困惑を隠さぬ様子で言う。


「はっ!なにぶん見たことの無い物でして……」


そんな彼の返答に、中佐は自分で見た方が早いと確信して、強引に彼から双眼鏡を取ってその何かを確認した。


「な、なんだ。あれは……」


双眼鏡で見た中佐は少なくとも彼の言った内容に語弊は無いことは分かった。敵戦車の真上を飛ぶ物、それには確かに見たことない姿をしていたからだ。


空を飛来する飛行機や飛竜等とは異なり、本体らしき上部に取り付けられた高速で回る羽根のような物、この空気を叩くような轟音の正体はあれであろう。


そんな得体の知れない物体に中佐が指揮下にある大隊へ指示を出すよりも先に、それが動いた。



高速で回るヘリコプター上部のメインロータが周囲の空気を叩き付ける音と小尾にあるテールロータが空気を切り裂く音を周囲に轟かせていたAH-64D通称アパッチ・ロングボウの操縦士から無線機へと言葉を発する。


『ドラゴン01よりイノシシ隊へ、敵大隊への攻撃を開始する。』


そう本隊へ報告を終えると、操縦士は機関砲の発射ボタンを押す。


機体操縦席の下部に取り付けられた30mm機関砲が街道上に展開したジュニバール帝王国陸軍大隊へと砲弾を烈火の如く降り注いだ。


大人の手と程度の大きさを持つ砲弾が対空火器を持たない彼等の身体を次々と引き裂いた。


操縦席から操縦梶を上下へと捻り、街道全体に機関砲撃を繰り出していく。


続けて操縦士は機関砲の発射ボタンのすぐ下にあるボタンを押した。すると機体両翼の下部に取り付けられたロケットポットから70mmロケット弾が1秒間に1発の早さで発射された。


ロケット弾は街道に展開された数門の大砲へと着弾、大きな土煙が混ざった爆煙が起こる。


『ドラゴン01よりイノシシ隊へ、大砲の沈黙を確認。当隊はこのまま先へ進む。』


『イノシシ01よりドラゴン01へ、了解。前方の残敵を処理次第、地上部隊も前進する。』


AH-64Dに搭乗していた操縦士は機体先端にあるカメラ(アローヘッド)から、真下に展開した第2戦闘団の地上部隊が再び街道を進む光景を確認する。


地上部隊は90式戦車を先頭にして街道で鉄屑と化した敵の大砲を回避するように進路方向を調整しつつ進む。


そんな彼等を確認した操縦士は、握っていた操縦悍に力を込めて機体を前方へと動かす。


「早いとこ、敵の詳細な場所を調べるぞ。ドローンは全て持っていかれたんだからな。」


副操縦士兼射撃手を勤める前席操縦席に座る操縦士が、アローヘッドから映し出される映像を注視しながら後部座席で機体の操作をする正操縦士に言う。


「分かってるよ……しかしウチの大佐は何を考えてるんだ? いきなり全てのドローンを逃げた敵の捜索に使うなんてよ。」


お陰でこっちの仕事量は増えるばかりだ。そう正操縦士は愚痴を溢す。 


「そう言うな。数百以上のドローンを動員するんだ。すぐに敵を発見してこっちに戻すさ。」


副操縦士の言葉に、正操縦士は渋々ながらも納得して、操縦画面に視線を落とす。


画面には現在地から遠くに見える街道の先を捉えた視点カメラ映像を映していた。


『ドラゴン05より全隊へ、敵連隊の司令部と思われる部隊を確認した。攻撃を実施するため当該区域への支援を求む。』


そこへ先行していた別のAH-64Dの機から無線が入る。同時に操作画面からはその機体から送られてきたであろう座標数値も表示される。


「ドラゴン01より05へ、直ちに急行する。」


正操縦士はそう無線で返し、操縦悍を握って機体を傾けて送信された座標へと向かった。






時を同じくして街道から外れて行動しているスロイス大佐達一向。


部隊を細かく別けて日本軍からの追撃を逃れていた彼等は現在、この周辺でも特に木々が燦々と生い茂る地域を歩いていた。


その部隊の殆どが徒歩による行進。更には足場の悪い斜面を下るようにして、友軍のいる安全圏を目指している。


この決断を下した本人、スロイス大佐は後方から聞こえてくる轟音に後ろを振り向く。そこへ部下の肩を借りて歩くカーネル上級軍曹が声をかける。


「やはり敵の戦車部隊の様ですな。あのまま街道を使っていればと思うとゾッとします。」


「カーネル上級軍曹……」


何か言いたげな表情をするスロイス大佐。


「大佐殿の仰りたい事は分かります。しかしここは耐えてください。

 この先を生き延びてこそ、より多くの同胞を救う一手へと繋げれるのです。」


「分かっている。だが…………頭では理解しているのだがな。」


難儀なものだ、そう小さく呟いたスロイス大佐のもとへ、同じ部隊で先行偵察をしていた兵士の1人が報告する。


「大佐殿、ここより前方で道を見つけました。見たところ、どうやら獣道のようです。

 足跡を見ても大型魔獣の類いはいないと思われます。」


その報告に、カーネル上級軍曹とスロイス大佐は互いに見合わせた。


「道獣だとしても道は有難いな。この斜面では無駄に体力を消耗してしまう。」


「同意見です。しかし、敵の追撃部隊がいた場合、それを辿って発見される可能性が高まりますが……そう成らない事を祈りましょう。 

 他の隊はどうだった?」


「はっ、別の隊も同様に獣道を見つけて友軍と合流する様です。」


「ならば我々も急ごう。」


スロイス大佐の言葉に、この場にいた者達は頷き、先にある獣道へと向かう。





そんなスロイス大佐等のいる隊から数km離れた位置に別の隊が見える。


数にすれば十数名程度の小隊規模で、一般的なジュニバール帝王国陸軍の歩兵装備を持った彼等は途中で川を見つけ、その場で小休憩を取っていた。


街道からある程度の距離まで走っていたのもあり、川から流れる水を持っていた水筒に補充して飲む者、そのまま両の手で掬うようにしてガブ飲みする者、側にある石に腰掛けて息を整える者などその方法は様々だが、彼等に共通する事は疲れきった身体を癒す事だ。


そうして再び動ける程度には疲労が癒えたと判断した時、ある1人の兵士が違和感を感じ取って上空に視線を上げる。


「…………?」


木々の枝葉をすり抜けるように太陽の日差しが目に刺さるが、その先に見える飛行物体を見つけて、身体を硬直させた。


「っ!? 不味い!」


彼がそう吐き捨てると同時に日本の攻撃ドローンは搭載していた爆弾を投下した。


辺りに血の混じった水飛沫が飛び散り、周囲にいた仲間の身体を汚す。


彼等は何が起こったか、それを理解するよりも先に隠れていた別の攻撃ドローンが同様に爆弾を投下した。


数瞬後には新たに数人分の血塗れの遺体が川へ横たわったまま流れていく光景を、生き残りの仲間達は見る事となっていた。


「ち、畜生!追手だ!急いでここから離れろ!」


近くにいた1人が叫び、全速力で走った。


それを川切りに次々と攻撃を受けた場所から離れようと他の者達も走る。


余りにも突然の出来事のせいか、置きっぱにした装備を拾う余裕もなく川岸には脱いでいた軍靴やヘルメット、果ては小銃すらをもその場から置いて逃げる彼等を、更なる追撃が迫っていた。


『右側の木の影に1人来るぞ。』


『対応する。』


その追撃の手は、水筒を片手に全速力で川を背にして走る1人を最初の標的とした。


「な、なんだ!?」


息も絶え絶えの彼の目の前に見慣れない乗り物を乗った兵士が現れた。思わず彼はそれを凝視する。


自動二輪車に跨がってこちらを見つめる姿、それが敵である日本軍だと彼が理解した瞬間、彼の眉間に銃弾がめり込む。


彼を射殺した日本軍の兵士は乗っていたオートバイを操縦して近付いて顔を確認する。そしてハンドル脇に設置した携帯の画面と何度も視線を移した兵士は無線機をとる。


『……コイツではない。』


すぐに返答が返ってきた。


『こっちも別人だ。次にいくぞ。』


そう無線での交信を終える。確認を終えた兵士はすぐにオートバイのハンドル操作をして来た道を引き返す。


彼等は池田大佐が送り込んだ第4偵察大隊の自動二輪車部隊であった。


そんな彼等の与えられた任務は1つ。スロイス大佐の抹殺である。



『中隊長より全隊へ、3km東に別の部隊を偵察ドローンが確認した。道中の死体を確認しながら現場へ急行せよ。』






部下への指示を出し終えた隊長は木々が生い茂る森林をオートバイで走る。


例え道の悪い場所であろうとも走れる造りになっている偵察用オートバイと言えども、一般隊員では速度を落とす道を、この男は一切緩めずに走る。


道とも呼べない悪路からオートバイで走れる通路を的確に見つけ、高度なハンドル技術を駆使して走っていく姿は、他のオートバイ隊員が見れば驚嘆するであろう。


それも当然であろう。単純なオートバイ操縦技術で言えばこの男は日本国防軍内でもトップを争う程の腕を持っていた。


第14師団 第4偵察大隊 第1中隊 中隊長。それがこの男の肩書きであり、それは彼の1つの一面に過ぎなかった。


名は喜藤一嘉 大尉の階級を持ち、その胸にはレンジャー徽章・空挺徽章・スキー徽章・射撃徽章・冬戦教徽章・格闘徽章、全部で6つの徽章を付けていた。


6つの徽章である。これは第14師団では文句無しの最多保持者であり、国防陸軍内に置いても彼に並ぶ者は数人しか居ない記録だ。そして彼は去年まで第1空挺団所属だった。


これが意味すること、それは国防陸軍兵士としての能力ならば第14師団では最も優れた人物という事だ。


そんな彼にとって、この程度の悪路など舗装された道と同じ感覚で対応できる。


事実、この男は高速で動く景色から的確に敵の姿を発見して処理していく。


揺れるオートバイに構わず片手で9mm拳銃を取り出して照準を遠方の敵の背中へ合わせて発砲する。


「カルロ!?」

「て、敵だ!」


背後から狙撃されて倒れた仲間に気付いて他の敵兵達が慌てて喜藤大尉の方角へと振り向く。


そこにオートバイに乗って拳銃を向けている喜藤大尉を発見し、すぐに持っていた小銃を一斉に構えた。


喜藤大尉1人に対して数人の同時射撃、しかしオートバイを巧みに操縦して木々の間をすり抜けるように動き回る彼への命中弾は無かった。


「当たらねぇ!」

「糞っ!絶対に近付かせるな!」


ジュニバール兵達がそう言い捨て、ボルトアクション式の小銃に装填をする。


それに対して喜藤大尉は無線で後方から来る部下に淡々と指示を出した。


「中隊長より矢部班へ、敵と交戦中、2、3人を倒して私は先に進む。残りを排除しろ。」  


『こちら矢部。了解しました。』


そう無線での交信を終えた喜藤大尉はすぐさま2発目の発砲を行い、もう1人の胴体へと当てた。


続け様にもう数発を生き残りの敵兵士に向けて発砲した喜藤大尉はそのままアクセルを弛めること無くその場から去っていった。


たった1人の男に2人を殺られた他のジュニバール兵士達は、喜藤大尉が去っていった方角へと銃口を向けたが、視界の悪い木々に囲まれた森林故にもう姿は見えなくなっていた。


喜藤大尉の乗ったオートバイのエンジン音がまだ聞こえるが、敵討ちが出来ない事実に彼等の1人が悔しそうに近くの木を蹴った。


「そんな、カルロとマージが!」

「トルソンも撃たれてる!」


喜藤大尉が最後に放った銃弾の1発が先の2人以外に当たっていたようだ。その当たった兵士は顔を蒼白させて慌てて駆け寄った仲間が脇腹を両手で押さえていた。


「誰か包帯持ってないのか!?」

「カルロが持ってた筈だ!あいつのポケットから持ってきてくれ!」


その声に最初に撃たれた仲間の遺体の元まで慌てて駆け寄ってポケットから包帯を引っ張り出した。


「…………なんだ?」


すぐに包帯を巻こうとしたその時、先の敵が出現した方向から異音が彼等の耳に入る。その異音は仲間達を撃った敵のものと同じだ。


敵だ。そう誰もが気付き、すぐに小銃の引き金に指をかけて迎撃しようと動く。


異音がぐんぐんと彼等に近付くにつれて、彼等の心臓の鼓動も早くなっていった。


「チクショウ…………何処から来やがる……」


生き残りの1人が憎々しげに言葉を漏らす。


木々に視界を遮られた森林地帯。最も頼りになるのは嫌でも耳に入る聴覚、なんとか現れるであろう敵の方向を探るが、定まらない。


見つからない焦りが溢れ、それが限界点に達した1人が立ち上がって場所を移動しようとしたその時、彼の脳天に銃弾が命中した。


「バルガ!?」


隣にいた仲間が眼を見開き、撃たれた男の名前を叫んだ。それが終わると同時に彼も背中を撃たれて大地に伏せる。


「か、囲まれてる!」


動揺して叫んだ生き残りの最後の1人も3方向から撃たれて倒れる。


数体の死体となったその場所を数台のオートバイが通り過ぎた。それを運転していた国防隊員が無線機を取る。


「中隊長が言っていた残党は排除した。このまま後を追うぞ。」


『『『『了解。』』』』


すぐ後ろに続く隊員からの返答を聞くとハンドル脇に設置した携帯画面から追加の情報が表示され、偵察ドローン部隊からの無線が入る。


『トンボ隊よりオートバイ隊へ、4-A区域に小隊規模の敵を発見。該当座標は【a-2ファイル】に送信した。

 付近にドローン部隊がいないため貴隊への対応を求む。』


「こちら矢部班、すでに中隊長が現場へ向かっている。我が班もそれに続く。佐藤班と伊部班も続け。」


『佐藤班より矢部へ、了解。』 

『伊部班より矢部へ、了解。』


『トンボ隊より矢部班へ、了解。援護として攻撃ドローンを向かわせる。』


そこで通信を終えてオートバイの速度を上げた。






対戦車ヘリコプター連隊に所属するAH-64Dが地上を線のように敷かれた街道上のジュニバール帝王国の地上部隊を一掃した区域を第2戦闘団の地上部隊は進軍する。


『イノシシ隊01より全隊へ、7-全区域はオールクリア。04と05は輸送隊の護衛が完了後に8-C区域に展開する敵部隊の撃破に向かえ。』


普通科隊員を乗せた人員装甲輸送車の運転席に座る隊員は、ハンドル脇に掛けた無線機からの命令を耳にする。


『05より01へ、了解。』


この輸送隊を護衛している戦車小隊の小隊長がその命令に応える。


無線内容が正しければ既にこの周辺区域は完全に日本側が確保したことになる。つまりは安全地帯という訳だ。少なくとも今のところは……


『ーートンボ隊よりイノシシ隊へ、9-G区域及び同-M区域に大隊規模の敵歩兵部隊を確認。

 また11-C区域にて同部隊の司令部らしきものも確認した。付近にいる貴隊とドラゴン隊との対応を求む。』


『ーーイノシシ隊01よりトンボ隊へ、我が隊が急行する。他隊はこのまま任務を続行せよ。』


『ーー8-A区域に小隊規模の敵部隊が小川を背に抵抗中。ドラゴン隊より掃射を行う。該当区域の地上部隊は一時退避せよ。』


『ーー10-F区域に中隊規模の敵部隊を確認。補給部隊との接触の恐れあり。近場の部隊は急行せよ。』


『ーー10-F区域へ向かう部隊は暫し待機。同区域の規模は誤報なり。中隊から大隊規模へ修正……また著しい損傷を負っているが数両の戦車も確認した。対戦車兵器または航空部隊の到着を待て。』


目標地点まで運転している最中も状況変化は無線機から絶え間なく知らされていく。それらの多くはこちら側が優勢な事を示しているが、依然として数の面では敵側が圧倒していた。


「おい。ここだ、あの空き地に停車しろ。」


思案している間に目標地点の近場まで到着した。隣に座る中隊長の指示に従い、先に見える街道脇の平地へと輸送車を停車させる。


停車と同時に後ろの扉が開かれ、続々と乗せていた普通科隊員達が降車していく。


「運転ご苦労!その調子で後衛の連中も連れてきてこい!」


「了解!」


隣に座っていた中隊長も脇に置いた20式自動小銃を掴んで降車する。


「第2中隊!せいれーつ!」


「番号数え!急げ!」


戦闘態勢に入る隊員達は速やかに点呼を終える。それに中隊長が口を開いた。


「総員傾聴!

 我が中隊は味方先見隊が取り零した敵残存部隊の掃討任務を受け持つ!

 連中は周辺区域のはぐれた部隊と合流して再起を図っている!我が中隊はそれを阻止して本隊の援護を行う!

 当然ながら敵は死に物狂いで抵抗するだろう!だが、決して引き金を引くことに躊躇うな!貴様等1人が躊躇えば代わりに仲間が死ぬ!ひいては国民が苦しむ事となる!貴様等が生き延びる最善の選択をとれ!以上だ!」


指揮官の指示のもと、颯爽と最前線へと駆け出す。完全武装した彼等が覚悟を決めて走り出したその光景は数多の砲撃と航空機や戦闘ヘリによる空爆によって荒廃と化した荒れ地であった。


もとは森林であろう場所も衝撃によって薙ぎ倒されて数え切れない木々や枝が隙間無く地面に敷き詰められていた。所々は木が燃えて黒煙を燻らせていた。


軍靴で歩く度に枝が折れる音が聞こえる。遠方には全く止まない砲撃と着弾音が全身を震わす。これだけでも自分達が戦場にいると自覚させるには充分だった。


「12時方向に敵!岩場を影にしている!」


分隊長の言葉にその班員達が瞬時に小銃を構えて発砲する。それに続いて他の班も敵を視認して発砲していく。


彼等が発砲するその先、200m前方に丘を必死の表情で駆け上がっている数十名程度のジュニバール兵がいた。更にその丘の先には大きな岩が連なっており、そこを拠点に集結している姿も見えた。ここから見えるだけでも100はいるだろう。


背後を強襲される形のジュニバール兵は単発式の歩兵銃を手に反撃をする。


「遮蔽物に隠れろ!」 

「第2中隊より本部!敵部隊との交戦に突入!また、その先に多数の敵部隊が集結しつつあり! 歩兵戦闘車類の援護を求む!」


近くの遮蔽物を背に中隊長が本部の通信をとる。


『こちら本部、付近に即応で動かせれる車輌部隊はない。現戦力で対応されたし。』


「っち!了解!…………84を持ってこい!ラムでも構わん!」


中隊長の指示に後ろに控えていた隊員が84式無反動砲を引っ張り出してきた。


「あの岩と岩の間を狙え!そこを突破口にする!」


「手前にまだ敵がいますが?」


「他の班が対応する!あれは無視しろ!」


「了解!後方の安全よし! 発射!」


重さ14kgある84式無反動砲を肩にのせて、引き金を引く。


一瞬で照準先である敵が集まる岩場に着弾し、その周辺にいた数名の敵が岩の破片と一緒に吹き飛んだ。


それを見た別の場所で隠れていた他の84式無反動砲を持つ隊員が同じように攻撃を行った。


「敵を分断したぞ!第2小隊は正面敵を掃討!他の全小隊で後方の敵を攻撃しろ!」


中隊長の指示に、丘を背後に交戦するジュニバール兵士と相対していた第2小隊が温存していた機関銃MINIMIを使って一斉射撃を実施。


簡易な遮蔽物に隠れていたジュニバール兵の多くを掃射する一方で、抵抗の手立てが無くなった隙を他の小隊が回り込むように展開する。


ほんの1分程度で彼等が交戦しているジュニバール兵の大部分を包囲することに成功した。


丘の前で展開していた最後のジュニバール兵を倒した第2小隊が、目標をその先に待ち構えるジュニバール兵の元へ到着した時、既に他の小隊が占領し終えていた。


「第2中隊より本部、8-F区域の敵部隊の掃討を完了した!次の目標指示を乞う!」


岩に囲まれたジュニバールの臨時拠点に入っていた中隊長は無線で本部と交信していた。


その背後ではジュニバール兵の遺体を並べていたり、彼等が持っていた銃火器等を回収していた。


『ーーー』

「…………第2中隊より了解。準備を終え次第、直ちに向かう。」


本部と何言かの交信を終えた中隊長が無線機から手を離して作業をしていた隊員へ声をかける。


「敵の魔信の類いはあったか?」


ジュニバール兵が持ってきたであろう荷物を確認していた隊員が応える。


「いえ、ありません。連中、そうとう慌て撤退したのでしょう。弾薬は勿論、医薬品や糧食すら殆ど無い状態です。」


「そうか…………回収出来れば大いに役立つのだが、仕方ない。第4小隊はここで書類・銃火器の類いは全て回収しろ。他の小隊で次の目標へ向かう。」


敵の再利用を防ぐために撃破した敵の武器は出来る範囲で回収することとなっていた。当然ながら書類に関するものは敵の詳細を調査するのに重要なものだ。回収は決して怠らない。




『ザザザッーーー本部より全部隊へ、本隊が主力部隊との交戦に入った。12-全区域に隣接する部隊は本隊の援護任務に切り替え。

 なお、1145を持って航空支援が行われる。該当座標に位置する部隊は該当座標から離脱せよ。該当座標は…………』







「ーー街道を進んでいた部隊からの連絡遮断!各部隊への最後の魔信では日本軍の総攻撃に曝されているとのこと!」


「ーー敵航空機の爆撃で補給物資を積んだ輸送部隊が次々と出ています!至急救援を求む声が後を絶ちません!」


「ーー途絶していた友軍の救援に向かった部隊からの魔信が復旧!し、しかしながら継戦能力を喪失した模様!救援を求めています!」


第29・第48師団を管轄する第2波攻勢部隊の司令部はバイート少将等の前衛部隊の時と同様、混乱と困惑の真っ只中にいた。


司令部内で最も大きな天幕を埋め尽くす魔信機器の列から舞い降りる情報の殆どが同師団に所属する各部隊からの被害報告及び救援要請であった。


天幕の中心部に設置された大テーブルを囲むように立っていた師団参謀達はその光景を前に只々翻弄されるばかりであった。


「この付近でまだ健在な部隊は何処だ!?急いで調べろ!」


「そんなの知らん!調べようにも前方の半数以上が連絡が付かんのだ!これでとうやって調べろというのだ!?」


「ちょっと待て!この場所なら、遭難した部隊の捜索に向かわせた騎兵中隊がいた筈。その部隊に詳細を調べさせれば或いは……」


「敵の戦力が分からない以上は無闇に送るべきではないだろ!それよりも迎撃ラインを設けるのが先だ!」


「しかし戦場となっている場所は丘陵地帯に狭い街道があるだけだ。有効な迎撃地点の設置など出来んぞ。」


「ならば部隊を後方に下げるしかない。敵には少なくとも戦車部隊がいるのは確実だ。

 そこから考えれば対戦車部隊を配置できるのは…………ここだ。」


師団参謀の1人が大テーブルに広げられた戦略地図を指でなぞっていき、ある箇所で止まった。


「ここならば連隊規模の部隊でも不自由なく展開が可能だ。直ちに主力である第99重兵連隊以下、連絡がとれる部隊をこの地点まで後退させて…………」


彼の言葉は最後まで続かなかった。上座で立つ師団長が大テーブルに拳を振り下ろしたからだ。その表情は険しく、彼が言葉を紡ぐには充分過ぎた。


「し、師団長閣下………」


「後退は断じて認めん! この攻勢はジルヒリン議員閣下から念押しされたものぞ! 

 既にバイート等が失敗をしておるのに、我らまでが日本軍を前に退けばジルヒリン議員閣下の面目は丸潰れだ!」


そうなれば自分達もどうなるか、その言葉を出すことはしなかったが、その場に立つ師団参謀達は言わずとも理解した。


「………で、ですが敵は地の利を得ています。このまま奴等の土俵で戦えば部隊の損耗は激しくなる一方です。」


そう師団参謀の1人が反論する。彼が持つ書類にはこれまでの報告で記録した全滅したと予想される部隊の一覧表であった。その書類には既に余白一杯に書き込まれていた。


これに他の師団参謀も続く。


「その通りです!少なくとも師団主力である第99重兵連隊はこの地点まで後退させるべきです………い、いえ!迎撃地点まで転進させるのです!

 そこで調子に乗る日本軍共を殲滅させれば良いのです!」


冷や汗を横目に主力部隊を後退させる意見に、師団長の横に立つ師団参謀長が口を開いた。


「師団長閣下、小官もそう具申します。そもそも第99重兵連隊は拓けた地形でこそ真価を発揮するのです。

 前方で好き勝手する日本軍を迎撃に成功すればジルヒリン議員閣下も納得するでしょう。」


作戦立案の要である師団参謀、そして最もこの師団の利点を把握している師団参謀長の言葉に、司令官である師団長は思案する。


幾ばくかの時が、師団参謀達にしてみれば焦れったい程の時が経過して漸く師団長は熟考を終えた。


「…………第99重兵連隊及び周辺部隊を転進命令を出せ。臨時の迎撃部隊を再編成して突出した日本軍を殲滅せよ。」


その決断に師団参謀達は安堵の息を漏らした。すぐに近くにいる魔信連絡員に指示を出そうと1歩歩いたその時、場を凍らせる決定打となる報告がきた。


「ほ、報告!第99重兵連隊との魔信途絶!さ、最後の魔信では『我、日本軍への強襲を受ける。各部隊に壊滅的な損害を確認』との事です!これ以降は何度魔信を試みても反応ありません!

 つ、続いて同行していた別の部隊からの報告では………第99重兵連隊は包囲され、連隊司令部と思われる場所から黒煙が舞っている模様!恐らくは指揮系統は麻痺しています!」


その報告にバサリと音がした。書類を持っていた参謀が手を離したのだ。彼以外の参謀、別の魔信機に詰めていた魔信連絡員も動くことが出来なかった。


唯一、師団長が声を枯れ枯れの様子で駆け寄る。


「だ、第99重兵連隊が?…………た、確かなのか?」


「何をやっても応答ありません!それ以外の部隊も次々と連絡が…………」


「そんな…………幾らなんでも速すぎる!」

「連隊規模の精鋭部隊が僅かな時間で撃破されるだなんて!」


参謀長が達眩んだ。そしてすぐにある事実に辿り着く。


「ちょっと待て!? 第99重兵連隊は何処に展開していた!?」


参謀長の言葉に、参謀達もハッと思い出したかのように顔を強張らせた。彼等も気付いたのだ。気付いてしまった。


「し、主要街道を道なりに配置してました…………そ、そこはいま我等がいるこの街道です…………」


これに師団長も彼等の反応の意味を理解し、大テーブル上に広げられた戦略地図へと駆け寄った。


主力部隊である第99重兵連隊と彼等がいる師団司令部とは1本の街道で繋がっている。そして先ほど、その主力部隊の魔信は絶たれた。それが意味する事は即ち…………


「司令部の守備が…………剥がされた!」


敵がこのまま真っ直ぐに進めば司令部であるここへと到達するのは時間の問題となる。その事実に気付いたのだ。


「だ、大至急、前線に確認部隊を送るんだ!ここ司令部の周辺に展開させている部隊もこの場に集結させろ!奴等がすぐに来るぞ!?」


師団長の命令に、参謀達は必死の表情で動いた。いま明確に自分達の喉元へと刃が向けられている事に、彼等は全力で動いた。



時を僅かに巻き戻す…………


      第48師団 第99重兵連隊


スロイス大佐等が所属する第48師団の最大戦力を有する第99重兵連隊、その理由は連隊が独自に保有する戦車部隊と対戦車部隊の存在が大きい。


元は植民大陸に生息する大型・特殊魔獣を討伐するのを主目的とした対魔獣部隊が元となっていた。


それが上位列強諸国の技術力向上に危機感を抱いた陸軍参謀本部が、対列強国を想定した装備と再編成を試験的に実施されるようになり、その一部連隊が、この師団に配備されたのだ。


ジュニバール帝王国や超大国筆頭としたこの世界の国々では、地球のように各兵科を大規模に混成させた部隊を運用する事例はほぼ皆無であった。


各兵科は各々の兵科に独自の運用組織が存在しており強い権限を持っていた。よって師団の多くはその各兵科の組織から借りる形式を採用していた。


ロモルディ隊の場合においては、機甲軍団から独自行動権を付与されて今回の作戦に従事しており、他の同席している師団からは別の枠組みとして編成されていた。


だが、いつか起こるであろう他の列強諸国との大規模な戦争に向けて非効率であると判断され、それに代わる有効な戦略研究を手探り状態で探っており、軍内部での改革に身を乗り出そうとしていた。


そんな数ある方針の中において、結果次第によっては混成戦闘部隊であるこの重兵部隊は対列強戦においての先駆けとなることを期待されている。兵科の壁を越えた新たな軍組織の形態が生まれる事をだ。


しかしそんな彼等の期待と探求心は圧倒的なテクノロジー差によってへし折られる事となる。



最前線から何度も聞こえる戦闘音、爆発によって生じる衝撃波、黒煙は第99重兵連隊が臨戦体勢に移行させる決断を下していた。


横幅のある街道を封鎖するようにジュニバール帝王陸軍の誇る主力戦車カイロⅢ型が展開する。


そしてその背後を8ヤック対戦車砲が2門毎に固まって臨時の砲陣地を築いていた。


順調に臨戦体勢に入る光景を連隊長は満足げに頷いた。


「悪くない。」


単純な戦車等の配備数では噂に名高いロモルディ隊には見劣りするものの、一般的な師団と比べればこの連隊は大きな戦力を持っているのは自明の理であろう。


「連隊長、司令部への報告はどう致しましょうか?」


部下が問う。


「報告はまだ待て。日本軍と接敵してからでも良いだろう。あぁ、すぐに勝利報告を出せるように準備はしておこうか。」


連隊長はそう言い捨て、視線を先に見える地平線へと向ける。


「前線はどうなっている?」


「先見隊からの魔信、依然として繋がりません。」


「成る程。日本軍とは参謀本部の想定を上回る敵だと言う訳だ…………実に面白い。他の指揮官は油断した様だが、私は断じて違う。

 我等と同等の力を持った『列強国』として相手をしてやる。如何なる相手であろうとも、この大砲の一斉砲撃ならば、さしもの連中も狼狽えるであろうな。」


連隊長はカイロⅢ型戦車を乗り上げて片腕を上げた。


「狭範囲による集中砲撃! これならば地上のどんな魔獣も戦車も、等しく朽ち果てるまでよ。

 これを『狭間斉撃』とでも名付けようか!」


連隊長はこれが新たな戦術として教本に載ると確信し、不敵な笑みを浮かべた。


しかし、その背後から彼等の天敵となるAH-64D対戦車ヘリコプター アパッチが迂回路を介して出現した。


「は?」


背中越しから伝わるヘリコプター特有の空気を叩き付けるローターブレード音、そして彼等の鋭い殺気を感じ取った連隊長がバッと振り返ったその時、彼の後方に展開していたカイロⅢ型戦車が70mmロケット砲によって爆散する。


そしてそれは1発ずつではない。連射で放たれ続け、その数と等しい戦車が爆発していった。


「そ、空からこんな容易く、我等をっ!?」


予想を超える攻撃方法に連隊長は叫ぶ。




『ドラゴン04、指揮官らしき目標を視認した。お歳暮はまだ間に合うか?』

『ドラゴン01、お急ぎ便で発送してやれ。』

『ドラゴン04、了解。』


十数機からなる対戦車ヘリコプター部隊の1機が、いまもなお叫ぶ連隊長を発見して狙いを定める。


操縦席から見て中央下部の電子画面から、照準画面を拡大して、30mm機関砲の砲身を連隊長へと向ける。




指揮下の戦車や対戦車砲が一方的な攻撃を受け、叫ぶことしか出来ない連隊長は、それを実行しているAH-64Dの1機が下に付けた砲身を自身に向けられるのを見つける。


「あっ…………ま、待て! こんなの狂ってる!こんなのは戦争なんかじゃない!!」


そう言って乗っていたカイロⅢ型戦車から飛び下りようとする連隊長だが、それよりも速く30mm砲弾が彼の身体を引き裂いた。


『指揮官らしき目標の沈黙を確認。』

『了解。間もなく本隊が到着する。それまでにモグラ--対戦車砲--は全て破壊せよ。』


第一目標を排除した機体はそのまま他の目標へ切り換える。



連隊長が戦死した情報は、周囲に控えていた魔信員の手によって、次席指揮官のもとまで届いた。


「連隊司令部より魔信!連隊長殿が戦死なされたした!」


連隊司令部から離れた場所に配置した第22予備戦車大隊の指揮官である中佐は持っていた指揮棒をへし折った。


「連隊長殿がだと!? それは確か!?」


「はっ!同時に司令部大隊及び第1重兵大隊も壊滅的な損害を受けた模様!」


その報告に中佐の側に控えていた大尉が反応する。


「中佐殿、連隊長殿が戦死なされた今、連隊の指揮権は中佐殿へ継承されました。ご指示を下さい!」


大尉の言葉に中佐は頷き、苦渋の表情を浮かべた。


「分かっている大尉…………だが、連隊の中核部隊がやられた今、師団司令部付近の守りが薄くなっている!

 更には残りの部隊の連携が途絶えている!速やかに各部隊の連絡をとれ!」


臨時連隊指揮官の命令に、魔信員は迅速に生き残りの部隊へと魔信を飛ばす……のだが、それは先の報告よりも深刻な事態を含む報告によって頓挫した。


「ほ、報告!日本軍の地上部隊を第8重兵中隊が発見しました!

 その後すぐに魔信が途絶えています!」


「第8重兵中隊が!? それはすぐそこじゃないか!?」


中佐は急ぎ地図を見返す。報告の部隊とは至近距離とも言える近さであった。それに気付いた中佐はすぐに怒号で命令する。


「すぐに迎撃しろ!敵はこのまま真っ直ぐくるぞ! 魔信員!敵の規模は!?」


「さ、最後の報告では、少なくとも戦車を含めた大隊相当だと………」


「やはり連中も戦車部隊を引っ張ってきたか! 師団司令部に報告しろ!最早、我等では対応できない!大至急、応援を………何だ?」


その場に立っていた地面が細かく揺れた。それに気付いた中佐達は口を紡いで音の正体を探る。


「前方、土煙!戦車です!我が連隊のものではございません!」


双眼鏡を持っていた兵士が報告する。中佐の判断は速かった。


「迎え撃て! これより先には1歩も日本軍を進ませるな!」


片腕を水平に上げて指揮する中佐は前方から迫りくる日本軍の戦車を視認する。


「大きい…………それに動きが軽やかだ。」


「戦車だけではありませんな。装甲車も多数見受けられます。非常にバランスの良い部隊と見えます。」


中佐と大尉がそう会話する。その先には90式戦車と16式機動戦闘車、89式戦闘車で編成された第2戦闘団の本隊がいた。


あっという間に視界一杯に展開されつつある日本軍の機甲部隊に、中佐は毒づいた。


「何が大隊規模だ!あんな数、正面から戦えば全滅だ!急いで周囲に配置した部隊を集結させろ!もし、ここが突破されたら師団司令部まで無防備だ!」


「り、了解!」


深刻な戦力差に急ぎ足で魔信員のもとへと走る大尉だが、その足元に90式戦車の砲弾が着弾した。


「ぐあぁぁ!!」


着弾時の衝撃波で近くにいた中佐も吹き飛ぶ。


何回か転げ回る程の衝撃を受けて、ヨロヨロと立ち上がる中佐。ある一点を見て鼓動が早まる。


「不味い!」


魔信機器と魔信員がいた場所から土煙と黒煙が立ち上っていた。唯一の連絡線が破壊されたのだ。これでは師団司令部と連絡がとれない。


いや、周囲を見渡せば既に被害はそれだけでは無かった。


待機させていた歩兵は戦車や装甲車からの機銃攻撃で倒れ、戦闘用ではない輸送車両の影で隠れていた大隊要員等は戦車の砲撃を受けて吹き飛んでいった。


どうにか日本軍戦闘車両からの重厚な攻撃を掻い潜って小銃を構える者もいたが、それも随伴していた日本軍歩兵からの正確な射撃を前に圧倒されていった。


「誰か………動ける者はいないのか!?司令部に………師団司令部に伝えなければ…………っ!」


中佐はそう言い、挫けた片足を引き摺りながら爆発が続く戦場を彷徨い、まだ稼働する1台の魔信機器を発見した。


直ぐ様、魔信機器の元まで躓きながらも駆け寄って受話器を手に取った。


「師団司令部!我は第99重兵連隊!我、日本軍の強襲を受ける!各部隊に壊滅的な損害を確認!だ、大至急、部隊を…………ぐぅ!?」


背中から伝わる激痛に中佐は呻き声を上げた。顔だけを背後に振り返ってみれば、日本軍の歩兵の1人が小銃を此方に構えて立っていた。


状況から見て、無防備に通信をしていた中佐を発見して背後から発砲したのだろう。現に背中からの出血を確認した。


『どうした!?一体そっちで何が起こっている!?もっと詳細を述べろ!おい!?』


魔信機器から焦りを含めた返答がくる。その声が背後の日本兵にも聞こえたのだろう。すぐに小銃を魔信機器に向けて発砲した。


「やめろぉ!!」


中佐がそう叫ぶ。しかし無情にも銃弾は魔信機器に当たり、煙を上げながら蒼白い火花を出して壊れる。


「貴様!」


最後に残った連絡手段を絶たれた中佐は怒りの声と共に懐から拳銃を取り出すが、それよりも前に最初から構えていた日本兵がトドメを指した。


破壊された通信機器へ寄り掛かるようにして倒れた中佐を見た隊員は肩につけた無線機を取る。


「シバ隊より本部へ、敵の指揮官らしき人物を排除した。だが通信機器を操作していた。恐らく敵の部隊と交信されたと思われる。」


『本部よりシバ隊へ、了解。貴隊はそのまま本隊と共に前進せよ。』


隊員は交信を終えると、次の目標へと向かった。


「シバ隊集合!我が隊は本隊と共にこの先の司令部を叩く!前進を再開せよ!」


十数分後に付近の敵を全て撃破した彼等は部隊を纏めて進撃を再開する。


その少し後方を90式戦車の指揮官席に立つ池田大佐がいた。


「脇を固めてるヤマ隊とヤモリ隊を呼び戻せ。次はいよいよ師団の頭だ。至近距離で包囲する。」


「了解。直ちに伝えます。」


同席する副官がすかさず返答した。それを横耳に池田大佐は腕時計で時間を確認する。


「…………しっかし、あの小僧はまだ見つからんのか?もうじきタイムリミットだぜ?」


池田大佐がそう言い終えると共に、両脇を随伴する90式と16式機動戦闘車が通り過ぎる。





部下が見つけた獣道に入ったスロイス大佐等一行は、険しい斜面を重い足取りで進む。


「大佐殿、もう少しで頂上です。そこから道はりませんが反対側へ抜けれます。」


先頭を歩く部下がそう言った。スロイス大佐は汗を拭いつつ応えた。


「分かった。」


道を歩いているとはいえ、舗装のされていない獣道であり、更には斜面の険しく体力は消耗していく彼等の表情は皆、余裕の色はなかった。


1人の兵士が堪えきれず腰の水筒へと手を伸ばしてゴクゴクと喉に通していく。


「水は大切に飲め。この先いつ、補給出来るのか分からないんだ。それよりも、これだ。」


カーネル上級軍曹がみかねて言った。そして彼の口には1本の茎を咥えており、手には同様の茎を持っており、その兵士に手渡した。


「ミシカ科類の草だ。水分を多く含んでいる。この大陸にはその類科が所々に生えている。」


兵士はそれを受け取り恐る恐る咥えて中の水分を吸った。しかしその表情は暗い。


「まぁ味は保証できんがね。だが、ないよりはマシだろ?」


その一連の会話を聞いていた他の兵士達は顔を見合わせてその辺にあった草葉の茎をナイフで切り取るが、カーネル上級軍曹は再び言う。


「そこら辺のは止めた方が良いぞ。適当な植物を吸っても腹を壊す。この茎は水を浄化する成分が含まれているからそのまま摂取しても問題ないんだ。」


それを聞いた彼等は一気に手を止めて、吸おうとした茎を渋々ながら地面に捨てた。それに苦笑いをするカーネル上級軍曹とスロイス大佐。


「カーネル上級軍曹殿、大佐殿、あちらを!」


その時、周囲を警戒していた部下の1人がある方角を指差して呼ぶ。2人はその方向へと視線を向けた。


周囲を背の高い草木で覆われたこの獣道も、その方向だけは草木が無く、非常に見通しの良い場所となっていた。その代わりとして1歩進めば断崖絶壁となっていたが。


「あれは…………黒煙か。」


スロイス大佐がそう言う。彼等が見るその光景は彼等がいた戦場を見下ろせた。そしてその眼下には戦場の至る所から黒煙が立ち上っていた。


「しかもあの方角は第99重兵連隊のいる方向です!」


彼等は絶句した。師団の主力を担う連隊のいるであろう場所から夥しい数の黒煙と炎が舞い上がっており、深刻な被害を受けているのがわかる。


「あれは………何だ?」


スロイス大佐が戦場を飛び回っている異様な飛行物体を発見した。それは日本国防軍が誇る戦闘ヘリコプターAH-64D であった。


「小型の無人飛行体以外にもあんな大型も持っているというのか?」


「分かりませんが、連中は未知の技術を持っていて、先ほどから聞こえているこの空気を震わせる音はあれが正体の様ですね。」


カーネル上級軍曹とスロイス大佐が会話している間にも大型の飛行物体はその翼下から何かを目映い光を出しながら地上へと降り注ぎ、地上は爆発を繰り返す。


その行動が何を意味しているのか、それが理解出来ない程の感の悪い者はいない。あの場にいる味方が襲われているのだ。


「ここが見通しが良すぎます。あれに見つかる前に進みましょう。」


カーネル上級軍曹が言う。重苦しい空気を変えようと、彼等を歩かせた。


「速度を早めましょう。あの様子では広範囲に渡って敵の手が入っています。」


携行版の魔信機器を何としてでも回収すれば良かったと後悔の念が入る。少しでも状況を知る手段が欲しい。


カーネル上級軍曹がそう考えた時、後方から小さな振動音が耳に入った。反射的に肩に背負っていた小銃を後方に向ける。


「カーネル上級軍曹?」


突然の行動にスロイス大佐が声をかけた。彼も腰に下げた拳銃を握り締める。他の部下達も一斉に小銃を構え始めていく。


「敵か?」


「分かりません。ただ、我々の味方ではないのは確かでしょう。」


ブオンッ! ブオオォンッ!


その数秒後にはスロイス大佐等にもカーネル上級軍曹が聞いた振動音が聞こえてくる。


全員が緊張に鼓動が早まるのを感じる。


どうやらこの振動音は先ほど自分達が歩いていったこの獣道に沿って迫ってきているようだ。


「………近い。総員、気を引き締めろ。」


スロイス大佐の警告に彼等は頷く。小銃の狙いは歩いていた獣道の方角へ真っ直ぐと向ける。


照準を向けた先は下り坂だ。更には周囲は背の高い草木に囲まれているせいで、太陽は昇っているのにこの辺りは暗い。


音は聞こえでも、その発生源である正体が自分達の目に姿が見えるのは、相当な近距離まで近付かなくては見えないだろう。


あと少しでも、その正体が見えるであろうと誰もが思ったその瞬間、彼等の方へと何かが放り込まれた。


それは待ち構えていた最前方にいたカーネル上級軍曹と数名の兵士達の足元へと転げ回った。


カーネル上級軍曹は隣に立つ兵士の足元にまで到達したそれを見る。それは閃光手榴弾、所謂スタングレネードであった。


「手榴弾!離れろぉ!」


「はい?」


だがカーネル上級軍曹はそれを破片手榴弾だと判断して動く。しかし付近に立つ数名の彼等はカーネル上級軍曹ほどの反応速度は持ち合わせていた無かった。


彼等がようやくその言葉の意味を理解した時には、閃光手榴弾は炸裂した。


180デシベル以上の大音量と周囲を真っ白な光が半径5m圏内にいた彼等に襲いかかる。


効果圏内にいた彼等は一時的だが、目眩とショック状態を引き起こし、持っていた小銃を捨てて目を両手で覆った。


「ぐあ!?」


「お前達!?」


聞いたことの無い炸裂音と前方にいた部下達の様子を見てスロイス大佐は目を剥いた。その時、カーネル上級軍曹の声が響きあたる。彼は無事であった。


「敵が来るぞ!発砲しろ!」


あの一瞬の判断で既に伏せていたカーネル上級軍曹は比較的に軽傷で済んでいたが、それでも片手で目を辛そうに抑えていた。


「早く撃て!近付かせるな!」


その声に漸く無事であった部下達がいつの間にか下ろしていた小銃を再び構え始めるが、それよりも先に敵が、つまり日本兵が姿を表した。


ブルルンッ! ブオォンッ!


急斜面を勢いよく駆け走る自動二輪車に乗った1人の日本兵が獣道より出現。姿が見えたと思えば、即座に悶えていた部下達に向けて銃を発砲した。


数発の発砲であったが、悶えていた数名のうち2人が胸部を撃たれて倒れる。


その後方で構えていた部下達は反撃しようとするが、日本兵は巧妙な運転技術で他の悶えたいる部下達と射線が重なるようにしていた。


「くそっ!」


一瞬にして目の前で2人の部下を殺され、素早い動きでこちら側の射撃を牽制する動きを見たカーネル上級軍曹は、あの日本兵が相当な手練れだということを悟った。


「目標1と2を発見。全班は集結せよ。」


『了解。』


自動二輪車に乗る日本兵もとい、偵察オートバイに乗る喜藤大尉は遂に目標であるカーネル上級軍曹とスロイス大佐を発見し、無線機で第4偵察大隊の全オートバイ部隊員を集結させた。


しかしその声はカーネル上級軍曹等の耳に入らなかった。だが、彼はこの日本兵が自分達の追っ手であることを理解していた。


あの日本兵は自分とスロイス大佐の方を見て即座に距離を取ったのだ。その後は何やら口元を動かしていたことから、恐らくは通信機器を使って仲間に知らせているのだ。


耳元の何かを触れていたことから、極小型の通信機器を日本は開発していても可笑しくない。


「追っ手だ! 新手が続々と来るぞ! 全員走れっ!」


カーネル上級軍曹は喜藤大尉との距離が離れた今が好機と考え、スロイス大佐等にそう指示する。


(いまあの日本兵と戦おうとしても、奴は時間稼ぎに徹する筈!) 


ならば逃げに集中して少しでも逃げ切れる可能性を上げる。幸いにもここは見通しが悪く、道も悪い。まだ悲観的になる必要はないだろう。


カーネル上級軍曹の言葉にスロイス大佐と10名程度の部下達は一斉に走る。指揮官であるスロイス大佐を守るようにして少しでも距離をとった。


それを見た日本兵は、いまだ走らずに睨んでくるカーネル上級軍曹と、スロイス大佐等をそれぞれ見た。


「お前の相手はこっちだ!」


カーネル上級軍曹はそう言うと小銃を発砲。しかし日本兵もとい、喜藤大尉はオートバイを捻らせるように旋回して回避する。


その間に喜藤大尉はカーネル上級軍曹を睨む。対抗するようにカーネル上級軍曹も睨み返した。


数秒の無言の戦い。先に退いたのは喜藤大尉だった。どうやらスロイス大佐の方を追い掛けるようだ。獣道から逸れて丘の頂上を目指す。これに焦ったのはカーネル上級軍曹である。


「不味いっ!」


すぐに走ろうとするが、前のドローン攻撃時に負った怪我が完治しておらず、足の痛みに顔を歪ませる。これでは走って追い付くのは困難だ。


どうにかしてスロイス大佐の元へ追い付かなくてはならない。そう考えた時、再び後方から先ほどの空気を震わすような音が聞こえた。


ブルルンッ!ブウウゥンッ!ブルルン!フウオォンッ!


近い。それに複数だ。


片足を抑えるカーネル上級軍曹の元へ、喜藤大尉が引き連れていた偵察オートバイ小隊が続々と集結しつつあった。




獣道から逸れた、凹凸の激しい丘を喜藤大尉はオートバイで走行する。


「目標1と2が別れた。私は1を追う。お前達は2を排除しろ。道中に2はいる。注意して進め。」


『了解。』


無線を切った喜藤大尉は、先ほどの睨み合ったカーネル上級軍曹の表情を思い返す。


「成る程。確かに危険な男だ……」


状況判断が早く、銃の腕も良いだろう。姿を見たところ、身体に幾らかの怪我を負っている事が、もし全快であれば1発は命中させていたかもしれない。


そう考えに至った喜藤大尉。彼は再び無線を起動させて追加の情報を部下に送った。






『追加だ。目標2は手練れである。用心してかかれ。奴をただのジュニバール人と侮るな。』


「こちら矢部、了解であります。」


丘の獣道を8台の偵察オートバイが走る。途中で中隊長より追加の情報が送られ、班長である矢部が応えた。


「じきに中隊長の言っていた場所だ!目標2を排除するぞ!周囲を見渡せ!」


班長の言葉に、7名のオートバイ隊員は1列から散会して、カーネル上級軍曹を見逃すまいと目を凝らす。


やがて2体のジュニバール兵士の死体のある場所を発見した。先頭を走る隊員は速度を緩めて後方の隊員に伝える。


「敵の死体!奴は近いぞ!」


「よし。散会しろ!この時点を軸にして周囲を走れ!」


その声に隊員達は進むのを止めて、周囲を走らせて目標のカーネル上級軍曹を捜索する。そして隊員の1人がある場所で足跡を発見した。


「足跡を確認!あの大木まで続いています!」


その先には周辺では一際大きな大木が生えており、隊員が見つけた足跡はそこまで続いていた。


「気をつけて進め。奴は隠れているぞ。」


そこへ4名の隊員が集まり、2名は9mm拳銃を構えて進み、残りの2名はそこから動かずに背中に背負っていた20式自動小銃を構える。


9mm拳銃を持つ2名の隊員はオートバイで大木の元まで進む。どうやら足跡は大木の裏まで続いているようだ。


「大木の後ろを確認する。」


「分かった。俺は左からいく。」


息を合わせて慎重に、だが相手に時間を与えない早さで大木の裏まで同時に回った。


ほぼ同じタイミングで9mm拳銃を大木の裏に構えたが、そこには誰もいなかった。


「誰もいない!」

「なら、どこにいる?」


周囲を見渡す2人は、ハッとして慌てて大木の真上に顔を上げるが、やはり誰も枝に乗っていたりはしなかった。


「足跡は罠か?」

「クソッ!やられた!」


確認していた2人は怒りを現す。


そしてそれを遠くから油断無く見たいた残りの2人は気を弛ます。そしてその隙を相手は突いてきた。


安堵の息を漏らして20式自動小銃の銃口を下げたその時、2人の右側に停車させていた方の足元から突如として落ち葉が盛り上がり、人影が現れた。


「ッ!?」


突然の出来事に2人は反応しきれず、近くにいた隊員の首を後ろから締め上げる。もう1人の隊員はその締め上げる男を確認した。


「貴様っ!」


携帯から表示されていた男の姿、カーネル上級軍曹であった。どうやら付近の落ち葉をかき集めて隠れていたのだ。


「見つけてくれると思ったぞ。」


足跡も自分達が見つけると判断してまんまと罠にかかったのだ。


首を締め上げられていた隊員は一瞬で白眼を剥いて、首を解こうと両腕を上げていたが、ダランと力無く落とした。失神したのだ。


隣にいた隊員が怒りの表情と共に下げていた20式自動小銃をカーネル上級軍曹へと向けるが、カーネル上級軍曹は姿勢をズラして絞め落とした隊員と射線を合わせる。


「ぐっ!」


味方に当たってしまう。それに躊躇をカーネル上級軍曹は見逃さなかった。


絞め落とした隊員の腰に下げてあるホルダーから9mm拳銃を取り出して、銃口を躊躇した隊員の眉間へと向けて引き金を引く。


パアァンッ!

「ぐがっ!」


眉間を撃ち抜かれた隊員はそのまま倒れた。その銃声に、大木にいた2人も状況に気付く。


「吉田!?」

「嘘だろ、オイ!」


2人の拳銃から銃弾が発砲される。しかしカーネル上級軍曹は慌てずに絞め落とした隊員が乗っていたオートバイから落として、ハンドル部を捻った。


ブルルルン!


その捻りに合わせてオートバイのエンジンが鳴る。それにカーネル上級軍曹は思わず呟いた。


「……良い音だ。我が国にも欲しい。」


そう呟き終えると同時に、カーネル上級軍曹の乗ったオートバイは全速力でこの場から走り去った。


「なっ!オートバイが奪われた!?」

「吉田が殺られた!班長!吉田が撃たれました!」


大木にいた2人は即座に無線機で報告する。


『落ち着け。状況を簡潔に報告しろ!』


「はっ! 吉田が頭部を撃たれて、その後に武井のオートバイを奪って逃げました!」


『吉田が?逃げたのはどの方向だ!?』


班長の言葉に2人は気付いた。


「ち、頂上へと行きました…………」


指示は即座にきた。


『全班に告ぐ!目標2がオートバイを強奪!中隊長のもとへと向かった! 全隊員は中隊長の元まで行け!奴等を1人として逃がすな!』


その指示と共に戦場内のとある丘で、オートバイのエンジン音が響き渡った。





丘の獣道をぎこちない動きで走る1台のオートバイ。それに乗るカーネル上級軍曹は冷や汗と共にうねる。


「むぅ!…………中々のジャジャ馬だ!」


少しでも握るハンドルを離せば一瞬で転倒してしまうのは明白。正直に言えばバランスを維持するだけで限界に近いが、それでも速度を弛めずに頂上を目指す。


「大佐殿、しばしお待ちください!」


カーネル上級軍曹がそう言ったすぐ後、彼の耳を銃弾が掠った。


「っ! もう追っ手か? 速い!」


反射的に後ろを振り返れば、数台のオートバイの姿が見えた。


そのオートバイから次々と銃弾が飛来してくる。中には運転しながらも小銃を両手で構えて座席から立って発砲する猛者すらいた。この凹凸道で出来るのは、とても自分では真似できない芸当だ。


「向こうはベテラン揃いか! こっちは始めて乗る身だと言うのに!」


最も向こうは仲間を殺された怒りも含むのだろう。だが、それは此方も同じ事。


カーネル上級軍曹は優先事項を思い出し、反撃をせずに--反撃出来ない--丘の頂上まで進むことに専念する。


「とっととっ!?」


凸凹の目立つ獣道を全速力で走るせいか、何度もオートバイのタイヤ部分と地面が離れて跳躍する。その度に転倒すると肝を冷やすが、カーネル上級軍曹は驚異のバランス力でそれを防ぐ。


その様子は後方を追い掛ける隊員達が驚愕する程であった。


「あの男何者だ? この世界にはバイクなんて存在しないんだろ。何故奴は転倒しない?」


「知らん!自転車くらいならあると聞くが、それでもあの運転技術は見事だ。」


「無駄話をするな!吉田の敵をとる! 林は横から迫れ!」


「了解!」


矢部班長の指示に林と呼ばれた隊員は、オートバイは跳躍させて獣道から逸れる。


速度を上げて、なんとかカーネル上級軍曹の横8m程度の距離まで近付けた。林はすかさず懐から拳銃を取り出して構える。


しかし道ですらない場所を走っている為に狙いが定まらない。そうして時間を浪費していると流石のカーネル上級軍曹も気付いた。


慌てて林は発砲するが、その後の相手の動きに林は驚きに目を見開く。


「ぐうぅ!」


カーネル上級軍曹は身体を反対側に傾けて車体を盾にしたのだ。それも相当な角度だ。普通なら既にバイクは横転している。


「なんて奴だ………この短時間でコツを覚えてやがるのか?」


少なくともかなりの学習能力と身体能力を持っているのはわかった。


「中隊長の元まで近付かせるな!ここで奴を殺せ!」






頂上を目指してスロイス大佐等は走る。


「後ろからさっきの追っ手です!」


最後尾を走る部下が叫ぶ。振り返れば確かにあの日本兵が来ていた。すぐに前方の2人が振り返って小銃で撃とうとする。


「ぐはっ!?」


先に発砲した喜藤大尉の銃弾が振り返った1人の首へと命中する。


そして再び獣道から逸れて姿を消す。あの日本兵が近くにいると分かるのは、この空気を震わす振動音だけであった。


「頂上まではあとどれくらいだ!」


「あと少しです!大佐殿!」


スロイス大佐はもとより他の部下達も既に体力の限界にまで来ていた。しかしスロイス大佐はその時、ある異変に気付いた。


「…………音が止んだ?」


先ほどまで聞こえていたあの振動音が止まったのだ。言うまでもなくあの日本兵の乗り物から発していたエンジン音だ。


それに部下達も気付いた様だ。1人、また1人と怪奇気味な表情をする。


「本当ですね…………一体なぜ急に?」


「分からんが、いまがチャンスだ。急ごう!」





獣道からそれた所で喜藤大尉はオートバイを停車させて、先ほど来た無線の内容を聞き返す。


「もう一度言え。吉田が撃たれた?」


『はっ中隊長殿…………目標2の反撃にあい、吉田が頭部を撃たれて即死しました。その折に林のオートバイを盗んでそちらへ向かっております。矢部班が追い掛けていますが、未だに止められてない様です………申し訳ありません!』


「林のオートバイを盗んで此方に来るだと? 奴はバイクを乗れるのか? この世界に自動二輪の類いは無いと聞いていたが?」


『はっ。我々もそうだと思っていましたが、どうも奴の運転は粗く、何とか乗れていると言った具合でして…………』


「その程度の奴を未だに止められんのか? 貴様等は一体私から何を学んだ?」


部下の報告に喜藤大尉は僅かに怒気を含んだ声で返す。部下の慌てた声が返ってきた。


『も、申し訳ありません! 我々、佐藤班、伊部班も至急、そちらに向かっております。』


「足りんな。他の中隊も動員させる。大隊長には私の方から言っておこう…………ドローンも全て向かわせているんだろうな?」


喜藤大尉の最後の確認に、無線越しの部下から緊迫した声が返ってくる。


『それは…………ドローン部隊には未だに伝えておりませんでした…………と、突然の事態に失念しておりました。申し訳ございません!』


その返答に喜藤大尉は溜め息を漏らしかけたが、グッと堪える。


「…………訓練の見直しが必要だ。戦友を失う事なだ訓練では無かった。それ故の影響は大きい。

 伊部班は追う必要はない。丘をそのまま回り込め。 いいか?繰り返しは無しだ。最善を尽くせ。」


『了解であります中隊長殿!』


無線を終えた喜藤大尉は首を廻して気合いを入れ直し、先の運転でズレていたグローブを嵌め直した。


その後は再びオートバイを起動させてスロイス大佐の元へと走る。


「目標2が合流する前に奴を消す。」


喜藤大尉は任務の再認識のために口に出した。





距離を稼ぐために休むこと無くスロイス大佐等は走る。


「大佐殿、あれです!あそこが頂上です!」


草木で暗い空間の先から一筋の陽光が見える。部下は歓喜の表情でその先を指差していた。


念願の頂上にまで辿り着いた時、スロイス大佐等は余りの疲労感にその場で倒れ込む。


だがスロイス大佐はすぐに走っていた獣道の方を振り返る。追い掛けてきた日本兵の行方が気になるのもあるが、それ以上にカーネル上級軍曹の身を案じていた。


「大佐殿!こちらです!急ぎましょう!」


するとスロイス大佐と同じように重い身体を無理やり起こした部下が次の逃走ルートを指差して言う。


「あぁ、分かった…………カーネル、無事でいてくれよ。」


スロイス大佐は指差す場所へと向かい、顔を濁らせる。


「………ここを行くのか?」


そこは先ほどの獣道と比べても極めて足場の悪い場所であった。


先の獣道が緩やかな斜面であれば、今度は両脇を断崖絶壁で挟まれた岩の階段とも言うべきか。


階段と言っても安全に乗り降りできるような大層な物ではない。


人の大きさ程のある巨大な岩が積み重なっており、そこを降りるには慎重に行かねばならないだろう。


降りる際に手足を滑らせれば、例え1段だけ落ちたとしても重傷は免れない。そんな危険なルートであった。


「仰りたい事は分かります。しかしこの先を抜ければ都市リバーテまで一直線です! 隣の滝に落ちないように気を付けていきましょう。さっきの追っ手がいつ来るかわかりません!

 急ぎましょう!」


部下はそう言うと慎重に1番近い岩へと足を下ろして降りていく。それに周囲の兵士達も続く。


「大佐殿!急いでください!」


部下の焦りの声にスロイス大佐も覚悟を決めて降りようと姿勢を下げた瞬間、背後の獣道から再びあの日本兵が現れた。


「っ!?」


スロイス大佐の後から降りようとしていた部下達が気付いた時、何度も繰り返された光景が再び再現される。


しかしあの時と違うのは拳銃ではなく、より連射性の優れた小銃を構えており、銃口はスロイス大佐より後ろにいた部下達へと向けられていた。


「伏せろぉ!」


スロイス大佐がそう言うと同時に、喜藤大尉の持つ20式自動小銃から銃弾が部下達へと飛来した。


「大佐殿っ!」


スロイス大佐のすぐ下にいた副官が咄嗟に引きずり下ろす。


しかしスロイス大佐は、頂上にまだ立っていた数名の部下の身体を銃弾で撃ち抜かれていく姿を目の当たりにした。


「ご無事ですか!?大佐殿!」

「あ、あぁ、私は問題ない……」


副官がすぐにスロイス大佐の傷を確認するが、幸いにも腕に軽い擦り傷ができた程度だった。


残念ながらそれに安堵する暇は無かった。大急ぎで岩の階段にある陰へと生き残った彼等は隠れる。


「奴は連射性のある銃を使ってる! 我々の銃では不利だ! 牽制しながら少しずつ後退しろ!」


数少ない生き残りである数名の兵士が交互にボルトアクション式歩兵銃を喜藤大尉のいるであろう頂上へ見上げつつ警戒する。


「この状況は不味い………」 


相手は頂上から此方を見下ろせる位置にいる。下手に動けば上から撃ち下ろされるのがオチだ。


迂闊に動けない…………


だが、向こうも姿を見せない。こちら側の人数が多いのを警戒しているのだろうか。


スロイス大佐と隣に立つ副官が互いに見合わせて頷いた時、2人とは別の場所へと何かが投下された。


それは2人より下の段にいた1人の兵士の足元まで落ちる。足元のそれを見た兵士は血の気が引いた表情で叫ぶ。


「糞っ!手榴弾…………」


彼が言い終える前に爆発した。爆風によって近くにいた副官の肩部に破片が突き刺さる。


「うぐっ!」

「副官!?」


肩を抑えて倒れ込む副官をスロイス大佐が慌てて支えた。その声を聞いた喜藤大尉が、姿を現して20式自動小銃を撃ち下ろす。


ダダダダダッ!


すぐさま岩陰に伏せるが、これで位置は完全にマークされてしまった。


「大佐殿ぉ!」

「おのれ!日本人め!こっちを無視するな!」


先の爆発から離れていた最後の生き残りである3人の兵士達が牽制のために次々と発砲する。しかし喜藤大尉はすぐに1歩引いて身を隠した。


銃撃から逃れるも、すぐに手榴弾が投げられるだろう。動こうにも怪我をした副官を連れて、下の岩へと降りるのは困難だ。その間に再び撃ち下ろされるだろう。


絶対絶命。いよいよ覚悟を決めたスロイス大佐だが、待ち望んでいた声が聞こえた。


「大佐殿おぉ!! 貴様ぁ!!」


その声は実に聞き慣れた、頼もしいものだった。


「カーネル!?」


思わずそう名を呼ぶが、そのすぐ後に何かを引きずる音と銃撃戦と思われる轟音が頂上から響いた。


その数秒後には何故か2台のオートバイが転げ落ちてきた。


危うくぶつかりかけたが2人は動いて何とかそれを回避して上を見上げた。


様子を見ようにも既に数m下まで降りているので出来ない。


「カーネル上級軍曹ですか!なんとも豪気な方だ………」


副官がそう言う。いま彼等に出来る事はカーネル上級軍曹の武運を祈る事であった。




暗い獣道から目映い陽光が彼の目を照らす。


-----見えた!頂上だ!


何度も転倒しかけたが、何とか後ろの追っ手とかなりの距離を離して、遂に頂上にまで到着したカーネル上級軍曹。


眩しい程の陽光を浴びた先には、頂上の端で何者かに向けて撃ち下ろすあの日本兵がいた。


「大佐殿おぉ!! 貴様ぁ!!」


すぐに状況を理解したカーネル上級軍曹は、全力の雄叫びをあげた。すると目の前の日本兵は振り返って銃口を自分へと向けて発砲してきた。


「っ!!」


振り返ってから照準を定めて発砲するまでの間が極短時間であったことから、自分がここまで辿り着くのを予期していたのだろう。本当に厄介な相手だ。


カーネル上級軍曹はオートバイの車体を倒してそのままの勢いを正面のオートバイに跨がって発砲する喜藤大尉へとぶつける。


「ふん!」


しかし流石は喜藤大尉、彼も瞬時に跨がっていたオートバイを土台にして跳躍した。


滑りながら向かってくるオートバイは喜藤大尉が跨がっていたオートバイと接触してそのまま後ろの崖へと落ちていった。


「…………」

(コイツが吉田を…………)


「…………」

(コイツが部下達を…………)


喜藤大尉とカーネル上級軍曹。両者は互いに20式自動小銃を両手に持ち睨み合った。


両者は小銃の引き金に指を掛けながらも、彼我の距離を維持したまま円を画くようにゆっくりと歩き出す。


互いに遮蔽物となるような物はない。射殺するのは容易だが、自分も無事では済まない。それを理解しているからこそ、幾らかの会話をする機会が生まれた。


「その返り血…………随分と暴れまわったようだな?」


カーネル上級軍曹は正面を歩く喜藤大尉の隊服の返り血を見てそう言った。それに喜藤大尉も応える。


「私は己の仕事を果たした迄だ…………貴様等こそ下らない私欲のために我が国を攻撃したな?」


「それは政府が決めた事だ。上官への命令を遂行する………それが軍人というものだろ?」


「ならばここから先におこる結果がどうなろうとも、受け入れる覚悟はあるわけだな?」


「無論よ。」


そう会話を終えると、2人は同時に止まる。


「「……………………」」


数秒の沈黙がはしった。先に動いたのはカーネル上級軍曹だった。後方に追っ手が来ている以上、時間は彼の敵であった。


下げていた20式自動小銃をそのままの位置で腰撃ちの要領で発砲する。


それを合図にして喜藤大尉は持ち回りの悪い小銃ではなく、腰の9mm拳銃へと持ち変えて同じく腰撃ちの要領で発砲した。


カーネル上級軍曹は8発の銃弾を、喜藤大尉は1発の銃弾を放ち、互いの身体へと命中した。


喜藤大尉は向けられた8発の内、殆どが軌道から離れていたが1発が肩へと命中。それに対してカーネル上級軍曹に向けられた1発は腕に命中した。


「ぐぅ!」

「むぅ!」


ほぼ同時に苦痛に声を漏らし、持っていた銃器を落とす。


両者共に銃が手から離れた。しかし喜藤大尉は肩にかけていたライフルスリングのお陰で20式自動小銃があった。


「うおぉ!!」


しかしそれを使うことは叶わない。瞬時にカーネル上級軍曹が突進してきて喜藤大尉の胸元へとタックルをかます。


カーネル上級軍曹は186cmの大柄な体格を誇る。それに軍人として培われてきた体術も含めれば相当な驚異になる。


これに対して喜藤大尉の慎重は175cm。日本人の平均身長よりも僅かに上回る程度で、お世辞にも体格に優れているとは言えない。体格で言えば不利であろう。


「むんっ!」


しかしながら喜藤大尉は師団内でも指折りの実力者である。それこそカーネル上級軍曹よりも秀でた体格揃いの猛者集団、第1空挺段で頭角を現す程の実力者なのだ。


真正面からタックルを受け止めて、見事なタイミングで身体を傾けて衝撃を受け流す。


カーネル上級軍曹は突進したままの勢いで地面へと転ぶ。そこへ喜藤大尉の鋭い蹴りが襲いかかった。


だが間一髪でカーネル上級軍曹は飛ぶように回避した。そして回避様に近付いていた喜藤大尉の顔を目掛けて蹴り上げをする。


これに喜藤大尉も間一髪で下がって事なきを得る。


あの体勢で避け、更には反撃もしてくる。これは彼もまた一般のジュニバール軍人よりも優れた体術の持ち主である事を証明する。


「ちぃ!」


「ふん!」


あの一連の動きで互いに冷や汗を流す。喜藤大尉は体格に似合わぬ身軽な体術を前に。カーネル上級軍曹は自身よりも大柄な相手の体勢を崩す高度な体術を前に。


互いに両者の評価は上昇していた。


喜藤大尉は肩にかけてある小銃は使えないと判断する。この近距離では構えて引き金を引く前に、あの男の強烈な攻撃を受ける事になることを直感した。


そう思案した喜藤大尉は太股のホルダーからナイフを取り出す。


ステンレス製の軍用ナイフだ。そして喜藤大尉が持つナイフは通常の隊員が持つ物ではなく、第1空挺団のみが持つことを許される大型ナイフだ。


通常のナイフよりも重いがその分、頑丈であり、力頼みの脳筋製だ。喜藤大尉のポリシーに反するものの、このナイフの破壊力は気に入っていた。


それに連られてカーネル上級軍曹も腰のホルダーからナイフを取り出した。彼のは一般的な下士官に支給される鋼鉄製ナイフだ。


無駄に重く切れ味の悪い物だ。本来であれば佐官用の質のよいナイフを支給される筈だが、あの師団長等の手によって没収されていた。


互いのナイフを見て、どちらが有利なのかを察したか、両者の表情は間反対であった。


片方は余裕の顔を、もう片方は憎々しげな顔をする。


「「……………………」」


再び沈黙の時間が走る。そして今度は喜藤大尉が先に動いた。両手を前に突き出して突っ走っした。


第1空挺団お得意の正面突破。単純だが精鋭無比たる彼等のそれは脅威極まりないものだ。


「っ!!」


事実、カーネル上級軍曹の鼓動が警鐘を鳴らすように速くなる。軍人としての経験が命の危険を知らせているのだ。


喜藤大尉の突き刺すような突き。それをギリギリで回避するカーネル上級軍曹に、喜藤大尉は続け様にナイフを水平に振り回す。


左下から右へ、左上斜め、右下斜め、突き、突き、真上へ、真上から下への再び突き。


怒涛のナイフ捌き。常人ならば反応すら出来ない筈の連続攻撃だが、カーネル上級軍曹は全て捌き切った。


これには喜藤大尉も驚きの目をする。これまでの訓練において、師団対人格闘大会においてもあの攻撃を全て避けきった者など居なかったのだ。それこそ第1空挺団においてもだ。必ず1度は掠りはしたもの。


必然的に目の前の敵が第1空挺団の誰よりも優れた回避技術を有する事が証明された。


話しに聞く冒険者の上位者達は常人の想像を超越した身体能力を持つと何度も聞いたが、まさか目の前の男がそうなのではないか?そう喜藤大尉が考えるのも無理はない。


「今度はこっちだ!」


すると次はカーネル上級軍曹が突っ込んできた。ここからはジュニバール流のナイフ捌きと言ったところだろう。


しかし喜藤大尉は先ほどまで上げていたカーネル上級軍曹の評価を下げた。余りにも動きが粗いのだ。


確かに悪くはないだろう。しかしあれ程の身体能力と反射神経を持つ強者にしては、釣り合わない。その程度の腕前だった。


(この世界の列強人は対人格闘術を重視していないのか?)


そう喜藤大尉が考え事をする位には互いのナイフ技術の差があった。


興醒めだ。そう喜藤大尉が失望の感情を感じたその時、彼の頭部から衝撃がはしる。


「っ!?」


慌てて意識を切り替えて、好機と言わんばかりに大振りの振り回しをしてくるカーネル上級軍曹を蹴って下がらせて、後方を振り返る。


「カーネル!援護に来たぞ!」


そこには土埃で全身を汚したスロイス大佐が石を握り締めて立っていた。それを見た喜藤大尉は怒りに眉を傾ける。


「餓鬼が。」


初めて明確な殺意を向ける喜藤大尉。それに僅かに蹴落とされるスロイス大佐。






上から聞こえてくる銃声と打撲音に居てもいられなくなったスロイス大佐は下った岩を再び登り始めた。


「大佐殿!何をしているのですか!?」  


それに肩を負傷した副官が血相を変えて言う。側には生き残りの2名の兵士がおり、彼等も同じような表情をする。


「部下を置いてはいけん。お前達は先に逃げるんだ。」


「それならば上官を置いていける訳がないでしょう!? し、小官が行きますので大佐殿は先に行ってください!」


「その怪我でか? それにさっきの回避で足も挫いてるのだろう?」


副官がそれに言葉が詰まるが、側の兵士が応える。


「それならば自分が行きます!大佐殿が行かずとも…………」


「駄目だ。お前達は副官を安全地帯まで連れていけ。この辺りの生き残りを集める必要もある。3人はこの丘を降りて探してくるんだ。

これは命令でだ。」


スロイス大佐はそう言うと有無を言わさずにそそくさと登っていった。

 

「何をしてる!?殴ってでも大佐殿を引き吊り下ろすんだ!」


副官がそう2人に命令するが、すでにスロイス大佐を止めるには無理な程に離れていた。あれでは先に頂上を登りきるだろう。


「行きましょう。先に副官殿を安全な所までお連れします。」


「お、おい!?貴様等!」


2人は大佐が戻ってくるのを信じて先に重傷である副官を下ろす方を選んだ。





拳銃を片手に息も絶え絶えで岩を登るスロイス大佐。あと最後の岩を上れば頂上という所で持っていた拳銃を落としてしまう。 


「あっ!」


手を伸ばすが、拳銃は脇にある滝へと落下して、そのまま水溜まりへと吸い込まれていった。


「糞…………何か武器は…………」


自身の間抜けさを呪うが、時間に猶予がないため近くにあった細かく砕けた石を握り締めて最後の岩を登りきる。


頂上に再び到達した彼が見たのはカーネル上級軍曹とあの日本兵がナイフで切り合っているところであった。


日本兵の見事なナイフ捌きにカーネル上級軍曹は退けるのに精一杯の様子。そこから隙を見つけて反撃をするが、見た限りでは日本兵からは余裕の様子が見えた。


やはりあの日本兵は危険だ。そうスロイス大佐は判断した、疲労困憊の身体を起こして握り締めていた石を全力で投げる。


「っ!?」


当たった。スロイス大佐が喜びを感じるよりも前にカーネル上級軍曹を蹴り飛ばした日本兵がこちらへと振り返る。


「カーネル!援護に来たぞ!」


カーネル上級軍曹の驚いた顔が見えた。しかし向き合う日本兵が口を開く。


「餓鬼が。」


スロイス大佐はその気迫に思わず後ずさる。 






状況は一気に不利になった。逃げていた目標1が戻ってきて加勢に来たのだ。 


「大佐殿!?何故戻ってきたのですか!?」


喜藤大尉を間に挟んでカーネル上級軍曹が言う。


「苦戦している様なので助けにきた!」


「その必要はありません!じきにコイツの仲間がきます!速く戻ってください!」 


「どの道、コイツを倒さなくては逃げるのは無理だ!2人で倒すぞ!」


さっきから自分を無視して言い争う2人に、喜藤大尉は僅かに苛立ちを覚え、目の前の若者の全身を確認する。


見たところ銃器の類いは持っていない。石を投げたのは録な武器を持っていないからだろう。


…………それで私を倒す?この第1空挺上がりの自分を?


それに気付いた喜藤大尉から余計な感情が消える。己が築き上げてきた自信とプライドを目の前の若者は的確に刺激させたのだ。


「っ! お前の相手は俺だ!」


カーネル上級軍曹は喜藤大尉の殺意がスロイス大佐に向けられているのを察して止めようと動く。


そこで喜藤大尉も落ち着きを取り戻したか、瞬時に振り返ってカーネル上級軍曹の顔を殴打する。


「ぐはっ!」


顔を殴られた事に思わず数歩下がったカーネル上級軍曹へ追撃をしようと近付いてくる喜藤大尉。そこへ再びスロイス大佐が妨害をする。


「させるか!」

「…………」


スロイス大佐が喜藤大尉の背中を殴った。だが喜藤大尉は何ともない様子を見せる。そんな相手にスロイス大佐は驚く。


「っ!」


喜藤大尉を守る筋肉、そしてその上に着込んだ戦闘服が一卒兵程度の訓練しか受けていない若者の指揮官の軟弱な打撲の衝撃を吸収したのだ。


「第1空挺団上がりのこの俺を、舐めるなぁ!」


再び喜藤大尉から余計な感情が消え、渾身の蹴りをスロイス大佐の腹部へと放った。


「がぁっ!?」


「大佐殿!?よくも!」


攻撃から回復したカーネル上級軍曹が背中を見せる喜藤大尉へとナイフを突き刺すが、喜藤大尉は脇へと挟ませてカーネルの腕ごと固定させる。


「な!?」


予想外の対応にカーネル上級軍曹が驚く。それを無視して喜藤大尉は挟んだ脇に全身の力を込めて横へ動く。


ゴギッ!


鈍い音がカーネル上級軍曹の腕から響いた。その瞬間、彼は崩れ落ちた。


「ぐああぁ!!」


腕の骨を折ったのだ。それも最も太い上腕骨をだ。如何なる軍人でもこの痛みを耐えれる者は少ない。


「カーネル!?」


驚愕するスロイス大佐と悶絶するカーネル上級軍曹を見て、喜藤大尉は勝利を確信した。


ブルルン!ブウウン!


そこへ追い討ちを掛けるようにして後方の獣道から矢部班等が近付いてきていた。


「遅い…………何をやっていたんだ?」


面倒な格闘戦闘を終えて流石の喜藤大尉も疲労の色を隠せずにはいた。その隙をスロイス大佐は見いだす。


「うおぉ!!」

「む!」


腰を掴んできたスロイス大佐を前に喜藤大尉は難なくほどいて蹴飛ばした。それに背中を地面に強く叩きつけられた。


「無駄な足掻きだ…………ここまで手こずらせたのは感心するがな。」


喜藤大尉はそう言うと背負っていた20式自動小銃を掴んだ。あとはこの引き金を引いて仕事は終わりだ。


「…………?」


そう考えた所で喜藤大尉は違和感に気付いた。僅かに腰辺りの重みが減ったのだ。思わず腰のホルダーに手を伸ばして確認する。


何だ?何が減った?


腰のホルダーには空になったナイフケース。満杯の弾倉一式。あとは…………空の手榴弾とあと1個しかない筈の閃光手榴弾…………!?


喜藤大尉は慌てて先ほど蹴飛ばしたスロイス大佐を見た。


「これを探してるのか?」


2人の目が合った時、スロイス大佐は既にピンを抜いて此方へ投げていた。その後状況を察したカーネル上級軍曹とスロイス大佐は伏せた。


「っ!?この餓鬼!!」


喜藤大尉は目や耳を覆うよりも引き金を引いて2人を排除すると決める。


引き金を引くと同時に180デシベルの大音量と閃光が無防備な喜藤大尉を襲った。


バアアアアアンッ!!!




走る2人の背中を目掛けて銃弾が飛びかかる。


「走るぞ!」

「はい!」


爆発を覚悟していた2人は、あれが最初の炸裂弾だと気付いて反射的に走った。


仮に後ろを振り返れば、両目を閉じて、意識も絶え絶えの喜藤大尉が乱雑に小銃を撃ちまくる姿が見えるが、生憎と2人にその余裕はなかった。


やがて先ほどまで降りていた岩の階段を見下ろすが、2人はそこで絶句する。


「な!?」

「不味い!ここにきて…………」


数十m下の岩場付近で9台のオートバイ隊員が待ち構えていた。喜藤大尉が機転を利かして回り込ませていた伊部班であった。


幸いにも副官達の死体は見えない。見つかるよりも先に降り切れたのだろう。


しかし問題は真後ろで滅茶苦茶に発砲しまくる喜藤大尉の銃声のせいで下にいるオートバイ部隊もスロイス大佐等の姿を発見したことだ。


「あそこだ!」

「全員撃て!撃て!」


すかさず肩に背負っていた20式自動小銃で頂上に立つ2人へ発砲する。


後ろに下がろうにも喜藤大尉が空になった弾倉を捨てて新たな弾倉と交換しようとしていた。そしてその純血した両目は此方を睨んでいる。


その更に後ろから遂に追っ手が到着した。獣道から15台ものオートバイ隊員が出現。そのままの勢いで喜藤大尉を避けるように此方へ向かってきた。


「万事休すか…………」

「待て!まだ道はある!飛び下りるぞ!」


カーネル上級軍曹が諦めの言葉を言う。しかしスロイス大佐は違った。


スロイス大佐の視線の先には隣にある断崖絶壁の崖だ。その真下には滝があり、深そうな水溜まりがある。


「…………まさかあれをですか?」

「他に手はあるのか?」


血の気が引いたカーネル上級軍曹に、スロイス大佐は逆に聞き返す。


「…………もし、生き延びれたら貴方に一生の忠誠を誓います。」


カーネル上級軍曹の言葉にスロイス大佐はニヤリと笑う。


全く、この人は…………


2人は同時に崖から飛び下りた。喜藤大尉と部下達は驚愕に目を見開いた。





崖から落ちないように慎重に下を見る喜藤大尉。その視線の先には、あの深い水溜まりへと着水したと思われる水飛沫が見えた。


「…………」


「奴等、自殺するようなものですよ。この高さから落ちるなんて………」


高さにして80m以上はある。この高さは例え水であろうとも普通に死ぬ高さだ。ましてや軍隊の重い装備を着けた上で飛び下りるなぞ正気の沙汰ではない。


しかし喜藤大尉の考えは違った。


「ドローン部隊をあの麓に向かわせろ。我々も迂回路を探して行くぞ。」


「はっ…………しかしこの高さですよ?」


どう考えても死んでいる。そう続けようとした隊員は口を噤んだ。喜藤大尉の目が怒りを示していたからだ。


「命令を忘れたか? 死体を確認した上で任務は遂行される。それ已然に戦場で絶対はあるのか? 言ってみろ。」


「も、申し訳ありません!中隊長殿!」


隊員は全身が震え上がった。周囲の隊員達も距離を取る程に喜藤大尉から凄まじい怒りを感じ取っていた。


「…………今回は我々全体の傲慢さが招いた結果だ。お前達だけではない。私自身もどこかで戦場を侮っていた。」


喜藤大尉は拳を握り締める。ミシリと聞こえ、数秒後にはその拳から血が滴り落ちていった。


そんな喜藤大尉に周囲は恐れおののくが、彼のもとへ1人の隊員が駆け寄る。


「中隊長殿!池田大佐より通信が!」


それに喜藤大尉は無線機を受け取った。


「喜藤大尉です。」


『俺だ。奴は見つけたらしいな?』


池田大佐の声だ。


「申し訳ありません。目標1、2を取り逃がしました。」


『あん? お前がしくじるとはな…………サボってたか?』


池田大佐の無神経な言葉に喜藤大尉は怒りに身を震わす。


「恥ずかしながら反論できるものではございません。」


そんな返答に池田大佐は高笑いをした。


『だっはっはっはっ!! そう怒るなよ。偵察ドローンから確認している…………まさかあの高さから飛び降りるとはな。大した玉だ。』


「見ていましたか。これより追撃します。」


つくづくこの男は性格が腐っている。


『まぁ待て待て。お前さんには承認出来ない内容だろうが、時間切れだ。第4偵察大隊はすぐさま主戦場へ戻れ。これは鬼師団長様からの命令だ。』


有無を言わさずに無線を切る池田大佐。これに喜藤大尉は深く深呼吸をした。


カーネルと言ったか。奴とあの若僧は必ず殺す。


喜藤大尉はそう決意した。






     第2戦闘団 主力部隊


無線を切った池田大佐はタブレット画面を操作して地図を確認する。場所はスロイス大佐等が落ちたという滝から繋がる川だ。


「…………やはりな。」


この川は連中の都市まで繋がっている。この都市の名前は…………


「マロナイナか。」


流石に現状で戦線をそこまで前進する事は不可能だ。こちら側の物資はほぼ消費し尽くした。後方からの補充を待たねば戦線は崩壊する。


それに川から都市までは相当な距離だ。あの高所から落ちて、そこから流れ着いたところで息はない。だが恐らくは…………


「生きているだろうな。」


池田大佐の直感がそう言う。


そこまで考えた所で池田大佐は気持ちを切り替えて周囲を見渡した。


既に周りは戦後処理をしていた。夥しい数のジュニバール兵の死体。焼け焦げた車両に、1ヵ所に集められたジュニバール軍の小銃。生き残っているが悲壮感ただ依る捕虜達。


ここが今回、攻めてきた『敵師団司令部』であるとは信じられないだろう。


「おい。ここの司令官はどこにいる?」


「…………団長。その足元のがそうです。」


池田大佐の質問に隊員が曇った表情で言う。それに池田大佐は下を向いた。


1人の死体が転げ落ちていた。見れば確かに将官の階級章と服装をしており、池田大佐はその腕を踏んでいたのだ。


「おぉ、コイツか…………ったく、なんてツラしてやがる。」


池田大佐はそう言うと興味を失ったように踏んでいた腕を蹴飛ばした。


「敵の物資は残らず回収しろよ。連中に再利用されちまったら目も当てらんねぇ。」







目が覚めると白い天井が微かに見えた。どうも長時間のあいだ、寝ていたような気がする。


目を完全に開けて周囲を見渡す。するとここは傷病室のようだった。周りは血で汚れたシーツのベッドで溢れ、所々から痛々しい呻き声をあげていた。 


何とか力を振り絞って上半身を起こす。そこへ1人の女性が駆け寄ってくれた。


「目が覚めたのですね! 大丈夫ですか! お名前を言えますか?」


その女性は見たところ、従軍治癒魔術師のようだ。長髪で金髪の女性、年齢は二十歳ぐらいだろうか?


関係ない事を考えるが、質問を思い出して枯れた声で応える。


「スロイス…………モリック・スロイスだ。ここは何処だ?」


「そうですか。私はミシェル・レーナです。目が覚めて本当に良かった。

ここは都市マロナイナです。近くの川で流れていたところを救出されたのですよ?

 あなたと一緒に流れてきた人もいます。あの人もついさっき意識を取り戻したのですの。」

 

そうレーナは安心させるように微笑んだ。


「何日…………寝ていた?」


レーナは言いずらそうに応えた。


「貴方が発見されてから…………2週間は寝ていました。ゆっくり休んでください。いま治癒長をお呼びします。」


遅くて申し訳ないです。その代わりに3万文字の過去1の文字数でいきました。


長文過ぎたかな…………今回の展開は割りとお気に入りです。

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― 新着の感想 ―
スロイス大佐、悪運強く逃げ延びましたか… しかし、なかなか日本への認識を改めようとしない上層部が彼をどう扱うか… 2週間も経っていたという事は戦況も結構動いているのではないだろうか… 第2次大戦基準…
ジュニバール帝王国とガーハンス鬼神国、上層部には未だ、惨敗の情報が届いていないのでしょうか? それゆえ未だ、事実に気付いていないのでしょうか?
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