第90話 再激突
に、2ヶ月以上も空けてしまい、申し訳ありません。
めっちゃ怠惰になってました…………
第90話 再激突
都市長の屋敷に居候していた池田大佐は大広間に置かれたソファーに足を組んで伸ばして寛いでいたが、屋敷の主である都市長が恐る恐ると声をかけた。
「お休みのところ恐縮ですがイケダ将軍、例の者達が到着しましたぞ。」
その声に池田大佐は組んでいた足を解いて一言口を開いた。
「そうか。ここに集めろ。」
そう池田大佐が言うと都市長は恭しく頭を下げて外で待機していた集団を呼びにそそくさと離れていく。
その後ろ姿を横目に池田大佐は欠伸をしながら凝った身体を伸ばして解したが、背後から鋭い声が掛かる。
「池田大佐、分かっておりますよね?」
坂部の声だ。なにかと池田大佐を牽制する男であり、鬼導院中将から監視目的で送られてきた幹部隊員だ。
仕事一筋で部下からの信頼も厚く、性格面では池田大佐と間反対の人物であった。それ故に既に第2戦闘団の隊員達からは団長である池田大佐よりも慕われている噂がある……
そんな坂部からの言葉に池田大佐は小指で耳垢をほじくり出しながらぶっきらぼうに応えた。
「おうおう、そう釘を差さすとも分かってるぜ。ちゃんと弁えて接するぜ。」
「それを聞いて安心しました。」
明らかにそう思っていない様子で言い放つ坂部に池田大佐は苦笑いするが、そのタイミングで都市長が目的の者達を背に戻ってきた。
媚びるような表情で都市長は連れてきた者達を座っている池田大佐の前に並べさせる。そして整列する者達の顔を見た池田大佐は上機嫌に口を開いた。
「ほほう。これはまた綺麗所を集めてきたな。」
都市長が連れてきた者達、それは十数人の見栄麗しい女性達であり、その全員が所謂メイドの様な制服を着込んで立ち並んでいた。
彼女達はこの都市にいる有力者達からの推薦で集められた池田大佐の身の回りの世話をする侍従、正真正銘のメイド達であった。
有力者達は新たな支配者であるーー日本側は支配する気はないがーー日本国からの将校へのパイプを繋げようと、もしくは商業組合長への要請といった理由で送られてきた彼女達は自他共に認める女好きであった池田大佐から見ても顔が整っている別嬪達であった。
有力者に仕える以上、その屋敷で働く使用人達、特にメイドの様な女性達はその主の権威や力を誇示する為に見栄麗しい女性達を雇う風潮はよく見られるものだ。
時には自身の欲を発散させるために、時には優越感を得るために、時には相手側を落城させるために、時には相手から情報を抜き取るために、顔が整った女性達を身に囲む利益は一言では言い表せない。
池田大佐も後ろに控える坂部も、メイドを送ってきた有力者達の様々な思惑を含んでの事は既に把握済みだ。
だがそれを表面上には全く出さずに池田大佐はソファーから立ち上がって目の前に整列するメイド達の顔を1人ずつ物色するように見つめる。
壮年の男性からの物色するような視線にもメイド達は表情を崩さずに直立状態を維持する。
そんな池田大佐を見て都市長はすかさず側に近寄って耳元で囁いた。
「いかがですかなイケダ将軍? どれも見事な女達でございましょう?何でしたら夜伽ぎの相手にでも……」
下衆な表情で言う都市長の言葉に池田大佐も同じような表情で応えた。
「がははっ! お前も面白い事を言うな。俺の歳を考えろよ。こんなじゃ録におったたねぇよ!だはははっ!」
「何を仰いますかイケダ将軍。男たる者、歳は関係ございませぬぞぉ。この女達を囲めば瞬く間に甦る事は確実。ぬふふふ。」
下世話な会話で盛り上がる池田大佐だが、視線はメイド達に向けたままであった。
「池田大佐。此方を、貴戸大佐の観測班からです……」
そんな池田大佐の元へ1人の隊員が早足で駆け寄って1枚の紙を手渡した。
受け取った池田大佐はすぐに紙に書かれた内容を読む。それでも都市長は下世話な会話を続ける。
「いやはや、イケダ将軍が実に羨ましい。この者達も将軍のような豪傑の寵愛を受ける事は名誉でしょう。早速味見でもなさいますか?」
一向に静まる様子のない都市長だったが、読み終えた池田大佐の口が開かれた事でそれは漸く終わりを向かえる。
「いや。今日は無理だな。」
池田大佐はそう言うと持っていた紙をヒラヒラと振りながら続けた。
「ちと急な仕事が舞い込んだわ。これから外出するから、この女達はお前が案内しとけ。」
「わ、私がですか?」
都市長は驚いたような表情で自身を指差した。これに池田大佐は肩に手を回して言う。
「おうよ。元はと言えばこの屋敷はお前のだろ?なら持ち主が一番女達を案内するのに向いてるんだ…………それに。」
池田大佐は都市長を引き寄せて小さく呟いた。
「俺はお前を信用してるから任すんだぜ?」
最後の言葉に都市長は表情を崩して意気揚々と応えた。
「おぉ。実に勿体無いお言葉! お任せあれ。将軍の御期待に応えて見せましょうぞ!」
都市長の言葉に、池田大佐は背中をポンと軽く叩いて、坂部を連れて大広間から出ていく。
その後ろ姿を目に、都市長は少し慌てた様子で聞いた。
「と、所で先程のはどういったご用件でしたか! 出来ればどれくらい留守をなさるかも教えていただけると……」
その声に池田大佐は振り返った。
「ん? あぁ……そうだったな。」
池田大佐は獰猛な笑みを浮かべて答える。
「お客さんが来たんだ。その歓迎をするのさ。」
そう言うと持っていた紙をぐしゃぐしゃに握り潰してその場に捨てた。
その瞬間、坂部は一瞬だけ整列するメイド達の何人かが鋭い視線を見せた事を見逃さなかった。
大広間から出て屋敷の長い廊下を池田大佐と坂部は歩いていた。
やがて玄関の所まで着くと2人は立ち止まって坂部が口を開いた。
「池田大佐。あの女達ですが……」
「おうよ。分かってるぜ。」
すぐに池田大佐も坂部の言いたい内容を理解して答えた。
「可愛い顔して中々に鋭い目をしてる奴がいやがったぜ……キャバ嬢でもあんな目をしてる奴は居なかった。
見たか?俺が受け取った紙を見逃すまいと目を凝らしていた女共を。」
池田大佐が1人ずつ顔を確認した際、多くのメイドの表情は平静を装っていたが、その瞳の奥には僅かに緊張を見せたのが殆どだった。
しかしその内の幾人かは此方を探るような視線を見せていたと池田大佐は見抜いた。
「巧妙に隠してはいたが、若けぇ頃から粗探しをする記者共や中国人女共を見てきた俺の目は誤魔化せねぇ。」
その言葉を聞いた坂部は、やはりこの男はマークされてたのか…………と呆れたが気持ちを切り換えた。
「盗聴した内容通りです。彼女等を送った各有力者の推薦状を確認しましたが、あの場に居合わせた者達と名前が一致しました。
屋敷内の隠しカメラも万全、あの彼女等の動きは全て筒抜けです。」
この屋敷内には既に至る所に隠しカメラやマイクが設置されており、どんな異変も見逃さない備えが出来ていた。この屋敷内に限り、死角というものは存在しない。
「それはつまり何か。女共の着替えや部屋にも仕掛け済みってか?」
池田大佐はニヤリと笑い、茶化すように言葉を放つが、坂部は淡々と応えた。
「彼女等は謂わば間者。我々の機密を探る者達です。大佐が思われるような余計な心配は要りません。」
面白みのない返答に池田大佐は肩を竦めると、玄関の方へ振り向き、両扉を勢い良く開けて外へと出る。
「先の観測班からの報告はどうでしたか?」
坂部の質問に池田大佐はニヤリと笑う。
「やっと連中の準備が終わったらしい。すぐに此方に向かってくるぜ。 最低でも2個師団が絡んでる。 ここ一番の激戦になるな。」
『都市カバーラから2個師団規模のジュニバール軍に動きあり。 同時に後方の1個師団相当の部隊の進軍も確認。』
これが先の部下が持ってきた紙の内容だった。
紛れもなくジュニバール帝王国陸軍による再攻勢であるのは誰が見ても分かるだろう。
「既に第4・第5戦闘団が迎撃予定地点で待機済みです。我々の主力もご指示通りの地点にて待機しております。」
「敵の航空戦力は?」
「依然として確認出来ず……大陸中央部に大規模な航空基地が未だ建設途中なのが要因でしょう。」
「そうなら納得だが、俺は連中は未だに制空権の重要さを理解していないと見たな。」
やり易い相手だ。そう池田大佐は上機嫌に言いはなった。
「報告だと後方の1個師団の到着を待たずして進軍している。 相手の指令部は随分と焦っているな。司令官の名前は……何だったっけ?」
「捕虜の話ではジルヒリンという名の元老院議員です。」
「あぁ、そんな名前だったか。軍歴は無しのお飾り的な奴かと思ったが実際に指揮権を保有しているらしいな。」
「専門の教育を受けていない若者を司令官に任ずるなど、狂喜の沙汰としか言えません。」
「確かにな。だがその分、俺達から見れば大変に助かる話だ。」
池田大佐はそう言い終えると、近くに停車していた高機動車に乗り込んだ。
「お前はここに残ってあのデブ共を見張っとけ。」
指揮官である池田大佐が乗り込んだのを見た隊員達が次々と他の車両へと早足で掛ける光景を一瞥すると坂部は口を開く。
「敵は数万規模なのでしょう? それなのに貴方は随分と愉しそうにしている。」
そんなに戦争が好きか?そう暗に聞いてきた坂部に、池田大佐は歯を見せるように大きく笑顔を見せた。
「はん。なぁに言ってんだよ。俺は部下達を鼓舞するために敢えてそう見せてんだよ。敢えてな。」
池田大佐の返答に、坂部はジッと見つめる。しかしこの男の表情を見てもあれが本心なのか、嘘なのか、確信がとれなかった。
(この男は何なんだ……我が身が一番だというのは間違いないが、こうも怖れずに最前線へと率先して向かうのは……)
自衛隊の頃より、戦闘団団長が前線で指揮を採るというのは想定されていたが、この池田大佐は戦闘時にはそれを上回る頻度で最前線を行き来していた。
実戦でここまで怖れずに前線で指揮を採るその姿は指揮官としては立派だが、普段の行いを知る者から見れば、同一人物かと目を疑う程に差が大きいのだ。
「ま、今回は程々にする予定だ。何せ便利な道具が大量にあるんだからなぁ!」
そう言い終えると同時に池田大佐が乗る車列が動いた。
「留守の間に俺の女共に手を出したら承知しねぇぞ!」
高機動車の窓から頭を出して遠ざかる坂部に聞こえるように大きな声量で池田大佐は言う。
これに坂部は呆れるが、何とか表情に出るのを防ぎ、敬礼をもって応える。それを満足そうに頷いた池田大佐は車内に取り付けられた無線機に手を伸ばして先に待機していた第2戦闘団主力部隊に指令を出した。
「俺だ。予定通りに敵が目標地点に入ったら攻撃を開始しろ。すぐに俺も到着する。」
『了解。全部隊に通達します。』
都市カバーラ近郊
大陸西部の都市国家と都市国家を繋ぐ主要大街道の1つである西部大街道は現在、ジュニバール帝王国陸軍によって埋め尽くされていた。
徒歩で進軍をする歩兵は元より、弾薬に糧食といった物資を満載した輸送車が、敵を蹂躙するための戦車の列が、石畳の道路を踏み締めながら歩みを進めていた。
損耗の激しい第29師団の再編成が終わり、合流した第48師団が主導の第2次攻勢作戦が開始し、都市カバーラから続々と部隊が排出されていく。
近郊部に設置された第48師団司令部では師団長と師団参謀等が進軍する部隊の進捗状況を確認しながら今後の展開についてを話していた。
だが師団長以下、参謀等の表情には疲労の汗を流していた。
何せ今回は2つの師団が混成した部隊であり、更に片方側の第29師団の主だった指揮官等は壊滅状態を被っている。
現場指揮をとる下士官の不足は当然ながら、その彼等を統括する士官、そして更に作戦や方針を決める参謀達までもが先の戦闘で喪失していたのだ。
そのため、書面上においては2個師団級の戦力配置となっているが、実際には増強師団規模であり、それらを管理する士官の数はほぼ通常の師団数と同数であるため、既にこの時点で作戦の進捗状態に著しい影響が出ていた。
「先行していた騎兵偵察隊より報告、第805歩兵大隊の行方が途絶えた様です。恐らくは道中の分かれ道で道を間違えたかと……」
現に先程から魔信と睨めっこしている魔信員からの口からは次々と部隊との連絡が途切れたという内容の報告が後を絶たなかった。
「その偵察隊を偵察任務から捜索任務に変更させろ。」
そしてすぐに司令部に詰めていた参謀の1人が慣れた様子で指示を出し、それを魔信員が魔信機に戻って伝える。そんな一連のやり取りが何度も行われていた。
それを見ていた師団参謀長は嫌気が差した表情で、この周辺を記した地図を机に広げて見下ろす師団長に声をかける。
「これで13件目ですね。覚悟はしてましたが、日本軍との戦闘前で幾つかの部隊は戦力外として考えた方が良いですな……」
参謀長の言葉に師団長はうねるように応えた。
「この際は致し方ない……先頭の部隊はどうだ?」
この質問に参謀長は地図上に記された街道を指でなぞり、とある場所で指を止めた。
「出発時間を考慮すると……先行部隊はそろそろ日本軍と接敵しても可笑しくないでしょう。」
「果たして奴等が気付いてるかどうか怪しいがな。」
師団長の冗談交じりの言葉に周囲の張り詰めた空気が僅かに弛む。
「あぁ、そう言えばスロイス大佐がここの近くにいたのであったな。」
「確かにそうですな。スロイス大佐の指揮する第266歩兵連隊が幾つかの部隊と共に後方に控えています。先日連隊付きの指揮官としてカーミル中佐……いやカーミル上級曹長も一緒でしたな。」
「あぁ、あの痴れ者か。」
度重なる悪い報告の気を紛らわそうと別の話題にすり替える両者。
そんな彼等を他所に、池田大佐等が待ち構える地域へとジュニバール帝王国兵が、着々と到着しようとしていた。
ジュニバール帝王国陸軍 第29・第48師団先行部隊
両師団の先頭を行くのは第48師団属する第508騎兵中隊であった。彼等は後続に続く部隊が問題なく通れるか街道状態を確認し、敵部隊の索敵も兼ねている。
騎兵銃を肩に背負い、軍馬に跨がった彼等はその蹄を意気揚々と響かせながら、街道を突き進んでいくその姿は、彼等を列強と呼ぶには相応しと言えるだろう。
しかし、そんな彼等を観察するように視線を向ける者達がいることには、彼等は気付く事が出来なかった。
街道の片側に面する丘陵に彼等を見下ろしているそれはいた。
肌寒い季節のなか、所々に枯れ葉の山が自然の力で生成されるその内の1つから、声が聞こえる。
「カカシより本部へ。中隊規模の騎兵を視認。敵の先頭部隊と思われる。」
『本部よりカカシへ。此方側も確認した。そのまま作戦を継続せよ。』
そんなやり取りを終えると、幾つかある枯れ葉の山の1つがゆっくりと動き出した。
枯れ葉や枝を縫い付けて作成された迷彩服に身を包んだ日本国防陸軍の隊員はそのまま所定の位置にまで到着すると先ほど掴んでいた無線機とは別の道具を取り出す。
戦闘団で支給されているスマホだ。隊員が起動させるとすぐに画面には街道の至る所に配置されたカメラが捉えた映像が映し出された。
その映像を暫く確認した隊員は再び無線機を掴んで声を出す。
「カカシよりシャープへ。先の騎兵中隊より後方の部隊が第3ラインへの到達を確認。 歩兵多数に輸送車両も確認した。大隊規模と思われる。」
『こちらシャープ、了解。』
報告を終えた隊員はそこで一息ついた。隊員が見ていたスマホの画面には小銃を背負った歩兵達が映し出されていた。
第2戦闘団 迎撃地点
池田大佐の指示で設置された迎撃地点の1ヵ所で、小隊規模の隊員達が待機していた。
「カカシへの報告を確認。展開を開始せよ。」
小隊長の言葉に、機材の前に立っていた隊員が動き出す。
隊員はすぐに機材から幾つかの箱を取り出すと小型の無人機が姿を表した。固定翼型のドローンであり、最大の特徴である翼は折り畳まれていた。
そこへパソコンと睨めっこをしていた別の隊員が口を開く。
「座標は登録済み。いつでも投げて良いぞ。」
「了解。」
隊員はそう短く応えると、折り畳まれていた翼を広げた後、ドローンのバッテリーに問題が無いことを確認して、起動ボタンを押す。
ドローンから駆動音が鳴ったのを聞いた隊員は、それを片手に紙飛行機を飛ばすイメージで投げた。
軽量なためか、勢い良く空へと投げ出されたドローンはそのまま落下することなく、揚力を得て空へと飛び立った。
一定の高度まで上昇したドローンは、そのままの速度を維持して飛行を続けた。
「良いぞ。しっかりと映っている。」
地面に置いたパソコン画面を見ていた隊員が言う。
そしてそのすぐ後に彼等の頭上を多数のドローンが通過していった。
傾斜の多い地域に点在する開けた土地に155mm榴弾砲FH70、99式自走155mm榴弾砲が数段の列を敷いて、その長身の砲身を1つの方向へ向けて待機していた。
更には数は少ないものの、より大型の203mm自走榴弾砲、多連装ロケットシステムMLRSが来るべき砲撃に向けて準備をしていた。
第5戦闘団に配備した火砲のほぼ全てがこの地域と付近の平地に集結していた。
単純な火力だけを試算するならば、この戦闘団こそが現在、この大陸にいる日本国防軍の中で最大の火力を保有していることは間違いない。
「無人偵察機から座標コードを受信……目標第3ラインへの入力完了。座標認識システムに異常なし。 全車両、いつでも砲撃可能です。」
各MLRSから有線で繋がれた統合指揮車の入力画面で操作をしていた隊員が指揮をとる第5戦闘団の品田良和大佐へと報告をする。
「わかった。じきに池田大佐より作戦開始が発令される。操縦手、発射手は持ち場につけ。」
その言葉と共に、通信科の隊員が駆け寄り品田大佐に耳打ちをした。
「品田大佐、池田大佐より電話です。」
それを聞いた品田大佐はすぐに通信科が詰めている天幕へと向かった。
付近の地形に合わせて設置された天幕に入ると、大量の通信機器が並べられている内の1つの前で止まった。
品田大佐は迷わず無線機に取り付けられた受話器に腕を伸ばして、回線の向こう側で待っているであろう人物の声を聞く。
第2戦闘団 主力部隊 集結地点
街道から逸れた緑が生い茂る平地に展開された第2戦闘団の元へ指揮官である池田大佐が乗る車列が到着する。
池田大佐が乗る高機動車の扉を隊員が開けるとすぐに彼は降り立ち、部下からもたらされる報告を耳に入れた。
「戦闘部隊は全て準備を完了しております。また、最先頭にいる敵部隊はデッドラインへの侵入を確認しております。」
その報告と共に部下は池田大佐に敵部隊を上空から撮影した写真を見せ、これを見た池田大佐は息を吐く。
「奴等、またご丁寧に列を組んで行進ってか?」
敵が視認できない程の高高度から撮影された航空写真には、街道に沿って長蛇の列を組んで行進をするジュニバール帝王国陸軍の姿が映っていた。
「敵航空機による偵察活動は依然として確認しておりません。一応は騎兵部隊による偵察は行われていますが、街道のみを確認している模様です。」
続く部下からの報告に池田大佐は珍しく眉を潜めた。
……下手過ぎる。仮にもこの世界の列強に位置する軍事大国が、こんな悪手を繰り返すか?
「航空機の有用性も気付いてねぇし。部隊間の連携も取れてねぇ……歪だな。」
池田大佐の呟きに、部下は訝しげな視線を向けるがそれを無視して、命令を出す。
「戦闘開始だ。品田に繋げろ。」
『準備は終えてるな?』
開口一言目の言葉から受話器越しでも伝わる意気揚々とした池田大佐の声に品田大佐は応える。
「はい。第5戦闘団が保有する全ての砲は何時でも彼等の頭上に華を咲かせれます。」
その言葉に、受話器越しから高笑いが聞こえた。一頻り笑い終えた池田大佐は短く告げた。
『始めろ。』
それと同時に通信が切れた。
受話器を元の場所に戻し、軽く息を整えると品田大佐はすぐに近くに控えていた副官に指令を出す。
「現時刻を以て作戦を発令された。砲撃を開始せよ。」
品田大佐の命令を受け取った副官は敬礼で応えると、すぐに天幕から出て、待機する隊員達へ通達する。
「作戦発令を確認した! 第1大隊、第2大隊と順に砲撃を開始せよ!」
この時、久方振りにバリアン大陸に硝煙の臭いが噴出された。
99式自走砲が陳列する第5戦闘団本部が配置した砲撃陣地の1つ。
「……発令を確認。目標4-G、敵歩兵部隊!」
「座標変更なし。弾種榴弾!」
「第3中隊、TOT射撃を開始せよ! 撃て!」
全ての準備を終えた特科隊による一斉砲撃が周辺の空気を震動させた。
放たれた砲弾は視界の遥か先にいるジュニバール帝王国陸軍へと飛来していった。
数秒後、無線で観測班からの射撃効果が報告される。
『観2班、敵歩兵への着弾を確認!なれども右6度への修正必要!』
「了解…………修正完了を確認!第2斉射を開始する……撃て!」
自走砲からの自動装填を行うと同時に砲撃位置の修正を終えた自走砲はものの数秒で第2斉射が開始された。
砲撃入力を終えた隊員の隣で排出された熱々の薬莢を近くの薬莢置き場へと急いで捨てる隊員、他の砲撃陣地や戦闘団本部と無線でやり取りをする隊員、全ての国防を担う兵士達が世話しなく動き回っていた。
攻撃の先にいるジュニバール帝王国の兵士達は突然の砲撃に混乱の真っ只中である事を頭の片隅に追いやり、彼等は仕事を全うする。
ジュニバール帝王国 陸軍
第29師団に所属する第266歩兵連隊指揮官のスロイス大佐は馬に乗って連隊と共に街道を進んでいた。
スロイス大佐は馬上から見える隊列を背景に、すぐ後ろを他の歩兵同様に歩くカーミル上級曹長へと声をかける。
「身体の調子はどうだ?」
「何ともありません。元より私は大した負傷は負ってはいませんから。」
カーミル上級軍曹はそう言うと、治癒魔術師の手によって完全に癒された傷跡をさする。
「この御恩はこの身を持ってお返しさせて頂きます、大佐殿。」
「気にするな。貴官のような豊富な経験を持った軍人を喪うのは大きな損失だと判断したまでだ。 随分と長年に渡って戦場を見てきたのだな。」
スロイス大佐の言葉にカーミル上級軍曹は空を見上げ、これまでの人生を思い返すように口を開いた。
「えぇ。士官学校を卒業してからすぐにラーマ島攻防戦、ラミュエル戦争、バーゴイル征伐にヒューバゴン攻城戦に従軍しました。」
「ヒューバゴン攻城戦?……まさか12年前のあの戦いに参加していたのか? あの『奇跡の62連隊』の当事者だったとは……」
「ご存知でしたか。当時は大尉として中隊を指揮しておりました。」
目を丸くするスロイス大佐にカーミル上級軍曹は僅かだが、誇らしげな表情を溢した。
ヒューバゴン攻城戦
ジュニバール帝王国が所有する属領島の1つに、スラ部族・マサド部族という古来の生活を営んでいる2つの原住民が連合を組んで同島に入植していたジュニバール人の都市、ヒューバゴン市を包囲した大事件。
また、この2つの部族に呼応して他の少数部族等も加わった結果、10万は越える大勢力となって付近のジュニバール人を虐殺していった。
このスラ=マサド部族連合に包囲されたヒューバゴン市には5万人のジュニバール人が生活しており、万が一この都市が陥落すれば上位列強国に関する事例では史上最悪の殺戮として歴史に記録されるであろう。
しかしこの市に駐屯していた第62都市防衛連隊は本国からの増援が到着するまでの約3週間もの間、熾烈な防衛戦を展開して守り抜いたのだ。
物資不足、有力な大砲や戦闘車等もない状況下で、定員割れした部隊を駆使してスラ=マサド部族連合を撃退した一連の戦闘、ヒューバゴン攻城戦は国内の軍学校の教本に記載される程の見事な戦術として称賛されていた。
今や士官学校を通った者ならば知らぬ者なぞ存在しない。それがジュニバール帝王国軍人の共通認識である。
かくいうスロイス大佐自身も、士官学校時代には何度も教官から耳にしており、その当事者が近くにいる事実に少なからず気を昂らせていた。
「当然だ! 我が国のみならずガーハンスやガントバラスもこぞって教本に載せているのたぞ。
あの連隊を指揮した当時のサファルボリ大佐は今や列強3大名将の1人として歴史に残ったのだから
……その生還者の1人とこうして話せる機会を得れるとは、今すぐにでも貴官と戦術談をしたいところだ!」
興奮したように続けるスロイス大佐。しかしそれとは裏腹に当のカーミル上級軍曹は曇った表情をした。
「希代の天才軍人からまるで少年のような顔を見れた事には、あの地獄の経験を得た甲斐が合ったものです。しかし今や私は臆病者呼ばわりです。」
「あの師団長達の言葉をまだ気にしているのか? 録な実戦経験もせずに財力とコネで成り上がったような連中の言葉なぞ、貴官ほどの人物が気にする必要はない。」
「大佐殿っ!」
スロイス大佐の放った言葉に、カーミル上級軍曹は彼にしては珍しく焦ったような表情で強く止め周囲を見渡す。
同行している他の歩兵達とは距離をとっての会話とは言えども、それでも多少聞き耳を立てれば聞こえる程度の距離したない。耳に入った彼等が師団長等に密告する可能性があることを指摘したカーミル上級軍曹に、スロイス大佐は冷静な口調で返した。
「案ずるな。ここにいる者達は私がこの連隊に赴任された頃からいる古参揃いだ。私が不利になるような報告をする者はいない。そうでなくては私はとっくに左遷されているさ。」
そうスロイス大佐は淡々と言う。しかしその表情はどこか誇らしげな表情をしているのをカーミル上級軍曹は感じ取った。
「話を戻すが、そんな歴戦の貴官から見てどう思う?」
「と言いますと?」
含みのある質問にカーミル上級軍曹は更に詳細を求めた。
「今の状況だよ。これが見えるだろう?」
スロイス大佐はそう言うと、視界の端から端まで続く行進の列を両腕を伸ばして表現した。
「この長大な行進だよ。日本軍は既に前衛部隊と交戦して壊滅状態にまで追い込んでいると判断するべきだ……そんな相手に我々は他の師団と密な連携も取らずに、損耗した部隊を交えて挑もうとしている。どれほど不味い状況なのかは貴官も分かっているだろう?」
「僭越ながら私は言及する立場には無いと思います、大佐殿。」
「構わん。実戦経験豊富な佐官の言葉は現実を見ない将官よりも実りがあると言えよう。」
この言葉にカーミル上級軍曹は再び、周囲を見渡す。スロイス大佐達を護衛するように行進する彼等がこちら側に意識して聞き耳を立てている様子が無いと判断した彼は、重苦しい雰囲気で口を開いた。
「…………私が思うに、これは上層部の見解が甘いだけでは無いと思われます。」
「その根拠は?」
若き上官の質問に、カーミル上級軍曹はまるで教師が教え子に教示するように続けた。
「大佐殿は他の師団と密な連携をと仰いましたが、これまで我が国はおろか他の上位列強国は、複数の師団による大規模作戦など今作戦を除いてありません。つまりは誰も最適解なんて知らないのです。」
「確かに無いな。全く経験がない…………いや、『必要が無かった』からか。」
上位列強諸国は超大国さえ除けば、それ以外のすべての国々が徒党を組んで国力を合わせても、3か国の上位列強国の国力を上回る事は出来ない。
それ程までに両者の国力差は歴然としているのだ。また、それらを維持する軍事力も同様で、上位列強国が僅かな手勢だけでも1か国の軍事力の戦力を持っていても過言ではない。
「その通りです。我が国が列強国に君臨してからの歴史を紐解けば、これまで数多くの戦争が起こりましたが、その全てが属領方面軍が出れば早期に終結しました。
実際にヒューバゴン攻城戦の折に到着した増援も2個旅団相当の部隊でスラ=マサド部族連合は壊滅させる事が出来ました。
私の記憶が正しければこれまでの最大規模の動員は……バルーブァード高度文明大国内乱の鎮圧作戦での第5属領方面軍の1個師団であった筈です。
そもそもが今回の属領方面軍と本国の中央軍との合同作戦が余りにも異例過ぎるのです。ましてや今回は…………」
「ガーハンス鬼神国、他国との共同作戦も前例がない作戦だ。」
スロイス大佐の言葉に、その通りと言わんばかりに頷くカーミル上級軍曹。
「明確な指揮系統は設置されておらず、作戦本部も我が国とガーハンスで別々の建物で考案されているのです。これで連携なんぞ取れると思いますか?
壊滅したバイート少将の前衛部隊だって遠く離れた作戦本部からの命令無くては動ける形態ではありませんでした。」
カーミル上級軍曹の言葉に、スロイス大佐は思案した。自分ならばどう改善するべきかと。
「…………中継地点が必要なのか。全軍を統括する作戦本部とは別の、もっと柔軟の効く前哨司令部のような物が………」
「それが正解だとは分かりませんが、試す価値はあるでしょう。」
「そんな時間など無いぞ!」
カーミル上級軍曹の返事にスロイス大佐は強く言った。しかし彼は頭を横に振って、真っ直ぐにスロイス大佐の瞳を捉えて口を開いた。
「大佐殿。戦場とは常に進むものです。従来の方法が駄目だと分かれば即座に切り換えて、最適解を探す。
時間が無いは言い訳にすら成りません。あらゆる方法を模索し、敵にぶつける。それは古来からずっと行われてきた戦いです。」
口を閉ざすスロイス大佐を横に、カーミル上級軍曹は続ける。
「良いですか大佐殿?戦場とは単純な力と力のぶつけ合いだけではありません。相手側との探求と研究によるぶつけ合いでもあるのです。
そして初撃で我等はその両方に負けたのです。 しかし上層部はそれに気付いていないと判断すべきです。」
「つまり何が言いたい?」
カーミル上級軍曹はそこで再び周囲を見渡す。
「大佐殿の御言葉を信じて言いますが、これから行われる戦いに負ける必要があると判断します。」
その瞬間、周囲で僅かに聞き耳を立てていた者達の雰囲気が揺らいだ。それは困惑や怪奇な物もあれば裏切り者に対する怒りや殺気等による揺らぎだ。
「ゴホンッ!」
スロイス大佐はすぐさま咳払いをして、何も言わせずに牽制し、カーミル上級軍曹の真意を問う。
「…………理由を聞こう。」
最初と比べればある程度の仲を深める事は出来たがまだ日数も浅いにも関わらず、自身にこのような発言をしたこと、それだけの危険な綱渡りを懸けてくれた信用をしてくれた彼の誠意に応えるべく、スロイス大佐は続きを欲する。
下手をしなくとも自身の部下に死ねと同然の発言だ。以下に穏和なスロイス大佐と言えどもそれを看過するほど無責任な男ではない。それを理解しているのか、カーミル上級軍曹は手を振った。
「無論、誤解しないで頂きたいですが、私も勝利する為に尽力を尽くします。もうこれ以上、私の目の前で部下が死ぬのは見たくありません。」
「ならば先の発言の意図は何だ?」
「今、我々が対峙する相手をこれまでの常識に当て嵌めてはならない、と言うことです。」
それにはスロイス大佐も同意する。バルソンスール大尉から得た情報は彼の意識を変えるには充分だ。
「私は直接、日本軍の姿は見ていませんが、あの時の次から次へと寄せられる部隊壊滅の報告の速さは、直接見ずとも分かります………相手がどれほど洗練された戦闘部隊なのかを。」
カーミル上級軍曹はそこで記憶を思い返す。
「スラ=マサド部族連合の戦いは何処までご存知ですか?」
「ヒューバゴン攻城戦の話か?なぜ急に………大まかではあるが、ヒューバゴン市を包囲する前には幾つもの部隊が圧倒的な物量を前に犠牲になったという。」
スロイス大佐の答えは、ジュニバール帝王国では共通の認識となっている。しかしカーミル上級軍曹はそれは過ちだと言った。
「物量、確かにヒューバゴン市の戦いはそうでした。しかしそれより前の戦いは逆です。」
「なに?」
「間ともな通信手段を持たない原住民が、何万という大群になるまで我々が気付かない程、間抜けだとお思いですか?」
「それは…………」
「実際は事になる前には既に認識していました。原住民達が蜂起する可能性あり、という話はすぐにヒューバゴン市に詰める指揮官達の元へ届き、大事になる前に鎮圧部隊を向けました。」
「…………」
「向けられた鎮圧部隊には充分な弾薬と戦闘車が割り当てられていましたが、彼等はスラ=マサド部族の前に敗北したのです。 たったの数百程度を相手に。」
「何だと?」
スロイス大佐は信じられないという表情をした。あの島にいる部族は槍や弓矢程度の石器時代同然の文明しか持たない集団だ。
それに戦闘車を含んだ鎮圧部隊が敗北した。そんな話は今まで聞いたことが無かった。そもそもの話、第62都市防衛連隊はその当時から長年に渡って物資不足に悩まされていたと聞いていたのだ。
理由は諸説あるが、有力なのは大きな港がなく、当時の市長による横領等で更に追い詰められていた。ヒューバゴン攻城戦は偶然にもそんな状況下で起こってしまったという。
「あの時の第62都市防衛連隊には有り余る程の物資と車輌が揃えられていました。攻城戦の折に無かったのはその多くを装備した鎮圧部隊がスラ=マサド部族に負けたからなのです。」
「なぜ鎮圧部隊は負けたのだ?」
「彼等は調べ尽くしていたのですよ。それも徹底的に、我々の戦い方、考え方を。」
カーミル上級軍曹は続ける。
「鎮圧部隊を指揮した指揮官は完全に油断していました。他の原住民の反乱のように今回も軽くぶつけただけで蹴散らせると。しかし彼等は違いました。
目標の集落付近にまで到着した時、夜も更けていたので攻撃は明朝に行われる予定でした。その日は行軍の疲れを癒すために僅かな見張りを除いては就寝していました。
ところで我が陸軍のメーンムール催はご存知で?」
突然の質問にもスロイス大佐はすぐに答える。
「あぁ。方面軍で流行している遊びの事だろう。戦闘前日に現地の酒と本国の酒を呑んで戦意を高めるという。
確か、原住民とは分かり合えないが酒だけは別だと、どこかの呑んだくれ大佐が最初に始めたとかいう。」
「正解です。そしてその時の現地の酒に毒が入っていたのですよ。」
「っ!」
「普段、我々がわざわざ現地の食品を口に入れることは滅多にありません。よっぽど物資不足であったり、現地での本国産の作物の量産体制が整っていない場合は別ですが、メーンムーン催だけは、敵である原住民の食料事情を悪化させる狙いもあって盛大に使われました。
結果は効果的でした。攻撃を仕掛ける筈の明朝には殆どの兵士達が嘔吐や激しい下痢で使い物になりませんでした。
慌てて従軍治癒魔術師を後方から呼び寄せましたが、僅かな護衛しか付けなかった為に、原住民の手によって真っ先に殺されました。指揮官は追加の治癒魔術師を要請しようと思いましたが、そこへ定期的に起こる魔力嵐によって妨害されました。
毒を盛られたと判明した鎮圧部隊は満足に動ける部隊を割いて、付近の原住民を殺戮しようと散会しました。思わぬ傷を負った者は怒りに身を任せて暴れる…………原始的な武器で危険を省みずに獣や魔獣を狩猟をする彼等からすれば簡単に予想できたでしょう。
基本的に森林や深い谷底で生活をするスラ族がそういった部隊を各個撃破、俊敏な動きが可能なマサド族が情報伝達を担う。あの時の彼等はどの列強よりも的確に、迅速に動けていたでしょう。
そうやって次々と手段が封じられていく最中でスラ=マサド部族連合は鎮圧部隊を壊滅させたのです。残ったのは物資と戦闘車を失ったヒューバゴン市の防衛連隊という訳です。そして勝利を耳にした多くの原住民達がそれに呼応してあの戦争が起こった…………」
「まさか、物資不足だった理由は……」
「お察しの通りです。 慢性的な物資不足で悩まされていたヒューバゴン市で偶然、原住民が蜂起したんじゃなく、敗北したから大規模な蜂起が起こり、包囲されたという事です。
事の顛末を知った上層部はこれが外部に漏れればジュニバール帝王国の威光は失墜します。ですから大佐殿が耳にした話にしたのです。」
「確かに衝撃的な話だ。だが貴官の言った話とどんな関係性があるのだ。」
「分かりませんか? 例え文明の差があれども相手の情報を知っていればそれを覆えせれる。もし、日本軍が我々の事を事細かに把握していれば?
今回の相手は槍や弓矢を持った原住民ではない。我々と同じ銃と大砲を持った列強なのです。
しかし今のジルヒリン議員を筆頭とした上層部はそれを理解し切っていない。今回も自分達の知る結果となる。何故ならば『無敗』のジュニバール帝王国なのだからっと。」
スロイス大佐はそこで雷が自身に堕ちたような錯覚を覚えた。
無敗のジュニバール帝王国。それは以前の自分も同じ考えをしていた。
しかしバルソンスール大尉の情報、そして目の前にいる日本軍と対峙したカーミル上級軍曹の言葉によって、決して今回の相手は普段通りに動いてはならない相手だと改めて認識したのだ。
「上層部に再認識させなくてはならないと?その為には彼等が本気にさせるような損失を、危機感を持たせねばならんと?」
スロイス大佐の導き出した答えに、カーミル上級軍曹は力強く頷いた。かくいう彼本人も、それを経験したからこその答えであろう。
しかし彼だけ認識しても意味がない。上層部全体が、その認識を持たねば、この大陸で勝利しようとも別の場所で、それも取り返しのつかない過ちを犯してしまうのだと、カーミル上級軍曹はそう訴えているのだ。
「…………成る程。カーミル上級軍曹、いやカーミル中佐、その言葉は肝に命じよう。だが、1つだけ訂正させよう。」
スロイス大佐は、カーミル上級軍曹へと振り返る。
「私の部隊は負けない。私が負けさせない。ここにいる彼等は必ず生きて本国へ帰えさせるからな。」
覚悟を決めた若き大佐の言葉にカーミル上級軍曹も覚悟を決めたように頷いた。
スロイス大佐はそこで空気を変えようと別の話題をふった。
「さて!実りのある話も出来た訳だ。ここは貴官が経験した戦場の話を聞きたい…………っ!」
彼の言葉は最後まで続かなかった。何故ならば前方の視界の先で黒煙が出現したからだ。そしてその数秒後に爆発音と衝撃波が彼等を震わす。
「これは!」
「日本軍の攻撃です!やはり待ち伏せていた!我々の動きは筒抜けなのです!」
突然の空気の変わりように乗っていた馬が暴れるが、すかさずカーミル上級軍曹が近寄って手綱を引っ張って落ち着かせながらスロイス大佐へ言う。
「部隊を散会させてください! 日本軍の砲撃は恐ろしく精確に撃ってきます! 羽の音がすれば事前に申したように陣形指示を!」
「分かった! 第266歩兵連隊に告ぐ! 戦闘体勢に入れ!これは訓練ではないぞ!」
大佐の命令に付近にいた兵士達は一斉に動き出す。
訓練通りに動く彼等を横目にスロイス大佐は視界の先にそそりたつ黒煙を睨んでいた。
黒煙は途中の森林の影に隠れており、その根本までは見えない。しかし凄まじい頻度で響き渡る轟音と衝撃波だけで、あの場所が激戦地へと変化しているのは分かった。
「日本軍、お前達は何が見えているんだ……」
「大佐殿! そこは危険です!早くこちらに来てください!」
黒煙を睨んでいたスロイス大佐の元へ、副官が駆け寄った。
そしてその黒煙の発生源では、第29・48師団の先行部隊が、待ち受けていた第2戦闘団の急襲を受けていた。
「いやぁ、絶好の戦い日和だ。」
90式戦車へと移乗した池田団長は眼下で繰り広げられる戦闘に意気揚々と声をあげた。
「街道に沿って攻撃だ。後ろは品田達が張っている。お前等は前の敵にだけ意識してろ。」
次は来週に挙げれるように頑張ります…………




