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強化日本異世界戦記  作者: 関東国軍
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第88話 対比

第88話 対比



 都市カバーラに到着したスロイス大佐等のいる第48師団の将校達は目の前に広がる光景に言葉を詰まらせた。


「これは…………!?」


街道を埋め尽くさんばかりの負傷兵達の群れ。誉れ高きジュニバール帝王国の第29師団の生き残りはその多くが傷を負っていた。


師団所属の治癒魔術師の手が足りず、痛々しく真っ赤に染まった包帯を身体中に巻き付け、意識も乏しく地面に横になる兵士達。


都市中の治療所の収容数を上回る負傷者を前に、列強たる彼等は虚しく何時になるか分からない治療の手を待ち続けていた。


ジュニバール帝王国陸軍 第29師団の成れの果ての姿に、スロイス大佐の上官である第48師団の師団長は近くにいた士官に声をかけた。


「これは一体どういう事だ! 師団長等はどこにいる!?」


問われた士官自身も、片目を血で染まる包帯越しで力無く師団長に答えた。


「第29師団の主だった指揮官は全員が戦死成されました。 現在師団の最高指揮官はこの先の救護所にいる中佐殿です…………」


指を指しその方向を教える士官に、スロイス含めた師団長等はその先にある建物に視線を移動した。


建物の入口だけても満足に歩けない程の負傷者で溢れ変える混沌とした救護所。この都市にいた治癒魔術師やその助手達が荒立たしく駆け回っているのも見えた。


師団長はすぐにその建物へと向かった。


入口周辺でもたつく負傷者達を乱暴に押し退けながら救護所内を散策する。


そんな師団長の後を続いていたスロイス大佐は、中は更に凄惨な光景が広がっている事実に気付き、絶句した。


建物内部の病床で横になる彼等は四肢欠損は当たり前で意識のある者の多くが、その苦痛に施設内をこだまするように呻いていた。


ふと同行していた参謀達の顔色を伺えば、出発時に見せたあの余裕な姿なぞ微塵も消え失せていた。


有り得ない…………そう今にも叫びそうになる程には、この悲惨な現状を見ていた。


(だが、それも無理もない。)


かく言うスロイス大佐本人も、ここまで酷い状況になっていようとは思っていなかったのだから。


師団規模の軍隊の敗北。これは上位列強諸国にとっては前例のない事だ。


恐らくこの師団だけでも数千近い損害を被っているには違いない。


数千もの損害! これはジュニバール帝王国は愚か、他の3ヶ国の上位列強諸国すらも経験した事のない圧倒的な敗北であろう。


少なくとも過去30年に自国が被った被害の総数よりも今回の被害の方が上回っていても過言ではない。それほどの大敗北だ。


ここまで考えが至った時、スロイスは自身の心臓の鼓動が激しくなっているのに気付く。


「これは恐れか………」


己の胸中を支配している感情の正体に気付き、スロイスは小さく呟いた。


濃厚な血の臭いがだたよい、重傷者達でひしめき合う通路を歩いていた一行の元へ、対面側から別の集団が歩み寄ってきた。


その集団はここにいる者達とは違い、軽症であったり無傷の様子であった。その集団の先頭を歩く男は師団長を見つけると早足で近付いてきた。その表情は険しい。


彼こそが外の士官が言っていた中佐なのだろう。


やがて言葉を交わすには充分な距離になると、男は敬礼をし、口を開いた。


「第29師団 擲弾大隊大隊長のカーミル中佐であります。」 


やはりこの男こそが中佐のようだ。師団長は名乗りもそこそこに状況を問いだたす。


「貴様の他に指揮官は居ないのか!まさか本当に他は全滅したと言うのか? 一体なにがどうなってるのだ!」


「………ご存知の通りに、師団長以下参謀等も全滅しております。 数時間前までは連隊長殿がおりましたが………1時間前に自決なされました。」


「何と!…………っ!」


師団長は肩を震わす。そこへ中佐は後ろにいた士官から何かを受け取ると目の前の師団長に手渡した。


「此方は連隊長殿の剣と隊章です。」


「くっ!…………確かに受け取った…………」


指揮官の象徴である剣と隊章を受け取った師団長は慎重に受け取り、後ろにいた参謀へと渡す。


スロイスはその2つを横で見たが、その両方が血で染まっている事を確認した。


「現在、我が師団の被害状況を確認してしますが、少なくとも半分近くの部隊は再編成の必要があります。下士官も多くが先の戦闘で喪失しており、車両も不足しております。」


「一体なぜここまでの損害が出たのだ!? 日本相手に何をしていたのだ!?」


「わ、私は日本軍の攻撃を直接受けた訳ではありませんが、他の部隊からの話では…………前方から突如として小型飛行機の群れが飛来してきて、それらが爆弾を投下してきたと…………そのすぐ後に司令部からの連絡が途絶えました。 恐らくは小型飛行機を囮にして司令部を直接攻撃したのかと思われます。」


他国に功績を奪われまいと急いだのが災いして手薄となった司令部が襲われた…………それが彼等の見解だった。


そんな彼等を師団長は怒鳴りつけた。


「なんとも情けない! 貴様達は録に司令部を守る事も出来ずに逃げおおせたという訳か!

 貴様達は帝王国の権威を失墜させたのだぞ!?」


「閣下! 恐れながら申し上げますが、我等は死力を尽くしました! しかし日本軍は念入りに準備を行った上で待ち伏せをしたのです!」


「黙れ! この作戦がどれほど重大な責を伴うか分かっているのか!? 貴様達は敵前逃亡の罪で軍法会議に掛けられるであろう!」


「し、しかし…………我等は…………」


「くどい! 貴様等に出来ることは一刻も早く再出撃出来るように再編成を完了させる事だ! さっさと去れ!」


中佐はまだ何かを言いたそうにするが諦めて、そのまま部下を引き連れて下がった。


「まったく! 簡単に不意討ちを受け、あまつさえ上官の敵を討つことすらせずに、逃げおおせるとは……帝王国にあるまじき行為だ!」


「師団長、総司令部へはどう御報告いたしましょう? これでは当初の計画に修正を加える必要がございます。」


参謀の言葉にスロイスも続いた。


「総司令部への報告もそうですが、ここにいる負傷者達を放置する訳にもいきません。 マロナイナへ向かわせた治癒魔術師達をここまで向かわせるべきです。」


師団長はそこまで聞いて思考を巡らせ、スロイス達の方へと振り返った。


「総司令部へ報告せよ。内容はこうだ………我、第29師団との合流を果たし、部隊の損耗を確認したが再編成のために出撃には暫しの時間を要する……師団長以下参謀長等の死亡を確認した他、一部指揮官に軍規違反を確認したため我の判断で略式軍法会議に掛ける事を了承されたし。

 また、後方に移動する治癒魔術師と魔術師部隊の投入を要請する…………以上だ。」


師団長の言葉にスロイスは眉を潜める。この男はこの状況を見ても、他の師団への助力は求めずに、自身の師団とこの損耗した師団だけで日本と交戦するつもりらしい。


そして先の中佐を軍法会議に掛けるという。このままにしては明日には彼は広場で銃殺刑に処されるだろう。


スロイスは考えるよりも先に口を開く。


「師団長、先ほどの中佐ですが、どうか私の部隊に入れさせてください。」


彼の言葉に参謀達は冷たい視線を向けた。余計な事を言うな、という視線だ。しかしスロイスはそんな彼等の視線など無視して師団長へ言葉を続ける。


「佐官を処罰するともなれば師団の士気に少なからずの影響が出ます。 それに、名誉挽回の機会を与えるのも師団長の責務かと愚行致します。」


「………貴官は敵前逃亡者を擁護するつもりか?  帝王国の顔に泥を塗った軍人など我が軍に必要ない!」


「ならば、あの者を一下士官に降格させた上で前線に立たせましょう。 ジュニバール兵士ならば戦場で散ってこそ、帝王国精神に相応しいのでは?」


「む…………確かに戦場で散らせるのも悪くないか? 同じ死ぬでも、どうせならば敵に一矢報いてから…………という訳か?」


師団長の言葉にデリックは頷いた。


「…………良かろう。 貴官の責任であの男に帝王国軍人に相応しい名誉ある死を与えよ。」


師団長はそう言うと参謀達を引き連れて部屋から出ていった。


部屋に1人だけとなったスロイスは大きく息を吐いた。


結果はどうであれ、貴重な経験者を自分の部隊に加える事が出来た。


何としても彼とその部下達を後方のリバーテにいるバルソンスール大尉と合わせてより詳しい日本の情報を得たい。


だがその前にマロナイナにいる治癒魔術師達を呼び寄せて、ここにいる負傷者達を治療させなければならない。


こうしている間にも治療が間に合わずに命を落とす者達が出ているのだ。スロイスは急ぎ足で建物から出る。





        都市リバーテ 


大陸東部の半島にある都市で魔法文明諸国連合軍の司令部が置かれた屋敷にある大部屋には現在、多くの軍人達が詰めていた。


ある者は机に広げられた地図に次々と文字を書き込んでいき、ある者は壁一面に貼られた大きな地図を睨み付け、そこから読み取れる内容を隣に立つ者と真剣な表情で話し合い、またある者は記入した書類を脇に挟んで外で待機する伝令に手渡す者。


各々が忙しなく動き回っているその全員が将来を約束された優秀な参謀であり、このバリアン大陸に展開するジュニバール帝王国軍の行動を左右する選ばれた軍人達だ。


そんな彼等は現在、数日前までの余裕を完全に失った様子で次々と舞い込んでくる情報に右往左往していた。


しかしその中で唯一、たった1人だけ微動だにしない人物がいた。


その人物こそジュニバール帝王国 宰相府元老院のジョスブン・レイ・ジルヒリン議員にしてこの大陸に展開する数万のジュニバール帝王国軍の最高司令官を勤める若き男だ。


その若き司令官は目の前に貼られたひときわ巨大なバリアン大陸の地図に険しい視線を向けてたっていた。


「…………第29師団の師団長と参謀長が戦死しただと? 先日のバイート少将といい空軍といい、今度はまた陸軍か?…………お前達、軍人は一体どこまでの私に失望させるつもりだ?」


ジルヒリン議員の冷酷な視線を向けられた高級将校は額に冷や汗を流しながら弁明をする。


「も、申し訳ございません。報告によりますと日本軍は姑息にも、果敢に指揮を取っていた師団長等を執拗に攻撃をした様でして…………あろうことか戦闘の出来なくなった負傷者達ですらも残酷な殺戮を行っており…………」


「言い訳は聞きたくない。あと数週間の内にはバイガン特将閣下が率いる第3軍団がここに到着するのだぞ? それを分かっているのか?」


「それは勿論存じております…………」 


「ならばこの有り様は何だ? 大陸に上陸してから充分過ぎる程の時が経っているというのに、未だにこんな辺境を平定出来てないと私の口からバイガン特将に説明させるつもりか?」


私の面目はどうなる?そう言外に告げてくるジルヒリン議員に、彼はまるで猛獣に睨まれたかのように縮こまる。


彼は後ろに控えていた参謀等に視線を送り、何とかしろと目で訴えた。


それを見た参謀の1人がジルヒリン議員の前にまで出て口を開いた。


「御安心下さいませ、議員閣下。大陸西部にいる日本軍はじきに降伏することでしょう。それも連合軍に対してではなく我がジュニバール帝王国の前に膝を屈する事でしょう。」


「ほう…………」


強気に出た参謀の言葉にジルヒリン議員はその人物の方へ振り向いた。


前に出た参謀の全身を見たジルヒリン議員の評価は至って特筆するべき者ではない、だ。


この大部屋に多数いる参謀達と同様の軍服で勲章と階級章を見る限りは、つい最近になって佐官になれたのだろう。


大まかな評価を下したジルヒリン議員は顎をしゃくり、彼の言葉を話を聞くことにした。


「話を聞こうではないか。」


「ありがとうございます議員閣下。現在我々の軍の動きを大まかに説明致します。」


参謀はそう言うとジルヒリン議員の前に貼られた巨大なバリアン大陸の地図な前にまで出て説明を行った。


「我々、連合軍は全部で3つの集団に別れて進軍しています。1つは先ほど話に出ていた都市カバーラにいる我が軍2個師団。これが日本軍と最も近い戦線であります。」


参謀はそう言うと近くの机に置かれた軍地図用の師団の駒針2つを大陸中部にある都市カバーラが描かれた場所に指した。


「そしてその後方の都市マロナイナにはもう1個師団があり、計3個師団相当がおります。」


続いてその後方の都市にもう1つの駒針を刺した。


「続いて、大陸北部にある都市バールにはガーハンス鬼神国の2個師団が駐屯しております。」


今度はバリアン大陸の沿岸都市に2つの師団駒針を刺し込んだ。


「ガーハンス鬼神国の同行を見る限りは、センゲル平野にいる日本軍を無視して直接、大陸西端にいるであろう日本軍の総司令部を叩くつもりでしょう。」


「そうだ。それが問題なのだ。」


ジルヒリン議員はそう言うと、近くに置かれた椅子に足を組んで座った。


「敵の雑兵ばかりを相手にした所で意味がない。いかに、敵の本隊を撃滅できるかで評価が別れるのだ。 これもバイート少将が予定通りに敵司令部まで進撃できてさえいれば………」


気に食わないといった様子でジルヒリン議員は机に置かれた紅茶を飲んだ。 


「そこで、でございます。議員閣下。」


そんなジルヒリン議員に対して参謀はニヤリと笑い口を開いた。


「最後に残った3つ目の部隊、これは我等が帝王国が主力の部隊であります。彼等に一仕事をして貰います。」


参謀は大陸北部と中部の間に1つの師団駒針と2つの連隊駒針を刺した。


ジュニバール帝王国の1個師団とガーハンス鬼神国の2個連隊を示す陣容だ。


「彼等は先に述べた2つの部隊の戦略予備としてガーハンス鬼神国と協議した結果でしたが、この部隊には大陸北部の部隊の足止めをさせます。」


「どうやってだ? そこの部隊の指揮は私とあのボーン中将との共同指揮ということになっているんだぞ?」


「しかし主力は我々です。実質的な主導権は議員閣下にあります。この部隊にいるのは我が国の第71師団です。この師団に偽の情報をガーハンス側と共有させて北部の部隊を止めます。」


「どんな情報をだ?」


ジルヒリン議員は椅子にもたれ掛かり彼の話に耳を傾ける。


巨大地図の前に立っていた参謀は筆を手に取り、流暢な動きで書き込んでいった。


「話としては…………都市カバーラにいる我が軍は日本軍が占領していた都市を奪還に成功はしたものの、日本軍の残党が第71師団の方角へと逃亡したという虚偽の情報を流します。

 それを聞いた第71師団には、同行している部隊と北部にいる彼等と連携して挟撃を行う。大まかな作戦としてはこうです。

 偽りの敵を作り出して北部のガーハンスに追わせるのです。」


「その隙をついて都市カバーラで準備を終えた我が軍が一気に敵を撃破して敵本陣も…………という事か?」


「さようでございます……議員閣下。」


「ふむ…………悪くはない話だが、果たして連中がそれに乗ってくるのか? そもそもそれが偽りと気付けば、後々面倒事になるだろう?」


ジルヒリン議員はあの老人が顔を真っ赤にして怒鳴りこんでくる光景を浮かべた。


しかし参謀は自信ありげな表情で答えた。


「その御心配ありません。 議員閣下もご存知の通りにガーハンス軍のボーン中将は血気盛んな男です。 

 目の前に無防備な獲物がいると分かれば餓えた獣のようにかぶりつく事でしょう。

 虚偽の情報についても日本側が姑息にも流したといえばどうにでもなりましょう。それに…………」


参謀は意地の悪い表情をして、最後にこう続けた。


「鮮やかに敵を殲滅させた我々を妬んで、ガーハンスは醜い言い掛かりを付けてきた…………世間はそう捉える事でしょう。」


そこまで聞いたジルヒリン議員は椅子から立ち上がってパチパチと拍手をした。


「なかなか見事な考えだ。 君の名前を聞こうか。」


参謀はこの時、自らの出世の道が開いたことを確信した。


「はっ!…………ジュニバール帝王国陸軍参謀本部のリパメーノ・イメール・シャップス少佐と申します! 議員閣下!」


「シャップス少佐か。良い名だ、シャップス少佐…………いや。」


ジルヒリン議員はシャップス少佐の肩に手を乗せてこう言った。


「シャップス大佐。 君の判断でこの作戦を成功させよ…………なんなら軍団参謀次長相当の指揮権を君に託しても構わん。

 私は君に全幅の信用を与えよう。」


この瞬間、どよめきが大部屋を支配した。目の前で1人の参謀に過ぎない男がたったの数分で高級参謀に昇格したのだ。


多くの将校達が先を越された事を実感し、前線の状況などすっかり忘れ、大佐となったシャップスを嫉妬の目で見る。


シャップス大佐は自分がいまこの場を支配していることを実感し、今までに感じた事のない高揚感を感じた。


この私が参謀次長! しかも師団参謀次長などではなく軍団参謀次長である!


軍団参謀次長ともなればこの場にいる高級参謀達の上に立てるのだ。ましてやジルヒリン議員の言葉通りならばこの若き男の代わりにこの第2軍団の作戦を一気に担えるという事だ。


この作戦を成功に終わらせる事が出来れば晴れてジュニバール帝王国の日本派遣軍最高司令官であるファルジニ上級大将からの覚えも良くなる事は間違いない。


ひょっとして陸軍参謀総長になれるかも…………


いや!違う!なれるかもでは無い!必ずなるのだ!


これが戦時か!これこそが戦争なのか!


「あ、ありがとうございます議員閣下! 必ずやこの御期待に応えてみせましょうぞ!」


シャップス大佐はこれまで燻らせていた野望が一瞬にして火山のように噴火したのを感じる。


この日、バリアン大陸に展開するジュニバール帝王国軍は大きく方針を転換することとなる。







一方その頃、度重なる攻勢を返り討ちにしてきた日本国防軍は…………




  日本国防軍 第2戦闘団 臨時駐屯都市


ガーハンス鬼神国軍・ジュニバール帝王国の両軍をバリアン大陸西部から排除させた第2戦闘団の池田団長は現在。


この都市にある都市長の屋敷にある浴室で金色に光り輝く金貨でいっぱいの風呂に入っていた…………


「ぷふぁっ!」


お湯ではなく黄金の固体で溢れる浴槽に頭まで浸かっていた池田はその後、勢い良く頭を飛び出した。


「いやぁ~極楽極楽だ。」


額にすればこの大陸に住む一般人の生涯年収を遥かに越える額の金貨の山を前に贅沢な遊びをする池田。


白髪で染まった頭髪にも何枚かの金貨が乗っかるが、そんなのを気にも止めずに金貨の山を手で掬った。


ジャラジャラと硬貨特有の音を奏でながら何枚も金貨が下の金貨の山に戻る光景は池田の心を満足させた。


「けけけっ。アイツ等、随分と溜め込んだもんだな。」


池田の入る浴槽いっぱいの金貨は全て、この屋敷の主である都市長が貯金していた財産である。


池田はその財産の殆どを邦人の監禁と傷害罪の罪ということで没収したのだ。


都市に入れば案の定、都市の牢獄には不当な罪状で収監されていた幾人の日本人がいたのだ。


その全員が劣悪な環境と待遇で満身創痍であり、女性達に至っては性的暴行を加えられていた形式があったのだ。


その事を鬼導院中将に報告すればやはり、該当する犯人全員を捕縛した後に本部まで移送せよという命令が来たのだ。


そのため池田はこの都市にいた役人数名と拷問官・巡回使に衛兵長、副都市長等を逮捕して鬼導院中将の元まで送らせたのだ。


しかし、身柄は送ったが賠償金としての金貨類はまだ池田の手元のままにしていた。その金貨がいま彼がやっている遊びに有効活用している訳だ。


やがて一頻り堪能した池田は浴槽から立ち上がり、浴室を後にした。


濡れる心配がないので野戦時の戦闘服のままで入っていた池田はそのまま屋敷の大部屋まで向かう。


するとそこには屋敷の主である都市長が待っており、池田を見つけると媚びへつらうようにヒクヒクと笑顔を見せた。


「こ、これはこれはイケダ将軍! 良いお風呂でしたか!」


どこかぎこちない笑顔を前にしても池田は何も気にせずに大部屋に置かれたソファの上座に座った。


「おう! 中々の湯加減だったぜ! この屋敷のわびさびも悪くねぇな! いや、わびさびとは間反対か! がはははっ!」


ドガリッ!と座り、前に置かれた大理石製の机に足を乗せて笑う池田に、都市長は困惑した反応を見せた。


「わ、わびさび…………ですか?」


それに池田は手を振りながら機嫌良く言った。


「あぁ気にすんな! まぁ満足したって訳よ。」 


「は、はぁ…………」


そう言って再び、がはははっ!と笑う池田に終始困惑しながら対面のソファに座ろうとする。


「おい。」


その瞬間、池田の表情が大きく変わった。


「誰が座れつったよ?」


都市長は弾かれたように、勢い良く立ち上がって頭を下げた。


「ひぇ、も、申し訳ありませんでした!」


必死に謝罪する都市長に対して、池田は真顔のまま口を開いた。


「なんか忘れてるみたいだがよ、てめぇが日本人を不当な罪で牢屋にぶちこんで拷問したって罪は消えねぇぞ? ましてや若けぇ女を自分の性奴隷にしたって証言もあるんだからなぁ。」


「そ、それは既に将軍にお礼をお渡しした事で…………」


「あ? 俺がいつそんなの受け取ったよ?」


ドンッ!と池田は大理石製の机を蹴った。都市長は慌てて頭を地面につける。


「い、いいえ渡しておりません!申し訳ございません将軍様!」


「将軍様っつのは止めろよ…………北の豚になってつもりはねぇよ。」


「はい?」


殆ど話の合わない2人の会話だが、そこへ池田の部下が武装したまま入室し、池田へ耳打ちをした。


「団長、加藤大佐が到着しました。」


「お、そうか。」


遂に待ちわびた報告に池田はすぐに立ち上がり、屋敷の外に通じる廊下へと向かう。


慌てて都市長もそれに追従しようとするが、すぐに部下が後ろから肩を掴んで引っ張った。


「ぐぇ!?」

「ついてくるな。」


部下は腰にある9mm拳銃に手をかけながら、鋭い視線を都市長に向けて短く言い放った。


「し、しかし! 私はまだイケダ将軍とお話が…………」


怯えつつも上目遣いで部下に懇願する都市長。全く表情を変えない部下に対して、見ていた池田は腹を抱えて笑った。


「だはははっ! 良いじゃねか、坂部。 おい、しっかり付いてこいよ。」


池田の言葉に坂部と呼ばれた部下は振り返った。


「池田団長、この男の行いを私が知らないとでも?」


上官である池田に対しても都市長と同じように鋭い視線を向ける坂部に、池田は獰猛な笑みを浮かべた。


「おう、おめぇの仕事は知ってるぜ。 そしてこれがあのハゲから承諾済みだってのもあのハゲから聞かされてるだろ?」


「っ…………」


坂部はそこで掴んでいた都市長の肩を離した。


「うぐっ!?」


ホッと安堵の息を漏らした都市長だったが、その瞬間、鼻から激痛が走った。坂部が裏拳で都市長の顔を叩いたのだ。


「失礼。」


軍用手袋で叩かれて鼻血を出す都市長を後ろ目に、坂部は颯爽と大部屋から出ていく。


「わ、私を都市長だと知っての狼藉か! こ、こんなのあんまりだ!」


ダラダラと鼻血を流しながら慣れぬ痛みで涙目になる都市長の言葉を聞いた池田はこの日一番の笑い声をあげて宥めた。


「いやぁ悪い悪い。 アイツはちと正義心が強すぎる所があってな。まぁ堪忍してくれや。」


「ひゃ、はい…………」


都市長の背中をさすりながらそう言う池田に、彼は引き下がる。言葉は優しいが、いつ堪忍袋の緒が切れるのか分からない男に強気に出れるわけが無いのだ。


「んじゃあ、行くか!」


「ど、何処に…………あっ、お待ちを!」


止血をする暇もくれずに外へ出る池田の背中を見て都市長は慌てて追いかけた。






この都市一番の大きな屋敷から出れば、すぐに大通りに入るのだが、そこにはもう見慣れたニホン軍の兵士達が武装して都市を警備していた。


大通りの区画の要所には2人1組になってガーハンス鬼神国軍でも見た銃を油断なく持って辺りを警戒しているのが見える。


中には巨大な鉄の乗り物が、これまた巨大な大砲を乗せて、謎の音を出しながらその場に留まっているのもいる。


あれが噂に聞く列強国のセンシャだ、


確かにガーハンス鬼神国でも見たが、その大きさと迫力は何度見てもニホン軍の方が圧倒している。


これならばあのガーハンス鬼神国に勝利したのも頷ける。


あのイケダとかいう将軍の話が事実ならば、つい先日にもジュニバール帝王国すらをも返り討ちにしたと言う。


1ヶ月前の自分ならばそんな話、一笑して聞き流したであろう。しかしこの街で見れる数々のニホン軍の兵器と、一向にやってこないガーハンス軍等の事を考えれば、目の前を歩くこの男の言葉は全て事実なのだろう。


全くなんて国なのだ!? こんな事ならば乗り換える相手をもう少し考えるべきだった………


こんな事を悔やんでも、もはや後の祭りだ。ニホン人を捉えた副都市長達はあっという間に捕縛されて何処かへ連れていかれたのだから。


もう今頃は殺されているだろう。下手をすれば私も同じ目に…………


いや、都市長という重要な役職につく自分を殺す筈がない! そんな楽観的な考えも過るが、彼等が私に対する扱いを考えれば、それは楽観的過ぎるのでは?そんな風に考えてしまう。


(いや!ならんぞ!何としてでもこの男に取り入って難を逃ればならん!)


上手くすれば自分だけは助かる…………何としてでもこの男に気に入れられなければならない。


(しかし、それにしてもこの男は一体何なんだ?)


都市長はそこまで考えて、ふと前のニホン人の背中を見つめた。


白髪と皺の目立つ男。これだけでも相当な年齢を重ねた老人なのは分かる。少なくとも自分よりもかなり年上だろう。しかし時折みせるあの眼光はとても老人の出せるものとは思えなかった。


そして甘い汁を見せれば、まるで飢えた獣のように食いついてくる。だから最初は賄賂を贈って手懐けようとしたのだ。


だが、それが最大の過ちだったと彼は心の底から当時の自分の判断を恨んだ。


自分から搾り取れると判断したこのニホン人はとんでもない勢いで次々と奪い取ったのだ。


最初はニホン人から奪った珍しい物品。次は屋敷にあって金貨。その次は絵画や陶磁器といった調度品を根こそぎ持っていったのだ。


挙げ句の果てには、最後に残った屋敷すらも我が物顔で住んでいるのだ。


自分が使っていた寝室はデブ野郎の脂と汗が染み付いた寝具は使いたく無いと言って、いつの間にか別の寝具を置かれて勝手に使っているのだ。


お陰で自分は大部屋のソファで寝てるのだ。食事だって品性な欠片もなくバクバク食っていき、主である私には残り物を与える。


更には私お気に入りの侍女を侍らせて、私の目の前で尻や胸を揉んでいく始末!


この1ヶ月で色んなニホン人を見たが、あんな欲望丸出しのニホン人なんて見たことがない!もういい年だろう! こいつの部下が居なければ使用人に命じてつまみ出していたところだ。


「…………おう、なんだ? 怖い顔してやがんの。 何に怒ってんだ?」


怒りを募らせていると、つい顔に出ていたのだろう。当のイケダに違和感を気づかれた。


「はっ!? も、申し訳ありません!何でもございません!」


大慌てで取り繕うが、続けた池田の言葉に身を凍らせた。


「はっ、嘘が下手だなぁ。 俺を屋敷からつまみ出したいって顔をしてやがるぜ?」


(見透かされた!? 読心看破の魔法でも使ったのか!?)


しかし、ニホン人は魔法が使えない事を思い出して、更に困惑する都市長。


そんな都市長を無視して目的の場所まで到着した池田は、いまだに考えごとをする都市長に声をかける。


「よぉ、着いたぜ。」


「っ!?」


つい考え事をして周りが見えていなかった都市長は慌てて周囲を見渡して呟いた。


「ここは…………中央広場?」


この都市で最も大きな広場であり、平時であれば多くの出店が開いて常に人で溢れかえる場所だが、現在は第2戦闘団の隊員が規制をかけており、その場にいるのは池田と都市長の2人と向こう側に謎の車列が待機していた。


彼等はこのバリアン大陸に展開する全戦闘団の兵站管理をする加藤大佐が指揮する後方支援連隊だった。


数百人を収用できる中央広場で整列する補給車輌を前に都市長は困惑するが、池田はそのまま彼等の元へ歩く。


やがて補給車輌の先頭で停車していた車輌から1人の男が降り、池田に敬礼をして声をかけた。


「お久し振りであります、池田大佐。」


「おう、久し振りだな。」 


敬語と敬礼をする加藤に対して池田は素っ気なく返すが、加糖自身は特に気にすることなく続けた。


「ご要望通りに今回は燃料、特に軽油を中心にして持ってきましたよ。」


「おう、助かるわ。あれだな…………」


池田はそう言うと加藤の後ろに並ぶ燃料タンク車の台数数え、顔をしかめた。


「…………ちと少ねぇな。」


池田の言葉に加藤は肩を竦めて答えた。


「文句を言わないでください。これでも限界まで持ってきたのですよ? 他の戦闘団にだって戦闘車輌は多くあるんです。」


「だからってこの数はなぁ……せめてもう少し大型のは無かったのかよ?」


「あるにはありますが…………第7師団が優先して配備されてますからね。うちが旧式揃いなのは今更でしょう? 貴方のもずっと90式じゃないですか。」


加藤は第14師団には新型の10式が1両も配備されていない事を自虐的に言った。これに池田も乗った。


「確かにな…………まぁ次はもう少し多めに頼むわ。」


「了解しました。本部の需品科とも打ち合わせをしときます…………あぁそう言えば、鬼導院師団長から頼まれていた物が…………」


加藤は思い出したかのように言い、池田を連れてとある輸送トラックの荷台にまで歩いた。


加藤自ら荷台から包まれてた箱を取り出して、その中身を見せる。それを見た池田は嬉しそうに舌を出した。


「おうおう。 あのハゲも気が利くじゃねぇか。」


「一応は上官なんですから…………ところでその男は誰です?」


ハゲという単語に流石の加藤も顔を曇らせるが、池田の後ろで興味深そうに覗き込もうとする男に加藤は疑問を抱く。


「あぁ、こいつか? 俺の友達よ。なぁ?」


箱の中身が見えずに落胆した都市長を池田は強引に肩に手を回して強く引き寄せた。


「はひぃ…………」


完全に顔をひきつらせる都市長に、加藤はなにかを察したようだ。そのタイミングで池田は車列について触れた。


「なんだ。今回は荷馬車まで動員したのか?」


広場の端に見える2頭立て荷馬車を発見した池田の言葉に、加藤は応える。


「そうですね。都市国家のアリーネの商人組合から依頼して今回の補給に協力して貰いました。」


「ほほう! 商人組合から! ここから見えるだけでも随分と大量の荷馬車を用意したみたいだが、金の方は大丈夫かよ?」

 

池田は少し大袈裟な身振りで反応した。


「?…………それは問題無いですよ。資金面に関してはさっきの箱に…………!」


最初は怪奇気味だった加藤は狙いを察して、それに乗った。


「国からは充分過ぎる位には金貨類は受け取っておりますからね。 それに仕事はまだまだ大量にありますから、今後も依頼するつもりですよ。」


「ほう! それは随分と気前の良い話だ! それなら1つの都市の商人組合だけでは手が足りないんじゃないのか!」


「確かにそうですね。 どこかで協力してくれる都市があれば良いんですがね…………」


会話を聞いていた都市長は2人の狙いをここで察した。


要はニホン軍の支援をしろと言っているのだ。確かにここから見える範囲でも相当な数の荷馬車があり、アリーネの商人組合は運搬依頼だけでもかなりの報酬を受け取っているだろう。


問題は正当な額を払ってくれているのか、なのだが。このイケダ将軍の仲間なのだから少し怪しい。しかしこれは絶好の機会なのは間違いないのだ。


何せこの戦争のせいで大陸内での都市間の通行量は著しく下がり、行商人等との取引が出来なくなってどの都市でも税収が下がっているのだ。


だがここで商人組合に正式に依頼を出してくれるのならば、列強の兵士達に売り込む商品の売上、それを運ぶ行商人達やその荷物を守るための冒険者組合や傭兵組合等で都市内の市場は再び活気付くだろう。


税収が増える事は即ち都市長である自分に入る収入を増えるという訳だ。何にしても市場が賑やかになって喜ばない都市長はいない。


それに強力なニホン軍への後ろ楯を得る絶好の機会じゃないか。都市の様子を見ればジュニバールやガーハンスとは違ってニホン軍は略奪もしないから安全だ…………このイケダ将軍は除いてだが。


この機を逃す理由はない。都市長はすぐに売り込んだ。


「どうかお任せください!私の都市にいる商人組合ならば全商人達を総動員できます! アリーネよりも信頼出来ますぞ!」


「その言葉を待っていたぜ! そのお前にもう1つお願いがあるんだが、良いか?」


「な、何でしょうか?」


都市長は恐る恐る聞いた。やはり上手い話なんて無いのだ。


「そう怖がるなよ。コイツをお前にやるぜ。」


しかしそんな都市長の心中を理解している池田は先ほどの箱の中身を見せた。


その箱を見た都市長は目を見開いた。


「これは…………!?」


箱には大量の金貨がギッシリと詰まれていた。この1箱だけでもかなりの額は間違いがなく、思わず言葉が漏れる。


「これを私に?」


「それだけじゃねぇ。 今後のお前の仕事振りによっては今までに没収された財産の数十倍の額がお前の懐に入るぜ?」


その甘い言葉に都市長は身体が震えた。


「な、何をすれば?」


「そうだな…………まずはこの都市の地下水路の地図を見たい。 すぐに用意出来ればあそこの荷台の箱を好きなだけ持っていっていい。」 


それだけ? いやまて!なんだって?


反射的に先ほどの乗り物の荷台に視線を向ける。そこにはあの箱と同じ物が積み重ねられていた。


「ま、まさかあれ全部が…………!?」


「当たり前だろ? 今後の俺の話にのるならば、の話だがな。」


都市長はにべもなく頷いた。まさか人生の終わりかと思いきやとんでもない大どんでん返しが起こったのだから。


彼は自分がかつてない高揚感が襲ってくるのを感じた。


これが戦時か! これこそが戦争か!


凄いぞ!何がなんでもこの男に乗っかって大陸1の金持ちに成り上がってやる!


興奮で息が荒くなっている都市長は気付かなかった。池田は悪魔のように笑い、加藤はこの男の末路を察して、哀れみと当然の報いだという表情をしていたことに。


その同時期、鬼導院中将のいるノル・チェジニ軍港へとある部隊が到着した。

今年最後となります。


また来年もよろしくお願い致します!

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