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強化日本異世界戦記  作者: 関東国軍
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第87話 これらの代償

第87話 これらの代償




        バリアン大陸


急な斜面もない平坦な平原を緩やかな風がその地に生い茂る草々をゆっくりと揺らす。


辺り一面を緑一色で染ます平原であったが、すぐ近くを見渡せば自然の摂理に反する風景が広がっていた。


この世界において支配者の一角を担っていたジュニバール帝王国が誇る地上の覇者である戦車の群れがこの平原を埋め尽くすようにして止まっていた。


だが、そんな地上の覇者であるジュニバール帝王国の戦車達は見るも無惨な姿をその地にて晒していた。


頑丈な金属板で覆われていた車体は幾つもの大きな穴を開けられ、その穴から尽きる気配のない黒煙を天高くまで昇らせる。


あらゆる大陸に存在する獰猛で現地人からは暴虐の主と呼ばれてきた魔獣達を何匹も屠ってきた砲塔はへし折られ、もう使うことも出来ないと安易に想像させれた。


折られた砲塔は空を向き、真っ黒に焦げた鉄の塊がまるで広大な平原に立てられた墓のように並べられていた。


それがジュニバール帝王国陸軍の顔と称された戦車の成れの果てであった。


そして戦車のみでは終わらず、その周辺には輸送トラックや装甲車等の車輌も同様に黒煙を吹かせ、それらを操作していた兵士達までもが足で地に立つことも出来ずにその大地に慈悲をすがるように伏していた。


仮にこの風景を同じジュニバール人が目にすれば、誉れとされてきた筈である彼等の無慈悲な最期に膝を付いていたであろう。


実際にこの地より遥か上空にいた2人のジュニバール人はこの光景を目にし、底の見えない絶望を肌に感じていた。


…………が、今の彼等はそれどころの状況では無かった。






1機のアブターⅡ戦闘機が上空3500mの場所で飛行していた。


人の手で造られた空を舞う物体はこの世界に生きる者達に、生物としての限界を超えた威容を目にしてその胸に畏れを抱くであろう。


しかし、その飛行姿はまるで何かから逃げるようにして空を飛び続けていた…………




ジュニバール帝王国空軍の第91飛行大隊に所属する新米航空士ノアリス・キアルは身体中から沸き上がる恐怖心を必死に抑えながら愛機を操縦していた。


フットペダルをこれでもかと強い力で踏み続け機体の最高速度を更新していき、この空域から離れていった。


速度計が上限まで振り切っているのを確認したキアルはそこで視線を後ろに向いたが、すぐに後悔した。


そこには同じ第91飛行大隊の仲間達が、突如として出現した日本軍の戦闘機と思われる機銃を受けて、炎上しながら墜落していく光景だった。


「ひっ…………」


炎を纏わせながら地に墜ちていく仲間達を背景に、数機いた敵機のうちの1機が単独で離れていった自分を見つけたのだろう。大きく旋回しながら此方に向かってきた。




「糞ったれめ!」


最初の攻撃で周囲に展開していた仲間が撃墜されていくのを横目に、ベボ少尉は機体を大きく降下させた。


隣に視線を向ければ自分と同様に急降下させている機がいた。


機体に刻まれた刻印を見たベボ少尉は、それが大隊長機のだと気付く。どうやら大隊長も運良く攻撃を免れたようだ。


だがベボ少尉はそれに安堵する余裕も無かった。視界に映っているだけでも敵機は8機、それに引き換えてこちら側は自分と大隊長だけという状態だ。


8対2…………これがワイバーンの様な相手であれば彼等は難なく勝利できるだろう。しかしいま自分達と対峙するのは明らかに遥か上の性能を持っているだろう。


そんな最中、視界の端で1機がキアルの方向へと進路を向けた。1人も逃がすつもりは無いのだろう。


これを見たベボ少尉は操縦席の真横に置かれたスロットルに手を掛けて速度を落とし、小さく旋回をした。


機体の速度は敵が圧倒的に上。逃げようとしてもすぐに追い付かれて背中を攻撃されるのは明白。


「だったら機動力で相手してやる…………!」


機体を急旋回し、敵機と対面するベボ少尉。戦意は充分。しかし相手が悪すぎた。


旋回を終えたと同時に敵機が真横スレスレまでに近付いていたのだ。


「な!? ぐ、ぐぅおぉ!」


擦れ違い様に音速で飛行する敵機の衝撃波でベボ少尉が乗る機体が大きく揺らいだ。


必死に激しく揺れる操縦棺を両手で抑えつけるベボ少尉。


「なんて速さだ!」


どう考えても桁外れの速度性能だ。一体どんな化物エンジンを搭載すればあそこまでの速度を出せるというのか!


ベボ少尉は再び敵機の、ひいては日本の技術力に舌を巻いた。


…………だが何故撃ってこなかった?


そんな疑問が頭に過るが、すぐに後ろに過ぎ去った敵機の方へ顔を振り向いたベボ少尉は、そこに広がる光景に納得した。


大隊長が乗る機体が炎を纏わせながら地上へと墜ちていったのだ。


なんてことはない。敵機は自分ではなく逃げようとした大隊長機の方を優先しただけだった。


そして次は自分もそうなる。


「冗談じゃない! こんな所で死んでたまるか!?」


何としてでも生き残ってやる!そう口に出し、スロットルを限界まで上げて、機体の速度を引き上げた。


その瞬間、アブターⅡの機体に搭載されたバガットエンジン3-5空冷V時形10気筒が放つ震音がベボ少尉の耳に振るわせた。


ジュニバール本土でも高い評価を一身に受けたバガット航空会社製のエンジンはその能力を遺憾無く発揮させるが、それを易々と上回るのが日本のF-15Jだ。


音速の倍を越える速度を出すブラッド&ホイットニー社製のターボエンジン2基が、ベボ少尉のそれを遥かに上回る轟音を周囲に轟かせた。


そしてその轟音はベボ少尉の耳にも入り、すぐ後ろを追い掛けてきていることを悟らせた。


圧倒的な性能、それはどんな手段を用いようとも覆すことの出来ない残酷な事実であった。


「っ!?」


機体の方向を変えようとベボ少尉が操縦梶を傾けようとした時、機体がこれまでにない程の大きく揺れた。


慌てて周囲を見渡したベボ少尉だが、それと同時に彼は灼熱の熱気を肌に感じ取った。


「なぁ!? ち、畜生!」


気が付けば両翼と後翼は弾け飛び、機体の胴体部分が激しく炎上していた。


敵機の機銃攻撃…………いや、この威力は機関砲とも言える力だ。


既に機体の大半が損傷している状態だ。機体から脱出することは叶わない。


ベボ少尉は燃え盛るアブターⅡの中で炎上しながら上空1000mで爆発四散した。






空中で爆発するプロペラ戦闘機を見下ろしたパイロットは無線を起動させた。


「アタッカー01、2機撃墜を確認。残りは1機だ。」


『アタッカー02、了解した。最後の目標を撃破した後に帰投する。』


応答が帰ってくると、パイロットは最後の敵の方向を見た。


そこには先程の敵とは反対側の方角へ逃げていく1機のプロペラ機を2機のF-15Jが追い掛けていた。






 先の機関砲の攻撃をする直前に急降下して難を逃れた敵機の後ろに付き、距離を詰めていくアタッカー02は、装着したヘルメットのHUD画面に映し出された情報を確認する。


目の前のプロペラ機との相対距離、速度、予測される飛行方角、あと何秒で相手を追い越せれるのか…等の様々な情報が数字としてヘルメットに表示されるHUD画面はリアルタイムでその数字が変動していった。


これらの情報を元に導き出された結果は、目の前のプロペラ機は他の機と同様に、特別な脅威は見受けられない、そう彼は判断した。


なにぶん、実戦経験は愚か、プロペラ機との格闘戦なんぞ未経験である彼は必要以上に警戒をしていた。


というよりも現代の日本、ひいては地球での先進国にとって航空機同士による格闘戦は時代遅れの戦いという認識が常識だ。


如何に敵側のレーダーに反応されず、如何に敵側の射程距離外からミサイル攻撃を行うか、それが重要視されているというのが実情だ。


ましてや今回の相手は鈍足なプロペラ機、そして慣れない低飛行での戦闘………全てが彼にとっては未知という領域の話だ。


ふと彼は自分の手が多くの汗で湿っている事に気付く。


彼が装着している飛行用手袋は吸水性が良く汗で滑るような事は無いが、その吸水性を上回る量の汗が出ていた。こんなことは訓練生時代で初めて飛行をした時以来だろう。


どうやら考え過ぎて、変な汗が出てしまったようだ。彼は気を取り直して任務に集中した。


やることは単純だ。狙いを定めて操縦悍に複数ある内の機関砲の発射ボタンを押すだけだ。


照準が合えばヘルメットのHUD画面が自動でスキャンして知らせてくれる。


仮に何か異常が起こっても後方を飛行して撮影をしていたもう1機の同僚が、対応してくれるだろう。


目の前のプロペラ機は、自分達の仲間を一方的に攻撃した『敵機』である。


彼は機関砲の照準に合わせる為に機体を微調整した。


数秒後にHUD画面から映っていた敵機の周囲に囲むように標示されていた赤色の枠がピピピッと音を鳴らしながら緑色になった。


機体に搭載された電子システムが操縦者に、照準が合わさった事を意味する合図を送ったのだ。


それを確認した彼は機関砲の発射ボタンに力を掛けて、目の前の敵機に攻撃を与える。


その瞬間、必死に逃げていた敵機から謎の蒼白い光が現れた。


「っ!?」


突然の現象に彼が驚愕すると同時に機内の制御コントロールに異常が発生し、そのエラー内容を見た彼は更に驚愕した。


『全ての機体制御システムがシャットアウトしました。』


その時、センゲル平野上空を飛行していた1機のF-15Jが急降下した。








此方に向かってきてる! 間違いない、僕を殺しに来てるんだ!! 


全速力で逃げに徹した故に最初は小さな点にしか見えない程に離れていたというのに、今はハッキリと形が分かる程に近付いて来ている敵機にキアルは恐怖で呼吸が荒くなっていた。


震える手で操縦悍を握り締めながら、何度も後ろを振り返って、後方から迫り来る死神を目にする。


フルスロットルでフットペダルも思い切り踏み込んでいるというのに、距離が離れるどころか、信じられない速さで距離が縮まっていた。


「駄目だ駄目だ駄目だ!もっと速く飛んでくれ!どうしてこんな事に!?どうして!?」


そう叫んでいる僅か数秒の間でも、最後に振り返った時よりもグッと距離が詰められていた。恐らくは既に敵の機銃攻撃の範囲内だろう。


自分は死ぬ。数分前の先輩達のように撃墜されるんだ。キアルは本能でそれを悟った時、これまでの人生がフラッシュバックした。これがいわゆる走馬灯というものだろう。


両親の手を繋いで公園を走る幼き頃の自分、建国祭パレードで生まれて初めて見た飛行機、そして航空学生として初めて空を舞い、それを誇らしげに親戚等が集う宴会で話す1年前の自分。


そんな光景が一瞬の間で、しかしキアルにとってはとても永く続いた。叶うならばずっと見ていたい。しかしそれは即、死を意味した。


「嫌だ嫌だ嫌だ!まだ死にたくない!」


遂には目に涙を浮かべてそう泣き出したキアル。いま思えば自分は何故、こんな目に合っているのだろうか。


コオオォオオッ!!


「っ!?」


キアルの耳にも、後ろの敵機が放つ轟音が聞こえた。これが耳にするのは既に自分は至近距離にまで近付かれていることを意味した。


「うわあぁぁ!! じにだぐなぁいぃ!!」


嗚咽とも呼べる程にキアルは泣き叫んだ。こんな事ならば体調不良でも何でもいいから出撃を拒否すれば良かった。


あまりの恐怖でパニック状態になったキアル。それ故に彼はとある現象に気付く事は無かった。


突如として、キアルが乗り込むアブターⅡ戦闘機が蒼白い光が周囲を照らした。


並の人間ならば耐えられない程の恐怖心によってキアルの身体中から爆発的な魔力が放出し、その膨大な魔力が機体を包み込むように解き放たれたのだ。


時にすれば数秒程度の現象であったが、太陽よりも強力な目映い光は、あらゆる生物の目を眩ますには充分であった。


外部からの強力な光を遮断するヘルメットを装着していたF-15Jの隊員すらも思わず目を瞑ったが、この現象は光だけでは終わらなかった。


キアルの身体から放出された膨大な魔力の波は彼を中心にして放射線状に広がっていき、それはすぐ後ろを飛行していたF-15Jの電子機器に大きな影響を与えた。







必死に逃げていく敵機から謎の蒼白い光が表れたと思えば、同時にその蒼白い光の衝撃波の様な靄が機体と接触した瞬間、異常はすぐに表れた。


「ぐっ!…………ぐぅ!!」


急激に重くなる操縦悍を必死に押さえ込んで急降下を防ごうとするが、機体はあっという間に高度が下がっていく。


操縦席から見える景色がどんどん地上に接近していくのがわかる。現在の高度を知ろうにもそれを表示してくれるHUD画面は完全に沈黙していた。


機内の壁に設置された多数のモニター画面も全ての電源が落ちて情報は遮断されていく最中でも最後に残った機体の制御コントロールが警告音を発信する。


『アタッカー02!! どうした!? 速く機体を上げろ!!』


仲間から逼迫した声が聞こえるが、彼はそれに応える余裕は無い。そうしている間にも地面は近付く。


(落ちる!)


鬱陶しい位に鼓動が速くなっているのが自分でもわかった。 このまま…………死ぬ?


死を覚悟した彼だったが、その瞬間、機内の全てのモニター画面が再び表示され、機内を明るく照らした。


同時にヘルメットのHUD画面も復活し、驚愕に目を丸くする彼の目に、ある表示が映った。


『再起動が完了しました。』


どうやら機体に搭載された制御コントロールが異常を検知して、自動的に電子システムの再起動を行ってくれたようだ。


そのお陰で重くなっていた操縦悍もいつもの軽さが戻り、彼は慌てて機首を上げた。


『アタッカー02! 無事か!?』


ようやく撮影をしていた仲間からの無線に応えれる余裕を取り戻した彼は息を吐いた。


「問題ない。 理由は分からんが、システムが勝手にシャットダウンした!」


『なっ! ジャミングか?』


「分からん。あの敵機からの靄に触れた瞬間にシステムがイカれたんだ。 制御系まで死んでたら此方もお陀仏だった…………」


彼はそこで先ほどの現象を起こした敵機の方へ視線を移した。


既に小さな点位にまで遠く離れてはいたが、速度差を考慮すれば追い付くのは簡単だ。


もう一度追撃するのは容易、だが先の謎の攻撃とも言える現象の事を考えれば戸惑いが生まれる。


あの攻撃をもう一度使える可能性がある以上は無闇に接近は出来ない。


『もういい、帰投するぞ。映像はとれた。』


彼もそれには同意した。機体の調子は今のところに問題は無いが、いつまた異常が起きても可笑しくはない。


「こちらアタッカー02、問題が起きたために基地へ帰投する。」


『こちらアタッカー01、了解した。』


遠方に展開していた隊長機への返信を受けた2機は逃げていった敵機の方角とは逆へ機体を向けた。






いつまで経っても敵の攻撃が来ないことにキアルはようやく気付いた。


恐る恐る周囲を見渡せば、雲1つない晴天の空が広がっていた。そこには敵機はおろか、鳥すらいない自分だけの空だった。


「な、なんで…………居ないんだ…………」


自分は助かった? でも、何故? そうキアルは汗で濡れた額を拭い、疑問を浮かべた。


そこでキアルは自分の身体の違和感に気付いた。


今までに無い程に身体中から力が漲り、感じたことの無い高揚感がキアルを包み込んでいた。


何もかもが分からない。何故、身体がこんなにも軽く、敵は自分を見逃したのか?


何度も周囲を見回すが、やはり誰もいない。頼りのある先輩達や隊長等も、誰もいない。自分以外の全員が殺されたのだ。あの圧倒的な暴力を前に…………


「……そうだ。戻らなきゃ、戻って皆に報せないと!」


操縦悍に力を込めて機体を基地のある方角へ向かった。





数日後…………


        バリアン大陸

    ジュルミノ半島 都市リバーテ


バリアン大陸に展開するジュニバール帝王国・ガーハンス鬼神国等が主力とする連合軍が駐屯する都市リバーテは現在、数刻前の状況と比べると大きく変化していた。


飲食店が多く開く通りでは、昨日までならば非番の軍人達が所々にいる程度であったが、現在は武装した軍人達を乗せた輸送車が次々と都市の外へと列を成して行進していた。


元からこの都市に住まいを構えていた住民達は途切る事のない鉄の乗り物の群れに、何事かと隣の者達と会話をする。


1つの通りならば兎も角、この都市の主要な通りの全てが列強国等が扱う軍用車で溢れていたのだ。これでは普段から馬車を利用していた彼等の日常に支障を来すのは想像に難くない。


しかし苦言を申すことなど彼等に出来る筈もなく、彼等はなるべく速くこの列が途切れる事を祈る事しか出来なかった。


そんな不満気に表情を曇らせる住民達を、1台の輸送トラックの荷台から見つめていた従軍治癒魔術師ミシェル・レーナは同様にその整った顔を曇らせ息を吐いた。


そんな彼女を見て、隣にいた同郷の治癒魔術師ハリアナ・マナが陽気に声をかける。


「もう、まだ街に出ても無いのにもう溜め息? ま、気持ちは分かるけどさぁ。」


マナはそう言うと膝に掛けていたブランケットにくるまり、暖かそうに頬を弛ませた。


大陸に上陸した当初は暖かく感じていたが、いつの間にか肌寒く感じる程度には気温が下がっており、彼女は防寒具として用意していたのだ。


そしてそういった女性達は多くおり事実、この輸送トラックの荷台にいる十数名の女性達の全員が何かしらの防寒対策として持ってきていた。


それはレーナも例外ではなく、彼女自身も外気からの冷気から体温を守る為に、マナと同じ柄のブランケットを肩に掛けていた。


彼女達の乗る輸送トラックには帆のような屋根はなく青空が見える作りなので外からの冷気を全く遮断してはくれない。


幸いなのはそこまでの寒さではないので薄い布程度であれば簡単に暖を取れる事であろう。


しかし今後ますます気温が下がるのは間違いないので、また更なる対策を取らなくてはならないだろう。


「でも突然の進軍だなんてビックリだよね。」


動き続ける街中の景色を見ていたレーナを横に、マナはそう愚痴り、これを聞いた別の治癒魔術師の女性が反応した。


「本当よぉ~。 昨日まで何の指示も無かったのに朝になって突然、準備しろだなんて………女の子を何だと思ってるのかしら!」


そう不満を露にして頬を膨らませる子に対して周りの女性達も口々に不満を口にする。


起床時間と同じ時間で彼女達が寝泊まりする宿舎へ突如として彼女達の上官にあたる治癒魔術師長が集合をさせて報せたのだ。


40代程の同じ女性、しかし治癒魔術将校として大尉の役職を持つ治癒婦長は淡々としかしよく張った声量で眠気の覚めない彼女達に告げたのだ。


「今朝がたから通達がありました。貴方達は今からここから東にある都市マロナイナへ向かうことが決まりました。 30分以内に荷物を整えて再び中庭へ集合しなさい。

…………言わなくとも分かってるとは思いますが、くれぐれもここが戦場だと言うことを忘れないように。」


そう治癒婦長は言い終えると、護衛の兵士達を引き連れて去っていった。恐らくは自分達とは別の治癒魔術師部隊にも同じように通達して回るのだろう。


兎に角、命令を受けた彼女達は朝食を摂る暇も与えられずに、愚痴を溢しながらもそれぞれの荷物を纏めて中庭へと集まって、近くに停められたこの輸送トラックへと乗り込んで出発したのである。


そんな不満の減らない彼女達に、最初から聞いていた輸送トラックの運転手の男性が愉快そうに笑いながらこの会話に混ざってきた。


「がはっはっは、朝飯抜きは、お嬢さん達にはちぃとキツいかね? なぁに街に到着すればたんまりと飯は食えるさ!」


そう運転手の男性は窓に片腕を乗せながら、彼女達のご機嫌を上げようと、口を開いた。


そんな運転手に、話を聞いた1人の女性が手を上げて元気よく質問をした。


「はーい。質問なんですけど、そもそも私達ってなんで急に移動するんですか?」


その質問に運転手は顎を撫でながら応えた。


「まぁ俺も詳しくは聞いてないんだが…………何でも前線にいた幾つかの部隊に被害が出たらしいぜ? 部隊にいた治癒魔術師達だけじゃ、手が足りないらしい。だからお嬢さん方を呼んだのさ。」


「え? そ、それって大丈夫なんですか?」


不安そうにもう1人の女性が聞いた。それに運転手は高笑いして手を振りながら応える。


「だはっはっは! なぁに大した問題じゃないさ。戦場っつうのは、大抵そんなもんだぜ。」


お嬢さん達が心配するレベルでは無いさ。そう運転手は安心させるように言い終えると、彼女達の乗る車列の上空を多数の航空機が轟音を出しながら追い越した。


その音に彼女達は屋根のない輸送トラックから顔を上げて、航空機を見上げた。


レーナも彼女達と同様に顔を上げ、音の正体である航空機を見た。


見たことのない飛行機だわ…………


「あれはガーハンスの戦闘機だな……」


運転手の男性も窓から顔を出して上空の飛行機を睨むように見ていた。


「ガーハンスの?」


「あぁ、連中も本格的に動かしたか? これは不味いな…………」


「ど、どういうことですか? 不味いって……」


そこで再び1人の女性が心配そうに口を開いた。そんな彼女に対して、今まで黙っていた助手席の男が応えた。


「そんなの決まってるだろ? 奴等に手柄を横取りされちまうからさ! 速いとこ動かないと俺達の出番がなくなっちまうぜ!」


その言葉に彼女達はキョトンとしたが、すぐに安堵の息を漏らした。どうやら自分達が特に心配する必要もないようだ。


先ほどよりも緩やかな空気になる中で、レーナが遠慮がちにだが、気になっていた事を兵士に聞いた。


「あの、前線はどうなってるんですか?」


そのレーナの質問に、助手席に座る男は視線を僅かに上げて考え込むようにして口を開いた。


「ん~別に俺等も大した事は聞かされていないが…………日本軍は大陸の端にある山岳地帯に閉じ籠ってるって話だ。何でも奴等はネズミみたいにすばしっこく逃げ周ってる様で、前線の部隊だけだと追撃に手間取ってるらしいぜ?」


運転手の男が続けた。


「そこへ俺達が集結して一気に……って訳よ!」


運転手はハンドルから手を離して両方の拳を叩き付けるように音を鳴らして、すぐにハンドルを握り直した。


「まぁ心配すんな! 上からの話だと、2週間もすればこの戦争は終わるってよ! もちろん俺達の勝利でな!」


その言葉に荷台で話を聞いていた治癒魔術師の女性達は歓声の声をあげた。中には黄色の声をあげる子達すらいた。


その女性達の可愛らしい声を聞いて、前後を行進していた車輌に乗る兵士達は何事かと顔を向けるが、女達の笑顔を見て同じように歓声を上げて盛り上がる。


こういった光景はこの通りの車列だけじゃなく、他の殆どの通りを走る車列も同じような光景がチラホラと起こっていた。


しかし現場の兵達が大きく士気をあげる最中、そんな彼等とは真逆の反応をする者達もいた。




      都市リバーテ 近郊


視線の先では都市リバーテから続々と部隊が地平線の先へと行進していく光景を見晴らしの良い丘の上でスロイス大佐は見下ろした。


そんな彼の背中へ、部下である副官が声をかけた。


「大佐殿、全部隊が揃いました。いつでも出撃できます。」


その声にスロイスは振り返る。彼の眼下には優に1000を超える男達が整列して彼の命令を待っていた。


スロイスが指揮する第48師団の第266歩兵連隊は3個歩兵大隊と2個砲兵中隊で編成される。


そしてスロイス等が所属する第48師団は、ジュニバール帝王国側の司令官であるジリヒリン議員の命令で都市カバーラへ向かう事になっている。


話によると、既にその都市カバーラにいた友軍は日本軍への反撃の為に出発しており、自分達は戦略予備としての役割を担うことになる。


スロイスは、朝方の師団長達の会話を思い返した。


彼の上官でもある第48師団の幹部達は例外なくこの状況を楽観視していた。


師団長は当然ながら、あらゆる可能性を想定する筈の師団参謀長もその配下の参謀達も全員が、一切の緊張感を持たずに関係のない雑談を交えながらの会議は、彼を失望させるには充分であった。


そこにあったのは如何に自分達に輝かしい戦功を得れるのか、今後の軍隊生活、ひいては優雅な人生を勝ち取れるかの欲望があった。


「全く、カバーラにいた彼等が実に羨ましいものだ。 都合良くバイート少将が失態を演じたくれた故に活躍の場を得られるのだからな。」


作戦会議室の上座に座り、高価な葉巻を咥えて師団長はそう言葉を漏らした。これに周囲の師団幹部達も口々に東進する友軍……いや、ライバルに対しての羨望の言葉を口にした。


楽観的な見方に対して、スロイスは親友にも話していたガーハンス鬼神国との共同戦線を議題に出したが、師団の最高決定部である彼等はそれを一笑した。


 彼等曰く、繁栄の道導となる日本軍撃滅の任を他国に譲るのは愚行の極みである。

 また曰く、共同戦線を持ち掛ける前に僅かな戦果に酔いしれている愚かな日本軍は今も東進する友軍が先に踏み潰しているであろう。

 また曰く、貧弱な日本軍相手にいたずらに時を消費するのは列強にあらず、と彼等は若き将校であるスロイスに対して強く言い放った。


結局、スロイス大佐の持ち込んだ案は総司令部に届く事もなく、意味のない師団会議の前に儚くも散った。


「…………大佐殿? いかがなさいましたか?」


一向に口を閉ざす連隊長を前に、副官が心配そうに声をかけた。


考え事に耽り過ぎたとスロイスは気付き、表面上は冷静を装いながらも、慌てて意識を取り戻した。


「む、すまない………我々第266歩兵連隊はこれより都市カバーラへ向かう。 我々に与えられた任務はセンゲル平野にいる日本軍へ攻勢を仕掛けている友軍の後方支援だ。 

 各部隊はそれぞれが軍人としての職務を全うすることを祈る…………以上だ。」 


スロイスの訓示が終わるのを見計らい、副官が整列する1000名以上の男達へ進軍を指示した。


歩兵銃を肩に背負い、師団マークの刻まれたヘルメットを被った男達が数列の長い列を組んで行進をしていく。


目指すは人口2万人の都市カバーラ。ジュニバール帝王国が実効支配する都市国家であり、数日前に日本軍に奪われた都市からは最も近い都市である。


十数万にまで膨れ上がった連合軍は、幾つもの集団に別れて動き出した。







都市カバーラに駐屯していたジュニバール帝王国陸軍の第29師団はジルヒリン議員等のいる総司令部の命令を受けて進軍を開始した。


日本軍が奪った都市までは数十kmの道のりだ。全部隊を連れての行軍でも2日もあれば余裕で到着する距離だ。


第29師団はこの道中で日本軍は迎撃に来るであろうと考え、先頭には師団内でも精鋭を揃えて万全の構えを取っていた。


この辺りの地形はなだらかな草原があるのみ。途中にある僅かな丘にでも虫のように隠れて奇襲を仕掛けてくるのは安易に想像出来る。


浅はかな作戦で日本軍は、我が師団によって完璧な反撃を受けて殲滅されるであろう。


念入りに索敵を行いながら、確実に日本軍との距離は縮まる。


相対的に先頭を進む彼等の興奮が頂点に達しようかという時、状況が大きく動いた。





     日本国防陸軍 第3戦闘団 


「ヤマ隊より戦闘団本部へ、集団Aがデッドラインへの侵入を確認。送レ」


背の高い草木を屋根にして、小さなモニターに目を凝らしながら、隊員は無線で本部に報告する。返答はすぐに来た。


『本部、了解した。本時刻を持ってアラマシ作戦の決行を承認する。』


その返答が返ってくると同時に、隊員は隣に置いた軍用PCのキーボードを使って特定のコマンドを入力していく。


最後のコマンドを入力し終えた時、周囲の至る所に置いてあったドローンが即席の発射台から特徴的な機動音を奏でながら飛び立った。


日本国防陸軍が採用する無人航空機。アメリカやロシアがこぞって研究を行い、現在では小型で、安価なドローンとして現代戦の代名詞としての地位を確立するに至った。


アメリカは中東紛争で、ロシアはクリミア半島紛争で、そして日本では中国との海岸紛争においてその付加価値は爆発的に膨れ上がった。


これらの国々は地球でも特に無人機開発に力を取り入れていた。


いま隊員が操作しているドローンも転移後から何度も改良が加えられた最新型ばかりだ。


そして彼が操作しているドローンだけでも10機あり、この周囲には彼以外にも多くの隊員達が草木の影等に隠れて、ドローンを次々と飛びたさせていた。


彼の頭上に見えるだけでも100機以上のドローンが、耳もつんざく程の羽音を出しながら、数km先にいる敵部隊へと突っ込んでいく。


彼は10個の画面に別れたモニターを確認しながら、ドローンを操作する。


操作と言っても、ドローンは事前に入力された座標までは自動で飛行してくれるように設定しているので、彼はタイミングを見てドローンに搭載された爆弾を投下するだけだ。


まるで鳥のように地上を颯爽と駆け巡る映像を注視する。


もう多くのドローンが放つ煩わしい羽音は聞こえなくなり、聞こえるのは草木の靡く涼やかな音や鳥の囀ずりだけであった。


やがて遠方から爆発した音が連続して鳴り響いたのが彼に耳に届く。どうやら同僚の操作しているドローンが先に攻撃を行ったようだ。それと同時に敵の放つ小銃の射撃音も聞こえた。


そして彼が注視していたモニターからも敵の姿が見えた。彼はキーボードに指を置いて、投下のタイミングを待つ。


小さな画面には青空の下で、黒い羽を高速で回転しながら自由に飛び回るドローンが、遮蔽物のない草原で必死に小銃を構える敵が死に物狂いで発砲していた。


ドローンは機体に搭載されたAI機能によって敵をカメラから視認すると、自動で彼等の頭上にまで移動する。


敵はそんなドローンを小銃で撃ち落とそうとするが非常に小さな、そして蝿のように動き回るドローンに当たる気配が無かった。


やがて彼は幾つかのドローンに爆弾の投下させた。


投下された爆弾は、彼等の頭程度の高さで爆発し、多数の破片を周囲に撒き散らして戦場を赤に染めあげた。


半分のドローンに投下を実行した時、彼の横を数両の90式が通過した。


顔を上げれば、この草原を埋め尽くすようにして第3戦闘団の戦闘車輌が敵の方角へと真っ直ぐに向かっていた。


『本部から全隊へ、エリア25ー8にいる集団A-2に対しての交戦を開始する。』


その無線が聞こえた時、怒涛の砲撃音が鳴り響いた。


団長が直接率いている第3戦闘団の主力が敵部隊への攻撃を行ったのだ。


…………また殺し合いが始まる。







『カブキ隊よりスモウ隊へ、目標D-1をマーク。対象の座標位置は253ー21ー625。』


「こちらスモウ隊、座標の入力完了。これより効力射へ移る。」


偵察隊からの座標情報をすぐに真横に停車する多連装ロケット砲 通称MLRSの取り付けられたシステム機に入力を行い発射をする。


この付近に停車するMLRSだけでも5台はいる。1台に12発のロケット弾がセットされており、計60もの兵器が白煙を吹かしながら上空へと飛んだ。


発射されたロケット弾にはそれぞれ数百もの子爆弾を内臓しており、これらの子爆弾は敵の生命を刈り取っていくであろう。


ズウウゥン


視界の遥か先に着弾したというのに、まるで地を震わせる程の揺れが発射した本人である彼の元まで届いた。


『カブキ隊よりスモウ隊へ、目標D-1への着弾を確認。続いて目標B-4へと移行する。 対象の座標位置は…………』


次々と追加の位置情報をもとに、彼等はすぐさま入力を行い、ロケット弾の発射を行っていく。


そんな彼等を背景にして第3戦闘団の普通科の隊員達が20式を手に持ち、戦闘車輌の周りを囲みながら進軍していく。


この戦闘団の主力部隊が遂に大規模攻勢を行うのだ。






突然、地が割れるのでは無いかという程の衝撃が自分と仲間達を襲った。


「う、上だ! 避けろぉ!」


誰かが空へ向けて叫びように言った。その瞬間、物凄い速度で飛んできたロケット弾が数百もの小さな塊に別れてここを破壊した。


鳴り止む事のない小さな爆発が、頼もしい仲間達で溢れていたこの場所を、何もかもをグチャグチャにしていった。


「夢だ…………これは悪い夢だ!」


そう自分は物資を載せた輸送トラックの真下に身を隠して、この無限爆弾が終わるのを待った。


小さな爆発は盾にしていたこの輸送トラックを何度も揺らしたが、幸いにもこの輸送トラックが爆発する事はなく、この怒涛の爆発は鳴り止んだ。


身体中と顔を土埃で汚しながらも何とか輸送トラックから這い出て立ち上がり、周囲を見渡した。


そこには自分以外の生存者なんて居なかった。あるのは五体不満足の仲間の死体が何層にも渡って積み重なり、濃い血の臭いと硝煙が鼻を刺激した。


思わずその場で胃の内容物を吐き出した。吐瀉物には朝に食べた粥と胃液が混ざった液体が緑の草原に広がる。


「どうすれば…………」


一通りの胃を空っぽにした後、これから自分は何をするべきなのかを考えた。


輸送車も戦闘車輌もその全てが黒煙を出し、中には炎上している物もあった。これでは乗り物に乗って近くの部隊に合流することも出来ない。


そもそも先ほどから聞こえる爆発音と、何かが飛び回っている羽音が周辺から聞こえており、ここから動くことに躊躇を与えていた。


途方に暮れていた時、視線の先から何者かが来るのが見えた。


見えたのは緑色の軍服と灰色の戦車…………あんなのは見たことがない。


「あれは…………敵!?」


すぐに武器を探すが、慌てて投げ捨てていた自分の小銃は先の爆発で完全に破損していた。他の仲間の小銃も同じように使えない。


そうこうしている間に、敵も自分を見つけたのか、足元に発砲してきた。


「うわぁ!!」


銃弾で舞い上がった土煙が自分の近くに出た事で、後ろ向きに転げ落ちてしまう。


「動くな!」


すぐに立ち上がろうと両腕を地面につけるが、いきなり頭を押さえ付けられて、地面に身体を押し付けるように絞められた。いつの間にか近くにまで近づかれていた。


「痛い痛い痛い!!」


片腕を関節で決められた彼は、あまりの痛みに叫びながら目に涙を浮かべた。


「黙れ!」


しかし相手は全く手加減すること無く自分の首に膝をのせて更にきつく絞めてきた。


涙を流しながらも必死に抵抗するが、相手は非常に慣れた動作で自分の両腕に拘束具をつけて制圧した。


周囲を見渡せば自分よりも大柄な男達が鋭い視線を突き付けながら睨んでいた。やがてその内の1人が自分を拘束する男に声をかける。


「おい、あれは?」


「あっと忘れてた。えぇと………交戦法第4条 第17項に則りお前を戦争犯罪人として確保する!」


拘束する男はそう言うと自分を簡単に持ち上げて立たせた。


「コイツを後方に連れていけ。俺達はこのまま前進だ。」


自分はそこで周囲を囲んでいた男達の2人に両腕を掴まれながら敵側の方へと連れていかれた。






岩影に身を隠しながら、敵の猛攻撃をどうにか凌ぐ。しかし周りの仲間達は次々と撃ち抜かれて死体へと化した。


岩影から頭を出して攻撃してきた方向を見れば、そこには多数の敵兵と戦車がおり、強烈な攻撃を繰り広げていた。


何とかここで攻撃を凌げれるか、歩兵銃を握り締める彼の耳を、またあの音が聞こえてきた。


ブウゥン ブウゥン


「気を付けろ! また空から爆弾を落として来るぞ!」


羽音を聞いた別の仲間が大声で皆に知らせる。だが気を付けようにも、明確な対応策など持たない自分達には何も出来ないのだ。


「右からだ! 撃ち落とせ!」


その声に慌てて振り返れば、確かにあの時の羽音を出す小さな飛行機が此方に向かって飛んできた。その胴体には爆弾の様な物を背負っている。


撃ち落とそうにも、この猛攻の最中で狙いなんて定まらないし、そうしている間に敵兵に撃ち抜かれるのが落ちだ。


「少しずつ後退せよ! あの丘まで下がって持ちこたえるのだ!」


この状況を打破しようと分隊長がサーベルを掲げてそう放った。その瞬間、分隊長は隠れていた大木ごと敵戦車の砲撃で吹き飛んだ。


ついに敵戦車が砲撃を開始したのだ。頑丈な岩に隠れようが、自分もあれと同じように吹き飛ばされるのは明白だ。


思いきって敵に背を向けて丘まで後退しようとした時、羽音が自分の真上で聞こえた。


反射的に顔を見上げるとそこには4つの羽を回転させる飛行機がおり、中心部に取り付けた爆弾を投下させた瞬間だった。


「そんな…………」


自分の運命を察した彼は絶望の声を漏らした。


その数瞬後、身体中に金属の破片が突き刺さり吹き飛んでいく死体が出来上がった。






第29師団の師団司令部は続々と集まる報告に顔を青ざめていた。


「第134連隊からの報告が途絶えました!他の部隊も同様に魔信の応答が途絶えています!」

「敵は謎の小型飛行体を使っています!この司令部付近にも同様の物を見たと報告が相次いでいます!」

「たった今、敵の主力部隊と思われる勢力がここ司令部の防衛線を突破したとの報告が! すぐにでもここに敵が押し寄せてきます!」


魔信から寄せられる報告は何れも部隊の被害報告のみ、誰も敵の撃破報告なんてしてこない。


「何故だ! 何故こうも敵は容易く攻撃してくるんだ!?」


我慢の限界にきた師団長がついに怒りを露にした。だが、それをきたところで状況は何も解決はしない。


そもそも敵の主力がこの師団司令部まで真っ直ぐに向かってきているのだ。早く対応をしなければ最悪な状況になる。


参謀の1人が怒りで息を荒くする師団長に具申しようとしたその時、天幕の外から突如として聞こえてきた羽音で中断する。


「何の音だ?」


すぐに司令部に詰めていた護衛の兵士が天幕から出て外を見た。そこには4つの羽を高速で回転する謎の飛行体がこちらに向かって大量に飛んできていた。


報告にあった敵の兵器。それに答えが辿り着いた時には遅かった。急加速してきたドローンによって師団長以下、第29師団の幹部達は戦死した。





 都市カバーラから出立したジュニバール帝王国陸軍第29師団は、道中に第3戦闘団が設置した全400機の攻撃ドローンによって混乱、その後の主力部隊による集中攻撃を囮にして、師団司令部の要員達を回り込んでいたドローン部隊が空爆を行い、指揮系統を麻痺させた。


 これによって完全に孤立した第29師団の残党は池田団長の指揮のもと、各個撃破を念頭に確実に敵戦力を減らしていった。


 最終的には7時間半にも及ぶ戦闘によってジュニバール帝王国側の損害は死傷者4800名、続いて2000近くの兵士が捕虜となった。


 また、指揮官の不在の第29師団は組織的な撤退もままならず、都市カバーラにまで戻る道中では500両以上の車両までをも放棄する羽目となった。


そしてこの攻撃によって日本側が被った被害はドローン27機 負傷者が17名であり完全勝利を池田団長率いる第3戦闘団は成し遂げた。







度重なる猛攻によって敗残兵と化したジュニバール兵の背中を、双眼鏡越しで見る池田団長は軽く息を吐き、背後の部下に指示した。


「うし。日も暮れたし攻撃は停止だ。部隊を撤収すっぞ。」


「了解しました。」


部下はそう言うと敬礼し、その場を後にした。それを見送ることなく、池田は乗り込む90式の指揮官ハッチの上で腕を組んだ。


「ちょいとキツくなってきたか…………」


池田は皺の目立つ顔を歪ませてそう呟いた。


これまでに行ってきた一連の戦闘は全て勝利に終わったが、高い機動力によってこなした戦闘の皺避けは確実に此方側の体力を締め付けていた。


食糧や日用品の類いと心配はない。砲弾や弾薬もまぁ、問題無い訳でもないがまだどうにでもなる。しかし燃料という問題は少しずつ、そして確実に余裕を失いつつあった。


この戦闘団が消費する物資の中でもダントツの消費量を誇る燃料は、特に戦車に使う軽油の在庫はかなりのペースで減っている。


更にはその燃料の輸送にも問題があった。補給を仕切る加藤大佐の元で、最短距離での補給路や輸送方法を駆使していたが、どうしても輸送量よりも戦闘時の消費量の方が上回ってしまう。


そして、これから勝利を重ねる際に大きくなる問題点のひとつとして、捕虜の管理にも懸念点が浮き彫りになるだろう。


池田団長はそこで初めて後ろを振り返った。


そこには自身の部下達が20式小銃を構え、油断無く捕虜となったジュニバール兵達を移動させる光景が映っていた。


今回だけでも2000人の捕虜を得た。これはこの大陸に存在する日本国防軍側の戦力の1割に相当した。


この捕虜達を管理する人手もそうだが、彼等に与える物資も考えなくてはならない。


鬼導院中将等のいる第1戦闘団の司令部が計算した捕虜の最大収用可能人数は14000人で限界だという。


センゲル平野で得た捕虜と今回のを合わせれば既に3割を占める数となっていた。 


今後はますます苛烈な戦闘になるのは確実。そこから加わる捕虜、そして此方側の出る損害も考えれば、この可能人数は減っていくだろう。


もし後方に詰める捕虜が反抗的に出ればその対応で此方の継戦能力に影響も出るだろう。


無論、此方も援軍は来るが、その前に敵側の総攻撃が先に来る可能性もある。


敵側もいつまでも馬鹿みたいに戦力の小出しを続けてくれる程、池田達は楽観視していない。


これらの事情を踏まえる限り、池田は導いた答えは…………


「これ以上の進撃は無理だな。」


ここまでが境界線。池田はそう結論した。


「不可解な現象もあるしな…………」 


敵側の航空機から放たれた謎の魔法攻撃。これによって交戦したF-15Jの1機が本国へ移送する羽目となったのだ。


機体そのものに異常は見受けられなかったが、機体のシステム記録には謎の電波攻撃によってほぼ全ての制御システムがシュートしたという。


池田自身も別の機体が撮影した映像を見返したが、謎の蒼白い衝撃波によって追いかけていたF-15Jが突然の急降下していたのを見た。


此方側の把握していない魔法攻撃。これが今後の制空権確保にどれだけの影響を及ぼすかが未知数だ。


近い将来、彼等は大いに頭を悩ます状況が来るだろう。


その未来を予期した池田だが、それでも通常通りの態度を崩すことなく、乗り込む90式に後退指示を出した。


池田の背後には、地平線の先まで続く敗残兵達を列が延々と続いていた。



なんか所々飛ばしてる箇所があるかも知れない…………今後の話で触れていきたいな…………

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― 新着の感想 ―
食糧は現地調達で良いとして 軽油は、現地で石炭を燃料に使っているならコークス加工したついでに軽油の確保でるんですけどね。 中国大陸なら大規模油田も複数あるのに・・・
前話で1機だけが帰還できた理由は偶然の産物でしたか、日本側にとっては偶然だと把握できないので、未知の魔法による電子攻撃だと誤認するのも無理はないですね… 日本側が偶然だといつか気付くのか、魔法文明側が…
本当に、いつになるのでしょうねえ……。 ガーハンスとジュニバールの首脳部が、事実を知るのは。 日本の方がはるかに強い事実を、どう足掻いても勝てないという現実を、受け入れるのは。
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