第76話 追手の回避
遅れて本っっっ当にすみませんでした!
仕事が思ったよりもヤバくて・・・
(3月の残業60時間越 誰か助けて…)
第76話 追手の回避
バフマン王国 王都ソウバリン
石畳の大通りを木花達を乗せた大型の馬車が全速力で後方から追い掛けてくる私兵の騎馬隊から逃げていた。
「追手は何人いる?」
グロック拳銃の弾倉の中身を確認していた木花が追手の第一発見者であるオタクに聞いた。窓を見ていたオタクは気楽に答える。
「ん~とね・・・たくさん。」
曖昧な答えに木花は思わず拳をオタクにぶちこもうとしたが、その前に隣に座っていた12番が彼の頭部を叩いた。
「ふざけてる場合か! 騎兵が12だ! どれも装備は剣と弓だ!」
「なら、さっさと片付けるぞ。」
木花はそう言うと窓を開けて、後方を追い掛けてくる騎兵の方へ発砲した。
追手である騎兵達は馬車から放たれた銃撃に慌てて避けるようにバラバラに馬を走らせた。
「1発も当たってないぞ。」
12番が冷静に木花の発砲結果を言ったが当の木花は少し苛立ちの色を見せて反論した。
「この馬車が揺れるからだ。 もっとマシな馬車は用意出来なかったのか?」
「贅沢言うな。」
全速力で走らせているせいなのか振動対策の施されてない馬車のせいなのか、走行時の振動が諸に彼等の座席に伝わっており、狙いが定まらないことに苦言を申す木花を横目に今度はオタクが騎兵に発砲をして見事に命中させた。
振動を物ともせずに命中させた後で自慢気に見てくるオタクに軽い殺意が湧いたが深く息を吐いて何とか冷静さを取り戻す木花。
「満足するのはまだ速いぞ。次が来る。」
12番が呆れた表情で注意した瞬間、矢が窓付近をかする様に飛んできた。
「新手だ! 横の通りから別の騎兵が合流して来たぞ。」
御者席で操縦していた職員がそう室内にいる木花達に伝えると手綱を勢いよく引っ張って馬車の進路変更をした。
「もっと速度は出せないか?」
「無理だな。 これ以上は曲がれなくなる。」
「だったら追手を排除するしかないな。 アリア、旦那様は任せたぞ。」
12番と御者席の職員との会話を聞いていたクッダが開けた窓から半身を乗り出して、持っていたスペンサー銃の照準を追手に向けた。
地球産の銃器を使用している現地人の姿を御者席に座る職員が思わずクッダを2度見した。
「おいおい、ちゃんと当てれるのか?」
「黙って見ていろ。」
クッダはそう言い返すと息を止めてスペンサー銃の引き金を引いて発砲した。
彼の放った銃弾は、先頭を追い掛けていた騎兵の1人に命中し馬ごと倒れたが、それが更にその後続にいた数人の騎兵も巻き込んで一気に複数の追手の排除に成功した。
「・・・やるじゃねぇか。」
「それはどうも。」
下を巻いて呟く職員の反応にぶっきらぼうに答えたクッダはすぐに飛び出していた半身を引っ込んで12番に声をかける。
「おいっ お前達はどこまで逃げるつもりだ?」
「取り敢えずはこの街から出て、近郊の回収地点まで走るつもりだ。」
「それまで追手を振り抜けれるのか? 日本大使館は駄目か?」
木花がダメ元でそう聞いた。
「俺達の存在は極秘だ。 ただの外務省職員にまで関わらせる訳にはいかない。」
「お前等の存在は誰が把握しているんだ?」
「公安のトップは勿論だけど、それ以外なら国務大臣と官房長官に国防大臣、総理の4人ぐらいかな?多分それ以外にも何人かはいるよね。」
「おい。」
部外者もいるこの空間で機密情報を喋るオタクに12番が睨んだ。
「オジさん達には分かんないって。」
「・・・本土に帰還したら懲罰は覚悟しとけ。」
「へいへい。」
「そっちの話は済んだか? 近郊にまで出たら我々は旦那様を連れて行かせて貰う。
アリア、お前も一緒に行こう。 コイツ等は信用出来ない。」
「おっと、それは少し承諾出来ないな。 お嬢ちゃんはこっちで保護する。」
クッダの言葉に12番が待ったを掛ける。それに両者の視線が互いを交差した。
「ふざけるなよ、列強人。 この子は我々が守る。 お前達は一切関わるな。」
「複数の列強国相手に守り抜けるとでも? こっちが保護した方が安全は確かだと思うが。」
「話を聞く限りは、そっちも複数の列強に睨まれているようだったが?」
「だとしても俺達の敵ではない。 だがそっちは祖国にすら追い掛けられてるんだぞ?」
幾つかの会話を交わりながら、両者は各々の握っている武器に力を込め始めた。
「止めとけ。 こんな狭い空間でその得物は不利だぞ。」
12番の握っている拳銃に対して長身であるスペンサー銃では素早く照準を合わせるのに大きく違いが出るのは明白だ。
しかしそんな事を言われてもクッダは殺意を薄めるような様子は無く、隣に座っている領政官を馬車に乗せた若き同胞が息を呑んでいた。
こんな時に内輪揉めは勘弁だと木花が止めようとしたが、先に動いたのは弱っていた領政官だった。
「クッダ止すんだ・・・今はこやつ等と共闘するべきだ。 少なくとも敵は一緒なのだろう? ならば列強人だろうが何だろうが構わん。 」
その言葉を聞いたクッダは渋々ながら銃に力を込めていた指をほどいた。それを確認した領政官は、この場で指揮者の立場であると判断した12番の方を見た。
「さてニホン人よ。 お前達の力を見させて貰うぞ。」
「場を収めてくれて感謝するよ。 まぁ気を楽にしてくれ。頼もしい助っ人も呼んだしな。」
「助っ人?」
木花はキョトンとした表情で反応した。詳細を聞こうとしたが、また馬車が曲がったのだろう。遠心力が掛かり、急いで窓を見て舌打ちをした。
「・・・ちっ!更に新手だぞ。 しかも今度は私兵じゃない! 禁近衛庁の役人だ!」
彼が窓から見た先には、体格の大きい馬に騎乗した重武装の禁近衛庁の騎馬武官達であった。
「おっと、それなら俺達は顔を隠させて貰うぜ。」
木花の報告に12番はそう言って、オタクと一緒に懐から黒い布を取り出して口元を覆った。
「そろそろ追手も僕が全部片付けるね。」
そしてオタクは拳銃を持ったまま、窓から身を乗り出して馬車の屋根に登る。
「木花、アリア。 お前達もいっぱしの戦闘員だろう? 万が一の際には戦って貰うぞ。」
12番の言葉に声を掛けられた2人は力強く頷いた。
ガーハンス鬼神国の陸軍がソウバリンで駐屯している建物に多数の兵士がいた。
そんな建物の敷地内を慌てた様子で走る兵士が大声で彼の先で椅子に座っている1人の人物に声を掛ける。
「少佐殿っ!付近の大通りで領政官が連れ去られたようです! 連れ去った連中の中に領政官の娘と例の日本人も見たとのことです!」
少佐と呼ばれた男はそれを聞いて、ゆっくりと椅子から立ち上がって報告をしてきた部下の方を振り返った。
「そうか。 さっそく罠に嵌まったか。」
そう勝ち誇った様に口元を歪ませた男、ガーハンス鬼神国の陸軍魔術少佐であるレチャード・ドイブルは配下の部下達に指示を出した。
「騎兵中隊に出撃命令を出せ。法国や帝王国よりも先に我々が奴等を捕らえる。」
その言葉を聞いた部下達は一斉に動き出した。指示を出したドイブル少佐も軍帽を被り直して背後に待機している直属の魔術小隊を見た。
「面白くなってきたぞ。」
彼は口角を上げて楽しそうに呟いた。
禁近衛庁の重装騎兵の馬を狙い撃ちして馬ごと強制退場させたオタクは声をあげる。
「最後の1騎を排除した!」
「そうか。 そろそろ頃合いだな。 馬車から降りるぞ。 ここからは徒歩だ。」
「このままこれで逃げるのでは無いのか?」
12番の指示にアリアがそう聞いた。どうやら体調の悪い父を歩かせることに抵抗があるようだ。
「この街中をこの大型馬車で逃げ切るのは到底無理だ。既にこっちが予め用意した逃走ルートがある。 急げ、向こうは待ってくれないぞ。」
それにアリアは渋々ながらも従い、クッダと共に父である領政官の肩に手を回して馬車から下ろす。
「そらよ、お嬢ちゃん。持ってな。」
そこへ御者席に座っていた職員がアリアにグロック19を投げ渡した。アリアはお嬢ちゃんという呼び名に眉を潜めるが彼女はすぐに気を取り直して渡された武器を見た。
「これは・・・?」
「小型化したグロック銃だ。 本当ならもっと女性に優しい奴にしたいところだが生憎それぐらいしか持ってきてない。」
木花が使用しているグロック17を小型化させたグロック19をまじまじと見つめたアリアは手に馴染ませるように構えたり、弾薬の装填をしていく。
「弾は?」
「もちろん用意してるさ。 ほらよ。」
職員が投げ渡して幾つかの弾倉を受け取っていくアリアを横目に12番がこの場にいる全員に声をかけた。
「この先の通りを抜けていく、行くぞ。」
12番を先頭にして一行は人影の無くなった通りを駆け足で抜けていく。
日本国 東京 国防省
日本国防軍の中枢を担う国防省の地下フロアに設けられた1室で多くの職員がパソコンの画面と睨めっこしていた。
一般人がそこに居ればこのただならぬ雰囲気に圧倒されて隅の方で縮こまっていることであろう空間に1人の壮年の男性が入室した。
その場にいた職員達は横目でその人物を視界に納めるや否や、すぐさま起立をして新たに入ってきた人物を迎え入れた。
「大臣 お疲れ様です。」
すかさずこの場の責任者がその男の元まで駆け寄って挨拶をした。
「あぁ、お疲れ。」
それに簡単に応えた国防省の責任者である岩田国防大臣は入室してすぐに挨拶をした責任者に話し掛けた。
岩田国防大臣が入室したここは、国防に関する全ての情報を管理する情報本部の管轄部署であった。
その情報本部の中でも国外に発信される無線等のあらゆる情報を収集に特化された所であり岩田国防大臣はジュニバール帝王国等の動向について調べさせており今回、彼が来たのは列強諸国に大きな動きがあると聞いたからだ。
「本当に連中は大々的に動き出したのか? どこまで把握している?」
「かなり正確なところまで連中の情報は入手しました。 連中の規模、目的地等は既に確定出来るレベルまで来ています。」
「それは確かなのか? 絶対とも言えるだけの根拠はあるのか?」
眉を潜めて聞く岩田に、責任者は近くにあった大型の特殊運用型無線傍受機のモニターを岩田の方に向けて説明をした。
「あの暴動以降から電波収集衛星を帝王国、鬼神国の上空に定めた結果、日に約数万件もの無線を傍受しております。」
「あぁ、それは報告で聞いているな。」
「それらの多くは至って日常的な内容でしたが、数日前を境に傍受数は数十万にまで大幅に膨れ上がれました。 そのほぼ全てが軍の使用する無線です。」
「つまり、それだけの無線を使わなければならない程の大規模な軍を動かしている訳だな?」
「はい。 そこから数百万件の内、機械が自動的に重要な物からそうでない物を振り分けております。 これにより約数千件にまで絞り込むことに成功しました。」
「連中の使う暗号は解読出来たのか?」
岩田からの質問に責任者は自信満々の表情を持って答えた。
「彼等の使用している暗号はどれも原始的な物ばかりですから、我々の手に掛かれば朝飯前ですよ。」
「なら暗号は完璧に解読した訳か?」
岩田の言葉に責任者は僅かに表情を曇らせた。
「完璧・・・と言えば違いますね。 とは言っても暗号のパターンは全て把握しており、最重要無線の内容も全て解読可能です。」
「なら何が駄目なんだ?」
「・・・暗号による文法や形式は問題ないのですが、問題は地名等の固有名詞です。 こればかりは向こうの匙加減で不定期に変更されます。 重要な箇所であれば流石の連中も用心している様子です。」
「だが目的地は特定出来たのだろう?」
「はい。 それについて大臣にお伺いしたい事があります。」
責任者はそう言うとこの部屋の奥にある自分のデスクに閉まってあった書類を取り出して岩田に見せた。
「先日、渡されたこの書類ですが・・・これは一体どこから入手した物ですか? これにはジュニバール帝王国の暗号解読表が載っていました。 しかし少なくとも我々情報本部の部隊がこれを入手する為に動いたとは思えません。
これは誰が入手したのです?」
「役に立ったのか?」
「暗号の殆どは既に変更されてたので使えませんでしたが、ジュニバール帝王国の固有名詞に使用する暗号パターンの参考には大いに役立ちました。 これのお陰でです。」
「・・・その入手先は公開出来ん。 これ以上の追求は処罰も考慮せねばならん。」
岩田はそう言って彼に引き下がるように忠告した。
冗談ではない岩田の表情を見て彼はそこで引き下がった。彼もこんな事で自身のキャリアを終わりにしたくは無いのでそこで疑うことを止めた。
「・・・承知しました。 話を戻しますが連中の目的地の特定に完了しました。」
「その場所は?」
岩田の質問に彼はこの空間の中心部にある巨大な液晶画面を埋め込んだ大きなテーブルの方へ岩田を連れて行き、画面を起動させた。
瞬時にテーブルに埋め込まれた画面に光が宿り彼の操作の元、日本列島とその周辺大陸を画面に映させた。どうやらこの世界における日本の経済圏の領域内を映したようだ。
日本列島の周囲を囲うように大小様々な大陸が映し出されていく中、彼は1つの大陸を指差して岩田に告げた。
「両国との無線内容を解読した結果、連中が上陸してくるのは、この大陸です。」
彼が指差した大陸を見て岩田は、厳しい表情をした。
「バリアン大陸か…面倒な。」
ガーハンス鬼神国等が目的地とする場所は日本の経済圏内のギリギリに位置する極東の大陸であり、距離も離れている故に日本の影響力が他の経済圏内の大陸と比べても低い大陸であった。
しかもバリアン大陸は日本側に面する西側地域のインフラが未開発区域が多く、逆にガーハンス鬼神国等が向かってくるであろう東側の地域はインフラ開発がある程度ではあるもの整備されていたのだ。
これは旧オーマバス神聖教皇国が東側の列強諸国との外交の窓口にしようと東側大陸の開発を推進していた事が理由である。
そんな岩田の反応を聞きながら彼はバリアン大陸の東側をアップさせてより詳細を説明する。
「連中はこのバリアン大陸の北東にある港を利用して軍を上陸させる計画の様です。」
「・・・確認なんだが、連中は本当に我が国に軍事行動をするつもりなんだな?」
「もはやそれは確定です。この2ヶ国はバリアン大陸に一旦、前哨基地を設置して補給路の確立をしてから、着実に我が国の経済圏内にある大陸に次々と上陸するという計画を飽きる程に傍受しています。」
「・・・推定される敵の戦力は?」
岩田は明確に敵という単語を使用して目の前の男に聞いた。
問われた彼は、少しの躊躇をしてから静かに答えた。
「推定ですが・・・50万は下らないかと。」
「50万だと・・・っ!」
予想を越える規模に岩田は憎々しげに顔を歪ませた。
「無論これは推定ですし、後方の支援部隊を含めての数です。」
「だが前後した所で大した規模じゃないか。奴等は数年前からこれを計画していたな?
てことは世界会議の地点で既に準備をしていたのか…」
それだけの規模の兵力を暴動以降の短期間に動員するのは不可能だと岩田は考え、これは何年も前から年密に日本を攻撃しようと裏で動いていた2ヶ国に眉を潜める。
「それは、確かでしょう。 参加する国は列強2ヶ国以外にも居ますからね。」
「何だと?」
「僅かではありますがガーハンス、ジュニバールの傘下にある準列強国等の幾つかの国々も出兵するようです。」
彼はそう言うと偵察衛星で真上から撮影された装甲艦と言った前時代も良いところの軍艦がガーハンス鬼神国とジュニバール帝王国の港に集結している写真を表示させた。
「・・・劣兵の役割か、陽動用として利用するつもりか。 続けてくれ。」
「はい。 まず第1陣として鬼神国と帝王国と一部の傘下国による数万規模の上陸部隊がバリアン大陸のこの港経由で上陸。
その後は後続の第2陣の到着を待ちながら大陸内の周辺諸国を制圧するようです。」
「現地の連中からしたらひとたまりも無いな。 いや、その前に降伏するか。」
バリアン大陸には準列強国は居らず、最大でも高度文明大国が1ヶ国だけで後は中小国や都市国家等の零細国家しか居ない。
「まぁ、まず上陸付近の国々は即降伏でしょうな。
もともと我が国との交流は殆ど無かったうえに謎の異世界からの国よりかは元からいる国と御近付きになりたいのが本能でしょうし。一先ずは奴等の上陸を様子見ですか?」
彼の最後の言葉に岩田は首を横に振った。
「それは外交的に不可だな。 外務省がそれを許さないし、私も賛同出来ない。」
ここで経済圏内の大陸の侵攻を黙認すればその同様はバリアン大陸だけじゃなく、経済圏内全体に広がるのは想像に難くない。
今の日本は周辺の大陸からの資源を頼っている状態だ。 本土付近にある島々からも採掘しているがその島々だけでは1度に採れる資源量で日本の消費量を賄う事は出来ない。必ずどこかで躓くであろう。
そんな中でバリアン大陸を見捨てたと周辺大陸に広まればその大陸諸国等がいつ日本に反旗を翻すか分からない。
日本との距離が離れているから仕方なかったなんて話は勿論、彼等に通じる筈がない。同じ経済圏内の諸国を見捨てたという事実は彼等の心情を揺さぶり続けるだろう。
そうなれば日本はガーハンス等だけの正面の敵だけじゃなく背中の友好国にも注意を向けなければならなくなる。
そして今の日本にそれらを構ってやれるだけの余力は残念ながら無い。故にバリアン大陸の情勢を座して見る選択は有り得ない。
「・・・第1陣はいつ頃、この大陸に到着する。 それとより具体的な数字を出せ。」
「未確定でよろしいならば、第1陣の兵力は6個師団規模の数万相当のようです。
いつ頃かと言いますと、まだ準備中らしいのでそれを考慮すると・・・」
暫く熟考した後に彼は答えた。
「短く見てあと3ヶ月位の猶予はあるかと。その期間で動かせますか? 国防軍を。」
「すぐに動かせる師団ならある。」
岩田の言葉に彼は複雑そうな表情をする。
「・・・それは『鬼の師団』ですか?」
鬼導院中将が率いる第14師団の異名を挙げた彼に岩田は頷く。
「不服か?」
「それはまぁ・・・あの師団長の良い噂は聞きませんから。」
恐ろしくブッ飛んだ思考を持つだとか、防衛大学校時代には教官と何度も言い争いになったとか、指揮幕僚課程の試験の自由回答の偏った内容のせいでギリギリで合格した等と良い噂は全く聞いていなかった彼は渋い反応だ。これで良く師団幕僚長になれたものだ。
それを知っている岩田は苦笑いしながら言う。
「現状、すぐに動かせて、そこそこの装甲戦力に対空戦力、高い機動力を持つ師団は奴の師団しか居ない。」
「そうなんですがね・・・」
「すぐにバフマン王国にいる第1即応機動艦隊等も戻す。 お前達は更なる詳細を調べろ。」
「承知しました。」
岩田は退出したその足で事の詳細の報告の為に首相官邸へ向かった。
場所は戻りバフマン王国 ソウバリン
徒歩で移動する木花達は急ぎ足で追手から逃れていた。
「このまま進めば回収地点まで真っ直ぐだ。」
「それまで何事も無ければ良いんだがな…。」
木花の呟きにクッダが反応する。
「ここら一帯は俺達の同志が一斉に敵を襲撃して撹乱させている。 この道を進んでる俺達を見つけるのは困難だろう。」
どうやらヨルダン一派の反列強同盟は領政官の救出と同時に複数の目標を襲撃させているようだ。
現に彼等の耳に、至る所で銃撃音が聞こえており、撹乱としては一先ずは成功していると考えても良いだろう。
「大した奴等だな。 列強と本格的に事を構えるとは。 そんなにその宰相さんは慕われてるのか?」
12番の呆れとも捉えれる口調に、クッダは少し表情を歪ませるがそのすぐ後に領政官を支えていた若き青年が口を開いた。
「当然だ! 旦那様はお前達、列強共に追われてた我々を気にかけてお救い下さった御方だ! お前達が考えているよりもずっと偉大な方なんだぞ!」
そう力強く力説する青年に近くにいた木花が彼の頭を叩いた。
「痛っ!?」
「声が大きい。 しかし、そんなお偉いさんが今や反逆者の身になるとはな・・・」
「なんだとっ!?」
「落ち着くのだ。 キハナ、そなたも煽るな。 それと、それは私の父を愚弄しているのか?」
「おっと失礼しました・・・」
アリアの鋭い視線を向けられた木花は少し慌てて謝罪した。中々に迫力のある気迫に木花は冷や汗をかく。
そんな様子を見たオタクは面白そうな表情で12番に話し掛ける。
「あれは尻に敷かれるタイプだね。」
「結婚したら苦労するだろうな・・・」
珍しく12番も性格の悪い薄ら笑いで木花達を見てオタクに同意した。
そこへ2人とは別の職員が2人に声を掛けた。
「おい、向こう側でヨルダン一派の連中らしき集団がいるぞ。」
その言葉に一行は全員が職員が視線を向ける方向に目を凝らした。
すると確かにその視線の先には、スペンサー銃を装備した多数のバフマン人が大きな通りを封鎖するように展開していた。
「あぁ…間違いない。叔父さんの同胞達だ。」
「良かった! この近くにも居たんだ。 おーいっ! ここだぁ!」
クッダの言葉に隣の青年が彼等に自分達の存在を知らせようと声を挙げるがその瞬間、通りにいた彼等は横道から現れた猛突進をしてくる騎馬隊に蹂躙された。
その突然の出来事に裏路地で見ていた一行は武器を構え始めた。恐らくあの騎馬突撃で通りの同胞の多くは殺られたであろう。
「っ! 改新派の連中か!?」
「いや、あれは違うな。」
クッダの言葉に、12番が一瞬だけ見えた騎馬隊の装備を思い返して答えに辿り着いた。
「・・・ガーハンス鬼神国の騎兵部隊だな。」
「あちゃ、列強国ももう動き始めたかぁ。」
オタクは苦虫を噛み潰したような表情でそう反応した。
そんな2人の反応の間に騎馬隊の1人が裏路地にいる一行に気付き、此方の方を指差して仲間を呼ぶ素振りを見せた。
「ちっ、こっちに気付いたぞ! 引き返すか!?」
木花の言葉に後ろを振り返っていたクッダから返答が返ってきた。
「いや、後ろもガーハンスの歩兵が来てる!」
木花達の退路を塞ぐように小隊規模のガーハンス鬼神国の歩兵が出現した。
「囲まれたぞ! どうする!?」
「回収地点の最短ルートはこの先だ。 あの騎馬隊を片付けるぞ。 正面突破だ。」
12番がそう言い終えると、公安の職員であるオタク達が一斉に正面の騎馬隊に発砲した。
馬を的確に狙って発砲された騎馬隊は次々と落馬していくが、すぐに別の騎馬隊が臨機応変に対応して木花達一行の方へと突進して来る。
「数が多いぞ!」
「別に弾もそんなに多く持ってきて無いんだけどなぁ!」
「良いから撃ち続けろ!」
職員とオタクの苦言に12番は一蹴して後ろを振り返った。
後方は歩兵部隊をこれ以上近付けさせまいと木花とアリアやクッダが各々の武器で牽制しており、此方の加勢は期待出来そうに無かった。
(これは万事休すか・・・)
12番がそう心の中で呟くと、彼等のいる裏路地に面した建物の扉が開いて、2人組の男が現れて何かを両側のガーハンス鬼神国の兵士達に向けて放り投げた。
「ぐぁ!? 何だこれは!?」
2人組が投げた物は煙幕の様で、瞬く間に大量の煙がガーハンスの兵士達を包み込んで彼等の動きを封じ込めた。どうやらこの2人組は此方の味方の様であった。
更には裏路地の両側の建物屋上からも複数の人影が現れてガーハンスの兵士達を火縄銃で狙撃していった。
その新たな参入者を見た木花は目を見開いて、思わず声を上げた。
「お前達は!?」
「旦那方っ! こっちですよ!」
「急いで急いで!」
先日、PCを見つけたイルシク万物店の店主イルシクとその弟分であるチョルシクであった。彼等は手を伸ばして木花達にこっちへ来るように誘導した。
この思わぬ助けに一行はすぐさまその扉の方へと駆け込み、全員が入ったのを確認するとイルシクは勢い良く扉を閉めた。
扉を閉めた後に近くにあった家具を手際よく扉の前に移動して簡単には開かないようにしたイルシクは一行の方を振り返った。
「いやぁ、危ないとこでしたねぇ。」
そう額に涌き出た冷や汗を腕で拭って安心したように言うイルシクにアリアが声を掛けた。
「何故、私達を助けた? それにここに居た理由は?」
「何故? 愚問ですなぁ。」
そんなアリアの問い掛けに、イルシクは拳を己の胸の前にまで持っていきこう答えた。
「同じバフマン人たるもの、それも見栄麗しい女性を助けるのに理由がありますか?」
そう自慢気に言うイルシクを横目にチョルシクが本当の理由を答えた。
「私達は依頼されただけですよ。」
「依頼? 一体誰にされた?」
チョルシクの言葉に木花が聞いた。それにチョルシクは別の部屋へと通じる扉の方を見て声を掛けた。
「お呼びですよ。」
すると扉が開き、木花はその扉を開けた人物を見て驚きの声を上げる。
「な!?」
その人物を見た木花の反応にアリア達は怪奇気味に顔を傾けるが、そんな木花以外にも同じ反応をした人物がいた。
「お主であったのか・・・」
領政官であった。
そして2人にそんな反応をさせる人物は一歩前に出て名を名乗った。
「キハナ様、バンウォン様、お久しゅうございます。『グストン・ホテル』の支配人アイラ・ミリスで御座います。」
木花が利用していたホテルの女支配人であるアイラであった。
木花はそう言えばあの暴動以降、一度も会っていなかった事を思い出したが、何故ここに彼女が居るのかと、領政官が彼女を知っているのかという2つの疑問が残った。
それは周りのアリア達も同様で、クッダが領政官に聞いた。
「旦那様、この者をご存知で?」
「そうだ・・・そなたの叔父ヨルダンと同じように彼女も反列強組織を率いている者だ。」
「っ!?」
「はい。バンウォン様には随分とご贔屓にさせて頂きました。お陰様でこうしてホテルの支配人になれました訳ですわ。」
領政官の言葉に木花達は驚愕した。そして12番が納得した様な表情で話す。
「成る程、考えたんだな・・・『グストン・ホテル』は確か列強人御用達の宿泊施設。
その支配人なら列強に関する様々な情報が自然に手に入る訳だからな。」
そんな12番の推測にアイラはクスクスと口元を隠して上品に笑う。そして木花は複雑な心境でアイラに話し掛ける。
「てことは俺達、熊光組と接触したのも…」
「はい、ご想像の通りです。しかし最初は新たなる列強国の情報が目的でしたが、厄介な御客様を追い払って頂いた御恩を御返ししたかったのもありますわ。それから…」
彼女は笑顔でそう優雅に言い終えてから一変、悲しそうな表情へと変わり、木花と目を合わせる。
「クッコウグミの皆様の事は私にも聞き及んでおりますわ。 お悔やみ申し上げます。
・・・イオカさんも本当に残念ですわ。」
彼女の心境は分からないが、表情から見て少なくとも嘘はついていなさそうだ。
「あぁ…ありがとう。 あいつ等も少しは報われるだろう。」
そうして2人との間に神妙な空気が流れようとした中で、イルシクとチョルシクが急かすように言う。
「あ、あの! お話もその辺に!」
「追手はまだまだ居るんですよ!」
その言葉にアイラが木花達に言った。
「そうですね。まずはここから離れましょう。私についてきてください。」
「だってさ。どうする?」
アイラからの誘いの言葉を受けるのかオタクは12番に視線を向けた。
「選択肢は無いからな。 それじゃアイラさん、道案内を頼む。」
アイラはその言葉に静かに頷いて、彼等一行を連れてその場から離れた。
幾つかの建物を出たり入ったりを繰り返して一行を先導するアイラはある通りに出た所で振り返った。
「ここまで来れば貴方方の仰る目的地にだいぶ近付けたかと。」
「感謝するぜ。 お陰でかなり短縮出来た。」
12番はそう感謝の言葉をアイラに言うと、彼女はにこやかに笑い、領政官の方へ視線を向けてこう告げた。
「私達が出来るのはここまでです。 御無事をお祈りしております。」
「礼を言うぞ。 私は必ず戻ってくる。」
領政官の言葉を聞いてアイラは安堵したようにほっと息を吐くと、今度はアリアの方を見る。
「アリアお嬢様もどうか御無事で。」
その言葉にアリアはバフマン式の最大の感謝のお辞儀で返した。
「この恩はいつか必ず報いるぞ。」
「期待して待っておりますわ。 ただ、その時には・・・」
アイラはそこで木花に視線を向けてアリアに戻すと意地の悪い表情を浮かべてこう言った。
「是非とも『御夫婦』で当ホテルに来てくださいませ。 新婚旅行にでもご利用して下されば光栄ですわ。」
「っ!?」「ぐぅ!?」
その言葉にアリアは顔を真っ赤に、そして木花は心臓を掴まれたような声で小さく叫んだ。
「あ、アイラ、どこでそんな情報を・・・」
「あら、私も新聞を読みましたわ。 あれだけ大々的に報道されたのですから。
少なくともこの街で知らぬ者などおりませんわ。」
そうアイラはクスクスと今度は性格の悪そうなしかし、品を崩さない表情で微笑んだ。
「っ!・・・」
木花はそこで背中から冷たい視線を察知して恐る恐る後ろを振り返った。
そこには信じられない程の鬼の形相で睨み付けるクッダと領政官の2人がいた。
「おいキハナ、状況が落ち着いたら少し話がある。 あの号外と写真について詳しく聞かせて貰うぞ。」
「あ、あぁ、勿論だ・・・」
クッダの鬼の気迫に思わず押された木花はそう力なく言った。
「兄貴、あの様子だとやっぱり・・・」
「うむ、間違いない。 やはりあの旦那とお嬢様は互いに好意を抱いていたんだな。
思えば最初に見た時も随分と仲良さそうにしいらしゃった・・・」
イルシクとチョルシクとの会話が一行の間に嫌な位に良く聞こえたのが余計に木花の立場を窮地に追い込んでいく。
それを12番が助け船を出す形で口を開いた。
「お喋りもその辺にしておけ。そろそろ行くぞ。」
それに便乗するように木花は動いた。
「そ、そうだな! ほら行くぞ!」
そしてアリアも空気を変えるように言う。顔は未だに赤いが…
「その通りだ! ほらっ、師匠も父上も急ぎましょう!」
ギスギスとした一行だが、離れていく様子をアイラ達は静かに見送った。
「・・・して、アイラさん。 俺達はこれからどうすればいい?」
イルシクはアイラにそう聞いた。
「イルシクさんとチョルシクさんのお二人は計画通りに彼等の支援をお願いします。
偵察隊からの話では強力な魔力を持つ列強軍人がヨルダン様一派を次々と撃破している様です。」
「分かりました。 では俺達は影で支援をして来ます。 行くぞチョルシク。」
「はい兄貴!」
「・・・何だ貴様等?」
何度も妨害してくる反列強同盟のバフマン人を蹂躙して進んでいたドイブル中佐は通りを塞ぐように隊列を組んで邪魔をする目の前の部隊を睨んだ。
「中佐殿、奴等は日本の国防軍です。」
後ろに控える部下からの報告に、ドイブル中佐は更に眼光に鋭さを入れて睨んだ。
「何のつもりだ? そこをどけ! 日本人!」
ドイブル中佐の怒声にも全く怯む様子の無い日本国防軍。
これに更に怒りを増長させたドイブル中佐だが、そこへ日本側から声が掛かる。
「ここから先は我が国の大使館がある。そこへ武装した他国の軍人が大勢押し寄せて来てるんだ。 我々の対応は正当なものである。」
30名前後の国防隊員等の間を割って出るように現れた2人の男性に視線が集中した。
そのもう2人の内、片方の男性姿を見たガーハンス鬼神国の兵士達はどよめく。
それは全く持って異様な姿をした武装をする者がおり、彼等を驚かすには充分なものであった。
しかしドイブル中佐だけはそんな反応を見せずに新たに現れた2人に声をかける。
「なんだ貴様等は?」
「日本国国防軍の海征団所属、朝原治中佐だ。そしてこの隣にいるのは・・・」
先ほど声を上げた男性が最初に名乗り、次に隣の異様な装備をした男に視線を向けた。それにドイブル中佐達も向いた。
全員の視線を向けられた男は口を開いた。全身を漆黒の防弾装備に纏われているせいで見えないが。
「特殊急襲制圧部隊、臨時大隊長の南原龍光だ。 ここから先は断じて通さん。」
そう南原が言うと後方から完全武装をした特急部隊が駆け寄り、通りを完全に封鎖した。
「貴様等・・・」
「列強間の条約では各国の大使館の半径800m以内の軍の侵入は禁ずる内容が記載されていた筈だ。 他の道を通れ。
とは言ってもこの付近の道は先日の暴動のせいでまだ使えないがな。」
突如として昇格した南原はそう挑発するようにドイブル中佐に言う。
それにドイブル中佐は青筋を立ててこう怒鳴った。
「連中はバフマン人共と結託した日本人を逃がすつもりだ! 踏みにじってやれ!」
ドイブル中佐はそう言うとあっという間に南原の前にまで近付くといきなり南原の胴体に強化された拳で殴った。
「な!?」
(いきなりかよ!?)
その衝撃波と急な動きに隣にいた朝原中佐は慌てて近くに現れたドイブル中佐を見た。
しかしドイブル中佐の表情は驚愕したように顔を歪ませていた。
普通ならば吹き飛ぶ筈の彼の強力な拳を平然と受け止めた南原は防弾兜の真っ赤な目玉越しから彼を睨んでこう言った。
「アイツ等の情報通りだな。 お前は短気で魔力だけで昇進したもんだから挑発したらすぐに拳を振り上げる
・・・そっちが先に仕掛けたんだぜ?」
南原がそう言い終えた瞬間、今度は御返しと言わんばかりに南原の拳がドイブル中佐の顔面に殴り込んで彼を吹き飛ばした。
「中佐殿!?」
自分達の上官が吹き飛ばされたのを見たガーハンス兵達は南原を驚愕の表情で見た。
「おら、来いよ。」
「なんて事だ。 大使からは穏便に済ませろと言われたのに・・・」
南原は嬉しそうに、そして朝原は血の気が引いた様子でそれぞれ呟いた。
次回はなるべく早く出せるように頑張ります。
どの展開を書いて欲しいかご意見があれば何なりと…書けるかは分かりませんが。
大戦を速く書いて欲しいなら感想で言って頂けると意識して書きますので…
(正直、展開の出し方にアイデアが出なくて執筆がなかなか進まないのでご意見があると大変助かります。)




