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強化日本異世界戦記  作者: 関東国軍
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第72話 話し合い

第72話 話し合い



1通り殴り終えた男は、嵌めていたグローブを外して、少しの休憩をする。


「これぐらい、やっとけば充分か?」


誰に声を掛けたのかを察した、オタクは話し掛けてきた同僚に答える。


「良いんじゃないの?」


「そうか・・・なら、また質問しようか木花君。」


男はそう言うと、椅子に座り直して力無く頭を垂れる木花の頭を掴んで無理やり上げた。


容赦なく殴られた顔は、所々に血が付いており、顔をあげられた木花は口元から血を流した。恐らくは口の中を切ったのだろう。


「えっと、話を纏めると・・・売却した銃は先代組長が保管していたスペンサー銃とブラックマーケットで入手したレムリア連邦のディムイドⅡ歩兵銃と各種弾薬を反列強同盟に売った・・・でいいのかな?」


オタクは先ほどまでの聴取の内容を纏めて、木花に確認をする。


のだが、とうの木花は何も言わない。それに焦れた男が、乱暴に掴んでいた木花の頭を激しく揺らす。


「聞いてるのか? えぇ? その売却したヨルダンっていう連中の隠れ家はどこだ!?」


それで漸く木花は顔を自分から上げて、掴んでいる男の顔を睨んだ。


「なにを睨んでるだ。この糞野郎がっ!」


それに気分を害した男が再度、木花を殴り付ける。


「・・・まぁ、ホドホドにねぇ。」


オタクは、同僚の乱暴な拷問に嫌気がさすと、後ろの扉を開けて部屋から出る。


「よぉ。どうだ、奴は? あれから詳細は聞き出せたのかぁ?」


部屋から出たオタクに、先ほどとは別の同僚が声を掛けてきた。彼はテーブルの上に足を組み読んでいた現地の新聞から視線をずらして自分を見た。


「いいや、何も吐いてないよ。」


「そうかい。」


オタクがそう言うと、同僚は興味をすぐに無くして新聞に視線を戻して、今も木花に拷問をしている同僚を呆れた顔で呟く。


「・・・アイツもせっかちだな。 もう少しで専門家が来るってのに自分から仕事を増やすんだからな。」


その言葉にオタクは同意すると言わんばかりに首を激しく縦に揺らした。


「ところで・・・あの美女は?」


そんなオタクからの質問に、誰のことを指しているかを察した同僚は新聞に埋めていた顔を上げて答えた。


「あぁ・・・あのお嬢ちゃんなら、まだ不貞腐れてるぜ。飯も録に食ってないらしい。」


「そうなの?」


「全く健気なもんだぜ。ひとしきりに宰相の娘に何をするとか、やらねば成らない事がある、と喚いたと思ったら今度は『キハナは何処におるのだ!? お前達、キハナに何をしたのだ!?』ってずっと聞いてくるんだぜ?」


「やっぱデキてるのかなぁ?」


オタクの予想に、新聞を読んでいた同僚は、心の底からの嫉妬の声を出した。


「けっ・・・相手はピチピチの18歳で、しかもあのルックスと来た訳だ。 何だって反社の奴がモテて世の真面目な男共は独身ばかりなんだかな。」


「世の中腐ってるぜ・・・」と吐き捨てるように呟いた同僚はそのまま新聞に顔を埋めた。そんな彼を横目に、オタクは更にその部屋から出る。


オタク達はいま、王都ソウバリンにあるとある建物の地下室にいた。その地下室の角のほうにある部屋にまで歩いたオタクはノックもせずに扉を開けた。


「入りますよぉ。」


そう言ってオタクの視線に入ったのは、とても簡素な内装をした部屋であった。


室内にはランプの置かれた台に、簡素な作りの寝台と食事用の机があるだけだった。そしてその寝台にはアリアが毛布に踞っていた。


オタクは食事用の机を見て、アリアに物申した。彼が見た机の上には、放置されて既に冷めきった大麦スープが置かれていた。


「まだ何も食べないんすか? いい加減に何か腹に入れないと駄目っすよ。」


「・・・」


しかしアリアは何も反応しない。そんな彼女の無反応も既に慣れたオタクは開けていた扉に背中を預ける。


「何だって領政官の娘が、他国の人間をそこまで気に掛けるんすか?」


「・・・」


「はぁ・・・アンタ等がここに来て2週間が経過しました。 いい加減にお嬢ちゃんの方から情報を吐いてくれます? あまり自白剤の類いは使いたくないんですよ?」


「副作用が酷いから」と付け加えるように言うと、そこで初めてアリアがくるまっていた毛布から顔を出してオタクを見る。


経緯は知らないが彼女は防弾製の服を身に纏っている姿を見て、オタクは眉を潜める。


初めて見た時と比べると、少し痩せていた。慣れない監禁生活に、様々なストレスによりだいぶ窶れているのが分かる。


そんなアリアが彼を睨むように言う。


「貴様等・・・私達にこんなことをして、只ですむと思うのか? 必ずお前達を後悔させるぞ。」


「近い内に滅ぶ国の宰相なんて怖くないすっよ。」


「バフマン王国は滅ばない! 列強なんぞには決して屈しないのだ!」


(こりゃ、駄目だな・・・)


オタクはそうみきりを付けると、踵を返してアリアのいる部屋から出た。ちゃんと扉の鍵を施錠するのは忘れない。


地下室から上がって、建物1階の大部屋に入ったオタクはそこで最も親交のある同僚と目があった。


「おうオタク、お前か。」


「オタクって・・・ここの連中はなんで俺をそんな風に呼ぶのよ。」


「お前の素性がそれ以外明かされてないからだろうが。自分が零課の特殊職員だって事を忘れたのかよ。」


「分かってるよ、12番さん。」


オタクはそう言うと、12番の男の座っている長椅子の隣へと座った。


「それで、外はどんな感じなの?」


隣に座ったオタクは、先ほどまで外の様子を偵察していた12番に聞いた。


「街の復興は進んでるには進んでるが、列強・・・特にガントバラス帝国の連中が、手当たり次第に現地人を暴徒の参加者として連行している。大した証拠も無くな。」


「ふぅん。」


「補足しとくが、その中にヨルダンと呼ばれている爺いは居なかった。」


「日本の様子は?」


「特急隊員の大部分は撤収したがまだ一部の部隊が海征団と一緒に大使館に駐屯してる。民間人は昨日無事に全員の避難が完了したらしい。

だが肝心の艦隊はまだ遥か彼方だな。最初のチェーニブル法国の嫌がらせがだいぶ効いたらしい。

そんでもって海征団の主力部隊は他の列強と一緒に地方で抵抗している暴徒達の対応に駆り出されてると来た。」


「うちの国はだいぶ対応が遅れてるねぇ。」


「全くだ・・・難儀なものだな。」


「・・・ねぇ? 木花とお嬢さんの2人は最終的にどうすんのさ?」


「あん?・・・そりゃ木花は、武器の密輸に白昼堂々と乱戦までしてたんだ。 警察に引き渡せば、技術流出罪やら殺人罪とかその他諸々の余罪で死刑だろ。

まぁ、世間に公表することなく上からこっちで消すように指令が来るだろうさ。

あのお嬢ちゃんは・・・まぁ、薬である程度の記憶を消させて解放だろうな。問題は薬の副作用で深刻な記憶障害が起こるかも知れないが滅び行く国の奴なんて気にかける程、余裕はねぇからな。

気の毒だが、上からの指示だ。あの2人は近い内におさらばするよ。」


「情報は? まだ武器を売った位しか吐いてないんだよ?」


「そんなもん、専門家がもう少しで到着するんだから、ソイツに任せて全部吐かせればいいんだよ。

たくっ・・・あの野郎は素人の癖にでしゃばるからいけねぇ。」


「ちょっと良いこと考えたんだけどさ・・・あの2人をこっちで雇うのはどう?」


オタクの言葉に、12番は笑った。質の悪い冗談だととらえたようだ。


「いや、本気で言ってるよ。」


「・・・他の連中には言うなよ? 俺以外の奴等はみんな、大なり小なりヤクザ共と良い思い出なんてねぇからよ。」


「でも、あの金髪の美女は勿体なくない?」


「お前・・・あの子の腹を殴っただけじゃなくて、そんな事まで・・・」


12番は、隣のオタクがそこまで屑だったという事実に軽く引いた。それに慌てて弁明をするオタク。


「違うよ!あれは本当に警戒して・・・というのな置いといてよ。 あの子の射撃の才能は、余りにも惜しすぎるのよ。 映像は見せたでしょ?」


「まぁな。」


12番は、オタクが密かに撮影していた特急隊員南原との射撃シーンの映像を見ており、アリアの驚異的な射撃の腕を疑っていなかった。


「だがな、映画や漫画じゃねぇんだ。 日本人でもない奴と反社を公安が引き入れるなんてシャレにならないのは分かるだろ?」


「でも、彼女は世界最高峰の射撃能力を持っていて戦闘技術も、本職の奴には遠く及ばないけど、訓練させれば化ける可能性は全然あるし・・・木花は裏社会に詳しいから公安の今後の活動に重要な情報提供者になるよ?

それにもう本土では彼に帰る家なんてないんだよ?

なら全力で俺達の為に働くとは思わない?」


「それは確かにそうだが・・・木花は知らないんだろ?・・・本土で自分達がどんな状況になってるかだなんて」


12番の言葉にオタクは当然と言わんばかりの表情でコクンと頷いた。それに12番は目頭を指で押さえるような仕草をした。


木花達が在籍する熊光組は既に・・・


「あぁそうだよな・・・それを奴が聞いて正気を保ってられるのか? 自暴自棄になる可能性があるだろ?」


「でもまだ若いから、裏社会にそこまで思い入れなんて無いと思うよ。」


オタクのしつこく誘ってくる様子に、12番は心配そうに彼を見る。


「どうしたんだお前? なんだってあの2人にそこまで肩入れする。 まさか本土でも関わっている標的に情けを掛けてるのか?」


「そんなまさかっ!」


「だったら何だってそんなにあの2人を気に掛けるんだ?」


「・・・あの木花とウンサンって奴の会話を聞いてたでしょ?」


オタクは木花の携帯から盗聴していたウンサンと木花達との会談の内容を思い返す。


「それが何だ?」


「ウンサンとの接触手段を明確に持っているのはあの2人だけだ。 ならあの2人を利用してウンサン達率いる反列強同盟の情報を得るのはどうかな、て思ったんだよ。」


「まぁ、それを上も考慮したらしいが・・・下手に日本人が連中と関わってる事が他の列強の耳に入れば不味いだろ? 多分、上は拒否するぜ。」


「でも手綱をこっちが握っておけば、なにかと良いと思わない?」


「・・・分かったよ。お前がそこまで言うなら俺も少し協力するよ。 このまま断ってもお前、しつこく言ってくるだろ。」


「ありがとう!パパっ!」


12番の諦めたように言う言葉に、オタクは嬉しそうに抱き締めた。それに彼は思い切り嫌がった。


「やめろっ!離せっ!気持ち悪い! 誰がお前のパパだ!?」


そうじゃれ合う2人の元へ、12番とは別に外回りをしていたもう1人の同僚が慌てて扉を開けて2人の前に現れた。その手にはなにかの紙を握り締めていた。


「大変だっ! 17番が来れなくなった!」


「はぁ? なんでだよ?」


17番とは公安所属の拷問の教育を受けた職員であった。今回はその彼が木花を拷問をする手筈だったのだ。それを把握している2人は知らせてきた同僚に詳細を聞き出す。


「アイツ・・・港に到着した途端に病気にかかっちまいやがった! あれだけ風土病には気を付けろつったのによ!」


その言葉に2人は納得した。一応、職員達は全員この国に向かう際に予防接種を受けてはいたが、それでも完璧とは行かないことは稀にある。今回は運悪く彼がそうなってしまったようだ。


「マジか・・・ならどうすんだよ。あの下手くそに任せたら死ぬぜ?」


12番が頭をかきむしりながらそう言っているのを隣にいたオタクが好機と言わんばかりに1つの提案をした。


「この際、面倒だからあの2人を解放したら?」


「はぁ? おいオタク、急に何を言ってるんだ?」


外回りをしていた同僚が目を丸くして聞いてきた。


「さっきからこの調子なんだよ。 お前・・・俺達が1週間もの間、あの2人を監禁してるんだぞ?

今さら解放したらどうなるかなんて・・・しかも女の方は宰相の娘だし。」


「あれ? 知らなかったのか? あの宰相はいま失脚したぞ。」


「なに?」 「お?」


2人はほぼ同じタイミングで声をあげた。2人の視線が集まったのを察知した同僚が握り締めていた紙を広げて2人に見せた。


その紙はどうやら今日の朝、急遽張り出された号外の新聞のようだった。


「なんて書いてるんだ?」


まだバフマン文字が読めない12番が内容の詳細を持ってきた同僚に聞いた。


「まぁ要約するとだな・・・先日の暴動は領政官等を筆頭とした保守派の重臣達が国民を煽動をして起こったと容疑を懸けられてな。禁近衛庁が保守派の連中を次々と投獄している。」


「ほう・・・」


「そんでもって、改新派の重臣達がこぞって領政官等の一族も投獄の上奏を提出してる。近い内にあのお嬢ちゃんも指名手配されるだろうな。 下手したら一族郎党全員の死刑も有り得るな。 」


「本格的にこの国はヤバいぜ。」そう言って腕を組んだ同僚。


「今ならあのお嬢ちゃんを解放しても対して影響はないんじゃない?ちょっと口止めをしたら・・・」


そこへオタクは12番にまた提案をする。


「バカ。どう口止めをするってんだ。 あのお嬢ちゃんはこっちを相当恨んでるだぞ?」


その言葉にオタクは、先ほど自分を睨んでいたアリアの表情を思い出したが、すぐに首を振る。


「領政官が失脚したいま、あのお嬢ちゃんの立場は危ない訳だ。て、ことを逆手に取って・・・」


「俺達で保護するってか? 何のメリットで俺達がそれをするんだ?」


彼の言葉に、オタクはにやりと笑って先ほどの会話を繋げた。


「そこでよ。 ウンサン達との連絡が取れるのはあの2人だけ。 だけどあのお嬢ちゃんが改新派に捕まったらそれも無くなる。 更にはあの子の口から木花との関係やら何やらを吐かれるかもしれない」


そこで意図を察した同僚が続きを言った。


「そうなる前に此方で保護&ウンサン等の言う『支援者達』の尻尾を掴む手掛かりを探す。って感じでいいのか?」


そこから更に、黙っていた12番も続ける。


「俺達は、20式を奪った連中の手掛かりを握れて、あの狙撃の天才女を抱かえ込めるってか?」


「うん。」


自信満々に頷くオタクの頭を同僚が叩いた。


「いたっ!?」


「危険が多すぎる・・・あの狙撃の腕で俺達の背中を撃ち抜かれたらヤバいだろうが。そもそも俺達の存在は誰にも知られてはならないんだぞ。」


「この馬鹿は特急隊員の1人に漏らしやがったけどな。」


「はぁ!? てめぇ馬鹿じゃねぇのか!?」


同僚が思わずオタクの首を締める。それに慌ててオタクが弁明をした。


「お、落ち着いて! 彼の監視はちゃんとしてるから! 素性も調査済みだし!」


「そいつの言う通りだ。それに・・・悪くない考えではある。」


「マジで言ってるのか? 俺達が外部の人間を引き込むってか?」


「俺達の中に魔法を使える奴はいないだろ? あのお嬢ちゃんなら魔力を持っているんだから魔法を使えるだろ。 魔法を行使出来る奴を確保出来るのは大きい。 あとは純粋に、あの実力を捨てるのは余りにも惜しすぎる。」


「とは言ってもなぁ・・・上が認めるのか?」


「なにか合ったらこいつが責任を持つ。だからこいつの提案に乗ってみよう。」


12番はそう言ってオタクの肩を叩いた。それにすっきょんだ声をあげるオタク。


「え?」


「当たり前だろうが。 お前の提案なんだから、お前が責任を持てよ?」


「まぁ、お前が責任を取るなら良いか・・・」


「えぇ~」


嫌そうなオタクを放置して、12番は木花達の処置を行う為に動く。








急に拘束を解かれたと思ったら痛む身体の状態で無理やり通路を歩かされていく木花。


「さっさと歩け。」


片足を引き摺るようにして歩く木花を、囲むように一緒に歩いていた男が木花の背中を押した。


「おい、さっきまでこっちはアンタ等に拷問されてたんだぞ? もう少し考慮しろよ。」


木花はそう苦言を申すが、男は無視して木花を案内する。それに溜め息を漏らす木花。


「この先だ。入ってろ。」


どうやら自分は今まで地下室にいたようで、階段を上がって、その先にある大部屋に通された木花。


大部屋に入った木花はそこで数人の椅子に座っている人影を見つけた。そのうちの1人は知った顔であった。


新たに入ってきた木花を見たその人物は、驚いたような表情を浮かべたあと、立ち上がって勢いよく木花のもとへ近づいた。


「キハナっ! 無事であったのだな!」


「ぐはぁっ!」


そうアリアは喜びを隠す様子もなく抱き締めた。しかし拷問で痛め付けられた身体を締め付けるよう抱き締められた木花は痛そうに叫ぶ。


それを聞いたアリアが慌てて離れて、木花を心配そうに気遣った。


「す、すまない! その傷・・・あやつ等にやられたのか?」


「まぁ、そんなところです。お嬢様は大丈夫ですか?」


木花の言葉に、アリアは慈愛の表情を浮かべて答えた。


「案ずるな。私は何もされておらん。」


「それは良かったです。流石の連中も女性にそんな事はしないようで。」


「何を言うか・・・私の威光を畏れてなにをしなかったのだ。」


アリアはそう自信満々に胸を張った。それに木花はいつもの彼女の様子に、安堵の息を漏らす。


「・・・いちゃつくのも良いが、そろそろ真面目な話をしよう。」


そんな2人のやり取りを、呆れた様子(嫉妬)で止める男の声が2人のもとにまで聞こえ、そこで木花達は声の方を振り向いた。


そこには2人の男が座っていた。彼等はオタクと12番であった。そんな2人を木花は忌々しげに話し掛ける。


「それで? なぜ俺達をここに連れてきた? まさか解放するのか?」


「その通りだ。お前達は解放する。」


まさかの言葉に木花とアリアは目を丸くする。しかし2人は警戒を解かない。


「何の積もりだ? 何故、いまになって俺達を解放する?」


「そなた等が我等に何をしてきたのか、忘れたとは言わせぬぞ。」


「まぁ、そう警戒するのは分かる。簡単に言えば、これは取引だ。」


「「取引?」」


木花とアリアの声が重なる。それにオタクが吹きかけるが、なんとか堪える。


12番は2人の言葉を聞いて大きく頷く。


「そうだ、取引だ。 お前達がこちら側の要求を受け入れればこのまま解放する。

最も、今のお前達にこれを拒否する事は出来ないのだがな・・・」


「断れば殺すという意味か? 私の一族がそれを許すとでも?」


「もうお嬢ちゃんの家に以前のような力は無いんだよ。 ついでに言えば木花君、君もかなり複雑な状況下にあるんだよ。」


「どういう意味だ?」


オタクの言葉に木花はその意味が分からずに、素直に聞いた。聞かれたオタクは机の上に置いてあった号外紙を2人に見せた。


「これは・・・!?」


バフマン文字の読める2人は、その内容を読んで驚愕した。アリアは余りの衝撃に口元を手で覆い、悲痛の表情をした。


「そんなっ! お父様が・・・」


「・・・ご覧の通り、暴徒の支援容疑で領政官は罷免されて、禁近衛庁に投獄されている。 調べてみたら彼処は一度捕まったら滅多に出られないらしいじゃないか。 

 更に改新派の連中が次々と仲間を捕らえているぜ。」


「まぁ支援していたのは事実なんでしょ? 遠からずとも近からずとも、ってことだね。」


「つまり、近い内にお嬢ちゃん等も指名手配される可能性があるわけだ。 そうなった際には俺達がお嬢ちゃんを保護する。その代わりに・・・」


「君達はウンサンと再度、接触して支援者達に関する情報を俺達に提供する、のが条件。」


「こんな事が・・・」


「残念だが、事実だ。すぐに外に出ればそれも分かるだろうな。」


呆然とするアリアを横目に、木花は彼等を睨み付ける。


「それで?俺が複雑な状況下にあるというのは?」


「おっとそうだったな。」


12番が忘れていたと言わんばかりの反応で携帯を取り出して木花に見せた。そこには日本本土で起こった事に関する情報が並べられていた。恐らくは彼等の仲間が調べたものだろう。


それを1通り読んだ木花は携帯を持っていた腕をワナワナと震わせた。


「君も読んでの通りに、今回の件について武竜会は熊光組に対しての処罰を決めた。日本政府が圧力を掛けてくるのを予期して、熊光組の組長である太田健壱を絶縁処分。

それに弔い熊光組は自動的に解体処分となった訳だな。もう武竜会は君達を支援する事は無くなり、寧ろ君達を消そうとする。」


「な、何故だ!? 何故、武竜会が俺達をそこまで追い詰めるんだ!? 余りにも速すぎるだろ!」


まだ若い木花と言えども、この武竜会が行った処罰が異例の事態なのは理解できた。


幾ら犯罪組織で、武竜会の足元にも及ばない程の小規模組織とは言えども100人以上が在籍する熊光組をこうも短期間の間に解体なんて出来る筈が無かった。


彼等なりに事実確認を年密に行い、組長である太田健壱を召集させて、各方面からの情報提供を集めたり等をしてから処分を下すのが普通だ。


しかも組長クラスの大物を裏社会で最も重い処罰である絶縁処分を下すのであれば、それなりの手順を踏まねばならない。


少なくともたったの1週間の間に一連の出来事が起こる筈が無かった。


そんな木花の疑問の声を受けて、12番が淡々と答えた。


「俺達も裏社会の諸々の決まり事は把握している。 全てはある男が主導していたんだよ。」


「ある男?」


木花の反応にオタクが補足をした。


「忘れたの? 王神組の五十嵐の事を?」


「っ!?」


「イガラシ? まはかあの者は生きてたのか?」


アリアはあの時の不気味な男の事を思い出して不快気味に眉を潜めた。


「生きてるよ。 五十嵐は昼間の大乱闘の責任を全て熊光組に擦り付けて、武器の無許可販売も大袈裟に報告した訳さ。」


「だ、だがそれを含めても余りにもこの処罰は・・・」


「余り言いたくは無いけどね・・・熊光組の生き残りはもう殆ど居ないよ。 所在が明らかなのはもはや君だけなの。」


「・・・は?」


木花は持っていた携帯を落とした。


「・・・太田組長は、暴動が収まった後に、突如として容態が悪化してそのまま死亡した。 死因は暫定的だが麻酔の過剰供給による心臓麻痺らしい。

 彼のいた大使館2棟は暴徒達に突破はされてない事から内部による犯行だろうね。 大使館職員の中に王神組の手の者が居たんだよ。」


「他の組員達の殆どは暴徒達との戦闘で命を落としている。死体を回収は国防隊員達がやったんたがな・・・その中に井岡の死体を確認した。」


「なっ!・・・イオカが!?」


知り合いの名を聞いたアリアが叫ぶように呟いた。


「あの時、君達2人が別れた後にね、後ろから回り込んだ別の暴徒達に包囲されたんだよ。」


「最初は持ちこたえていたんだがな・・・数の暴力で全滅だ。 気の毒な話ではあるがな。」


次々と流れてくる情報に木花はただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。それを無視してオタクはトドメを差すように言う。


「ここまで聞いてもう何となく予想出来るね?

こうも短期間に処分された最大の理由は、熊光組がほぼ全滅寸前の状態だから、安易に決まった。

組長を本土に召集する必要も無いんだよ。既に亡くなってるんだからね。」


「唯一の情報は直系傘下である王神組の五十嵐だけだからな。 武竜会の執行委員会は日本政府からの圧力を避ける為に熊光組に全責任を擦り付けて切り捨てる事に合意したんだ。」


12番がそう言い終えた時、木花は近くにあった椅子に崩れ落ちるように座った。それを心配そうに見つめるアリア。


「き、キハナ・・・」


「・・・ここまでで自分達の状況は理解できたな?お嬢ちゃんと木花の身は此方側で保護する。 

その代わりにお前達はウンサン等の情報を提供する・・・情報次第によっては復讐でも無実の証明にも手を貸してやらんこともない。」


そこまで聞いた木花は、12番の方を力無く振り向いて、こう言った。


「お前達は・・・あの「無名」か?」


「っ!」 「っ」


その言葉に初めてオタク達の表情が揺らいだ。


「・・・その名はどこで?」


思わず12番が聞いた。


(別班ではなく、零課でしか使われてない呼び名を何故、こいつが知っている!?)


『無名』は彼等が所属する公安委員会対情報管理部零課内でも一部の職員でしか使われてない非公式の呼び名だった。


他にも様々な呼び名は彼等は使っているが、この中でも無名は最も古くから使われている呼び名だ。


それをどういう訳か、武竜会傘下の1組織に過ぎない木花が知っている事に彼等は衝撃を受けた。


聞かれた木花は、昔を思い出すように呟いた。


「俺の親が遺した書類の中に妙な物を書いた書類があったんだ・・・それには俺の親は、かつてその無名という部隊に所属していて武竜会の内部情報を探っていたようだった。 武竜会に関する情報が事細かに記載されていた。 」


「っ!?」 「えぇ!? こいつの親が俺達の先輩だってこと!? なんかショック!!」


「馬鹿っ! 黙ってろ!・・・その書類は何処にあるんだ!?」


馬鹿みたいに自白するオタクを黙らせて、12番は木花に在りかを聞く。


(それが事実だったら、とんでもないぞ!? 下手したら俺達の存在が世間に漏れる!?)


戦前から隠され続けてきた情報が漏れる事を考えた彼は余裕の無い表情を浮かべる。それを見た木花は思わず笑ってしまった。


「はっ・・・実在してたのか・・・道理で嫌にえげつない事が書かれてたと思ってたが。」


「答えろ! 何処にある!?」


そう聞かれると木花は、自身の頭を指で軽くなぞるように言った。


「保管場所は俺の頭だ。 もっと知りたいなら1つ約束しろ。」


「何をだ?」


「そう警戒するな・・・王神組の五十嵐を殺す手助けをしろ。 全てはあの糞野郎が原因なんだろ?」


「・・・そうすれば間違いなく言うんだな?」


「今まで組長や井岡にすら黙ってたんだ。信じてみても損はしないぞ。」


「・・・おいオタク、お前はこの2人を見てろ。俺は上に報告してくる。」


「お、おおぅ・・・了解ぃ。」


「な、なら私は外を見ても良いか? 民がどうなってるのか確認したい。」


これまで黙っていたアリアがそう言う。チラチラと衰弱している木花を心配そうに見つめる彼女を見て、12番は答える。


「監視役を連れての条件なら構わん。もし逃げれば・・・その時は分かるな?」


彼の重く発言する言葉に、アリアは小さく頷いた。そして彼女は隣で座る木花の肩を優しく触れてこう小さく呟いた。


「すぐに戻ってくる・・・イオカの遺体も確認してみる。 人違いの可能性もあるからな・・・」


「・・・すいません・・・お願いします。」


そんな2人のやり取りに、オタクは不機嫌そうに唾を吐いた。


(こんな若造の親が先輩なんて・・・絶対に認めねぇ。)








監視役である職員を後ろに従えてアリアは、荒れた自身の屋敷を見て立ち尽くした。


「これは・・・何があったのだ・・・」


そんな彼女の呟きを聞いた職員が答える。


「今日の今朝、禁近衛庁の役人が来てな。登城する支度をしていた領政官を縄に掛けた後に、屋敷内に証拠品が無いかを手当たり次第に荒らして行ったんだよ。」


そんな職員の言葉を聞いて、アリアは早足で屋敷の門を潜り抜けた。


すると、そこに荒れた屋敷の片付けをしていたセイルと目が合った。


「お嬢様?」


セイルはそう言うと拾っていた本を放り投げて、アリアの元へ駆け寄った。


「セイル・・・」


アリアは久し振りに会う執事を見て嬉しそうに笑った。とうのセイルは全身を震わせていた。


「心配しましたぞ! お嬢様の身になにか合ったのではと気が気では・・・っ!!」


「お嬢様っ!?」


そこへセイルの声を聞いて駆け付けたトンニョもアリアの姿を目にして、感動に身体を震わせた。


「トンニョも! 無事であったか! お父様が禁近衛庁に連行されたと聞いたのだが・・・」


「お嬢様! 今まで何処に居たのですか!?  それにそのお姿も! あの日、急にお姿を見えなくなって屋敷の人達皆が心配してたのですよ!? 旦那様だってどれ程にお嬢様を気にかけていらっしゃったのか!」


そう涙ながらに言うトンニョを見て、アリアは優しく侍女である彼女を抱き締めた。


「すまない・・・少し事情があって帰れなかったのだ。」


「全く! あのキハナは何をしていたのですか!? あの者達の根城とする場所を見ても全く姿を現しませんので、あの者達が連れ去ったのかと思いましたよ! 旦那様までが、朝方に役人達に連れて行かれて・・・」


トンニョがそう言うと、セイルが慌てたようにアリアに言う。


「そうだお嬢様! ここから離れてください! 改新派の私兵達がお嬢様を探しております!」


「私兵達がだと? 何故だ?」


「奴等は旦那様を窮地に立たせる為にお嬢様に無実の罪を着せようとしているのです!

捕まれば連中に有ること無いことをでっち上げますぞ! 出来ればクッダ達が匿ってくれれば良いのですが・・・いや、先に無事なことを知らせないと!」


「案ずるな・・・私は既に匿って貰ってるのだ。 私の心配は無用だ。」


アリアの言葉にセイルが眉を潜めた。


「それは、あのキハナの所ですか? いけませぬぞ! もうあんな男は信用なぞ・・・」


「セイル・・・あの者も被害者なのだ。そう悪く言うな。」


「例え被害者だろうとも列強人です! 何かあれば簡単に裏切りますぞ! ここはクッダ達に」


「すまぬが、私はやらねばならないことがある。 だが、案ずるな。 また戻って来る。それまでこの家を頼むぞ。」


アリアはそう言って走り出す。それをセイルが止めようとするが、歳のせいもあり、すぐに彼女を見失ってしまう。


「お嬢様!? 何故ですか! どうして・・・」 


そんなセイルの悲しみの声が辺りに響き渡る。







「はぁ!…はぁ!」


苦しそうに深呼吸をするアリアを隣に、セイル達との感動の再会を見ていた職員が質問をする。 


「何故、そこまで木花の為に動く? 普通ならもっと自分の家の事を考えるだろ?」


「勘違いするな、個人の為ではない。」


「?」


怪奇気味に見てくる職員をアリアは、睨むように見つめ返す。


「私はこの国を生きる民達の為に動くのだ。決して個人の為ではない。」


「そうですかいな・・・その割には木花を中心に考えてるように見えるな。」


「なに? 何故、私があの者の事を・・・」


そんなアリアの反応に職員は驚いたように言う。


「あん? ・・・まさか自覚が無いのか?」


「だから何をだ?」


その言葉に、職員は迷ったように視線を泳がすが、意を決したように口を開いた。


「俺達から見たら・・・あー、お嬢ちゃんと木花は、互いに好いてる様子なしか見えないんだわ。

つまり、恋人同士にしか見えないんだよ。」


その職員の言葉にアリアは一瞬、意味が分からないという表情をするが、すぐに顔を真っ赤にした。


「な!? 何を申すのだ!? そんな訳がなかろう!」


「・・・本当に無自覚なのか? 今までにそれっぽい様子は本当に1つも無かったのか? 俺は抱き締めあってる所を見たぞ? あの裏路地で。」


「裏路地?・・・っ!?」


アリアはそこで、ウンサンとの会談後の自身の行いを思い出して思わず口元を両手で覆った。その頬は完全に真っ赤である。


「マジで無意識に抱き合ったのか? だとしたら相当だぞ?」


職員はそんなアリアを見て呆れた表情をする。


(この様子だと木花の方も怪しいな。 2人とも恋愛に奥手過ぎるぞ?)


未だに顔を真っ赤にして、その細く真っ白な手で整った口元を隠すアリアを見て職員はそう考える。


「んん!・・・あぁ、まっそれは置いといてだ!

井岡の遺体を確認するんだろ? 此方だ。 日本人の遺体はまだ多くが本土には運ばれてない。」


職員は気を取り直して、アリアを連れて歩く。アリアも気持ちを切り替えるが、耳元はまだ熱かった。


「む、ちょっと端に寄った方がいい。」


そんなアリアを他所に、職員は正面から向かってくる集団の目から彼女を隠すように動いた。


その集団が通り過ぎた所で、アリアは職員に聞いた。


「あの者達は?」


「・・・あの使用人に聞いたろ? 奴等は保守派の一族を捜索してる改新派の私兵達だ。 ああやって手配書を片手に巡回してるんだよ。」


職員はそう言って革鎧と剣で武装した私兵達を睨む。


「一応はお嬢ちゃんは木花から貰ったその服装のお陰である程度は誤魔化せるだろうが、気を付けろよ? 俺達からしてもウンサンって奴の接触手段を喪うのは痛いからな。 そうなればお嬢ちゃんの民を救うっつのも遠退くしな。」


「分かっておる。」


アリアはそう言うと防弾コートの襟を直す。それを見た職員は軽く頷くと案内を再開した。







場所は変わって、バフマン王国の王都ソウバリンから離れた所にある地方では、他の列強軍と日本の海征団の主力部隊が、各地で一斉に武力蜂起した暴徒達と交戦状態にあった。



「各部隊の配置が完了しました。」


「そうか。」


そう部下が報告してきたのを聞いた指揮官は椅子から立ち上がって海征団の設置した迷彩柄の指揮天幕から出る。


「さて・・・やりますかな。」


その指揮官の視線の先には、広大な平野の中心部にある丘に作られた砦を見る。


その砦には、地方都市から参加した数百の暴徒達が籠城しており、その中には地方の冒険者達もいた。


そしてその砦を包囲するように、チェーニブル法国を中心とした列強諸国による多国籍軍が各々の兵器の銃口をその砦に向けていた。


チェーニブル法国 1200名

ジュニバール帝王国 900名

ガントバラス帝国  800名

日本国       250名


総数にして3150名の軍隊がマトモな武器も持たない暴徒相手に総攻撃をしようとしていた。


そして、それはここだけではなく、バフマン国内の至る所でそんな状態が起こっていた。


「・・・砦内に女子供もいるじゃないか? チェーニブルの連中はそれでもやるのか?」


双眼鏡で砦の丸太で作られた時代遅れの城壁から見える暴徒達を見た日本の指揮官はそう部下に聞く。


恐らくは列強国による無茶苦茶な捜査から逃げてきた民間人も含まれているのだろう。


しかし帰ってくる返答は、予想したものであった。


「向こうの司令部は『砦内の全滅を目標とせよ』の一点張りです。」


「そうかよ・・・まぁ総大将はチェーニブルって上が決めたから従うけどよ・・・」


「やるんですか?」


部下がそう聞いた。


「やるフリをするんだ。 撃っても良いが、当てるな。 どうせ連中がメインで動くんだから俺達が前に出る必要なんて無い。」


俺達は虐殺者ではないんだよ、そう部下に言った指揮官は後ろに並ぶ海征団の戦闘車両が並んでいた。


数日前に空路から運ばれて到着した装甲車両もあり、1個中隊規模の部隊としては車両部隊が充実していた。


「チェーニブル法国が動きました。」


そんな車両を眺めていると、周囲を見渡していた部下がそう教えてくれた。


数km東側にいるチェーニブル法国軍の砲兵部隊が十数台の野戦砲が火を吹いたのを合図に、各国の部隊が動き出した。


それを見た指揮官も動く。


「なら連中がある程度進んだ所で俺達も動くぞ。 車両部隊は砲撃しても構わんが当てるなよ? 

俺が指揮してる間は部下達に虐殺者とは呼ばさねぇからな。」




ここから大きい話に繋げたいところ・・・

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― 新着の感想 ―
[良い点] おやおや、2人の仲の勘違いは公安側にもされてしまうとは… そしてようやくアリアは勘違いされていると知ったわけですか、噓から出た実になる可能性もありますが… [気になる点] まさか木花の父親…
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