第71話 バフマン最高の冒険者
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第71話 バフマン最高の冒険者
周りを武装した冒険者達に囲まれながら通りを歩く木花達。
先頭を歩くミスリル級冒険者ネイティアの案内のもと、木花達はこれからこの国の最高位冒険者である『黄金の飛竜』のチームリーダのカン・ウンサンのいる場所に向かっていた。
「この先を曲がった所が貴方達の会いたがってる人が居るわ・・・キムお嬢様。」
ネイティアは後ろを歩いているアリアにチラリと視線を移しながら教えた。そしてその隣を歩いている木花も見つめる。
「なにか?」
そんなネイティアからの視線を感じ取った木花が警戒心を上げて話し掛けた。それに彼女はぶっきらぼうに応える。
「いいえ、なんでもないわ。」
そう言って正面に向き直るネイティア。しかし当の木花の心境は、それどころではなかった。
(まさか、ここまでアッサリと冒険者共と接触出来るとは・・・だがよりにもよって、うちの国の特殊部隊との交戦後とはついてない・・・)
列強人である自分達が、日本人だと周囲の冒険者達が気付けば恐らく、すぐにでも彼等の持つ武器は自分達に向けられるであろう。そう悟った木花は内心、気が気ではなかった。
そんな木花の心境を他所に、遂に目的地に辿り着いた一行。
曲がり角を曲がった先には、廃墟となっていた屋敷が建っており、一行はその屋敷の敷地内へと入っていた。
恐らくは、中堅クラスの貴族が住んでいたであろう屋敷は廃墟とはなっていたものの、所々に手入れがされており、ここが彼等冒険者達の臨時拠点になっていることは安易に想像できた。
実際に、敷地内には多数の冒険者らしき人物がちらほらと視界に入り、新参者である木花達を興味深そうに、あるいは敵対心丸出しの視線を向けてきた。
だが木花は、敷地内の一角にあるものを見て目を見開いた。隣を歩く井岡もそれに気付いた様で少し驚き気味で話し掛けた。
「頭っ、あそこにあるのは・・・」
「あぁ分かってる。」
木花は、その一角にある物を横目にして忌々しげな表情をした。
そのまま敷地内の邸宅の玄関にまで近付いた木花達一行は、そのまま室内に入ろうとした所で待ったがかかる。
「待て。ここからは代表者だけが入れ。」
「何だと?」
玄関付近で待機していた冒険者に指示された組員の1人が反応する。そんな組員に、冒険者が乱暴に応える。
「中へ入れるのは代表者だけだ。お前等はすっこんでろ。列強人共め。」
「あぁ?ふざけんなよ。こんな所で頭達をお前等に任せろと言うのか?舐めた事を言うじゃねぇよ。」
組員がそう凄むと、言われた冒険者も対抗する。
「聞こえなかったか? お前は下がってろよ。 殺されたいのか?」
そんな冒険者の言葉に、組員達が一斉に殺気を露にする。それを敏感に感じ取った周りの冒険者達も戦闘体制に入る。
一発即発すると思われたタイミングで、アリアが待ったをかける。
「止さぬか。 ここからは私とキハナ、そしてイオカの3人で入る。 そなた達はここで待機しておれ。」
アリアの言葉に心底、アリア達を心配するような声で組員達が反論する。因みに南原に吹っ飛ばされて気絶していた井岡は既に目が覚めていた。
「姐さん! しかし危険過ぎますぜ!」
(姐さん? あの時もそうだが、コイツ等は一体どうしたんだ?)
木花は組員達がアリアに対して呼んでいる呼称とその態度に思わず首を傾げた。
しかしそんな困惑する木花を他所に、何故かアリアが組員達を宥める。
「ほう・・・」
その様子を近くで見ていたミスリル級冒険者チーム「鉄の馬車」のリーダーは、興味深そうにアリアを見つめていた。
そんな彼等を他所に、組員等を宥め終えたアリアが木花に声をかけた。
「キハナ、中へ行くぞ。」
「あ、はい。」
アリアが鉄の馬車のリーダーの案内のもと、先頭を歩き、その後ろに木花と井岡を連れて邸宅へと入った。
邸宅内の通路を暫く歩いた一行が案内された場所は、もとはこの屋敷の応接室であろう、立派な部屋であった。
室内は暫く使われてないからか、所々が埃が溜まっている箇所もあるが、それでも数々の調度品がそのままの状態で置かれており、それ以降も少しずつ、清掃されているのがわかった。
そして、その応接室に設けられたソファの1つに、1人の男が座って待っていた。その後ろを鉄の馬車のリーダとネイティアが移動して立った。
「連れてきました。」
「あぁ、ありがとう。」
そう言って一行を目にした男は、先頭にいたアリアを見て、嬉しそうに表情を変えて、彼女を歓迎した。
「久し振りだね、アリア。元気そうで良かったよ。」
「あぁ、そなたも息災で何よりだ・・・ウンサン」
(成る程・・・この男が・・・)
どうやら、目の前に座る男が目的のオリハルコン級冒険者のカン・ウンサンのようだ。その男を木花はマジマジと観察する。
件の男、ウンサンは帯刀して武装こそはしているものの、鎧の類いは装備しておらず、まるで礼服の様な軽やかな服を着ていた。
そして、その見た目はとても冒険者のような荒くれ者が所属するようには見えず、颯爽とした雰囲気を放つ優男であった。歳は恐らくだが、自身と同じくらいであろう。彼が貴族だというのも頷けた。
(だが、本当にこの男がバフマン王国最強の冒険者なのか?)
そんな木花の怪奇気味な心境を他所に、2人は1通りの挨拶を終えたウンサンはも対面に置かれたソファに座るように彼女達に薦めた。
アリア達が座ったのを確認したウンサンはそこで初めて木花の方を向いて話し掛ける。因みに井岡は万が一に備えて木花の後ろで立っている。
「ところで君は?」
考え事をしていたところに話し掛けられた木花は少し慌てるが、それを相手に見せる事なく平常通りに応えた。
「簡潔に言えば、お嬢様の協力者だ。」
木花の言葉にウンサンは、真っ直ぐと木花の瞳を見て反応した。
「興味深いね・・・見たところ君は、列強の人間だろう? どうしてこの国の、しかもアリアと面識があるのだい?
それにアリアの着ている物といい、その持っている銃といい、とても不思議だね。」
「それはこっちも言いたいな。ここに来る途中でアンタに聞きたいことが出来た。」
木花の言葉にウンサンは、心当たりがあるようで微笑みを浮かべた。
「それは・・・この屋敷の角にある物のことで合ってるのかな?」
ウンサンの問いに木花は不快気味な表情で静かに頷いた。
「それで合ってる・・・アンタ等はどこからあれを引っ張ってきたんだ?」
2人が話しているのは、敷地内で木花と井岡が見つけた物を言っていた。
木花達が見つけた物は、多数の冒険者達が列強国の扱う銃器を倉庫から取り出していたのだ。更にそこには何処の列強国かはわからないが軽戦車や大砲までもが置かれていた。
それについて問われたウンサンは腕を組んで再度、木花の瞳を見た。
「答えてやりたい所なんだが・・・私は君達の事を疑っているのだよ。」
「ウンサン。この者達は信用できる。この私がそれを保証する。」
ウンサンの言葉に、対面に座っているアリアが応えた。
「アリア・・・」
「この者達は私達の協力してくれる。この銃や服もそうだが、師匠の叔父殿の組織にも多数の銃器を提供しておるのだ。」
その言葉にウンサンは目を丸くした。そこでまた木花の方を見る。
「ほう。あのヨルボン達にもか・・・なぜ君達はそこまでこの国を支援するのだい?」
「別に大した理由はない。彼等はそれ相応の対価を支払ったから提供したに過ぎない。それだけだ。」
「なら、この状況下でどうしてアリアと共に行動をしているのだい? 列強人だと気付かれれば街中にいる民達が君達を襲うのは容易に想像出来るだろう? 安全な所に避難すれば良いのにそこまで命懸けの行為をする理由はなんだい?」
ウンサンの問いに、木花は隣に座るアリアをジト目で見つめる。見られていると気付いたアリアは視線を横にずらして目が合わないようにした。
そんな2人を怪奇気味に見るウンサン。
「・・・?」
まさかアリアに脅されたとは言えない木花は、適当な理由で誤魔化す事にした。
「・・・仮にも一度は協力した身だ。最後まで手を貸さないとバチが当たる。 一応この街にも愛着は湧いてるしな。それに・・・」
木花は足を組んで、ウンサンを睨んで言った。
「こんな状況下で安全な場所なんてねぇだろ?大使館まで襲撃してるらしいじゃねぇか。」
お前等が俺達をそうさせたのだろ?と言う木花にウンサンは、手で口元を隠して笑みを浮かべた。
「それはそれは・・・確かにそうだな。つまり君達はこの騒動を終わらせたいから、来た訳かな?」
「そうだ。アンタ等はこの騒動をどこまで持ってくる積もりだ? 本気で列強国と全面戦争をするつもりか?」
勝てるとでも? そう続けたかった木花だが、済んでの所でそれを止めた。
だがウンサンは木花の言葉の続きを察したようだった。
「我々が列強に勝てる訳がないと言いたそうな顔をしているね。」
そのウンサンの言葉に、後ろに控えていたネイティア達が怒りの表情をした。
「その考えに至ったってことはアンタもそう思ってるのじゃないか?」
「そうだね・・・普通ならそう考えるのが妥当だ。」
ウンサンの意味ありげな言葉にアリアが反応する。
「その言い様は、そなた等には後ろ楯があるのだな? それも強力な勢力から。」
「そうだ。アリア、君と同様に我々も多方面から支援を受けているのは確かだよ。」
「多方面?」
ウンサンの放った言葉のうちの単語に木花は思わず聞いた。そんな木花をウンサンは人差し指を口の前にまで持っていき口を開いた。
「おっと。これ以上の答えが聞きたいのならば君達にも我々の問いに答えて貰おうかな。 まさかここまで聞いといて、自分達は何も教えないなんて不親切な事はしないだろ?」
そう意地の悪いな表情をして言うウンサンに、木花はソファの背凭れに寄りかかった。
「仰る通りではあるな。なら、そっちは何が聞きたいんだ?」
「まず最初の質問は、君達はあのニホンという国の人間で合っているのかな?」
「なんですって!?」
ウンサンの言葉に、後ろに控えていたネイティアが驚愕の表情をした。そんなネイティアに、木花は答えるべきか躊躇したが、ここで嘘を言ってもすぐにバレると考え素直に認めた。
「その通りだ。俺達はニホン人という認識で合っている。」
木花の放った言葉に、ネイティアは殺意を放った。背中から感じる殺気を受けたウンサンは、彼女を落ち着かせるように言う。
「ネイティア。君のチームの実情については私も聞いた。 だが、いまはその感情を押し殺して貰いたい。いいかな?」
「っ!ふざけないで! よりにもよってコイツ等がニホン人ですって!?」
「あの怪物との会話を聞いていたが、アンタは日本の大使館を襲撃したらしいな? それで返り討ちにあったなら自業自得だろ。」
怒りでヒステリックに叫ぶネイティアを見た木花がそう反論した。すると言われた彼女は更なる感情の昂りを見せるが、それをウンサンが宥める。
「リョイドル、済まないがネイティアを連れて出てくれるか?」
そうウンサンは、彼女の隣に立つ鉄の馬車のリーダーの名前であるリョイドルに指示する。
「分かりました。」
自分達冒険者のトップに君臨する男の指示にリョイドルは大人しく従い、ネイティアの腕を掴んで半ば強引に部屋の外へ出た。
その様子を見たウンサンは続けて質問をした。
「すまないね。それで2つ目の質問は・・・アリアに渡したその銃を、追加で我々にも売ってくれることは可能かな?」
その質問に木花はウンサンの意図を察した。井岡も察したようで身構える。
「それは難しいな・・・お嬢様に渡した、ドラグノフ狙撃銃と言うのだが、それは此方でもかなり貴重な物だ。そうホイホイと売れる物ではない。」
嘘は言っていない。より正確に言えば、日本ではマニアック過ぎるので、他の組織も持っているのはほぼ居ないだろう。
「ではヨルボン達に提供した銃はどうだい?」
「あれも持ってきた在庫は殆ど売り切った。追加を送るとしてもこの国がこんな有り様ではそれも不可能だ。それからアンタ等は・・・」
木花は寄りかかっていた背凭れから背中を離し前のめりになった。
「まだ暴れ足りないのか? ここまで好き勝手暴れといて、まだ武器が欲しいってか?
そんなに武器が欲しいのならばアンタ等の多方面にいる支援者とやらに頼ればいいだろ?」
「君は1つ勘違いしている。 我々はこの後すぐに引き下がる。 そうだな・・・あと1時間もすればこの騒動は収まる。 そろそろ王国軍もこの王都に到着するだろうからね。 幾ら我々でも流石に彼等の懐柔は難しい。」
ウンサンの言葉に、3人は目を丸くした。慌ててアリアが聞き返す。
「ま、待てっ! なら終わるのか? この争いは終わるというのか!?」
アリアの質問にウンサンは頷いた。それに彼女は思わず安堵の息を漏らす。
「今回での我々の目的の大部分は達成出来た。支援者達もどうやら満足しているらしい。」
「さっきから言っているその支援者とやらは、一体何者なんだ? そいつ等の目的はなんだ?」
「そこまでは言えないさ。君も今日会ったばかりの人物に、ほいほい秘密を言う男ではないだろ?」
「確かにそうだが・・・アンタ等は列強諸国にここまで暴れといて、逃げ切れると思うのか?
奴等はどこまでもアンタ等を追い掛けるぞ。それこそこの国の人間が1人残らず殺す程の勢いで報復をするのは間違いがない。」
「キハナっ!」
木花の残酷な言葉に思わずアリアが止める。しかしウンサンは何ともないかのように言う。
「ふふふ・・・中々にハッキリ言う男だ。君の言う通りに、ここまでやったんだ。しかも内2ヶ国の列強の大使を人質にとったんだ。奴等は黙ってはいないだろう。」
「「はぁっ!?」」
ウンサンの放った爆弾発言にアリアと木花は思わず大きな声をあげてしまう。後ろの井岡も声こそは出さなかったが、目の前のウンサンを見開いた目で見ていた。
「それは本当か!? まさか列強の大使を捕まえたのか!? 正気なのか!?」
「もちろん正気だ。 列強諸国の大使を人質に取って時間を稼ぐ。というのが狙いなんだが、残念ながら最も重要な最上位列強国であるチェーニブル法国の大使の確保は出来なかったようだ。
そして、君達の国の大使もすんでの所で邪魔が入ったらしい・・・そこで3つ目の質問だ。
ネイティア達を襲ったという君達の国の兵士、見た目ではとても普通の兵士とは違うらしいが、彼等についての情報を出来る限り教えて欲しいね。」
「俺達がそれを言って何の利点がある?」
「簡単な話だ。 君達の国の重要な情報を教えてくれれば君達を信用は高まり、知りたがっていた我々の支援者とも運が良ければ接触出来るかも知れない。」
「・・・生憎だが、俺達でも連中に関する情報は持っていない。1つ言えるのは、奴等は新しく新設された特殊部隊・・・ぐらいだな。」
「特殊部隊・・・実に良い響きだ。普通の兵士とは違う訳だね。だけど、本当にそれぐらいしか知らないのか?」
ウンサンは木花の心の内側を見透かすように見た。それに木花は堂々とする。これに関しては本当に知らないのだから。
最も詳しいであろう井岡ですらも殆ど曖昧な情報しか持っていないのだ。
「何度聞かれようが、答えは変わらない。アンタ等のお得意の魔法で試したらどうだ?
もっとも、俺達には効きやしないがな。」
「ふむ・・・にわかには信じがたいのだが、異世界から来たという噂のニホン、確かに魔力は一切感じ取れない。」
まるで独り言のように小声で呟くウンサンを、今度はアリアが彼に質問をする。
「ウンサンよ・・・そなた達の目的は何なのだ? なぜここまでの大騒動を起こすのだ!
どれだけ多くの民が被害を受けたのか、そなたは本当に分かってるのか!」
アリアの悲痛な声に、ウンサンは先ほどまでの笑みから一変、真顔になりアリアを見る。
「アリア。君の言いたい事は分かる。君にとって罪なき大勢の民が苦しめられるのがどれだけ辛く感じるのかは、私だって痛いほど分かる。」
「ならば何故!?」
「このまま何もしなければ、列強諸国はこのバフマン王国を完全に乗っ取ることは想像に難くない。
そうなれば、この国は今まで以上に連中に苦しめられていく。
列強の属国になった彼等の有り様を君は見たことあるか?」
「その言い様だと、アンタは見たことあるのか?」
木花の言葉にウンサンは頷く。
「これでも周辺諸国唯一のオリハルコン級冒険者だからね。大陸国家にも引っ張りだこなんだよ。その過程で、私は見たんだ。彼等の悲惨な姿を。」
ウンサンはそう言って、拳を強く握り締めた。それを見たアリアは心配そうに声をかける。
「ウンサン・・・」
「数多くの人間が無理やり、痩せた土地へ駆り出され、子供ですら腹を満たせない僅かな食事を与えられ、なにか失敗すれば容赦なく殺す。
そんな光景を、私は見てしまったんだ。仮にも私達と同じ人間がだぞ?
挙げ句の果てには、面白半分で魔獣に生きたまま喰わせるような畜生までいた。」
ウンサンの口から放たれる数々の列強の蛮行にアリアは絶句する。
「アリア・・・君はこの国の民がそんな地獄に落とす事を肯定するのかい?」
「っ! 馬鹿な事を申すな! 私がそんな事を許すわけがない!」
「そうだ。俺だってこの国の民にそんな目を合わせたくないんだ。だからこそ戦うんだよ。 列強と戦い、独立を貫く。それが私達の目的だ。」
「複数の列強を相手に可能だとでも? 列強とそれ以外の国との間にどれだけの差が離れているのかを知らないのか? アンタ等は余計にこの国の連中を苦しませる選択をしたんだ。」
木花の言葉を聞いたウンサンは、また彼の方を振り向いた。
「私も多くの国を見てきたから、君の言いたい事は良く分かる。列強の圧倒的な力をも・・・だけどね、私達の選択を後押ししたのは、他でもないニホンなのだよ。」
「あ?俺達だと?」
ウンサンの言葉に、木花は疑問の声をあげる。隣のアリアもどういう意味かと気になった。
「異世界からの国に、興味が引かれてね。君達の国について調べてみたんだ。そこで君達ニホンの歴史を見て私は驚いたよ。
君達、ニホン国も・・・かつては、我が国と同様に列強諸国の脅威に曝されていたようじゃないか?」
「っ!」
「調べれば調べる程に驚いたよ。ニホンは200年もの間、他国の交流を絶って自国のみの世界を謳歌してきた。たがそれは西洋諸国という自国よりも進んだ列強の技術を一切取り込まない事を意味する。
事実それから200年後には、列強諸国に大きく遅れを取っていたそうじゃないか?
だが、君達は瞬く間に列強技術を吸収していった。それこそ周辺諸国が反応する間もない程迅速に。」
ウンサンは興奮気味に言う。
「時には列強諸国に猿の真似事だと揶揄されるが、それらを無視してひたすらに進み続けた。
その結果、隣国の大国・・・確かシン国だったかな? その国との戦争で勝利したそうじゃないか。その周辺諸国では覇を唱えていた筈の大国を。」
「良く調べてるな。」
木花の少し呆れたような表情で言う様子にも気にもとめない様子でウンサンは続ける。
「面白いのはここからだよ。その僅か10年後には正真正銘の列強国であるロシア帝国との戦争にも勝利したそうじゃないか!
信じられるか? 200年もの間、鎖国していた国が列強を倒した! そればかりか、名実ともに東洋唯一の列強として世界の大国になったんだ! 実に爽快な話じゃないか!」
ウンサンの興奮気味に言う様子に木花は少し引いた。それと同時に彼の言いたい事も理解した。
「つまりアンタ等は・・・俺達の再現すると?」
「そうだ。成功例は目の前にいるんだ。不可能ではないさ。」
ここまで一連のウンサンの言葉を聞いていた井岡は彼を冷たい眼差しで見ていた。
(成る程・・・俺達がこの世界に来ることによってコイツ等を動かしてしまった訳だ。
だか、コイツは知らないな・・・当時の日本があそこまで発展したのは、旧政権を倒し、優秀な人間が政権を握り国内を整備して、巧みな外交で他の列強の支援を受けてあそこまでの大国にのしあがれたのだぞ?
お前達の国に、そこまでの優秀な人間はいるのか? いたとしても多くは列強に吸収されてるだろうよ。)
あの当時の日本には、今までの国を捨てる覚悟のある者達が大勢いた。しかしこの国には、新たな時代を迎えおうとする者こそはいるが、その殆どは国の為ではなく私利私欲の為に動いているのが実情だ。
井岡は日本とバフマン王国との違いを理解し、ウンサンという男が日本がどれだけ多くの犠牲の上で列強になったことを理解していないことに残念に思っていた。
そう考えていると自身の上司である木花が上機嫌なウンサンに声をかけるのを聞いて意識を戻した。
「まぁ言いたい事は理解した。だがそこまで上手く行くと思うのか?」
「列強に対して反抗的に思っている国は多くある。我々の支援者達はそういった国々にも支援をしているらしい。 1国で無理なら多数の国で連中に抗うまでだ。」
「その間、どれだけの民が戦乱に巻き込まれるのかを覚悟のうえか?」
アリアがそう言った。どうやら彼女はあれを聞いても否定派らしい。
「アリア。私は一筋の可能性に懸けているんだ。これは、我々冒険者以外の多くの人々が賛同している。」
その言葉にアリアは、ソファから立ち上がりウンサンの胸ぐらを掴もうとした。
だが、すんでの所で木花がアリアの腕を掴んで止める。
「キハナっ!? 離すのだ!」
「お嬢様、落ち着いてください。」
「これが落ち着けるものか!? この者は戦争で多くの民が苦しむのを肯定したのだぞ!? この国を戦争に巻き込むつもりなのだ!!」
「・・・やはり君には刺激が強すぎたようだね。申し訳ないがアリアを連れていってくれるかな?
私はまだやる事があるんだ。」
ウンサンはアリアの態度に心底残念そうに首を振り、木花達に外へ出るように促した。
「言われなくともそうするぜ。井岡、行くぞ。銃も忘れずにもってこい。」
「はい。」
「離せっ! まだ私は話があるのだ!」
木花と井岡はアリアの腕を掴んで無理やり外へと連れ出した。
木花達が部屋から出たのを確認したリョイドルが再び部屋から戻ってウンサンの前に現れた。
「ネイティアの様子は?」
リョイドルは額にわき出た汗を拭って答える。
「一先ずは落ち着きましたが、やはり自分以外の仲間が全滅したというのが相当なショックを受けたようでして・・・」
「そうか。」
ウンサンは、目を瞑ってエルブリッド達に黙祷をする。
「それで? 君の目から見て、あのニホン人はどう見えた?」
「・・・少なくとも、外に待機しているニホン人達は、アリアお嬢様に対して敬意を払っている様子でした。まさか列強人を従わせるとは・・・」
リョイドルは邸宅に入る前のアリアと組員達のやり取りを思い出して感嘆の声を出した。
「そうか・・・あの子は何かを惹き付ける魅力を持っているとは前から思っていたが、それほどまでとはね・・・流石は領政官の娘と言ったところか。」
「如何なさいますか? 幾らお嬢様の連れとは言えども、列強人には変わりません。 やはり連中はここで始末するべきでは?」
「君もアリアの持っていた銃を見ただろう? 彼等の持つ武器は実に魅力的だ。」
「しかし外から聞いてましたが、彼等は武器は売らない様子でしたが?」
「この先、我々は列強諸国を相手に戦争をするんだ。だから列強の武器の入手経路は少しでも多く確保しておきたい。 支援者達は他国の同胞達にも広く渡している様じゃないか? なら此方側で独自のルートを得る必要がある。」
「彼等を信用するという事ですか?」
「ヨルボンの率いる反列強同盟と取引しているんだ。実績があるのならばある程度の信用は置いてもいいだろうね。さて・・・」
ウンサンはそう言うとソファから立ち上がった。
「そろそろ撤収をしようじゃないか。 各地に散らばっている同胞にも知らせてくれ。」
「分かりました。 あの大砲や戦車はどうしますか?」
「あれらは・・・支援者達が回収するらしい。我々は人員の撤収だけを考えればいいんだ。」
「な、なんだ?・・・奴等、下がっていくぞ?」
突如として撃ち合っていた相手である銃を武装した暴徒達が一斉に後退していく様子を見た、国防隊員の1人がそう呟いた。
これに通信指揮車に乗っていた指揮官がドアを開けて、視線の先に慌てて逃げる暴徒達を見た。
「奴等・・・諦めたのか?」
「どうしますか? 追撃ですか?」
「馬鹿たれ、そんな余裕があるか! 連中が撤退したのなら、俺達はこのまま大使館に戻るぞ!
民間人の救出支援に向かう!」
指揮官の指示により、大使館周辺まで後退していた車両部隊は十数台もの車列を率いて大使館へと向かった。
また、その上空を監視していた偵察回転翼機UH-60JAの機長達による通信が行われていた。
『こちらフォーク07、こちらから見て大使館周辺の暴徒達が撤退していくのを確認した。』
『こちらフォーク02、こちらも確認した。 現地人が操作していると思われる戦闘車両も次々と各列強の兵士との交戦を中断している。』
『こちらフォーク05っ! こっちは列強国同士の撃ち合いがまだ続いている。 地上部隊には北西通りの通行を禁止させろ。』
『こちらフォーク01、了解した・・・奴等なんでこのタイミングで撤退する? なぜここまで統率された動きを見せれるんだ・・・』
『こちらフォーク03、現地の政府軍がソウバリン郊外にて確認した。 数はおよそ1000ほど。 既に暴徒の一部と交戦状態に入っている。』
『なに? だとしたら連中はソイツ等の接近を察知したのか?』
『可能性はゼロではないが・・・』
『それの考察は後だ。 いまは大使館周辺の敵勢力の監視に尽力しろ。』
『了解だ。ボス。』
同都市 チェーニブル法国大使館
バフマン王国の王都ソウバリンに置かれた最上位列強国たるチェーニブル法国の大使館の正門付近では、激戦が行われていたと想像に難くない程の惨劇が広がっていた。
正門前には多数の死体が地面が見えない程に覆っており、その多くがバフマン人であった。
そしてそんな死体の絨毯の中心部分に2人の男が戦闘を尚も続けていた。
チェーニブル法国陸軍魔術将校デレヘリック・リバイリナ大佐とミスリル級冒険者の男が互いを攻撃しあっていたのだ。
だが、リバイリナ大佐は殆ど無傷に近い状態であるが、ミスリル級の男は、身体中に傷を負っておりどちらが優勢なのかは自明の理であった。
そんな中、リバイリナ大佐の放った渾身の蹴りを持っていた剣を盾にして受けた男は、その衝撃を殺しきる事が出来ずに後ろへ大きく下がった。
「ぐぅっ!!」
それを見たリバイリナ大佐は、余裕の様子で正面の男に話し掛ける。
「どうした? 私はまだまだ行けるぞ。 お前ももっと全力を出せ! でないとこの私を倒すことなど不可能である!」
そう体格に似合わぬ程の大声で話すリバイリナ大佐を忌々しげに睨むミスリル級の男だが、その時、彼の元に魔信がかかり、そちらに意識を向けた。
それを怪奇気味に見るリバイリナ大佐を他所に、男は魔信の相手と話し合えて、剣をしまった。
「む? なんのつもりだ?」
「生憎だが、お別れの時間だ。」
その言葉にリバイリナ大佐は顔を赤くした。
「なんだと!? 大使はこの奥にいるのだぞ!? それを諦めるつもりか!?」
男は、リバイリナ大佐の言葉に呆れる。
「お前は、どっちの味方なんだ・・・」
そう言うと男は、リバイリナ大佐に背を向けて走り去る。
「ま、待たんかっ! この腰抜けめっ!」
それをリバイリナ大佐が止めようとするが、直前に他の待機していた冒険者達の煙幕によってそれを妨害されてしまう。
煙幕が晴れた時には既に、冒険者達は消えており、残るのは足の遅い暴徒達の残党であった。それをリバイリナ大佐の後方のバリケードから狙撃していた部下達が反撃を開始する。
頼りの綱であった冒険者達が居なくなったいま、ただの暴徒に過ぎない彼等は、数百もの列強国の兵士による一斉反撃を前にして逃げ惑うことしか出来なかった。
更にそのタイミングで、ソウバリンに入っていた戦車大隊が彼等の前に到着して、彼等の無防備な身体に次々と攻撃していく。
そんな光景を脱力感に包まれたリバイリナ大佐は、きだるそうに眺めるだけであった。
目的であったウンサンとの接触を果たし終えた木花達は、急いで彼等のいる屋敷から離れていた。
「お嬢様・・・お嬢様っ・・・聞こえているでしょう?」
木花は先ほどから先頭を歩いているアリアにそう話し掛けているが、アリアはそんな木花を一向に無視している。
因みにだか組員達は、屋敷内での一連の出来事を把握していない故に、痴話喧嘩かと興味津々に耳を傾けているのは完全な余談である。
そんな組員達を他所に、遂には我慢の限界が来た木花がアリアの腕を掴んで振り向かせる。
そこで漸く木花の顔を見たアリアは、心情を隠す様子もなく木花を睨んだ。
「お嬢様、落ち着いてください・・・結果はどうあれ、この騒動はもうじき終わるんですよ?
主力である冒険者達が撤収するなら暴徒達もあっという間に落ち着きを取り戻して、またいつもの日常が・・・」
「何がいつもの日常だ!」
木花の言葉を遮ってアリアは悲痛な声をあげる。その瞳は悔しさと怒りという感情で涙を浮かべていた。
「・・・この先、お嬢様がどう動こうが、この国が今まで以上の苦境に立たされるのは明白です。
お嬢様に出来ることは静観するだけです。
流石の列強諸国も宰相の娘をどうこうする程の余裕は無いですよ。」
「私に・・・罪の無い民が苦しめられているのを黙って見ていよ、と言うのか?・・・」
「そう言う事ではありません。」
「なぜあの時、私を止めた!? あの時ウンサンを説得することが出来れば、ウンサンの無謀な作戦を止めれる事が出来たかも知れぬのだぞ!」
「これ程の騒動を起こす奴が、言葉での説得で応じると思いますか? 列強の武器を提供したと思われる支援者達という存在がいる以上、こうなることは決定事項だということですよ。」
「なら・・・この国はどうなるのだ!?」
「・・・列強諸国相手にここまで仕出しかしのです。例え保守派の連中が、冒険者達の討伐を主導しようとも・・・残酷な事ですが、この国の殆どの主権は剥奪され植民地同然になるかと。」
木花の残酷な話に、アリアは木花の胸ぐらをか細い腕で掴んで木花の胸に顔を埋めるように泣いた。
因みに距離が離れている為に2人の会話が聞こえない組員達は、固唾を呑んで見ていた。
「「「・・・」」」
そんな組員達を井岡は気持ちは分かるといった表情で腕を組んで頷いた。
そして当の木花は、ここからどうすれば良いのか全く分からずに困惑していた。まさか、あのお嬢様が泣き出すとは思っていなかったので、井岡に助けを求めようと振り向く。
(井岡っ助けてくれ!)
木花から向けられた井岡は、木花の意図を察して、彼女の腰に手を回せ、というポージングをする。
それを見た木花は、本当に合ってるのか?、という表情で無言で聞くが、井岡は自信満々に親指を木花の方に向けて立てた。
それに木花は、意を決したように未だに自分にしがみつくようにして咽び泣く彼女の腰に、優しく手を回した。とうの彼女は、それに気付いてないようで特に反応はしていない。しかし組員達の表情は弛んでいる。
(こんな所、あのクッダ達に見られたら間違いなく殺される・・・)
木花は、火縄銃と鎌を片手に自分を追いかけ回してくる彼女の師匠と使用人の姿を思い浮かべて背筋に軽い電流が流れたように震えた。
そんな木花の心境なぞ知るはずもない井岡は、そんな2人を微笑ましい表情で見ていたが、恋人のように抱き締め合う2人の更に向こう側から現れた存在を目にして、叫ぶように言った。
「2人とも避けてっ!!」
井岡はそう言うと、腰に付けていたトカレフ銃を取り出して、抱き締め合う木花とアリアに銃を構えている暴徒に向けて発砲する。
「っ!?」 「なっ!?」
井岡の言葉の意味を一瞬で察した木花は、すぐに彼女の背中に手を回して近くの建物の影へと隠れる。
なんとか暴徒は1発も発砲することなく、井岡の射撃に怯んで慌てて建物の影へと逃げるが、その暴徒から聞き捨てならない言葉を耳にする。
「皆、こっちだっ! こっちに列強人共がわんさか隠れてるぞぉ!」
(皆っ!? 糞ったれめ! よりにもよって列強の武器持ちかよ!)
井岡はそう毒づく。あの時、木花達を撃とうとしていた暴徒の銃は遠目からでも明らかに火縄銃ではなく、ボルトアクション式のライフル銃だった。
それに加えて、あの暴徒以外にも恐らく多数の仲間が近くにいる。それを察した井岡は、最も暴徒達と近い木花とアリアに指示をする。
「お二人ともっ! ここは俺達が対処します!
出来る限りここから離れてください!!」
その言葉に木花がグロック銃を素早く取り出しながら反論した。
「ふざけるな! 只でさえ少ない戦力を更に分散するつもりか!?」
「さっきの声を聞いてたでしょ! 奴等がここに押し寄せてきますよ! さっきの銃声で付近にいる別の連中も集まってきます! その前に姐さんを連れてここから離れてください!」
そこへ泣き止んでいたアリアが井岡に提案をする。
「ま、待てっ! 私の名を出せば、彼等も武器を下げる筈だ! 私が前にでて・・・」
「今のお姿をお忘れで!? いま姐さんが出た所で蜂の巣にされるだけです! さぁ急いで!」
「あっ・・・」
その言葉にアリアは、熊光組に渡された服を着込んでいる自分の姿を、隣にある建物の窓の反射で見た。
しかしその間に、先ほどの声を聞いた暴徒の仲間達が到着して、次々と発砲してくる。やはり全員が列強の銃を持っていた。
「これで最後にすっぞ! 連中を血祭りに上げてバフマン王国に捧げろ!」
「バフマン万歳っ! 列強なんて糞食らえ!」
暴徒達の攻撃に、組員達も物陰に移動して反撃をする。銃撃が激しくなったのを見て、井岡は怒鳴り声同然で木花に言う。
「ここで若頭に何かあれば、熊光組は終わりです! 熊光組のために、ここは任せてください!」
「っ!・・・糞っ! 死ぬなよお前等っ!
お嬢様! 行きましょう!」
井岡の言葉に、木花はいまは安否不明となっている組長の姿を思い出して、ここから離れる事を決意した。
木花はアリアの腕を掴んで離れる。するとアリアは井岡のいる方に顔を向ける。
「イオカっ! そなたは死んではならぬぞ!」
「っ! ありがとうございます。姐さん!」
アリアから思わぬ言葉を言われた井岡は心底、嬉しそうにする。
それにアリアは井岡達の無事を祈り、木花と共に走り出した。
2人が離れるのを見届けた井岡は、後方で各々の武器で、暴徒達に反撃している組員達を鼓舞する。
「お前等っ!聞いてたな? 頭と姐さん達を連中に近付けさせんなよ!!」
それに組員達は威勢の良い声で応えて、反撃の勢いを更に強めた。それに暴徒達の攻撃が僅かに緩む。
「怯むな! 見たところ、大した数じゃないぞ! ミンチョン通りに向かった仲間も呼び集めろ!」
「ほざいてろ! てめぇ等に若者2人の恋路は邪魔させねぇ!!」
井岡達が交戦している様子を建物の屋上で観察していた男は携帯を取り出した。
「こちら8番、聞こえるか0番? 標的の2人が護衛と離れた。 今がチャンスだ。」
『ほいほ~い。任せてねぇ~』
「・・・」
男は、電話の相手の態度に少し呆れる様子を見せたが、その時、違和感を俊敏に感じ取り、周囲を見渡す。
「・・・?・・・気のせいか?」
男は、ふと自分の反対側の建物の窓に人影が見えたと思い、そこを見つめるが部屋に閉じ籠っている民間人だと思い、視線を戻したが違和感は拭えない。
(はて?・・・カメラみたいな物を持っていた気がするが・・・)
再度、その場に視線を向けたが既に、その場には誰も居なかった。
誰も居ない裏路地をアリアの腕を掴みながら走る木花。
「・・・キハナっ! 離してくれっ! 痛いっ!」
「っ!? すみません・・・」
アリアの声に木花は慌てて足を止めて強く掴んでいた腕を離した。
先ほどまで掴まれていた腕を痛そうに擦りながらアリアは木花に話し掛ける。
「・・・イオカ達ならば大丈夫だ。 あの者達の腕は親交の浅い私でも分かる。 それにイオカは悪運が強かろう。 なにせあの大きな黒い兵士に蹴られても無事だったのだからな。」
そう言って笑みを木花に向けるアリアを見て、彼は頭を掻いて応える。先ほどまでの立場が逆転したことに軽い恥ずかしさを覚えながら。
「そうですね・・・アイツなら、まぁ大丈夫でしょう。」
ある程度の落ち着きを取り戻したと感じたアリアは安堵したように木花に今後について聞く。
「それで? ここからどうする? 私の屋敷にくるか?」
「それも良いですが・・・遠すぎます。お互いにこの格好では道中で襲われます。 それに私が入ってる所を誰かに見られれば不味いでしょう。」
木花は2人の男を思い浮かべて身震いした。それに怪奇気味に首を傾げるアリア。
「ならばどうする?」
「ここから少し歩いた先に、熊光組が管理している建物があります。そこで暫く隠れましょう。」
木花の提案にアリアは同意しようと頷いた瞬間、彼女は何かを察知して姿勢を低くした。すると先ほどまで彼女の首があった場所に目掛けて、何かが飛来した。
「っ!?」 「っ! 何だ!?」
突如として現れた攻撃に、2人は素早く戦闘体勢に入る。
木花が握っていたグロック銃を、アリアに向けて飛来した方向へと構えるが、その瞬間、持っていたグロック銃は弾かれた。
「ぐあっ!?」 「キハナっ!?」
木花は片手に広がる痺れに思わず後退り、弾かれた手を痛そうに押さえる。
それを見たアリアがすぐに木花の前に出て、ドラグノフ狙撃銃を構えるが、引き金を引く前にまた何かが彼女目掛けて飛来してきた。
「っ!」
(銃弾ではない!? これは・・・なんだ?)
それを紙一重でかわすアリアは、銃弾よりも遅く飛来する何かが銃弾ではないことを察して後ろにいる木花へと振り返る。
「キハナっ! これは銃弾ではないぞ! 何なのかわかる・・・か?」
振り返ったアリアは後ろを見て言葉を途中で止める。
彼女が見たのは、木花が後ろから忍び寄っていたと思われるコートを着込んだ謎の男に首を締めあげられて気絶した姿が目に映った。
「・・・キハナ?」
アリアが掠れた声で呼んだ時には既に木花は、意識を手放していた。
すると木花の首を締めていたコートの男が、アリアの方を見て答える。
「ソイツは注射器って言うんだよ、お嬢ちゃん。」
「っ! 貴様っ!」
アリアは身体中から溢れんばかりの怒気を含んだ声を漏らして、コートの男に銃を向ける。しかしコートの男は呑気に話し掛ける。
「おぉ~おっかねぇ。あのオタクが応援を呼ぶ理由が分かるわ。」
「っ!?」
アリアはそこで後方から狙撃してきた敵の事を思い出して慌てて振り返るが遅かった。
もう1人の襲撃者は既に目の前にまで近付いて来ており、振り返っていたアリアの狙撃銃を払い落とした。
「しまった!?」
アリアは慌てて近接戦闘で応戦しようとするが、目の前の男に、腹を殴られてしまう。
「っ!?~っ!!」
想像を越える痛みと吐き気に、アリアは声にならない叫びをあげる。
「美人だから顔は止めとくよ。」
目の前の男はそう言うと、腕を彼女の首に回して頸動脈を締め上げる。
アリアは抵抗しようともがくが、締め上げる男の力に敵わずに、気絶した。
「ふぃ~勘も鋭いのね。びっくりしたぁ。」
冷や汗を拭う男、もといオタクにコートの男が近付いた。
「おいおい・・・女の腹を殴るなんて、最低だぞ・・・お前。」
コートの男は目の前のオタクを屑を見るような目で言う。それにオタクは慌てて弁明した。
「ご、誤解だよ!? 麻酔銃じゃあ当たらないと思って、直接やろうと思ったんだよ!」
「お前が? 下らない嘘を言うな・・・この距離でお前が自信無いだなんて信じられるか。」
「ほ、本当なんだって!? あの距離で俺のことを察知してたんだよ!? ねぇ!?聞いてよ!」
「ハイハイ・・・そんなご趣味があったとはね・・・ほんと、いい趣味してるよ・・・」
「本当なのに!?」
「分かったから、さっさと麻酔を刺してくれ。アジトに連れてく途中で起きたら面倒だろ。」
「・・・ん・・・ここは?」
「目が覚めたか。ヤクザさんよ?」
朦朧とした意識のなか、木花は野太く、そして鋭い声が木花の耳に入り、その声がする方へ振り向いた。
そこには2人の男が立っており、恐らくは声を掛けてきたであろう方の男が目の前に椅子を置いてこちらを睨んでいた。
そこでようやく自身も、椅子に座らされていたと気付いた。腕や腰に足には頑丈な革で作られた拘束具で固定された状態で・・・
そこまで状況を理解した木花を見て、目の前に座る男が続けた。
「さぁ色々と喋って貰おうか? 犯罪者よ。」
木花は隣の台に大量の拷問器具があるのを見て、忌々しげに呟いた。
「あぁ・・・ついてない。」
その瞬間、目の前の男に思い切り殴られた。
年明けすぐに、不穏な出来事が起きてしまいましたが、どうか皆さん、挫けずに頑張りましょう!




