第66話 ヘリからの降下
お待たせしやした。
第66話 ヘリからの降下
未だに安全とは言い難い、日本国大使館の敷地内の隅で2棟の拘置室で収用されていた筈の王神組、熊光組の組員が集まっていた。
「こ、こっちだ。急いでくれ。」
そんな彼等を、落ち着きの無い様子で誘導する大使館職員の男性が、彼等を急かすように言う。彼はいま組員達の脱獄の手助けをしているところだ。
救援部隊が到着したことで、暴徒達の多くが離散しては居るものの、その救援部隊に今の様子を見つかりでもすれば、職員の人生は破滅の道へと一目散に向かうことになるのは明白なので、自分よりも強面の組員に強い姿勢で言う。
そんな余裕の無い職員を見て、王神組の組員の1人が薄ら笑いを浮かべる。
「助かったぜ木下さん。俺はてっきりアンタが俺達を見捨てたとヒヤヒヤしてたんだが・・・それは杞憂だったな。 まぁ、あんな事を俺達に知られてるんだから見捨てるなんて有り得ないよなぁ?」
木下と呼ばれた職員は、その言葉を聞いて組員に詰め寄った。
「こ、ここまでやったんだ! あれは削除してくれるんだよな!?」
「ひゃははっ! まぁそう慌てなさんな木下さんよ?心配しなくてもちゃんとデータは消すって。」
大使館職員である木下が何故、こんな彼等の脱獄を手助けをするのかと疑問に浮かぶ者もいるだろう。その理由は至って単純だった。
弱みを握られてるのだ。
木下の性格はこれといって一般的なものだ。しかし彼の性癖に問題があった。それが少女愛者であること。
未成年の少女に対して、性的な興奮を覚えるのだ。最初はネットに流通している動画や画像で満足していたが、次第にそれに慣れていくと、それに満足しなくなっていく。
満足しなくなってきた彼はある時、遂に手を出してしまう。専門の業者から連絡をとって行為に及んでしまった。
だが運の悪い事に、その業者が王神組の組員であったのだ。彼の素性を調べて、彼の仕事が外務省関係者であると判明した王神組は、撮影してた行為中の動画を見せて彼を脅迫する。
木下からすれば、少女に手を出した事が世間に漏れれば間違いなく破滅を意味する。せっかく手にした外務省職員の地位を手放したくない彼はそれ以後、王神組へ協力する関係となる。
そして今回、王神組の組員が彼のいる大使館に連行されると、本土の組員からの命令で動画の削除を交換を取引として渋々ながら、脱獄の手を貸した。
そんな過去を持つ木下をからかうように笑う組員は、辺りを見渡して彼に聞く。
「んで、どうやって外に出れるんだ?」
周囲を高いコンクリートの壁に囲まれている敷地を見渡す組員を他所に、木下は、壁によって地面を探るように手を動かす。そして、地面に生えている取っ手を掴むと、それを持ち上げた。
どうやら隠し通路があるようだ。持ち上げられたそれは上開き式の扉で、そこから覗き込むと梯子があり、その先からは通路になっていた。
恐らくは要人の脱出経路の1つとして造られたのだろう。
「ほぉ・・・そういうことね。」
「これだ。ここから外に出れる。速く行ってくれ。 見られたらヤバいんだから・・・」
「はいはい。感謝するぜ木下さん。」
「も、戻ったら本当に消してくれよ!?」
そんな木下の叫ぶような願いを軽く聞き逃した組員達は、梯子から降りて外へと出る。木下は泣きそうな表情になるが、全員が通路に入ったのを確認して、大急ぎで扉をまた降ろして2棟へと戻っていく。
しかし、その様子を見ていた者達がいる。1つは屋上にいた狙撃手である坂田、そして彼以外にもいた。その人物とは・・・
「お、おい! 今の見てたよな?」
近くの茂みで這うように隠れていたパノンは隣にいるバサソンを見る。
「あ、あぁ…あそこから逃げれるんだよな?」
「そういうことだ! 俺達も逃げっぞ! まさかあんな怪物がニホンにいたなんてっ!」
パノンは、土と血で汚れた国防隊員の装備を着ながら駆け足で走った。それにバサソンも付いていく。
パノン達2人があのクルマによる突撃で、暫く気を失っていたが、ネサーム等が掛けた加護のお陰で大した怪我をせずに、すぐに意識を取り戻した。
目が覚めたパノンは、容赦ないエルブリッドの顔を思い出して身震いをすると、すぐに隣で白目を向いていたバサソンを叩き起こして逃げた。
もうこれ以上ここに居ては絶対に仲間から殺される。主にエルブリッドからだが・・・
そうやって外に出て屋上からの狙撃を警戒して茂みに隠れた2人は、運良く大使館の救援に駆け付けてきた特急部隊を遠目で発見し、そのエルブリッドよりも遥かに容赦ない仲間達への攻撃を受けるのを回避した。
しかしそこで退路を絶たれた事に気付き、どうやって逃げるか迷ってたタイミングで、木下達を偶然にも見つけた。
そうして、隠し通路に入ったパノン達はこの地獄から脱出することに成功した。その先でもまた別の地獄が待ってはいるが・・・
パノン達の悪運はこれからも続く。その道は極めて過酷なものだ。
日本国大使館 1棟 1階
リキシタが後方から妙な気配を関知したという知らせを聞いた時エルブリッドは、この場にいた黒曜級のチームを偵察に向かわせていた。
冒険者組合が定めている階級ではミスリル級の下に位置する黒曜級は、れっきとした上位冒険者にクラスに分類される。
常人の限界点が金級であるのを考えると、これよりも2階級も上である黒曜級である彼等も充分に超人の領域に入る実力者であることが分かる。
そんな彼等、黒曜級冒険者チーム『青銅の盾』の6名は来た道を引き返していた時に、『それ』は襲来した。
10メートル先の曲がり角から突如として、全身を漆黒の鎧で身を包んだ人型の怪物、いわゆる特急隊員数名が現れ、その手に持つ23式重歩兵機関銃を彼等へと構える。
「っ! 来たぞっ!」
『青銅の盾』のリーダーである男が瞬時にメンバーの前に出てメンバーの壁となり、装備していたマジックアイテムを発動させてこれなら訪れるであろう銃撃に身を構える。
その瞬間、男の身体中から自身の豊富な人生で経験した事の無い程の衝撃と痛覚が彼を襲い、その余りの威力に動揺する。
(嘘だろっ!?・・・)
体内に宿る魔力の一部を利用する事で、外部からの攻撃を無力化する能力を持つ筈のマジックアイテムである鎧、『魔壁の大鎧』を装備していた男の鎧は早期に大きく破損した状態となった。
銃弾の嵐の第一波を終えた時、リーダーの様子を見たメンバーが慌てて彼を援護しようと動き出す。
後衛職である魔術師が瞬時に結界魔法を発動して、その内側には、リーダーよりも防御に自信のある重戦士が手に持っていた魔法の盾と多数のマジックアイテムを併合して強固な人壁を造り出す。
更には援護戦闘職でもある斥候が催涙の効果がある煙幕を前方に撒き散らして特急隊員からの照準を惑わす。
その一連の動きを僅かな時間で完了させてきている事から、対峙する特急隊員等も高位の冒険者が相手だと悟る。
最初の銃撃を行った隊員の後方から、先ほどの機関銃とは別の大型銃を装備した別の隊員が滑り込むように前へと出ると、視線の先で次の攻撃に備える重戦士へと照準を定める。
先の重歩兵機関銃が多数の非装甲物への目標を制圧することを前提とした武器ならば、次に特急隊員が使用するこの銃は、特定の装甲物に対しての単発的な制圧をする事を前提とした22式対装結貫通ライフルである。
アメリカのバレッド社のバレッドM82対物ライフルを模範にして小島重工業が独自開発した国産の対物ライフルは、装甲車だけでなく、強固な結界に対しても有効な射撃が出来るよう開発されていた。
そんな大型銃を防弾装備で覆われた両手でしっかりと持ち、蒼白い靄を通路一杯に張り巡らされた先にいる重戦士に銃撃を加えた。
銃弾に特殊混合された鉛と魔法石を使用された弾は、まず最初に結界を難なく破壊した。
その後、銃弾の速度は著しく低下したものの、それでもその先にある金属製の盾と鎧をも貫通して重戦士の肉体の内側へと届いた。更には、金属製の盾と銃弾が高速で接触した為に、その周囲に高温のガスを発生させた。
胸部に大口径の弾丸を撃ち込まれただけでなく、身体全体に高温のガスに包まれてしまった重戦士は無視できない火傷を全身に負う。
絶対の自信を持って挑んだ己の壁を一瞬で破られた事に重戦士は、それに驚愕や衝撃を感じる事は無かった。その後すぐに胸部の痛覚と火傷により意識を失ったのだから。
「ジュロっ!?」
そうリーダーからジュロと呼ばれた重戦士の男は、それに答える事もなくその巨体を地に伏せた。
だが、その倒れたジュロの背中を踏み込んで大きく跳躍した冒険者がいた。
同じ『青銅の盾』の前衛職の1人である剣士ベアリーフが、仲間の死体を踏み場にして動きの鈍いであろう最前列にいる隊員を両断しようと跳んだのだ。
特急隊員の大多数が室内戦に不向きである大型銃を扱っていた為に、新たな敵への対応が遅れてしまう。
(そのデカブツごと斬り殺してやる!)
自身の読みが見事に命中したベアリーフは、両拳に持ちうるだけの力を込めて剣を振り下ろそうとした。しかし、そんな彼の読みはそこまでであった。
大柄の特急隊員の影に隠れるように待機していた、軽装備の特急支援部隊の隊員数名が取り回しの利く89式自動小銃で剣士の全身を撃ち抜く。
(っ! 隠れて…っ!)
彼等が、使い慣れた、小銃による銃撃に跳躍状態のまま数発の銃弾にベアリーフはそのまま地面へと音を立てて落下する。その時にはもう息はしていなかった。
「そんなっ!」
ジュロに続き、ベアリーフまでもが1人も倒す事なく、倒れたことに後衛の1人である神官から悲痛の声が上がる。
「ぐっ! 下がるんだ! 下がって皆に知らせろ! コイツ等は俺達だけで対応できる相手ではないっ! 速くっ!」
このリーダーからの指示に後衛の3人は目を見開く。たった1人を残して下がるという事は、最後に残るリーダーの死を意味することになる。
前衛2人が抜けた事により、もう『青銅の盾』にこれ以上の戦闘は不可能だと察したリーダーが生き残りの後衛3人を後方へと逃がすべく、痛む体を無視して再び立ち上がる。
後衛の3人は残ろうとしたが、自分達のリーダーの死を覚悟した表情に、喉から出そうとした言葉をぐっと堪えた。
3人は、目に涙を浮かべながら共に歩んできた頼れるリーダーを背に向けて全力で走った。
「魔法使いは決して逃がすな。」
「了解」
その様子を見た漆黒の軍隊の隊列の中心にそう指示を出す存在を鋭い聴覚と視力で捉えたリーダーはその男目掛けて突進をした。
(奴こそが指揮官だ! 奴さえ仕留めればコイツ等の動きは鈍るっ!)
そう心に決めたリーダーはこれ迄の人生の中でも間違いなく最高の動きで、目の前の特急部隊の指揮官たる野儀大尉の元へ全力疾走をする。
それを見た特急隊員等は再度、照準をリーダーに向けて発砲を開始する。今度は複数人の支援隊も混ぜた重厚な弾幕を作り出した。
その分厚い弾幕を見たリーダーは、右手で握り締める長身の曲刀を胸の高さにまで持ち上げて、自身の身体に目掛けて突っ込んでくる弾丸を斬り裂いていこうと剣を振る。
常人離れしたその動体視力をもって弾丸の1つの軌道の途中に剣を間に入れる。
見事にも重歩兵機関銃の7.62ミリ弾を剣で弾く事に成功し、そのままの勢いで次の弾丸を斬ろうとするも、それにより彼の予想を上回る振動が剣から腕へと伝わった事で、彼の動きは鈍くなってしまう。
その一瞬のそして僅かな乱れが、彼の運命を決することとなる。
彼の腕の関節の繋ぎ目に貫通ライフルの銃弾が通り抜けた。それにより彼は剣を持っていた右手から胴体を離れてしまう。
「がっ!」
関節から下の右手が切断された事により、そのまま足を止めてしまった彼は、特急隊員等が放つ幾百もの銃弾がその身体へと撃ち込まれていく。
齢31、肉体としては最盛期であった黒曜級冒険者『青銅の盾』のリーダーは、異世界の軍隊に敗北し、その生涯を終えた。
恐らく自分にに狙いを定めていたであろう冒険者の死体を通り過ごした野儀大尉は、そのまま前進して、あの後すぐに先行させた部下を発見し、その足元を見て新たなる指示を出した。
「排除完了しました。」
「よし。前進開始。」
背中に大量の弾痕を残した3人の冒険者風の死体を一瞥し、そう指示を出した野儀大尉は、数十の重武装した部下を引き連れて前進する。
さっきまで罵声と共に大使館周囲に群がっていた数百を優に越える暴徒集団はいま、自分の眼下で蜘蛛の子を散らすよう逃げ回っていた。
「降下、降下っ! どんどん行けっ!」
そうUHー60JAの機内で自身の上官は機内のスライドドアを開けて、その先に繋がれているロープを掴んで指示を出した。
機内の先頭にいた私、野崎豊一等兵はロープを両手に強く握り締めて、訓練で何度も経験したファストロープ降下を開始した。
10メートルの高さから命綱無しで己の手足のみを信じて野崎は、数秒の僅かな浮遊感を感じて地上へと降り立って腰に掛けていた銃を手に持ち、仲間が降り立つのを援護する。
ラペリング降下とは違いカラビナの解除する必要が無い為に、今回のような敵対勢力が大量にかつ、不特定な状況下では、大いに助かる。
周囲を見ていると、自分達の機意外にも次々と他のUHー60JAや、CHー47J通称チヌークからも海征団の仲間がロープで降りているのが見える。
「全員降りたなっ! あの建物の影に入るぞ!」
そうこうしている内に、自分の機から全員が降り切ったようだ。分隊長が近くにあった石造りの建物を指差しながら指示を出す。
それに少し慌てて野崎は自分の分隊である第7分隊、総勢12名と一緒に走り出す。今のところどの分隊からも攻撃は受けていないようだ。あれだけいた暴徒達も自分達の降下地点から離れようと走っていくのが遠目で見えた。
「全員居るな? よしっ! 司令部 こちら第7分隊、降下地点より南東にある4階建ての建物にいる! これより大使館周辺の安全を確保する! 以上っ!」
分隊長が無線でここから遥か遠くにいる第1即応艦隊の司令部に報告をした。するとその司令部から応答があった。
『こちら司令部、了解。そこより東へ3ブロック先の広場に武装勢力を確認した。付近にいる分隊と連携してその対応にあたれ。以上 』
その司令部からの命令を聞いて野崎は、そこから上空に視線を向けた。そして視線の先に飛行している存在を見つけた。
(あれか・・・)
野崎が見つけたのは、今いる都市の上空で旋回飛行していた観測機OHー1がいた。あの機体のカメラから撮影した映像を司令部に送っているのだろう。
更に周辺の上空を見れば自分達が乗っていた機体の同型であるUHー60JAを観測仕様に改造された観測機も何機か飛んでいた。
先に述べたOHー1よりも高性能なカメラ・マイクを搭載してより鮮明な映像や音声を司令部に送信する事が可能となり、より高機動な動きを実現させることで、迅速に特定の場所上空へ辿り着き、情報収集することが可能になった。
そんな観測機が見えるだけでも7.8機はいる。これだけでも日本政府の本気が伺える。輸送ヘリだけでも数十もの機体が動員されているのだ。しかもその隊員の多くは実戦を経験した事のある者ばかりだ。
かくいう自分も数年前の北海道上陸戦で第5師団の第4普通科連隊で当時のオーマバス神聖教皇国との交戦経験があった。
「こちら第7分隊、了解・・・聞こえたな? これより我々は付近の別分隊と合流して近くの広場に屯している武装勢力を叩く。 理解したな? 野崎から前へ出ろ!」
横目で上空を見ていると分隊長から指示が出されたのですぐに意識を切り替える。ひょこっと壁から顔だけを出して通りに人影が無いのを確認する。
後ろの同僚に安全を伝えると、隣にいた同僚が通りの先にある建物へと走り出す。自分達はその間、周囲を警戒して同僚を援護し、分隊長からの指示で次々と移動する。
「よし次だ!」
そうやっていると遂に自身の番がやって来た。野崎は意を決して走り出す。なるべく足音を出さないように注意を払うのを忘れない。
通りの先にある建物の裏路地へと先行していた同僚が出迎えてくれた。
「よぉし、お疲れさんよ。」
そう戦場とは思えないノリで陽気に話し掛けてきた同僚に肩を軽く叩いて返答とした。そして膝に手を付いて息を荒く吐いた。
「はぁはぁ…やっぱ怖えぇ。」
この国の暴徒の多くは大した武器は持っていないと聞いてはいてもやはり戦場で遮蔽物のない通りを走り抜けるのは勇気がいるものだ。
そう言っていると最後尾の分隊長が到着して、野崎は姿勢を正した。そこへ無線が入ってくる。
『こちら第9分隊、そちらを目視で確認してる。 場所はそちらから見て北西の塔の足元にいる。
見えるか?』
どうやら合流予定の分隊からのようだ。言われた方向へ目を向けると確かにそこには塔らしき建造物があった。その足元付近を見てみると数人の人影が居るのも見えた。
すかさず分隊長が返答する。自分達は周囲を警戒しながら無線の会話を聞く。
「こちら第7分隊、此方からも見えたぞ。 そっちからは動けるか?」
『こちらからは周囲に敵影は見当たらない。 そちらへ向かうので援護を頼む。』
「了解。 聞こえたな? 北西から仲間がくる。間違っても誤射なんてするなよ。 野崎と飯田は向こうの屋上を見張れ。 いつ上から攻撃してくるか分からんからな。」
野崎はその指示に従ってここから見える建物の屋上を監視する。今のところ人影は見当たらない。すると視線の端で別分隊の数人がこっちに向かって走っているのが見えた。
自分達の所にまで到着した数人の1人が息を少し乱しながら自分の分隊長に報告する。
「第9分隊、ただいま合流しました! ここから佐々木軍曹等がやって来ます!」
それを聞いた分隊長は、やや大きい声を出す彼のヘルメットを叩く。
「声が大きいっ。 黙って報告しろ。」
そんな無茶な。と思うが、それに慌てて口を塞ぐ彼を横目に彼等が来る方向から次々とやって来た。
「分隊長の佐々木軍曹だ。 そして第9分隊12名全員ここに集まった。」
「第7分隊の吉田軍曹だ。良く来た。 では作戦通りに広場へと向かう。現在地は…」
そう自分達の分隊長である吉田軍曹は、懐からこの都市ソウバリンの地図を取り出した。
国交を結んでからまだ日が浅く、しかも日本から離れた国である為に、そこまで精巧な地図では無いが、それでも現地の殆どの地図よりはマシではある。
その地図を分隊長2人と周りにいた数人が囲んで現在地を確認する。
「ここだな。」
吉田軍曹の指が地図のとある一角を指す。ソウバリンの全体から見て、やや右下に位置する場所が自分達の位置する現在地なのだろう。
「そこから3ブロック東にある…この広場に武装勢力が固まっている訳だな。」
「そうだ。棒や石では無く、我々と同様の銃、つまり火縄銃を持っているようだ。」
「それからさっき司令部から聞いた話だと、北と西から多数の暴徒が日本大使館に向かってるらしいぞ。」
佐々木軍曹からの言葉に吉田軍曹が反応する。
「なに? それは本当か?」
「そうらしい。 各大使館を包囲してた暴徒の一部がほぼ同じタイミングで動いてるようだ。 北と西側に降下した分隊はその対応に追われてる。
我々もそこの連中を排除したらその後詰めとして動くかも知れん。」
「つまり弾薬の消費は抑えない駄目か…」
「そう言う事だ。 お前ら、しっかり狙って撃つんだぞ?」
「了解。」
吉田軍曹はそこで地図を折り畳んで懐にしまうと、立ち上がった。だが佐々木軍曹の無線機から無線が入る。
『こちら司令部 北と西から接近していた暴徒集団との交戦を確認した。 各分隊はより一層の警戒を厳とせよ。
それから北西の門からチェーニブル法国の物と見られる大隊規模の戦車部隊を確認した。 この該当区域の分隊はこちらからへの攻撃は厳禁だ。 また可能であれば接触を図り、情報を入手せよ。』
それを聞いた2人の分隊長は互いに顔を見合わせて呟いた。
「始まったな。」
「向こうはかなりの激戦になるだろうな。 上空のヘリコプター連隊と上手く連携出来ればいいんだが…」
野崎一等兵は、自身の担当がそこの分隊では無くて助かったと心のなかで安堵の息を漏らした。そこの分隊の同僚には申し訳ないと感じながら。
「接触して情報交換しろだって? ふざけんな! こっちはそんな余裕なんて無ぇんだよっバカ野郎!!」
「おいっ! 頭を出すなバカ野郎!?」
「あっ! やべっ!?」
司令部からの無茶振りを怒りの余り立ち上がった男は、同僚の言葉で今の状況を思い出し、慌てて前の遮蔽物にしゃがみこんだ。そこへさっきまで立っていた場所に目掛けて次々と矢や丸い弾丸が飛んできた。
奇跡的にどこも怪我して無いことに、己の大して信じてもない何処かの神へ感謝の祈りを捧げると同時にお返しと言わんばかりに小銃を構えて前方に大量発生している暴徒共に銃弾を浴びせる。
こんな状況下に彼は思わずこう叫んだ。
「ここはブラックホーク・○ウンかよっ!!」
「だから頭を下げろって!?」
いま彼等の視線の先には、大型の馬車が数台1列に並んでもまだ余裕があるであろう大通りを埋め尽くす程の数の暴徒達がいた。
数にすれば見えるだけでも数百は優に越えている彼等を、こうして迎え撃っているのが自分達 海征団の第4分隊所属の菊池章平一等兵等である。
彼等の分隊以外にも、合流した4個分隊相当がこの大通りの遮蔽物越しから、暴徒達に銃撃を加えていた。
大通りだけでなく、2個分隊程がこの大通りに面している建物の上階に入って窓から狙撃している。
更に上空を見れば、数機のUH-60JAがスライドドアを開けて、そこにいた射撃手が7.62ミリ機関銃を暴徒達へと発砲して菊池等 地上部隊を援護してくれていた。
ただ、それだけの援護がありながらも暴徒達は完全に撤退することなく、少しずつにじりよってこの防衛線を突破しようとしていた。
そんな状況下で建物の壁に身を隠し、数発の銃弾を粗末な作りの剣で突進してきた若者を狙撃した菊池の無線機から声が入った。
『こちらフォーリ04 貴分隊から見て西から4ブロック先に新たな暴徒集団が包囲しようと動いている! 今いる大通りから後退して防衛線を再構築されたし!』
そう上空でソウバリンを旋回飛行していた観測機のパイロットからの報告を聞いた、菊池の分隊の分隊長が怒鳴るように返答する。
「こちら第4分隊っ! なぜそんな至近距離に詰められてから報告した!? もっと速く報告しろ!」
『すまない。建物の物陰に隠れて発見が遅れた。』
「くそっ! おいっ聞いたな? すぐにここから下がるぞ。」
「マジかよ。」
菊池は隣の同僚と一緒に、今いる場所から離れて後退を開始する。それに他の分隊も次々と後退を開始していく。
後退して行く菊池達を見た暴徒達から歓声が上がっていくのが聞こえたが、それを無視して行く。
数ブロック程 後方へと下がって、近くにあった屋台等からバリケードに使えそうなのをかき集めて防衛線を再構築していく。
「車両部隊はまだかよ?」
菊池は、数個の空き箱を乱雑に置きながら隣の同僚に聞く。
今回の動員された救援部隊の中には、複数台の戦闘車両も重輸送回転翼機であるチヌークや隼に搭載していたがその車両が遅いことに苛立ちの様子を見せる。
「どっかで足止めでも食らってるだろうよ。 傍迷惑な話だがな。」
と、同僚は付近にあった荷車を動かしながらそうぶっきらぼうに答える。
実際には、軍用車両を載せた重輸送ヘリを着陸出来る程の場所は少ないのでその場所の発見及び、確保に苦心していた。
生半可な場所に着陸すれば機体の車輪が地面に深くめり込んで破損してしまう恐れがあるので適当な場所には降ろせない。
あらかじめ降ろす場所は決めていたが、想定を上回る暴動の規模に、司令部で決めていた候補場所の
多くが、障害物で塞がれていた。
機体の大きいチヌークと隼だとある態度の余裕が無いと厳しい。しかしそれでも熟練のパイロットの何人かが高度な技術を駆使して僅かに空いている場所に着陸に成功している機体もいた。
そうして戦闘車両を降ろす事に成功した所では現在、暴徒達によって作られた障害物を突進して菊池等の元まで向かっていた。
そんな彼等の努力を知るよしもなく、菊池は軽く舌打ちをする。その様子に同僚は相当腹に据えているようだと察する。
「帰ったら嫌がらせしてやる。」
そんな菊池の言葉に隣の同僚は「えぇ…弱気」と呆れた顔をする。
そうやり取りをしていると分隊長から指示がとんだ。
「あと数分でチェーニブル法国の戦車部隊が付近を通過する! 菊池、佐原! お前らで接触してこい! 可能であればそこの指揮官に無線を渡して知らせろ! 司令部が連携を取りたいらしい。」
「えっ!? マジすか・・・了解しました!」
突然の命令に菊池と隣で喋っていた同僚の佐原は嫌そうな表情を必死に隠して動く。
「なんで俺もぉ!」
分隊長の耳に届かない所まで離れた佐原がそう嘆く。
「ちぇっ! きっと、今までの陰口を言ってたのがバレたんだ! あの糞軍曹めぇ…姑息な手を!」
菊池の頭を叩きながら言った予想に佐原は「絶対に違う…」と思ったが、そんなことよりも速く仕事を済まそうと無視した。
「これって、軍隊物の映画とかで良くあるパターンだな! こうして実際にやってみると糞だな!
せめてこれが映画化すればいいのになっ!」
「バカな事言ってないで近道するぞ菊池っ!」
佐原はそう言うと裏路地に入って、近くの扉を蹴破り中へと入る。
「おい、良いのかよ?」
「構うもんか、どうせ中の住民は殆ど別の場所で避難してるだろう…ありゃ?」
心配をする菊池を他所に佐原はズカズカと中を進んで行くが、あと少しで向こう側の通りへと出る雨戸のある部屋まで入ると、そこにはこの建物の住民らしき人達がいた。
突然 異国のーしかも列強国のー兵士が銃を片手に侵入してきた事に、3人程のまだ10歳にも満たない恐怖で震える子供達を庇うように母親らしき女性が両手で抱きしめ、父親らしき男性が菊池達に震えた声で言う。
「こ、殺さないでくれっ! お、俺達は無関係なんだ。本当だ! か、金ならそこの棚にあるからせめて子供達だけは…!」
そう父親らしき男性は、菊池達に懇願するように膝を付いた。誰がどう見ても略奪してるようにしか見えないこの絵面をどうにかしようと慌てて佐原が口を開いた。
「い、いやいやっ! 此方こそ勝手に入ってすんませんでしたぁ!! え、えっとこれで勘弁してください!」
佐原はそう言うと懐に隠してあったチョコレートを父親らしき男性に手渡す。それを恐る恐るといった様子で受けとる男性は困惑気味に聞いた。
「こ、これは?」
「つ、詰まらない物ですが、子供達に食わせてやってください! きっと気に入ると思うんでっ!」
佐原はそう言うと慌てて雨戸を開けて逃げるように出ていった。そんな同僚を呆れた様子で息を吐いた菊池は、子供達の方へと振り返る。
列強国の兵士と目があった3人の内の1人の子が震えてはいたが、興味深そうに菊池を見つめる。
そんな子に、菊池はニッコリと歯を見せて笑い片手を上げて愉快げにこう言った。
「悪いね、あのオジさん。ほんと、せっかちなもんでさぁ。 お騒がせしましたぁ・・・」
菊池は極力、怖がらせないようにゆっくりと雨戸から建物へ出る。
外へと出た菊池は、目の前の間抜けな同僚を軽く蹴った。
「・・・思いっきり略奪者だと勘違いされたじゃねぇか。」
「ゴメンって。」
そんなやり取りをする菊池達の無線機から声が聞こえてくる。先ほど分隊長と話していた観測機のパイロットからだ。
『こちらフォーリ04、貴官等からの位置へ2ブロック程進めば戦車部隊と接触出来る。急いでくれ。』
「こちら第4分隊、了解・・・ちっ、急かすなよ」
「仕方ない。急ぐぞ。」
2人はそこで気持ちを切り替えて走り出す。
幾つもの建物を走り抜けて、あと十数メートルほど走れば、国籍不明の戦車部隊と合流出来る大通りに入るところで、彼等の目の前に数人の軍人が現れた。
(奴等がチェーニブル法国軍かっ!)
「おぉい! 聞こえるか! こっちだ!」
恐らくは戦車と随伴する歩兵部隊だろうと考えて、そこから手を大きく降って自分達の存在を彼等に教える。
菊池の声が彼等にも届いたのだろう、何人かがビックリしたように菊池の方へと振り向いて、その瞳の中に菊池等が映る。
そして彼等は、手に持っていた小銃を菊池達に構え始めた。
「え?」
「ウソだっろ!?」
そんな彼等を見て間抜けな声を出した菊池を隣にいた佐原が近くの裏路地に通じる通路に入れる為に菊池の横腹を蹴った。
「ぐぇっ!!」
肺の中の空気を絞り出したような声を上げて裏路地に倒れた菊池と、それに続くように身を投げ出すように裏路地に突っ込む佐原と銃弾が先ほどまでいた佐原達に飛んでいくのはほぼ同じタイミングだった。
「こっちだ! こっちに敵がいるぞ!!」
「第2小隊、急いで来い!」
「野蛮人共めぇ!!」
裏路地に隠れた佐原達を追撃するように、発砲してくるチェーニブル軍人達。それを見て佐原は何故撃ってきたのかを察した。
「あぁんの素人集団がぁっ!! 完全にこっちを暴徒達だと勘違いしてやがる!!」
佐原は背にしている建物の壁を強く殴って、現地人だと勘違いして馬鹿みたいに撃ってくるチェーニブル法国軍人を罵倒する。
そこから銃声に負けないような大声で彼等に所属を言う。
「おいごらぁ!! こっちは日本国防軍人だぁ! 敵じゃねぇよ!! 同じ列強国だろうが!! 発砲を中止しろ! 聞こえねぇのか!? 」
そこで漸く発砲が止んで、向こうから声が聞こえてくる。声からして若い男性の声だった。恐らくは新兵だろう明らかに落ち着きがない。
「本当にニホン軍か!? 姿を見せろ!」
「馬鹿野郎っ! てめぇ等が、散々撃ってきた癖に姿を出せるか! 出したらすぐに撃つだろうが!」
「ニホン軍ならば撃たない! さっさと姿を見せろ! でなければ敵として処理する!!」
「だぁ…糞っ! 本当に撃つなよ!?」
佐原は裏路地から出ようと動くが、途中で止まって、ヘルメットを外して小銃の先端にそれを載せてゆっくりと裏路地からそれをゆっくりと出していく・・・
そして、ぶっ飛んだ。
「てめぇ! 撃つなつってんだろうが!? 頭沸いてんのか!? この糞餓鬼新兵がぁ!!」
佐原はいよいよ本格的にぶちギレる。もしあの時、バカ正直に姿を出してれば間違いなく蜂の巣になっていたであろう。どうやら本当に列強人なのか疑ってるようだ。
「なぜ姿を見せない!? 本当にニホン軍人なら証明して見せろ!」
「だったら撃つなってさっきから言ってるだろうが!! 」
このままでは埒が明かないと判断した菊池は、痛む横腹を擦りながら、向こう側の兵士に言う。
「俺は日本国防軍 海征団第4分隊所属の菊池章平一等兵だ! 貴官等の指揮官に用がある!」
その言葉にチェーニブル法国側の兵士達も落ち着きを取り戻したのか狼狽える。
それを見計らって菊池は彼等の前へ出る。突然、菊池が飛び出た事に驚いていたが、今度は発砲してこなかった。
「お、おい!」
それに佐原は慌てるが、発砲してこない様子をみて、漸く話が出来ると安堵の息を漏らしながら菊池に続いて出た。
明らかに暴徒達とは違う格好の2人を見て、まだ青年であろう数人の軍人達も警戒を緩めた。そこへ彼等の上官と思われる男性が数人の部下を連れて後ろから現れた。
「チェーニブル法国陸軍 第201戦車大隊のバードン・リフテル中佐である。」
まさかの佐官に、2人は少し驚きなからも日本式の敬礼をする。
「自分は日本国防軍…」
菊池の言葉を遮るようにバードン中佐は話す。
「知っている。先ほどの声はここまで聞こえていた。本当にニホン軍だったようだな。部下達が失礼したな。代わりに謝罪しよう。それで? 私に用があるようだな。」
「はっ、こちらを中佐殿に。」
菊池はそう言うと、懐から無線機を取り出してバードン中佐に渡した。
「ふむ、無線機か。」
「はっ、司令部がお話をしたいとの事です!」
「分かった。少し待っていろ。」
バードン中佐はそう言うと、大通りの方へと戻りながら手渡された無線機を使って司令部と話し始める。
それを見届けた佐原は、さっきまで撃ってきたチェーニブル法国の青年の頭をヘルメット越しでぶっ叩いた。
「痛てっ!?」
いきなり叩かれた青年は驚いて目を見開くが、当の佐原はそれを見て怒鳴る。
「痛て、じゃねぇだろうがっ! こっちは危うく死にかけたんだぞ! この新兵がっ!」
「す、すみません! まさか本当に列強人とは思いませんでして…痛っ!」
そう言ってもう一度叩く佐原に、今にも泣きそうな表情で謝る青年軍人。
それを見て菊地は佐原を宥めて、青年達に幾つか質問をする。
「お前らは新兵か?」
問われた青年達の1人が応える。
「は、はい。自分達は去年に訓練を終えて、このバフマン駐屯基地に配属されました。」
「け、1年生か。今度からはもっとしっかり確認してから撃てよ?」
「しかし・・・チェーニブル人にしては変だな。
お前ら、その腕章はなんだ?」
菊池はチェーニブル人にしては少し異様な事に気付いた。
彼の知る限りチェーニブル人の多くは、瞳の色は赤か青等が一般的だ。しかし、彼等は黒だったり茶色なのだ。
しかも全員が少し痩せ気味で、背も年齢にしては低い気がする。
何よりも彼等の腕には腕章が巻かれていた。黒い3本線が描かれている。先ほどのバードン中佐と後ろに従えていた軍人達には巻かれていなかった。
聞かれた青年は、表情を暗くして応えた。
「あぁ、これですか・・・自分達は属領から徴兵されたんです。これはそれを示す腕章です。」
「因みに3等国民っていう意味です。」
「あぁ、そう言うことか・・・悪かったな。」
菊池達はそこで合点がいく。ニュースでそういったことはある程度聞いていたので全て察したのだ。彼等の境遇について。
列強国ともなれば属国や属領等を多数保持している。
これらの場合は、その列強国の領土として扱われるが、そこに住む住民達は列強国籍を持てる訳ではない。
列強人よりも下の階級として扱われるのだ。3等国民はその階級だ。
1等国民よりも上の階級である特等国民に昇格することで漸く列強人としての籍を貰えて、それに相当する権利を得ることが出来る。
そして、階級を上げる方法は多々あるが、その内の1つが軍に入って功績を上げる事だ。
運良く下士官にもなれば、少なくとも1等国民に上がって、準列強人として扱われる。そうなればその家族の生活水準も上がる。
そんな仕組みに成ってる故に、各列強国政府が発表している人口統計は、実際にはそれよりも多いのだ。列強によっては倍以上も差がある事もある。
列強の領土として扱われるが、列強人ではない故に、彼等の扱いは下として見られる。
そんな事情なので、恐らくは軍内部での彼等の扱いも酷いのだと察して菊池は謝ったのだ。
「い、いえ、お気に為さらずに。」
青年はそんな菊池に少し慌てて気にしないように言う。
そう話しているとバードン中佐が戻ってきて無線機を返してきた。そしてこう口を開いた。
「お前達の司令部に、ある程度の情報は伝えといた。
それと、ここより先は、我々が対処するからこれ以上先には入るなとも伝えてある。 貴様達も持ち場に戻れ。 行くぞ。」
バードン中佐はそう言うと、青年達を連れて大通りに戻った。
戦車部隊に囲まれた戦闘指揮車にバードン中佐は乗り込むと戦車部隊はそのまま大通りを走る。あの青年軍人達、歩兵は必死にそれを走って付いていく。
その様子を見ていた菊池達はなにか言いたそうだったが、何も言わずに来た道を引き返す。
ヤーネル海
そんな菊池達から遠く離れたヤーネル海と呼ばれている海域に、第1即応艦隊が航海していた。
輸送艦も合わせて全部で14隻から編成された艦隊の中心部にいる強襲揚陸艦「とうかい」型に設けられた司令部でバフマン王国の状況を電子画面越しで確認している集団がいた。
そんな集団の1人である高橋諭吉少将の隣にいた参謀が先ほどの無線でのやり取り内容について話した。
「さっきのバードン中佐でしたか? 随分と威圧的でしたな。 チェーニブル法国大使館周辺には近付くな、そう言い張るだなんて。」
それに高橋少将は口を開く。
「まぁ、相手は最上位列強国だ。迂闊に機嫌を損ねる訳にはいかん。 それに得られた情報は大きい。」
高橋少将はそう言うと、目の前の一際大きな画面を見つめる。
その画面にはソウバリン上空を飛行しているUH-60JAからの映像が映っていた。その隣にはソウバリンの地図も映っている。そして高橋はその地図の一角を指差して言う。
「この広場にいる武装集団は、保守派の私兵と言うことになる。直ちに付近の隊員に接触させろ。」
「はっ。」
「それと第3対戦車ヘリコプター隊には、該当区域の飛行禁止命令を出せ。
第4~第8分隊には目標のB地点を軸に防衛線を張らせるんだ。それから、第1即応機動車両部隊の到着を急がせろ。」
高橋少将は地図を睨み付けながら次々とソウバリンの部隊配置命令をしていく。
そんな高橋少将の姿勢が突如として揺らいだ。いや、高橋少将だけではない。この場にいた参謀や将校、通信要員達も姿勢が崩れる。
「波が荒いな・・・」
高橋少将は揺れの原因である外の現状を思い浮かべて呟いた。
「ヤーネル海は荒いとは聞いてましたが、ここまでとは・・・」
「天候も理由だろうが、これは少し異常だな。」
「ソナー室より報告、方位2ー7ー0の深海2100に魔獣を探知。」
そう話している内に今度は魔獣を探知したようだ。この報告は今日1日だけでも6度目である。
「種類は?」
近くにいた艦長が魔獣の種類を聞く。それによっては駆除しなくてはならない。
すぐさま、砲雷長が指紋の音バージョンである音紋を艦に保存されているデータから特定を開始する。
これまで日本が録音してきた魔獣の鳴き声、泳ぐ音からその種類を確かめる事が可能だ。本来ならば潜水艦等に対して使用されるものではあるが。
「音紋をカタログデータから照合中・・・これは、オオヤジロです。」
オオヤジロ・・・体長が最大で60メートルにまで成長する矢の様な形をした鯨のような魔獣だ。
性格は比較的にだが臆病で、自分よりも大型の生物には何もしない生物だ。
「なら無視だ。」
艦長がそう指示するが、それから間もなくすると、再び報告が入る。その内容にこの場にいた全員が驚愕する。
「っ! 通信が入りました! これは…チェーニブル法国海軍です!」
「なに?・・・と、すると彼処の艦隊か! 内容は何だ?」
高橋少将は視線の先にある画面を見た。その画面にはこの艦を中心とした地図が映っていた。その地図の左端に白に発光している艦印が幾つも映っている。
これは全部で10隻以上の他国艦隊が、第1即応艦隊より南東300キロメートル先で航海している事を意味する。チェーニブル法国の艦隊がなぜこの海域を航海しているのだというと・・・
「はっ、読み上げます。『こちらは、世界海事調査委員会の査察艦隊である。』」
世界海事調査委員会、これは詰まり、世界中の通商航路等の設定、そしてその安全性を調査する為の国際機関である。
海賊や魔獣等の駆除も行っており、それらの実行艦隊は世界会議によって決められていた。
そして前回の会議ではチェーニブル法国がそれを主導することが決まっていたのだ。
それを把握していた高橋少将はその続きを促す。
「続けます。『これより先の海域にて多数の魔獣の存在を確認した。この海域付近の駆除活動を開始する為、貴艦隊は直ちに引き返されよ。』い、以上です。」
「何だと!?」
その内容に思わず司令部にいた誰かがどう声を出した。
「り、理由は、駆除活動で我々への安全を考慮するものとして『通行禁止令』を発動しました!」
その通信員からの言葉に、場は騒然とした。それが意味することを全員が理解したのだ。
「っ!?」
「不味いっ! すぐに通行許可を申請しろ! こっちは救援任務なんだぞ! 」
「はっ!」
世界海事調査委員会による通行禁止令、これが発動されと軍・民間問わずに、該当海域への侵入は一切が禁止されるのだ。例えどんな理由でもだ。
「だ、駄目です! 幾ら要請しても向こう側の回答は拒否です!」
「ふざけるなっ! 奴等め、嫌がらせのつもりか!? 向こうだって同じ境遇だろうが!」
その報告に高橋少将は毒づく。そしてすぐに次の指令を出した。
「すぐに付近にいるムー国の艦に同行要請をしろ! 急げ!」
「は、はい!」
この事態の唯一の解決策である超大国への介入を高橋は指示した。
この世界での超特権階級国家である超大国の軍艦が同行するならば、通過するだけという条件でこの通行禁止令を無視する事が出来る。
だが逆に言えば、それが無い限り、高橋達はこれ以上、前に進めないことを意味する。
「っ! 付近にムー国のフリゲート艦と繋がりました!すぐに駆け付けてくれるそうです!」
その報告にこの場にいた何人かの口から安堵の息が漏れた。これで最悪の事態は回避出来る。
「ふざけやがって・・・何の積もりだ?」
高橋は数百キロ先にいるであろうチェーニブル法国艦隊を画面越しで睨む。
冒険者との戦いをメインにする積もりが、いつの間にか、海征団に、即応艦隊に色々と小話を混ぜている・・・
次こそ戦闘シーンを多めに書きます・・・




