第62話 ここから
第62話 ここから
今日だけで何人を殺したのか?
そう心の中で疑問を浮かべる呑気な自分を叱咤して狙いを定めていた魔術師の1人を撃ち殺す。
「いいぞ。これで魔術師は残り少ないぞ!この調子でミスリルの魔術師もやっちまえ。」
「言われなくても分かってる!」
相棒からの言葉をぶっきらぼうに返すと次の目標へとスコープを重ねて狙撃する。
近くの塀に隠れようとしていた補捕庁の兵士の頭を撃ち終え、次の弾丸を装填しようと弾薬ケースに手を伸ばすが、それが空だと分かると声を上げた。
「弾切れだ!わけてくれ。」
「生憎と俺も残り3発だ。」
隣の同僚はそう言うと引き金を引いて、兵士の腹を撃ち抜き、続けてこう言う。
「これで残り2発だ。使うか?」
「・・・そっちは何発だ?」
不機嫌そうに言ってきた同僚から目を反らして別の所にいた同僚に聞いた。しかし返答は同じようなものだった。
「こっちも残り6発だ!」
「同じく!けれど、いま田畑さんが下にいってかき集めてくれているぞ!」
「それまで持つか?」
「まぁ無理だな。次の一斉移動で確実に入られるな。」
そう会話していると敵側は本日3度目となる、全員が一斉に物陰に隠れ始めた。
今までの経験で、しばらくは向こう側に動きがないのを理解している坂田達はそこで一休みする。無論、スコープから目を離さないが。
「奴等が動く前に弾薬が届くのが先かな。それとも奴等が先か。」
「そもそも弾薬が残ってるのかも怪しいところだ。」
「どっかに落ちてないか?拾い損ねたのが。」
と、観測手の1人が双眼鏡から目を離して屋上の床を探し回る。
「訓練で教わったろ?俺達が弾薬を落とすなんてヘマをやるか?」
坂田は訓練時代から上官に散々言われてきた『国民の税金を無駄にするな。』という言葉を思い出してそういった。
やがて、探しても出てこないことで諦めた彼はため息をついた。
「駄目だ見つからん。」
「だろうな。」
「いま思うと、あの鎧の奴は惜しかったな~。奴を撃ち殺していれば連中の士気も確実に落ちてたぞ。」
同僚の1人がそう言った。仲間の魔術師が何かを詠唱し初めていたので、排除しようと思ったが、あの鎧の男が前に立ちはだかり、盾で防ごうとしていたので、そいつから先に倒そうと思ったが、結局、倒しきれずにゴーレムも召喚されてしまった散々な結果となった苦い記憶だ。
「奴を倒してさえいればっ。」
坂田はそう呟いた。いま思えば最初の狙撃で当ててさえいればここまで追い詰められずにすんだかも知れないと考え。
そう暗い方向へと考えているとそのタイミングで弾薬を集めにいっていた田畑が戻ってきた。その両脇には大量の荷物を抱えて。
どうやら間に合ったらしい。そう思っていると田畑の後ろかは数人の隊員も着いてきていた。
「弾薬はあったらしいな。それでその後ろのは?」
「聞いて驚くなよ?遂に航空支援が来るぜ!」
田畑の満面の笑みで発言したその内容に坂田達は目を見開く。思わず坂田が聞き返した。
「それは本当かっ!?」
「当たり前だ。こんな下らない嘘なんてつくもんか。だからコイツらが来たんだからな。」
そう田畑が言うと後ろに着いてきていた隊員達が前に持っていた荷物を開けて準備を始めた。
開けた荷物を見て坂田は納得した。その中身に見覚えがあるからだ。
「成る程な。これを使うわけだな。」
坂田の目の前には三脚を着けたカメラの様な物が置かれていた。これの正体はレーザー目標指示装置だ。
目標にレーザーを照射して航空機から発射されたミサイルや爆弾の誘導を行う道具だ。いまそれを準備してる彼等はそのオペレーターである。
「そう言うことだな!他にも機関銃を持ってきてくれたぜ。」
田畑の後ろには、5.56mm機関銃MINIMIを構えている隊員3名が現れ、屋上の端にある段差に設置をしていた。
「機関銃か。こいつは頼もしい助っ人が来たもんだぜ。」
思わぬ増援に坂田は思わず笑みを溢した。彼だけじゃなく、周りを見れば他の狙撃班達も同じような顔をしていた。
と、そこへ冒険者達を監視していた観測手が慌てた様子で坂田達に言う。
「おいっ!奴等が動き出したぞ!奴等の火縄銃の射程距離に入られてる!注意しろっ!」
その言葉に坂田達は瞬時に戦闘態勢へ戻る。敵側からの反撃の可能性が高まったが、もはや彼等の表情に負の感情は無かった。
大量に補充された弾薬ケースを受け取り、装填をして坂田は呟く。
「さて、ここからが本番だぜ。冒険者さん?」
坂田はニヤリと笑い引き金に指を掛けた。それと同時に隣から機関銃の弾膜が張られた。
本格的な反撃へ、一歩近付いた。
仲間達と兵士が一斉に動き出したと同時に、突如として今までの攻撃とは比べ物にならない程の鉛の光が自分達に降り注いだ。
「っち!?」
つい数分前までの散発的とした狙撃ではなく、容赦の無い弾丸の雨を見て、身体能力の秀でた冒険者達は即座に隠れたり回避をするが、一般人と大差無い兵士達は、反応する間もなくその鉛の光に命を刈り取られていく。
体を抉り取られていく彼等を見た、この場の指揮者たるミスリル級冒険者エルブリッドは、憎々しげに正面の建物の屋上を見る。
「リキシドっ!屋上はどうなってる!?」
リキシドと呼ばれた、この場で最も探知能力を持つ男はすぐにその質問に大声でそして早口で答えた。
「あぁ糞っ!奴等、いつの間にか増えてやがる!見たことの無い銃を持って撃ちたい放題だっ!」
それを聞いたエルブリッドは、今度は自身のやや後方の物陰に隠れていた魔術師ネサームに目をやる。
「ネサームっ!生きてるなっ!?ここでアレを使えっ!もうこれ以上の出し惜しみは無理だ!」
アレという単語にネサームは一瞬、目を見開いたが、すぐに意を決して動き出す。
「わ、わかった!ちょっと待ってて!」
「なるべく急いでくれ!ここももう持たない!」
ネサームは背中に背負っていた背嚢を下ろして中身を探り出す。やがて目当ての物を見つけた彼はそれを手に持ち、詠唱を行う。
その白い手には、羊皮紙を握っており、その表面には、文字と小さな、しかし細かく書かれた魔方陣が描かれていた。
『上位獣王戦士デスノニア召喚』
ネサームは目を閉じ、そう詠唱をすると、手に持っていた羊皮紙は蒼白い炎で包まれ羊皮紙は燃え尽きた。
ネサームの手は火傷することなく、ただ羊皮紙が無くなっただけだが、その後にネサームの正面に大きな魔方陣が出現した。
辺りを蒼白い光が包み、先程まで周辺の建物の燃える炎によって赤く照らされていた敷地内の一角に変化をもたらした。
エルブリッド達、冒険者は頼もしい目で見て、坂田達、日本側は新たなる脅威の出現を察し、警戒を高めた。
暫く蒼白い光を出していた魔方陣はやがてその中心から、巨大な魔物が現れる。
二足歩行をする巨大な魔物の体長は4メートルは軽く越え、その身には溢れんばかりの筋肉を着けてるだけでなく、更にそれを覆うように、重厚な金属製の全身鎧を装備し、ネサームの胴体程の太さを持つその腕はその体長と同じ位の巨大な大剣を持っていた。
召喚魔法の中でも上位に位置する獣王戦士を召喚することの出来る羊皮紙、それがネサームの切り札であった。
この世界において、召喚魔法には大きく分けて2通りある。
1つ目は、魔術師が召喚魔法を習得して直接召喚する召喚魔法が。
そして2つ目は、その召喚魔法を道具や羊皮紙に封じ込めて、好きなタイミングで召喚する召喚道具がある。
今回ネサームが行ったのは後者である。そして後者には幾つかのメリットがある。
まず、魔力を使わないこと。これは当然の事だが、この召喚道具を作る際には魔力は必要だ。しかし、一度作れば、その後の召喚をする際には、魔力を使うことなく、召喚することが可能となる。
基本的に羊皮紙に込められた魔法は1回しか使えない使い捨ての消耗品だ。それ故に高額なものばかりで、一般的な冒険者では余り使えないものだ。
しかし、ミスリル級ともなれば、それも攻撃手段の1つとして使えるだけの財力を持てる。そして高額が故に、非常に有効的な手段ともなる。
だからネサームは、切り札としてこの貴重な羊皮紙を入手して、今日に至るまで大切に保管していた。
前に直接召喚したウォー・ウルフとは隔絶とした戦闘能力を持つ獣王戦士デスノニアを見て、ネサームはその年頃に相応しい、無邪気な表情を浮かべていた。
それを見たエルブリッドは、ネサームに声をかける。今もこの光の雨は続いているのだから。
「ネサームっ!惚けるのは後にしてくれ!速くこれを何とかさせてくれっ!!」
それにネサームはハッと我に戻り、首を横に何度も軽く振って、気持ちを切り換える。そして今も自身の前に跪くデスノニアに興奮の冷めない声で命令を与える。
「デ、デスノニアっ!お願い、アイツ等を皆殺しにして!」
その命令を聞いたデスノニアは、ゆっくりと立ち上がり、その大剣を肩に担いで坂田達のいる屋上へ向けて歩き出す。
その頼もしい後ろ姿を見てネサーム達は、目で追う。アレがこの現状を打開する救世主となることを祈って。
「頼むぞ!」
ネサームは両手を合わせて神に祈るように願った。
「またデカブツ野郎を召喚しやがったぞ!撃ち殺せ!」
同僚の言葉を聞き、それに答えるように坂田はスコープの先にいる怪物に照準を合わせる。
全身を金属で覆われた全身鎧を装備していることから、狙撃出来る箇所は少ない。しかし、それに悲観することなく、冷静に判断する。
(確かにデカくて鎧で身を固めてるが・・・隙はあるぜ!)
坂田が狙う場所、それはあの怪物の首元だ。顔全体を覆う兜を着けてはいるが、あの太い首は隠しきれておらず、坂田の目には格好の的となっていた。坂田は照準を首にピタリと合わせて引き金を引いた。
坂田の放った弾丸は外れることなく、あの怪物の首に命中した。見事に首に命中したことによりデスノニアは歩みを止める。
だが・・・
「おいおい・・・効いてねぇぞ?」
観測手は、呆れたような声で目の前の光景を見てそう呟いた。
確かに命中して歩みを止めたが、すぐにまた動き出した。それも、首に当たってもなんとも無さそうな様子で。
「出血はしてる!ダメージはゼロじゃないさ!」
坂田はそう言い、すぐにボルトを後ろにスライドして再度、引き金を引いて弾丸を怪物に撃ち込む。
周りの同僚も次々と目の前の怪物に弾丸を怪物の空いてる箇所に埋め込ませるが、その歩みはとまらない。
それを見かねて、先程まで冒険者達を優先して狙撃していた機関銃手も目標を怪物へと変えて一斉射撃をする。
複数からの機関銃による同時射撃で瞬く間にその巨大な図体に鉛の光を浴びせていく。
たったの数秒で何百もの銃弾を受け、その巨大な鎧におびただしい銃痕を作り出していき、剥き出しの皮膚にも銃弾が当たり、赤い血を流していくが、倒れる様子は全く無かった。
「糞っ!頑丈にも程があるだろうがっ!?」
「誰か重機関銃でも持ってこい!」
「そんな大層なもんはねぇよ!」
そう口々に悪態をつく彼等を見て、隣でレーザー装置を設置していたオペレーターが口を開く。
「・・・よしっ!準備出来たぞ!いまここにミサイルを寄越す!」
そう言い無線機を取り出して、通信を行った。その通信先は・・・
「こちらオペレーター!レーザーの準備が整った!発射してくれ!」
そうオペレーターが言うとすぐに返答が返ってきた。
『こちらアルファ01、確認した。いまミサイルを発射した。お急ぎ便で間違いなかったかな?』
「あぁ!気が聞くじゃないか!」
そう表情を綻ばせて言うと彼は、周りにいた坂田達に言う。
「間もなくミサイルが来るぞ!破片に気を付けろよ!」
「ちょ待て!敷地内に撃って大丈夫なのかよ!?」
その言葉にレーザー目標指示装置を操作している別のオペレーターが言う。
「このまま、あの怪物に近付かれるよりかはマシだろ!。良いから伏せておけ!あっという間にここに到着するぞ!」
「だあぁ、もう!みんな気を付けろ!」
その言葉と共に坂田は、前方の夜空から何か光るものを見つけた。それを見て思わず口を開く。
「え?もうそこまで来てんの?」
そう言い終えるや否や、その光もとい既にソウバヒン近郊にまで接近していたアルファ隊から発射されたミサイルは、レーザーに忠実に従い、怪物の背中へ激突した。
その瞬間、敷地内に轟音と衝撃波が辺りを響き渡らせ、目標ではないその付近にいた冒険達を襲う。
「うわぁぁぁ!?」
最も近くにいた兵士の数人が衝撃波に吹き飛ばされる。比較的遠くにいた者も突然の出来事にその動きを止める。
屋上で塀の影に伏せていた坂田達は、ゆっくりと立ち上がり、目の前の光景を見下ろした。
「あの怪物はどうなった?」
ミサイルにより土煙を燻らせている故に、視界が悪く、怪物の状態を確認出来ないでいた。だが、それも数秒後には解消した。
結果を言うなら怪物はまだ生きていた。しかし、その姿は酷いものであった。
真後ろからのミサイル攻撃により、その背中は今も炎を身に纏い、片膝を地に着けて、強力な衝撃波をまともに受けた故に片目を飛び出させたその姿はもはや戦えるとは思えない程に酷い有り様だった。
しかし、坂田達はミサイルをまともに受けても死なずにいる怪物に、驚愕の反応を示す。
「まだ生きてやがるのか?」
「だったらもう1発くらわす!アルファ隊!追加を頼む!」
『こちらアルファ01、了解した。レーザを確認次第発射する。発射まで少し待て。』
そう無線が終わった瞬間、目の前の怪物が動き出した。満身創痍の状態で、その怪物は片手に持っていた巨大な大剣を両手で持ち直す。
「っ!動いたぞ!」
「心配するな!あそこから、どうにも出来んさ!」
だがその言葉とは裏腹に、怪物は胴体を横に振りかぶり、何かを投げるような動作に入る。
「おい?まさか・・・」
観測手の1人が、奴のこれから行うことを察した。奴が投げようとしている物、即ち両手に持っている巨大な金属の剣であろう。
その結論に至った坂田達は、すぐさま各々の持つ銃器でその妨害に入った。
「あの怪物の動きを止めろ!」
狙撃銃と機関銃による集中火力を受けても、動じることなく、ゆっくりと確実に投げる準備を整えた怪物は、持ち得る力を腕に込めて、それを投げた。
下手な自動車と同等の重量を持つであろう、金属製の大剣は、回転しながら、坂田達のいる屋上へと飛んでいく。
「た、退避ぃっ!!」
慌てて全員がその場から逃げるように走り出す。あんなのにぶつかれば間違いなくお陀仏だ。
坂田も愛銃を抱えて全速力で走る。そのすぐ後ろからは周り続ける大剣が迫っていた。
「う、うおおぉぉ!!」
巨大な大剣は、屋上の縁にぶつかると、コンクリートと金属との衝突により、轟音と土煙を撒き散らしかしながら暴れまくる。
渾身の力を振り絞り、その場から退避出来た坂田達は、後ろを見て呆然と呟く。
「おぉ・・・危なかった。」
勢い良く回転しながら飛んできた大剣は、屋上の床にぶっ刺さった状態でとまっていた。その周りは巨大な金属とぶつかったことにより、大きなヒビが生まれ、屋上の外側は崩れかかっていた。
「れ、レーザー装置は!?」
「安心しろ。何とか無事だ。」
オペレーターが咄嗟の判断で持って逃げていたお陰で装置は無事だった。レーザを怪物に再度向けようと操作していたのもある。
それに安堵するが、すぐに今の状況を思い出し、慌てて冒険者達のいる方向へ向かう。そして下を見下ろした坂田は崩れかかっている塀を叩く。
「糞っ!侵入されてるぞ!」
「こちら狙撃班っ!冒険者達の1部が入口に入られた!繰り返す!冒険者達に入られた!」
坂田達が退避してる隙に勝機を見いだした冒険者達の多くが既に破壊された正面玄関口に入ってた。
今も少し遅れていた兵士達が我先へと中へ入ろうとしていた。
「入らせんっ!」
それを機関銃手が阻止しようと塀に足を掛けて総射を開始した。
「入場料無しで入れると思ってやがんのかっ!」
正面玄関口に走って入ろうとしていた兵士達は、再度の射撃に慌てて物陰に隠れる。そしてそこから遂に火縄銃の射程距離に入ってる為に彼等も狙撃を開始した。
「ちっ!」
それを見た機関銃手は、すぐに後ろに下がる。だが、お返しと言わんばかりに別の隊員が彼等への射撃を別の場所から行う。
「入られたもんは仕方ねぇ!こうなったらあの糞役人共を1人でも多く片付けるんだ!」
「坂田!あの怪物がまた動くぞ!」
「っ!」
その声を聞いて直ぐ様、あの怪物の方へ視線を向けた。見れば確かに、ボロボロの状態であるが、こちらに向かおうとしているのが分かる。
「こちらオペレーター!準備完了だ!発射してくれ!」
『確認した。同時発射も可能だぞ?』
「あぁ!分かってるよ!」
そう言うとオペレーターはレーザー装置の画面を操作して、モードを同時照準モードに切り換え、次は、下で撃ってくる兵士達の集まっている箇所にレーザーを向けた。
「第2目標を合わせた!頼むぞ!」
『あぁ今、確認したぞ。アルファ02が発射した。』
そうオペレーターがやり取りしていると、また夜空からミサイルと思われる発光体を坂田は発見した。
「っ!来るぞ!」
その言葉に坂田達は衝撃に備える。比較的遠いとはいえ、先程の威力を見れば、当然の行動だ。
その数秒後にミサイルの1発目が、怪物の背中へまた衝突した。着弾した衝撃波は、坂田達のいる大使館を揺らした。
最初のミサイルで既に満身創痍になっていた怪物は、追撃となる2発目をもはや鎧の意味を成さしていない状態の背中から受け、そのまま絶命した。
「もう1発来るぞ!気を付けろ!」
更にもう1発が敷地内にいた兵士達に向けて着弾した。先程のミサイルにより、足を止めていた彼等は一瞬にしてバラバラとなった。
「よっしゃ!散らばってる奴等も急いで片付けるぞ!」
坂田達は、一気に敵の数が減ったことにより、敷地内にいる敵への殲滅を開始した。しかし危険な状況であることにな変わりない。既に建物内部へと侵入を果たした冒険者達は、ガソン等率いる暴徒との合流に成功したのだから。
『こちら井上、職員エリアに待機している隊員に告ぐ。冒険者達が侵入している。これより大使を地下室のセーフティールームまで誘導する。各隊員は持ち場を死守せよ。』
井上の指令が大使館を防衛する隊員達の無線機に響いた。
切り札を使ったことにより、何とか建物へ入ることに成功したエルブリッド達冒険者は、ホッと息をついた。
だが、それもすぐに終わる。冒険者の1人が床に座り込みこう悪態をつく。
「・・・何なんだよ!?さっきの爆発は一体、何があったんだよ!?」
「ネサームさんの切り札があっという間に殺られちまったっ!・・・連中にあんな力があるなんて聞いてないぞ!」
そう口々に彼等は言う。彼等の指揮者であるエルブリッドも、その気持ちは分かる。というよりも、あの羊皮紙の価値は、チームメンバーとして把握していた為に、あの光景の衝撃は彼等よりも大きかった。
まぁ、最も衝撃を受けているのは当の召喚者たるネサーム本人であろう。現に彼は、今もブツブツと小声で何かを呟いており、その表情はまるで追い詰められた小動物のように怯えていた。
「嘘だ・・・あのデスノニアがたった1発であそこまで・・・魔力なんて一切感じなかった・・・魔法じゃない?・・・でも何処から?・・・どうやって?・・・カガクはそこ迄のものなのか?・・・」
「ネサーム・・・おい、平気か?」
エルブリッドが怯えきっているまだ少年の域を出ていない仲間に優しく声をかけた。そこで建物に入って初めてネサームはエルブリッドの顔を見た。その顔は今にでも泣き出しそうであった。
「リーダー・・・不味いよ。奴等は僕達が関わっちゃいけない相手だったんだ。まさか列強国があそこまでの力を持ってるなんて・・・」
ついにはガタガタと体を震わせ始めたネサームを近くにいた女神官騎士ネイティアが優しく抱き込み頭を撫でた。
「ネサーム、大丈夫よ。建物に入りさえすれば奴等の攻撃は来ないわ。元気を出して。」
その言葉を聞いてネサームは本来の少年に戻ったように抱き返した。
「うぅ・・・」
エルブリッドは迷った。ここで1番の実力を持つ魔術師が戦意を喪失してしまってはここからの作戦に支障が出る。そして純粋に、仲間の精神状態を案じてるのもある。
「リーダー、どうする?」
リキシタがエルブリッドにまで近付いて、話し合う。彼の言葉の意味は、『このまま続行するか、ネサームに何人か護衛を置いて作戦を続ける』の2つの意味だ。
エルブリッドの導いた答えはそのどれでもなかった。
「ネサーム、いまから魔信を使って応援を読んでくれ。後詰めのチームがいるから彼等にもこっちに来て貰おう。」
「けどリーダー。それだと彼等も屋上の連中と対峙することになるんだぞ?もしまた、さっきみたいなのが来たら・・・」
リキシタは最悪の事態を想定する。連中はどんな方法を使ってかは分からないが、上位召喚された召喚獣をたったの1発で瀕死にまで追い詰めれる攻撃手段を持っているのだ。
デスノニアは、最後に屋上の連中にあの大剣を投げて攻撃をしたが、おそらくまだ健在だろう。
現に・・・リキシタは後ろの敷地の方を振り返る。
その瞬間、またあの爆発が起こった。
「うわっ!?」
「っ!?またか!」
衝撃と轟音が内部にいる彼等にも届き、各々、それに驚く。そこから更にもう1回、爆発が起こってようやく外は落ち着いた。
だが、室内では1人の悲鳴が響いた。これはネサームの声だ。
「うわあぁぁぁ!!?デスノニアが!デスノニアが完全に消失したっ!!!」
その言葉を聞いてエルブリッド達は外を見る。そこで全員がその現状を目の当たりにした。
デスノニアが居る筈の場所には、かつてデスノニアのものであった肉片や鎧の破片を散らばらせ、その肉片等は、蒼白く光始め、消失していく。
召喚獣としてこの世に召喚された獣王戦士デスノニアは、その力を使い果たし、魔力として形の無い存在となっていく様子を見た彼等は目を見開くしか出来なかった。
だが、辛うじてそれから回復した者達は、未だに敷地内に取り残されている兵士達を発見した。
敷地内に散らばって攻撃を凌いでいた彼等は何とかしてここにまで辿り着こうとしているのが分かる。
「まだ生き残りがいるぞ!」
「こっちだぁ!ここまで走るんだっ!がんばれ!」
生き残りの同胞達をここまで来いと声を掛ける冒険者達。その声に反応した者は、もう半分やけくそ気味に走り出す。
「そうだ!走れ!頑張るんだぁ!」
だが、現実は残酷だ。1番先頭を走っていた1人が、その胸に弾丸を受けてしまい倒れる。
そこから次々と屋上の兵士達から狙撃されていく姿を見せつけられるエルブリッド達。
「ネサーム!応援を呼ぶんだ!急いでくれ!それと民衆も出来るだけ多くここを攻撃するように要請してくれ!」
このままでは不味いと考えたエルブリッドは、ネサームの肩を掴み、目を正面から見つめて言う。今は悲観してる時ではないと言外に訴える。
それを察したネサームは、涙を腕で拭い、魔法を行使して別の仲間に応援を要請した。それをリキシタがエルブリッドに言う。
「リーダー!あれを見ただろ!?応援を呼んだとしても連中のあの攻撃をどうにかしないと彼等と同じ運命だ!」
「だからこそだ。後詰めの彼等にあれをどうにかして貰う。」
「な、なにを・・・」
「後詰めには探知能力に優れた者が多くいる。彼等に何処からあれを出しているのかを探って貰い、そこを攻撃させる。」
「そんなの出来るかどうかも怪しいのに・・・」
「今の俺達の戦力でどうにかするのは厳しいだろう。俺達は内部の敵を蹴散らす。いいな?」
それにリキシタは、納得はしてないが、その作戦にのることにした。そして、彼等はようやくこのエントランスの状況を確認した。
「?・・・アイツ等、なにやってるんだ?」
エルブリッドの目には、所々の箇所が損傷している列強の馬車を取り囲んでいた。さっきまでは、それを弄っていたようだが、今は全員が新たに入ってきた我々に注目していた。
「リーダー、ありゃ貴族様がいるぜ。でも女ばかりだ。なんだってこんな場所に居るんだ?」
「さぁな。けど、それより気になるのは、あの馬車をどうしようとしていたのか、だな。」
「な、何者だ!あんた達は・・・それにさっきの外からの爆発は一体・・・」
リキシタとエルブリッドが話していると、向こうから中年の男が声を掛けてきた。
「見て分からないか?冒険者だよ。それで?君達はなにをやってるんだ?見たところ・・・その馬車を動かそうとしてるのかな?」
「あ、あぁそうだ・・・コイツを動かしてあの頑丈な扉を開けようとしてたんだ。」
「おいっ!だからそんな馬鹿げた作戦に協力しねぇって言っただろうが!オッサン!」
馬車をグルリと囲んでいたので見えなかったが、どうやら馬車の中にも誰かが乗っていたらしい。そんな声が聞こえた。
「うるせぇ!てめぇは自分の事しか考えられねぇのか!?殺すぞ餓鬼が!」
そう男が、もといガソンは、自動車の運転席に座っているノストを怒鳴る。それをエルブリッドは少し呆れた様子で言う。
「成る程な・・・事情は分かったが、それを操れるとでも言うのか?」
エルブリッドはそう言う。この馬車が馬を使わずとも動くのは彼も知ってる。しかし、動かすのは非常に難しいとも知ってる。
どうせ動かせない。そう思っていたが、目の前の男ガソンはニヤリと笑いこう言った。
「聞いて驚くなよ?俺達はな、コイツを動かしてあの入口を突破したんだぜ!」
「動かしたのは俺だ!」
「なに?動かした?」
「一体どういうことだ?動かせるのかっ!?」
エルブリッド達は驚く。まさか、彼等がこれを動かして突破したとは予想だにしなかった答えだからだ。
その後、更に細かく聞いたエルブリッド達は、そこから先にある職員エリアへと通じる扉の前まで近付いた。
人の胴体よりも太い丸太を数人掛かりで何度も破綻槌のように打ち付けたが、目立つ外傷のない扉を撫でるようにエルブリッドは触る。
「あの丸太で何度も打ち付けてもこれか・・・」
そう呟くエルブリッドの隣では、リキシタが壁を軽く叩いていた。
「そっちはどうだ?」
エルブリッドは、壁に耳を当てて叩いているリキシタに聞いた。
「・・・中々に分厚い壁だなこりゃ。しかもこの壁の材質が全く解らん。なにで出来るんだ?」
エルブリッドはそれを聞いて、腕を組んで考察した。そして意を決したのか、腕の組を解除して手に持っていた剣を扉に向ける。
それを見たガソンは、思わず問い掛ける。
「あ、あんた何をするつもりだ?」
「いやなに、ちょっと軽く突いてみるだけさ。」
そう言った瞬間、エルブリッドは、常人では決して真似できない程の速さで剣を振った。
ミスリル製の特注で作られた逸品は、それに劣らぬ使用者によって見事な動きで複合装甲板で覆われた扉とぶつかる。
金属が激しく何かにぶつかった音が辺りに響く。それに近くにいた者達は思わず耳を塞いだ。エルブリッドはそんな彼等を横目に扉を凝視して溜め息を吐く。
「・・・駄目か。」
扉は表面を軽く削っただけで、大きな損傷とはならなかった。予想よりも効果が無いことに落胆する。そして後ろを振り返る。
「それはどうだ?何かわかったか?」
エルブリッドの視線の先には、エントランスに入れた魔術師達が総出で自動車を囲んで調べていた。
魔術師というのは知恵を探求し続ける者達だ。だからこういった事に関しては間違いなく彼等に頼るのが賢い方法だろう。
運転席に座っていたノストを降ろしてー本人は駄々を捏ねていたがーハンドル等を触っていたネサームが答えた。
「う~ん。足元のが恐らく前進させる為の何らかのものだろうね。問題はこの横のレバーがなんの役割を果たすものなのか・・・」
あれから回復したネサームは、シフトレバーを掴んで難しい顔をしながらこうブツブツと呟く。
そこへノストが運転席の割れた窓から覗き込むように頭を入れてこう言った。
「あのぉ・・・ひょっとすると何かを切り替える為のもんだと思うんすよ。」
「うん?」
「えっとすね・・・俺等がコイツを動かす時に、これを後ろに動かしてその足元のを踏んだら前に進んだ記憶があってですね・・・」
「てめぇやっぱり覚えてたじゃねぇか!?嘘をつきやがってっ!」
それを聞いたガソンがノストの頭を叩く。
「いてっ!・・・うるせぇな!たった今思い出したところなんだよ!!」
「そんな言い訳が通用すると思ってやがんのか!?」
「ちょっと、お兄さん達、落ち着いてよ。」
ネサームは2人を落ち着かせてから、ノストの方を向き、話の続きを促す。
「それで?」
自分よりも年下のネサーム相手にノストは敬語で遠慮がちに話した。
「あ、はい。そんでですね・・・確かその左の台を踏みながら、レバーをこの文字の所に合わせると動いたんですよ。」
「ふ~ん・・・どの文字に合わせるの?」
ネサームは横のシフトレバーに何個もの見慣れない文字を見てそう聞いた。だが、ノストは申し訳なさそうに言った。
「わ、忘れちゃいまして。なにぶん適当に弄ってたもんですから・・・」
それにガソンがまた何かを言おうとしたが、それを周りが止める。話が進まなくなるからだ。
「ふむ・・・なら僕も適当なのに合わせてみるか・・・幸い、この文字はそんなに多くはない。すぐに答えは出る筈・・・」
「ところで、なんの文字なんだ?」
そこへリキシタがニュルリという擬音が似合う動きですり抜けてノストの隣まで近付いてシフトレバーの文字を見て聞いた。
「さぁね・・・ニホンの文字かと思うんだけど、建物に書かれていた文字と比べると形態が明らかに違うんだ。専用の文字を創ったのかな?」
アルファベットで書かれた文字を見てそう自分の考えを述べた。
「成る程・・・動かせそうなの?」
「糸口は見えてきたよ。」
そのネサームの言葉に周りは驚く。何人かは思わず声に出して反応する者もいた。
「やって見てくれ。」
エルブリッドはネサームにそう頼んだ。頼まれたネサームは静かに頷き、周りにどくように言った。
周りが車から離れるのを確認したネサームは、先ほど聞いた内容と自分の考察を思い出して弄り出す。
それを横目にエルブリッドは、今度は端の方で集まっている所へ行く。
「どうだ?ソイツは何か吐いたか?」
次にエルブリッドが聞いた相手は、神官騎士のネイティアだ。聞かれたネイティアは振り返り、首を横に振る。
「駄目ね。傷が酷くて、まともに喋れないだけじゃなくて、魅了の魔法も効かないし、お手上げだわ。」
そう両手を上げて、打つ手なしと言外に伝える。そんな彼女の後ろには、壁にもたれ掛かり切断された腕を包帯で巻かれた班長がいた。
最低限の治療だけを受けて尋問をされていた彼は、うつむいて何も喋っていなかった。
「精神系の魔法や治癒魔法も効かない。魔力無しってのは本当みたいね。未だに信じられないけれど。」
「異世界からの住民か・・・眉唾物だと思っていたが、俺達と同じ血は流れてるんだな。緑色とかじゃなくて安心したよ。」
「茶化さないの・・・それよりもどうする?腕を切られてもあの馬車について何も教えてくれないのよ?」
「あれはネサームがどうにかする。俺が聞きたいのは、馬車じゃなくてこの建物について、だ。」
そう言うとエルブリッドは、班長の前まで行き、うつむいている班長の髪を掴んで彼の顔を見た。
ネイティアに顔を拭かれてある程度は見えるがそれでも血塗れのその姿を見てエルブリッドは目を細める。
「ここまで痛め付けられても何も吐かないか・・・流石は兵士と言ったところか?だが、お前のその忠誠心は無駄だぞ。」
エルブリッドは職員エリアに通じる扉の方を見て続けた。
「仲間は、お前を見捨ててああして閉じ籠っている。そんな連中の為に命を落とすつもりか?」
「・・・」
「取引をしよう。」
そこで班長は初めて口を開いた。
「取引・・・だと?・・・ぐぅ・・・」
「そうだ。あの扉の開け方、もしくは裏口を教えてくれ。そうすればお前の命は保証する。俺達が欲しいのは武器と・・・」
エルブリッドはノストから借りた20式自動小銃をー本人は嫌々ながらーを手に持ち、話を続けた。
「大使の身柄だ。お前等じゃない。」
「へっ、列強人は・・・皆殺しにしてやる、と連中は言ってやがったぜ?・・・」
「情報提供者ならそれは例外だ。お前の腕は残念だが、生きられるんだぞ?お前にも本土に家族がいる筈だ。生きて家族と合いたくないのか?」
「家族か・・・」
その言葉に班長は、自分の家族を思い出す。結婚して10年は経っただろうか、新婚当時と変わらず愛している妻と、小学生になったばかりの息子を。
「確かに・・・死にたくは・・・ないな。」
「そうだろ?俺が保護してやる。だから、協力しろ。」
班長は悩んだ。自分は兵士として国に命を預けた身だが、それでも家族と別れたくは無かった。
(アイツらと会えるなら・・・それに懸けてみるのも・・・アリかな・・・)
今も心の底から愛してる家族を思い出して、彼はそう考えてしまった。いや、これが果たして、間違っているのか、彼は解らなくなった。
そして、エルブリッドの次の言葉で彼の意思は決まった。
「判断を間違えるなよ?国に忠誠を捧げた結果がこれだ。お前の仲間は捨てることを選んだ。」
「忠誠か・・・」
その言葉は彼の意思を確固たるものにするには充分過ぎた。
班長のそんな様子を見たエルブリッドはほくそ笑み、彼を見つめる。そして班長も見つめ返した。
エルブリッドは彼の口から出てくる情報を聞き逃さないように意識を集中する。
「ぺっ」
班長はエルブリッドの顔に唾と血の混じったものを飛ばした。
「・・・なんの積もりだ?」
エルブリッドは静かな怒りを班長に向けた。ネイティアは突然の出来事に固まる。彼女以外にも、周りを囲んでいた民衆や冒険者達は、エルブリッドの反応を見て震えた。それを彼は笑った。楽しそうに笑う。
「何が可笑しい?」
「ははっ・・・なにか勘違いしてるようだが、俺達は国に忠誠心なんて無いさ。」
「なに?」
「俺達は・・・国に忠誠を捧げるんじゃない。国民に忠誠を捧げたんだ。国の為ではなく国民の為に!もう二度と、糞みたいな戦争を子供達が経験させない為に俺達はいる。それを君の言葉で思い出せたよ。ありがとう。」
「はっ・・・戦争を経験させない?良く言うぜ。お前達列強はこの国に兵士を送りこんどいてぬけぬけとまぁ・・・」
「俺達、日本人がお前らになにかしたのか?」
「なに?」
「俺達っ!日本人がっ!日本政府がっ!お前等、バフマン王国になにかしたのか!?」
「・・・」
「日本政府はただこの国と国交を結び、ここに大使館を設置して、警備の為の必要最低限の兵士をここに置いただけだ!今日だってそうさ!お前達が敷地内に入るまでは何もしなかった!敷地の外にいて、俺達に殺された連中はいるのか!?言ってみろ!」
「・・・死にかけ癖に、随分とお喋りが出来るじゃないかっ・・・腰抜けのニホン人が。」
「日本政府は・・・テロリスト共には屈しない。どんな事があろうともだ!」
そう言う班長を我慢の限界か、エルブリッドは彼の腹を蹴って黙らせる。そして周りの同志に指示を出した。
「コイツを扉の前で殺せ。その断末魔を扉の向こう側の連中に聞こえるようにだ!」
エルブリッドの怒鳴るような指示に彼等は慌てて動き出す。彼等は班長を無理やり扉の前にまで連れて行く。
これから殺されると悟った班長は、扉の上部に取り付けられているカメラを見つめ、こう大声で同僚達に聞こえるように叫んだ。
「俺が死んだら!家族に伝えてくれ!お前達を愛していたと!!どんな事があってもお前達を忘れたことはないと!!」
彼は、最期に家族への伝言を頼んだ。そしてその数秒後に彼は志願してきたガソンのノコギリによって首を切り取られた。
班長の首を切り取ったガソンは、その首を持ち上げて扉の向こう側にいる隊員達に聞こえるようにほざいた。
「どうだ!哀れなニホン人共っ!もうすぐお前等もコイツと同じ目にあわせてやる!コイツの家族に伝える事は出来ないぜ!!ハハハハッ!」
一連の出来事をカメラ越しで見ていた国防隊員達は、今も画面に写っているガソンの姿を目に焼き付けていた。
そんな彼等の中には、つい先ほど着いた井上軍曹もいた。
だが、井上軍曹は、片手に無線機を持っており、それを映像を映していたモニターのマイク部分にあてていた。
ガソンの高笑いを無線機に聞かせていた井上軍曹は、そこで無線機を自分の口元へ戻し、無線の相手に話し掛ける。
「・・・無線は以上だ。聞こえてたか?」
井上軍曹がそう言うとすぐに返答が返ってきた。
『あぁ聞こえたさ・・・彼の勇敢な言葉は決して忘れない・・・彼の名前は?』
その言葉に、井上軍曹は隣にいた田辺伍長に視線を向ける。田辺伍長は今にも泣き出しそうな表情でこう言った。
「彼は・・・早島真幸と言います。私の・・・同期です。」
『早島真幸・・・その名前は忘れない・・・彼の勇敢な姿はこの場にいる全ての者達に焼き付けた。』
井上軍曹はそれに同意するように静かに言った。
「そうだな・・・彼は国民に命を捧げた。自分の愛する家族を守る為に。だからこそ・・・奴等を倒してくれ。他でもない君達に。」
『軍曹、それは我々が最も得意とする任務だ。任せろ。奴等の行いの代償は払わせる。それまでなんとしてでも耐えてくれ。』
そこで無線は終わった。
無線を切り、それを部下に預けた彼は、狭い機内の座席から立ち上がる。
いまこの機内には、完全武装した自身の部下20名が座っていた。その手には強力極まりない武器を握らせて。
彼は自身の部下を見渡して、彼等に問い掛けるように言う。
「貴様等、彼の最期の言葉を聞いたな。」
彼は部下達の顔を見るが、その表情までは装備により確認できない。しかし、これだけは分かる。彼等の戦意は充分にあると。
「つい今しがた、1人の同胞が殉職した。1人の、家族を愛した者が死んだ。」
部下の1人がその言葉に、持っていた重機関銃を強く握り締める。
「・・・」
「望む筈のない最期の言葉を、彼は俺達に言った。言わせてしまったのだ!俺達の力不足だったゆえに!だがっ・・・彼はそんな俺達への恨み言を言うのではなく、家族への言葉を言った。直接言いたかった筈の言葉を、俺達に託した。」
彼は自分の装甲の張り巡らされた防弾装備の胸部分に、これまた装甲で覆われた腕で強く叩き、部下達に言った。
「それを見て俺達は何も思わないのか!?」
「「「否っ!!」」」
部下達が一斉に応える。隊長である彼と同じように自分達の胸を強く叩いた。
「俺達はどうするべきだ!?何をするべきだ!?」
「「「戦えっ!!仲間を救う為に!!」」」
「そうだ!俺達は戦うんだっ!これ以上、彼のような勇敢な兵士を出させない為にもっ!戦えっ!」
「「「はっ!!」」」
彼等は隼の狭い機内でそう叫んだ。彼等の目標は明確に決まった。
彼等の戦意は充分だ。彼等の戦う意味はその為にある。
ここにソウバリンの大使館救援の為に動員された部隊は、戦う準備が出来た。
彼等の部隊名は『特殊急襲制圧部隊』である。
彼等を乗せた隼、数機と海征団の隊員の輸送機がソウバリンに向けて飛行していた。
彼等、特殊急襲制圧部隊の任務は単純明快、敵をひたすら制圧する。そのために来たのだ。
日本側のそんな動きなど知る由もないエルブリッドは、首のない死体となった早島班長を見て、普段の彼にしては珍しく蹴った。
「この死体は捨てておけ。目障りだ。」
同胞にそう指示すると、車を弄っていたネサームが声を掛けてきた。それも余裕のない様子で。
「リーダーっ!大変だ!!」
「どうした?どこか、壊したのか?」
エルブリッドの言葉に遠くからノストの「俺のクルマをおぉ!!」という声と「馬鹿っ!いい加減諦めろよ!」という声が聞こえた。確か彼は一緒にいたバサソンという青年だったか?
そんな彼等を無視してエルブリッドだがそこで、ネサームの様子の可笑しいことに遅れて気付く。
「どうした?」
ネサームは身体中に汗を流してこう言った。その内容は彼にとっても驚愕に値するものだった。
「お、応援を頼んだ彼等と魔信が繋がらないんだ!たぶん反応を見ると殺されてる!」
「なに?何人殺られたんだ?」
「ぜ、全員だと思う・・・」
「なんだと!?」
それにはエルブリッドだけじゃなく、周りの冒険者達も驚く。冒険者の一団が全滅、それはかなりの大損害だ。
「間違いないのか!?」
ネサームの方を強引に掴んでそうきく。
「応援の魔術師と全員が繋がらないんだよ!そんなの今まで無かったんだ!!」
魔術師は冒険者達にとって生命線とも呼べる存在だ。そのために、彼等は前衛の仲間達によって厳重に守られている。しかもその応援に来る者の中には彼等と同じミスリル級もいた。
(そんな彼等が全滅だと?)
「ど、どうしようリーダー?」
「・・・魔信を続けろ。別の列強の大使館に向かった連中にも連絡するんだ!」
その指示にネサームは連絡をする。それを尻目にエルブリッドは呟く。
「糞っ!・・・向こうで何があったんだ?」
ソウバリンのある通りで1人の男が歩いていた。その歩き方はまるで散歩をするかのように。
これだけなら、その男は別に怪しくないだろう。だが、その周りを見れば、一気にこの男が普通では無いことが分かる。
何故ならは、彼の歩いている通りの周りは死体で溢れていたからだ。その通りを彼は来ているコートのポケットに腕を突っ込んで歩く。まるでそれが当たり前のように。
この死体の正体は、ネサームからの要請で、日本大使館へ向かおうとしていた冒険達だ。そんな冒険者達は全員が殺されていた。あの男によって。
いや、良く見ると1人生き残りがいた。彼が歩いている方向の先に、通りの壁にもたれ掛かるように倒れている魔術師がいた。
「・・・あのミスリル剣士君はいないのか。まぁお陰で楽に片付いたけどね・・・ねぇ君、生きてるでしょ?足しか撃ってないもんね。」
そう男に聞かれた女性、ミスリル級の女魔術師は目の前の男を見る。その目は恐怖で震えていた。
「な、なんなのよ!お前は!?」
彼女は目の前の男が恐ろしかった。あれだけいた自身を守る仲間達はみんな、コイツに殺された。
多くの仲間は、そもそもコイツに殺されたことすらも分からずに死んだであろう。
この通りを歩いていたら突然、近くにいた魔術師の頭が破裂した。
それが列強の銃によるものだと分かるのにそんなに時間は掛からなかった。だが、その時にはもう数人が追加で殺されていた。
慌てて結界を張ろうにも、それをしようとした者から順に撃たれていった。遂には魔術師が自分だけになった時に、コイツが現れた。
通りの脇にある建物の屋根から斥候や盗賊達に悟られることもなく、飛び降りて、その数瞬後には前衛の金級の戦士、剣士といった者達が奴の持つ銃によって頭を撃ち抜かれた。
信じられない程の正確な狙撃により、自分以外の冒険達は全員が殺された。たったひとりの『魔力無し』により。
同じチームメンバーの神官は私を逃がそうとしたが、すぐに撃たれ、私自身も両足の足首を撃たれてこうして倒れていた。
「君達ってさ。あの広場で宣言したミスリル剣士のチームメンバーでしょ?彼はどうしたの?」
彼はそう聞いた。あの複数の列強人と冒険者達との乱闘した際にリバイリナ大佐と一騎討ちしていた彼のチームメンバーである彼女は怯えがら答える。
「り、リーダー達は、全体の指揮があるから後から来るわ!」
「あぁそうか・・・まぁ宣言してたから代表者みたいな立ち位置になるか。」
彼女は後悔した。こんなことならチーム全員で行けば良かったと、ミスリル級の前衛がいれば、間違いなくコイツを倒せた筈なのに。
「まぁ良いや。お嬢さんに聞きたいんだ。」
「な、なに?」
「君達の呼ぶ『奴』って誰?」
「わ、私は知らないわ!」
「嘘仰い~。ミスリル剣士君のメンバーのお嬢さんが知らないなんてことは無いでしょうよ?」
「本当に知らないわ!リーダーが基本的に話してるのよ!!奴は用心深いから・・・」
「なら、君は要らないかな?」
「ひぃっ!?やめて・・・お願い・・・」
彼女はそう命乞いする。だが、そこへ別の男が現れこう目の前の男に声を掛ける。
「何を遊んでるんだオタク野郎。さっさと連れ帰るぞ。お前は掃除役、尋問役は別の者がやると忘れたのか?」
そうオタクと呼ばれた男、日本の公安のオタクは不機嫌そうに反応した。
「わかってないなぁ~。少しでも同僚の負担を減らそうとしてるんだよ?」
「あぁそうかよ。言い訳はいいから速く行くぞ。」
「本当なのに・・・分かったよ、もう。」
オタクはそう言うと後退りして逃げようとする彼女を見る。
「ひいっ!や、やめて!」
そう言った瞬間、彼女の首に麻酔銃がオタクによって撃たれ、彼女は眠りについた。
それをオタクの同僚が担ぐ。そしてオタクに振り替えって言った。
「本土で閉じ籠っていたと聞いてたが腕は鈍ってないな。安心したぜ。にしても冒険者相手によくここまで出来るな?」
彼はそう言って周りの死体のプレートを見る。銀等が目立つが、中には白金や黒曜のプレートもあった。
「気配を消すのは得意なんでね。グッズの行列もそれで割り込んで・・・」
「なんて?グッズ?」
「いや、何でもない。」
「お前いま割り込ん「何でもありません。」お、おう。そうか。」
食い気味の否定に彼は引き下がった。取り敢えずは仕事は果たしてくれたので、これ以上は何も言うまい。
オタクはそれに安心したように息をつくと、未だ、街中で燃え盛る黒煙を見て呟く。
「これも奴って人の想定通りなのかね?」
「おい?行くぞ。」
「は~い。」
2人はそのまま通りを歩く。貴重な情報を持つであろう冒険者を担ぎ、片手には無線を持って。
「こちら12番、ミスリルの女を捕まえた。剣士は居なかった。これより0番が探しに向かう。」
『こちら14番、了解。それから大使館無線の盗聴結果で救援部隊がもうじき到着するそうだ。』
「それは有難いが・・・こっちはやりにくくなるな。」
ここまで如何でしたか?
御愛読ありがとうございました!




