第60話 大使館襲撃
遅れてしまい誠に申し訳ありません。仕事が忙しく、休日出勤までしてたもので、大変でした・・・
第60話 大使館襲撃
バフマン王国 王都 ソウバリン
岩井大使は大使館の中にある自身の部屋の窓から外を見ていた。
「岩井さん、そこは危険です。もう少し下がってください。」
すかさず隣の国防隊員が下がるように促すが、岩井はこう応えた。
「平気だ。この窓は特殊防弾ガラス製なんだろう?それに・・・ここまでは届かないさ。」
岩地大使はそう言って視線の先にあふ光景を見下ろす。彼の目に映った光景は、この大使館を包囲する無数の暴徒達がいた。
暴徒達の多くは木の棒程度の凶器しか持っていないのが大半だが、中には刃物や火縄銃の類いの武器まで持っていた。
そして、暴徒達は、この大使館に向けて石等を投げ付けていた。まぁ、それは大した脅威にはならないが。
大使館を守るように造られた日本製の高いコンクリートの壁があるお陰で今はまだ侵入はされていないが、それもいつまでも持つかは分からない。
今は大使館の施設内に職員と保護した邦人達を中に避難させて、国防隊員達が施設内に土嚢等の即席のバリケードを作っていた。
「・・・状況はどうだ?」
視線を外さずに岩井大使は自身の警護を担当している隊員に現在の大使館の警備状況を聞く。
「大使館の1階の入口は完全に扉をロックし、武装した隊員達が待機しています。ここ1棟は勿論のこと2棟も同様に封鎖はしています。」
続いて岩井の直属の部下である大使館職員が報告をする。
「我々は施設内にある機密書類等は全て破棄しています。無論、PCといった機械類も全て処理しています。」
「どれくらい掛かる?」
「まだあと数時間は掛かるかと・・・」
「そうか・・・連中が敷地内に入ってきた場合、ここは守りきれるか?」
「この建物は小島重工業が主導して造られてます。あらゆる壁は全て頑丈に造られていますので、暫くは問題ないかと。」
「入口はどうなんだ?あそこはガラスばかりだろ?」
「そこにも入口も隊員を配置しております。また、そこのガラスも全て特殊防弾ガラスを採用しているので、彼等の武器では、傷付けることは出来ても、突破は難しいでしょう。ただ・・・」
「あぁ、言いたいことは分かってる。」
隊員が言いずらそうにしているのを見た岩井はそこで、理由を察した。
確かにこの建物は、日本が誇る企業の高度な技術によって造られた建物で、軍事施設並の頑丈さを誇っている。
暴徒達の持つ武器程度では、中に侵入することは困難であろう。しかし、問題があった。
ふと、何処かで破裂音がきこえる。ここら辺ではなく、この街の遠いところからであろう。
この音の正体は恐らく・・・
「十中八九、列強の銃を持ってやがるな。」
巡回していた列強の軍人達を襲って奪い取ったのかは知らないが、間違いなく暴徒達の中に銃を持っているのがいる。
そんな武器を持った連中がこの大使館に来ないことを祈るしかない。
「お前はどう思う?昼間の件もそうだが。」
「どう・・・とは?」
「昼間の銃撃事件に、その後すぐにこの暴動騒ぎだ。余りにも急すぎるぞ。この都市の人口を考えて、ここまで短時間であれ程の暴徒達が揃うか?」
「・・・何者かが、裏で糸を引いていると?」
「少なくとも俺はそう思っている。何処のどいつかは知らんが、舐めた真似を・・・っ!」
話を途中で止めた。爆発音が聞こえたからだ。慌てて窓を見てみると遠くの方で、爆発しているのが見えた。
「おいおい・・・大丈夫かよ。」
思わず岩井はそう呟いてしまう。暫くすると、別の隊員がやや慌てた様子で部屋に入ってきた。
「どうした?さっきの爆発音についてか?」
新たに入室してきた隊員は荒くなった息を整えてから報告をした。
「は、はい。先程の爆発音が分かりました!あれは大通りにて暴徒達と対峙していたガントバラス帝国陸軍のようです!」
大使館には軍用ドローンも配備しており、今回の暴動で何度も偵察飛行をしていた。
「物騒な・・・戦車でも使って鎮圧してんのか?」
「いいえ、その・・・戦車は使ってるのは合ってるのですが・・・」
「?・・・何だ?砲撃でどこか爆発したんだろ?」
「ドローンで確認した所、あれは戦車が返り討ちにあったようです。」
「は?・・・戦車が負けた?・・・暴徒相手に?」
岩井は空いた口が塞がらなかった。列強ともあろうに、まさか暴徒相手に戦車が負けたのかと。
「冒険者達です。奴等が戦車を次々と撃退しているのです。」
「・・・冒険者は戦車相手ですらも勝てるのか?」
「恐らくは国内でも上位の冒険者達でしょう。ドローン映像では明らかに人間離れした動きをしていましたので。」
同じ部屋にいた隊員が続けてこう言った。
「そんな連中がここに来れば、いささか不味いでしね・・・流石に生身の人間で戦車を倒せるとなると、ここもどこ迄持ちこたえれるか・・・」
「ちっ!ガントバラスもジュニバールも、あれ程好きなだけ言ってやがった癖に情けない!」
岩井はそう言って己の拳を机に強くぶつける。
「武器はどれだけある?」
「我々が使用している意外のでしたら、少しは余っています。非戦闘員にも持たせますか?」
「仕方ないだろ。職員の何人かに持たせろ。救援が来るまで、ここをなんとしてでも持ちこたえさせろ!」
その指示に部下達は一斉に動き出す。それを見送った岩井は誰も居なくなった部屋でこう呟く。
「どうしてこうなったんだかな・・・」
事の発端はこうだ。昼間の銃撃戦により、多数の列強人が殺されたことにより、各国の軍が大規模な捜査を行った。
事が事なので、怪しい者は全員、録な証拠無しで次々とバフマン人を連行していった。
抵抗する者には、容赦なく暴力で制圧して中にはその場で射殺された者もいた。
そしてそんな状況で、軍がある2人組を連行しようとしていた。
その2人組は仲の良い姉弟であった。家は裕福に入る方で、このご時世に、2人は恵まれない人々に炊き出しや仕事を斡旋する活動を行っていた。
その為、この辺りでは2人は少し顔が知られていて多くの人々から感謝されていた。
そしてそれは、軍人側も把握していた。しかし、捜査をしていた担当の指揮官は、その2人は列強に前から不満があったと考え、2人を連行することを命令した。
最初は抵抗した2人であったが、姉が弟だけは勘弁して欲しいと懇願した。一度彼等に連行されれば助からないことを知っていた姉は何度も弟を助けようとした。
しかし、それが気に食わなかった指揮官は姉を殴り飛ばした。それを見た弟はその指揮官にあろうことか、殴りかかってしまった。
それに激怒した指揮官がそんな弟を、持っていた拳銃で撃ち殺してしまう。
それを遠くで囲んで見ていた民衆が悲痛な叫びを挙げるなか、弟を何とか助けようとしていた姉は泣き叫びながら物言わぬ死体となった弟を抱かえる。
そして大切な弟を殺した指揮官を睨んで、何度も怒りの言葉を上げた。
自分達がなにをしたのだと、ただ自分達は困っている人々を助けただけだと、そう目に涙を流しながら訴える姿に周りの民衆は思わず顔を背ける。そんな2人を助けれない事に怒りと情けなさを感じて。
しかし、列強の軍人の反応は逆で、生き残った姉の腕を掴んで連行しようとする。
だが、しつこく抵抗する姉に、業を煮やした指揮官が近くにあった廃材の棒で姉を叩いた。
何度も何度も叩き、最初は苦痛の声を挙げていた姉も途中から何も言わなくなった。
それでも尚も叩き続ける指揮官を見て流石に部下達が止めた。しかしそれは遅すぎた。
硬い棒で容赦なく叩かれた姉は既に事切れており、それを見た指揮官は棒を投げ捨て、部下を連れてその場を去ってしまった。
後に残った民衆は慌てて2人をどうにかしようと思ったが神官でも医者でも彼等に何も出来る筈もなく、怒りだけが残っていた。
善人である2人の惨すぎる仕打ちに、我慢の限界に来た若者の1人が声を挙げて武力を持って立ち上がると言った。
それに賛同するように多くの人々が声を挙げた。そんな様子が何ヵ所も起こり、遂には大規模な暴徒となった。
一度そんな規模にまで膨れ上がれば後は倍々ゲームのように増えていき、次々と列強の軍人達へ襲いかかっていく。
圧倒的な数の暴力に押されれ命乞いをする彼等を見て更に暴徒は助長し増えていった。
事態を察したバフマン王国政府が慌てて捕補庁を動員して鎮圧を図った。
複数の従官長を束ねる大補長が1000名を越える役人を指揮したが、あろうことか、その従官長達が暴徒達に賛同して大補長を殺害してしまう。
それを聞いた政府は、今度は国軍を動員したが、その国軍の一部も賛同して暴徒達に参加してしまう。そうして数万規模の暴動に発展して今に至る。
それを露知らぬ岩井は救援が来る前に暴徒達が大使館に入って来ませんようにと神に祈った。
岩井の指示により、非戦闘員である大使館職員ー主に男性がーにも武器庫から引っ張り出した銃を国防隊員から受けとる。
「おいおいマジかよ・・・」
生まれて初めて握る本物の銃を見て職員の1人が冷や汗を流す。そして次々と職員に武器を配る隊員に聞く。
「あ、あの、そこまで不味いんすか?」
「あくまでも最悪を想定しての事です。我々が死守しますので使うことは無いので、お気を楽にしてください。」
そう言われた彼は心の中で「絶対嘘だ・・・」と呟いた。既に顔は涙目である。
そこへこの大使館の指揮官の1人である井上真輝軍曹が現れた
井上軍曹を見た隊員達が一斉に敬礼をする。
「状況はどうだ?」
「はっ、現在、入口の受付に機関銃を設置し、バリケードも制作しています。受付から職員エリアに繋がる扉も全てロックしてあります。」
「外の状況はどうなんだ?特にさっきの戦車は本当にやられたのか?」
「それは間違いないです。私も映像を見ました。ガントバラス大使館へと続く大通りに小隊規模の歩兵と数両の軽戦車が封鎖していたようでして、そこで何度も発砲して暴徒達を返り討ちにしていました。」
「暴徒相手にも容赦無しか・・・で、それだけの戦力を持ちながらやられたのか?」
「・・・こちらの映像を見てください。」
部下が井上軍曹にタブレット画面を持ってきて見せた。そこには、上空から撮影された現場の映像が流れていた。
見ると確かに、大通りを塞ぐように、数十人を越えるガントバラス陸軍兵士が列を組んで、その後ろに小型戦車が数両がその砲身を暴徒達に向けていた。
歩兵が次々と暴徒達に発砲していく。流石に戦車は砲撃まではしてきていないが、何時でも撃てるように構えているのは分かる。
「好き勝手やってやがるな。そもそも、こいつらがあそこまで暴れなければこんな事態にはなってなかったろうに。」
「軍曹、ここからです。歩兵の後ろを見ていてください。」
部下が画面のある所を指差して言った。
すると、そのタイミングで、今まで誰も居なかった筈の場所に突如として、冒険者らしき姿をした集団が現れた。
「っ!・・・透明化か!」
井上軍曹は、この現象を見破り、そう呟いた。
歩兵が気付いて後ろを振り返った時には、冒険者達は既に彼等の元まで近付いており、歩兵は次々と斬られていく。
戦車が慌てて上に付けている機銃で牽制するも、味方への誤射を恐れてそれもすぐに止まる。
戦車がそんな彼等に集中している間に、大通りの両脇にある建物の屋上から、別の冒険者集団が現れて強力な魔法を上から浴びさせていく。
しかし、腐っても戦車だ。その程度の魔法攻撃で戦車は破壊出来ない。
事実、屋上の冒険者に気付いた機銃手が直ぐ様、銃口を向ける。
これで屋上の冒険者は危機に瀕したと思ったが、その内の1人が屋上から飛び降りる。
数階建ての建物から飛び降りた冒険者は、その勢いのまま、戦車の1台に狙いを定めて、その手に持っていた剣を振り下ろす。
「っ!?マジで?」
その後の映像を見た井上は思わずそう呟いた。彼が見たのは、振り下ろされたその戦車は剣とぶつかった瞬間、装甲がひしゃげて、動かなくかる。
戦車の1台を破壊したその冒険者は、すぐに別の戦車へ狙いを決めて、次々とその人間離れした力を使い、戦車に傷を付けていく。
そこからは、別の冒険者達が一斉に弱った戦車に魔法の雨を浴びせていく。遂には、中身の砲弾に当たったのか、盛大な爆発を挙げる。
映像はそこで終わった。一部始終を見た井上は信じられないような表情をする。
「・・・奴は何者だ?あれは本当に人間か?オーガや巨人の混合種か?」
「この映像からは見難いですが、拡大すると奴の首もとの冒険者プレートの画像がこれです。」
部下はタブレットを弄り、ある画像を井上に見せた。それを見ると冒険者プレートが映っている。そしてその色は、透き通ってはいるが、色の濃い青色であった。
「これは何の鉱石だ?ミスリルでは無いのは解ったが・・・」
「これはオリハルコンです。奴はこのバフマン王国冒険者の最高位に上り詰めた冒険者『黄金の飛竜』のオリハルコン級チームの1人です。」
「王国最高の冒険者には戦車でも勝てないか・・・奴等がここに来たら不味いな。」
「奴等の狙いが新参者の我々では無いことをいのりましょう。」
「祈ったところで来るときは来る。ありったけの武器を集めてこい!航空支援もすぐに来る。それまで持ちこたえるぞ。」
そう井上軍曹は言うと、自身も武器庫に入って武器を手に持つ。
20式自動小銃を掴み隣の棚から弾薬の詰まった弾倉6つをボディーアーマーのポケットに入れる。
そして腰に下げていた9ミリ拳銃を取り出し、弾倉の確認をしてから武器庫を去る。
通路を暫く歩くと、外側から轟音が聞こえた。何事かと周囲を見渡す。
そこへ部下が走って井上の元まで来る。
「軍曹っ!」
「今度はなんだ?」
「つ、遂に暴徒がゲートを突破しました!敷地内に次々と入り込んでいます!」
始まったか、井上はそう呟いた。彼は懐から無線機を取り出してある部隊に指示を出す。
「こちら井上、狙撃班、聞こえるな?開始しろ。」
『こちら狙撃班、了解。狙撃を開始する。』
井上は、暴徒に包囲されてから屋上に狙撃手を配置させていた。そして大使館とバフマンとの境界を線引きしていたゲートを突破されたことにより、暴徒達への牽制も兼ねて発砲許可を出す。
日本大使館 屋上
「命令が出たぜ。撃ちまくれだとよ。相手は不法侵入者共だ。遠慮はいらないぜ。」
「了解。」
無線の相手をしていた相棒から聞いた坂田は愛用の狙撃銃M24-SWSを構え、スコープの向こう側にいる集団へと狙いを定める。
スコープ越しから見た光景に坂田は、眉を潜める。鉄格子状のゲートの蝶番を破壊して侵入してきた暴徒達は、その勢いのまま敷地内に入り、地上に停めてあった数少ない車両を壊したり、庭園に置かれている噴水や石像にまで破壊活動に及んでいた。
更には逃げ送れた、同胞である筈の現地人の警備員まで、危害を加えていた。
坂田は、それを見ても冷静さを欠くこと無く引き金に指を掛ける。
最初の標的は駐車場に停めてあった車のボンネットの上でバフマン国旗を掲げている男だ。
引き金を引く。銃声が辺りに響き、1人の男が倒れる。
「まず1人目。」
倒れるのを確認したら、次の標的を探す。突然、轟音が響いたと同時に仲間が倒れたことに動揺していた1人に狙いを定める。
「2人目。」
「良いぞ。次はゲート付近にいる火縄銃を持った野郎だ。入口に近付けさせるな。」
隣にいた観測手がそう次の標的の指示を出した。この2人以外にも5組の狙撃手と観測手がそれぞれ仕事をしていた。
「火縄銃ね・・・」
坂田はすぐに火縄銃を持つ男を見つけて射殺する。
「きりがないぞ。」
別の狙撃銃がそうぼやく。
「先頭は既に入口に肉薄してやがる。」
観測手がそう言った。下を見てみると、確かに集団の先頭は、既に入口まで到達しており、その手に持つ棒や石、安物の剣等でガラスを叩いていた。
「・・・大丈夫か?特殊ガラスとは言っても、限度があるだろ。」
「俺達が気にしても仕方ねぇ。1人でも多くの脅威を排除するんだ。」
装填しながら会話をする同僚を尻目に坂田は疑問を口にする。
「冒険者らしき連中は見ないな。」
坂田はそう言った。今回の襲撃で最も警戒するべき存在である彼等が現れていないことに不信感を覚える。自分達が屋上にいるのも、そんな彼等を真っ先に排除するのが任務だからだ。
「大方、チェーニブル法国とかに行ってるんだろ?そもそも俺達は何もしてねぇんだ。俺等よりも、前から好き勝手してる向こうに用があるんだろうよ。」
相棒がそう答えた。
「だと良いんだがね・・・」
坂田は引き金を引きながらそう呟く。兎に角、今は1人でも多くの暴徒を減らすことに専念しようと集中する。
日本大使館 エントランス
大使館の周りを囲んでいた壁が突破されたことにより、敷地内に雪崩のごとく押し寄せてきた暴徒達を前に受付エリアで待機していた隊員達の何人かが、息を呑んだ。
「こちら受付、ゲートが突破された。繰り返す、ゲートが突破された。」
仲間の1人が無線機でそう伝える。そうすると直ぐに返答が返ってきた。だが、その内容は実に酷なものである。
『こちらからも見えている。民間人の誘導はまだ完了していない。各隊員は現状の場所で待機せよ。暴徒が中へ入るようであれば発砲を許可する。』
「こちら受付、了解。」
そう言った後、無線機を切り各々、自身の武器の最終チェックをした。
「いいなお前ら?俺達は民間人が地下への避難が完了するまでここを死守するんだ。連中があの扉を破ってきたら容赦なく撃て。でなければ死ぬぞ?」
ここの受付エリアの守備班の班長がそう言った。その言葉に返事をして目の前の光景を注視する。
陽の光を効率良く受ける為にガラス張りの多いこの受付エリアからは、暴徒達の姿が良く見える。
自動ドア式の扉は今、電子ロックされており、外からはどんなに押しても開くことはない。ましてや頑丈な特殊ガラスなので、叩いても割れることはない。
現に暴徒達は、持っている凶器で叩きまくるが、割れる様子はない。
彼等の多くは、脆い筈のガラスがいくら叩いても割れないことに驚愕しており、必死にその手に持つ凶器で叩き付けていた。
願わくばこのまま時が過ぎてくれ。受付エリアにいた全ての隊員はそう祈った。
だが、現実は実に厳しいものだった。
「っ!ヒビが入ったぞ!」
遂に自動ドアの隣にあるガラスにヒビが入った。何十人、いや何百人もの圧力を受け続けた特殊ガラスに限界が近付いて来たようだ。
「慌てるな!ヒビが生えたところで、割れることはない!それに屋上の狙撃班が援護している!」
班長がそう隊員達の動揺を抑える。しかしそうは言っても場の緊張感は一気に増したのは間違いない。
銃を構えている手に汗がビッショリと吹き出てるのが分かる。
(落ち着け・・・相手は録に武器も持っていない。)
そう自身に言い聞かせる。いまこの場にいるのは完全武装した国防陸軍の隊員8名が受付のテーブルやゲート式金属探知機とその境界線を仕切る金属製の腰程度の高さの壁に身を隠していた。いつ奴等がここに雪崩れ込んでも迎え撃てるように。
「・・・避難はまだかよっ!」
彼のそんな呟きが辺りに響く。
日本大使館 エントランス前
彼、若き青年バサソンは非常に興奮していた。理由は目の前の光景にだ。
今まで好き勝手してきた列強国に遂に報復の機会が来たと分かった時は、久し振りに気分が高揚したものだった。
この戦いに参加して、自分達の目標はニホンとか言う新たな列強国の大使館だった。
余り噂は聞かない国だが、列強国に変わりは無いので、意気揚々とこの大使館を攻撃した。
高い壁に囲まれた建物だが、幸いにも出入口となる場所は、壁よりも脆く、時間は多少掛かったが突破することに成功した。
「門が開いたぞ!」
「殺せっ!列強人は皆殺しだ!」
群衆の中からそう声が聞こえた。それに感化されたからか、皆は一斉に雄叫びを挙げて中へ殺到した。バサソンも手に持つ金属の棒を掲げて中へ入る。
その棒で中にいる列強人を殴り殺す気持ちで入ったが、入ってみると敷地内には誰も居らず、その奥の建物へ逃げていたようだった。
それに少なからず気を落とすが、すぐにそれは変わる。
何故ならば、敷地内には彼が生まれて初めて見る光景で広がっていたからだ。
「・・・すげぇ」
思わずそう呟いた。彼だけじゃなく周りの、特に自分と同年代の若者は同じような反応をしていた。
彼等が見た光景は、自国では造ることの出来ないであろうとても大きく、そして美しい建物が目の前にあったからだ。
高い壁で囲っていた為に、その全容を外から見ることは出来なかったが、今は遮るものが無いためにその全てを見ることが出来た。
「これが・・・列強の建物なのか・・・」
この街にある列強風の建物よりも高く、高価な筈のガラスをふんだんに使われている為か、各地で燃え上がっている炎の光を反射して幻想的な光景を彼等の前に映し出していた。
建物の壁には所々に模様が描かれており、非常に細かく、そして力強い印象を受けた。
「おい!あれを見てみろよ!」
誰かがそう声を挙げてある物に指差す。それを見て彼は目を見開いた。
それは彼にも見覚えがあった。列強人の中にはそれを乗って自分達、バフマン人に見せびらかしていたのを覚えている。
「クルマだ!」
彼はそう大声で言った。彼等の視線の先には何台かの自動車が止まっていたのだ。すかさず何人かの若い男達がそれを囲み出す。
自動車を囲んだ彼等は各々の持つ武器を持って叩き出す。自動車は列強国の象徴とも言われているからか、それに対する殺意は高い。
中にはその自動車に乗り上げてバフマン国旗を高々と掲げている者までいた。
「あ~あ・・・全く馬鹿みたいに騒いでるな。」
その光景を見ていると隣からそう声が聞こえた。隣に視線を向くとそこには知った顔がいた。
「ノストっ!?ここに来ていたのか!?」
ノスト、近所の友達であり、子供の頃からよく遊んでいた親友である。
「お前も来てたのか。」
バサソンはそう驚きをそして嬉しさを噛み締めながら言った。
「当たり前だろ?ようやく列強人共に痛い目合わせれるのに来ない訳がない。それよりも、だ。バサソン、ここは宝の山だ。」
「宝の山?」
「分からないか?ここに眠っている宝の価値が。」
「どういう意味だい?」
バサソンの言葉に溜め息を漏らしながらやれやれと首を振るノスト。
「簡単な話さ。あのクルマを見てみろ。今まで列強人しか触ることが許されない代物が今、俺達の前にあるんだぞ?こんな機会、またとないチャンスだ。」
「・・・まさか、あれを盗むのか?」
「盗むんじゃない。有効活用するんだ。あれを扱えればどれだけ凄いか。それだけじゃない。あの建物の中にも数えきれない程の宝があるに決まってる。ここに居る連中の殆どがそれ目当てさ・・・中には単純にやり返したいだけの奴もいるだろうけどな。」
ノストの言葉にバサソンは訝しげな顔をする。
「だが、あれを俺達が扱えれるか?馬だって録に乗れない俺達が。」
「確かにお前の言い分も分かる。だがな、やってみる価値はあるさ。」
ノストはそう言い、バサソンを連れて遠くに停めてある車に目をつけて近付いた。
「良かった。まだ傷は付いてないな。これは俺の物だぜ。へへへ・・・」
「・・・けど、どうやって使うんだ?これ、開かないぞ?」
バサソンはドアを開けようとするが、鍵が掛かってるのでびくともしないことに諦めの声を挙げた。そんなバサソンにノストは呆れた顔をする。
「馬鹿だなぁ。クルマってのは高価なんだぜ。鍵を掛けてるのに決まってるだろ。」
「は?じゃあ、どうやって開けるんだよ。」
バサソンが半分苛立ちの声を挙げるとノストは手に持っていた鍛冶屋で使うハンマーを思い切り車の窓に叩き付けた。
「お、おい!?」
バサソンが驚きの反応をした。宝と言っときながら大胆な事をするノストに訳が分からなくなる。
このまま窓が割れると思ったが、以外にも窓は無事だった。
「うぉ!?硬てぇな!」
今度はノストが余りの硬さに驚いた。日本の自動車には基本的に強化ガラスが採用されていることを知らない彼は思わずよろめいた。
「お、おま!何をやってるんだ!?」
「知り合いが言ってたんだ。列強のクルマを盗むにはこれが一番手っ取り早いってな!」
「お、おいおい!」
ノストは何度も窓を叩き付ける。6度目にして漸く割れた窓から手を伸ばして鍵を開けた。あっさり鍵を解除したノストにバサソンは目を見開いた。
「お、お前・・・開け方を知ってたのか?」
「列強人がクルマに乗る所を何度も見てな、その時に知ったんだ。よし!これで・・・」
ノストはそのまま運転席に座り、興奮した様子でハンドルを握った。
「うひょー!これがクルマか・・・まるで列強人みたいだぜ!」
興奮するノストを横目にバサソンはしんどそうに声を掛ける。
「全く・・・んで?どうやって動かすんだ?」
「ちょっと待ってろ。クルマってのはからくり仕掛け見たいな物だ。何処かを弄れば動く筈・・・」
そう言うとノストは運転席からゴソゴソと色んな所を弄り出す。だが、当然ながら何も動かない車にバサソンが言う。
「動きそうか?」
「ちょっと待ってろ!何処かに絶対動く何かがある筈なんだ!」
そう言うノストにバサソンは急かすように何かを続けて言おうとしたが、それは叶わない。何故ならば、このすぐ後に銃声がしたからだ。
「!?」
「な、何だ!?火縄銃か!」
2人は慌てて周りを見渡す。するとさっき迄、クルマの上に乗って国旗を掲げていた男が倒れていたのを発見する。
そしてそれを見て2人は血の気が引いた。その男の頭から血が流れていたのだ。
そして更にそのすぐ後にまた銃声がした。するとまた、誰かが倒れ、叫び声が辺りに響く。
「バサソン!中に入れ!列強からの反撃だ!」
ノストが急いでバサソンの腕を引っ張って車に引きずり込む。さっきのは間違いなくこの建物からの列強人による反撃だと察したのだ。
「ちくしょう!あっさり入れたと思ったのに!」
悪態を付いている間にも銃声は響き渡り、次々と仲間が倒れていく。だが、果敢にも正面玄関口へと向かう者もいた。
「見ろバサソン!あいつら、もうすぐ中に入るぞ!」
ノストが嬉しそうに建物の入口の方角へ指差す。そこへ視線を向けると既に入口側へ群がっていた。しかし、ある疑問が沸く。
「?・・・なんで中に入らないんだ?」
バサソンはそう口に出した。入口に辿り着いた筈の彼等は何故かその場で立ち往生してきたのだ。扉に鍵が掛かっていようが、見る限りはガラスで作られた扉だ。しかも入口部分は殆どがガラス張りだ。そんなものぶち破れるだろうに。
「・・・確かに変だな。さっさとガラスなんて叩き割ればいいのに・・・ひょっとするとこのクルマと同じように頑丈なのか?」
「でもここは、数回で割れたし、あんな大勢だったらあっという間だろ。」
「彼処のはもっと頑丈に造ってやがるんだ!俺達はこっちに行ってて正解だな!速いとこ、こいつを動かそうぜ!」
ノストはそう言って再度、車内を弄りまくる。そこへ有るものを見つけた彼がバサソンに声を挙げる。
「っ!おいっバサソン!ここに鍵穴があるぞ!ひょっとするとクルマってのは鍵で動かすのかもしんねぇ!鍵っぽいやつを探してくれ!」
「鍵ぃ?本当にそんなものでこの塊を動かすのかよ?」
「良いから探せっ!どっかにある筈だ!」
「んな物、持ち主が持ってるに決まってるだろうが!」
「予備の鍵は何処かに隠してるもんだろ!速く探せ!」
ノストの言葉に半信半疑ながらも車内を探すバサソン。するとダッシュボードを開けた彼はスペアキーを見つけた。
「あった!?」 「マジか!?」
バサソンの間抜けな声にノストも同じ様に間抜けな声を出した。
「は、速く速く鍵を寄越せ!」
「お、おう・・・本当に動くんだろうな!?」
バサソンから荒々しく受け取ったノストはそのままスペアキーを差し込んでガチャガチャと動かす。
「まだかよ!?」
「急かすな!入ってはいるんだ。あとは何かをすれば・・・うわぁ!?」
暫く鍵を動かして右周りに鍵を回すと車のエンジンが作動した。それに思わずノスト本人が驚いてしまう。
「「う、動いた!?」」
2人は感動の余り、同じことを叫んだ。
「け、けどこれ・・・ここからどうすればいいんだ?」
「はぁ!?ここまで来といて知らないのかよ!?」
「しょうがねぇだろ!?外からじゃあそんな細かい所まで分かるかよ!と、兎に角、また何処かを弄れば良い筈だ!探せ探せ!」
「本当に大丈夫かよ・・・」
2人はそこからまた、車内を弄りまくる。しかし状況は刻一刻と、更なる騒動へと動こうとしている。
車を弄る2人とは対称に、大使館の正面玄関まで近付いた暴徒達は中々割れない特殊ガラスに苦戦していた。
「何してるんだ!?さっさと中へ入ってくれ!!」
「次々と撃たれてるぞ!?速くしてくれよ!?」
「うるせぇっ!今やってるんだ!!黙ってろ!」
そう後ろからの急かしの言葉を乱暴に返した30代程の仕立て屋の下男であるガソンは、何度も正面のガラスを棒で叩き続ける。
(ちくしょう!なんで割れないんだ!?)
彼は焦る。まさかこんなガラスにここまで苦戦するとは思っていなかったガソンは冷静さを失っていた。
後ろからは次々と射殺されていく仲間の断末魔が聞こえており、次は自分なんじゃないかと気が気ではない。
何処から撃ってきているのか分からない彼は知るよしも無いが、屋上の狙撃班からでは、ガソン達、先頭集団を撃つには角度的に不可能であった。
「っ!?ヒビが入ったぞ!もうすぐだ!」
「っ!?やっとか!」
隣にいた別の仲間がそう大声で皆に伝えた。ならば後はそこを重点的に叩けば突破出来る筈だ。そこへ攻撃を集中する。だがしかし・・・
「・・・はぁはぁ!・・・糞っ!なんでなんだよ!?」
ヒビの箇所を何人かの仲間で叩き続けているが、一向に割れないことに怒りの声を挙げる。
こういった強化ガラスや防弾ガラスの構造は、何層にも別れており、例え表面にヒビが入ってもその後の別の層が衝撃を受け止め、和らげてくれる。
そんな事を知る由もない彼等は満身創痍になりながらも懸命に叩き付ける。そうしている間にも次々と仲間は撃たれていく。
「速くしてくれえぇ!?次はきっと俺の番だっ!」
「糞っ!何処から撃ってるんだよ!?」「屋上からだ!!上に何人か人が居るぞ!」
外野がうるさい。ガソンは額に大粒の汗を流しながらそう思う。だが、彼等のそんな努力が遂に実る時が来た。
「っ!やった・・・」(ついに割れた!!)
ガソンの大きく振り上げた棒が遂に特殊ガラスを突き破った。それを見た周りは大歓声をあげる。
「やったっ!開いたぞ!万歳っ!バフマン万歳!」
隣の男が涙を流して両手を挙げた。満面の笑みで喜んだ彼はそのまま額に穴を開けて後ろに倒れた。
「へ?」「なっ!?」「っ!伏せるんだ!」
周りの間抜けな反応とは他所にガソンは仲間に指示を出して自身も床に伏せた。
その瞬間、割れたガラスから無数の銃弾が飛び出してきた。
その割れたガラス側にいた仲間は次々と倒れていった。それを見たガソンは悪態をつく。
「ちくしょうがっ!なんでこれを考えて無かったんだ俺達は!!」
普通に考えれば分かることだ。自分達が侵入しようとしているのに、敵側がただ待っているだけの筈がないのだ。
ふと冷静にガラスの向こう側を見ると、光の反射や室内が多少、暗いのもあって見難いが見つけた。
ガラスの向こう側には、机等や背の低い壁に隠れて銃らしきものを構えている人影が見えた。
しかもその銃は、信じられない程の連続射撃で撃ってくる。
「ひぃっ!なんだよ!これ!?聞いてねぇよ!?」
「ど、どうすればいいんだよ!」
ガソンの咄嗟の指示を聞いていた仲間達がそう口々に叫ぶ。ガソン自身も泣き叫びたいが、状況がそれを許してくれない。
「落ち着け!飛び道具ならこっちだってある!誰かもってこい!」
「無理だ!火縄銃を持ってる奴等は上からの攻撃でどんどん殺られてる!」
「だったらそれを拾って持ってこいよ!!」
「んなことしたら、真っ先に狙われるだろうが!?馬鹿野郎!」
「何だとてめぇ!?」
「いい加減にしろ!仲間割れしてる場合か!?中にいる敵をどうにかしないと・・・っ!おいっ!あれを見ろ!」
「あ?・・・っ!?おいおいマジかよ!!」
ガソンが生意気なことを言う奴に突っかかると別の仲間が何かを見つけたようで、そこを見ると4つの車輪を付けた金属の馬車みたいなのがこっちに向かってきた。それも物凄いスピードで。
「どいてくれえぇぇぇ!?」
「うわあぁぁぁ!!まだ死にたくなあぁいっ!!」
そんな勢いよく突っ込んでくる馬車?から間抜けな声が聞こえ、ガソン達は銃弾が飛び交う中を慌てて立ち上がり避ける。
恐ろしい速度でノストとバサソンを乗せた自動車は、あろうことか大使館の扉へ向けて突っ込み、それを突き破った後、隊員達が待ち構えていたバリケードにも突っ込んだ。
隊員達が慌てて避けるも、避けきれずにそのまま車に牽かれてしまった者が出た。
車が突っ込んだ事により、盛大に大きな突破口が出来てしまった正面玄関を見たガソンは仲間に聞こえるように大声を挙げた。
「見ろ!勇敢な仲間が突破口を開けてくれたぞ!みんな、行くぞぉ!!」
その言葉に敷地内にいた数百もの同胞は持っていた武器を握り締めて中へと殺到する。
その光景を見ていた屋上の狙撃班は、慌てて無線で井上に伝える。
「こ、こちら狙撃班!エントランスが、突破された!繰り返す!出入口が突破された!」
坂田は、次々と中へ入っていく暴徒達を見て呆然とこう呟いた。
「不味いぞ・・・救援まで耐えれるのか?」
「いてててて・・・あぁ酷い目にあった。」
「あぁ・・・俺のクルマがおしゃかに・・・あぁ」
あれから車内を弄りまくり、偶然にもハンドブレーキとシフトレバーを運転可能状態にまで持ってこれたノスト達は、足元にあったアクセルを踏み、突然動き出したことに驚いたノストが思わず握っていたハンドルを回して、運悪く玄関方向に突っ込んでしまった2人は奇跡的に軽い怪我ですんでいた。
ノストが車の損傷具合を見て、ショックを受けていたようだが、視線の先にある物を見つけてしまう。
「ん?」
ノストが見つけた物、それは避けれずに車に牽かれてしまった隊員が倒れており、その手元には無傷の20式自動小銃が置いてあった。
「マジか、マジかっ!俺のもんだぜ!」
大急ぎで車から降りたノストは嬉々としてそれを拾った。更にその倒れている隊員から装備を剥ぎ取っていく。
バサソンはそれを見て呆れた表情をしているものの、彼もまた近くに落ちていた20式自動小銃を見てこっそりと拾った。
それを他所にガソン達は、第3の難関である職員エリアへの突破を試みていた。
それを近くで車に牽かれて負傷した死にかけの国防隊員の班長がか細い声でこう呟いた。
「ぐぅ・・・糞っ、俺以外、全員殺られたのか?」
そう呟いていると、班長の目の前に暴徒達が現れた。
どいつもこいつも、親の敵を見る目をしているのを察した彼は悪態をつく。
「けっ・・・最悪だ。」
そう悪態をついた瞬間、目の前で木の棒をこちらに向けて振りかぶる青年が班長の目に映った。
如何でしたか?ここまでありがとうございました!
次もなるべく速めに投稿出来るように頑張ります。
どうか、首を長くしてお待ち下さいませ・・・




