第57話 最後の平穏の時
第57話 最後の平穏の時
バフマン王国の王都であるソウバリンにある大きな建物、グストン・ホテルのロビーは現在、非常に重苦しい状況だった。
ロビーに置かれている殆どの椅子には、熊光組の組員達が占領しており、ホテルの玄関口から入ってくる客を監視していた。
客はそんな彼等を迷惑そうに見てるが、相手が誰なのかを知ってるのか、不満を彼等に言う者は居なかった。
彼等は自身の頼れる存在である負傷した木花を守るためにこうして、ロビーで警戒していたのだ。
そして、必要であれば即座に戦闘が出来るように懐に銃を隠している。
太田組長は、今は部屋で寝ている。正確には気絶と言ってもいいかも知れない。
あの襲撃の結果を聞いた組長は怒りの余りに頭に血が昇り過ぎて気を失って倒れてしまったのだ。
そしてその倒れた場所が悪く、ガラスのテーブルの角だったもので、大騒ぎになった。幸いにも命に別状は無いから一晩たったら目を覚ました。
しかし、その度に襲撃の話を聞いてショックの余りに気絶を何度もしているのだ。
これには駆け付けた医者もお手上げのようで、暫くは落ち着かせることに、専念した方がいいようだ。
これにはある意味、組員達はホッとした。もし、それが無ければ意識不明の木花を今にも殺しそうな勢いだったので、安堵したのだ。
あの組長はハッキリ言って忠誠を誓うに値しない男だ。昔は良かった。武戦派集団としてイケイケの男としてカリスマ性を発揮したが、今となってはそれは過去の栄光だ。
稼ぎまくる木花からの上納金を上に貢いでは媚びへつらい、その金を使って賭博三昧だ。
賭博に負ければ組員達に八つ当たりをするのは当たり前で、機嫌が悪ければ木花にすらもその標的にする。
とても褒められた男ではない。極道の風上にも置けない男だ。
だが、そんな不満を表に出さずに残った彼等は2人を守る一正確には木花だけ一為に監視する。
時刻は昼下がり、人の出入りが激しい時間帯を過ぎたこのタイミングである女性がホテルに入った。
その女性を見た他の客やホテルの従業員達は、信じられないような表情をした。
理由は2つある。1つ目は、その女性の美しさにだ。
その長く艶やかな金髪はまるで絹のように輝き、その顔は街中を歩けば殆どの男性が振り替える程の美しさだ。1度見たら忘れることが無い程の美貌。
そして2つ目は、その女性の正体を知ってるからだ。
彼女は間違いなくこの国の領政官キム・バンウォンの娘であり、そのキム家はこの国1の名家だ。
国王の次に影響力を持つ一族であり、そのキム・バンウォンは多くの貴族の若者達から支持を持っている。
そんな国内でも有数の著名人が来たことに彼等は驚愕したのだ。例え列強国人である彼等でもおいそれと声を掛けることなぞ出来ない程の。
そんな周囲の反応に組員達は訝しげな表情をする。
はて、この女は有名人なのか?
そう首を傾げるものが大半だった。
そんな周りの反応を気にもせずにホテルの1階を見渡した女性はロビーに集まっている組員達を見て近付く。後ろにはその使用人らしき2人の男女が付き従う。
此方に近付くのを確認した組員達は一斉に戦闘に入れるように懐に手を伸ばす。
そんな彼等を見ても動じること無く近付く女性は目の前まで近付くとこう言った。
「そなた達・・・クッコウグミの者であろう?キハナは何処に居る?あの者と話をしにきた。」
そう女性もとい、キム・アリアは堂々と組員達に言った。それに周りの野次馬達は一気に公然となる。
国一番の名家の娘であるキム・アリアが有名とは言え、ならず者の木花と話をしに来たことに驚いたのだ。
そんな事を知ってか知らずか、組員の1人が椅子から立ち上がりアリアに言い寄る。
「おいお嬢さんや、うちの若頭は御忙しい方だ。とっとと失せな。」
「・・・やはり無礼者が多いな。列強人は。」
「ふん・・・肝は据わってるのか、ただの馬鹿なのか。失せろって言ってるのが分からねぇのか?」
組員はそう凄むが、アリアは涼しい顔を浮かべるだけだ。その反応に言い寄った組員は青筋を浮かべる。だが、そのタイミングでアリアの後ろにいた初老のセイルが怒鳴る。
「貴様っ無礼だぞ!この方はキム領政官のご息女で功臣家である・・・」
だが、そんなセイルの言葉を途中でアリアが止めた。
「良い。ここへは、キム家として来たのではないのだから。そうだな・・・イオカはおらんのか?あの者ならば事情を知ってる筈だ。」
「失せろって言ってるのが分からねぇのか!?その偉そうな態度で気安く頭と井岡さんを呼び捨てにするんじゃねぇ!」
そう怒鳴っていた組員の1人がアリアを殴ろうと腕を高く上げる。
「お嬢様!?」
「「っ!?」」
その見たセイルとトンニョや周りの野次馬達は声にならない悲鳴を上げる。
相手は荒くれ者の集団の男で、アリアは見栄麗しい女性なのだ。結果を予想した彼等はこれから起こる悲惨な光景を覚悟する。だが・・・
「ぐあっ!?」
「なっ!?」
「嘘だろ!」
実際にはそれは起こらなかった。組員の男が殴り掛かったその瞬間、アリアはその拳を軽くいなし、前のめりになったその顔を肘で思い切り叩いた。
それに思わず組員は顔を抑えて後ろに倒れてしまう。
その一瞬の出来事に周囲は更に騒然となった。どう見ても争い事とは無縁のお嬢様が荒くれ者の男を倒したのだ。
「貴様っ・・・」
「おっとすまぬな。気安く触られるのは好きではないのだ。私は娼婦ではない。」
その余りの出来事に周りの組員達は一斉に立ち上がりアリア達を囲む。
一発即発の空気になり、組員の1人が襲い掛かろうとしたその瞬間、静止の声が掛かる。
「止めねぇか!てめぇらっ!!」
「「「「っ!?」」」」
その突然の大声に組員達は一斉にその声をする方向を見る。そこには受付の隣にある2階へと続く、階段に1人の男が立っていた。
「い、井岡さん!?」
井岡と呼ばれた男は階段を降りて、殴り掛かろうとした組員の頬を叩いた。
「この馬鹿野郎!大の男がよってたかって1人の女性を襲い掛かって恥ずかしくねぇのか!?頭と組長の顔に泥を塗るつもりかっ!!部屋を貸して下さったアイラさんにも迷惑が掛かるだろうが!」
「うっ・・・し、しかしあの女がっ」
「馬鹿野郎!この方は頭の客人だっ!」
「え!?そ、そうだったんですか!?」
「お前らはよく確かめもせずによくもまぁこんな大騒ぎをしやがったな!!頭が直々にぶん殴られてしまえっ!!」
そう怒鳴る井岡をアリアは腰に手を着けて落ち着かせるように声を掛けた。
「はぁ・・・イオカ、その辺で良い。私も確かにいささか礼儀に欠けていたな。」
「いえ、これらこのアホ共が悪いです。どうかご勘弁を。此方へ、案内します。」
「うむ。そなた達、騒いでしまったな。どうか許してくれ。」
アリアは周りの野次馬達にそう言うとトンニョ達を連れて井岡の案内の元、階段を登っていった。
残った彼等は信じられないような物を見た顔をしていた。
「いったい・・・どういう関係なんだ?」
そんな誰かの呟きは1階にいる者達、全員の気持ちを代弁していた。
通路を歩く井岡は後ろにいるアリアを見た。
「先程は申し訳ありません。手下達がお嬢様のことを知らずに、あのような無礼を働いてしまい。」
「案ずるな。私は気にしておらぬ。」
「・・・後ろの2人はそうでは無さそうですが。」
井岡はアリアの後ろに追従していたトンニョとセイルの如何にも不満です、と言いたげな表情を見て呟いた。
それにアリアが溜め息を付いて、2人の方へ向き直る。
「トンニョ、セイル、私は気にしておらん。故にそなた達2人もいつも通りにせよ。」
その言葉にセイルがアリアに自身の率直な意見を申した。
「お嬢様、畏れながら申し上げますが、この者達に何故そこまで寛大な処置をなさるのです?それにいったいどういった理由でならず者と会うのですか?」
これに隣のトンニョも賛同するように両手を胸の前に出して力強くアリアに言う。
「そうです、そうです!しかも先程は本当に危なかったじゃないですか!?すぐにでも補捕庁の役人を呼ぶべきです!」
そう2人から言われるが当のアリアは聞き入れないようだ。
「この者達とは、今や協力関係にある。それに私は無事だ。何ともない。ならばそれでよいではないか。」
そうアリアは両手を広げて、怪我はないことを2人にアピールした。
「さて、これで話は以上だ。イオカ、案内してくれ。」
2人がまだ何か言いたそうなのを見てアリアは急いで井岡に向き直り歩き出した。それに井岡も頷いて案内を続けた。
目的地は木花が療養しているホテル内の隠された秘密の部屋だ。
グストン・ホテルとある部屋の1室で療養中の木花はベッドの上で本を読んでいた。
「・・・」
静かに本を読んでいるがその心中は穏やかではない。むしろ叶うならばこの場で暴れたい程だ。
その理由は先の襲撃だ。あの襲撃により自身の手下の多くを失い、挙げ句の果てに自分までもがこうして負傷をしたことに情けなく思っていたのだ。
そして組長にもすぐさま会って話をしたいと思ってたが、その組長は被害の大きさを聞いて倒れてしまったようで、会うにはもう暫く時間が掛かるそうだ。
「・・・糞。我ながら情けない。」
木花がそう思わず呟いたタイミングでノックが聞こえた。どうやら井岡らしいので、それに木花は入室を促す。
「入れ。」
すると少し扉が開き、そこの間から井岡が顔を出して木花に客人が来たことを知らせる。
「失礼します頭、キム様が来られました。」
井岡がそう言うや否や後ろに待機していたアリアが隙間を縫うようにすり抜けて部屋に入った。
「邪魔するぞ・・・成る程、確かに負傷しているようだな。だが、まだ死なさそうで何よりだ。」
「おや?嬉しいことを言ってくれるではありませんか。」
「なに、そなたに何かあれば私も何かと困るのだ。まだ死なれては迷惑だ。」
そんな2人のやり取りを聞いていたトンニョとセイルも同じように部屋にすり抜けるように入室して木花を睨む。
「・・・お宅がキハナか?」
セイルが木花をそう凝視して聞いてきた。
「そうだが・・・そちらさんは?」
「あぁ紹介しよう。この者はセイル、そしてその隣がトンニョだ。2人とも私が幼い頃より仕えているのだ、信用は出来るぞ。」
アリアがそう木花に2人を紹介した。その最中も2人はずっと木花を凝視している。
「・・・お嬢様、少しこの者とお話をさせて頂いてもよろしいですか?」
「なに?」
セイルがアリアにそうお願いをした。よく見ると隣のトンニョも同意見だと言わんばかりに頷いており、2人とも腕を組んで仁王立ちしていた。
その妙な様子の2人にアリアは困惑するが、何かを言う前に井岡が発言した。
「駄目に決まってるだろう。初対面を相手に頭だけにする筈がない。」
その言葉に2人は井岡の方へ振り返った。
「非常に、重要なお話です。」
「です。」
非常に、を強く言い寄り井岡を真っ直ぐ見つめる2人にアリアが止める。
「止さぬか2人とも・・・」
「私は構いませんよ。」
それに木花がそう擁護する。
「良いのか?」
「えぇ。なにやら私に言いたい事がありそうですので、構いませんよ。」
井岡が何かを言いたそうにするが、言っても無駄だと分かったのか、結局何も言わずに部屋から出た。
アリアも部屋へ出るのを確認したセイルとトンニョは再度、木花の方へ視線を向けてその険しい表情を隠すことなく見つめた。
その様子に木花は、困惑するが、先にセイルが口を開いた。
「お嬢様とはいったいどんな関係だ。」
(成る程な・・・そう言うことか。)
木花は納得した。2人は自分があのお嬢様とやましい事が無いのかを確認したいのだろう。
「ただの、協力関係だ。そちらが警戒してるような仲ではないぞ。」
「・・・本当にか?」
セイルが腕を組んで木花を更に睨んでそう聞いた。
「あぁ、それ以上でもそれ以下でもない。やましい事なんてない。」
その言葉に少しは安心したのか、ホッとしたような表情になった。そして今度は隣のトンニョが口を開いた。
「な、なら、お嬢様に忠誠を誓ったということですか?」
「なに?」
それに木花は呆れたような表情をする。
「・・・生憎だが、俺達はお嬢様とは対等の関係にある。別に家臣でもない。」
「お嬢様はこの国随一の名家の娘だぞ?」
「俺達には関係ない。互いの利害関係が一致したから手を組んでるだけだ。」
その言葉に2人は気を悪くしたのか、ムスッとした表情になった。なんと面倒な連中か。
「アンタに一つ警告しておく。」
セイルがそう木花に言う。すると2人は少し木花に近付いて仁王立ちになる。
「もし、お嬢様を裏切ったり何か害を成そうとした場合には・・・」
「私達が許しません。」
そう2人が言うとセイルは懐から草刈り用の鎌を、トンニョは料理用の包丁を取り出した。それで木花を脅してる訳なのだろう。
「言っとくが私も若い頃はな、暴れてた時期があった。用心しとけよ。」
「わ、私だって、毎日、凶器を取り扱ってるんですから、その時は覚悟しなさい!」
木花はそれに思わず苦笑いする。そのタイミングでドアが開き、アリアが顔を覗かせた。
「終わったか?」
アリアに視線を向けた木花は、2人の方に視線を戻した。2人が手に持つ物を見てアリアがどう反応するのか見物だったからだ。
「ん?」
だが、2人は既に凶器を懐に隠してたのだ。あの一瞬で瞬時に隠したその早業に木花は思わず拍手したくなった。
「キハナ、2人とどんな話をしたのだ?」
アリアがそう聞いてきたので、木花は答えた。
「・・・驚いた、2人はさっきまで私を脅してましたよ。」
それに2人は、それは言うな、と言わんばかりの表情になる。しかしアリアは、事情を察したのか苦笑いをした。
「ふふ、そう言うことか。すまぬな、2人は私を心配しておるのだ。私に免じて許せ。」
「勿論です。」
それに2人は居心地が悪そうにする。だが、最後にセイルが木花に言った。
「言っておくが、私はお前を監視してるからな。」
「はいはい、分かりましたよ。」
そのやり取りを見たアリアは空気を一変するために、手を叩いて皆に言う。
「なら、この話は終わりだ。今後について話し合おう。イオカ、そなたも入れ。」
井岡も部屋に入り、作戦会議が開かれた。
「・・・そこの使用人の2人も参加するんですか?」
井岡がアリアにそう聞いた。まさか、この重要な話し合いに使用人も同席させるなんて、聞いたことがない。
「文句あるか?若造め」
「セイル・・・案ずるな。2人には事情を話してる。私が前から訓練をしてることは知っていたからな。この者達の力が欲しいのだ。」
「既にお嬢様が危険なことをなさっていると聞いて何もしない訳にはいかんだろ。」
その言葉に井岡は納得はしてないようだが、それ以上の言及はしなかった。自分の上司である木花が何も言わないのであるならばこれ以上は野暮というものだ。
「最近の街の様子はどうですか?」
木花がアリアにそう聞いた。貴族の娘であれば、そしてアリアであれば詳しい事情を把握してると踏んで。
「・・・酷いものだな。セガン地方一帯には、列強の軍が次々と上陸してきてる。この街にも今までとは比較にならない程の軍が駐屯している。」
療養中の木花と言えども、最近のこの国の事情はある程度は把握している。
そうなった原因は、列強国が遂に本格的な植民地支配に乗り出たと言うことを聞いていた。
「港湾都市であるドイトンには、列強国の軍艦が見えるらしいな。それも随分と巨大な。これを見てくれ。」
アリアはそう言うと懐から紙を出して木花に渡した。受け取った木花はそれを見る。
「戦艦か・・・こんな所まで連れてくるとはな。」
木花はそれを見てそう呟いた。それはドイトンで写した魔写で、多少画質が悪いが、それでも判別はついた。
アリアは木花の言った単語を復唱した。
「センカン・・・その巨大艦はそう呼ばれてるのか?」
「正確な名前までは知りませんが、種類は我々はそう呼んでます。頑丈と砲撃力、その両方を備えた軍艦ですよ。」
「バフマン軍は何をしてるんですか?こんな好き放題されて、黙ってるんですかいな?」
今度は井岡がそう聞いた。
「彼等は・・・厳しいな。軍部大臣が変わってからは、消極的になっている。」
「あぁ・・・例の成金ですか。」
井岡はそれに納得する。列強の後ろ楯を得た実業家が大臣になったことで、保守派の勢力は一気に弱体化して、軍も思うように動かせないのだろう。
「そなた等ニホンはどうするつもりだ?」
アリアからの質問に井岡が答える。外に出てる彼が一番、状況を理解してるからだ。
「・・・大使館から通達が来てますね。国内の日本人を集めて保護する動きが見られます。このホテルにも職員が来てましたから。」
「軍はどうだ?ニホン軍もこの国に来るのか?」
「さぁそればかりは・・・その類のはあまり情報が集まらないので。」
「準備はしてるでしょうね。邦人保護の為にね。」
「それを名目で侵略するということか?」
セイルがそう言う。
「さてね、植民地なんて体裁が悪いですし、過去が過去ですからね。それよりもクッダはどうしたんです?」
「師匠は、叔父殿の所へ。向こうでも話し合ってる筈だ。」
「なるほど。」
「それと・・・そなた達がジン・ソイトを監禁したようだな。」
そのアリアからの言葉に木花は井岡をチラッと見た。そして視線を戻す。
「えぇ、あの野郎はこっちで監視してます。」
「そしてその怪我はその時に出来たという訳か。そなたにしては、随分とお粗末だな。」
「これには、色々と訳がありましてね。」
木花はあの時の状況を話した。話が後半になるにつれ、アリア達の表情が険しくなる。
「そうか・・・冒険者か。彼等が遂に動き出したのか。」
「問題はどこ迄、ですね。一部なのか、それとも国全体の組合がそうなのか。」
「国全体となれば、とんでもない規模になるぞ。」
アリアはそう呟く。国全ての冒険者組合がそうなったとなれば、数千単位の武装勢力が動くことになる。
頼もしい話ではあるが、果たして列強相手にどこ迄張り合えるのかが問題になる。
平均が高いとは言えども、列強の兵器と対等以上に渡り合えるのはほんの一部だけだ。
「そうです。それと野郎はまだ何も吐いてない。不自然な位に。」
「拷問したのであろう?それでも吐かなかったのか?」
木花は静かに頷いた。
「私の記憶が正しければ、奴はそこまで気概のある者には見えなかったが。」
そこで、木花は自分達の見解を述べた。それにアリア達も更に考える。
「それ程の魔術師を集める何かの組織ですか・・・そんな組織がこの国にありますかね?」
トンニョの言葉にセイルが反論する。
「何もこの国の組織と決まった訳ではない。少なくともこの国に害を及ぼうとしてるのだ。他国からの組織で間違いない。」
「ふむ、余りにも謎が多すぎるな。記憶に干渉する魔術師に全ての列強の兵器を集めている存在か。」
「連中がいったいどういった目的で、そして黒幕は何者か、それを調べる必要があります。」
「それをそなた達は調べてるところか。」
「そうしたい所ですが、ちと厳しいですね。」
「?・・・何故だ?」
「近々、本国より増援が来るのでその準備をしなければなりません。」
「増援だと?なんだ、もう手配してたのか。」
「話事態は前々からありましたがね。それが今回の件で、」
「速まった訳か。」
アリアの言葉に木花は頷く。それに対して井岡は静かに震えた。
事情が事情なだけに、王神組からどう詰め寄られるかを想像したのだ。
「いつ頃来るのだ?」
「そうですね・・・確か・・・何時だったか?」
それに井岡が変わりに答える。
「丁度、今日より1週間後になります。」
その答えにアリアは呟く。
「思ったよりも猶予はないな。」
「はい。それに増援として来る王神組は、悪名高い組でして・・・」
井岡からの言葉にアリアはピクリと眉を動かす。それに井岡は気まずそうに顔をそらす。
「なんだと?」
「い、いえ、その・・・」
井岡は助けを乞うように木花を見ると、木花が変わりに王神組の実態を話した。
「・・・そんな連中を呼んだのか!?」
アリアは思わず井岡の胸ぐらを掴む。それに井岡は苦しそうにもがく。
「ぐえぇ・・・か、勘弁してください!」
「増援は上が決めたことです。我々に拒否権なんてありませんよ。こいつに非はありません。手を放してやってくたさい。」
木花がそうフォローする。それを聞いたアリアは渋々手を放した。
「すまん。」
「い、いえ、そんな滅相もありません。」
「・・・奴等が何か問題を起こさない様に監視する訳か?」
「それが出来るかは分かりませんが、今となってはやるしかありませんね。」
「先に先方に殺されませんかね?」
「その時はその時だ。精々、祈るんだな。という訳なので、変わりに調査をお願いしても?」
「・・・調べては見よう。だが、あまり期待はするな。」
それから、彼女等は話し合いを続けた。謎の組織の調査、列強の今後の動き、冒険者達の動向を調べ上げてる為に。
そして時は同じくして、バフマン王国で1番の規模を誇る港湾都市ドイトンでは、ある軍人がこの国に上陸していた。
王都ソウバリンから東に120キロメートル程、離れた場所にあるドイトンでは港に戦艦が停泊していた。
そしてその戦艦から数人の軍人が乗った小舟が下ろされて、港へと向かう。
バフマン王国 港湾都市ドイトン
「総員っ!敬礼!」
港に待機していた数百の軍人が一斉に港に上陸したある軍人を迎え入れた。
一矢乱れぬ敬礼を見たその軍人は返礼をして自身の後ろにいる部下に声を掛けた。
「ここがバフマン王国、か・・・こんな辺境に俺が出向く羽目になるとはな。」
そう呟いた彼の名前はデレヘリック・リバイリナ陸軍大佐だ。
もし、彼を覚えている者がいれば、彼が何処の国の軍人か分かるだろう。
かつて世界会議にて魔獣の大量発生でルバガタニア大陸で駆除を行っていた列強チェーニブル法国だ。
そして彼はその時の現場指揮官をしていた陸軍将校だ。当時は少佐であったが、昇進して大佐となっていた。
「まぁそう仰いますな大佐殿、この国において、我が国の最高指揮官は他でもない大佐殿なんですよ。」
「総督が来るまでの間だろ?俺でなくともいいだろうが。」
「ここで功績を上げれば間違いなく将官の仲間入りですよ?魔術将校としては異例の速さですよ?」
「ふんっ俺は内地で事務仕事よりも現場で暴れたいんだよ。」
「少将ともなれば多大な権限を与えられるんですよ。強引にでも現場に行けますとも。」
「だと良いがな。」
そうリバイリナ大佐は呟いた。彼にとって戦場で暴れたいのが本音だ。
魔術師としての才能を見いだし、超人の力を手に入れたのだ、こんな辺境に来た所で、敵が居たとしてもたかが知れてる。
「他の連中はどう動いてる?」
リバイリナ大佐はそう部下に聞く。聞かれた部下は瞬時に答えた。
「ジュニバール帝王国は海軍を中心に、ガントバラス帝国はどうやら最新式の戦車をここに持ってきてる様です。
ガーハンス鬼神国は空竜を動員してます。レムリア連邦は多数の陸軍を動かしてます。」
「空竜だと?ガーハンスめ、本気で来たな。」
リバイリナ大佐はそう楽しそうに呟いた。まさかこの辺境に虎の子であるドラゴンを連れてくるとは思ってなかったのだ。
「更にガントバラスは最新式の戦車を・・・クククッ、こいつは楽しみだな。日本は?あいつ等はどれだけの軍を動かしてる?」
リバイリナ大佐はそう最後の列強の動きを聞いた。噂の日本だ。同僚は大したことないと言っていたが、彼は期待していた。
何せ下位とは言えども新たな列強国だ。バフマン分割後のいざこざに、敵が増えるのは彼にとっては楽しみだ。
しかしそんな彼の思惑とは裏腹に部下の表情は冴えない。
「どうした?日本も来てるんだろ?」
「そ、それが・・・まだ、その情報が来てなくて。」
「なに?」
「そもそも日本はまだ何処の権益も確保しておらず、自国民の保護の為の最低限の軍しか置いてありません。」
「は?何も確保していないだと?」
リバイリナ大佐は拍子抜けする。まさか、この期に及んで権益確保をしていないことにだ。
「なら何故、奴等はこの国に駐屯してるんだ?」
「ガントバラス帝国からの要望に答えただけで、それ以上は何もしてないんです。」
「そんな馬鹿な!・・・」
リバイリナ大佐は呆れる。こんな弱小国家に対して何もしない事に僅かな怒りも出る。
辺境とは言えども仮にも列強国ならば、搾り取れる物は搾り取るというものが列強国として与えられた権利でもあり、義務でもあるのだ。
それを放棄した日本の勿体ない行動に心底、失望した彼は日本のことなどすぐに忘れようと考える。
「まぁ良い・・・それよりも俺達は分割後の準備をするとしようか。奴等よりも多くを手に入れてやる。」
彼はそこから一呼吸おいて、拳を叩いてこう力強く呟いた。
「例え同じ列強国と言えども、力ずくでな!」
彼はそう言うと大声で笑い、港を後にした。彼の後ろには何隻もの軍艦から次々と軍人が上陸していった。
そして、その港の様子をとある高い建物の屋上から見つめる男がいた。
「ふ~ん・・・マジで大事になってるな。速いとこ調査をしますかなっと。」
男はそう独り言を呟くと、そそくさと建物から出る。取り敢えずは男の仲間がいる店へ合流するのが先だ。
「そう言えば、そろそろ奴が来る頃かね?漫画とか用意してやった方がいいか?・・・あのオタク、結構うるさいからなぁ。」
建物から出た時、思わず男はそう呟き、また歩き出す。その男の懐には数枚の写真が入っていた。
男はその写真を手に持ち握り潰して、近くの出店にあった炉に投げ入れた。
「熊光組か・・・近々来るっていう王神組とやらも調べないとなぁ。」
男は自身の仕事の内容をそう口に出して再認識した。全ては国家の安全の為に。
日本 横須賀基地
また場所は変わり、日本の国防海軍基地の横須賀では、とある艦隊が停泊していた。
基地には、その艦隊に必要である燃料と弾薬に食糧を次々と重機で運んでいた。
この基地に停泊している艦隊はバフマン王国へ向かう為の艦隊であった。
その艦隊とは『第1即応艦隊』
日本国史上初である外征を専門とする戦闘部隊である。
この艦隊以外に、2000名の陸軍も所属しており、彼等を1つに言いくるめてこう呼んだ。
海兵隊ならぬ『海征団』と。
まだまだ編成途中ではあるが、アメリカの海兵隊を模範として精鋭ばかりを集めた強力な軍団だ。
今回のバフマン王国へ送る艦隊は以下の通りだ。
海征団 第1即応艦隊
強襲揚陸艦 とうかい型 1隻
イージス駆逐艦 1隻
駆逐艦 3隻
フリゲート艦 4隻
輸送艦 多数
これに500名の海征団に所属する陸軍と戦闘車両も参加する。
更には増強された戦闘ヘリコプター連隊もこれに参加することになっている。
基地には、そんな部隊を纏める者達が集まったいた。
「既にバフマン王国はかなり危険な状況だとか?」
艦隊司令部の参謀の1人がそう同僚に聞いた。
「そうらしいな。何万もの列強の兵が上陸していってるらしい。」
「そんな場所に我々が来て大丈夫か?刺激することになるんじゃあ?」
「なら、現地にいる邦人を見捨てろってか?」
「俺は別にそんなことは・・・まだ、向こうは戦闘にも入ってないんだし、脅しってことも。」
「地球の歴史を知ってるだろ?間違いなく現地と争いが起きるさ。」
「だが、その戦闘は何時になるんだかな。」
「分からんが・・・理想はそうなる前に付きたいな。」
「来週には出発だからな・・・それ迄は祈るしかないよ。」
「それもそうだな・・・」
彼等はそれで会話を止め、各々の仕事へ戻った。
またまた場所は変わり、日本国とバフマン王国との間にあるとある島の港へと移る。
その島は日本の企業が出資している島で、リゾート地として使われていた。
数十程の群島で構成されており、そのうちの1つの島にある集団がいた。
気温は高く湿気もジメジメとしていると言うのにその集団は共通の黒スーツを着用していた。
その暑苦しい姿に周りの人々は不審そうに見るが、そんな集団の顔を見て慌てて顔をそらす。明らかに関わってはならない人種だと察してだ。
その集団の多くが顔に古傷を負っていたり刺青を入れていたのだ。
間違いなく裏の人間だ。それもかなり凶悪な。
彼等こそが武竜会の直系の傘下組織であり、国内でも有数の武戦派で名を馳せている王神組であった。
「兄貴、船の準備が整いました。こちらへどうぞ。」
「おう、やっとここから出れるか・・・あっちぃな糞が。」
そんな王神組の若手組員から兄貴と呼ばれた男はそう不満を言い汗を拭う。
「もう暫くの辛抱です兄貴、バフマン王国は今は真冬らしいので、ここよりは間違いなくマシです。」
組員はそう言う。彼等がこうやってこんな暑い場所でもスーツを来てるのには、周囲の人間に半袖姿を見せたくないからだ。
彼等の多くが身体中に傷を負っており、それを見られることによって騒がれることに鬱陶しさを感じるのを嫌っているのだ。
「そうだな。だが・・・太田め、あの馬鹿がっ!やらかしやがってっ!」
兄貴と呼ばれた男はそう毒付く。急に電話にて知らされた熊光組の損害は彼の機嫌を損ねるには充分過ぎた。
男は吸っていた煙草を捨ててそれを踏みつける。そして後ろにいる組員達に指示する。
「行くぞ。馬鹿野郎共の顔を拝まねぇとな。」
「へいっ!」
その言葉と共に数十人もの集団は船へと乗り込む。そしてその様子を横目で観察していた男がいた。その男は秋葉原にいたあのオタクであった。
男は懐からスマホを取り出してこう言った。
「あ、もしもし?あのお兄さん達、これから船に乗るぞ・・・うん、はいはい。それじゃあ、来るまでにちゃんと漫画とか用意しといてね。無かったらストライキ起こすから。・・・は~い。」
男はそう言うとスマホを懐にしまい、歩き出す。王神組と同じ船に乗り込みバフマン王国へと向かう。
「到着予定は・・・丁度1週間後かっ!長いなぁ」
男は船の観光案内板のスケジュール表を見てそう呟く。あまりにも長い船旅に嫌気が差すが、我慢することにする。
彼はせめて隠れて持ってきた漫画が飽きませんようにと密かに祈った。これから何度も読み直すことになるだろうから・・・
彼等が、バフマン王国へ到着するのは1週間後。
世界を巻き込む大事件まであと・・・1週間後。
遂にだ!
次で終わる・・・いやっ!ここからが始まりだぁっ!!
長いわっ!と思われたら本当にすいません。
次で大事件が始まる!うぅ、速く書きたい!
これで期待外れやっ!って感じだったら本当にすみません笑




