第85話 言わない約束
平日になれば、当然だが学生は学校にいかなければならない。
週末の明けた月曜日の朝。今日も悠也と咲茉は肩を並べて学校に向かっていた。
「えへへ~」
「今日も嬉しそうですね。咲茉ちゃん」
咲茉の隣を歩いていた雪菜が微笑ましいと頬を緩める。
今日も咲茉が楽しそうに笑っている姿を見ているだけで、気づくと自分も笑顔になってしまう。
傍にいるだけで、自然と周りを笑顔にできる稀有な存在。そんな彼女と親友だということが誇らしくて仕方ない。
そう思う雪菜が朗らかに笑っていると、咲茉が肩を揺らしながら頷いていた。
「だって今日もみんなと一緒に登校できるんだもん。楽しいよ」
「……また咲茉は呑気なことを」
咲茉達の前を歩いていた凛子が、チラリと彼女達を見ながら呆れたと苦笑する。
「まぁまぁ、凛子っち。こうしてみんなで登校するのも悪くないでしょ?」
「……そりゃ普段は私も咲茉と一緒に登校する機会もないから良いんだけどよ」
嬉しさ半分、そして半分呆れつつも、満更でもない表情を凛子が見せる。
「みんな、悪いな……毎朝付き合ってもらって」
そんな彼女に乃亜がクスクスと笑っていると、その光景を眺めていた悠也が、もう何度目かも分からない謝罪の言葉を告げていた。
「別にお前の為じゃねーよ。誰かに頼まれたわけでもない。私が、自分の意思で咲茉の傍に居たいからしてるだけだっての」
ふんと不満げに鼻を鳴らした凛子が先に進んでいく。
彼女の頬がほんのりと赤く染まっている。これも彼女なりの照れ隠しだと分かっていれば、悠也も伝えることは決まっていた。
「それでもだよ。ありがとう」
「うっせ」
そう告げて歩く凛子だったが、決して彼女が咲茉から離れることはなかった。
どれだけ離れても2メートル程度。咲茉の近くに雪菜と悠也が居れば、凛子も不審な人間が近づいて来ないか警戒するだけで良かった。
咲茉が自身の秘密を明かしてから、自分も変わろうと外に出れるようになった。
秘密を話しても大丈夫だと思える親友達がいる。そして心から愛してる悠也も傍にいる。その心の安心が、咲茉に変わる勇気を与えていた。
それでも、まだ咲茉を一人で出歩かせるわけにもいかない。今も世間で話題になっている暴行事件の犯人も捕まってなく、いつ彼女を狙う拓真が現れるかも分からない。
そう判断した悠也達によって、6月の上旬から登校と下校時は全員が集まって行動するようになっていた。
まずは雪菜が凛子と乃亜と合流し、そして3人が悠也の家に行き、咲茉と悠也の2人と合流して学校に行く。
それが彼女達の新しい日常となっていた。
更に加えて、放課後は毎日雪菜の家に集まって凛子と悠也が武術の鍛錬を行うのも、彼女達の日課になっていた。
「流石に朝の登校中に襲いに来るような馬鹿もいないか」
咲茉の前を歩きながら周囲を警戒していた凛子が、淡々と呟く。
もう2週間近く集まって登下校しているが、一向に怪しい人間を見かけることもない。
それに安堵したくなるが、警戒していただけに拍子抜けだと失笑してしまいそうになる。
「まだあの銀髪達に私達がどこの学校に通ってるのかも知られてないからね。流石に私服だけで通ってる学校がバレることもないよ」
その呟きに、乃亜は肩を竦めながら答えていた。
これは乃亜の考えになるが、まだ琢磨達に在籍している学校は知られてないと予想していた。
少し前に咲茉が話してくれた秘密を聞いても、タイムリープする前の彼女が襲われた際、自身の身元が分かるものを所持していなかったと聞いている。
ならば悠也達と同じくタイムリープしている拓真でも、咲茉がどこに住み、どの学校に通っているか調べるのも、かなりの時間と労力を費やすだろう。
「でもいつバレるか分からないから、警戒しておくことに越したことはない」
「悠也っちの言う通り~」
悠也の話に、乃亜が頷く。
今は大丈夫だとしても、いずれバレるのも時間の問題だろう。
それまでにどれだけ準備ができるのかが、今の悠也達が抱えてる問題でもあった。
「一応、交番でも相談したけど大した対応もしてくれなさそうだったから……だからとりあえずはアイツ等が来るまで警戒しながら、いつ襲われても大丈夫なように準備を進めておくのが今は最善だね~」
デパートで起きた事件の後、悠也達は咲茉の身を案じて警察にも相談していた。
小さな事件だったが、一応は警察内でも周知はされていたらしい。悠也達が事件の被害者だと告げると、思いのほか親身にはなってくれた。
だが、それでも大人から見れば悠也達は15歳の子供でしかない。子供が襲われると言ったところで、それも半信半疑でしか聞けないのも当然だった。
なぜ咲茉が襲われてしまうのか。その理由を話せない以上、言えるのは知らない男達に襲われるかもしれないという曖昧な話だけだ。
それを信じられるほどの証拠もない。先日の事件も偶然起きた暴力事件として扱われている時点で、警察の対応もパトロールの強化に取り組む程度。
この時点で後手に回っていることが歯痒いと思う悠也達だったが、わざわざ拓真達を探し出して乗り込む危険を犯すのも本末転倒である。
また襲われないために、ずっと咲茉を自宅に閉じ込めておくのも論外だった。
なぜ彼等の所為で、咲茉が外に出れなくならなければならないのか。
学校に通うことも、出歩くこともできなくなるほど、許せるはずもない。それが期間も分からないとなれば、余計に許せるわけがなかった。
よって先程の乃亜の語った通り、いつも通りの日常を過ごしつつ、いつでも対応できる準備を整えておくことが現状の最善案だった。
「もう少しで俺の右手も治る。そうしたら雪菜……大変だと思うけど、よろしく頼む」
「はい。吐いても泣いても、たとえ気絶したとしても、絶対に辞めさせませんで安心してください」
はたして、そのどこに安心できる要素があるというのか。
密かに震える悠也に乃亜が笑っていると、彼等の会話を聞いていた咲茉が、唐突に申し訳なさそうに俯いていた。
「ごめんね、みんな……私の所為で」
「それ、言わない約束」
謝る咲茉に、凛子が間髪なく指摘する。
この手の話をすると、決まって咲茉が謝ってしまう。
それを見かねた凛子達に、謝るのは厳禁と再三に渡って言われても、いまだに謝る癖は抜けてなかった。
「咲茉は気楽に居れば良いんだよ。私達と楽しく登下校できるの、嬉しいんだろ?」
「……うん」
咲茉と悠也の家から凛子達の家は少し離れた距離にある。そのため、わざわざ集まって登校することもなかった。
悠也と2人きりの登校も好きだったが、こうして全員が集まっている時間も、同じくらい咲茉は好きだった。
「なら楽しんだもん勝ちだろ。良いから余計なことは気にするな」
面倒なことは任せて、咲茉は今を楽しめば良い。
「うん……わかった」
そう言いだけに笑う凛子に、咲茉は渋々と頷くので精一杯だった。
秘密を話してから、ずっと親身になってくれる彼女達に返せるのもがない。迷惑ばかり掛けていると思う反面、話して良かったと思ってしまう自分が恥ずかしくなる。
もしタイムリープする前に、彼女達に素直に話していれば、この辛かった思いも受け入れてもらえたかもしれない。
その後悔も今更だと思うが、こうして親身になってくれる彼女達に何か返してあげたい。
そう思いながら咲茉が考え込んでいると、いつの間にか立ち止まっていたらしい。
「ほら、咲茉。行くぞ」
ポンと、悠也に背中を叩かれる。
「咲茉ちゃん。どうかしましたか?」
隣で、心配そうに雪菜が見つめてくる。
「早くしないと遅刻するよ〜」
「わ、ちょっと」
そして背中を乃亜に押されてしまえば、咲茉も歩き出すしかなかった。
少し前まで悠也だけが心の支えだったのが、いつの間にか親友達も支えてくれる。
そのことに自然と目が潤みそうになる咲茉だったが、どうにか堪えた。
こんなところで泣いてたら、キリがない。もっと自分も強くならないと。
そう思いながら、咲茉は乃亜に押されたまま歩き出していた。
「悠也。後で自販機で飲み物、忘れんなよ」
「凛子……お前、まだ買わせる気かよ」
「中間テストでイカサマして私を泣かせた罰、今月は続けてもらうから」
「本気で1発殴られて、これかよ……溜まったもんじゃねぇわ」
「なら次からイカサマするな」
心なしか凛子と悠也の距離感が縮まったような気がする。
秘密を隠していた悠也を本気で1発だけ凛子が殴った後、以前の中間テストのイカサマもバレてしまい、飲み物を買い続ける罰を悠也は受けている。
どこか2人の光景が羨ましいと思う咲茉が呆然と眺めていると、
「…………ん?」
「雪菜ちゃん? どうしたの?」
おもむろに、雪菜が振り返っていた。
同じように咲茉が振り返っても、見えるのはいつもの通学路と他の生徒達。
「いえ……なんでもないですよ」
「そう?」
「えぇ、気の所為だったみたいです」
微笑む雪菜の返事を咲茉が素直に信じると、その疑問もすぐに消え失せた。
そしていつも通り、学校に向かう最中――
「……」
一瞬だけ乃亜が振り返ると、ガラの悪い少年が走り去っていくのが、わずかに見えたような気がした。
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