第61話 ひとつしかなかった
物語の展開上、いずれ書かないといけない話でした。
かなり胸糞悪いかもしれませんが、どうかご容赦ください。
読んで頂いた方が良いですが、もし胸糞な内容を読むのに抵抗があれば今回の話だけ飛ばしても構いません。
これが夢だと、すぐに咲茉は気づいた。
もう大人になってから、自然と見ることもなくなった夢。
タイムリープしてからも、一度たりとも見ることはなかった悪夢。
この悪夢を見た後、自分がどうなってしまうかも、もう分かっている。
だから見る前に、どうにか眠りから覚めようとしても、それも無駄な努力だった。
この悪夢を一度見てしまえば、最後まで起きられない。
あの地獄の時間を、もう一度経験しなければ起きられない。
だからこの悪夢を見た時、咲茉は決まって諦めていた。
この悪夢を超えるには、まず始めに……この心を殺すしかないと。
とにかくそうしなければ、この地獄はとてもではないが耐えられなかった。
それだけが咲茉に許された――唯一の処世術だった。
◆
小汚いベッドの上で、銀髪の男が乱暴に腰を振っていた。
服を剥がされて、下着すらも剥ぎ取られて、素肌を見られてしまった恥ずかしさのあまり隠そうとしても、彼に両手を強引に掴まれてしまう。
必死に抵抗したところで、女の非力な力で敵うはずもなかった。
痛いと叫んでも、やめてと懇願しても、彼の動きが止まることもなく。
大声で助けを求めても、周りの男達から返って来るのは下品な笑い声。
そして腰を振っている銀髪の男を羨ましそうに眺めながら、彼等は順番決めをしていた。
まるでおもちゃを取り合う幼い子供のように、次は自分だと言い合い、その場でジャンケンしている。
銀髪の彼が終わっても、まだ次の男がいる。それも一人や二人ではない。もっと多くの男達が、部屋の隅で一か所に集まって順番決めで揉めている。
その光景が――この地獄が終わらないことを否応なく、脳が理解していまう。
そのおぞましさに、腹の底から泣き叫んでも、やはり銀髪の男が動きを止めることはなかった。むしろ、彼の動きが更に激しくなっていく。
身体が痛くて、どうしようもなく怖くて、喉が張り裂けそうなほど泣き喚いても――それがより一層、彼を興奮させてしまうと気づくのに大した時間は掛からなかった。
だから声を殺して、ただ時間が過ぎて、この地獄が終わるのを待とうとしたのだが、反応しないと思い切り顔を殴られた。
それでも反応がなければ、身体に火の付いたタバコを押し付けられた。皮膚を焼く痛みに悶えると、男達が声を揃えて愉しそうに笑う。
殴られて、刃物で肌を傷付けられて、タバコで皮膚を焼かれて、泣き叫ぶ反応を愉しむ彼等が、ただただおぞましくて。
こんなことを平然とできる彼等が、とても同じ人間とは思えなくて。
女の身体を弄ぶ彼等が、ヒトの形をした化物としか思えなくて。
ただ必死に、この地獄が早く終わることを願いながら泣き叫ぶ。
そして――この悪夢から覚める最後のタイミングは、いつも同じだった。
それは銀髪の男の動きが一層の激しさを増し、そして――渾身の力で腰を打ち付けた瞬間だった。
◆
「ッ――!」
目覚めた咲茉がベッドから飛び上がると、慌てて部屋から飛び出した。
まだ深夜なのか家中が暗い。足元が見えなくて、何度も転びそうになる。
電気を付ける時間すら惜しい。今にも出そうな吐き気を両手で口を抑えながら、咲茉がトイレに駆け込む。
そして便座に頭を突っ込むと――
「おうぇぇぇっ! ごぼっ……おぇぇぇぇっ!」
その瞬間、彼女は豪快に吐いていた。
「はぁ……は、うっ、おうぇぇぇッ‼︎」
思い切り吐いたと思えば、更にせり上がる嘔吐感に堪え切れず、また吐いてしまう。
両手で便器を掴んで、何度吐いても、全く吐き気が収まらない。
嘔吐が辛くて涙が出る。もう収まってほしいと切実に思うが、そんな彼女の願いが叶うはずもなかった。
「はぁ……はぁ……! うっ……ごぼっ……うぇっ‼︎」
何度も吐き続けて、もう胃液しか出なくなっても、咲茉が便器に向かってえずく。
そしてようやく嘔吐感が少し収まると、彼女はぐったりとした身体で壁に寄り掛かっていた。
「はぁ……! はぁぁぁっ……!」
深い呼吸を繰り返して、咲茉が収まった嘔吐感を更に抑え込む。
そのお陰か少しずつ吐き気が収まると、彼女は安堵で胸を撫で下ろしていた。
どうにか吐き気も収まって、部屋に戻ろうと立ち上がろうとするが、
「っ……!」
胃から感じる激しい痛みに、思わず咲茉がその場に倒れてしまう。
想像以上に胃の痙攣が激しくて、身動きができない。
「はぁぁ……はぁぁ……!」
呼吸するだけで精一杯だと分かると、自然と彼女は深呼吸を繰り返していた。
「うぅっ……!」
そして気づくと、咲茉は倒れたまま泣いていた。
頭を抱えて、狭いトイレの個室で丸くなる。
いつの間にか、身体も小刻みに震え出す。
つい先程まで見てしまった夢が、あまりにもおぞましくて。
思い出したくもない記憶が、否応なく呼び覚まされてしまって。
身体中が気持ち悪いと思えてしまう嫌悪感に、収まったはずの吐き気が蘇ってくる。
「ゆーやぁ……ゆーやぁっ……」
両手で自身の身体を抱きしめた咲茉が、震えた声で呟く。
あの悪夢を見ると決まってこうなることは、何度も経験して彼女も分かっていた。
あの一件が起きた日から、見るようになってしまった悪夢が、こうして心を苦しませてくる。
長い時間が経って、少しずつ見なくなったはずの夢が……どうして今になって見てしまったのか?
あの経験が決して忘れられなくても、悠也と一緒に居て、あの悪夢のことだけは忘れかけていたというのに。
その原因は、ひとつしかなかった。
それは、今日の昼間に起きてしまった出来事の所為だった。
絶対に会うはずがないと思っていた男と出会ってしまった。
初対面だったはずなのに、なぜか自分の顔を知られていた。
まるで会ったことがあるような口ぶりで、再会できたことを喜んでいた。自分と結ばれる為に、時間を遡ってきたと嬉しそうに語っていた。
もしあの男の言葉が全て本当ならば、彼もまた自分と同じようにタイムリープしている。
あの男が自分と悠也を殺し、自分を犯した男が同じ時間にいる。
そして異様なまでに執着心を見せる彼の姿を見てしまえば、咲茉がどう思うかなど決まっていた。
「ま、また、あの人に……お、おか……いやだっ、もうあんなの、もういやっ……」
あの場から逃げてしまった拓真と呼ばれた男は、きっとまた自分を犯しに来る。
そう思うと、頭がどうにかなりそうだった。
「うっ……!」
想像した途端、収まっていたはずの吐き気が咲茉に襲い掛かる。
重い身体にムチを打って咲茉が便器に顔を突っ込むが、やはり胃液しか出なかった。
「はぁ、はぁ……」
吐きたくないのに、吐きたくて仕方ない。
辛くて涙が溢れてくる。
「うぅ……ゆーやぁ……」
便器に顔を埋めながら泣いている自分が情けなくて、咲茉が嗚咽を漏らす。
そして彼女が一人で泣いていると――
「咲茉っ‼︎ どうしたのッ⁉︎」
「大変だっ⁉︎ 吐いてるぞっ⁉︎」
「病院! 救急車っ⁉︎」
慌ててトイレで吐いていた音を聞かれてたのか、寝ていたはずの両親が咲茉に駆け寄っていた。
「だ、大丈夫だから……救急車は呼ばないで」
「そんなはずないでしょ!」
震えながら咲茉が両親を止まるが、母親から怒声が返ってくる。
自分の娘が深夜にトイレで吐いていれば、親なら当然の反応だった。
「咲茉っ! 忘れたの⁉︎ あなた今日襲われたのよっ⁉︎ 警察からあなたが殴られた聞いてるんだからねっ‼︎」
「だ、大丈夫、本当に大丈夫だから」
「あなた! 早く救急車! きっと頭とか打ったに違いないわっ!」
「今呼んでるっ!」
慌しく叫び合う両親に、咲茉の表情が強張る。
もう何を言っても、この二人は止められない。
そう咲茉が確信すると、起きているのも辛くなり、ゆっくりとその場に倒れていた。
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